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 あ〜あ、今日も注意されちゃったな……。
 太陽が完全に隠れてしまった空の下、少女は浮かない表情で歩いていた。
 いつもは愛くるしいであろう、その顔も今は曇りがちで魅力が半減されている。
 等間隔の電灯が照らすものは少女と木だけ。
 一見すると永遠にこの道が続いていくのではないかというほど、整然とした光景である。
「はぁ……」
 少女はもう何度目かのため息をついた。
 こんなことで本当に本番まで間に合うのかなぁ。先生は悪いところはないって言ってはくれるけど……。
「あれ?」
 少女は止まった。
 どれだけ歩いたのだろう、少女にとって見覚えのない道に来ていた。
 いや、違う。
 見覚えはあった。ただ、それは昼間の時点であって夜ではなかった。
「そっか、通り過ぎちゃったんだ。おバカさんだなぁ」
 ますます落ち込んで、下を向く。情けないと気持ちが下降していく。
 振り返って、帰路につこうとしたとき、
 リン――。
「え?」
 顔をあげてあたりを見回す。
 しかしそこには少女と並木道、そして小さな公園しかなかった。
「でも、確かに今……」
 リン――。
 また聞こえた!
 その音は公園の中からだった。
 全体を見て、それから視線を砂場に固定する。そこには黄色い鈴があった。
 そして、
 夜の闇にまぎれて消えてしまいそうな黒猫が、そこにいた。

 これが、少女――可憐と、黒猫――クロとの出会いである。
 そして少年も出会い、数日が過ぎ、
 やがて物語は急激な加速を始めていく。

 


未来なんてない
第一話 黒猫と少女

作者 窓拭きさん



「遅い……」 
 どこか幼さの残る少年は、家の中で一人そうつぶやいた。
 現時刻は八時二十分。
 一般の中学生が帰る時刻としてはそう遅い時間ではないかもしれない。
 しかし、少年の待つ少女は寄り道などはせず、ほぼ八時前には帰ってきていたのだ。
 ピアノのレッスンが長引く時は必ず電話が入るはずなのだが……。
 こんなことは初めての経験であった。
「まさか、事故にでもあったんじゃぁ……」
 かん高いブレーキの音が脳裏をよぎる。
 慌てて彼は首を振る。
 まさかね、そんなことあるはずないさ、うん。
 一人腕組みをして納得するよう何度もうなずく。
 ふと、彼の視界に食卓の様子が映る。
 もう、料理は大分冷めてしまっているようで、正直美味しそうとは思えなくなってしまっていた。
 妹の可憐はよく食べる。
 しかし、その割には小柄なのだが彼自身170センチもない体格なので遺伝なのかもしれない。
「いや、それはないか」
 彼の父親は小柄であったが、可憐の母親は182というかなりの長身な人だった。
 そう、彼らは再婚の連れ子同士というわけなのである。
 幼いころ、互いの親に手を引かれ満足な自己紹介も出来なかった。
 ふと、少年は昔のことを思い出しかけ……
「ただいま」
「うわっ!」
 気が付くと少年の後ろには、帰りを待っていた妹がいた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
 兄のリアクションに可憐は目を丸くする。
 彼は苦笑してごまかすようにご飯を勧めた。
 可憐は完全に納得はしていなかったが、席に着くと元気良く、ただし行儀良く箸を動かす。いつもどおりである。
 その様子に、彼は時刻どおり帰ってこなかった理由を聞けずに、たわいのない話を振って団欒の時を過ごしていた。
 また、可憐の口から遅くなった理由が話されることもなかった。

