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どうやら今年はホワイトクリスマスになるらしい。
兄はソファーに身を預け、膝に雛子を乗せながらボーっとそんな事を言っている天気予報を眺めていた。
「ねぇねぇ、おにいたま」
「なに?」
雛子は顔だけ兄の方に向けた。
「”ほわいとくりすます”ってなに?」
「雪が降ってるクリスマスの事だよ」
そう言って優しく雛子の頭をなでた。雛子はくすぐったそうに嬉しそうに目をつぶる。
「じゃぁ、サンタさんさむくて来れないの?」
目を開き、不安そうに兄を見つめる。
「大丈夫だよ、サンタさんは寒くても良い子にはきちんとプレゼントをくれるから」
「ホント?」
「あぁ、だからヒナも良い子にしてるんだよ」
「うん!ヒナね、いっぱいい〜っぱい、良い子にしてるよ!」
そう言った後、雛子は大きなあくびをした。兄は「それじゃ、もう寝ようね」と続けた。
そんな微笑ましい兄妹の光景を白雪は台所に向かう足を止め、優しい笑顔で見ていた。
そして雛子におやすみを言った後、台所に向かってもう一度歩き始めた。


Snow White Princess

作 さん


白雪は忙しかった。いや、今はそれ程忙しいわけではない。
台所に来たのだって何か目的があるわけではない、なんとなく。それが理由だった。
しかし数日後には忙しくなる。壁のカレンダーは12月となっており3日後の24日を大きく赤丸で囲い「決戦」と冗談交じりに書いてある。
そんな、言わば戦場となるところを今はゆっくりと見ていた。
思えばクリスマスの数日前にはいつもこんな風に台所に立ち寄っている。
一年の半分ぐらいを台所で過ごしているんじゃないかと思う白雪にとっては、何となく落ち着く場所だった。
目をつぶったとしても何処に何があるか分かる。白雪のとっておきの場所。
「やっぱりここか」
突然声をかけられ、白雪は声のした方を向く。視線の先には兄が立っていた。
「にいさま」
兄はゆっくりと近づく。そしてそのまま視線を窓の向こうに移す。白雪も追いかける。
「そろそろだな・・・」
「そうですの・・・」
窓の向こうと言っても闇に包まれていて、特に何が見えるわけではない。しかしじっと見つめていた。
白雪は兄の顔を見た。兄もその視線に気付いたのか白雪の顔を見て言った。
「今年も大変だろうけど・・・ガンバレよ」
「大丈夫ですの、にいさまの為に白雪特製スペシャルクリスマスディナーを用意するですの」
ゆっくりと微笑む白雪を見て、兄は少しながらドキッとした。
可愛い妹だと思っていただけなのにな・・・ちょっと複雑な気分である。
「どうしたんですの?」
明らかにさっきとは違う兄の様子に白雪は声をかける。
「あ、なんでもないよ・・・さてそろそろ寝るか・・」
「・・・姫はもうちょっと残ってるですの」
「そう・・・でもあんま長くいると風邪引くから早く寝ろよ」
そう言って兄は小さくあくびをして歩き出した。
台所を出ていく時、ちらっと兄は気付かれないように後ろを振り向いて白雪を見た。
窓の向こうを見ている白雪の横顔はそれとなく女の魅力があった。
いつのまに成長したんやら・・・頭の中でぼやきながら兄は自分の部屋に戻っていった。
こうしてクリスマスはゆっくりと、それでいて確実に近づいていた。

次の日、白雪は台所で昼食を作りながらクリスマスの用意も行っていた。
さすが13人の食事を作っているだけあって動きにムダがない。途中妄想を見る以外は。
白雪は上の方にある棚をイスに登り、ごそごそと何かを探していた。
普段あまり使わないが、クリスマスの為に使うのだろう。
そして、ここでほんの少しのイタズラが入った。万に一つの、運命のイタズラ。
もしここで、少し棚の奥を探そうとつま先で立たなければ起こらなかったかもしれない。
もしここで、イスを支えてる誰かがいたら起こらなかったかもしれない。
もしここで、地震が無ければ起こらなかったかもしれない。

