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=山へ行こう(序章)=
作者 ソルさん
俺は今、荷づくりをしている。大きな緑色をしたかばんに必要なものを詰め込んでいく。
一日分の着替えと食料、水筒にハンカチ、タオルと救急医療セット、何かあったときのための非常用の懐中電灯とラジオ。
「あと必要なものは・・・」
そうそう、キャンプ用品を忘れちゃいけない。何しろキャンプに行くのだから・・・
事の始まりは一週間前に遡る。夏休みに入って最初の日曜日、可憐が急に山へ行きたいと言い出したのだ。
「ねえ、いいでしょ、お兄ちゃん」
「別にいいけど、何で山へ・・・」
「ほら、今、ちょうど夏休みだし、一度山に登ってみたいと思ってたの」
「うーん、山か・・・」
俺が考え込んでいると、可憐が顔を覗き込んできた。
「駄目・・・かな・・・」
ちょっと困ったような表情をする可憐はとても可愛かった。ということは俺に断る理由はない。
「ああ、いいよ。で、いつ行こうか」
そう言うと、可憐の表情は明るい笑顔に変化した。さっきの表情も可愛かったが、やはり可憐は笑顔がよく似合う。
「今から!」
「ち、ちょっと待った、可憐」
今から山へ行くと言い出した可憐に、俺は少なからず驚いた。山へ行くといってもいきなりというわけにはいかない。どこのどんな山へ行くのか、そこへ行くにはどのくらいの時間と費用がかかるのか、調べなければいけないことや準備しなければいけないことがいろいろあるのだ。
俺はそのことを可憐に話し、出発は来週の月曜日ということになった。
「じゃあそれまでに準備しとかなくちゃね、お兄ちゃん」
可憐はそう言うと、部屋に戻っていった。いろいろと調べるつもりなのだろう。
俺もうかうかしてられないぞ。山に行くのに必要な道具を買わなくてはならない。なにしろそんな道具は家にはないんだからな。
まずは店に行こうと振り返った俺の目の前に、両目の釣りあがった咲耶がいた。
「うわっ」
びっくりした俺は床にしりもちをついてしまった。
「お兄様、可憐と一緒に山へ行くんですってね」
「き、聞いていたのか・・・」
腰に手を当て、上半身を倒すようにして詰問してくる咲耶に気圧され、思わず確認してしまった。
「ええ、そこの廊下の角から」
そう言われそっちのほうを向くと、廊下の角から顔だけ出している四葉と目が合った。四葉はやばいっという顔になり、首を引っ込めてしまった。
まずいのに聞かれたなぁ、というのが今の俺の心境だった。四葉の性格からして妹たちにこのことを言いふらすだろう。そうなれば妹たちが、私も行くと言い出すのは判りきっていた。俺としては、可憐と二人で行きたかったのだ。
「私もお兄様についていきますわ」
ほら、やっぱりこうなるんだ。こういう運命なのかな・・・
「どうしたの、お兄様?」
不条理な自分の運命を嘆いていると、咲耶が不思議そうに聞いてきた。
「いや、なんでもない・・・っと」
俺は立ち上がると、咲耶に向き直った。
「なに?、お兄様」
「今回は俺と可憐だけで行きたいんだ。どうか、わかってくれ」
「・・・判ったわ、お兄様」
真剣な声で言うと、咲耶はあっさり引き下がった。思わず拍子抜けしてしまったほどだ。
・・・これはなにかある。
そう思わずにはいられなかった。
「何かあるんじゃって顔ね、お兄様」
心の声をずばり言い当てられ、思わずどきりとした。
「フフッ・・・図星みたいね、相変わらず隠し事が下手なんだから」
まあ、そこがいいんだけど・・・と呟いて、咲耶はどこかへいってしまった。
「なんなんだ、いったい・・・」
まあいいか、ちょっと気になるけどとりあえず店へ・・・と、玄関へ向かう俺の前に、長刀を持った春歌が現れた。しかも抜き身の。
