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深く宿る傷跡
身も凍るような長い夜
純な想いを胸に抱き、今宵もまた幻想の誘いが訪れる
その代償はもう戻らない、さながらひっくり返した砂時計の砂
夢界迷宮〔ドリームラビリンス〕
〜 想いは未来だけに 〜
作者 渡り鳥ユウさん
君は閑散とした部屋の真ん中にいた。薄赤い髪に紫の瞳。漆黒のローブ、胸元にかかる銀色のクロス。静謐な空気の中心は君のいる場所だ。いや、君自身がその空気の張本人といった方が良いだろう。
この部屋に光源はないくせに君の体は妖しい光を放っていた。放たれた黄緑色の淡い光は、周囲にあるものの輪郭だけをぼんやりとかび上がらせていた。君は右手に古ぼけた本を持ちながら、まばたき一つせずにいる。人形といわれても全く違和感はない。その雰囲気はそれに他ならないから。無表情、無感情・・・・・・。生気も覇気も感じられない。
ふとその時、鎧戸から突然月明かりが差し込んだ。窓にも同じように、それ自身が光を放っているかのように周囲がいっぺんに明るくなる。すると君は先ほどの無表情の仮面を捨て、脅えた少女の顔になってしまった。しかし同時に今までなかった強い決意が瞳に宿ったようにも見えた。
君は目を閉じて、口を開く。
「我が名は千影・・・・・・」
静かな部屋に、その声はよく通った。
「今宵もまた夢に誘われんとする想い・・・・・・汝がかの者の望む物なら・・・・・・」
君の周りの空気が動き出す。そして先ほどまで弱々しかった君から放たれていた光が突然フラッシュのように強くなる。その光が床を奔り幾何学的な文様を作り上げる。
「現れいでよ・・・・・・汝の行き先へっ!」
言葉の最後と共に光が膨れ、砕けた。
君はふぅと嘆息すると手短にあった長椅子に腰掛けた。君の座った椅子からはとても綺麗に月が見えたので、何となく君は窓を開けさせた。窓は君に命じられるがままに月明かりを部屋に進入させ、君はそれを見ながら独りごちた。君は太陽よりも月が好きなようだ。それは多分、自分と似ているから。
月は太陽の光なくして空を彩ることは叶わない。そこが共通点だ。自分一人ではあまりに輝きに乏しい――だからこそ彼を望んだ――太陽のような彼を。
体から沸き上がる睡魔に抗って少しぼんやりとした時間を過ごしてみる、と君は何を思ったのかアンティークの時計の影を見ながら呟いた。
「・・・・・・随分と騒がしいな・・・・・・そこ」
君の目つきはあまり良くないので睨むようだ、それに脅えたのか震えた声が返ってくる。
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
君は視線を中空に移すと、無感情に言葉を吐いた。
「出てくるといい・・・・・・そこでは窮屈だろ?」
抑揚の全くない、色彩でたとえるのなら透明の声。
でてきたのは小さな人間とおぼしきもの。人間の言葉を借りて表現するとすればそれは子人だった。男とも女とも判別のつかない幼児のような体は、人間のそれより遙かに小さい。だが君にとってこの生き物の性別はどうでも良いことだ。存在が子人である、それ以上でも以下でもない認識。どこか機械的な君の感情。
「さっきの・・・・・・見て、いたのかい?」
「・・・・・・うん」
「なら私のしたことが分かったと言うことだね?」
「うん」
子人はやけに神妙に頷く。
「そうか・・・・・・なら、わかるだろ? ・・・・・・私がしたことの意味・・・・・・。そう・・・・・・私は、ピエロだ」
笑い混じりに喋った言葉が終わったとき、君は子人に初めて顔を見せた。その時の顔にもまた、無表情な仮面が付けられていた。君は信じている。自分が哀れなピエロだということを。
「今日は月が綺麗だ・・・・・・君も一緒に・・・・・・こっちへ来て、見てみるかい? フフフッ・・・・・・遠慮することはない」
☆ ☆ ☆
遙かに高い青空、それでも見る者には手を伸ばせば届きそうな印象を与える。ちりぢりになった雲が風に揺られまたそれを受けて運れ、そしてあるものは消えてゆく。自分が夢見てたものの一つがこれだった。これを見て深い感銘を受けないわけがない。もう言葉もでないといった風に、少々間の抜けた顔で大空を仰ぎ見る少女がいた。
空の蒼がここまで綺麗なものだったなんて・・・・・・。
白い帽子を目深にかぶり、すねの辺りまである長いフレアースカート。カーディガンの後ろに垂らされた一つ結びにされている長い黒髪。眼鏡をかけたその顔は知的とも言える。
緑で囲まれた林の中、地表に降り注ぐ光は葉っぱを貫くため緑色になっている。さわやかな風がもたらす葉と葉の擦れあう旋律に混じって動物の鳴き声も聞こえた。立ちつくす少女はその音の一つ一つに様々な思いを巡らせているのか、耳の裏に手のひらを添えて物音に聞き入っている。どこか潮騒に聞こえなくもないな、と少女は思ったりもした。
「兄上様、素晴らしいですね・・・・・・」
独白かと思われたその台詞に声が返ってくる。
「そうだね、鞠絵」
少女は視線の先にある地面に伸びている影が徐々に大きくなっていくのを見て、返事の主が近づいてくることがわかった。大地の上にも関わらず、その歩いてくる人間の靴の音が妙にハッキリと聞こえる。
「わたくし、こんな日が来るのをずっとずっと待ちこがれていました」
