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「そろそろ・・・帰ろうかな・・・」
季節は冬。年の瀬もせまった12月の半ば。雑踏を行き交う人々は忙しなく足早に家路を急いでいる。
街はすっかり冬の様相を示し、2日前にはこの時期異例の初雪を迎えた。その名残が、街路樹に、公園に、庭先に、未だ微かに白い足跡を残している。
クリスマスまで後少し。街はすっかりイルミネーションで彩られ、道行く人々の目を楽しませている。その彩色に先日の雪が彩りを添え、街はもはやクリスマスムード一色だった。通りを歩けば、どこからともなく聞えてくるクリスマスソング。
少女は一人、ショッピングモールの一角にあるカフェの2階から、黙って外を眺めていた。
時計は、とうに夜の9時を回っている。
クリスマスイルミネーションに彩られた街の色彩は夜の帳に包まれて、鮮やかに幻想的な雰囲気を醸し出していた。クリスマスソングがそれに一層、花を添える。
だけど、今の少女には、それがやけに耳障りに感じられた。
I wish
作者 夏希さん
少女の足元には、様々なショップの袋が無造作に置かれていた。MIUMIUにZucca、COMMEdesGARCONSと、本日の戦利品と言ったところだろうか。しかし、どうにも少女の表情は浮かない。カフェからはモール全体と、イルミネーションに彩られた港が一望できた。本来ならばその幻想的な雰囲気は誰の目にも喜びとクリスマスへの期待を与えるはずだが、少女の目には、それが酷く、虚しいものに映っていた。
「去年は・・・一緒に見に来たのに・・・。 ・・・1人で見たってつまんないよ・・・」
ポツリと呟く。彼女の呟きはざわめきに飲まれて、誰の耳へも届かない。
「・・・帰ろう・・・」
1つため息を吐いた後、手早く荷物をまとめて帰り支度を整える。窓越しに見える景色は、何一つ去年と変わっていなかった。ただ1つだけ違うのは、隣に居てくれる筈の人物が居ない事だけ。
「・・・何よ・・・別にクリスマスなんか・・・・」
少女は、窓越しの景色に別れを告げると、さっさとカフェを後にした。
外は木枯し、凍てつくような寒さ。マフラーをきつく巻きなおし、コートの前をしっかりとしめて足早に駅へと向かう。吹き荒ぶ風が容赦なく彼女の長髪を弄る。途中、何組もの腕を組んだカップルとすれ違った。
通りを行き交う人波、幻想的な光に包まれた街並み。それだけで十分、絵になる光景。
去年は、この同じ道を二人で、イルミネーションに見惚れながら、まるで恋人同士の様に寄り添って歩いた。北風が身に凍みる。すれ違うカップルを無意識のうちに目で追ってしまう。
思わず傍と足を止めた。
今来た道を振り返る。
記憶の中と同じ情景。そしてここにある現実。
遠ざかって行くカップルに、かつての「自分達」の姿が重なって見えた。
「・・・バカみたい・・・」
一瞬フィードバックしかけた記憶を振り払うかのように、小さく頭を振って再び向き直ると、小走りに駅へと駆けていった。
休日の夜、電車は思いの外空いていた。乗車口のすぐ傍に立ち、窓から流れ行く風景を見つめる。夜景が綺麗だった。不意に、窓に映った自分の姿に目が止まる。街の華やかなイルミネーションとは対照的に、自分の姿が酷く惨めなような気がして、なんだか悲しくなってくる。
何気なく電車の中を見回すと、クリスマスの支度か大きなプレゼントを抱えた親子連れや、嬉しそうにに寄り添うカップルの姿ばかりが目に付いた。皆、幸せそうだった。幾つものショップの袋を抱えた自分は、他人の目にどう映っているのだろうか、なんて事を考えるとなんだか可笑しくなってくる。
少女は少し自嘲気味に笑った。そう考えると、人が本当に幸せかどうかなんて、当事者にでもなってみない限り誰にも解らない事、そして他人にはそんな事を知る必要も無いという結論に嫌でも行き着いてしまう。
車窓から望む夜景を見ながら、そんな取り留めも無い事を考えていた。
「ただいま・・・」
返事はない。静まり返った室内。リビングの明かりは消えていて、部屋の中は外と大差ない位寒かった。
