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=開けてびっくり・・・?(中編)

作者 ソルさん


「亞里亞、大丈夫か・・・?」
「兄や・・・亞里亞・・・ぐるぐるです・・・」
俺の質問に、いかにも混乱してますといったふうに亞里亞が答えてくる。それでも愛用の傘を手放さないのはさすがといえばさすがだ。
巨峰から何とか亞里亞を救出する事に成功した俺たちは、とりあえずその場に座り込んで休憩する事にした。いろんな意味で疲れたため、すぐに行動する元気が起きなかったのだ。
俺たちの周りには、サッカーボールだの打ち上げ花火だのといった丸いものが無数に転がっている。
巨峰の実から出てきたものだが、こうやって丸いものに囲まれているとなんだか自分が猫になったような気がしてたまらない。
「それにしても・・・」
と、巨峰からの戦利品であるバレーボールで遊んでいた咲耶が、独り言のようにぼそりと呟いた。ボールを壁にぶつけたり上に放り投げたりしながら、誰にとはなく疑問を投げかける。
「亞里亞ちゃん、何で『きょほ〜〜〜ん』なんて言ったのかしらね・・・」
「さあな・・・全く意味がつかめない」
咲耶の独り言に、同じく巨峰から出てきた地球儀を回しながらため息交じりに相槌を打つ。
恐らく千影があの巨峰に何かしたのだろうが・・・それにしてもこの地球儀、なんか変だな。これがアメ○カ大陸だろ・・・で、これが○本列島・・・
そう指差した地球儀上の二つの場所の間に巨大な島、いや大陸があるのだ。それもかなりでかい。確かこの場所には○平洋が広がっていたはずだが・・・
「巨峰だからきょほ〜ん・・・」
「え?」
咲耶の言葉とともにボールの壁に当たる音が止まった。バレーボールを両手に抱えた咲耶が、不思議なものを見つけたかのような表情で俺を眺める。
「いや、だから巨峰だからきょほ〜ん・・・」
俺は同じ言葉を二度呟いた。単なるひらめきだったのだが、これ以外には思い浮かばない。
巨峰から出てきた亞里亞が『きょほ〜ん』と言う・・・まるでギャグだが、千影なら可能だ。
亞里亞に、いや、あの巨峰に何か術を掛けた可能性は充分すぎるほどある。
「つまりだな・・・」
「つまんないね、お兄ちゃま」
呆れ顔の咲耶に対して三度目の説明を試みた俺の言葉を、花穂の素直な感想が切って捨てた。
その花穂は、やはり巨峰から出てきた子猫と一緒に遊んでいる。ちなみにこの猫、タマという名前でやたらと花穂になついている。
亞里亞も亞里亞で、タマに向かってそこら辺に散らばっている丸いものを転がして楽しんでいるようだ。
毛糸を丸めたやつや、ゴルフボール、野球ボールなど、猫が喜びそうなものには事欠かない。
「亞里亞も・・・笑えない・・・」
タマに向かって打ち上げ花火(!)を転がしていた亞里亞がぼそっと呟くのを、俺は内心非常にドキドキしながら聞いた。
火がついてないだけましだが・・・危ないことをするなあ、亞里亞も。ひょっとしてまだ完全に千影の術が解けてないのか?
花穂と亞里亞のツッコミを聞きながらタマの方を見ると、あろうことか打ち上げ花火とじゃれあっているのだ。しかも爪を立てて!
冗談じゃない。こんなところで花火が爆発したら、どんな被害が出るかわからんぞ!
ふと咲耶のほうを見ると、俺と同じ思いでいたのかバレーボールを胸元に抱えたまま青い表情をしていた。いつ爆発するかわからない危険物を凝視しながら動かないでいる。
そんな緊張の中でよく判っていなさそうなのが二人ほど。タマを嬉しそうな笑顔で見つめている花穂と、なにやら物欲しそうな表情の亞里亞だ。
まあ、状況を説明してもパニックになるだけかな・・・
そう判断した俺は、ちょっとびくつきながらもタマに近付いてその小さな体を掴み上げる。
「こら、暴れんな・・・あ、爪を立てるな、爪を」
急に抱き上げられた事にびっくりしたのか、それともお気に入りの遊び道具がなくなった事に怒ったのか、俺の腕の中でタマが暴れだしたのだ。
ここは一つしつけをしてやるか。フッフッフ・・・
そのタマの態度に腹を立てたわけではないが、動物のしつけは必要だろう、と思いタマの顔を見つめた。そのときのタマの表情に怯えの色が見えたのは多分気のせいだろう。まあ、多分・・・
だが、どうやら気のせいではなかったようだ。タマの恐怖が限界を超えたのか、引きつった顔のまま、俺に猫限定の必殺パンチを打ち込んできた。
えぐりこむようにして放たれた右フック・・・通称猫パンチが、鼻の下の人体急所のひとつ、人中に見事に吸い込まれる。
「ぐあぁぁぁ・・・!!」
小さな体からは想像もつかないような衝撃が俺の脳を揺さぶり、かき回す!
