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ライバル登場!
作者 ソルさん
「そこで手首を返して!」
「はい!」
「そうそう、いい感じよ」
先生の指示にあわせて体を動かしていると、とても気持ちがいいんです。ですが、いつか自分ひとりで舞えるようになりたい・・・
「春歌さん、ぼやっとしてない!」
「は、はいっ」
先生の厳しいお言葉に、夢を思い描いていたワタクシは舞に集中しました。
先生は普段は優しいのですが、怒ると本当に怖いんです・・・
今ワタクシは日舞の稽古を一生懸命やっています。舞っていると体が内側から熱くなってきて、とても充実感があるんですよ。
けれどもワタクシが日舞を習っているのはそれだけではないのです。
ワタクシの兄君様に仕えるため、立派な大和撫子になるために必死に猛稽古に励んでいるのです。
ああっ、兄君様、私は必ず兄君様にふさわしい大和撫子になって見せますわ・・・!
「春歌さん!手の動きがおろそかになっていますよ!」
「ご、ごめんなさい」
稽古中に余分なことを考えていたら先生に怒られてしまいました。やっぱり集中しないと駄目ですね。
それに先生の機嫌がだんだん悪くなってきているし・・・
それからはなにも考えずに、ただ舞い続けました。
手首の返し、目線、足の運び・・・どれをとっても自分で満足のいくものでしたが・・・
「まだまだね」
舞い終わったあと先生が最初におっしゃった言葉がこれです。すごくショックでした。
自分では完璧だと思ったのですが・・・
「綾香さん、舞ってみなさい」
ショックに打ちひしがれていると、先生が綾香さんを呼んだのです。更なる衝撃が私を襲った気分でした。
瀬戸綾香さん。私と同じ頃に日舞教室に入った、同じ年の頃の女の子です。ちょっと気が強くて、可愛いと言うよりも美人と言う感じで、舞も私と同じぐらいのレベルなんです。
ですが日舞をはじめてから一年ぐらいした頃、先生はワタクシにおっしゃいました。
『貴方が持っていないものを綾香さんは持っている』
と・・・
この言葉を聞いてからというもの、ワタクシはよりいっそう日舞に打ち込みました。
あの子には負けたくない、あの子よりもうまくならなければ、そう思うようになったのです。
綾香さんの舞を間近で拝見したこともありましたし、ビデオにこっそりとって自分とどこが違うのか研究したこともありました。
それでも結局は、ワタクシとの違いは分からなかったのです。
このままでは負けてしまう、兄君様にお仕えできなくなってしまう・・・そんなことは絶対に嫌でした。
必ず兄君様に仕える・・・そう心に決めた時から今まで、なにものにも負けはしませんでした。
けれど今、ワタクシは初めて負けようとしている・・・
そんなことがワタクシの頭をよぎったとき、綾香さんの舞が始まったのです。
その舞は、山すそにこんこんと湧く水のように清らかかつ自然で、見るものを魅了する舞でした。
「綾香さんの舞はさしずめ山奥に湧く清流・・・春歌さん、貴方にないものはその透明感です」
その舞をうかつにもぼうっと眺めていたワタクシは、先生のその言葉を聞いてはっとしました。
私が何を考えて舞っているのか、先生にはお見通しだったようです。兄君様のために、兄君様に仕えるために・・・
そんな考えでは、到底透明にはなれない・・・そのことを思い知らされました。
ですが、ワタクシは諦めるわけには行かないのです。兄君様に仕える、ただそのために今まで努力してきたのですから。
「先生、ワタクシは・・・」
「判っていますよ。その想いは捨てるわけにはいかないのですね」
ワタクシが無言でうなずくと、先生はにっこりと微笑みました。
「限りなく透明で、形を変えてもその本質は変わらない・・・綾香さんはすでに『水の境地』に達しつつあります」
「『水の・・・境地』・・・」
ワタクシは息を呑みました。ここの日舞教室の流派に、『水の奥義』というものがあるのです。
曰く、『どんな型にもはまらず、器にもはまらず、ただしその味は保持せよ』・・・
この言葉を記した巻物は道場の壁に貼ってあったのですが、意味がよくわからなかったのでそのときは無視したのです。
まさかそういうことだったなんて・・・
「この境地に達するためには、努力だけでなく先天的な才能が必要なのです。貴方に足りないものとは、つまりはそういうことです」
そうだったんだ・・・綾香さんには『水の心』があり、私にはない・・・
つまりは、ワタクシに綾香さんを越えることはできない・・・
ワタクシの心を、絶望的な思いが支配しました。
綾香さんを越えることができなくては、完璧な大和撫子にはなれない。だから兄君様に使えることはできない。それでも兄君様に仕えたい。そのためには綾香さんを越えなくてはいけない。でも『水の心』を持っていないワタクシに綾香さんは越えられない・・・
「しかし、貴方にあって綾香さんにないものも存在します」
暗黒の堂々巡りに陥っていたワタクシに、先生は光を射し込んでくださいました。
ワタクシにあって綾香さんにないもの・・・それが何か判れば綾香さんに勝てる!兄君様にお仕えできるのです!