誰も、居ない。両親はこの時期残業で真夜中にならないと帰ってこない。高台の高級住宅街の一角。そこに彼女の自宅はあった。仕事で留守がちの両親だったけれど、少女はそれを寂しいと思ったことは無かった。何よりも、両親は自分のことをとても大切に思ってくれていることを知っていたし、それに、大好きな人がいつも傍に居てくれたからだ。
「おお、咲耶、遅かったな、オカエリ」
・・・その声を期待して帰ってきたのに・・・。
薄暗いリビングには無機質に時計が時を刻む音だけが流れ、室内は無音で耳が痛くなるような、そんな錯覚さえ覚える。言い様の無い寂しさ。
電気も点けず、買った荷物を無造作に床に置く。
コートをハンガーにかけ、マフラーとバックを外してリビングのソファーにゆっくりと腰をおろす。
空虚な空間。異常に広く感じられる室内。1人で過ごすには広すぎる部屋。
廊下の灯りが妙に眩しい。リビングのソファーに腰掛けてゆっくりと目を閉じると、意識も心も、総て闇に溶け込むような気がして妙に心地よかった。
時計はなおも無機質に時を刻みつづける。
私は昔と何も変わっていないのに。
・・・いつのまにこんなに、不器用になってしまったんだろう・・・
「・・・クリスマス・・・かぁ・・・」
一人そう呟きながら、今日買ってきたショップの袋の中から、他の袋よりも一回り小さいGARCONSの袋を取り出す。袋の中には、綺麗にラッピングされた小さな包みが1つ。
クリスマスは咲耶と兄にとって、「クリスマス」という意味合い以上に一番大切な年中行事でもあった。
「咲耶の誕生日はクリスマスとセットでやろう」
兄の何気ない一言で始まった、昔からの、兄との約束。サンタクロースが持ってきてくれるプレゼントより、兄が毎年自分の為に用意してくれるプレゼントが楽しみで仕方がなかった。サンタクロースが咲耶の所に来なくなっても、毎年24日には必ず、兄が何らかの企てで毎回咲耶を喜ばせてくれていた。
一年で一番楽しみで幸せな時間。
しかし、今年は違った。今年は、というよりも随分前から、その予兆は現れていたように思う。兄が大学生になり、二人で過ごす時間は次第に減って・・・。
何時の頃からか、顔を合わせても素直に想いが伝えられなくなってしまった。それよりも、どこか避けられているんじゃないか、そんな気さえしてしまう。
「・・・私・・・何を期待してるんだろう・・・。一緒に・・・過ごせるかどうかさえ解らないのに・・・」
小さな包みに視線を落としながら、咲耶が呟く。
その時不意に、玄関のほうから物音がした。
咲耶は慌てて、小さな包みを袋に戻し、他の洋服が入っている袋へと押し込んだ。
足音が近づいてくる。
廊下からリビングを覗く黒い人影。
・・・案の定、兄だった。
「何だ・・・咲耶も今帰ってきた所だったのか?」
明かりも付いていない薄暗い室内で、ばたばたと忙しなくショッピングバックを纏める咲耶を見て兄が尋ねた。黒のロングコートに身を包んだ兄。逆光で表情はよく見えないものの、こうして見ると、なんだか随分大人っぽくなったような気がする。昔は大して背丈も変わらなかった筈なのに・・・時間の経過とは時に残酷なものだ。物理的な距離だけでなく、心の距離さえも引き離されてしまったように感じる。
・・・それとも、お兄様は、自分から私を置いて、先にいってしまったんだろうか・・・
咲耶は慌てて荷物をまとめると、出来るだけ自然に振舞うように意識しながら、ゆっくりと兄の方へと向きなおる。
「そ、そうよお兄様、私も丁度、今帰ってきた所なの・・・バイト・・・お疲れ様・・・」
「おう・・・お前もあんまり遅くまで出歩いたりするなよ」
それだけ言って、そのまま自室へ向かおうとする兄を咲耶が呼び止める。
「ちょっとまってお兄様!えっと・・・その・・・あの、暇な日って・・・」
「・・・残念ながら、ずーっと24日までバイトだよ」
兄は振り返りもしないで、さも気だるそうにそれだけ言うと階段を上がっていった。
1人取り残されたリビング。
素っ気無い兄の態度。
昔はこんな事なかったのに。
気が付けば小さな隙間は大きな亀裂へと広がっていた。
もっと早くに伝えたい事を伝えていたら、こんな事にはならなかったのだろうか。
・・・・何よ、何よ!!お兄様の・・・お兄様の・・・ばかぁ・・・
自然と涙が溢れる。
・・・お兄様は・・・もう、私のこと・・・嫌になったの?
