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ウインター・ワンダーランド

作者 野中飛鳥さん


亞里亞の豪邸へとたどる道のり。
遠くからでもはっきりと見える。また巨大な施設が増えているようだ。
ジェットコースターの入り組んだ軌道。
あれは多分亞里亞のためだけに作られたものだ。それが亞里亞、それでこそ亞里亞。
でも待てよ。確か亞里亞はウォータースライダーを降りるのも怖がって泣き出したくらいだ。
ジェットコースター、好きなんだろうか?
轟音の響き、ジェットコースターが動いている、遠くからだが、たった一人だけがその先頭に座って嬌声を上げているのが見えた。
黒いメイド服の女性。
じいやさんだ。
「キャアァァァァァァーーーー!」
楽しそう。
もしかして、彼女が自分が楽しむためだけに作ったのでは・・・
恐るべき職権乱用、じいやさん。誰か止める人はいないのか。
もちろん亞里亞の家にはメリーゴーランドもあるし、回るコーヒーカップもある。
僕と亞里亞の二人で一つのカップに乗ったときのことだ。亞里亞がコーヒーカップの中心のハンドルを全開にして、止まった後・・・一歩地上に降り立った瞬間すっかり目を回しながら
「ぐるぐるです!」
と、言った。僕の方が。

今日はクリスマスということで亞里亞へのプレゼントも用意した。
まあ、亞里亞に喜んで欲しいな・・・と、苦心して選んだものだ。
渡す側の僕がワクワクしてるのはなぜなんだろう。
なんだか注文が遅れたみたいで今は手元にはない。今日中に亞里亞の家に配送してくれるはずだ。

鉄柵の門が開く。
豪邸の玄関へと向かう長く赤い絨毯の通路の両脇にずらりと整列するたくさんの人たち。
騎兵隊の派手な制服に身を包み、それぞれが楽器を抱えている。
僕が一歩門の内に踏み出すと、一番手前のブラスバンドがまず音を上げた。
高く、力強く響く管楽器のオーケストラ。
僕はそんな強い音をびりびりと体に受けながら絨毯の上を歩いていく。
やがて、奥に並ぶ楽団の弦楽器が鳴り始める。
穏やかで優しいバイオリンの音色、踊るように軽快なチェロの音、大地を振るわせるコントラバスの音。
道の先に、僕が近づくのを待ち受けるように小さなステージがしつらえられている。
そこには緊張した面持ちの亞里亞が立っていた。
マイクに向かい、歌い出しの瞬間を身をかたくしながら待っている。
これが亞里亞からの僕への今日のプレゼントだ。
実は、何日か前にオーケストラに囲まれて歌の練習をしている亞里亞の姿を見かけてしまったことがある。
だから今日のこのプレゼントは予想していたものだった。
すぐに余計なものに気を取られる亞里亞を練習に集中させるためにじいやさんも苦労していた。
「亞里亞さま!しっかり練習すればこのお菓子をあげますよ!」
と、お菓子で釣ったり
「亞里亞さま!そんなによそ見ばかりしていると今日のおやつは抜きですよ!」
と、お菓子で釣ったり
「亞里亞さま!上手にできたら何でも好きなものをおつくりしますよ!」
と、お菓子で釣ったり
「亞里亞さま!クリスマスには兄やさまにステキなお歌を聞かせて差し上げましょうね!」
と、僕で釣ったりしていた。
管楽器の演奏がやみ、静かなバイオリンの伴奏に合わせて亞里亞が大きく口を開け・・・
そのまま、固まる。
異変に気づいて、バイオリンも演奏を止めた。
沈黙に包まれたその中で、亞里亞はかがみこんで泣き出した。
僕は急いでステージに駆け上がって、小さな亞里亞の体を抱きしめてやる。
しゃくりあげる亞里亞の体を僕は強く引き寄せながら、精一杯なぐさめの言葉をかける。
やがて亞里亞は涙に濡れた顔を上げ、こう言った。
「兄や・・・どうして・・・今日は雪が降らないの?」

