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あやふやなすやすや

作者 野中飛鳥さん


「おにいたま、ヒナとかくれんぼしよう!」

雛子は僕の家の玄関に飛び込んでくるなり、そんなことを言った。
なにもクリスマスにかくれんぼなんかしなくたって。今日は雛子をいろんな楽しいところへ連れて行ってあげる予定だったんだから。
「あのね、おにいたま。クリスマスはかくれるところがあっちもこっちもいーっぱいなの!今度こそはヒナが勝つんだから!」
そう言われて、ついこのあいだ雛子と遊んだかくれんぼのことを思い出した。
頭隠して尻隠さずという状態を生まれてはじめて見ることができた極めて貴重な時間だった。
「ヒナが隠れるからね、おにいたまは10数えてから探しに来てね?見てちゃダメ!」
雛子は両手で僕の眼を隠す。
「おにいたまのあまえんぼさん!目をかくすくらい自分でやらなきゃ!」
「あ、ああ、ごめん・・・」
雛子は玄関を飛び出し、砂煙を巻き上げながら走り去っていった。
今日の雛子は気合の入り方が違う。

雛子の走り去っていた方は、町の商店街の方だ。
中心の広場にある、大きなクリスマスツリー。いっぱいにきらきらと飾り付けられたもみの木は、この町のクリスマスのシンボルだった。
その木の横に、両手に木の枝を掲げて雛子が目を閉じ、立っている。
あれって隠れてることになるんだろうか。
「雛子、見つけた・・・」
僕は雛子の頬に手を伸ばし、その硬質な感触に気づく。
これは・・・マネキンだ?
「うわーい!おにいたま、ひっかかった!」
後ろからの声に慌てて振り向くと、もみの木から雛子が分離した。
服はもみの木と同じ色のものを着て、顔をもみの木と同色に塗り、同化していたのだ。
「ひ、雛子・・・このマネキン、なに・・・?」
「それはヒナが学校の工作の時間につくったんだよ」
タオルで顔をごしごししながら雛子は答える。
最近の工作の時間というのは僕の知らない世界らしい。
「じゃ、おにいたまはみっけられなかったからまた鬼だね。わーい、ヒナ負けないモン!」
雛子は砂煙を巻き上げ、足元の石畳を削りながら走り去っていった。
今日の雛子はなんだかあなどれない。

商店街は赤と緑のクリスマスカラーで染められている。
色とりどりの電飾でライトアップされ、クリスマスの華やかな音楽にいろどられてどこもかしこもにぎやかな人の声でいっぱいだった。
ケーキ屋の前で、クリスマスケーキの販売をしていた。台の上に山と詰まれた大きな箱入りのデコレーションケーキ。
僕は気になって、その中の一つを持ち上げてみた。
箱はなんの重さも感じさせずに持ち上がり、そこにはテーブルの穴から顔だけ出した雛子が隠れていた。
「あれ?おにいたま、なんでわかったの?次は見つからないんだからあ!」
雛子はテーブルの下にもぐりこむと、テーブルクロスをくぐって走り去っていった。砂煙を巻き上げながら。
風圧で雛子のスカートはめくれ、白いパンツがばっちりだが子供だから問題はないだろう。心の病気を持つ一部のおにいたまを除いて。僕は違うがな。
口の端にホイップクリームがついていたけど、もしかして食ったのか?
食ってその箱に隠れたのか?
店員が怖い笑顔で僕をにらんでいる。
だいたい、見つけたんだから今度は雛子が鬼のはずなのに・・・
店員は僕の前に手のひらを差し出し、言った。
「一個三千円、二個で六千円になりまあす」
二個食ったのか。
今日の雛子はなんだか化け物だ。
このお金、本当は鈴凛に援助してやるつもりだったのにな・・・
どちらが有意義だろうと考えると空しくなるのでやめた。

デパートのおもちゃ屋に向かう。以前、雛子が欲しいおもちゃがあるといっていたのを覚えていたからだ。
案の定、雛子はおもちゃ屋にいた。
人形の箱を手にとり、まばたきもせずに真剣にそれを見つめている。
今度はマネキンじゃないよな。いくら雛子でも二体も用意できるとは思えない。
僕は後ろからそっと近づき、雛子の肩に手をかけようとして
いきなり雛子の頭がバネで飛んだ。
「おにいたま、またまたひっかかっちゃった!」
陳列されていた商品がいっせいに崩れ、その後ろに隠れていた本物の雛子が出てくる。
僕は首なし等身大雛子人形を見ながら尋ねる。
「・・・これも工作の時間に作ったものなのか?」
「ううん、これはねえ、外国で作られたものをヒナが注文して取り寄せてもらったんだよ。
カタログで見たとき、ヒナにそっくりだってとってもびっくりしたんだ」
いつのまにかおもちゃ屋の店員が僕の隣で微笑んでいた。
「五万円になります。あと、崩したおもちゃは全部弁償してもらいます」
た、高い・・・そして弁償。
振り向くと、雛子はもういなかった。
この場をしのぐ手段はなにかないものか!
「ぼ、僕の家には僕の稼ぎをあてに待つ十二人の小さな妹がおなかをすかして・・・」
店員の笑顔は凍りついたように動かない。
くっ、ならばこの手でどうだ。
「あ!あんなところにもう一人雛子が!」
店員は慌てて僕の指差す方向を振り向く。
僕は砂煙を巻き上げながら走り去った。
今日の雛子は誰にとっても恐れられる存在になりつつある。