薄暗いリビングの中、咲耶は一人立ち尽くしていた。
クリスマス当日。
朝から澄みきった抜けるような青空。とてもホワイトクリスマスが期待できる天気ではなかったが、今の咲耶にはこっちの方が嬉しかった。
昼間は友達とカラオケや買い物で時間を潰し、それなりにいい気分転換だった。
夕方、一人家に戻ってとりたててする事もなく。
とはいえ兄を待つにせよ、何もせずに1人で居るのは辛すぎる。
「・・・お料理でも・・・作ろうかな・・・もしかしたら、お兄様・・・早く帰ってくるかもしれないし・・・」
・・・もしかしたら、今日位は早く帰ってきてくれるかもしれない・・・
何もしないでこの部屋にいると、なんだか不安に押しつぶされてしまいそうになる。
・・・ちょっとくらい・・・期待したって罰はあたらないわよね?
淡い期待に胸を膨らませ、せっせと支度を始めた。もともと料理はそんなに得意なほうではないが、兄の為に随分練習したものだ。特に、ケーキ作りに関しては料理の中でも一番の自信がある。今から始めれば、兄が帰ってくる頃には丁度終わる筈だ。
・・・始めてからどの位の時間が経っただろう。
準備は万端、ダイニングテーブルの上には、豪華なクリスマスディナーが並べられていた。
「ふふっ、ちょっと頑張り過ぎたかな?お兄様・・・喜んでくれるかな・・・」
テーブルの上に並べられた料理を見て、咲耶はちょっと寂しそうに微笑んだ。不意に、去年のクリスマスが思い浮かぶ。
・・・二人で料理を作って、街のイルミネーションを見に行って・・・
「・・・もう・・・私の事・・・嫌いになっちゃったのかな・・・そんなの・・・嫌だよ・・・」
やせ我慢したって隠し切れない想い。本当は不安に押しつぶされそうで・・・かと言って兄の真意を聞く勇気もなく。ただ、期待して待っているだけ。
「・・・それじゃ、ダメなんだよね・・・」
何かを決心したように、咲耶は小さく頷いた。
「・・・遅いな・・・どうしたんだろう・・・」
TVのボリュームを落とした静かなリビングでは、音楽番組をBGM代わりに、カチカチと時計が時を刻む音だけが室内に響いていた。ふと目をやると、時計はすでに11時半を指している。いつもならとっくに帰ってきてもいい時間の筈だ。
なんとなく嫌な予感に駆られて携帯に電話してみる。
「・・・・?」
咲耶が電話をかけた途端、何故か玄関のほうで着信メロディが鳴り響く。
不思議に思って玄関まで行って思わず拍子抜けした。暗がりの中、玄関の隅で兄の携帯が寂しく着信メロディを奏でながら、ぴかぴかと点滅している。
「ったく・・・お兄様って大事な所でぬけてるわよね・・・」
咲耶が電話を切ると、着信メロディはぴたりとやんで、辺りはしんと静かになった。咲耶は溜息をついて兄の携帯を手に取ると、またリビングへと戻っていった。
兄の携帯がここにある以上、兄から電話がかかってくる事は間違いなく、ない。
もしかしたら、何かあったのだろうか。こういう場合、何故か考えは悪い方へ悪い方へと傾いてしまう。
何かをして気を紛らわそうにも、TVは退屈なプログラムばかりだし料理の支度はとっくに済んでしまっている。
・・・準備は万端、後は兄が帰ってくるのを待つばかりだというのに・・・。
何気なくリビングのブラインドの間に指をはさみ、隙間からちょっと外をのぞいて愕然とした。
雪だ。天気予報では、雪が降るなどとは一言も言っていなかったのに・・・庭はすっかりと白いベールに包まれていた。天から舞い落ちる雪は風に弄られ、ブラインドから望む景色はまるで、TVの中の東北のお天気中継さながらの様相を呈している。