「先生、それは一体・・・」
「それは・・・風の心です」
「風の・・・心・・・」
勢い込んで聞く私に、先生はそう答えてくれました。
「わが流派には二つの奥義が存在します。『水の奥義』と『風の奥義』です」
「『水の奥義』は綾香さんが・・・」
「そうです。『水の境地』に達したもののみが『水の奥義』を会得することができるのです」
そう話してくれる先生の表情はいつになく厳しくて、まさに鬼気迫るという感じでした。
それにしても綾香さんが『水の境地』に達しようとしているなんて・・・ちょっと悔しいな・・・
「『何者にも姿を見られず、声を聞かせず、ただしその存在は感じさせよ』・・・これが『風の奥義』です」
「姿を見られず、声を聞かせず、ただしその存在は・・・」
ワタクシ、思わず考え込んでしまいました。本当にそんなことができるのでしょうか、と。
舞っている間声を出さないことはできますが、姿を見られない、とはどういうことなのでしょう・・・?
『風の奥義』について考え込んでいたら、いつのまにか綾香さんがワタクシの隣に立っていました。どうやら綾香さんの舞はすでに終わっていたようです。
「私は負けないわよ」
舞を見ていない事に対して怒っているのでは、と思っていたら、そんなことを言って更衣室のほうへ行ってしまいました。
どういうことでしょう?綾香さんのほうが舞いは上手なのに・・・
「綾香さんも気付いたようですね。貴方が持っているものについて」
「先生・・・!」
「『風』と『水』・・・どちらの舞のほうが上か、私も楽しみにしているわ」
そう言うと先生は道場の奥のほうへ行ってしまいました。
どういう意味なのでしょう。ワタクシの闘いを先生が楽しみにしていらっしゃるなんて・・・先生に何か関係があるのかしら?