「そうだね。鞠絵がこうやって僕と同じように普通に歩ける時が来るなんて・・・・・・正直、なんだか僕も信じられないよ」
「まあ、兄上様。わたくしが言いたいのはそういうことじゃありませんよ」
鞠絵は少し頬を紅潮させながら、あくまで柔らかい口調で話しかける。
「わたくしが言ってるのは、隣に・・・・・その・・・・・・兄上様がいらっしゃること、なんです」
「鞠絵・・・・・・」
鞠絵の顔に言葉のもたらした興奮から血が上る。それでも後悔とかそういった単語が感じられないのは、その言葉が真実だからだ。しかしあまり外向的ではない鞠絵にとって、この言葉は恥ずかしさを感じずにはいられず、彼女に兄を直視できなくさせてしまった。でも・・・・・・もし、あの言葉を否定されてしまったら・・・・・・。同時に最悪の想像がよぎり、体を微かなふるえが伝う。あんな言葉を言わなければ。そう思う自分がいるのもまた事実だった。
「鞠絵」
もう一度想い人に名を呼ばれる。きゅっと結ばれた唇から言葉が漏れることはもうなさそうだ。緊張から彼女だけがその場の空気がやけに重いと感じた。目に入る動くものすべてがどんよりと動いている、そんな気さえ起こる。
「ありがとう」
「えっ?」
「その・・・・・・鞠絵の言葉が嬉しかったから・・・・・・」
その声は気恥ずかしさからかそんなに大きな声ではなかったが、それでも鞠絵の中では何回も反響する。予想外のことだった。まるで自分の理想そのもののが彼の口からでるなんて。
「あ、兄上様」
言葉は、それしかでなかった。
気が付けば、常識や道徳といったものが脳から排除され、自分の兄に抱きついていた。兄妹という越えられない壁の前で足踏みを繰り返しこの言葉をいつも言えずにいた。しかし言葉に出してみれば反応はこれだ。今まで言うべきか迷っていた時間がなんなのかと自分に追求したくなるところだが、それもまた想いを蓄積するのに必要な時間だ。決して無駄なものなんかじゃない。
「ふふふっ・・・・・・」
「・・・・・・鞠絵?」
「兄上様。わたくし、今とっても嬉しいです」
鞠絵は悪戯な笑みで兄の正面に向き合うと、
「本当はとても・・・・・・とっても不安だったんです。兄上様が先ほどの言葉を言わなかったらって・・・・・・ずっと、そればかり考えてしまって、でも・・・・・・えっ?」
突然鞠絵をすっぽりと温かい感触が包み込む。
「鞠絵、そんなこと、あるわけないだろ」
抱きつかれたまま、耳元で掛けられる甘い言葉。一瞬初めての体験に体を強ばらせた鞠絵もすぐに力が抜けていく。というよりも身を任せていた。鞠絵は不慣れながらも手を兄の背に回して力を込める。
「兄上様、大好き・・・・・・いえ、愛してますわ」
溢れる感情は彼女を大胆にさせ、そんな言葉を紡ぎださせていた。
☆ ☆ ☆
深淵の淵、とでも表現したくなるような空間。壁で揺らめく燭台の炎は不気味さを通り越して寒気さえ催しかねない。数メートルおきにオレンジの光が置かれた部屋の真ん中、そこで立ちつくしている君は背景の黒に溶けてしまいそうなほど存在が不確かなようにも感じる。その顔は精気が抜けているよう、疲弊した表情に見えなくもなかった。
――さっきは何をしたんだい?
「自分でも・・・・・・わからない。・・・・・・私は、こんな事をしても・・・・・・何もならないというのに」
いやわかっているんだ。――道化師だから、ピエロだから。
自分だけに聞こえるように君は口を動かした。何となく投げた視線の先では気楽な――もっとも今は不気味にしか見えない――顔をしたピエロの人形が頓挫していた。やや不自然にゆがめられた顔や口を見ながら、自分はこんな存在なのか、と君は軽く笑いを零した。
――否定して欲しいの? 君はそんな存在じゃないよって。
「なにをバカな」
君はかぶりをふる。
――じゃあどうして君はさっきからそんな表情をしているの?
「そんなことは、ない」
――意味がないと一番よくわかっているのは君だろ。
「それでも・・・・・・やらなくちゃいけないんだ」
夜気に草の匂いが混じっている。これは多分自分の家を取り巻く蔦のものだろう、鼻孔に広がった微かな匂いは確かに現実のものだ。君は自分の手のひらを見る。・・・・・・間違いない、これは自分の手だ。
「ねえ、さっきからどうしたの?」
「・・・・・・いや、なんでもない」
先ほどの子人はまだ君の部屋にいた。今は部屋の真ん中にあるテーブルの上にちょこんと座っている。
君は子人にちらりと視線をやり、窓枠に腰掛けてた。体にまとわりつく汗が邪魔で仕方がなかったから。それならそれで風呂にでも入った方が良いと思うのだが、でもこの汗がまとわりつく感触を味わっていたいとも思うのだ。
(自分でも不思議でならないよ。こんなこと)
妙な感覚だった。自我が二つに割れてしまい、それぞれ両極端な方向性を持って動いているような・・・・・・。
「どうしたの? すごく辛そうな顔してたよ?」
「・・・・・・」
君は子人の言葉で我に返り、
「そうかい?」
「うん」
君は余計なお世話だと思った。しかし子人の言うことはもっともなので反論できなかった。
「それよりさ、なんであなたはそんなことをするの?」
「先ほどの、魔術のことかい?」
「うん。だってあれ――」
そこまで言って子人は言いよどんだ。
君は三秒ほど黙った後、やっと口を開いた。
「君が言いたいことは分かるよ・・・・・・でも、私に出来ることは・・・・・・この程度なんだ」
