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妄想ダーク編
作者 たこつぼ
私の前には兄くんがいる。
「……ねえ…?………兄くん」
「なんだいちかげ」
世界で一番大切な人、私の愛するただ一人の人……。
でも……
「……兄くんは……私のこと好き……?」
「だいすきだよちかげ」
なんどきいても訊いても毎回同じ
「私のこと愛している?」
「あいしているよちかげ」
返ってくるのは、どこか虚ろで無機質な返事だけだ。
「……兄くん……」
こんな答えを聞くためにあんな事をしたんじゃない。
胸が透くように痛む、目頭が熱くなり、視界が翳んでくる。
「どうしたんだいちかげ」
「なにをないているんだいちかげ」
その声も虚ろだった、形だけの心配、前のように優しく涙を拭ってくれるわけでもない、私がそう命じない限りは……。
こんな事を望んでいたわけじゃない…、何故あんな事をしてしまったんだろう、頭の中が後悔でいっぱいになる…。
☆
「……これさえあれば……兄くんは……」
頭の隅で違う違うと声がする……、けれど私は止まれない、この前アレを見てから押し寄せる不安と恐怖で私は冷静に錯乱していた……。
パププぺポパ……
電話をかける何度もかけ、その何倍もかけるのを躊躇った電話番号、今日は何の躊躇いもなくかける。
トゥルルルルルルル……
トゥルルルルルルル……
出ないでくれと、どこかで願いながら受話器を握る。
ガチャ
『はい、もしもし』
繋がってしまった……、何かが崩れていくのを感じる。
「……ああ兄くん……」
『おお千影か』
「…………………」
あれだけ固く決めた決心が兄くんの声を聞いたとたん鈍りそうになる。
『ん?どうした?』
「………………」
でも兄くんが他の人に取られるくらいなら……
『おい千影!?』
「……あ、ああ……すまない兄くん……ボーとしてた………」
『また徹夜続きなのか?』
「あ、ああ……まあ……ね」
『寝不足は美容に良く無いぞ、もっと自分の身体を大事にしなくちゃ』
「……ああ……そうだね……」
『判れば宜しい』
どうしよう、兄くんにホントに薬を飲ませても良いのだろうか。
「………悪いんだが明日………兄くんの家に行って良いかい………?美味しいお茶……が手に入ったんでね…」
『ん?ちょうど良かった、僕も千影を呼ぼうと思っていたんだよ。』
「……そ、そうかい……」
『なあ千影?本当に何もないのか?』
「別に……なにもないけど……」
『そうか、なら良いけど…』
「………そ、そういえば……兄くん……?」
『ん?なんだ?千影』
「こ、この前の日曜日、どこかに行ってたのかい……?」
平静にしようとしているのにどうしても震えてしまう。
『え?どうして急に?』
「たいした事じゃないんだ……電話したけど居なかったから……」
『あ、ああ、ちょっとね、友達がゼミの宿題手伝えってきかなくてさ』
(やっぱり……)
兄くんは隠し事が下手だ。
頭の中がクリアになっていく、私は決心した。
「…そうかい……じゃあ明日の11時に……では……失礼するよ…」
そういって受話器を置く、明日兄くんにこれを飲ませて、私だけのものにする、兄くんは私のものだ……誰にも渡さない、これが間違っていると言うのはなんとなく分かっている…、あとで絶対後悔するという事も…、それでも私は止まれない。
☆
「…ん…ぅん…」
どうやら何時の間にかに眠ってしまったようだ、頭がくらくらする。
「…あ、兄くん…」
目の前には兄くんがいる、そしてその虚ろな目を見るたびに全てが夢では無い事を思い知らされる。
「……兄くん……」
「どうしたんだいちかげ」
熱い塊が胸からこみ上げてくる、もう何度こんな事を繰り返したのだろうか。
「……兄くん……」
「どうしたんだいちかげ」
「なにをないているんだいちかげ」
「ごめんなさい兄くん、ごめんなさい」
「なにをあやまっているんだいちかげ」
泣きながら謝る私に兄くんは無機質な返事しかしない……壊れた人形のように。
☆
「でも千影がうちに来たいなんて珍しいな、いつもは呼び出してばっかりなのに。」
「……たまにはね……兄くんの部屋も……見ておきたかったし……」
いつも通りのようなでもいつもとはどこか違う会話。
「……さて……お茶を入れてくるよ……。」
「前みたいなのは勘弁してくれよ。」
「……判ってる………今日のは……とっておきの奴だからね……」
湯を沸かし、カップとポットに湯を入れて暖める、ポットにリーフを入れて1分程蒸らした後カップに注ぐ。