そのとき俺は、いまだ焦点の合わない瞳で確かに見た・・・会心の一撃を食らわせたタマが俺の腕から抜け出そうとしている時に動きを止めたのを。
体中の筋肉からその表情、果ては感情すら停止した気配を感じたのだ。実際に、俺の腕から抜け出しかけているタマの体は、さながら死後硬直の状態にあった。
何だ・・・何が起こったんだ・・・?動物の中でも警戒心の強い部類に入る猫が、こんなになる事態なんてあるのか・・・?
俺の視線の先には、ひどく不安げな表情で俺のほうを見ている花穂と亞里亞がいた。打ち上げ花火に猫がじゃれ付いて爪を立てていても一向に動じなかった二人が、今では怯えて縮こまっている。
違う、俺を見てるんじゃない・・・俺の後ろを見ているんだ・・・!
その時になって、俺はようやく気付いた。俺の後方から、恐ろしいほどの殺気が放たれている事に。その恐ろしさたるや、あの無邪気な花穂と亞里亞をして、完全に震え上がらせていた。
見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ・・・いや、それ以前に体が動かない・・・!!
それでも気力と体力と根性と、その他諸々の力を総動員して何とか振り向く事に成功し・・・頭の中が“見なきゃよかった”という言葉でオーバーフローする。
俺の視界に映ったもの・・・それは胸元でバレーボールを抱えたまま、その背後に地獄の劫火を背負った状態でにっこりと微笑む咲耶だった。その体からは人の気配ならざるものが噴き出している。
「よくも・・・・・・」
その一言は小さく呟かれた。そしてその小さな一言が辺り一帯を漆黒に塗り替える。
「よくも・・・・・・」
二言目に紡がれた言葉は、周囲の温度を急激に低下させたと同時に咲耶の体から強烈なプレッシャーを発した。
「ぐあ・・・」
「お兄ちゃま・・・」
「兄や・・・」
「ミ、ミャア・・・」
咲耶の言葉はその二つだけ・・・しかしそのたった二言で空間を完全に支配した。この場をとりまくものはただ一つの感情・・・これは・・・『怒り』?
その強大な力場の中にいる俺たち三人と一匹は、抗う力もなく翻弄されるばかり・・・
「よくも・・・よくもお兄様を!!!!!!」
その力場が、咲耶の感情の激発と共に解放された!エネルギーが暴風となり、俺たちの間を吹き抜け荒れ狂う!
嵐が過ぎ去ったあとには、さらにプレッシャーを増した咲耶と、それに抗うことの出来ない俺たちが残るのみだった。
肌全体にぴりぴりとした痛みが走り、体全体が奇妙に重く感じる。その原因が目の前にいるただ一人の女の子だとは、一概には信じられない。
そんな圧迫感の中にあって激しい息苦しさを覚えていた俺は、咲耶が手に持っていたバレーボールを上に放り投げるのを見た。
何だ・・・?サーブでも打つ気か・・・?こんな状態で一撃を食らったら、真面目な話し、やばいぞ。
そんなことを思っているうちにボールが最高点に到達し、次の瞬間重力に引かれて落下する。わずかづつ、しかし確実に速度を増していくボールを見つめ、サーブの体制に入った咲耶を、俺たちはただ眺めるだけしか出来なかった。
俺たちはこんなにも無力だったのか?三人と一匹が集まって、成す術が無いというのか・・・?