咲耶は手早く支度を済ませると、この前買ったGARCONSの小さな袋と、傘を2本持って玄関を飛び出した。
外は吹雪の様に木枯しに乗って、大粒の雪が舞い散っていた。家の中から見るのと、実際に外で体感するのとは大違い、お世辞にもホワイトクリスマスなんて流暢な言葉は似合わない。
家の門を一歩外へ出ると、雪が礫の様に進行の妨げとなり、まるで兄と自分を無理やりにでも引き離そうとする障害の様にも感じられた。白い悪魔は視界を妨げ行く手を阻み、なんとしてでも咲耶を駅へと辿り着かせないつもりらしい。
咲耶は勢い良く門を閉めると、きっと天を睨んでからゆっくりと1つ大きな溜息をついた。
「っと・・・もぉ・・・なんで今年はこんなについてないのよ!!」
天気に私情の怒りも序にぶつけて、小走りに駅へと駆けて行った。
駅は、人でごった返していた。予想外の雪は人々に喜びを与えると同時に、大きな混乱も与えていた。路線によっては随分ダイヤが乱れているところもあるようで、ホームのあちこちで駅員と揉めている人の姿が目に付く。
きょろきょろと辺りを見回したところで、果たして何処に兄が居るのかなんて到底見当もつかない。もしかしたらまだ駅に着いていないのかもしれないし、ましてや行き違いになる可能性だってありえるというのに・・・。
電車は随分と遅れている様だった。勢いだけでここへ着てしまった自分にちょっと後悔したが、なんだか随分と気が楽になったような気がする。
改札の出口の外、丁度ホームがよく見える柱によりかかり、行き交う人波を眺めていた。
電車が来る度に押し寄せる降車する人々の群。
兄の姿は何処にも無い。
何度同じ事を繰り返しただろう・・・迎えの人達も一人、二人と次第に減って・・・ついには咲耶一人になってしまった。
雪絶えることなく深々と降り積もる。
手は悴んで凍るように冷たい。
時計を見ると、もう12時半ばを過ぎていた。
「雪による到着時刻の遅れを・・・大変ご迷惑をお掛けしました・・・次に到着する電車は、下り線最終電車と・・・」
無情にも、終電を告げるアナウンスが駅構内に響き渡る。咲耶は弾かれたように顔を上げた。
・・・恐らく・・・兄はこの電車に乗って帰ってくるはずだ・・・。
到着した電車から、沢山の人が降りてくる。終電の割には随分な数。改札を抜ける人の列を何度も何度も確認する。
・・・違う、違う・・・絶対に乗っていない筈なんかないんだから・・・
だけど・・・そんな期待は無情にも裏切られて・・・結局、兄はその電車から降りては来なかった。
誰も居なくなった駅。閑散とした構内で、駅員さん達が忙しなくホームを閉める支度をしている。きっとここで逢える筈、それだけを頼りにここで待ちつづけた咲耶にとって、あまりのもこの現実は無情なほどに残酷だった。
もう電車は来ないと解っていても、どうしてもその場から離れる事が出来ない。
・・・もしかしたら・・・まだ駅の中に居るのかもしれない、もうすぐ改札を抜けて来るのかもしれない・・・
不意にホームの電気がぱっと消えた。途端に辺りは闇に包まれる。その瞬間、現実に引き戻されたかのような錯覚を覚え、急に切なさに押しつぶされそうになる。なんだか泣き出してしまいそうなのを必死にこらえながら、淡い期待を振り払うかのように、咲耶は一つ、大きく深呼吸した。
諦めて帰ろうと、駅を出た瞬間。通りの反対側から、不意に懐かしい声。
「おい・・・咲耶?」
顔を上げると、通りを挟んだ向かい側には・・・あれほど切に待ち望んだ、黒いコートの見慣れた人影。
「あ・・・おにい・・・さま・・・? ・・・お兄様・・・」
