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海へ行こう 前編
作者 ソルさん
『青い海、青い空、そしてきらめく太陽』・・・どうしてこう海の表現はワンパターンなんだ。俺は常々そう思う。
もっといろんなものがあってもいいはずだ。そう、例えば・・・
『白い砂浜にうごめく魔獣』とか、『青い空にきらめく刀』とか・・・
言ってて悲しくなってきたから、もうやめよう。何しろ実際に起こってるからなあ。
俺は寝そべっていた体を無理やり起こして辺りを見回した。パラソルの作り出した影が、俺に直射日光があたるのを防いでいる。とはいえやはり暑い!すこぶる暑い!
時折吹いてくる海風は湿っぽく、肌にまとわりついてくる感じだ。こう言う感触は嫌いではないが、かといって特別に好きというわけでもない。
海にすんでる生き物はよく我慢できるもんだ・・・いや、慣れてるから海にすめるのか。
そんなことを考えつつ、ざわざわと騒がしい砂浜を見回す。
家族連れやカップルが大勢いるこの砂浜にちょっとした波が打ち寄せ、そして大海原に帰っていく。
それはなんだか俺の今の状況に似ていた。目的の場所に到達してもすぐに別のところにいかなくてはいけない・・・
そんなたいそうなもんじゃないか、と自嘲気味の笑みを漏らして、海のほうに視線を向ける。
モーターボートに乗っている男女、サーフボードに挑戦しようとしている小さな女の子、クロールで泳いでいる人とその隣を平泳ぎで悠々と抜かしていく人・・・
その中で、異常に早いスピードでクロールを泳いでいる女の子がいた。
両手が水をかくバランスといい、バタ足の力強さといい、思わず見とれてしまうほど華麗な泳ぎをしていた。
俺もあんな風に泳げたらなあ、きっともっと楽しくなるだろうに。
そう思いつつその女の子の泳ぎを目で追っていた俺は、ふとあることに気付いた。
何だ、衛か。道理で速いわけだ。後で泳ぎでも教えてもらうかな・・・
そんなことを考えていると、泳ぎをやめた衛が俺のほうに手を振っているのが見えた。
「おーい、あにぃも泳ごうよ〜」
衛の元気いっぱいの声を聞いていると、なんだかこっちまで元気が出てくる。それが衛の魅力なのか・・・
「おにいたま、ヒナと一緒に遊ぼ♪」
「海を見てるばっかりじゃつまんないわよ、お兄様」
ふと気付くと、いつの間にか俺の傍らに浮き輪を持った雛子と、パーカーを羽織った咲耶がいた。その後ろでは、可憐と花穂がビーチボールで遊んでいて、その傍らでは四葉と白雪が砂浜でなにかやっている。
その誰もが当然のごとく水着を着ている。特に咲耶のは、露出度が他の妹に比べてかなり高い。
何を隠そう俺が選んだ物なんだが、いや、選ばされたといったほうが正しいかもしれない。
自分の気持ちをはっきりいえない自分のふがいなさに嫌気がさした上に、今になって激しく後悔している。
すなわち、『自分の首絞めてどうするんだ俺は?』・・・ということだ。
「兄チャマの水着姿チェキです!」
「かっこいいですの、にいさまぁ」
突然の声にちょっとびっくりして振り向くと、虫眼鏡でこっちを凝視している四葉と中腰で頬を染めている白雪がいた。四葉はオレンジに緑のラインを入れたスタンダードな水着、白雪はエプロンをつけているのでいまいちよく分からない。二人とも炎天下の中遊んでいたらしく、ほんのりと肌が焼けている。
いつの間にそこに!?さっきまであそこで遊んでたはず・・・
そう思いつつもう一度振り返ってみると、『その場所』が視界いっぱいに広がった。
観光客でごった返しているはずの砂浜は、『その場所』だけが人の侵入を免れている。・・・大量のヤドカリによって。
「穴を掘っていたら出てきたデス・・・」