ポロン・・・・・・
絶望の闇に取り込まれ諦めかけていた俺は、その時確かにピアノの音を聞いた。花穂や亞里亞、タマにも聞こえたのだろう、不思議そうな表情できょろきょろと辺りを見回している。
俺もその音の発生源を探ろうとして、あの強烈なプレッシャーが消えている事に気付いた。
肌をさす痛みが消え、体のだるさも全く無い。元の普通・・・かどうかはわからないが――何しろ植物園状態だし――通常の空間に戻ったのだ。
だがそのことを不思議がっている時間はなかった。反射的に十字に構えた腕に弾丸サーブの強烈な衝撃が走り、苦痛に表情をゆがめる。
「く・・・なんて威力だ・・・!だが!!」
あの破壊的なプレッシャーが消え去った今、この一撃をどうにかするのは不可能ではなくなった。
俺の腕を責め続けているボールの威力を最大限に殺し、さらに後ろに倒れこみながら上方へ打ち上げる。
「亞里亞!上げろ!!」
レシーブしたボールの予想落下地点に亞里亞がいるのを見て、俺は咄嗟に叫んだ。なるべく高く上げてくれるのを期待して。
「兄や・・・いくよ・・・」
すると亞里亞がいつものゆったりとした声で答え、手に持っていた傘を落ちてくるボールに向ける。そして傘に無事着地したボールを、傘を上に押し出すことで再び宙へと投げ出した。
反則だけど、まあいいや・・・亞里亞はまだ小さいもんな。さて、締めと行きますか!
「花穂!来い!!」
思ったよりも高く上がったボールの位置をチラッと横目で確認した俺は、片膝をついて花穂に声をかけた。
指を組んで手のひらを上に向け、少し前にかがんで腕を下に下ろす。丁度、花穂に向かってひざまずいている格好だ。
「うん!お兄ちゃま、行くよ!!」
「おう!!」
威勢のいい掛け声と共に、花穂がこちらに向かってダッシュしてくる。どうやら俺の格好の意味を理解してくれたようだ。
俺は花穂の打ち上げ台となり、花穂は上がったボールを空中でスパイクする・・・言うだけなら簡単だが、実際にやるとなるとかなりの問題が付きまとう。
スパイクのタイミング云々以前に、花穂が『転ばないかどうか』が非ッ常〜〜〜〜〜〜に心配なのだ。何しろ花穂だからなあ・・・
そんな俺の心配をよそに、特に危なげなく俺に向かって走ってくる花穂。そして構えている俺の手のひらの上に足を乗せる。
「よし、行くぞ!!」
「いつでもいいよ、お兄ちゃま!」
さあて、うまくいくかどうか・・・・・・うおぉぉりゃあああああああああ!!!!
花穂の全体重がかかった手のひらに多少の痛みを感じつつも、精一杯の気合で花穂を上空へと投げ飛ばした!
・・・しかしあの花穂があんな危なげない走りを見せるとは・・・これもあのバナナのおかげなのか?
バナナに掛けられた魔術が、花穂をどじから解放したとしたら・・・
・・・・・・・・・良くやった、千影。
「当たってええええ!!!」
「え!?花穂・・・?」
「兄や・・・あれ・・・」
家を植物園状態にして妹たちに魔術をかけた、はた迷惑な張本人にさりげなく感謝していた俺は、突然の花穂の絶叫に驚いた。隣では亞里亞が傘で上のほうを指している。
・・・どうでもよくはないが、傘で人を指し示すのは行儀悪いぞ、亞里亞。
そんなことを考えながら上を見ると、スパイクを打とうとテイクバックさせた花穂の腕が、おぼろげに光っているのだ。
そしてバレーボールを見る目は真剣そのもの、正に鬼気迫る表情をしていた。
更に付け加えるなら今日の花穂はスカートをはいている。その花穂が宙に飛んでいて、俺は真下から見上げている訳で・・・
見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ・・・でも落ちて来た花穂を受け止めるという大役があるし・・・ああっ!理性と責任感の板ばさみ状態!!