「他にも方法があるんじゃない?」
「そうかもしれない。でも、君にはわからないかも知れないけど・・・・・・人間の精神構造、いや人の想いの強さと言った方が良いか。これには驚かされるものがある・・・・・・私は今、それに賭けるのも悪くないと思っているだけだ」
「でもそれじゃあ、あなたの心が――」
「その先は言わないでくれ」
君は子人を制した。その声には明らかに感情が含まれていた。
怯え――絶対の恐怖の色が。
「兄くんがいないからかな? ・・・・・・私は確かに弱気になっているのかも知れない・・・・・・だが、やらなきゃいけないことなんだ」
子人は何も言えなかった。
君は立ち上がると子人に背を向けて、
「ちょっと風呂に入ってくる。ゆっくりしていってくれ」
部屋がまた、静寂に満ちた。
君はゆったりとした足取りで自分の家の風呂場に向かった。廊下は一メートルごとに配置された窓から入ってくる月明かりで部屋の中よりも眩しい。古ぼけた窓を通したその光は、やや黒ずんでいる。君は窓の汚れを改めて実感し――それに気づく余裕もない自分を悟ってしまった。
(何を焦っているのだろうか? 失う覚悟など・・・・・・とうに出来ているはずだったのに)
憔悴しきった顔を床に向けたまま、君は風呂場に向かった。
君の家にある風呂場はリビングと廊下一本で繋がっているのでたどり着くのはすぐなはずだ。しかし今日はぐちゃぐちゃといろんなことを考えすぎたようだ。脱衣場のドアを少し過ぎてしまったところで君はようやく顔を上げた。脱衣場にはほとんど何もない状態だった。広さは二畳ほどだが一人で使うには少し広いように君は感じていた。君は服をぱっぱと脱いで中空に投げ捨てた。服は、しかし何故か綺麗な弧を描き、この場所に唯一おいてある洗濯かごにしわ一つなく掛かった。
「・・・・・・」
君の家の中でここだけが蛍光灯を使っている。月明かりとは比にならないほどの強い光がある。君は風呂の時だけは強い光を好んだ、自分の赤裸々な姿をさらけ出す場で闇と一緒にいると本能的な恐怖に襲われるからだ。
――自分が闇に霧散してしまいそうなんだ。それこそ欠片も残らないほどに・・・・・・粉塵と化してしまう。
君はその恐怖を、過去こうやって表現した。
スレンダーさの中に確かな女性の身体的特徴が浮き彫りになった君の体。それを隠すように前に無造作に投げ出されている赤黒い髪。風呂場はそれなりに広いが使うのは君一人だけ、それが余計に虚しさを醸し出している。風呂場の窓から突き刺さるように冴えわたった月光が床をてらす。電灯はつけられていない。
今日は・・・・・・なぜかこの恐怖が心地良い・・・・・・。
君はシャワーの蛇口をひねり、少し熱めのお湯を頭からかぶった。すぐに、君の直毛は湿り気を帯びてぺったりと肌に張り付き、体を玉のような水滴が出来また零れていく。
「兄くん・・・・・・なんだか、とても苦しいよ。・・・・・・覚悟はしてたはずなのに」
君の体をこぼれ落ちていく滴は、格子という名の砥石を通過し鋭利になった月明かりを受けて煌めいている。床を奔る幾つもの筋が静かに君の影を映しだしている。
「――兄くん」
君の既に濡れた頬の上を別の滴が垂れていく。
☆ ☆ ☆
鞠絵は地平線の先まで埋め尽くされた向日葵の中を歩いていた。幹も太く葉も大量に生い茂り、鞠絵の身長よりはゆうに五十センチほど高そうな大きな向日葵。広大な黄色の緑のコントラスの波。
「兄上様、こっちです、早くっ!」
「ま、鞠絵。別にその場所は逃げないんだからもっとゆっくりでも良いんじゃないか?」
鞠絵は少しふくれっ面で振り返る。彼女の着ている白いワンピースは草木の汁が飛び交って、幾つもの緑色のシミを作っていた。そんなことに頓着せずに鞠絵は真摯な表情で答えた。
「ダメなんです。これから行く場所は朝日を受けてる時が、みんな一番元気があって綺麗なんです。だからそれまでに行かないと」
「そ、そうなの?」
「そうなんです!」
彼女は強く言いきった。そして――
「なんて・・・・・・冗談です」
鞠絵は悪戯っぽく笑った。兄は鞠絵の変化についていけずに少し唖然としている。
「ごめんなさい。兄上様と一緒だから、その・・・・・・一緒にいる時間を無駄にしたくなくて――」
「・・・・・・あはは、鞠絵はそんなことを気にしていたのかい?」
「だって、わたくしにはとっても大事なことなんですよ?」
言って彼女は自分が声を強めたことで赤面した。
表情を伺うように顔を上げると、兄は当惑した表情を浮かべていた。
「兄上様?」
「あのさ、鞠絵・・・・・・」
頭をかきながら照れたような仕草で兄は続けた。
「そんなに・・・・・・そんなに急がなくても良いんじゃないかな? 僕はずっとここにいるよ」
言葉が途切れる。次の言葉はすぐ耳元で聞こえた。
「鞠絵の側に、ずっと・・・・・・ね」
そして鞠絵の頬に先ほど何度も感じた葉っぱの感触とは対称の暖かな――兄の唇の感触。
幸せでめまいがしそう――昔呼んだ恋愛小説の主人公がそんなことを言っていた――今のわたくしもそうなのかも知れない。
鞠絵は知らず知らずのうちに昇天の階段を昇っていることに気がついていなかった。それはまるで甘い美酒にでも酔いしれるかのような感触であまりにも心地いいが、行き着く先は人間の言葉で天国だというのに。
『ダメだよっ!』
しかし突然の声が鞠絵を正気に引き戻した。
(何? 誰っ!?)