兄は、ちょっと困ったような顔をしながら、笑っていた。なんだか久しぶりに兄の笑顔を見た様な気がして・・・不覚にも泣けてきてしまった。そんな咲耶の元へ、兄が足早に走りよる。
「・・・迎えにきてくれてたんだ・・・ごめんな、俺、今日こそ早く帰ろうと思って・・・電車遅れてたからタクシー使って・・・家にも居ないから、もしかしたらと思って・・・」
兄は、息を切らせて、顔を紅潮させていた。きっと心配して走ってきてくれたんだろう。なんだか、それだけで胸が一杯になってくる。
「そんなことどうでもいいの・・・心配したんだから・・・良かった・・・」
「・・・ごめん、咲耶・・・」
そう言って、兄は優しく咲耶の頭を撫でた。
久しぶりに優しい兄の声を聞いたような気がする。気が付くと、さっきは吹雪のように荒んでいた雪も、今ではぱらぱらと舞う粉雪のように優しく降っていた。
「もう、傘いらないかな?」
兄は、にっこりと笑った。いつもの笑顔。大好きな兄の笑顔。
「・・・」
涙を堪えるのに必死で、だけどそんな顔を見られるのが恥ずかしくて、思わず俯いて兄のコートの袖をぎゅっと掴んだ。伏目がちに兄の顔をこっそり盗み見してみると、こちらの気持ちなんてすっかりお見通しなのか、優しく微笑む兄の顔。
咲耶は何も言えなくなって、コートの袖をぎゅっと掴んだまま、また俯いてしまった。
兄は、そんな妹の可愛い仕草を嬉しそうに眺めながら、と突然、何かを思い出したようにほくそえんで、ゆっくりと咲耶の手を握る。
「そうだ・・・咲耶・・・見せたいものがあるんだ・・・」
兄はそう言って咲耶の手を引きながら、家とは全く反対の方向へと歩き出した。
「な、何?お兄様・・・何処へ行くの??」
急に手を握られて思わずしどろもどろの咲耶。昔と変わらない二人。だけど、返ってそれが久しぶりすぎて、照れを隠すのに必死だった。
「いいからいいから、黙って俺についてきなさいって」
雪で真っ白に染まった歩道を、兄は咲耶の手を引いてずんずんと歩いた。
本当は、色々と聞きたい事や話したい事が沢山あった筈なのに、上手い言葉が見つからない。
優しく粉雪が舞い散る中、兄に手を引かれてひたすら歩く。
兄の手が驚くほど暖かかった。
気が付くと、住宅街を抜けて港と街が一望できる、高台の外れの小さな公園に辿り着いた。住宅街の中にある、なんてことのない小さな公園。公園の一角、ちょっと張り出した見晴らしのいい小高い丘。
そして、そこから望む景色は・・・
「何ここ・・・すごーい・・・綺麗・・・」
高台から望むその景色から瞳に映るものは、住宅街と遥か彼方に望む海、そして海を二つに分けるように真っ直ぐに伸びたベイブリッジだけだったが、住宅街は様々な電飾で鮮やかに彩られていた。鮮やかな住宅街の色彩とは対照的な漆黒の海が更にその情景を浮かび上がらせて、ベイブリッジの電飾もそれに花を添えている。
ふと隣に立つ兄の方に視線をやると、兄は、景色ではなく咲耶を見ていた。兄の視線が今までの自分に注がれていたのに気が付いて、なんだか急に気恥ずかしくなってしまう
見慣れた街並みがこんなに鮮やかな情景に姿を変えるなんて・・・それは、嘗て見たショッピングモールのイルミネーションにも負けないくらいに、いや、むしろそれ以上に綺麗に見えた。
「・・・派手さは欠けるけど・・・ちょっとクリスマス気分でたかな?」
兄は、ゆっくりと言葉を続けた。
「咲耶・・・すまなかった・・・俺、お前に謝らなくちゃいけない・・・一方的に冷たくしちゃって・・・本当は・・・そんなつもりなくて・・・。」
「・・・お兄様・・・?いいのよ、そんな事もうどうでもいいの・・・」
