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プラスチック・ラブ ‐love note‐
想いを知った日
作 牙風=姫里さん
「お兄様、私ずっと会った日からお兄様が好きだったのよ!」
彼女はそう言って彼の微笑を誘う。
「…」
(会ってから…ずっとか…)
航は幼い頃の咲耶の言葉を思い出す。
『わたしはおにいさまのおよめさんになるの! だからおにいさまもうわきしちゃダメよっ!』
咲耶はこれを一週間に一回は言っていた。
出会った頃の咲耶の年齢は二歳、彼女の言葉が正確かどうかは知る術はないが、咲耶が言うのなら本当にそうなのだろう。もし違っていてもそれを本当にするだけの力が彼女にはあった。言葉を覚えたばかりの幼児が『浮気』と言う言葉を知っている事自体、かなり異常である。まあ、意味を分かって使っているとは思えないのだが。
「お兄様は?」
咲耶が振り向く。
「ん?」
航はそれに曖昧に答えた。
「お兄様はいつから私の事好きだった?」
彼女の目が期待に満ちていた。ここで何か言えば彼女の想いが暴走するのは目に見えている。いや、『何を言っても』の間違いだ。
必要のない事かもしれないが、一例を出してみるとしよう。
航がこう言ったとする。
『昔からずっと…』
対する咲耶、
『やっぱり運命だったのね、キャー!』
とまあこうなる。そのあと五、六時間は暴走を続けるだろう。
ちなみに、
『忘れた』と言ったとする。
そんな事をしたら、
『忘れるほど昔から好きだったのねっ!』
と彼女の中で都合のいいように解釈される。ほぼ無理やりに。
この辺りの事が、航の頭の中では巡り巡っているわけだ。
「さて…ね」
航は今の咲耶に対しての最高の対応をしてふとんに横になった。
「お兄様ぁ…教えてくれたっていいじゃない!」
「…やだ」
航は壁側を向いて目を閉じた。後ろでずっと咲耶が文句や懇願を叫んでいたが航は疲れた身体に誘われて夢の世界へ運ばれた。
いつ?
忘れたなんて絶対に言わない。
あれから始まった。
彼女の笑顔も…
彼女への想いも…
…そう、何もかもがそこから始まった。
あの時、あの時間に気が付いた。
忘れられない。
忘れない。
あの時を忘れてしまうなんて事、あるわけない。
忘れてしまっても彼女への想いが途切れる事はないけれど、覚えていた方がもっと彼女を想えるはずだから。
だから絶対に忘れない。
忘れたくないから何度も夢に見る。
何度も愛しく思える。
それがオレの誇りだから…
だから夢見る…
今日もまた…
「お兄様、どう? 似合う?」
咲耶が話し掛けてきた。中学の制服は曖昧な記憶だが紺のブレザーに短めのスカートだったと思われる。
「うん。似合うよ」
中学の時は学年でリボンの色が変わる。咲耶はそれを見せにきた。今回は赤だ。
「…お兄様、それじゃ去年と同じ答えよ?」
「…ダメなのか?」
「ダメじゃないけど…もっとこう…なんていうのかな…」
眉をしかめて悩み出した咲耶を見て航はこう言った。
「咲耶、美しいッ! ビューティフル!」
「…嬉しいけど…それじゃリボンの色、全然関係ないわよ、お兄様」
「あ、そうか」
ちょっと反省をしたフリを見せる彼にさらに追い打ちがかかる。
「それにそれじゃどっかのおじさんみたいじゃない」
(確かに…)
航はそんな叫び声を上げる中年男子たちの姿を想像した。
「…さて、明日は何処へ連れてってくれるわけ?」
「お兄様…? 昨日私言ったわよ?」
彼女の瞳に怒りと取れる感情が見えたので航は少し焦った。
「あ、ん〜と…」
(そういえば昨日言ってたっけ…?)
必死に思い出そうとするが、思い出せない。
(あの時言ってたな…)
昨日の夜の情景が思い出され、彼女に約束させられた情景までは思い出した。
『お兄様、今度の日曜日に××××にいかない?』
(…あれ…?)
