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きらめく星々の光
作者 ソルさん
「大丈夫か、可憐?」
「平気だよ、お兄ちゃん。全然大丈夫!」
俺が心配して声をかけると、ちょっと疲れたような、しかし力強い返事が返ってきた。
首に毛糸のマフラーを巻き、両手に可愛らしい手袋をはめた可憐の口からは、雪のように真っ白な息が漏れている。
冬も本番だからな・・・それにこの中、暖房ついてないし・・・
そんなことを思いつつ今まで登ってきた階段を眺め、時折下から吹いてくる寒風に身を潜めた。
「寒くなったらいつでも言うんだぞ。俺のコート貸してやるから」
そう言う俺の口からも白い息が漏れる。何か言うたびに冷たい空気が体の中を暴れ回る感じだ。
可憐は無言でうなずき、今までずっと握っていた俺の右腕を更にぎゅっと握り締めてきた。
かなり寒いはずなのに、無理しやがって・・・
「ほら、ちょっと手を離してくれ」
俺はそう言いながら自分の灰色のコートを脱ぎ、可憐に着せてやる。
「お兄ちゃん・・・寒くないの?」
「これぐらいの寒さ、どうってことないよ」
驚きながら聞いてくる可憐に、多少苦笑いを浮かべて、力強く言う。
コート一枚分暖かくなった可憐が心配そうに聞いてくるが、本当にどうってことはないのだ。
「さ、行くぞ、可憐」
「うん、お兄ちゃん!」
やっぱり可憐には元気な笑顔が一番似合うな。
そんなことを思いつつ、改めてつなぎなおした可憐の手の暖かさを感じながら、更に上へと登り始める。
そう、どうってことはない。この高層ビルを登った先にあるものに比べれば・・・
その日は普通にやってきた。
特に変わったことがあったわけではない。太陽が西から昇ったわけでもないし、魚が空を飛んだわけでもなかった。
分別ゴミの回収日は変わらなかったし、電気料金だっていつもと同じだった。
新聞配達の兄ちゃんは毎朝毎朝同じ台詞を言いながら新聞を置いていくし、ニュースキャスターも律儀に同じ時間にニュースを始める。
違うことと言えば、妙に寒いことぐらいか。そんなわけで俺はベッドから起きるのが億劫だった。
7時にセットしておいた目覚し時計が部屋中に鳴り響いているが、どうも頭が目覚めてくれない。
時計の頭を叩いて静かにさせるも、その5分後にはまたその役目を思い出してくれる。職務に忠実なのはいいことだが、もう少し融通が利かないものだろうか。
そんなどうでもいいようなことを考えながら、夢心地で寝返りを打つ。布団のぬくもりと部屋の冷気の温度差を感じつつ、再び夢の世界へ入り込もうとしたところで、唐突にあることを思い出した。
「今日は・・・クリスマスだっけ。道理で寒いはず・・・・・・」
そう呟いた途端、連想ゲームのようにいろんなことが頭に浮かんできた。
クリスマス。クルスマス。クルシマス。苦しみます。
「・・・じゃなくてだな」
どうもまだ頭がはっきりしていないらしい。布団をめくってベッドに腰掛ける。
何だったかな・・・何か大切なことがあったような気がするんだが・・・
そう考えてもう一度連想ゲームに挑戦した。
クリスマス。カップル。約束。
「そうだそうだ、クリスマスに可憐と出かける約束をしていたんだった・・・っておい!」
完全に覚醒した頭でもう一度目覚し時計を見る。
7時30分。単純計算で6回は頭を叩いたということになる。
「確か約束の時間は・・・10時ジャスト。俺の家に来るんだったな。今から急いで着替えて顔洗って歯磨いて飯食って・・・」
指を折りながらこれからやるべきことをぶつぶつと呟く。どうやら余裕で間に合いそうだ。
彼女にとって、その日は特別だった。
前日の夜に、着ていく服を選んでいて夜更かしをしてしまうほどに。
布団に入ったのが10時で、寝付いたのが12時なほどに。
その夜見た夢に、事情があって離れて暮らしている彼女の兄が出てくるほどに。
彼女にとって、その日は特別だった。
だから、彼女が待ち合わせ時間よりも『かなり』早く約束の場所に行ったとしても、誰も彼女を責められないだろう。
彼女にとって、その日は特別なのだから・・・
「8時30分・・・なんとかなったな」
朝食をトーストとコーヒーで済ませ、皿とカップを洗いながら誰にとはなくそう呟いた。
水が冷たいのでお湯を沸かし、ぬるま湯に浸っている皿とカップを洗剤のついたスポンジでこする。そのあとお湯で洗い流して水を切る。乾いたタオルで濡れた部分を拭きとって棚に置く。
こんないつもやっているような日常的な作業が楽しく感じるのは何故だろう?