 
「こんばんは、クロちゃん」
 可憐はしゃがんで黒猫の頭をなでた。
 昨日の今日。ピアノのレッスンの帰りである。
 今日は自分の意思で、この公園まで来ていた。
「気に入ってくれたかな? クロっていうのあなたの名前だよ。どうかな?」
 黒猫は可憐になでられるまま、動かずにいる。
「……やっぱり単純だったのかなぁ」
 自分ではいいと思っていた名前に自信をなくしかける。
「ぇ?」
 黒猫は可憐の手から離れ、顔を伸ばし彼女の頬をなめた。
 少しざらっとして、しかし心地よい暖かさだった。
 それきり、黒猫は背筋をピンと伸ばし無表情で可憐の目を見つめている。
 可憐は驚いて、ぼーっとしていた。
 途端、満面の笑みをこぼし、黒猫を抱き上げた。
「……えへへ」
 可憐の行動に、黒猫――クロは取り立てて反応らしい反応もせず、なすがままにされている。
 可憐は小さな三人用のベンチに座ると、クロをひざの上に乗せまたゆっくりと頭をなではじめた。
「ねぇクロ、可憐の話聞いてくれる?」
 クロは今度は撫でている指先をなめた。
 そして再び可憐の目をじっと見つめた。
 可憐にはそれが、クロの肯定の態度であるように思えた。
 気が付くと自然と言葉が紡がれていた。
「可憐ね、ピアノ習ってるんだ。小さいころからずっと習っててね。それで今度発表会があるの」
 クロは黙して、時が止まったように静止していた。
「今までも何回か発表会は出たことがあるんだけど、今度のはちょっと大事なものなんだ。音楽学校の先生が何人も招待される権威ある会なんだって。だから立派に弾いて、先生に認められればその学校に進学できるんだよ」
 少し興奮したように可憐が語る。
 が、すぐにトーンは下がり、
「でもね、可憐のピアノは今のままじゃダメなんだって。ううん、ダメってことはないけど、認められるのは難しいってね、可憐が教わってる先生には言われちゃうんだ。ねぇ、クロ。可憐何がダメなのかなぁ」
 尋ねるが答えはない。
「……そうだよね、クロにはわからないよね、ごめんねヘンなこと聞いちゃって」
 可憐は目を瞑り、一つため息を漏らす。
「この曲を弾くって決めた時、今の可憐にはぴったりだと思ったんだ。もうすぐ高校進学なのに、行きたいところが決められなくて、うじうじ悩んでる可憐にはお似合いだって。可憐ってね、本当におバカさんなんだよ。自分で決めなきゃいけないのに、昨日もお兄ちゃんに相談しようと思ってたんだ。可憐、初めてだったの、寄り道して家に帰ったのって。だから……あ、」
 ふと、公園にある時計が目に入る。
 短い針は八から九へと近づいているようだった。
「ごめんね、可憐もう行かなくちゃ。昨日だってお兄ちゃん、心配してくれてたかもしれないからね」
 クロをひざの上からベンチに下ろすと、優しくなでた。
「いろいろ聞いてくれてありがとね。……また、聞いてもらってもいいかな?」
 可憐の不安げな表情。
 その視線をしっかり受けてから、クロはまた一度だけ可憐の指をなめた。
 ぱぁっと、可憐の表情が明るくなる。
「えへへ、ありがとう。クロ大好き」
 なぜかクロの顔が少し横を向いた。



 あとがき

 どうも、窓拭きです。
 お久しぶりな方もお初な方も、読んでくださってありがとうございます。
 ちなみに、この長編「未来なんてない」のあとがきでは、ネタバレは一切しない方向で考えているので先に読んでくださっても一向に構いませんです。

 さて、前作からかなり時間が経っていてしまいましたが、またSS(やはり可憐の)をふと書きたくなったのでさらっと書いてみました。が、難しいの一言です。
 今回の話は少々短めです。
 お試しSSとでも言いますか、私の今回の長編SSはこんな感じです、といった紹介みたいなものですね。
 ですから、次あたりいきなり長くなることもあるので覚悟してください(マテ
 一話の量ってどれくらいだと読みやすいんでしょうかねぇ。

 それでは今回はこのあたりで。
 また次回会いましょう。


窓拭きさんへの感想はこちら
yuei5@hotmail.com
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