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海へ行こう 中編
作者 ソルさん
色々あったけど、結局家では言えなかったんだよな・・・
海風が絶え間なく吹き付ける浜辺でようやく意識がはっきりしてきた俺は、大量のヤドカリが千影によって穴へ戻っていく様子を眺めながら、家での出来事をぼんやりと思い返した。
俺が与えた傷は想像以上に深いみたいだ・・・可憐のことを話そうとすると、みんな暗い顔になる。
その表情を見るのは身を切られるように辛いが、逃げるわけにはいかない。俺に与えられた試練、課せられた義務なのだから・・・
でも、可憐はそういうわけにはいかないだろうな・・・皆と同じ女の子だし、何よりあんまりタフじゃないから・・・
そんな物思いにふけっていた俺は、いきなり吹いてきた強い風に顔を背けた。そのとき、男二人が一人の女の子になにやら話しかけているのが目に入った。
ん?あれは・・・
茶髪にサングラスといった、この海では良く見かけるファッションの男たちは、二人ともが両手に大きなサーフボードを持っている。身長は二人とも俺よりも上で、特に緑色の上着を羽織ったほうは女の子よりも頭二つ分ほど大きい。地元のサーファーという感じのその二人は、その雰囲気と同じくらいにナンパ野郎という気質を体全体で表現していた。
そしてその男たちに囲まれた真っ白なワンピースの水着を着た女の子は、自分よりも大きな相手の態度に戸惑いを隠せないようだ。サーフボードを掲げて、いい感じに焼けた腕を見せ付けている二人を迷惑がっている様子がありありと伺える。
春歌じゃないか・・・ナンパされてるのか。
笑うと白い歯を光らせそうな感じのあんちゃんが一生懸命に口説こうとしているらしい女の子が春歌だと知った俺は、静かに、ただしいつでも飛び出せるように成り行きを見守った。
「見て見て、お兄様。春歌ちゃんがナンパされてるわよ」
「あ、本当。・・・止めに行かなくていいの、お兄ちゃん?」
俺の傍らで日光浴を楽しんでいた咲耶と可憐が口々に言い募ってくる。その言葉を聞いた俺は、しかし可憐が非常に辛そうにしている事に反応した。
可憐・・・そんな辛い思いをさせたのは俺なんだ。御免な・・・
すると、春歌がその男二人組に頭を下げてこちらに走ってくるではないか。夏の太陽の陽射しの下、さざ波の音をBGMとし吹き付ける風をムードに変えてきた屈指のナンパ男どもも、春歌を口説き落とすことは出来なかったようだ。
心配することもなかったな・・・
笑顔でこちらに走ってくる春歌を見ながら自分の心配が杞憂に終わったことを心の中で誰かに感謝していた俺は、さわやかに手を振っている春歌の肩越しに先ほど撃沈された二人組を見つけた。
普段は穏やかなナイスガイで通っていたであろうその表情が、今では見る影もなく激変している。ナンパに失敗した悔しさと傷つけられたナンパ師としてのプライドの痛み、そして目の前を走り去っていく女の子の心に棲み付いている男ーーー俺のことだーーーへの妬み・・・それらが入り混じって劣悪な表情を作り出したのだ。
そしてクールな兄ちゃんから危ない輩へと変貌を遂げたその二人が、ゆっくりと、しかし確実に春歌の後を追ってきているではないか。
俺は無言で立ち上がり、春歌のほうへと歩き出した。
「兄君様〜〜・・・どうかなさったのですか?」
「下がっててくれ、春歌」
俺の姿に気付いて手を振りながらやってきた春歌は俺の言葉に怪訝な表情を浮かべ、自分がやってきた方向へ視線を向ける。
その方向には、今やもとの姿は見る影もない二人組がいた。二人とも俺のほうを見ると、親の仇を見つけたかのような表情になり、サーフボードを投げ捨てて突進してくるのだ。
距離にして約5メートル、こちらに向かってくる先頭の男との間合いを一歩踏み出すことでゼロにする。詰め寄られた男に驚愕の表情が浮かぶのを見たような気がしたが、そんなことを気にしている時間はない。右腕に力をこめ、男の顎をめがけて手のひらを突き出す。それがいい具合にカウンターの掌底となり、下あごに一撃を食らった男は2,3メートルほど浮き上がって、砂浜に叩きつけられた。
「て、てめぇ・・・」
「くるか?あんたも同じ道をたどらせてやるが」
目の前で相棒が倒されたにもかかわらず戦意を失っていない男に、多少大げさに挑発してやる。
これで挑発に乗ってくれればいいんだけどな・・・カウンターが決めやすくなるし、何より楽でいい。
俺より頭一つ分はでかい男の正面に立ち、油断なくそんなことを考えていた俺は、目の前の男の行動に少々驚かされた。俺に背を向けて走り出したのだ。
おかしい・・・逃げたにしてはそれほど取り乱してないし、第一こいつが逃げるとは思えない。
いかにも根性すわってます、という雰囲気の男がこの程度で逃げるとはどうしても考えられなかった。
どう考えても変なその男が走っていった先を見てみると・・・・・・・・・しまった!サーフボード!!
