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プラスチック・ラブ ‐love note‐
〜蛍〜

後編

作 牙風=姫里さん


 航は車に乗っていた。
 免許は今年の春に取得した。が、ちょくちょくこの父の車を乗り回してはいるものの、咲耶を乗せた事は一度もない。
 これは彼なりの配慮だった。若葉マークのドライバーが事故を起こす事はよく聞く話だからだ。
「…咲耶…」
 料金所を過ぎると、航はアクセルを踏んだ。





「はい、神楽ですが…」
 母が電話をとると、お決り文句を口にする。
『こんにちは、咲耶さんの担任の田村ですが…』
「ああ、いつもお世話になっております…」
 先ほどの航と同じ態度なところが、環境の繋がりを感じさせる。
「で…咲耶に何か?」
 ここまでもほぼ一緒である。
『咲耶さん、ケガをされまして…』
「ケガ!?」
(ああ! だから…)
 驚いた声をしながらも、内心ある一点で納得の意思があった。
『一応保護者の方にご連絡とできれば来て頂きたいのですが…でもお母様は今妊娠中だとか…』
「ええ…でも大丈夫だと思いますわ」
 いつも使わない外向けの口調で答える。その表情は相手には見えないが、クスリと笑った幸せそうな顔だった。
『え?』
「たぶん、もうすぐ問題は解決します。もう少ししたら行くと思いますのでそれまで咲耶の事、宜しく御願い致しますわ」
 母はそう言葉を呟きながら、先ほど現れた青年の事を考えた。
『母さん! 車貸して!』
 必死な声で叫んだ航は車のキーを受け取ると、物凄いスピードで車に飛び乗り、消えた。
(全く、困ったもんだわ…)
 電話の相手がいるのにもかかわらず、クスクスと笑ってしまった。