ですが・・・
「ワタクシは負けませんわ!」
あれから二週間がたちましたが、ワタクシの舞は進歩がありません。『風の心』といわれても、なかなかぴんとこないのです。
それに比べ綾香さんは、日に日に上達していくのが見ていてよく判ります。
このままでは綾香さんに負ける・・・
今日の稽古のときの綾香さんの舞を見て、そう痛感しました。それはまさに水の舞、『水の境地』に達したものだけが得ることのできる神秘の踊り・・・
「やはり綾香さんのほうが上ね」
先生のその言葉もワタクシの耳には届きませんでした。綾香さんの舞に圧倒されて、何も頭に入らなかったのです。
悔しい、悔しい、悔しい・・・
稽古が終わり家への道を歩いているワタクシの心は、綾香さんに負けるという思いでいっぱいでした。
そんな憂鬱な気分の私の目の前を、突如何かが右から左へ通り過ぎました。それを目で追うと、視界にシャボン玉がうつったのです。
次に飛んできた方向、つまりワタクシの右側を見ると、そこには公園がありました。
ブランコがあってシーソ−があって砂場があって・・・どこにでもあるような普通の公園でした。
その公園の中央、背の高い柱時計の下に8才ぐらいの二人の男の子がいました。一人は白いTシャツに茶色のズボンをはいたちょっと小太りの子で、もう一人は眼鏡をかけ、黄色いTシャツに白いズボンをはいたやせ気味の子です。
ワタクシはなんとなく公園に入り、その子供たちの近くにあったベンチに腰掛けて一息つきました。
「お前、シャボン玉へただなぁ」
「う、うるさい!」
コップとストローを持ったやせ気味の男の子の方が、何か怒鳴っています。少し見ていると、その子はシャボン玉を膨らまそうとしているのですが、すぐにはじけてしまっています。
「貸してみな、手本を見せてやるから」
「・・・はい」
小太りの子がコップとストローを受け取ると、ストロ−をコップの中にいれてから口にくわえ、シャボン玉を膨らませました。
するとかなり大きなシャボン玉がストローの先から出てきて、ふわふわと宙に浮かびました。
「な、こうやんだよ」
「うん・・・」
「こういうのは力を入れすぎると駄目なんだ。優しく吹かなきゃな」
力を入れては駄目・・・もっと優しく・・・
その言葉を聞いたワタクシは、体中を静電気が走ったような気がしました。持っていた荷物の中から扇子を取り出し、その場で舞いました。
力を抜いて、足運びや手首の返しを優しい感じに・・・
すると今までの舞とは違った感じがしたのです。何か薄い衣に包まれているような、それでいてとても暖かい感じが。
「あのお姉ちゃん、風と踊ってるみたいだ・・・」
ワタクシはその言葉を聞いて、まさに稲妻に打たれた思いがしました。
風と踊る・・・今までそんなこと考えもしませんでしたわ。
そう思ってもう一度さっきのように舞ってみると、やはりさっきと同じ感覚がしました。
これが・・・風・・・?
ワタクシはその時、『風の奥義』のことを思い出しました。
『何者にも姿を見せず、声を聞かせず、ただしその存在は感じさせよ』・・・
風を少し理解したワタクシは、その意味がなんとなくわかったような気がしたのです。
風と踊ること・・・それが『風の境地』・・・!
『風の境地』を垣間見たワタクシの心は大いに浮かれていました。
これで綾香さんと闘える・・・完璧な大和撫子になるチャンスができた・・・
そんな思いでいっぱいだったワタクシは、ヒントをくれた子供たちに礼を言うのも忘れ、嬉々として家に跳んで帰りました。
私が風のヒントを得てから三日後、綾香さんとの対決の時がやってきました。
実は公園から返ってきたワタクシのもとに、先生からの連絡があったのです。それによると、道場の後継者を私か綾香さんに決めたい、とのことでした。
いきなりの話に戸惑ってしまいましたが、これも兄君様に仕えるため、と覚悟を決めました。
開始時刻は10時だったのですが、ひどく緊張していたのでしょう、9時に道場に来てしまいました。
情けないなあと思って道場に入ると、その片隅で綾香さんが座禅を組んでいたのです。道場に来ていた人に聞いてみると、綾香さんは30分も前からあそこで座禅を組んでいるとのことでした。
さすが綾香さん、ああして精神を集中させているんだわ・・・
座禅を組む綾香さんはすごく落ち着いていて、とても大きな勝負を控えているとは思えませんでした。
ですがワタクシも負けてはいられません。荷物を降ろして、綾香さんと同じように道場の片隅で座禅を組みました。
目を閉じて精神を集中し、風を感じる・・・この三日間というもの、これを繰り返し行ってきました。それが『風の境地』に至る道だと考えたのです。
あるときには部屋の中で、またあるときは公園で・・・ことあるごとに風を感じようと努力を重ねてきました。
その結果風を感じる事に成功し、さらに風と舞うことができたのです。そのときの喜びは言葉では言い表せません。
風とひとつになれた・・・
初めて風と舞ったときの感想は、唯一無二にこれでした。これ以外に何が言えるのでしょうか?