そう言って兄の言葉を遮るように、咲耶は兄の肩にもたれかかった。そんな咲耶を少し寂しそうに見つめながら、更に兄は言葉を続ける。
「いや・・・そのままでいいから・・・聞いてほしい・・・。あのね、俺さ・・・正直、解らないんだよ・・・」
「・・・お兄様?」
「自分でも、お前の事どう見ているのかわからない・・・いや、どう見たら良いのか解らないのかもしれない・・・そりゃ、もちろんお前は俺の大切な妹だけど・・・だけどそれ以上に・・・。だから、自分の中で、一度・・・ちゃんと気持ちをまとめたかった・・・でも・・・人の気持ちって、そんな単純じゃないんだよな・・・まとめようとしてまとめられるものじゃないんだよな・・・」
兄は、まるで独り言のようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。咲耶の瞳に映る兄の横顔は、今まで一度も見たことが無いほど真剣で、だけどどこかもの悲しそうに見えた。
雪はもうすっかりやんでしまっていて、空には綺麗な月が浮かんでいる。街のイルミネーションは白く染まり、空の色と海の色が地平線で混ざり合ってそれは、どこまでも際限なく続く幻想的な光景のように思えた。隣に感じる兄の体温が暖かい。
「俺ね・・・だけど、1つだけちゃんと解ったことがあるんだ・・・これだけははっきりと解った事がある・・・」
不意に遠くを見ていた兄の視線が咲耶に注がれる。兄の横顔を黙ってみていた咲耶は、急に目があった事に吃驚して、思わず目をそらした。
そんな咲耶を見て、兄が声をあげて笑った。恥ずかしそうな咲耶を愛しそうに見つめる兄。
「俺・・・お前が笑っている顔が一番好きだよ・・・お前が嬉しそうにしていてくれるなら俺も嬉しい・・・それだけで十分だなって思ったんだ・・・」
兄はゆっくりと咲耶を自分の方へ向き直らせると、コートの懐に手を入れて、そこから何か小さな包みを取り出した。兄の手のひらに丁度乗る位の小さな包み。ピンク色の可愛いリボンがかけてある。
「はい・・・遅くなってごめんなさい。毎年恒例の・・・お誕生日兼クリスマスプレゼント。・・・おめでと、咲耶・・・」
そう言って小さな包みを咲耶に渡した。突然の出来事でぼーっとしている咲耶をさも可笑しそうに見ていた兄は、咲耶の手の手を取り、包みを手の中に握らせる。
「え・・・っと、あ、あ、ありがとうお兄様・・・開けてみて・・・いい?」
「どうぞ♪」
ゆっくりと慎重にリボンをほどく。包装紙を丁寧に外すと、現れたのは小さなケース。蓋を開けると、中には白銀に輝く華奢なブレスレットが入っていた。
「こ・・・これ・・・か、Cartierの・・・ラブブレスじゃあ・・・」
「一年前のクリスマスに・・・咲耶が冗談で欲しいって言ってたよね・・・もう、そろそろお前も大人だし・・・ちゃんとしたのつけてもいいかなって・・・。ほら、けっこうするもんだからさぁ、それ、だからバイトも忙しくなっちゃうし・・・って・・・咲耶?」
笑いながら話していた兄の顔がふと真顔になる。咲耶はブレスレットの入った小箱を抱えたまま、俯いて泣いていた。
「お兄様のバカ!私はこんな・・・高いモノじゃなくて・・・ただお兄様が傍に居てくれればそれだけでいいのに!!隣に居てくれるなら・・・それだけで十分なんだから・・・なのに、なのに・・・」
最後の方は言葉にならなかった。言葉を遮るように、兄が咲耶を抱きしめた。
「・・・ごめんなさい、反省してます・・・。・・・じゃあ、それイラナイ?」
暫しの沈黙。小さく震えていた咲耶の肩が、ぴくん、と一瞬動きを止める。
「・・・いる」