考えるより先に駆け出す。その時には男がサーフボードを手にこちらを睨んでいるところだった。そして振りかぶってサーフボードを投擲してくる。
砂を巻き上げながら向かってくるサーフボードが、俺を容赦なく叩きつけ、跳ね飛ばす。
ぐ・・・しまった・・・
砂浜に転がった俺は、ずきんずきんと響く痛みに耐えながら次の男の行動をじっと見ていた。咄嗟のことでガードが不十分だったため満足に動くことすら出来ない。
すると男がサーフボードを両手に持って、こちらに突進してくるのが目に入った。その顔には勝利を確信したような勝ち誇った笑みが、どす黒い表情とともに浮かんでいる。
サーフボードの一撃をかわして奴の足首を狙ってバランスを崩し、倒れたところに顔面へのカウンターを当てる・・・できるか?
この状況で俺が出来ることを頭に浮かべる。寝転がってる状態では出来ることは少ない、だけど立ち上がる時間はなさそうだ。
そう考えた時、男がサーフボードを振り上げるのが目に入った。
ボードは重い分、攻撃後の隙が大きいんだ・・・これをかわせば、勝てる!
そう確信して体を右に動かそうとした瞬間、体中に激痛が走る。それが決定的な隙となった。
・・・・・・・・・・・・ん?
意識を失わないように全神経を頭に集中させていた俺は、いつまで立っても衝撃がこないことを訝しく思い、状況を確認するため顔をあげる。
そこには、サーフボードを砂浜に叩きつけた状態で固まっている男と、サーフボードに鉄扇を添えて男を睨んでいる春歌がいた。
どうやら春歌が鉄扇でサーフボードの軌道を変えてくれたらしい。とりあえずふぅっと息をつく。
「兄君様を傷つけることは許しません!」
「なにおう!!」
激昂した男が次にとるであろう行動を予測した俺は、それを阻止すべくサーフボードを蹴飛ばしてやった。
「なっ!」
「隙あり!!」
突然自慢の武器を失って動揺を隠せない男に、春歌はその隙を逃さず鉄扇の一撃をお見舞いする。まるで舞っているかのように体を一回転させ遠心力をつけた左側頭部への一撃が決定打となり、男は砂浜へと吹き飛んだ。
確かあの鉄扇、結構重かったはずだよな・・・死んでなきゃいいけど。
春歌にのされた男が力なく砂浜に横たわってるのを見て、俺は思わずそんな心配をしてしまった。
「兄君様、ご無事ですか!?」
「ああ・・・俺は大丈夫だ」
春歌のおかげでな、と言って立ち上がろうとしたが体のあちこちが悲鳴をあげ、だらしなく砂浜に座り込む。
いたたたた・・・ボードの直撃を食らうとは、俺もまだまだだな。
「兄君様、お手を」
「あ、ああ・・・」
体に響く痛みに耐えていると、春歌が俺に手を差し伸べてきた。とても明るい表情をして・・・
「ワタクシを守ってくださったのですね、兄君様!」
「最後は春歌に守られちゃったけどな。本当に助かったよ、ありがとう」
俺が春歌の手を掴んで立ち上がると、いきなり春歌が抱きついてきた。俺の腰の両腕を回した春歌の髪が、顔をくすぐる。
「は、春歌・・・」
「兄君様に暴漢から救われた私は、三国一の幸せ者・・・兄君様、ワタクシ一生兄君様の元を離れませんわ!」
「いや、だから・・・・・・っ!!」
反射的に砂浜に倒れこんだ直後、俺の頭上を何かが通り過ぎる。少しして起きた大きな音に振り向いたそこには、奇妙にでかい桜貝がその巨体をさらしていた。
でけぇ貝・・・なんだってこんなものが・・・・・・ん?なんか柔らかいものが下に・・・
「あ、兄君様、人が見ていますわ・・・」
春歌の恍惚とした声が聞こえたと同じぐらいだろうか、俺は、今自分が置かれている状況を瞬時に把握した。
抱きついてきた女の子をいきなり押し倒した。周囲の目は俺の行動をそう理解するだろう。いや、それ以外に解釈の仕様がない。