 邪魔なメガネを通した世界が素早く風に消えてゆく。不安も何もかもを振り切るように…
 寝不足? 怪我? 崖から落ちた!?
 何やってんだよ、咲耶。
 心配かけさせんなよ!
 鼓動の高鳴りと共にエンジンがよりスピードを増してゆく。
 昨日、「何にもない。元気だよ」って言ってたじゃないか!
 何で寝不足なんかになんだよ!
 想いゆえに見えぬ想い人を罵倒する。
「ああ、もう!」
 憤怒の混じった声が、車の中に響いた。
 長いはずの昼がゆっくりと終わりを迎えようとしていた。時計を見れば六時を過ぎたところだ。
 もう一度住所を確かめる。咲耶が残していった場所の写しからすればもう同じ町内に入っているはずである。
(旅館、旅館…)
 あせりからか、少し前のめりで目を皿のようにしながら外を覗いた。
「あった!」
 車を止めると、ドアを放って旅館に駆け込んだ。
 不意に視界に張った画面には咲耶の高校の名前が刻まれている。場所に間違いはないはずだ。
「…」
入った旅館は静かだった。まだ学生は帰ってきていないのだろうか。
 航はここで重要な事に気がつく。
「崖から落ちるくらいのケガなら…病院にいるのかも…」
 もしかしたら殺気の電話で言ってくれたのかもしれない、と後悔した。
(ええい、とりあえずここの誰かは知ってるだろ!)
 奮起する。
「すみません! 誰かいらっしゃいますか!?」
 声を張り上げた。すると奥からスルスルと女将のような人が現れた。
「あらあら…今、お部屋は空きがないんですよ…」
「違います! 今この高校でケガした女の子がいるはずなんですが…」
「ああ、いますよ。もしかしてご家族の方?」
 この声に大きく首を縦に振る。
「ご案内しますわ。こちらです」
 商売笑みを見せながら女将が歩き出すのについてゆく事にした。
 和服の背中が目に入る情景の中で航の心臓は激しく駆けていた。
(大ケガってわけじゃないのか…)
 安心したが、笑みはない。心配の鼓動は変わらない。
 早く会いたい、会って状況を知りたい、心だけが乱舞する。
 女将のゆっくりとした歩きにさえ、怒りを覚える。
「あの奥から二番目の部屋です」
 言われた途端、スプリンターも真っ青なほどの速さで飛び出した。次の瞬間にはドアを開いている。
「咲耶!?」
 一人の少女が浴衣姿で椅子に座って、外を眺めていた。
 少女は驚いたように後ろを向き、飛び込んできた情景に目を丸くする。
「お兄様!?」
 望んでいた者の姿がここにあるのは嬉しい。しかし何故ここにいるだろう、そんな思いが声に走る。
「どうしてここに…」
 そう叫んだ時には航に抱き締められていた。
「え? ちょっ!?」
「バカヤロウ…心配させんな…」
 絞り出された声は震えていた。
 クス…航の耳元で咲耶が笑う。これは茶々の為の笑みではない。
「…ごめんなさい」
 咲耶は呟いた。
「…で、ケガは」
 離れて咲耶に訊く。航の声は最もだった。その為にわざわざ長野までやってきたのである。
「捻挫よ、捻挫」
「ネン…ザ…?」
 呆然と航が返した。
「知らないの? 捻挫って言うのは…」
「そのぐらい知ってるわい! だって、お前、崖から落ちたって…」
 記憶を手探りに航が叫んだ。
「落ち『そう』には、なったわよ」
「…はあ?」
 呆れ声。もう、先ほどの必死さは微塵もない。
「他にも切り傷とか、アザになってるのとか…全治二週間だって」
「…何だ…そっか…」
 ふう、とため息を付いた。もしかしたら安堵の声をかもしれないが、もはやそれはため息と言って良いものだった。
「…心配して損した…」
 力なく、なよなよとしゃがみ込んだ。
「損って何よ! すっごく痛いんだからね!」
 むきになって力強く踏み込むと、足首を押さえた。
「イタ…」
「! 大丈夫か?」
 口では「損」などと言っておきながらも、こういう時心配してしまうのが航の良さと言える。
「…うん。大丈夫…」
「とりあえず座ってろ」
 きつそうな顔で呟くのを見て、航は咲耶を座らせる。
「ったく…」
 そう呟きながらも顔は笑みだった。
「神楽さん〜? ご家族の方が見えたんですって…?」
 ひょっこり顔を見せたのは二十台ぐらいの若い女性だった。
「あ、はい」
 彼女の口調と咲耶の対応から彼女が何者だかを理解する。
「このたびはお世話をかけました。航です」
 すっと会釈する。
「ずいぶん早かったんですね。もう少し後だと思いましたけど…」
 時計を見ながら訊いた。
「ああ、車ですっ飛ばしてきたんで…」
 頭を書きながら航が返した。
(…そうなんだ…)
 声を和らげてしまった。その反動で涙が出そうになるのを我慢する。
(そんなに心配してくれたんだ…)
 そんな想いが彼女を支配した。
 愛しい男が、自分の為にそれだけ心配してくれる…
 震える手……震える声……そして必死な瞳…それだけで彼女は幸せだった。
「そういえばお母様の方にも電話しました」
「あ、どうも」
 そう呟きながらも航の心中は複雑全開である。
(…また…からかわれそうだなぁ…)
 内心は完全に頭を抱えている。
「もう少しで解決するって」
「は、はぁ…」
「その通りだったみたいですわね」
(や、やっぱりか…)
 全てバレバレな事を知ると何となく苦笑いが飛び出した。





「もうあとのイベントは夜の散歩だけですから見てから帰られませんか? いいものが見れますよ?」
 先生の言葉で彼らは夜の道を歩いていた。航は咲耶を負ぶり、言われた場所を目指していた。そのせいで白い太ももがあらわになるが、暗闇でそれは良くは見えない。
 その先生の計らいで、他の生徒が来る前に来ている為に、その暗がりの中で彼らは二人きりだった。
「…」
「…」
 何となく二人とも話しづらかった。
 お互い、気付いているから、気付いてしまったから…
 離れていたくないと思う気持ちがある事に。
「…寝不足って何だよ」
 訊いてみる。
「べ、別に」
 いくら咲耶でさえ、航のせいだとは言いづらい。
「…もしかしてオレのせい…?」
「!」
「…当たり?」
 驚きはクスリと笑われる。
「わ、笑う事ないじゃないっ!」
 少し顔を赤くした。暗闇と背に乗っている為に声は届かない。
「私だってこんな風になるなん……」
 声が止まる。
 それは視界が光り輝いたから、無数の星を察知したからだ。
「…これ…蛍…?」
 咲耶が呟く。微笑みを込めて。