万に一つのイタズラが起こった。それが良かれ悪かれ、13人の兄妹にささやかな物語を与えた。

兄は昨日と同じようにソファーに身を預け、妹を膝に乗せテレビを眺めていた。
違うといえば、テレビはバラエティー番組で膝に乗っている妹が亞里亞ということだろう。
「兄やぁ・・・」
「なに?」
「亞里亞ね、クリスマスのプレゼントが決まったのぉ・・・」
どうやら亞里亞も今映っているテレビ番組には興味が無いらしい。
「へぇ、何?」
「教えられないです、教えるとサンタさんは来ないって花穂姉やが言ってたの・・・」
さてどうしたものかと兄は思った。この分じゃ聞きだすのに小一時間はかかる。
妹のクリスマスプレゼントは大体揃ったものの亞里亞だけは欲しいプレゼントも決まっていなくて困っていた。
亞里亞の環境が環境なだけに欲しいものはかなり限定されてくる。
勿論、妹の中には欲しいプレゼントに「兄」と堂々と言ってくるのもいるので慣れてると言えば慣れてる。
持久戦だ、と思いつつ座り直すため一度亞里亞を持ち上げた。
その時、皿の割れる音とドスンという何かの音がした。
「・・・?」
兄は持ち上げたままの亞里亞を自分の膝の上ではなくソファに移した。亞里亞は少し怯えている。
兄は音のした所に行こうと立ち上がる、しかし服の袖を亞里亞が引っ張っていた。
「行っちゃ・・・イヤです・・・くすん」
「絶対戻って来るから、大丈夫だから。ね?」
亞里亞をなだめようと視線を合わせる。亞里亞はゆっくりと袖を放した。
兄は亞里亞の頭をなでてありがとうと言った。
「後でいっぱいお菓子を食べようね」と付け加えて。

四葉は年末恒例の兄の写真整理をほっぽりだして音のした方へと走っていた。
「何か事件のニオイがするデス!」
気分はさながら名探偵のようだ。
四葉の推理によれば音のした所はおそらく台所。今まさに着こうとしていた。
「あ、兄チャマ!」
「四葉」
どうやら兄も気になって来たようだ。
心の中では「四葉と同じ場所に来るとは兄チャマもなかなかやるデス」と呟いている。
二人は急いで台所を覗いた。
「・・・白雪!」
「白雪ちゃん!」
砕け散った皿の破片の中、右手をおさえ苦痛で顔を歪ませている妹がいた。

「全治・・・2週間ねぇ・・・」
「はいですの・・・」
白雪は下を俯いたまま歩いていた。右手は包帯でグルグル巻きにされている。
せっかく兄と二人きりで歩いているのにちっとも気分が晴れない。
「ま、ゆっくり治しな」
「はい・・・でも」
「でも?」
「クリスマスの料理が・・・」
兄は頭を掻いた。そして言葉を選びながら口を開く。
「その・・・いいんじゃないか、白雪にたいした事がなく」
「よくないですの!」
兄の方を向いて叫ぶ。すぐ回りの視線に気付きまた俯く。
兄はそんな白雪に小さくため息をつく。自分のミスとこれからへの不安。
「よくないですの・・・」
と呟く声が聞こえた。

「・・・というわけだ」
兄は白雪を除いた11人の妹に今の事情を説明した。
「どういたしましょう・・・」
「ヘビーな事件デス」
口々にそんな言葉が出てくる。兄は一度静かにさせて皆に言った。
「まぁ、クリスマスの準備ならなんとかなる。皆で作ればいいし。あとは白雪を元気にさせて欲しい」
兄の言葉に妹全員が頷く。兄は「今はそっとさせてな」と続けた。
しかし、その妹達の中で白雪を元気付けようと情熱を燃やしている妹がいた。