花屋の店先を通りかかる。
僕はなんとなく怪しい匂いを感じた。
いつのまにか四葉病が感染しているのかもしれない。
ガラスのドアを抜け、赤や白や黄色や、色とりどりのクリスマスの花が並んだたくさんの植木鉢の中に
雛子の首が生えているのを発見した。
・・・人形だよな?
そっと声をかけてみる。
「雛子?」
植木鉢の雛子の首はぱっと目を開け
「ああーん、見つかっちゃったよう!」
と言った。
「こんどはゼッタイゼッタイゼーッタイ見つからないんだからね!」
雛子の植木はぴょんぴょん飛び跳ねながら店の奥へと消えた。
今日の雛子は・・・いや、もうなにも言うまい。

そのデパートでは時報とともに時計の下から人形の楽団が現れ、音楽を演奏する。
この時期は人形たちが奏でる音楽は決まってクリスマスソングだった。
三時の合図とともにはじまる音楽に、多くの人が立ち止まって目を向ける。
笛や太鼓やバイオリン、ユーモラスに体を振りながら歩く人形達に混じって雛子がたてぶえを吹いていた。
やがて人形達の演奏は終わり、雛子もいっしょに時計の下に戻っていく。
いったい雛子はなにがしたかったんだろう。

スクランブル交差点の前にある巨大なスクリーンには、クリスマスらしいサンタやトナカイのかわいい絵が次々に現れ、消える。
やがて、画面いっぱいに雛子の顔が映し出され、ぴょこぴょこと手を振っている。
画面の下に字幕が流れる。
「おにいたま、ダイダイダーイ好き!」
あれはかくれんぼではないな。雛子は妙な特殊能力の持ち主のようだ。

お菓子屋の店先に、お菓子の詰まった赤いブーツがたくさんかけられている。
そのなかのひとつのブーツから飛び出している子供のものらしき腕が雛子だったら怖いので無視することにした。
雛子じゃなくても怖いけど。

商店街を歩き回り、雛子を探す。
何度も見つけたりだまされたりをくりかえし、僕はもうすっかりへとへとだ。
そこで、僕のほうからこう提案する。
「次で終わりにしよう、雛子」
雛子はシャンデリアに逆さにぶら下がってゆらゆらゆられながら、
「うーん、それじゃ最後はとっておきのところにかくれるからね!」
そう言って天井裏に姿を消した。

最後か。
なんだか疲れる日だったけど、もう最後となるとちょっと寂しい気もする。
いったい雛子は最後はどこに隠れるつもりなんだろう。
とっておきの場所だと言っていた。
それに今までの傾向からして、おそらくクリスマス関係のアイテムにもぐりこむことになるだろう。
なにがあるだろうか・・・
目を上げると、それを見つけた。
クリスマスの宣伝のためにどこかの店が用意した、巨大なサンタのバルーン。
その頭に結ばれた、不似合いな黄色いリボン。
僕はそれを指差し、小さな声でこうつぶやいた。
「雛子、見つけた」

バルーンは大きな破裂音をたててはじけ飛んだ。
そのバルーンの中に入っていた何人何十人もの雛子が次々と落下してくる。
「おにいたま!おにいたま!おにいたま!」
たちまち僕の周りは雛子で埋めつくされた。
僕の手を引っ張り、袖を引っ張り、ズボンを引っ張り、肩車をせがみ、果ては泣き出す雛子もいる。
「おにいたま!ダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダーイ好き!」
ひらひらと、僕の頭の上にサンタの巨大な黄色いリボンが降りてくる。
どうなってるんだろう、これは。
千影の魔術で分裂したのか?
鈴凛の機械が暴走したのか?
白雪の料理が作用したのか?
それとも、夢オチか?

僕が目覚めると、自分の部屋の布団の中だった。
夢オチかよ・・・
布団をめくり、枕もとの時計で時間と日付を確認する。
今日はこれから来る雛子と一日中過ごす予定だ。
まあ、終わってみればそう悪くもない夢だった。
僕の大好きな雛子と1日余計にクリスマスを過ごせたようなものだったんだから。

ふと、自分の手に握られているものに気づいた。
なんだろう、この布。
細くて、長くて、すべすべしてて、黄色くて・・・
布と言うより、巨大な黄色いリボンだ。
まるで、あのサンタのバルーンがしていたもののような。
玄関先でチャイムがなる。
僕が出て行くと、そこにいたのは頬を上気させた雛子だった。

「おにいたま、ヒナとかくれんぼしよう!」

雛子は砂煙を巻き上げながら走り去った。

おわり


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