「蛍…」
 青年は呟く。恐怖を込めて。
「キレイ…」
「一瞬だけだよ」
 言葉の中の棘を咲耶は捜し当てた。
「お兄様、蛍は嫌い?」
「…そこの柵に寄りかかって。ちょっと手が疲れてきた」
 航は咲耶を柵に引き渡すと、軽く手を振った。
「あ〜手がビリビリいってる」
 そんな場面の中でも咲耶は航から目を反らさなかった。周りの蛍にも目移りはしない。
「理由は簡単、虫が嫌いだから」
「はい、ウソ」
 即答は咲耶と航の時間の長さを物語る。
「…『父さん』を見てる気分になるから」
 月明かりに濡れて航の瞳が困ったように笑った。
「お父…様…」
「うん。太陽みたいに光ってて、すぐに消えてしまうから」
 咲耶は航の表情が見えてはいない。声と瞳で表情を判断する。
「お前がいない間、思い出してた…」
「だから…?」
 咲耶にもわかる言葉…
 たぶんここにいない父や母にもわかる言葉…
 彼ら、彼女らの家族によくわかる言葉…
 彼らに共通するもの、それは大切なものを失った事、心の傷…
「…勘違いするなよ。『父さん』の事は好きだ。大切だよ。一時期はいなくなった事に怒ったりはしたけどな」
 航の中に情景が甦る。
 帰ってこない父を待つ自分
 ヒザを抱く幼い自分
 母が泣くまでは自分も泣くわけにはいかなかった…
「だから…本当は『嫌い』じゃない…たぶん…『怖い』……」
「…うん。わかるわ…」
 それの意味も咲耶には分かる。大切な者がなくなる事は彼女にも怖い事なのだから。
「でも…精一杯に生きてるのよ」
「それも分かってる」
 本当はわかっていた言葉、咲耶はいつもオレに『本当』をくれる…
「一生懸命…生きてるわ」
 …そうなんだ。
 『怖い』のは消えてしまうからじゃない。
 そんな親だから自分も早く死ぬんじゃないのか、そういうわけでもない。
 『怖い』のは…その一瞬の間に自分の全てを賭けてしまえる強さ…
 一瞬であるゆえの生命の輝き…
 その輝きが怖いんだ…
 そんな光で照らされたら…
 もしかしたら…―――
「私たちにそんな事ができるかしら…」
 そうだ。
 もしかしたらそんな事ができるやつらから見たら自分たちが幼稚で、空白過ぎるかもしれないんだ。
 全てを見透かされた光でそんな事を言われる事…
 そんなの耐えられない。
 今までやってきた事全てを、咲耶への想いもすべて薄っぺらだ、無意味なものだと言われたら…
 航は咲耶を引き寄せ、口づけた。
「どうしたの…?」
 失いたくない、消したくない。
 想っているから、もっと思いを深めてみせるから…
 強くなってみせるから。
 誰よりも、何よりも君を支えてみせるから…
「好きだよ…」
 蛍に照らされも…その想いは本物だと言われるように…







The epilog.......