「はぁ・・・」
白雪は一人、自分の部屋でベッドに横になりながら大きくため息をついた。
どうにかしようと思えば思うほど、右手の痛みが「ムリだ」と自分に告げているようだった。
コンコン
ドアをノックする音、白雪は急いで少し潤んだ瞳を拭うと返事をする。
「誰ですの?」
するとドアが開き、中からチア姿の花穂が元気に入ってきた。
「花穂ねえさま・・・」
「白雪ちゃん!花穂、何も出来ないけど応援ぐらいなら出来るから元気になって!」
そして花穂は手にもったバトンをクルクルと回し踊り始める。
花穂らしい行動だ。大体こういう時は白雪なら軽く流せる。
妹達の中でも大人びた部分を持っていて、時々花穂と白雪とではどっちが姉か分からなくなる。
しかし、この時はそれが出来なかった。自分への苛立ちと何も関わりたくないと思う気持ち。
「・・・いいですの」
「ファイ!・・・え?」
威勢良くオー!っと叫ぶところで止まる。白雪は花穂を見ないで叫んだ。
「そんなの、気休めにもなりませんの!」
「あ・・・」
そこでやっと白雪は我に帰った。
「あ、そういうことじゃなくて」
時既に遅し。二人の姉妹の間には大きな溝が出来てしまっていた。
「・・・ごめんね」
そう言って花穂は部屋から出てってしまった。部屋を出る時、涙がこぼれているところが見えた。
「・・・」
自分への苛立ち、そして姉を傷つけてしまった。白雪はベッドに身を投げ出し枕に顔をうずめた。自然と涙が出てくる。
「う・・・ひっく・・・」
止めようと思っても出てくる涙。そして今を拒絶するように眠気が襲ってきた。

近づく聖なる日と傷ついた妹。それだけで手一杯になりその日はなんとなくムダに過ぎた。

「花穂が?」
「ええ」
朝、兄は久しぶりにエプロンをつけて朝食の用意をしていた。
味噌汁が好い頃合になった頃に、突然咲耶に言われた。花穂が何時まで経っても起きないと。
「やっぱり昨日の事を引っ張ってるみたい」
「そうか・・・」
お玉で味噌汁をすくい味見をしながら呟く。一回頷いた後エプロンを外す。
「咲耶、頼んだ」
「分かったわ」
二言三言の会話だがさすが兄妹と言うべきか、意思は完全に疎通していた。咲耶曰く愛の力なのかは定かではないが。
とりあえずキッチンを咲耶に任せ兄は花穂の部屋に向かった。

「やっぱりいませんね・・・」
「鞠絵あねぇ」
一番早く食卓についた衛のところに、ミカエルを連れた鞠絵がそう呟きながら入ってきた。
「クリスマス・・・どうなっちゃうんだろう」
「・・・どうにかなりますよ・・」
ぼやいた衛に鞠絵はそう言ったものの、やはり心の片隅で不安が広がっている。
「ボク・・・プレゼントよりも皆と楽しくクリスマスをやりたい・・・」
「!・・・そうですね・・・」
衛の真っ直ぐな瞳に偽りは無かった。鞠絵もそれに続くように頷いた。
普段どうしても接する機会が少なくなる二人の姉妹。けれど想いは同じ。
しかし、それも今は空回りしてただ空を眺めるばかりであった。
ミカエルはのんきにあくびをした。

久しぶりのバラバラの朝食に誰もが無言の心配をしていた。

(最悪ですの・・・)
少し肌寒い昼。多少の雲があるものの空は晴れていて、白雪の気持ちは雨と言ったところであった。
ちょっと寝グセの直ってない髪を触る。無意識の行動が続いた。
気分転換になるだろうと思って外に出てみたもののまったく効果が無かったようだ。
「白雪」
「きゃ!・・・にいさま」
いきなり後ろから肩を掴まれたので思わず声を上げる。兄はなかったことにして言った。
「もうちょっとあったかい格好しろって」
そう言って自分の着ているジャンパーを白雪の肩にかける。
「ありがとうですの」
あくまでいつものように微笑んだ。しかし何年も一つ屋根の下にいた兄をだます事など出来ない。
「今年は・・・皆で作ろうな」
「え・・・?」
「料理」
一回兄の方を向いたものの、その単語を聞きもう一度俯く。
「毎年、白雪がやってたしね。皆で準備する方が楽しいだろ?」
「・・・なぐさめならいいですの」
少し声を震わせながら言った。兄は大きく一回息をする。妙に白い。
「皆、姫の心配をしてくれたですの。とっても嬉しかった、けど・・・」
「けど?」
「・・・やっぱり姫は・・・」
間髪入れず聞いてきた兄に対して丁度良い言葉が見つからなかった。
そんな白雪に今度は兄が口を開いた。
「白雪は・・・何で料理するようになったんだ?」
白雪の体が一回揺れた。
「それは・・・にいさまにいっぱい美味しい料理を食べてもらいたいからですの・・・」
「ふぅん・・・」
「なんでそんな事を聞くんですの?」
「ん?・・そうだなぁ・・・」
視線をちょっと曇ってきた空に泳がす。