亞里亞を連れて彼女の部屋へ行き、見せてくれたものは一冊の絵本だった。
「このご本の中で・・・クリスマスは雪が降ってとってもキレイって書いてあったの・・・」
亞里亞が見せてくれた本はフランス語だったから文字は読めなかったが、きれいな雪化粧をほどこされた異国の町並みはまるで夢の国のようだ。
白い雪に乗り天使達が舞い降りている。町の子供たちは空を見上げながら、頬を紅潮させて笑っていた。
僕は窓へ向かい、空を見る。
冬の空はどこまでも高く澄んでいて、雲ひとつなかった。
家を出る前に見た天気予報では、今日の降水確率は0パーセント。
どうしたもんかな・・・
「僕が、亞里亞の雪だよ!」
そう言おうかとも思ったが、なにかが間違っている気がしてやめた。
「亞里亞が、僕の雪だよ!」
そう言おうかとも思ったが、いろいろ間違っている気がしてやめた。
「じいやが、僕らの雪だよ!」
そう言おうかとも思ったが、すべてが間違っている気がしてやめた。
そうだ、雨雲に硝酸銀を散布すれば雨を降らせることができるって聞いたことがある。
雪も降らせられるかな?この寒さだからきっと雨ではなく雪が降るだろう。
・・・だから、雨雲がないんだってば!
それなら・・・ここで雪が降らないのなら、どこか雪が降ってる場所へ行こうか。
北の国へ行けばきっと雪が降ってる場所もあるはずだ。
でも、僕はパスポート持ってないぞ。
ということは外国は無理か。亞里亞は僕がついていかないときっと泣いちゃうだろうしな。
日本国内・・・ということでじいやさんに相談して、あちこち調べてもらう。
雪が積もっている場所はあるにはあるが、今降っていたりもうすぐ降りそうな場所はなかった。
しかも亞里亞はここを離れるのはいやだという。わがままな妹だが亞里亞だからしょうがない。
指をくわえながら本をパラパラとめくっていた亞里亞の手が止まる。
「兄や・・・雪を降らせるためにはね・・・「しれん」があるの」
「試練?」
なるほど、願いをかなえるためには試練を乗り越えるという話か。
「勇気を・・・確かめるの」
「うんうん。でもこのあたりには、勇気を確かめるような試練なんてないだろ?」
亞里亞が窓の外を指差す。
その指の先にあるのはジェットコースターだった。

僕はただ一人、ジェットコースターの座席に座る。先頭座席だ。
何両も連なったそれはニ、三十人は乗れるはずだ。
金を出したのはたぶん亞里亞のママンだ。いったい何者なんだろう。石油王か?
意外と死の商人だったりしてね。
・・・。
・・・今のは忘れよう。
僕はしっかりと器具で体を固定し、ジェットコースターの発進を待つ。
亞里亞とじいやさんが手を振りながら僕を見守ってくれていた。

やがて、ジェットコースターのコースを回り終えて僕は亞里亞の待つ場所へ戻ってくる。
ゆっくりと元の場所へ滑り込んでいったときには、僕の髪の毛はすっかり真っ白になっていた。
という感じの気分。
ただ、試練を乗り越えた甲斐はあった。
思いついたのだ。その方法を。
「亞里亞・・・君にホワイトクリスマスをプレゼントしてあげるよ!」
見回しても、亞里亞はいない。
じいやさんも気がついて、周りに視線をめぐらせる。
僕の背後で、ガタゴトとジェットコースターが動き出す音がする。
振り向くと、先頭座席で亞里亞が手を振っていた。

ジェットコースターが戻ってくる。
亞里亞は白目をむき、口から謎の気体を吐き出している。
きれいにセットされていた髪はめちゃくちゃに乱れ、すっかり真っ白になっていた。
という感じの気分。

亞里亞を部屋に連れて行ってベッドに寝かせ、そして僕とじいやさんは相談をはじめる。
「雪を運んできて、あのジェットコースターでばらまこう」
僕が言うと、じいやさんは理解できない様子で聞いてくる。
「ジェットコースターに雪を詰めて動かすわけですか?どさっと雪が吹き飛んでしまうのではありませんか?」
「雪の上に目の細かいネットをかぶせる。少しづつ雪が吹き飛ぶようにするんだ」
この方法なら成功すればジェットコースターのコースの周りに限ってだが、雪を降らせることはできる。
「しかし・・・」
じいやさんはまだ納得がいかないらしい。
「それなら、ヘリから雪を散布した方が広い範囲にわたってばらまけるのでは?」
「あ・・・ああ、その手もある」
「それに、スキー場などで使う機械で雪を降らせるものもありますよ」
「・・・なんであんた、今までそれを言わなかったんだよ」
まあいいや。
なんだ、雪を降らせるのなんて簡単じゃないか。