「爆裂の!!!稲妻スパイク!!!!!!」
俺の中でそんな葛藤が起きていた時に、花穂の声が辺りに響き渡った。その声には、逆らうことの出来ない凄みと強烈な威圧感が感じられる。
その声に何かを感じた俺が上を見上げると、花穂がすさまじい轟音と共にボールをスパイクしたところだった。
花穂によって推進力を得たボールは、光を放ちながら空間を切り裂き、一直線に咲耶のほうに飛んでいく。花穂の言葉どおり、稲妻が走っているかのようだ。
しかしその稲妻は咲耶をかすめ、廊下の奥に吸い込まれていった。
閃光、そして爆音。
その破壊力は尋常ではないようで、床が激しくうなり声を上げている。
やがて静かに揺れが収まったその時、ふと上を見ると、脅威の稲妻スパイクを決めた花穂が俺めがけて勢いよく落下してきた。咄嗟に腕を伸ばして落下の衝撃を押さえ花穂を受け止める。
「凄いじゃないか、花穂!!いつの間にあんなことが出来るようになったんだ?」
「えへへへへ・・・花穂、わかんない♪」
必殺スパイクを打った後遺症なのか、俺の腕の中でぐったりとしている花穂に心からの賞賛の言葉を送ると、にっこりとした笑顔を返してきてくれた。とてもあのスパイクを打ったとは思えないぐらいの魅力的な笑顔だった。
「花穂姉や・・・かみなりさま・・・」
「ミャアミャアミャア!!」
亞里亞とタマも驚いた表情をしつつ、俺と花穂の近くに集まってきた。
しかしかみなり様ねえ・・・・・・ぴったりだな、うん。ナイスネーミングだ、亞里亞。
意外に鋭い指摘をする亞里亞にこっそりと同意しておいて、一息つく。
さて、とんだハプニングも起きたがそろそろ出発するか。早く妹たちを助けないとな。
・・・ん?なんか忘れてるような気が・・・
「花穂ちゃ〜ん・・・お姉さん、すっごく怖かったんだけどなあ・・・」
なんとなく思い出せずに考え込んでいると、ふいにどことなく怒りの篭もった声がした。額に冷や汗を浮かべながら声のしたほうを見ると、にっこりと微笑を浮かべた咲耶がこっちを見ている。
ああ、そうだそうだ・・・咲耶の事をすっかり忘れてた。稲妻スパイクの印象が強すぎたんだな、きっと・・・
で、咲耶の静かな怒りをまともに受けている花穂は、額からだらだらと冷や汗を流して、引きつった表情をしている。ひょっとすると脂汗も混じっているかもしれない。
「ええっとお・・・・・・・・・花穂、わかんない〜♪」
「わかんない〜♪・・・じゃないわよ!本当に怖かったんだからね!!」
「ふええ・・・ごめんなさい〜〜!!」
どうやらタマへの怒りは忘れてくれたようだ。その分のしわ寄せが花穂にいってはいるが。
ところで俺の中の理性と責任感の対決は、好奇心が漁夫の利を得たらしい・・・意外にずるかったんだな、俺の好奇心は・・・

「なあ咲耶、さっきピアノの音が聞こえなかったか?」
休憩を終えて再び妹たちを探しにみんなで揃って家の中を歩き、丁度立ち止まったところで俺はなにやら満足げな表情を浮かべている咲耶に話しかけた。
さっき咲耶にお仕置きを食らって意気消沈している花穂は、同じく咲耶の怒りに触れ、頭をグリグリされてぐったりしているタマを抱えてとぼとぼと俺たちの後ろを歩いている。その隣では愛用の傘を差した亞里亞が、なにやら花穂を慰めているようだ。
小さな子が小さな子を慰めているという光景は、見ていてなんだか微笑ましい。
「『これ』を前にしてそんなことを聞くの?お兄様・・・」
「うわーっ、大きいねー!」
「すごく・・・おっきい・・・」
あきれたような口調で呟く咲耶の言葉を、後ろから歩いてきた花穂と亞里亞を眺めながら聞いていた俺は、なんとなく頭が痛くなった気がした。
だってなあ・・・さっき花穂が稲妻サーブを打ち込んだ廊下を歩いてたら、ど真ん中に巨大な『いがぐり』があったんだぜ・・・大きいのはまだわかるんだ、今までが今までだったからな・・・だけど何故『いがぐり』なんだよ!とげがあって危ないじゃないか!!