思わず後ずさったのを合図にしたように、春歌が長刀を構えてこっちに突っ込んできた。俺は回れ右をして、一目散に逃げ出した。その後を春歌が追いかけてくる。
「兄君様ー、私と一緒はお嫌ですか?」
必死に逃げる俺の後ろを、春歌が長刀を手に迫ってくる。
「は、春歌、落ち着け、落ち着いてくれ」
「兄君様を殺して、私も死にます!」
「春歌、とりあえずその物騒なものをしまえ!」
冗談にならんぞ、と言うと、長刀を振り回していた春歌が急に立ち止まった。
「物騒なもの?なにがですの?」
「いや、だから・・・その長刀・・・」
走り回って疲れた俺は膝を折り、床に手をついてそう呟いた。
「ああ、これは竹光ですわよ」
「え?」
竹光?竹光でどうやって俺を殺すんだ?いくら春歌が長刀を上手に扱えるといっても竹光じゃあ殺傷能力はない。腕の骨を折るくらいがせいぜいだろう。
そんなことを考えていると、長刀の柄の部分をなにやらいじっていた春歌が笑顔で言ってくる。
「ですが、毒針が仕込んでありますのよ」
・・・毒針ですかい。
「ということで、兄君様お覚悟を!」
「ということで、じゃなーーーい!!」
俺は一目散に逃げ出した。
「はあ、はあ・・・何とか撒いたようだな・・・」
「どうしたの、おにいたま?」
いきなりの声に驚いて顔を向けると、おおきなクマのぬいぐるみを抱えた雛子が立っていた。
「何だ、雛子か・・・びっくりさせるなよ」
「ヒナ、声かけただけだよ」
まったく・・・無邪気だな雛子は・・・
「ところでおにいたま、なにしてるの?」
「い、いや、べつに・・・」
いきなり核心をつかれ言葉に詰まる俺。まさか雛子に言うわけにいかないしなあ・・・。
とりあえず言葉を濁しておいたら、
「ヒナねー、しってるよ。あのねー、可憐おねえたまといっしょに、おやまにいくんでしょ?」
さらに核心をつかれてしまった。・・・知ってるなら聞くなよ。
「いいなー。ヒナもお山に行きたいなー」
「また今度な、雛子」
「ええーーっ、こんどーーっ?こんどっていつ?」
「俺が山から帰ってきてからだな」
「やくそくだよ、おにいたま!」
「ああ、約束する。可憐と山へ行って帰ってきたら、今度は雛子を山へ連れて行くよ」
その言葉に雛子は文字通り飛び跳ねて喜んだ。本当に無邪気だな・・・。そう思っていると、雛子がクマのぬいぐるみに呟いた。
「だって、みんな!」
え?
「よくやったわ、雛子」
「雛子ちゃん、偉いデス!」
「あにぃひどいよ、山へ行くのに僕をおいていくなんて」
「もう言い逃れはできないよ、アニキ」
「にいさま、姫はうれしいですぅ」
「兄や、亞里亞もいくです・・・」
「兄君様と山で二人っきり・・・やがて夜を迎え、辺りの気温が下がっていく頃、二人は体を寄せ合い・・・ああっいやですわ、兄君様・・・」
「花穂、うれしい。おにいちゃまと一緒にいられるんだぁ」
「兄上様と一緒なら、たとえどこまででも・・・」
「・・・兄くん・・・しっかりと聞いたからね・・・」
・・・どうやらあのクマに盗聴器が仕込まれていたらしい。それにしても、これは誰の入れ知恵なんだ・・・?まあ鈴凛あたりだとは思うが。
「これ、ヒナが考えたんだよ。ヒナ、偉い?」
俺の予想は見事に外れた。雛子の将来が末恐ろしい・・・。
「というわけでお兄様、順番はもう決まってるから」
「な、何の順番?」
「もちろんお兄様と『二人っきり』で山に行く順番ですわ」
俺は絶望にも似た思いを抱きながら崩れ落ちた。
さっき咲耶が言ってたのはこのことか・・・。それにしてもよく順番が決まったもんだ。
かなりもめただろうな・・・
そんなことを考えつつ、俺は意識を失った・・・
結局俺は一月ちょっとの間に12回も山に行くことになった。
・・・・・・勘弁してくれ・・・
続く
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