「貝かなと思ったらヤドカリさんだったですの」
後ろのほうから元気のない四葉と白雪の声が聞こえる。それにしてもこのヤドカリの数は・・・
四葉と白雪が掘ったという穴から、それこそ無数にヤドカリが這い出してきていた。
ボ−ルで遊んでいた可憐と花穂はすでに俺の後ろに避難していて、他の観光客もどこかへ行ってしまったようだ。
咲耶は咲耶で俺の背中にひっついて「お兄様こわーい♪」と可愛い声を出し、雛子も一緒になってしがみついている。
ああっ、胸の感触がぁ!!・・・慣れると気持ちいいかも。
そんなことを考えていた俺は、頭に強い衝撃を覚えた。視界が闇に閉ざされ、意識が反転する。
可憐・・・そんなもんどこで・・・
意識を失う前に確認できたのは、ちょっと怒ったような顔で巨大な巻貝を持っている可憐と、その可憐を呆然と眺めている咲耶たちだけ・・・
ヤドカリの大群を目の前にして意識が朦朧とするなか、俺はこんなことを呟いたような気がした。
にぎやかな旅になりそうだ・・・
妹たちみんなと海へ・・・
夏休みも終わりに近づき灼熱の太陽がその役目に飽きてきた頃、妹たちからそんな企画が持ち出された。
前に四葉と山に言ったときに、半ば強制的に約束させられたのだ。
山から帰ってからそのことを妹たちに話したときの、妹たちのはしゃぎようはすごいものだった。
女の子のエネルギーは、時々科学では説明のつかない力を発揮するらしい。むしろ精神的な何かが働いているんだろう。
その力の前に圧倒されまくった俺は、最も重要なことを言いそびれてしまった。
仕方なく一人一人に話そうと思ったのだが・・・
「あ、衛、ちょっと話があるんだけど・・・」
「え、ちょうど良かった。ボクもあにぃに相談したいことがあったんだ」
リビングのソファに座って何か作業をしていた衛を見かけた俺は、さりげなく声をかけた。あのことを話すのは、慎重にならざるを得ないからな・・・
「ん、相談って何だ?」
「あにぃこそ、話ってなあに?」
「いや、衛の方から聞くよ」
俺がそう言うと、衛は手に持っていた何かを俺の前に差し出してきた。赤と青、二種類の色で出来た、直径5センチぐらい、幅が3〜4センチほどの小さい円筒の形をしたそれが衛の少し日に焼けた手のひらに乗っている。
リストバンドか。衛らしいと言えばらしいが・・・もうちょっとおしゃれに気を使ったほうがいいんじゃないか?
「こっちとこっち、どっちの色がいいと思う?」
そんな余計なことを考えていると、衛が両手を交互に上げて聞いてくる。ちなみに左手に乗ってるのが赤いの、右手が青だ。
赤か青か、か・・・どっちが衛に似合うかな・・・?
俺はしばらくの間考え込んだ。赤は情熱的な感じがするし、青だと静かな印象がする・・・
やっぱり青かな・・・いやでも、赤も捨てがたい・・・
「ね、どっち?」
「・・・青かな」
「それじゃあ、こっちにしよっと♪」
そう言って青いリストバンドをソファの上に下ろした衛は、嬉々とした表情で赤いほうを眺めている。
その顔を見ていた俺は何気なく視線をソファの上に移し、奇妙なものを目にした。青いリストバンドが、お世辞にも柔らかいとはいえないソファに半分ほど沈んでいるのだ。
右手を伸ばしてそのリストバンドを持ってみると、ずっしりとした重みが右腕全体に伝わってくる。
「衛・・・何だこれは?」
異常に重いぞ、と衛を半眼で睨みつけると、当の本人は胸をそらしてこう言い放った。
「よくぞ聞いてくれたね、あにぃ!」
「鈴凛みたいな前口上はいいから・・・何なんだ、これは」
「ちぇ・・・これからがいいところなのに」
右手を持ち上げて、その上に乗せたリストバンドを衛に見せさらに半眼になる俺は、言いたくてたまらなかったらしい前口上を俺に止められてすねてしまった衛を見て、ちょっとした罪悪感に襲われた。