そんな疑問が頭に浮かびながらも、とりあえず朝食の後片付けを終わらせた俺は、居間に備え付けてある椅子に腰を下ろし、机の上に置いてある雑誌を手にとった。
「クロスワードか・・・時間つぶしには丁度いいかもな」
頭の体操にもなるし、と表紙を開きかけたところでピンポーンとチャイムが鳴った。
珍しいな、チャイムが鳴るなんて・・・しかもこんな朝早くから・・・
そう不思議に思いつつ、今行きます、と返事をしてから雑誌を置いて玄関に向かう。
俺の家のチャイムがなるのは本当に珍しいからな。特に尋ねてくる人もいないし、手紙や郵便ならポストに入れておけばいい。宅配便も来ることは来るがそれはごくたまにしか来ないんだし。
「はい、どちら様で・・・」
玄関のドアを開けながらどちら様ですか、と言おうとして・・・途中で固まった。
「おはようございます、お兄ちゃん」
「あ・・・おはよう」
玄関前に立ち、礼儀正しく挨拶してきたのが、俺の妹――とは言っても今は事情があって一緒には住んでいない――可憐だったからだ。
マフラーに手袋、厚めのコートを羽織った可憐の装いは、明らかに外出時の格好そのものだった。
待てよ・・・確か予定時間は10時だったはずだよな・・・俺が間違えたか?実は9時だったとか・・・
頭の中が混乱していた俺は、にっこりと笑顔で挨拶をしてくる可憐に、気のない返事を返す羽目になった。
「あ、お兄ちゃん寝ぼけてますね。・・・起きたばっかりでしたか?」
「いや、そんな事はないが・・・予定より早いんじゃないか?」
上目遣いで心配そうに聞いてくる可憐にちょっと気圧されながら簡単に答え、ついでにこっちからも質問をする。
俺の記憶に間違いがなければ、『クリスマスの午前10時に俺の家で待ち合わせ』だったはずだ。1週間前に電話で打ち合わせしたのを覚えている。あくまでおぼろげにだが。
「可憐ね、お兄ちゃんに早く会いたくて・・・だっていつもはあまり会えないでしょ?だから・・・」
迷惑だった?と視線で聞いてくる可憐に、俺は首を軽く振って、そんなことないよ、と視線で返事を返した。
「うわ〜、よかった。お兄ちゃんが怒ってなくて」
「可憐の気持ちはよく分かるよ。ちょっと待ってて、支度をしてくるから」
ほっとした表情になって笑顔を見せる可憐に、俺は少し照れながらそう言って部屋に戻った。
部屋のクローゼットから灰色の分厚いコートを取り出し、ほこりをかぶってないかよく確認してから羽織る。
机の引き出しから財布を取り出して、中身を確認してからジーンズのポケットにしまう。
お互いに会うのは久しぶりだからな・・・楽しい1日にしよう。
そう決意をして、忘れ物がないかもう一度点検を済ませた後、部屋のドアを閉めて玄関へと向かった。
今日の締めくくりは・・・あそこに行くか・・・
「さあ、行くぞ、可憐」
「うん、お兄ちゃん!」
そんなことを考えつつ、俺たちは玄関を開けて外へ出る。楽しい1日に期待を膨らませながら・・・
彼女にとって、その日は特別だった。
玄関の呼び鈴を押す時、心臓がばくばく言っていたほどに。
兄が視線で返事をしてくれた時に、思わず嬉しさがこみ上げてきたほどに。
兄が準備をしている間、思いっきり照れまくっていたほどに。
彼女にとって、その日は特別だった。
「今日はとっても楽しかったね、お兄ちゃん!」
太陽が沈んで1時間ほどが経ち、だが街は光の洪水に飲み込まれていた。
クリスマスのイベントがあちこちで開かれ、ツリーの電球やネオンライトがまばゆい光を放つ。歩道の脇では、街路灯が太陽の落ちた街並を照らし、車道にはひっきりなしにカーライトが走り回っている。
辺りを見回しても目に付くのはカップルか、サンタクロースの扮装をした人ぐらいのものだ。
とはいえ今は俺たちもそのカップルの1人・・・いや1組か・・・
俺の右側ではカップルよろしく、可憐が自分の腕を俺の腕に絡ませて、すっかりご機嫌の様子で歩いている。
「ああ、すごく楽しかったよ」
本当に楽しかった・・・昼にはちょっと洒落た喫茶店でパフェを注文したら店員さんがおまけしてくれたもんなあ・・・
ふと、そのときの会話を思い出す。
『え、と・・・チョコレートパフェを2つ』
『本当に可憐はパフェが好きだなあ』
『だって、美味しいんだもん♪』
『お待たせいたしました。チョコレートパフェがお二つと・・・これはサービスです』
『クッキー?』
『あ、でも美味しそうだよ、お兄ちゃん』
『そちらはフォーチュンクッキーと申しまして・・・その中に占いの紙が入っています』
『占い・・・ですか』
『はい。お二人の将来を案じるものです』
『あの、将来って・・・』
『わあ、可憐とお兄ちゃん、将来結婚できるのかなあ』
『ちょっ・・・可憐・・・』
『それでは、お二人の未来に明るい光のあらんことを・・・』
・・・うんうん、あれはあれで楽しかったような。あの後、喫茶店にいたほかの客の視線が痛かったんだよな・・・可憐は不思議そうな顔をしてたけど。
結局そのフォーチュンクッキーは食べられなかった。ちょっともったいなかったかな・・・?