俺の腰に回された春歌の腕は離れることがなく、逆に体がどんどん密着してきた。それに比例するかのごとく、春歌の表情が魅惑的なものに変わっていく。
まずい・・・これは非常にまずい・・・
立ち上がるのも忘れ、ただ自分の行動がどんな影響を及ぼすのか、そしてその結果どうなるのかについて多々の推論をめぐらせ冷や汗をかきまくっていた俺は、鋭い殺気が全身を貫くのを自覚した。
その方向へ恐る恐る視線を向けると、異常にでかいシャコガイを持ったままこっちを睨んでいる可憐と、その隣でこれまた大きなほら貝を頭上に掲げた状態で同じくこっちを凝視している咲耶が目に入った。
可憐、咲耶・・・そんなもんどうする気だ・・・まさか焼いて食べはしないよな、ははは・・・
それと両脇にいる白雪に四葉!・・・っと、鈴凛に鞠絵まで・・・千影はヤドカリの相手をしてるからいいとして、鈴凛、衛・・・雛子と亞里亞も!そんなもん持ったまま、投げる格好をしないで・・・お願いだから。
その特徴あるごつごつとしたとげをもったツボガイは、いかにも当たると痛そうだ。
みんな・・・食べ物、生き物は大切に扱おうよ・・・
そう思ったのを合図にしたかのように、貝が一斉に飛んできた。勢いよく向かってくるツボガイは鉛の砲弾と化し、シャコガイとほら貝は、文字通り生きた爆弾となる。
俺・・・貝に恨まれることでもしたんかな・・・
シャコガイとほら貝に押しつぶされてそんなことを考えつつ、俺の意識は闇に沈んだ。
「お兄・・・・・・気ある?」
「・・・様・・・丈夫?」
聞き覚えのある声が、未だ十分に働いていない俺の聴覚を刺激する。だがなにを言っているのか、はっきりとは判らない。
可憐・・・?咲耶・・・か?ああ・・・俺は確か・・・・・・っ!貝が・・・貝が襲ってくる・・・!!
「うわあああぁぁぁ!!!」
「お兄ちゃん!?」
「お兄様、どうしたの!?」
「貝が、貝が・・・・・・あれ?」
ついさっきまであったはずの無数の貝はいつのまにか消えうせていた。そのかわりによく見知った12人の妹たちの顔が俺の視界に飛び込んでくる。
「兄上様、あまり動かないで下さい。薬が塗れません・・・」
「・・・兄くん・・・結構丈夫だね・・・」
「兄チャマのうなされてた顔、チェキしちゃったデス♪」
「兄や・・・いたいの?・・・」
鞠絵、千影、四葉、亞里亞が口々にいろんなことを言ってくる。
「お兄様がそんなにうなされるなんて、何があったっていうの!?」
「お兄ちゃん・・・かわいそう・・・」
誰かに問い掛けるような力強い口調で叫んでいる咲耶と、その隣で俺を心配そうな瞳で見ている可憐。
確かお前たちの投げた貝に押し潰されたような気がするんだが・・・衝撃で俺の記憶が吹っ飛んだか?
「アニキ、足を痛めたんだったら、これ使ってよ!『鈴凛特製万能松葉杖』!これがあるとすっごい楽だよ」
「大丈夫?あにぃ・・・」
「姫特製の貝のスープを飲んで、元気出してくださいの」
奇妙な形をした杖のようなものを持っている鈴凛と、さっきまで泳いでいたらしく体中がぬれている衛、行く筋もの湯気が立ちのぼるスープカップを持ってにっこりとした表情を浮かべている白雪が俺をじっと見つめる。
「元気出してよ、おにいちゃまぁ。おにいちゃまが元気ないと花穂まで元気がなくなっちゃうよぅ」
「おにいたま、いたいのいたいのとんでけー、どう?なおった?なおった?」
「兄君様、ご無事で何よりです」
元気なさげな声で言って来る花穂と無邪気にぺちぺちと傷口を叩いてくる雛子、そして安堵の表情で優しく声をかけてくる春歌・・・
波の音がざざーんと音を立てては砂浜にたどり着き、また戻っていく。海に来ている観光客のざわめきが、いつまでも俺の耳を打つ。
そうだ、確かに俺は貝に押しつぶされたんだ・・・・・・あれ?そういえば春歌も一緒に押しつぶされたような気が・・・大丈夫なのか?