・・・なんか先が聞きたくなってきたぞ。
「これはズバリ、パワーリストとドラゴンアンクル!」
左拳をぎゅっと握り締めて力説する衛。パワーリストにドラゴンアンクル・・・どっかのボクシング漫画じゃあるまいし。
「リストバンドに100gの重りを入れて腕と足首に巻くことで、パンチ力はもちろん、脚力や敏捷性を上昇することが出来る・・・」
「危ないから没収」
力いっぱい演説している衛の手の上からドラゴンアンクルなるものを問答無用で奪い取り、無言でその場を後にする。
後ろから抗議の声が上がってるけど、気にしないようにしよう。大体女の子がこんなものをつけたら、危ないに決まってる。
それにしてもこんなもん、どこで手に入れたんだか・・・っと、しまった。一番大事なことを言うのを忘れてた。
だけど今戻るのもなんだしなあ・・・
ずっしりと重いパワーリストとドラゴンアンクルを手の中でもてあそびつつそんなことを考えていると、俺の視界に窓から外を眺めている亞里亞が映った。
窓の近くでほぅっと黄昏ている亞里亞は、正に深窓の令嬢といった雰囲気をかもし出している。
「どうしたんだ、亞里亞。こんなところで」
「兄や・・・・・・」
俺が声をかけると、亞里亞は今にも泣きそうな顔をして、甘い声で訴えかけてくる。
ああ、この声・・・!溶けてしまいそうだよ、亞里亞・・・
「そうなの、兄や・・・溶けちゃうの・・・」
「はい?」
「亞里亞のチョコ・・・溶けちゃうの・・・」
ウ〜〜ン・・・よく分からんが、チョコに関係があることは確かだ。亞里亞は甘いものが好きだからな。
そう考えている間にも、亞里亞の瞳に涙がたまっていく。あたかも感情という名の泉に、悲しみという水が加えられたかのように。
「あ、亞里亞、困ったことがあるんなら俺に話してくれないか?少しでも力になれると思うぞ」
「・・・ほんと?」
そう言って俺のほうを向く亞里亞の顔には、安堵の表情が期待のまなざしと共に浮かんでいた。
そんな目で見られると俺もかなり照れてしまうが、ここはぐっと我慢だ。
「それでチョコがどうしたんだ、亞里亞?」
「兄や・・・亞里亞のチョコが・・・溶けちゃうの・・・」
そう言う亞里亞の手にはビニールに包まれた一口サイズのチョコがちょこんと乗っていた。
チョコがちょこんと・・・・・・・・・つ、つまらん・・・自分で言うのもなんだが。
「だから・・・溶けないチョコが・・・欲しいの・・・」
夏の気温に負け、だらしなくその身を崩しているチョコを俺に差し出して、かなりの難問を涙声でいってくる亞里亞。しかしその顔には、期待感が増したかのようなきらきらと輝いている瞳があった。
溶けないチョコ・・・?チョコってのは溶けるもんだろ?それに今は夏だし、溶けて当たり前だ。
そんなことを頭の中で考えていると、亞里亞が俺の下から顔を覗き込みこんなことを言ってきた。
「できないの・・・兄や・・・?」
・・・こんなことを言われて黙ってはいられない。あえて困難に挑戦しようとする俺の心が激しく燃え上がる!
「任せとけ。溶けなくて美味しいチョコを必ず作ってやるよ」
「楽しみです・・・」
バックに炎を背負いながら亞里亞の頭をぽんと叩いてやると、その表情が笑顔へと変化を遂げる。とても可愛い顔だったが、俺はそれに見惚れるわけにはいかなかった。目の前にある難問の所為もあるが、可憐のことがやはり一番だ。
そのことを話そうと視線を亞里亞の方に向けようとして・・・
「あれ、亞里亞はどこ行った?」
見失ってしまった。さっきまでそこに居たはずだが・・・辺りを見回しても誰も居ない。どうやら亞里亞に置いてきぼりにされたようだ。
また言いそびれちまったか・・・これも運命なのか?