喫茶店を出たあとも、ブティックで俺や可憐の服を買ったり、貴金属店で目の保養をしたり・・・俺たちは存分に二人きりの時間を過ごした。
「ねえ、お兄ちゃん、この後どこに行くの?」
そう聞かれて、俺は可憐に向き直り、
「俺のとっておきの場所だよ。きっと可憐も気に入ると思う」
そのまま、ある場所へと歩き始める。このクリスマスの最後の場所へ・・・
彼女にとって、その日は特別だった。
大好きなパフェの味がいつもより美味しく感じるほどに。
喫茶店で出されたフォーチュンクッキーをこっそり持ってきてしまうほどに。
普段と変わらない買い物に、どことなくぬくもりを感じるほどに。
彼女にとって、その日は特別だった。
「さて、到着っと」
何段あるのか途中で数えるのを止めた階段を登り切った俺たちは、1枚のドアの前にたどり着いた。
長い階段を登ってきたせいで、俺も可憐も息が上がっている。その証拠に、口から出る白い息が登っている途中よりもかなり多い。
だがその価値は充分にあると思う。この先に俺のとっておきの場所が、クリスマスの夜に相応しい光景があるはずだ。
「このドアの向こうに何があるの?」
「行ってのお楽しみだよ」
心配そうに聞いてくる可憐にそう言いながらドアノブを掴むと、慎重に押し開ける。その途端に突風が吹き、俺たちから体温を奪っていく。
その向こう側、風が守っていたかのような光景がそこに在った。
闇の夜空の中、ところどころに輝く星・・・街並みがシルエットとなり、その中にたたずみきらめく無数の光・・・
正に幻想的な光景だ。高層ビルの屋上・・・そここそが俺のお気に入りの場所だった。
「うわあ・・・綺麗・・・」
いつのまにか俺の腕を離し、先へ行っていた可憐がそう呟くのが聞こえる。
うっとりとしたその表情は、この光景に完全に魅入られていることを俺に教えてくれた。
連れてきてよかった・・・俺もここから眺める光景が一番好きだ。特に冬の夜は格別だ。空気も綺麗だしな・・・
「ねえ、お兄ちゃん・・・これ、持って来ちゃったんだけど・・・」
「それ!あの喫茶店の・・・!」
俺が可憐の隣まで行ったところで、その可憐が何か懐から取り出した。ふと見ると、例のフォーチュンクッキーだった。
持ってきたのか・・・そんなに気になるのか、可憐?
「早速開けてみようっと・・・はい、お兄ちゃんも」
そう言って2つあるクッキーの1つを手渡してきた。見た目は普通のクッキーだ。軽く振ってみると、中でかさかさという音がする。
まあ、おみくじみたいなものかな・・・吉と出るか凶と出るか・・・
そう思ってクッキーをかじると、中から紙が出てきた。クッキーから紙を引っ張り出すと、とりあえず広げてみる。
隣を見ると、可憐も同じようにして紙を出したところだった。そして紙を広げ・・・突風が吹いた!
高層ビルの屋上によくある突風は、この屋上も例外ではないようだ。そんな一陣の風は俺と可憐から占いの紙をもぎ取り、目の前の街へと放り出した。
『あっ!!』
二人して声をそろえるが、俺たちの手を離れた運命の紙はひらひらとクリスマスの空に舞っていった。
「あ〜あ・・・何が書いてあったのか見たかったなあ」
「そうだな・・・俺も少し気になるな」
二人して同じようなことを言うと、どっちが先だったのか、前触れもなく笑ったのだ。
冬の夜空に俺たちの笑い声がこだまする・・・それはしばらくの間続いた。
「ねえ、お兄ちゃん・・・」
ふと、笑いのとまった可憐が、どことなく切なげな声で俺に問い掛ける。自分の体を俺にくっつけながら。
「来年も・・・また来ようね・・・」
「ああ・・・約束だ。今日は特別な日だからな・・・」
彼らにとって、その日は特別だった。
寒空の下、いつまでも星々の光を眺め続けるほどに。
その二人を誰かが見れば、10人中10人が仲のいいカップルだと思うほどに。
そして・・・聖夜に相応しいほどに。
彼らにとって、その日は特別だった。
ー了ー
=あとがき=
クリスマス記念SSです・・・あー疲れた・・・
ちなみに書き始めたのが12月23日の午前10時過ぎ(遅っ)
そして今現在が12月24日の午前2時・・・1日でSS書き上げたのは初めての経験です、はい
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ソルさんへの感想はこちら
ryo23@alpha.ocn.ne.jp
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