「春歌・・・怪我はないか?」
「ハイ!兄君様が守ってくださったおかげで・・・」
「俺に出来ることはこれぐらいしかないからな・・・」
俺の質問に春歌が元気よく答えてくる。その答えに、俺は思わず安堵のため息を漏らしつつぼそっと呟く。
そうか、無事だったか。良かった・・・・・・ん?体が・・・痛くない・・・サーフボードの傷も痛みも・・・なくなってる。
「・・・秘薬が・・・効いたみたいだね・・・」
俺が体をぺたぺた触っていると、千影が俺の疑問に答えてくれた。その表情には、どこか勝ち誇ったような印象がある。
千影が治してくれたのか・・・それにしても千影っていろんなもん持ってるな・・・
「ありがとう、千影。でも一体どんな薬なんだ?やっぱり塗り薬か?」
「・・・そんなに・・・聞きたいのかい?」
「・・・今後の参考までに」
「・・・そうかい・・・それじゃあ・・・」
と、千影が俺の耳元で何かをささやいた。少し小声だったが、俺を驚かすには十分だった。
「本当か、それ!?」
「・・・信じたくないなら・・・信じなくてもいいが・・・真実は・・・一つだけだよ」
・・・・・・まあ、千影なら何を持っていても不思議じゃないが・・・『エルフの粉薬』まで持っているとは思わなかったぞ・・・
「どうやって手に入れたんだ?すごく貴重そうなものだけど」
秘薬の入手ルートがひそかに気になった俺は、腕組みをしたままこちらを見下ろしている千影に聞いてみた。
聞いても教えてくれないかな、これは・・・何しろ妖精の粉だからなあ。
「・・・聞かないほうが・・・身のためだよ・・・兄くん・・・」
あ、やっぱり・・・だけど、言いたくないってのもあるかもしれないしな。
「お兄ちゃん!怪我がないなら、泳ぎに行こうよ」
「あ!可憐、抜け駆けはなしよ!」
「残念でした、咲耶お姉ちゃん。こういうのは早い者勝ちなの」
だからお兄ちゃんは可憐のだよ、と言いつつ腰を下ろしたままの俺の腕を引っ張ってくる。
必死に俺を起こそうとしている可憐の表情を見ていた俺は、可憐の瞳に違和感を感じた。
俺と一緒に泳ぎたがっているのはわかるが、それとは別な何かを訴えているように見えたのだ。
「可憐・・・?」
「どうしたの?お兄ちゃん」
その変化は一瞬のことで、すぐにいつもの可憐に戻った。だが俺にはそのわずかな時間だけで十分だ。
可憐・・・判ったよ。俺の答えは・・・もう決まっている・・・
「い、いや、なんでもない。それより行くぞ!」
少々戸惑いの色を隠せない可憐のわずかに日焼けした腕を掴んで、無限に広がっているのではないかと思われる大海原へと駆け出した。照りつける太陽に熱せられた砂浜が俺たちの素足を程よく焼き上げる。
「ああーっ、お兄様、可憐ばっかりー!」
「おにいたまー、ヒナも行くー」
「兄君様、ワタクシもお供いたします!」
俺と可憐が飛び出したすぐ後を咲耶、雛子、春歌が追ってきた。
「にいさまー、姫特製海鮮料理は、どんなのがいいですのー?」
「おにいちゃま、花穂も一緒に泳ぎたいよー」
「あにぃ、ボクと競走しようよー」
間髪いれず白雪、花穂、衛の第二陣が後に続く。そしてザザーッという音が夏も終わりかけた海に響いた。
あ、花穂がこけたな・・・大丈夫かな。
「兄チャマ、砂浜を疾走するの図・・・うーん、複雑な気分デス・・・」
「アニキー、後で鈴凛特製のサーフボードを持っていくからねー」
「兄や・・・亞里亞も・・・・・・お砂さん、熱い・・・くすん」
「・・・・・・兄くん・・・・・・」
「兄上様・・・・・・」
バウッバウッ
遠くから四葉、鈴凛、亞里亜、千影、鞠絵、そしてミカエルの声が聞こえてくる。
ミカエル・・・何も言うな。もう決めたことだ・・・
「お兄ちゃん・・・本当にいいの?」
後ろにいる妹たちの声を聞いていた俺は、ふいに話し掛けてきた可憐の質問の意味を一瞬はかりそこねた。だが瞬時に理解する。
「あ、ああ・・・俺は可憐と一緒に行く」
これからもずっと・・・
妹たちに追っかけられながら、俺はこれからのことを考えていた。
妹たちといるのも・・・これが・・・最後・・・!!
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