「こんな大きな『ウニ』を前にして、そんなにピアノの音が気になるのかしら?」
「学校のチア部にも、こんなに大きな『ボンボン』はなかったよう」
「兄や・・・『とげとげ』・・・」
・・・ばらばらじゃないか。どうしてこう、妹たちは協調性が無いんだろうな・・・
咲耶、花穂、亞里亞の言葉を聞いた俺は、がくっとうなだれて長いため息をついた。
「いや、これは『いがぐり』だろ」
それでもなんとなく合っているような気がしてならない答えを聞いた俺は、俺の方をジーッと見ている3人に向き直って、もう一度自分の意見を言う。
「何言ってるのよ、お兄様。『ウニ』よ『ウニ』」
「『ボンボン』だよ〜、お兄ちゃま〜」
「兄や・・・『とげとげ』・・・」
俺の反論に対し、口々に自分たちの意見を言う咲耶、花穂、亞里亞。その妹たちの迫力に、俺はつい後ずさってしまった。すぐ後ろに『いがぐり』の鋭利なとげがあることを忘れて・・・
「痛っ」
背中にちくっとした痛みが走り、苦痛に表情が歪み反射的に前へよろけてしまう。慌てて背中をさすってみたが、特に傷は無いようだ。
は〜、びっくりした・・・まあたいしたことが無くてよかったが。
「お兄様、大丈夫!?」
「ひゃっ、びっくりした〜」
ミャッ、ミャ〜
「兄や・・・怖い顔・・・」
妹たちが心配そうに聞いてくるのを耳にしつつ、俺は思わず安堵のため息をついた。だが、それと同時に背筋を悪寒が走ったのだ。
何だろう、と妹たちの方を見ると、咲耶と花穂がもの凄い表情で俺の後ろ・・・『いがぐり』を睨んでいる。
「『ウニ』の分際で・・・よくもお兄様を傷つけたわね!!」
「お兄ちゃまをこんな目にあわせて・・・いくら『ボンボン』でも許さないよ!」
だあああっ!!またこのパターンかい!!しかも一人増えてるし!!!
夜叉の表情になり、胸元にどこから持ってきたのかバレーボールを構えた咲耶と、修羅の気配を身に纏い、右腕を光らせている花穂を見た俺は、苦悩のあまりうずくまって頭を抱えた。
・・・どうでもいいが『ウニ』と『ボンボン』は譲れんのか?二人とも。
「兄や・・・元気出して・・・」
なんかもうどことなく疲れていた俺は、慰めるかのような甘い声に顔をあげる。そこには小さな花のように可愛い笑顔を浮かべた亞里亞がいた。
亞里亞の無邪気な笑顔は、見るものの心を安らかにしてくれる。へこんでいた俺の心は、今まさに救われたのだ!ああ、生きていてよかった・・・
などと考えていたら、
「亞里亞が・・・あの『とげとげ』さん・・・倒すから・・・」
と、いつもの間延びした甘い声で宣言してくれた。心なしかその表情に強い意志が見え隠れしている。
・・・・・・亞里亞、お前もかあああ!!!心配してくれるのは凄く嬉しいんだけど、性格変わりすぎてないか?
ポロン・・・
頭を抱えてのた打ち回りつつ、そこにはいない千影にぶつぶつと文句を言っていたとき、またあのピアノの音が響き渡った。
気を取り直して立ち上がり、ピアノがどこから聞こえてくるのか探そうとしたが、さっぱりわからない。
「お兄様・・・この音はいったい・・・?」
「お兄ちゃま・・・なんだか怖いよ〜」
「綺麗な・・・音・・・」
咲耶や花穂もなんだか怯えているようだ。亞里亞は・・・さすがお嬢様。うっとりとした表情でこの音を楽しんでいる。
亞里亞の様子を見て俺もピアノの音に耳を傾けてみると・・・
何だこの音楽は・・・体の奥から力がみなぎってくる感じだ・・・聞いているだけで胸が熱くなってくる・・・
力強いメロディが耳の中だけでなく体中に響き渡り、精神が高揚していくのを押さえきれない。
意味もなく拳を握り締めたり離したりして気を紛らしてはいるが、それでもなお、気が高ぶっている。
咲耶たちの方を見ると、3人ともが息を荒げ目を大きく見開いていた。その目が見つめるものは何なのだろう・・・
どうやら3人とも俺と同じ感覚になっているようで、その表情が戦意に満ちてきている。さっきから流れているこのピアノのメロディが原因なのは間違いない。
「大丈夫か、皆?」
興奮する気分を押さえながら声をかけたその時、ビキビキという鈍い音が辺りに響いた。そう、何か固いものが割れていくような、聞いているだけでぞぞっとする音が・・・
音のしたほうを恐る恐る見てみると、あの巨大『いがぐり』に、縦に大きくひびが入っていたのだ。そこから少しづつ外側に開いていく様子を見ながら、俺は漠然とした威圧感を感じていた。
「誰が閉じ込められているのかしらね・・・」
「『ボンボン』じゃなかったんだ・・・」
「兄や・・・『とげとげ』さんのお口・・・大きい・・・」
呑気だな・・・
どこと無い威厳を感じさせながら開いていく『いがぐり』に対して、呑気な表情で口々に感想を言う咲耶、花穂、亞里亞の声を聞いた俺は、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
さて、この中には誰がいるんだ?