しかし肝心の場所がノイズにまぎれてしまっていた。
『お兄様、今度の日曜日に××××にいかない?』
(だめだぁ…テストみたいにすっぽりそこだけ抜けてる…)
心の中で頭を抱える。
「…本当に覚えてないの?」
「…はい。スミマセン」
咲耶の次の言葉に恐怖する。怒り任せに叩かれるか、その場で泣かれるか…
(毎度の事だけど…宥めんのが大変なんだよな…)
彼は心の中で苦笑いする。自分のせいだという自覚はあるが、あまり大事とは受け止めていないようだ。
「私、凄く楽しみにしてたんだけどな…」
航はそう言われても些細な罪悪感しか生まれなかった。彼女の瞳を伏せたのを見ても本当に些細な罪悪感しか生まれなかった。
「…悪かったって」
航はベッドに座った。彼女へ申し訳なさげな視線を送る。
「じゃあ、明日はお兄様のおごりね!」
「…はい?」
いつもの突飛な調子にやられている航である。彼女の軽やかな感情の切り替えにいつも航はついていけないのだ。
「どうしてそんな事になるかね…?」
懐が寂しくなるのを察して航が反論を始める。
「こないだのお皿を割っちゃった件をお母様に言いつけ…」
「はいっ、おごらせていただきますっ!」
一瞬の間に咲耶の口に手を当てると悲鳴に近い声を上げた。
「最初からそう言えばいいのに…」
「…」
(最初から言うわけないと思うんだが…)
揚げ足を取るような言葉を思った。すると…
「何か言った、お兄様」
「…いえ、とんでもない」
すぐさま見抜かれる。彼女の鋭さは彼だけには必ず通用した。
「お兄様の考えてる事なんて何でもお見通しなんだから」
咲耶の口癖に近い言葉にまたも負ける航だった。
「お兄様! 次はあれに乗りましょ!」
咲耶が腕を取って航を引っ張ってゆく。
ここは航たちのいる町から少し離れた場所にある遊園地だ。世界最大級のジェットコースターやら何やらが色々とあるようだ。テレビでも宣伝はしているのだが、航はあまり興味がなかったのでほとんど中身を覚えていなかった。
「咲耶ぁ……オレ…疲れた…」
懐と体力との両方が減っていた。
先程、ここから見えるあのジェットコースターに乗ったばかりだ。早くて怖いのはあまり気にならなかったのだが、風圧で首が微妙に痛かったりする。
よってジェットコースターでの記憶はその痛みと咲耶の叫び声が非常に大きかった事ぐらい、実に面白くない感想文が書けそうである。
「とりあえず、あのカフェでも入らない?」
指差した先にはオープンカフェがあった。彼は懐が寂しくなるよりも体力の回復を優先するらしい。
「そうね。お腹もすいてきたし…」
咲耶が賛成してくれたのをいい事に、カフェに向かって早歩きで歩き出した。
「あん、待ってよ! お兄様」
咲耶がその腕を取る。
「…」
(今やめろと言ったところでいろいろあってどうせ逃げられないんだろうなぁ)
人間、限界に近付いても冷静な判断ができるらしい。普通は逆のはずなのだが、航はそうではなかった。
カフェに着き、咲耶がメニューを見ている間、航は机に倒れてこの遊園地に来る客たちを見ていた。見ていたと言うよりも視界に入ってきたと言う方が正しいだろう。彼の瞳はあまり気に止めてもいず、虚空を見ていた。
「お兄様は何を頼むの」
「…コーヒー」
ぶっきらぼうにそう答える。視線を送りもしない。
「御飯は? 食べないの?」
「酔うからヤダ」
素っ気無い言葉、咲耶はすこし眉間にしわを寄せた。
「お兄様、もしかして楽しくない?」
訊いてみた。
「別に…」
いいとも悪いとも取れる言葉が返って来た。
(何でこんなに疲れてるんだろう…)
怒りボルテージ上昇中の咲耶を横に物思いにふける。
(最近…咲耶といると疲れる…)
最近気が付いた事だった。
家の中でノックされた時
学校帰りに会った時
今みたいに出かける時…
何故か神経が研ぎ澄まされたように感じる。
「何故?」とそう考えても分からない。
でも何か…呟きたい言葉があるんだ…
――― 何を…?