心の中で自問しては見たが応えてくれるものが居るはずもなく、人の持つ定めについて一つの答えが闇に葬られた。
「溶けないチョコ・・・溶けないチョコ・・・」
俺は今、同じ言葉を呪文のように繰り返し呟きながら妹たちを探している。
はたから見ると、ただの危ない奴かもな・・・腕を組んで家の廊下をうろついてる姿は正にその通りだ。
そんな思いがチラッと頭を掠めたが、あまりこだわらないようにしよう。
それにしても、とんでもない宿題をやる羽目になっちまったなあ・・・と今更ながらに後悔を始める。
絶対零度クラスで凍らせるか・・・鈴凛ならそんな機械も作れるだろ。多少の資金援助も覚悟の上だ。ホントに多少か心配だけどな。
いや、待てよ・・・そのチョコを亞里亞が食べるんだから・・・・・・駄目か・・・
絶対零度で凍らせたチョコなんて、亞里亞に食べさせたらどうなることか。あんまり想像したくはない。
結局あれも駄目、これも駄目・・・か。
「溶けないチョコ、ねえ・・・無理なんじゃないのか?」
「何が解けないのデスか?」
「ああ、チョコがだな・・・って、四葉ー!」
「兄チャマのびっくりした顔、チェキです!」
目の前に立ちふさがる難問に諦めかけたその時、背後から突然四葉の明るい声が聞こえた。
あまりにびっくりして振り向いたそこには、ルーペ越しに俺の顔を覗いている四葉の笑顔があった。
右手に持ったルーペを俺のほうに近づけたり遠ざけたりしている四葉は、ふむふむとでも言うように首をうなずかせている。
「ああ、びっくりした・・・どうしたんだ、四葉?」
「兄チャマの行動をチェキするのは、四葉の役目なのデス!」
ルーペを高々と掲げながら胸を張って宣言する四葉に、俺は毎度の事ながらため息をつく。
もう慣れたはずなのにな・・・それにしても四葉の気配が全く感じ取れなかったとは・・・成長したもんだ・・・
などと相当的外れなことを考えていた俺は、唐突に重要なことを思い出した。そうだ、これだけは聞いておかなくちゃいけない。
「四葉、本当に良かったのか?」
「え?なにがデスか?」
「俺と一緒に海に行くって・・・」
それを言った途端、四葉の肩がびくっと震えるのを俺は確かに見た。明るい表情が一変して、不安と恐れが混じったようなくらい雰囲気を出していく・・・
「も、もちろんデス、兄チャマ・・・なにを言ってるんデスか」
四葉の表情に、わずかながら悲痛な感じを受けて、俺は再び罪悪感に襲われた。
もうふっきったはずだ!しっかり言うんだ!しっかりしろ!
自分を力強く叱咤する。自分の弱さを振り払うように、あの時のことを繰り返さないように。
「俺は可憐が好きだって言ったろ。なのになんで・・・」
「兄チャマ、これだけは覚えておいて下さいデス・・・」
空気に溶け込みそうなくらいにおだやかな、しかし意志のこもった強い声で四葉が俺に語りかけてくる。俺の胸に置かれた四葉の小さな、だけど温かい手から四葉の気持ちが伝わってくるみたいだ。
「諦めろって言われて諦めるぐらいなら、最初から好きになったりしないデス」
「四葉・・・」
そう言って顔をあげた四葉の瞳には、もう何の迷いも見つからなかった。真っ直ぐに進む意志・・・その光が静かに、そして力強く輝いている。
俺も見習わないといけないな・・・四葉の表情を見てそう思った。
俺に足りないのは、何があっても曲がることのない強い意志だ。それを四葉は持ってる・・・いや、妹たち皆が持っているんだ。
「その気持ちは、皆一緒デス!」
その言葉には、はっきりとしたゆるぎない気持ちが込められていた。俺は改めて妹たちの思いの強さを知る事になった。
だけど俺だっていつまでも同じままじゃいられない。妹たちが強くなったのなら、俺も強くならなくちゃ。
「それと、兄チャマ」
いつのまにかいつもの表情に戻った四葉が、馴染み深いいたずらっ子のような顔で俺に言ってくる。
「物事は逆から見ないと全部は見えないのデスよ!」
なんのこっちゃ?といぶかしんでいる隙に、四葉がどこかへ行ってしまった。
物事は逆から・・・何の事だろう?
わけが分からないので、とりあえずチョコの事に当てはめてみる事にした。
チョコは溶けるもの。これを逆にすると・・・・・・溶けるのはチョコ・・・?
・・・・・・分からん・・・っと待てよ、溶けないチョコ・・・溶けてたら溶けない・・・・・・!!
そうだ!溶けたチョコは、もう溶けることはないんだ!
すごいひらめきが浮かんだものの、心の底から喜ぶことは難しかった。
妹たちの思いを踏みにじる事になる・・・でも、もう決めたんだ・・・
一つのひらめきと一つの決意を胸に秘めて、俺は海へ行く準備を始めるべく、とりあえず台所へと向かった。
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