兄くんの為に何度も何度も練習した一連の動作、そしてそれからもう一つ……。
……ぽたり……
……ぽたり……
ポケットから出した薬を兄くんのカップに数滴垂らす。
今なら間に合うと言う声が頭の中をぐるぐる廻る。
しかし私は止まれなかった。
「……兄くん……お待たせ……」
「お、ご苦労さん、ケーキ買ってきたから一緒に食べよう、千影の好きなシャトレーズのチーズケーキだぞ。」
「……ありがと……」
そういってカップを兄くんに渡す、とんでもない事をしているのは分っている。
「ほー良い香りじゃないか、千影は紅茶入れるの上手になったな。」
「…そうかい…?…まあ美味しい紅茶を……生かすも……殺すも……入れ方しだいだからね…」
とんでもない事と分かっている、分かっているけれど私は自分を止められない。
「じゃあ頂くとするか。」
兄くんがカップに口をつける、薬は遅効性で飲んでから効き出すまである程度時間がかかる、でも飲んでしまったらいかなる方法を持っても解毒できない。
「うん、美味しいよ、ありがとう千影。」
「……別に……貰い物だし……」
「うーーん……じゃあ美味しい紅茶を淹れてくれて、ありがとう千影。」
兄くんの優しい笑顔が私の胸に突き刺さる、張り裂けんばかりに痛む、しかしもう戻れないのだ。
「……あ、ああ……」
「どうしたんだ?千影?ケーキにも手をつけて無いし。」
「…い、いや……兄くんが紅茶を気に入ってくれるか……心配で……」
「さっきも言ったろ、とっても美味しいよ。」
「……そうかい……それは……良かった……」
私はそういって軽く微笑み紅茶のカップを口に運んだ。
もう戻れない、一線を超えてしまったというのに、私は妙に冷静になっていく自分を感じた。
「……ところで……兄くん……?」
「ん?なんだい?千影」
「……この前日曜日……一緒に居た……女の人……誰だい…?」
「……え?あ、あれは…ええと……困ったな、見られちゃってたのか。」
(やっぱり……)
困ったような兄くんの顔を見た瞬間、これしかなかったんだと言う思いが胸を満たす。
「じゃ、じゃあもしかして最後まで……、見られちゃったのかな?」
「……見ていたよ……」
最後まで見ていた……、兄くんがあの女の人と……。
「あ、あれはさ………えーと、ああ、もうしょうがない!!!」
兄くんはそういって立ち上がると机の引き出しから小さな包みを取り出してきた。
「1日早いけど、誕生日おめでとう千影。」
「え?」
「ホントは明日一緒にデートでもして、もうちょっとロマンチックに渡したかったんだけどさ。」
「……兄くん……」
「開けてみてよ。」
震える指をもどかしく思いながら包み解くと中に入っていたのはアクアマリンの指輪だった、青い石が銀リングのデザインにピッタリマッチしていた、兄くんにしては珍しくセンスが良い。
「千影の誕生石のアクアマリンだよ、宝石言葉は沈着・聡明、千影にぴったりだろ?」
指輪に文字が彫ってある“ Only You ”
「実はさ……、女の子って何貰ったら喜ぶか判らなかったから、一緒に選んでもらってたんだよ、まあ逆に引っ張りまわされたり、昼飯たかられたりしたけど、そしたらさ、別れ際にいきなりキスされちゃって、それで……………」
兄くんの声が遠くになっていく……。
兄くんが私の為に………、あの人は兄くんの恋人じゃなかった……、恋人じゃなかったのに……私のためになのに、私……私、薬を……。
……心が崩れていく…………胸が裂けるように痛む………吐き気にも似た衝動が胸を走り抜ける……。
どうしよう、どうしよう、そればかりが頭を巡っていく。
カップの中にはもう紅茶は残っていない…。
全身の震えが止まらない、兄くんがもうすぐこの世から居なくなってしまうのだ…、私が消してしまうのだ……。
「……だからさ、ん?どうしたんだ千影」
兄くんが心配したように、こっちを見てくる。
「あ、兄くん……あ、あ、あの……」
言葉が震える、舌が廻らない、言わなければいけないのに私が何をしたか知らせなきゃいけないのに。
兄くんがこの世から消えてしまう前に……。
「ん?感激してくれたかな?」
「あ、兄くん………わ、私、わたし…あの……」
「お、おい千影!!どうしたんだ!!え?俺なにか悪いことしたかな?気に入らなかった?あ、あのえーと、ごめんな、ごめんよ、だから泣かないでくれよ。」
そう慌てる兄くんに言われて、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あ、あの……兄くん…」