分からない。
自分でもなんでこんな事を考えるのか…
「お兄様、聞いてる!?」
「え? あ…」
いつのまにか完全におかんむりの咲耶が目の前にいた。
「あ…ごめん」
そう言ったところで咲耶の機嫌が直るわけではない。
「ふーんだ! お兄様ってば、私より他の女の子を見てる方がいいんだ…っ!」
「はあ?」
その言葉に呆れて視線を元に戻す。
「…あ゛…」
気がつけば、視線の先には五、六人の女性の人だかり…
(そりゃ怒るわけだ…)
即座に航は咲耶に提案する。
「め、飯食べ終わったら観覧車でも乗らない?」
別に照れているわけではない。完全怒りモードの彼女を止める方法を考えてしどろもどろしているだけだ。
「観覧車…?」
ピクリと反応した。
「そう、観覧車。ちょうど今から乗れば夕日が見られると思うし…結構ロマンティックかもよ?」
ここぞとばかりに言葉を続ける。
「…」
「あ〜咲耶と行きたかったんだが…」
「…行く」
ぼそりと呟いたのを航は見逃さなかった。
「うわぁ〜、綺麗な景色〜!」
咲耶は観覧車が四分の一ほど回り終えた頃には機嫌も癒えたらしく、夕日を見ながらそう叫んでいた。彼女の言葉どおり、海に夕日が沈んでいく姿は美しい。
「…ああ…そうだな」
航はそう呟きながら、咲耶の横顔を眺めた。頬が夕日に深い橙色に包まれて高揚しているように見える。
(美人系の顔……学校でモテるのも無理ないな)
航はその場面を見た事があるわけではないが、咲耶の友人である綾から聞いたところによるとそういう事らしい。咲耶もそんな話を航にするが、咲耶を『一番身近な人間』としか感じていない航にはそれはにわかに信じがたい話だった。
(何だろう…ムカムカする…)
「お兄様、家ってあっちの方かな?」
急に問い掛けられた。
「あ? ああ、たぶんそうじゃないか?」
咄嗟に答えたがそれは正解だった。電車の線路が向こう側に続いているのが見える。
そんな場面を見ている時、急に観覧車が揺れた。
「!」
「キャッ!」
咄嗟に咲耶が航の腕をきつく抱き締める。
「…な、何だ…?」
周りを見回す。すると強化ガラスの先に動かない風景がある事に気が付いた。
「…止まってる…故障かな?」
下を見ると係員と見られる人影が忙しなく動いていた。
「少ししたら動くだろ……って、咲耶?」
状況把握の為に気がつかなかったが、咲耶が先ほどから一言も話さずに自分の腕を抱いていた。
「大丈夫だって」
残った手で頭を軽く撫でた。
「…うん」
そう呟いたが、航の腕に自由は返って来ない。
(咲耶って少し怖がりだからなぁ…)
高い所、早い乗り物は平気だが、絶対に咲耶を連れて入れないのが『お化け屋敷』である。この遊園地にもお化け屋敷はあるが、二人ともその暗黙の了解がある為に近付きもしなかった。
…と、再び観覧車が揺れる。風に煽られたらしい。
「キャァ!」
咲耶は今度は航自身に抱きついた。
「お、おい!」
そんな声になど耳も傾けない。必死に怖さをまぎらわせようと航にすがっていた。
「…ったく」
(…でも…)
そう呟いた航の中に不思議な思いが駆け巡る。
(何でこんなに安心するんだろう…)
彼女の華奢な身体が一番近くにある、たったそれだけのはずだった。
…まただ。
また、心の中で声が聞こえる。
何て呟いているの?
咲耶の笑顔を見た時にいつも言おうとしてるよね?
何て言っているの?
………き………だ
聞こえない、分からないよ…
何でこんなにもどかしいんだろう。
何でこんなに切ない気持ちになるんだろう…
…………す………だ……
目を閉じる。
耳を澄ましてみる。
その声が鮮明に聞こえるように…
…好きだよ…
(あ…)
声が彼の中に響いた。その声が響いた途端、周りが鮮明に映り始めた。白黒の世界が色のついた現実世界に変化した。
「…」
(そうか…オレ…)
咲耶の事…好きなんだ…
いつのまにか航は咲耶の身体を抱き締め返していた。
(あ…何やってんだ、オレ…あとで何言われるかわかんないぞ)
しかし、言葉とは裏腹に心と身体は手放すどころか、ぎゅっと彼女を引き寄せた。
「…お兄様…?」
咲耶もそれに気付いたが、航はいとおしそうに彼女を抱いていた……
「…朝…」
航が目を開くと、そこには彼女がいた。どうやら自分の部屋に行かず、この部屋で眠ったらしい。
「…ったく…言わないといつもこっちで寝てるな、お前は」
苦笑いをしながら、頭をコツリと叩いた。
「ん…」
彼女はそう呟いただけで、目覚めはしない。そんな彼女を見て、航がクスリと笑う。愛しい、愛しいと。
「咲耶…」
やさしい声で呟いた。
あれからたくさんの時間がたった。
一度は想いを振り切ろうもした。
何度も彼女を泣かせて怒らせもした。
その度に惑って揺らいで…でも挫けなかったのは彼女が想いを教えてくれるから。
この時と変わらない想いを心に響かせてくれるから…
「好きだよ」
そう言って口づけた。
今、そう言えるのはあの日に気付いたからだから…
あの日、彼女を抱き締めたからだから。
だからオレはあの日を忘れない。
あとがき
こんなの書いていいのかなぁ…
毎回しどろもどろのワシ、牙風=姫里です。
本当は3月中に出来上がってたんですが、色々と都合により三ヶ月も経ってました。(-
-;)
今回はシリアスです。
ええ、全くもってシリアスです。
文句がある方は多いとは思いますが…
たまにはこういうのもやらせてくれや。
一応こっちのほうが得意なのよ?
まあ、たぶん『奴』が、『奴ら』が出てこなければプラ・ラブもシリアスで終われるのでしょう。
奴らを出してくれ〜というリクエストも受け付けますので。
んでは、次の作品で。
6/8 Himesato
牙風=姫里さんへの感想はこちら
ga_to_dabun@hotmail.com
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