恐らく綾香さんも同じような気持ちになったことがあるでしょう。あのときの気持ちは一生忘れ得ないと思います。
そんなことを考えつつ座禅を組んでいると、いつのまにか約束の時間がやってきました。
風との語らいは時間を忘れさせ、高ぶった精神を抑えます。精神集中にはぴったりなのですが、以前に公園のベンチで風と語らっていたら、ふと気が付いたときには夜になっていたことがありました。
時間を忘れるというのは、時にそんな失敗を生みます。帰った時の母君様の怒った顔がどんなに怖かったことか・・・
そんなことを考えているうちに準備が整ったようです。舞台を中心に弧を描くように審査員の方々が座っています。その中には先生もいました。
最初に舞うのは綾香さんです。舞台に立つと審査員たちに一礼をし、扇子を片手に舞い始めました。
綾香さんが舞う様子を審査員たちの輪の外側から見ていたワタクシは、その舞を目をそらすことなく全てを観察していました。手首の返しから足運び、果ては目線さえも・・・
綾香さんの舞う姿は以前よりもさらに水に近くなっていました。その形を変えても本質は変わっていない。
『水の境地』を完全に自分のものにしている・・・
綾香さんの舞を見た感想はそれでした。ワタクシは勝てるのでしょうか・・・?
その想いを確定できぬまま、ワタクシの出番がきてしまいました。雑念を捨てて集中しなくては・・・
舞台にたつと、まず綾香さんに倣い審査員の方々に一礼をして目を閉じ、精神を集中して風を探し始める・・・
すぐに風が見つかったので、正直ほっとしました。そして、風とともに舞い始めました。
体を動かしていると、何も感じなくなるんです。周りの音も、何もかもが。ただ風の声が聞こえるのみ。
その時、ワタクシは『風の極意』のことを思い出していました。
『何者にも姿を見せず、音を聞かせず、ただしその存在は感じさせよ』
舞いながら、ワタクシはその意味を完全に理解しました。
『姿を見せず』とは自分の気配を風と同化させること、『音を聞かせず』とは舞の途中で一切の音を立てないこと、『存在は感じさせよ』とは自分をより大きく見せること・・・
そう思いながら舞い続け、その間中風と語らっていました。
「では発表します」
ワタクシの舞が終わり、先生が審査員の方々を代表してそうおっしゃいました。ワタクシはとても緊張して、先生の言葉を待っています。
ふと横を見ると、綾香さんの額に脂汗を浮かべ、はらはらした顔で先生のほうを凝視していました。
「わが道場の後継者は・・・綾香さん!」
わっと道場の中がにわかに沸きかえりました。
その言葉を聞いたとき、ワタクシは不思議と悔しい思いはしませんでした。気持ちよく舞えたからそれでいい・・・そう思っていました。
「残念だったわね」
綾香さんがワタクシの肩に手を置いてそう言ってくれました。そのときの綾香さんの表情には、少し陰りが見えました
ワタクシはそれを聞いても特に何の感情も湧きませんでした。風とともに踊って疲れたのでしょうか?
「ですが・・・」
やっとのことで言葉を搾り出したワタクシは、残りも一気に言おうとのどに力をこめました。
「次は負けませんわよ!」
ー了ー
=あとがき=
春歌のBDSSです。
春歌って本当にすごいんですね。風と話ができるなんて・・・
『風の極意』と『水の極意』・・・実際にどこかにありそうです。
いつか『炎の極意』と『大地の極意』を会得した人が出てくるかもしれません(笑)
ちょっと疲れたあとがきで申し訳ありません。疲れがたまっちゃって・・・
いつか思いっきり休養をとりたいと思います。取れれば、ですが(笑)
ソルさんへの感想はこちら
ryo23@alpha.ocn.ne.jp
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