「……あ、ああ気に入らなかったか?なら明日一緒に別の買いに行こうな、だからもう泣かないでおくれ。」
そういって涙を拭ってくれる兄くんの優しい仕草が、心配そうなその瞳が、氷の楔となって私の胸を貫く。
「わ、私……あ、兄くんが………飲んだ紅茶に……私……」
「ん?紅茶に?…ぐぅ!!」
突然兄くんは喉を押さえてうずくまった。
「兄くん!!!」
「ごほっ!!!ごほっ!!!」
喉を押さえてうめいている兄くん
「兄くんごめんなさい、ごめんなさい」
「ち、ちか、ごほっ!!げ、ごほっ!!!ごほっ!!」
「私、私、兄くんの紅茶に……この前兄くんが……女の人と………キスしてるの見て……それで……兄くんに、あにくんに薬で……」
口が動かない、舌が廻らない、体に力が入らない、何を喋っているのか判らない、私はただ泣いているだけだった、全てが夢であることを願いながら。
「…………あに……くん?」
気が付くと兄くんの手が私の頬に当てられていた。
「ち、ちか…げ……」
「兄くん……」
「…だい…じょうぶ…だから……」
「…あ、兄くん……」
頬に当てられた手に自分の手を重ねる。
もう涙で殆ど何も見えない、それでも兄くんの様子が変わっていくのは十分過ぎるほど判った、1秒ごとに息が荒くなっていく、頬に当てられた手が冷たくなっていく。
「ちかげ……、ち…かげ…ち…か……」
「兄くん!!!あにくん!!ひっく、ひっく」
お願い兄くんを助けて…、そう祈りながら兄くんの手を握り締めた。
しばらくすると兄くんの呼吸は落ち着き体温も元に戻り、そして意識を取り戻した…。
だけど……
「あ、兄くん」
「どうしたんだいちかげ」
その返事はどこか無機質だった、まるで…ロボットのように。
「…兄くん……あの……」
兄くんはただこちらを向いているだけ、兄くんの目は虚ろだった。
それでも私は叫んだ。
「あ、兄くんだよね………、ねえ兄くんだって言ってよ!!」
「はいぼくはあにくんです」
その瞬間、私の中で全てが壊れた。
☆
あれからどれくらい経っただろう……、もう涙は枯れてしまった……。
「……兄くん……?」
「どうしたんだいちかげ」
「……ちょっと実験台………になって…欲しいんだが………」
「わかった」
間髪挟まず返ってくる返事、困った様子や躊躇う様子すらない。
「…死ぬ……かも…しれないよ?」
「わかった」
返ってくる無機質な返事なだけ…、以前の困ったような顔や優しい笑顔は欠片も見せない……。
私は兄くんを『殺して』しまったのだ…後に残ったのは物を食べ息をする、私のいう事を聞くだけの兄くんの形をした人形だけ………、もう私の兄くんはどこにも居ない…。
「お願いだよ兄くん」
「わかった」
「元に戻ってよ!!!」
「・・・・・・・・・」
返事は来ない、もう枯れたと思った涙がまた溢れ出してくる。
「どうしたんだいちかげ」
「なにをないているんだいちかげ」
その声も同じ無機質な声、心が虚ろになっていく…もう全ては終わったのだと…。
「……兄くん……」
「どうしたんだいちかげ」
「一緒に死んでくれる?」
「わかった」
返事は即座に返ってくる…。
「………では…………兄くん…………このナイフで…私の……胸を……刺してくれ………そのあと君も……」
「…わかった」
とナイフを受け取った……、そして私にそのナイフを向ける。
…もうどうでもいい、兄くんがいない世界なんて……。
でも死んだって兄くんには会えないんだろうな……、私はきっと地獄に落ちるだろうから。
「……さあ………殺して……おくれ……」
「…わかっ…た」
それでも兄くんを『殺してしまった』世界で生きていくなんて出来ない、だからせめて兄くんの手で……
そっと目を瞑る、そのときが来るまで……
だけどいつまでたってもそのときは来なかった。
カラーーン
ナイフが床に落ちた甲高い音で私は目を開けた。
「……どうしたんだい、兄くん?」
「……しなないで…………ちかげ、……なかないで……ち影…」
「兄くん?!!」
「……なかないで…ちか…げ…」
「兄くん!あにくん!!あにくん!!!」
その声を聞いた瞬間、慌てて駆け寄る。
兄くんが『生きてる』、頭にはそれだけだった。疑問や歓喜、罪悪感すら頭には残っていない。
私は思わず兄くんに抱きつき、力いっぱい叫んだ。
「兄くん!兄くん!兄くん!!ここだよ、私はここにいるよ!!兄くん!!!帰ってきてよ!謝るから元に戻ってよ!!お願いだよ!!元の兄くんに戻ってよ、私を一人にしないでよ!!お願いだよ!!お願いだよ!!!」
「…千……かげ…」
「戻ってきてよ!!兄くん!!」