ゆっくりと開いていく『いがぐり』の隙間から中の様子を見ながらそんなことを思っていると、さっきから流れているピアノの調子が変化する。低音中心だったメロディが少しずつ高くなっていき、テンポと勢いがつき始めたのだ。
スピードはさっきとほとんど同じぐらいか、ちょっと速くなった感じ。胸が熱くなるというよりは、ドキドキするような緊迫するシーンに良く流れているメロディだ。
「完全に開いたわ・・・」
「ああ・・・」
咲耶が言葉に反応したのか、開いていた『いがぐり』の動きが止まる。そして中から白い煙が噴き出してきた。
「うわあ、ドライアイスだあ」
「もくもく・・・もくもく・・・」
噴き出したドライアイスの煙が膝ぐらいの高さで一面に広がっていく様子に、花穂も亞里亞も驚いているようだ。
相変わらず芸が細かいな、千影は・・・
すでに通路いっぱいまで広がり、さながら白いじゅうたんが敷かれたような光景を見ながら、俺はそんなことを考えた。
「これでライトアップされたら完璧だったのにね」
「誰が出てくるのかなあ・・・お兄ちゃまは誰だと思う?」
「亞里亞・・・もくもく・・・」
ちょっと残念そうな咲耶が微笑を浮かべながら呟き、花穂が何かを期待しているかのように俺に聞いてくる。亞里亞は亞里亞でこのドライアイスの煙が気に入ったようだ。
誰が出てくるかはお楽しみ・・・か。それはそれでかなり不安なんだが。
何しろ中から出てくる妹たちは、千影の魔術の影響を受けている可能性が高いのだ。どんな事が起こるか分からない。
「あ、誰か出てくるよ、お兄ちゃま!」
そんなことで頭の中がいっぱいになっていた俺が、花穂の声に反応して『いがぐり』に注意を向けると、その内側から人影が姿をあらわした。
さて・・・いったい誰だ・・・?
千影の魔術がどんなものか分からないうちは迂闊に近寄るわけにもいかず、『いがぐり』から5メートルぐらい離れて様子を見る。
咲耶、花穂、亞里亞も俺の左側で、『いがぐり』と距離を置いていた。その表情に警戒の色を浮かべているのが遠目にもはっきりと分かる。
「春歌お姉ちゃま!」
「駄目よ、花穂・・・迂闊に近付いちゃ」
歓喜の声を上げた花穂が、『いがぐり』の中から出てきた人影・・・春歌に近寄ろうとするのを、咲耶が肩をつかんで制した。
俺も同意見だ。まずはどんな影響が出ているのか確認しないと・・・
「春歌!大丈夫か!?」
「兄君さま・・・ワタクシは一体・・・」
とりあえず声を掛けてみたが、当の春歌は状況がつかめていないのか、ぼうっとした虚ろな声で返事をしてきた。不安と焦りが入り混じったような表情で辺りを見回している。その手に薙刀が握られているのは・・・まあ気にしないようにしよう。
「春歌、何ともないの!?」
「春歌お姉ちゃま・・・」
「姉や・・・・・・もくもく・・・」
続けて咲耶に花穂、亞里亞も声を上げるが、春歌にこれといった変化は見られない。右手に持った薙刀を握り締め、きょろきょろしているだけだ。
「・・・何ともないようよ、お兄様」
「そうだな。まずは一安心といったところか」
そんな春歌の様子を見てとったか、安堵の声を上げる咲耶に俺も同意し、思わずほっと息をついた。
そして未だ状況のつかめていない様子でおろおろしている春歌に、色々説明しようと近付いていく。
「お兄ちゃま〜、ピアノ、まだ鳴ってるよ・・・」
「本当だわ。一体何なのかしら、この音楽・・・すごく緊張するんだけど」
と、春歌のところへ歩いていた時、急に花穂が不安げな声を上げた。それを受けて咲耶も強張った声で言う。
確かに気になるといえば気になるな。咲耶のサーブを防いだ時といい、さっきの妙な昂揚感といい・・・そして今のこの緊張感・・・
ピアノはいまだに流れ続けている。そしてそのメロディが俺たちの感覚を操っているような気がするのだ。