 今日で謹慎の解けた母が航の家に看病に来ていた。
「ったく、ドジねぇ…」
 捻挫の足に包帯を巻きながら、嘲笑する。
「私だって、やりたくてやったわけじゃ…」
「そりゃそうよ。うちにマゾッ気のある子供はいないの」
 巻き終わると丁寧に残った包帯を巻き直し、医療箱にしまいこむ。
「お兄様は…?」
 先ほど言われた言葉など完全無視で、咲耶が訊いた。
 あれからずっと眠ったままで、起きた時にはもう航の姿はなかったのだ。
「学校よ。電話があったもの」
 珍しく、航が母をここに呼んだらしい。
「へ〜」
(今日ぐらい一緒にいてくれてもいいのに…)
 何となく、ムッとする。
「はいはい、ムッとしないの」
 航と同じクスクス笑いのまま、母は隣のソファーに座った。
「あの子も元気なかったみたいだし」
「え?」
 意味がわからない。
 あれほど大丈夫そうだった航が元気がない、そんな事信じられなかった。
「電話してみたら、言葉テキト〜な感じだったわ」
「え? だって…」
(私と話していた時はそんな素振りなんか見せなかった…それじゃ、あれは…)
「強がったんでしょ。あんたと一緒」
 全てを見透かす瞳が、そう呟いた。
(…じゃあ、お兄様も…)
「あの子も寂しかったのよ。あんたに会えないのが」
「お兄様も…」
 笑みを見せる。
 それは幸せからくる笑み…
 温かさが彼女の心に込み上げる。
 遠く離れていても、同じ事を考えている事が、同じ事を寂しがっていた事が嬉しかった。
「…それにしても…」
 ニヤリと笑う。航ならばこの笑みが面白い事を発見した時か、何か企んでいる時に放たれるそれと同じだと分かっただろう。
「うちの子たちは寂しがりやねぇ」
「お、お母様…」
 見る見るうちに赤くなる。
「寂しくて元気なくなるわ、相手の事心配して不眠症になるわ…」
「やっ、だ、だって…」
 否定の声も届きはしない。
「これはもう、行き着くところまで行くわねぇ…」
 また航が大騒ぎしそうな事を口走る。
「行き着く…ところ?」
 その反応に母が眉をしかめる。
「…」
「?」
 そして理解できない咲耶。
「…ま、わかんないならいいわ」
(こ、この娘は…あんだけ色々積極的にやりながら…)
 色々言いたい事はあるらしいが、言わないでおく事にしたらしい。
(まあいいや。また、からかえそうだし…)
 やはり彼女はこれを基盤にしている。
「…クス」
 そんな情景を放っぽって咲耶は笑った。
 遠く離れていても、同じ事を考える蛍嫌いのあの人に。


あとがき

ひさしぶり、もしくは、はじめまして〜姫里です。
とりあえずこんな事になってます。
novcさんありがと〜
父はほとんど現れませんでしたねぇ…(笑

そういえば最近よくメール等で訊かれるのでここで。
姫里が最もよく出現するスポットは、
れみんぐさんのHP(http://www.geocities.co.jp/Playtown-Rook/2914/index.html)です。
掲示板でプラ・ラブ劇場とか、姫里の近況とかを話してます。(コレ、許可とってますので)
姫里が発見できないと言う方はここで。
頻繁に出入りしてます。大体五日に一回以上は。
迷惑も省みず。(- -;)ゞ
んじゃ、とりあえずこの辺で。

--あとがき その2--

こんにちは。novcです。
なぜか分かりませんが、気がつけばこんな事になっていました。
思えばだいぶ前(もう忘れました)たまたま「いつか僕がCG描いて、そこから物語を作ってみるのも面白いかも」
と、冗談半分で言ったことが始まりです(笑)

そうして数ヶ月。
気がつけば夏!!元々暑中見舞いで作ったこの絵を師匠(姫里さん)に送る。
返答の中に「前に言っていた、絵からSS作るって企画どうする?」でした。
早速飛びつき依頼。
そうして完成したモノは……読めば一目瞭然ですね♪
まさかあんな絵からこんなすんばらしいモノができあがるなんて感激です☆
僕の絵が師匠の文に華を添える事が出来たのなら幸いだな〜
それでは、また今度もあるかもしれないし、これっきりかもしれませんが

次回は僕のSSで会いましょう(これ勝手に宣伝するな!!)

  novc

牙風=姫里さんへの感想はこちら
ga_to_dabun@hotmail.com
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