あまりに唐突な出来事で軽い錯乱状態の鞠絵の頭を揺さぶるようにまた声が聞こえる。
『思い出して。あなたの居場所はそこじゃない・・・・・・』
少しずつ周りの変化が始まる。だがそれに気づくものは誰もいない、だが何かが変わっていることは鞠絵にもわかった。
「なっ、なにっ?」
そして――
「えっ!?」
☆ ☆ ☆
「人は夢だけ見続けて〜、人はなんにも気づかない〜、人はそうして消えてゆく〜、人はそういうモノだから♪」
子人が歌うこの歌は一種の童歌である。君の住んでいる魔界という広大な場所では当然食するものも違っている。その中で"夢"を喰らうものがいたってまったく不自然なことではない。
この歌は夢を見る主な生物としての人間を嘲笑うような意味合いであった。人間は夢というものをあまりにしらなすぎる、とこの夢を喰らうもの達は言う。
曰く――夢というものは一種の閉鎖された空間だ。そして"人"はその空間の大きさを、存在さえ知らない。そして、すべてから隔絶されたこの空間ゆえにおびただしい広さを持つ場合がある。この広さこそが見ている人間への影響力や夢の中での願望実現とイコールの関係でもあることは誰にも知られていないし、またどうやっても知り得ないことなのだ。なぜなら"人"はこのあまりに広大な世界に関して無頓着すぎるからだ。精神医学界においての夢や宗教的な夢の定義などなんの価値もない、唯の思い上がりなのだ。
「その歌は・・・・・・私に対する皮肉かな?」
「そ、そそそんなつもりじゃあ」
脅える子人に対して、風呂から上がった君は寂しげに目を伏せた。
「まあいいさ・・・・・・私はこのまま、彼女に・・・・・・夢を、見させるだけで終わってしまうかも・・・・・・知れないからね」
君にしては珍しく長い独白だった。嘆息が混じっているのは君の"限界"が近いからなのか。それとも諦めているからなのか。
「この一週間、私は・・・・・・こうして、そう・・・・・・鞠絵ちゃんの夢に干渉して彼女に生きる気力を与えたかった。・・・・・・しかし、彼女は現実を・・・・・・否定し始めている。兄くんのいない、現実にね・・・・・・。それはある意味、私も同じなんだ・・・・・・兄くんに逢えるなら、私だってそれに依存しきってしまうかも・・・・・・しれないからね、フフフっ」
君の声は明らかに何かを侮蔑した調子だった。
「期待はしていたんだ・・・・・・彼女が夢を糧として・・・・・・この現実世界に舞い戻ってくれるように・・・・・・。しかし今、彼女は兄くんのいなくなった世界を、受け入れてはいない。彼女に必用なのは・・・・・・夢の兄くんじゃない。そこから生まれる・・・・・・現実を生きたいという渇望なんだ。おそらく私が何もしなければ、彼女は兄くんがいないという現実で押しつぶされただろうけど・・・・・・」
君はため息を一つして続けた。
「どうやら私は夢の世界を・・・・・・広げすぎてしまったようだ・・・・・・。勝手に膨張を続ける夢の空間・・・・・・夢は本人の意思なくして、膨れあがったりはしないけど。この広大になりすぎた夢は・・・・・・やがて――彼女を飲み込む」
性も根も尽きたといった表情で君は言葉を切った。
子人はそのことを知っているのか説明の途中で幾度か頷いていたりもした。
「でも、飲み込まれる前にあなたの夢が・・・・・・」
君はその質問にかぶりを振った。
「わかっている・・・・・・この術は、同じ夢を持つ者同士に・・・・・・その夢を分け与える術。だから彼女の夢を増やし続けた結果、私の夢が減っていった・・・・・・しかし、もう限界だ・・・・・・」
「それだけじゃない!」
子人は声をあらげた。
「わかってる? あなたは魔界の住人なんだよ。ここではあなたもぼくも"おとぎの国の世界の人"なんだよ。・・・・・・ぼくらがここで夢を失うって言うことは――」
子人は沈痛な面もちで言葉を振り絞った。
「死んじゃうのと同じ・・・・・・なんだよ?」
しかしその言葉に君は冷徹に応えた。
「それもまた運命なら・・・・・・私は所詮、ピエロなんだから」
(どうせ人間ではないのだから――兄くんと同じではないのだから)
なのに君は先ほどから震えていた。自分の存在が消えるということを明らかに脅えていた。
☆ ☆ ☆
場所という概念でとらえられるようなものではなかった。そこは確かに"場所"なのだろうが"場所"とは次元が違うような気がした。空間と表現した方が適当だろう、そこに突然放り出された彼女はそれでも不思議と恐怖はなく、ゆっくりと周囲を見まわした。
まるで宇宙のように漆黒の背景のなかに幾つもの球体が浮いている。球体は見た目だけならばシャボン玉のような質感を持っていそうだがしっかりとそこに固定されているようだ。後背に広がる黒も夜の闇と言うよりは絵の具の紺色に近く少しポップな雰囲気だった。
自分はどうやらそこで浮いているらしい、そしてやけに皮膚を撫でる感触が直接的だと思ったら、自分は一糸まとわぬ姿だった。右腕の指の先から腕を通ってまだ膨らみの浅い胸、そして足を順々に眺めていく。そこに違和感はない。彼女はゆっくりと口を動かした、しかしこの見ている体が自分のものか確証がないから確かめるように。
「ここはどこなの?」
無限に見えそうな空間なのに声が跳ね返ってドップラー効果が起こる。不気味というよりは不思議だ。
「ねえ、誰もいないんですか?」
彼女はしばらくあっけにとられていた。
わからない、一体何が起こったの・・・・・・?
思い出そうとしても、思い出せない。彼女はゆっくりと息を吐き出して自分を落ち着かせた。そして、
「わたくしは――」
しんと静まりかえる。彼女はその先が言えなかった。
「わ、わたくしは・・・・・・わたくしの名前・・・・・・。名前?」
いや、そもそもそんなものに意味なんかあるのだろうか?