「気にしても仕方ないさ。それより今は春歌を・・・」
とりあえずピアノのことは置いておく事にした。千影の魔術に関係あるかもしれないが放っておいても害は無い、俺はそう判断し春歌の方に向き直る。
その俺が見たものは、頭を抱えてうずくまっている春歌だった。両膝を煙の中に付いて、体を大きく震わせている。
「は、春歌!どうしたんだ!!」
「ウ・・・ウアァ・・・あ、兄君さま・・・」
尋常じゃない様子で表情を歪ませながら俺を呼ぶ春歌に俺たちが急いで駆け寄ろうとした時、ピアノのメロディが一変した。
激しく強い旋律が一定のリズムで繰り返され、さながら物語のクライマックスシーンのように否が応でも高まる臨場感・・・更にさっきとは比べ物にならないほどの緊迫したムードが漂い始める。
だが俺たちはそんな事に気が付かなかった、いや、気付く余裕が無かった。
目の前で春歌が苦しんでいる・・・その理由すら考えることもできない。ただ心配だった・・・それだけだった。
他の皆も当然のごとく同じ考えのようで、真剣な表情で春歌のもとに駆け寄っていく。俺も負けじと後を追う。
「ワ、ワタクシの使命は・・・」
「春歌、一体どうしちゃったの!?」
最初に到着した咲耶が春歌の両肩を揺さぶって呼びかけるが、青白い表情の春歌は苦しそうな声でなにやらぶつぶつ呟いているだけだ。
それでも一心不乱に春歌を揺すりながら声を上げる咲耶。花穂と亞里亞も咲耶に負けないくらいの大きな声で春歌を呼び続けている。
「ワタクシの使命は・・・兄君さまを・・・」
「春歌!目を覚ませ!!」
「春歌!しっかりしなさい!」
「春歌お姉ちゃま!!」
「姉や・・・しっかりするの・・・」
だんだんとはっきりしてきた春歌の声に混じって、俺たち4人の声がすでに薄れかけているドライアイスの煙で彩られた通路に響き渡った。
その間にもだんだんと激しくなる旋律・・・胸が締め付けられるほどに高まっていく緊張感・・・
そんな張り詰めた雰囲気の中で突如一陣の風が吹き、あっという間にドライアイスの煙が霧散する。
家の中で風が吹いただと!?・・・千影だな。本当に芸が細かいな、あいつも・・・
そんなことを考えていると、さっきまでうずくまっていた春歌が、脇に落ちていた薙刀を拾い上げてゆっくりと立ち上がった。
何かを吹っ切ったような表情をした春歌に、いつもより凛々しさを感じたのは多分気のせいではないだろう。
「ワタクシの使命・・・それは・・・」
薙刀を俺たち・・・いや咲耶たちに構え、ゆったりとした、しかし強い意志を込めて言い放つ。薙刀を向けられた咲耶たちは、状況がつかめていないようで取り乱している。
それは俺だって同じだ。何で春歌が咲耶たちに敵意を見せないといけないんだ?やはり千影の魔術の影響か・・・
「兄君さまをお護りすること!!」
その時、一人の戦士が覚醒した・・・

ーその2に続くー

=あとがきというかなかがきというか=
うーん・・・予想以上に長くなってしまった、というより完全に予定外です
前編の書き方で納得がいかなかったので元に戻してみたのですが・・・
それより妹たちのほうなのですが、千影によって色々と能力を施されてたりします。
咲耶はICBM(大陸間弾道ミサイル)サーブが撃てるようになってますし、花穂は稲妻スパイクが撃てるし・・・
亞里亞は・・・なんだろう?・・・後で考えるか。
残りの妹たちにも何らかの能力がつくはずです。・・・こんなSS書いていていいのか!?
ちなみに白雪と鈴凛と千影のコンビ、意外と気に入ってたりします。登場回数は少ないですが(爆)


ソルさんへの感想はこちら
ryo23@alpha.ocn.ne.jp
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