じいやさんはあちこちに電話して、雪を降らす機械を探す。
一時間ほどで話はついた。すぐにこっちに持ってきてくれるそうだ。
あとは、雪を運んでくるだけ。結構多量に必要になるが、なんとかなるだろう。
輸送ヘリをチャーターするためにじいやさんはまたあちこちに電話をかける。
「あ・・・ヘリはみんな出払っている・・・そうですか・・・」
じいやさんはため息をつきながら受話器を置く。そうか、時期的な問題もあったか・・・
クリスマスということで、輸送網はなにかと需要があるのだろう。
これは意外に難航するかもしれない。
僕も協力して、手分けして探すことにした。
僕は陸路を調べる。輸送用トラックだ。
何件か電話をしてみたが、色よい返事はもらえない。雪が積もっている場所というのが遠すぎるのだ。
富士山の山頂まで行って雪を積んでくるというわけにも行かない。
スキー場を貸し切りにして雪を持ってくるのもこの家の財力では可能だが、なにしろ近くにスキー場がない。
それに道路の渋滞もあるだろう。
陸路ではどうやっても今日中には運んで来れなさそうだ。
となると、あとは空路に期待するしかない。
ヘリはけっこう出払ってるらしいが、あちこちからかき集めればきっとなんとかなる。
いくらなんでも、どこもかしこも予約済みなんてことはないだろう。
電話をかけているじいやさんのはしゃぐ声が聞こえた。こちらに顔を向け、空いている手でOKサインを作る。
そして、勢い込んで受話器の向こうに呼びかける。
「荷物は、雪なんですけど・・・」
受話器の向こうの声が消えた。
やがて、相手の話す声を聞くうち、じいやさんの顔がみるみる青ざめる。
そのまま、何も言わずに受話器を置いた。
受話器を押さえたままの手が震えている。
・・・なにか、不都合があったのだろうか?
「まさか・・・溶ける・・・?」
輸送の間に、雪が溶けてしまう・・・この寒さではそれは考えられない。
じいやさんはうつむいたまま首を振る。
長い沈黙の後、彼女はポツリとつぶやいた。
「・・・雪は・・・重過ぎるんです」
「雪が?」
「・・・雪は基本的には水の塊です。密度の違いもありますから同じものとはいえないですが・・・それを運べるヘリの種類は限られます。そして、今から大型ヘリを大量に用意することは不可能なんです。つまり・・・」
僕は顔からすうっと血がひいていくのを感じる。
「じゃ、じゃあ・・・」
震えながら、苦しそうに声をしぼり出し、答える。
「雪を運ぶことは、できません」

外はもうすっかり真っ暗だった。
僕はお屋敷の玄関前にある階段に座り、ぼんやり空をながめている。
星も月も見えない、暗黒の夜空。
空というものがこんなに僕の心を映し出すものだなんて、思わなかった。
家の中ではパーティーの準備をするにぎやかな声が聞こえる。
きっと、亞里亞はずっと泣いたままだろう。
どんな豪華な食事もお菓子も亞里亞を慰めてはやれないだろう。
僕が抱きしめてあげても、きっと・・・
いや、僕が考えていたことは本当はそうじゃない。
ただ僕は彼女にそれをプレゼントしてあげたかったんだ。
彼女が一番望んでいるものをあげたかった。
そして彼女の喜ぶ顔が見たかったんだ。
亞里亞の笑顔が、見たかったんだ。
それだけなんだ。

僕の後ろでドアがきしる音がした。
振り向かなくてもわかる。そこに立っているのは、僕の大事なかわいい妹だ。
亞里亞は僕に近づきかねているようだった。
僕の後ろ姿、そんなに落ち込んで見えたんだろうか?
きっとそうだろう。
亞里亞を心配させないために、僕は立ち上がって振り向き、彼女の手をとった。
亞里亞の手は暖かいな。
僕の手、冷たいだろう?

頬に冷たいものを感じた。
僕は泣いているのかもしれない。
亞里亞が、何か言ったような気がしたが聞こえなかった。
はっと気づいた、これは涙じゃない。
僕は空を見上げる。
白い、白い物がいくつもいくつも舞い降りている。
白く小さな、空からの贈り物。
降るはずのなかったもの。きっと、神の気まぐれ。
気まぐれの優しい贈り物だ。
僕のために・・・?
・・・亞里亞のために。
亞里亞はかじかんだ僕の手を、小さな両手で包み込む。
「ありがとう・・・兄や」
亞里亞は目を閉じ、僕に寄りかかった。
彼女の髪や肩は雪に白く染まろうとしている。
僕はその雪をそっと払ってやりながら、言う。
「僕じゃない。僕は何もしてないよ」
亞里亞は僕のその言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、ただ
「・・・ありがとう・・・」
と、そうくり返した。

遠い玄関の門の向こうに、車が止まる。
僕がここに来る前に注文しておいた亞里亞へのプレゼントが、ようやく届いたらしい。
じいやさんが僕らの脇を通り、こちらにちらりと微笑を向けて通り過ぎていった。
僕は亞里亞に、僕の本当のプレゼントが届いたことを告げる。
「兄や。兄やは亞里亞のサンタクロースです」
亞里亞は僕の手を離し、じいやを追いかけて門の方へと駆けてゆく。
雪で滑らないといいけど。
僕は亞里亞に言ったあげたかったことがあった。
でもきっと、今の亞里亞には難しくてまだよくわからないだろう。
いつか、亞里亞がもう少し大人になってからにしようと思った。

本当はね、亞里亞。
僕にいつもステキな思い出をプレゼントしてくれている
君が僕の小さなサンタクロースなんだ。

おわり


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