なぜだか無性にやるせない絶望と、それを遙かに上回る大きな喪失感が胸をえぐり取っていく感じがする。そして後に残るのは文字通り無気力だけだった。なんだかどうでも良い、と投げやりな考えばかりが浮かんでいく。が、
「これでようやく普通にお話が出来るね」
霞んだ靄が充満していそうな頭の中でそんな声がしたのは偶然だろうか。
――話?
彼女は眠る前のまどろみにも似た心地で頭に問い返す。
「そう。私はあなたに話があるの」
「わたくしに・・・・・・?」
彼女はようやく瞳の焦点を合わせた。どうせ誰もいないだろうけれど――はっきりしていく視界に希望はしていなかった。
ところが目を開けるとそこには確かに"何か"がたたずんでいた。
「ごめんなさい、あなたの夢を壊してしまったことは謝るわ」
彼女は応えなかった。何より言っている意味が分からない。
「それよりも・・・・・・あなたは誰?」
「そんなことはどうでもいいの」
目の前の"何か"はそう答えた。彼女はその目の前の"何か"と喋ることによって少しずつ自分というものが構成されているような気がした。いや、自分が思い出されていくような感覚だった。だが今は何もかもが漠然としすぎていて目の前の"何か"が何かであるかもわからなかった。聞こえるのは声だけ。高低がハッキリせず意味を理解するのがやっとだ。
「それよりも私の質問に答えて。あなたはどうしてこんなところにいるの?」
「わからない」
「私が聞きたいのは経緯じゃなくて理由。あなたはどうしてここに留まるの?」
「・・・・・・」
彼女はどもった。そして口をついてでたのは、
「いいから。ここがいいから」
「・・・・・・」
「ここにいたい」
短絡的な答えだが"何か"は理解したようだ。
「わかったわ」
ひどく冷めた口調だ。
そう実感できたのは先ほどよりも感覚がハッキリしているからなのだろうが彼女はその変化に気がついていない。
「けどそれはあなたの本心なの?」
「ホンシン?」
「あなたの本当の心、そう望んでいるのかしら?」
「わたくしのココロ・・・・・・」
まくし立てるように"何か"が言葉を続けた。
「時には考えることよりも感じたことだけで行動した方がいい場合もあるの。ここでもそう、ここは考えることを必用としない夢の世界、このゆっくりした流れに身を任せればいいだけのね」
「ユメノセカイ?」
「でもこのゆっくりした流れでも足下をすくわれていつしか流れていってしまうことがある。あなたもそうじゃないって言い切れる?」
彼女の夢心地はいつからか崩れていた。後に残ったのは自分が何者かも分からない恐怖。
彼女は恐る恐る"何か"に訊ねた。わななく唇から漏れる声はか細い。
「だったら・・・・・・わたくしはなんでここにいるの? わたくしはどうすればいいの? それよりもわたくしは一体何物なの!?」
ヒステリックな声で彼女は喚いた。
「ねえ、あなたは知ってるんでしょ、わたくしが何者かを! わたくしがどうすればいいのか、何をするべきかを知っているんでしょ? 答えてよ! 教えてよ! なんとか言って!!」
もう何がなんだかわからなくなっていた。恐怖におののく自分がいて、それ以外何もわからない。声がかれるまでひたすらむせび泣いたのかわからないが突然"何か"がささやいた。
「それは無理なの」
「ど、どうしてっ!?」
「だって私はそれを知らない。知っているのはあなただけなんだから。私は鍵なの、扉を開くのはあなた」
「何を言ってるの!」
「私はあくまでもキッカケ。そんなに脅えないで、落ち着いてよく考えて」
(なんでわたくし、こんな小さな子に慰められているのかしら・・・・・・情けない)
びしょびしょになった視界で陽炎のように揺らめく小さな影。彼女はごしごしと涙を拭った。そして認識した。
その"何か"が少女だったことを。少女は西洋絵画に出てくる天使のような体を隠すことなくし、反面子供らしからぬ無表情な顔は赤い髪の毛が数本垂れていた。
少女は嘆息すると落ち着き払って喋った。
「ようやく私の姿が見えたみたいね」
「あ、あなたは?」
「だから私のことはどうでもいいの」
素っ気ない態度は変わらないから彼女はすぐに"何か"が少女であることを悟った。
「私のことがわかるようになったんだからそろそろ思い出しても良いんじゃない、あなたの本当の居場所を・・・・・・。とはいっても簡単に思い出せないんだよね、だからずっと眠り姫になっているんだから」
少女はかぶりを振った。
意味の分からない独白に彼女は首を傾げた。少女はそれを見てなんでもないという風にひらひら手をふて、
「けど大丈夫、ゆっくりでいいから。焦らないで、思い出して、本当に必用なこと」
少女が初めて笑った。彼女はそれを見て何となく大丈夫なような気がした――本当に自分の直感だが。
☆ ☆ ☆
ベットの上で眠る鞠絵は恍惚とした表情だった。心なしか骨が妙に出っ張っているような気がする。無理もない、彼女はこの一週間ずっと眠り続けているのだから。規則正しいリズムで隆起する胸が僅かに彼女が生きていることを証明していた。もしそうしていなければ死人と言われても誰も疑わないだろう。