泣きながら懇願する、頭の中が真っ白になるのを感じながら私は叫んでいた。
「……千影……」
遠くで兄くんの声が聞こえたような気がした。
☆
「…ぅん…あ、兄くん!!!」
「すーーー、すーーーー、すーーーー」
気が付いたとき私は兄くんと一緒に倒れていた、体が酷く重い…頭が痛い…、でもそんな事はどうでも良かった。
兄くんの寝顔は人形の時のそれとは違って見えたのだから……。
「兄くん……良かった………」
私は今ここで一生分の涙を使い切ってしまうのではないかと思った……
☆
アレから救急車を呼び病院に運んでもらった、薬の効果が切れたとはいえやはり安静が必要だろうと思ったから、それになにより兄くんに合わせる顔が無かったから……。
だけど…あんなことしておいて知らないフリなんて絶対に出来ない、1歩間違えれば、いやあの時奇跡が起きなければ兄くんは『死んで』いたのだから。
謝っても許して貰える訳がない、胸が張り裂けそうに高鳴る……。
それでも……、謝らなければ……、償わなければ……。
コンコン
『はいどうぞ』
「……あに……く…ん……」
『ああ千影か、入りなよ』
兄くんの調子はいつも通りだった、あんな酷い事をしたのに、私がその償いに来たという事も判っているはずなのに。
がらがらがら
何の変哲もない白い病室に兄くんはいた、病人とは思えない程の元気そうなその顔は、私に安堵と不安をいだかせた。
「…………………」
「千影どうしたんだ?見舞い来てくれなくて寂しかったんだぞ」
「…………………」
どうしたんだろうか、あんな事がなかったかのように平然と話す兄くんに、私の不安は膨らんでいくのを止められなかった。
「俺が腐ったチーズケーキ出したから、怒ってるのかと思ったよ。結局デートにも行けなかったしな、おのれシャトレーズめ。」
「え?」
「あのチーズケーキ賞味期限切れてたんだってな、お前食わなくて正解だったよ。」
食中毒?薬の影響で記憶が飛んでいるのだろうか?しかしそんなはずは……
「あ、兄くん、あれは私の………」
「千影……僕は賞味期限切れたケーキ食って食中毒になったんだ、良いね?」
「え?あ、兄くん……?」
「それよりなんでお兄ちゃんのあげた指輪してないんだ、気に入ってくれなかったのか?お兄ちゃん悲しいぞ。」
「……兄くん……」
拗ねている兄くんの顔を私はぽかんと見つめ、思考が完全に止まってしまった頭を必死に回転させる。
「折角バイトを増やしてさ…、由美子さんに無理言ってさ…、我侭に付き合ってさ…、千影に一番似合うと思うやつ一生懸命探したのにさ…、つけてくれないなんてさ……」
「…………あにくん」
私は涙が溢れそうになるのを必死に堪えながら笑った。
「くす……そう……由美子さんて……こないだキスしてた人……?」
「い、いやだからさ、あれは……さ、いきなりだったから……。」
「ふーん……兄くん……その人と仲良いの…?」
「そ、そりゃ同じゼミだから、仲良いと言えば仲良いけど…。」
「…兄くん……目を瞑って……」
「え?え?なんだよ」
スーと目を細めてもう一度繰り返す。
「……いいから……目を瞑って……」
「は、はい!!」
目を瞑った兄くんの唇に自分の唇を重ねる、1秒くらいの唇と唇が触れただけの短いキス。
「ち、千影……」
「……由美子くん……には負けないよ……」
「ま、負けないってお前……」
いつものように戸惑う兄くんを見つめて私は笑みを浮かべた。
薬なんか使わないでも、いつか絶対私のものにして見せるよ、兄くん。
「でも呪殺は駄目だぞ、千影」
終り
あとがき
良かったバッドエンドにならなくて(TT)
取り敢えずどうやって元に戻らせるか
死ぬほど苦労しました、んで今回は書くのより改訂する方が時間かかっちゃいました。
改定に協力してくれた(というか半分パクらせて貰った)ひらがな氏に感謝ですな。
テーマは分かっちゃいるけど止められないあと後悔…
書き掛けで3ヶ月くらい止まっている妄想シアターVol3で信頼度が低かったり、
選択肢間違えるとこうなるのかな?って話です。(ギャルゲーノリ……)
妄想シアター1,2とは直接繋がってはいません。
改定する度に自分の力の無さに泣きたくなる……
まあ今回はこれでひとまず改定終りです。
花音猫鈴さん[HP]
花音猫鈴さん[HP]花音さんに挿絵を描いてもらいました、それも二つも超超超嬉しいです。
たこつぼさんへの感想はこちら
gath@hamal.freemail.ne.jp
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