少しの間、沈黙が出来た。
時々、自分ではどうしようも出来ないほど大きな力に揺り動かされることがある。
それを素直に受け止めるか、激しく抵抗するか。
今正にそれを試されるように空から何かが降ってきた。

「雪・・・」
白雪が突然視界に入ってきた雪に、上を向いて感嘆の声を漏らす。
「上手くいかないんだよ」
「え・・・?」
雪に意識をとられていたところで、急に兄が言い出した。
「やっぱりどんな事でも上手くいかない時があるんだよ」
「・・・」
「例えば白雪とクリスマスの材料を買いに行こうとしてたのに雪が降ってきちゃうとか」
白雪の視線の先にはいつのまにか兄が映っていた。
「悲しんでる妹がいるのにどうしようもできないとかね」
「にいさま・・・」
「それでも諦めちゃいけない事もある・・・材料、買いに行こっか?」
「・・・はいですの」
白雪の瞳には確実にいつもの輝きが戻りつつあった。
「それじゃぁ、準備してきな。風邪引くぞ」
「分かってますの」
いつもの白雪とは言い難いが多少の元気が戻ってきた事に兄は安堵のため息をついた。
「・・・やれやれ」

「え〜と・・・」
白雪は急いでクローゼットから衣服を取りだす。今更になって衣替えをしておけば良かったと思う。
急ごうと思えば思うほど何を着ていこうか迷う。まるで昨日の自分のように。

またイタズラが起こった。まるで最初のイタズラのお詫びをするように。
そして傷ついた心にまた少しずつ希望の光が溢れていく。

「あ・・・」
クローゼットの奥から出てきたのは目当ての服ではなくシルバーのアクセサリーだった。
確か数年前に背伸びをしてクリスマスに頼んだプレゼント。不幸にも無くしてしまい、もうすっかり諦めた宝物。
白雪はゆっくりと自分の胸に両手を当てた。暖かな気持ちで溢れてくる。
コンコン
「・・・はい?」
白雪は突然のノックの音に気付き、流れる涙を拭った。昨日とは違う涙を。
ドアが開いた。花穂だった。
「花穂ねえさま・・・」
「白雪ちゃん・・・ごめんなさい!」
白雪は訳が分からずぽかんとしている。そしてすぐ昨日の事を思い出した。
「花穂、白雪ちゃんの気持ちを考えないで・・・」
白雪はゆっくり微笑むと花穂を抱きしめた。花穂から「え?」と声が漏れる。
「花穂ねえさまのおかげで・・・姫はすっごく元気になれましたの」
「白雪ちゃん・・・ふえ〜ん」
思わず花穂は泣きだしてしまった。花穂も花穂なりに悩んだのだろう。
「あ、泣かないでですの」
一生懸命なだめる。その様子を兄は悪いと思いながらも隠れて覗いていた。
(遅いと思ったら・・・これじゃどっちが姉で妹なんだが・・・)
買い物は明日、兄と白雪と花穂の三人で行く事となった。

数日後・・・いや、24日と言っておこう。
「さぁ!頑張りますの!」
白雪の掛け声と共に兄を含めた12人の「オー!」が響く。
13人での一緒の料理。やっと一つになれた兄妹にゆっくり祝福の鐘が鳴り始めた。

「にいさま!姫特製クリスマスディナーを召し上がれですの!」
今年もあと少し。最後にとびきりの笑顔をふりまく妹にメリークリスマス。


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