鞠絵がこうして倒れたのはこれが始めてではなかった。しかしこういった症状が頻繁に見られるようになったのはある日を境にしている。
それは兄が海外留学した日からだ。
彼女が一日千秋の思いで待った日、それはまさに裏切りと絶望の連続だった。どんなに待ちこがれても来ない兄上様・・・・・・逢えなくて苦しいのはみんなも同じだとわかっていても、自分には生まれつき背負ったハンデのせいで余計に兄との差が他の妹と開いていくのが実感できた。たとえそれが自分が作り出した幻影だとしても。
おかげで彼女は精神疲労から幾度となく倒れ、そのたびに見舞いに来る妹たちにすまなく思い、またあらぬ邪推をしてしまう日々が続いた。
しかし彼女はいつしか手に入れた、自分と兄だけの世界。
それは虚像の邂逅。手応えのない幻。だがすがるものはそれしかなかった。
そうして鞠絵は今そこにいる。夢の中――。
☆ ☆ ☆
彼女はまだその空間を彷徨っていた。傍らに佇む少女は、焦らないで、と繰り返すばかりだ。彼女は確かにこの少女の言うとおり、ここに何故自分がいるのかわからない。どうやって来たのかもだ。
「わたくし、どうやってここに来たんでしょう?」
ため息にも近い声で彼女はそう言った。
「あなたが望んだから、だからここにいるの」
「ならどうしてわたくしはここを望んだの?」
「それはあなたが思い出すこと」
そして、
「焦らないで、ゆっくりでいいから」
まるで壊れた再生機だと彼女は思った。なんどこの台詞を聞かされたかわからない。彼女は少しげんなりした表情で嘆息した。
少女の方に目をやる。少女は変わることなく自分の隣で座っている。それを自分と重ね合わせて見てしまった気がして、彼女は寂しげに笑った。
「何かおかしい?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、わたくしのことが何となく思い出されていくのがわかっただけ」
「それが何か面白いことなの?」
彼女は首を振ると、無意識のうちに目を背けうら悲しく次の言葉を放った。
「私ってね、昔体が弱かったみたい。そうやってずっと座って何かを見てる・・・・・・さっきはそんなのが見えたの」
「何を見ているの?」
「それだけが見えないの」
彼女は再び少女の方を向いた。
「なんでかしら? 見ているものがすごく大切だって、大事だってわかってる。でもそこだけがずっと切り取られたみたいになってるの」
彼女は一息はさんでゆっくりと喋った。自嘲気味の笑顔を浮かべて。
「おかしいわよね。大事なものを思い出したくないなんて事、ないはずないのに」
彼女の問いに少女はなんの反応も示さなかった。
まだ現実には遠いの・・・・・・? ――ただ黙りながらもそんなことをつつと思ったりもした。
少女はこの世界のことを知っていた。だから彼女の思い出せない部分にこそ現実に戻ることの出来ない理由があることがわかっている。もっともそれを思い出すのは自分の仕事ではない、彼女の仕事なのだ。
(私はそれを思い出させるためにここにいるの。それが私に課せられた使命だから)
「聞いてちょうだい」
「なに?」
「私の質問に答えて。うまくいけばあなたは自分のするべき事、何もかもを思い出すことが出来る。そしてあなたは自分のあるべき場所に行くことが出来る」
少女はしかし躊躇した。もしこの質問を彼女が自ら否定してしまった場合、それは永遠に夢に囚われること――現実世界で一生起きないで植物人間状態に陥ることを意味する。だからといって放っておいたところで夢から目覚めるとも言えないのだが。
(だから私はキッカケなんだ・・・・・・チャンスを与えればそれでいい。自分の役目を果たせばそれでいいんだ)
少女の存在は義務によって支えられている。それも自動的な。少女は"送られてきた夢"の残滓が意志を持った存在なのだ。もっともそれを知る者は誰もいない。
少女は真摯な表情で口を開いた。彼女は言葉を待つ。
「思い出して、そしてこの質問に答えて。・・・・・・あなたの夢はなんですか?」
☆ ☆ ☆
――君の苦労は無駄に終わるのかもね。
「・・・・・・私に出来ることは、もう無い」
――いいのかい、そんな投げやりで。
「でも信じている・・・・・・」
君は窓の外を眺めた。空の光が少しずつ強くなっていく、朝靄が現れてミルク色のヴェールが君の窓から見える風景を飾ってゆく。子人はついに疲れてしまったのか君の机の上で寝てしまっていた。
君は前に垂れている髪を掻き上げると宙を仰いだ。
「大丈夫、きっと鞠絵ちゃんだって・・・・・・忘れることなんて出来やしないさ。兄くんのことを」
たまには根拠のない言動も信じてみたいものだ、と君は胸中で呟いた。
ふとそんな時だった。君の部屋の机の上にある水晶玉が突然瞬いた。別段それを異変とも感じず、君は落ち着いて水晶玉のところまで歩いてゆく。この水晶玉は何か変化があったときだけ反応するように術をかけてあるからだ。"遠見の術"と呼ばれるこの術は、ある程度の距離なら見通すことの出来る術だった。
水晶玉をのぞき込んで君は思わず息を呑んだ。
「なっ、なにがあった・・・・・・?」
水晶玉の中では眠り姫――鞠絵が目を覚ましているではないか。そうなるように計ったのは確かに自分だ、しかし効果が上がらずに諦めかけていたというのに。