顔を上げずに、兄の胸の中で小さく咲耶が呟いた。無言で胸の中の咲耶を見つめる兄。
・・・その後、二人は声をあげて笑った。静かな公園に二人の笑い声が響き渡る。
「じゃあ、つけてあげますよ、お姫様」
兄は咲耶の右手をすっと手にとると、軽く口づけしてその華奢な手首にゆっくりとブレスをはめた。まるで咲耶の為に誂えた物のように、デザインもサイズもぴったりだった。
「・・・お兄様・・・」
手首に馴染んだようにしっくりと収まっているブレスレットを天にかざすように、咲耶は右手を仰ぎ見た。ブレスレットは月光に照らされて、鈍く銀色に光り輝いている。
「ありがとう、お兄様・・・そうだ、お兄様にこれは私から・・・プレゼントよ♪」
そう言うと咲耶はGARCONSの小さな紙袋を兄へ差し出した。中身は黒い革張りの財布。
「そんなに高いものじゃないんだけど・・・お兄様に似合うかなぁって・・・」
笑顔の咲耶。兄は咲耶を引き寄せると、後ろから抱きかかえるような姿勢で咲耶をきつく抱きしめた。
「ち・・・ちょっと・・・お、お兄様・・・」
兄は、何も言わなかった。
背中に兄の体温を感じる。
このまま時間が止まってしまえばいいと、願わずにはいられなかった。
ゆっくりと目を閉じてみると、背中を通して兄の鼓動が伝わってくる。兄が自分を抱きしめている手に自分の手をそっと重ねた。
・・・兄妹じゃなければよかったのに、と何度も願った。
だけど、兄妹じゃなかったらもしかしたら出会うことさえ叶わなかったのかもしれない・・・。
「・・・私・・・このまま・・・死んでもいいわ・・・」
不意に、口をついて出た言葉。嘘でもなんでもない・・・今、感じている真実。
「!? な、なんだよ咲耶・・・急に・・・」
びっくりした兄が声を上げる。後ろから、覗き込むように咲耶の顔を見つめる。
目を閉じたまま、ゆっくりと咲耶が言葉を紡ぐ。
「私・・・お兄様が傍に居てくれるのなら・・・もう他に何も要らないもの・・・」
「・・・咲耶・・・」
兄は黙ってそのまま、咲耶を抱きしめた。咲耶も黙って、そのまま兄に体重をあずけた。
幻想的な風景に溶け込む様に2人は、そのまま寄り添いお互いの温もりを確かめる。
・・・まるで遠い昔からの、恋人同士であるかの様に・・・。
咲耶の右手には、白銀のブレスレットが鈍く光り輝いていた。
☆あとがき☆
初めての合同クリスマス企画という事で参加させて頂いたのですが、こうして読み返してみると、全然合同の意味がないですね・・・ゴメンナサイ(涙
プロローグを頂くのが遅かったもので、予め書いておいた原文と上手くかみ合わせることが出来ずに結局こんな稚拙な文章になってしまいました。それと・・・異常なまでに長くなってしまいました、申し訳ありません・・・(T_T)
これでも随分削ったのですが・・・時間の都合もあり、無理やり縮めてしまった所もあり、少々心残りです。ここまで読んで下さった方、本当にお疲れ様でした。時間があればもうちょっと煮詰めて綺麗な文章に出来たかもしれないのですが・・・こんな駄文で申し訳ないです、機会があったら、もう一度完全版としてきちんと書き直ししたい位です(^_^;)
ご意見ご感想、苦情等なんでも受け付けています。次の作品のフィードバックさせて行きますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
夏希さんへの感想はこちら
na_tuki@mail.goo.ne.jp
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