「・・・・・・明日、様子を見に行ってみるか」
君は笑顔で独り言を言った。
不可思議な事象への興味か、鞠絵が助かったことの安堵か。なぜか君の笑顔はとても晴れ晴れとしていた。
☆ ☆ ☆
蒼天が空をついてそびえていた。いつもこんな時間に出歩くことはないのだが、と千影は久しぶりに見た強い日差しを堪能するように歩いていた。人工的に作られた花畑を抜けて鞠絵のいる病院を目指す千影はすこし異色な存在だった。夏の暑さの中で全身を黒ずくめ、しかも白いフードで頭まで被った姿は近づきがたい空気を放っていた。
一階の、病院の裏に面した病室へと少し早足に向かう。すれ違うたびに何かと見られるが自分は少々変わっているという意識があるのでさして気にもならなかった。病室の前に書かれた『鞠絵』のプレートを確認して中にはいる。
「やあ、具合はどうだい?」
「千影ちゃん・・・・・・随分早かったわね。メールだとお昼過ぎに来るって書いてあったのに」
「すまない。お昼時に来てしまったようだね・・・・・・自分の家から来るのは、初めてだったから・・・・・・どのくらい時間が掛かるのかわからなくてね」
「いいわよ、気にしないで」
言ってベットの上にある食事をどかそうとする鞠絵を千影は制した。
「いや、押し掛けたのは私だ。あまり気にすることはない・・・・・・それに私も、昼ご飯を持参してきている」
どこからともなく手提げ袋を取り出した千影を見て、鞠絵は微笑んだ。少しいぶかって千影は訊ねる。
「何か変かな?」
「ううん、ごめんなさい笑っちゃったりして・・・・・・でも千影ちゃんも料理とかするんだなって」
「意外かな?」
「そんなことないけど。ただわたくしよりもずっとしっかりしてるんだなって思っちゃっただけ」
「・・・・・・料理は好きなんだ、作るのも、食べるのも」
鞠絵はあさっての方を見る千影を何となく照れているように感じた。
それでも千影の見ている方に何かあるのかと思い、視線を同じ方に向ける。彼女の視線の先は自分のベットの枕元――の上にある一枚の写真に注がれているのがなんとなくでだがわかった。
「そういえば・・・・・・随分と長く、眠っていたみたいだね」
「あっ、え、ええ」
しどろもどろになりながらも鞠絵は答えた。
「もしかして夢でも・・・・・・見ていたのかな?」
千影は抑揚のない声で問いかける。鞠絵は何も考えず、
「ええ、確かに見た気がするわ」
曖昧に笑った。
時たま風に揺らされるカーテンの金具がカチカチと音が鳴る以外、とても静かだ。千影は深呼吸すると鞠絵のベット付近にあるイスに腰掛けた。少し話が長くなりそうだと判断したからだ。
「ほう・・・・・・夢、か。どんな夢だった?」
「よくは憶えていないの・・・・・・けど兄上様が出てきたのは憶えているわ」
千影は軽く相づちを打った。そうなるように仕向けたのは自分だ、なんら驚くことはない。
「でも最後だけはハッキリ憶えてるの。なぜだかわからないけど」
「・・・・・・良かったら聞かせてくれないか?」
鞠絵は頷いた。千影が少し変わっているのは承知している。こういったことにも興味を持つのも彼女ならわかることだ。
食器の上に載せてあった牛乳を一口飲むと、鞠絵は開口一番、
「あなたの夢はなに?」
「・・・・・・?」
「そう聞かれたの、夢の中で」
思い出に浸る老人のように穏やかな調子で鞠絵は言葉を紡ぎだしていく。
「理由はわからないけどわたくしにそう言ってきた女の子・・・・・・あっ、その子赤い髪の小さな女の子だったの――夢の中でね、ここはあなたのいる場所じゃないから、ってわたくしに言うの」
「・・・・・・」
「それでわたくしはどうやってここに来たのかわからなくて、女の子はその質問に答えられれば自分のいる場所に行ける、って・・・・・・もしあの夢が本当だったらわたくしのいる場所はここということになるのかしら?」
鞠絵は拙い説明だと思ったが自分の頭ではこれ以上の説明が無理だというのもわかっていた。一笑に付されるような気もしたが、
「そうだったのか・・・・・・」
彼女はわかってくれたようだ。鞠絵は少し安心した。
(そうか、だから鞠絵ちゃんは目覚めたんだ・・・・・・その夢の少女がなんだかわからないが、彼女自身が自分でこの現実に戻りたいという意思を夢で示したのか・・・・・・だから突然目覚めたんだ)
千影は鞠絵の思いをよそに頭の中で状況を整理していた。
(私はどうやら間違っていなかったようだ・・・・・・彼女の想いの強さ・・・・・・いや、兄くんへの想いか)
黙考している千影に声を掛けるのを躊躇われたので鞠絵はパンをかじって少し時間をおいた。千影は顔を上げてすまなそうに、続けてくれ、と言った。
「それでわたくし考えたんです。わたくしの夢ってなんだろうって」
鞠絵はゆっくりと語る。
「さ、最初は兄上様と、その・・・・・・一緒に色々したいなって・・・・・・そういうことを言おうかと思ったんですけど」
顔を赤らめながらいう鞠絵の言葉に千影は少々驚いた。
(彼女の夢というのは・・・・・・兄くんへの想い――愛情と呼ぶべきか、それだけではなかったのか?)
「でもね、よく考えてみたらわたくしわかったんです。それもあくまで夢の一部だなって」
「一部?」
「はい。わたくしの夢はそれだけじゃないってわかったんです。ちょっと欲張りな夢かなって思ったんですけど・・・・・・」
清々しい顔で鞠絵は言い切った。
「みんなと一緒に未来を見たい。これがわたくしの夢です」
「・・・・・・」
「わたくしの夢――本当に欲しいものですね、それはみんなと在る未来。みんなと一緒に・・・・・・勿論今はいないですけど兄上様も一緒に・・・・・・そう、みんなで作っていけることの出来る、みんなが幸せである、そんな未来がわたくしの夢なんです。ふふふっ」
少し偉そうなことを言った気がして照れ隠しに微笑んだ。千影は鞠絵の言葉を聞きながら、胸中でため息をついた。
鞠絵の強さ――姉妹の絆の固さ――そういったありとあらゆるものへ感嘆の念を抱かずにはいられなかった。自分が思ったほどこの子は弱くない、千影は鞠絵に微笑んだ。
「そうか。良い夢だと思う・・・・・・私も」
千影は短くそれだけ言葉を言い、手を叩いてお喋りの時間が終わったことを告げた。時間はもう1時になっている。
「すまない・・・・・・少し長話をさせてしまったようだ」
「いいわよ、それよりも千影ちゃん、未だ時間ある?」
「ああ」
「だったら――」
鞠絵はベットの傍らに置いてある本を枕元の本置き場に置いてから、続けた。
「もう少しだけ、お話ししていってくれません?」
千影は隠してはいるものの少し驚いた。
「今日は未だお勉強も再開してないし・・・・・・ゆっくりしていられるんです。どうですか?」
「・・・・・・フフフッ、変わってるね・・・・・・私と話をしたいなんて」
苦笑を禁じ得ない。でも悪い気はしない。
「ダメ、ですか?」
「いいや・・・・・・私でよければつき合おう。それと・・・・・・君の夢の話で思い出した、とっておきの話がある」
「? なんです?」
「夢界迷宮〔ドリームラビリンス〕の話さ。・・・・・・夢が迷路でね、人間はここに迷い込むと夢を見るんだ・・・・・・入り口と出口が夢の中。しかしここに迷い込んだ女の子がいたんだ・・・・・・そんなつまらない童話だが・・・・・・どうだい、聞いてみるかい?」
「はい」
笑顔で答える鞠絵に千影もまた笑顔で応えた。
初夏の日差しが高くなり、内側から押し出された白地のカーテンがそれを受けて眩しく室内を照らしている。病院の一室からそのカーテンを飛び越えて、昔語りが聞こえてきていた。
終
あとがき
〜 千影の髪の毛の色を「サツマイモの色」と勇気がなかったために書けなかったヤツの言い訳 〜
サブタイトルは別に千影を馬鹿にしてるんじゃなくて自分にはこれが一番適当であるようにしか言えないからです。語彙力ねぇ(爆
毎度のことですが新作をあげるたびに謝ってる作者の渡り鳥ユウです(爆
ごめんなさい、相変わらず書くのが遅いです! 待っててくれた人は(あんまいないと思うけど)気合いを入れて書いたということで本当に許してください!!
そんなわけで今回お送りしました「夢界迷宮」楽しんでいただけたでしょうか? 個人的には書いてて入り組んでて面白かったんですが読者はわかりにくくて途中で読むのやめた人もいるんじゃないかなぁとか不安で一杯です(爆 ここまで読んでいただいた方には少しわかりやすく説明おば。
1)アニキのいないショックで鞠絵ちゃんが寝込む
2)その鞠絵ちゃんを助けるために千影が魔法(兄のいる夢を見せるためのです)を使う。
3)しかし鞠絵ちゃんの夢が暴走(ていうか文中の語だと「膨らん」で)して夢に飲まれかける。
4)千影は千影でこの夢の代償として自分の夢(命と同意語)を犠牲にしているのでもうこの事態をくい止められない。
5)が、千影の夢が「鞠絵ちゃんを助けたい」という意思から少女(実は幼少千影だったらしい)の姿に変身!(イン夢の中)
6)幾つもの疑問で彼女自身に「必用なのは現実である」という真実(答え)を出させようとする。
7)上のがこうを結んで鞠絵が帰還
という流れになってます。これをいろいろと組み替えてばれないようにしようとしたらゴッチャになったと・・・・・・まあ、よくある話です(笑 本編に関してはいろいろと自分の勝手な主観で書かれてるのはいつもの通りなんでもう何も言うことはありません(ヲヒ あと追記するとこの話は「ひなリボン」の続編(流れを組んでるってんですか)と言うことで兄貴がいません。おそらくこの先もずっとそうでしょうから「兄の出てないシスプリ小説なんかシスプリ小説じゃない!」とお怒りの方、今後私の小説を読まないことをお薦めします、マジ(爆
#そりゃ寛容な心で許して読んでいただきたいですけど(笑
さて、相変わらずいつものように意味もないお話をしたいと思います。
自分は物書きをやっているわけなんですが、最近物書きに何が一番必要なんだろうか、とよく考えます。
語彙だろうか、技術だろうか、センスだろうか、物を書くという行為にあたって必用なことはつきません。しかし何が一番必要かと言えばやっぱりこれしかないと思います。
愛!!
いや、冗談じゃなくて(笑 やっぱり作品に対しての愛着ですか、これがないと物書きやってられません。当たり前かも知れませんけどこれを結構忘れている方がいます。やっぱり作品を書くのは楽しいからだと思うんですよ、だから技術よりも自分が楽しんで書ければそれで良いと思うんです。
技術だけで書けますよ、確かに。しかしんなことして何が楽しいのか?
だから皆さん――文章をお書きになる方――小説を書くことを楽しんでいただきたい。
#もしこのあとがきに興味を持って「物書きについて何が必需か」のいい答えがあればお気軽にメールでもしてやってください(笑
で、なんでこんな事を書いたのかと言いますとね、最近こんな阿呆な自分にも「ユウさんに憧れて物書きを」なんてメールを戴くようになったりとか、自分のページでそういった方が増えてます。嬉しいですけどね「ユウさんみたいに上手に」とかそういう趣旨で「弟子入り希望」なんてことを仰ってくれてる方が結構いるんですよ(汗
私自身頼られることは嬉しいですし、技術を認めてくれるのは嬉しいです。やっぱりそういうメールには師匠面していろいろと指導してますけどね(ヲヒ) だから密かに弟子入り歓迎(ヲヒマテ
しかし自分は言いたい。技術なんか勝手に付いてくる、まずは自分が書きたいように書いてくれ! そしてもっとうまくなりたいんだったら自分の好きな作者様を見つけてメールを出して自分の作品を見てもらうように勧めてみると良いでしょう。だからお願い、
物書きを始めるのにまで自分にメール出さないでくださいっ!!(滝汗
#「物書き始めます」なんて私に言わないでも結構ですから(涙
物書きは自分の専売特許じゃないんですから(汗
※相変わらずあとがきが長い・・・・・・ダメじゃん。
渡り鳥ユウさんへの感想はこちら
hirano-m@viola.ocn.ne.jp
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