Click here to visit our sponsor

▽BACK▽  ▽OTHER▽  ▽NEXT▽


〜前書き〜
急遽長編に書き換えてはや六作目…
恋愛がありました。
波瀾がありました。
その中で彼と彼女は成長してきました。
これからも成長してゆくのでしょう…
それをずっと見ていたいのは山々ですが…
どんなものにでも終わりはあるもの。
最終話…始まります…



君が消えた日… - Plastic Love<前編>‐

作 牙風=姫里さん


別にウソをついていたわけじゃない。
最初は全然気がつかなかったんだ…
彼女を好きだと気付いた頃は全然気がつかなかった、全然分からなかった。
彼女への想いがこれ以上大きくなるなんて、深くなるなんて…

気付いたのは二人で生活を始めた頃だった…
それが確信に変わったのは彼女を初めて抱いたあの夜…
彼女のぬくもりを深く知ったあの日、お互いがお互いの全てを知りえた日。
あの日から予感が確信に変わった…
髪の先から足のつま先まで彼女に支配された感覚…
自分の中にある全てが彼女に向いて流れてゆく感覚。
べつにマゾヒストなわけではないけれど、彼女に向けて流れるその感覚に酔いしれた。
いや、酔いしれて『しまった』…

―――そして…自分の中に彼女の前で押さえている自分がいる事に気が付いた。
自分の影…本当かウソかわからない自分、彼女への想いの中だけにしか生きれない自分…
彼女はまだそれを知らない。
理解できないだろう。
まだ彼女はプラスチックのような透き通った心をしているから。
だからオレはウソをつこう。
ばれないように、悟られないように。
でも…たぶんそれを彼女が知る日は近い…

                  *

「お兄様ってサングラスかけると感じが変わるわね」
 咲耶が玄関の鏡を覗いていた航に言った。
「そうか? んじゃ、ばれないかな…?」
「ダメダメ、バレバレよ」
 と、口を出す母はさっとサングラスをとった。
「あ、何すんだよ!」
「今は春よ? サングラスしてる方が怪しまれるわ」
「…誰のせいでこんな事になったと思ってるんだよ!」
 航の叫びは母には伝わらない。というよりも、母親が完全に無視している形だ。
「ん〜綺麗に生んだ私と正吾さん、それでもちろんあなたを見続けてきた咲耶と…ついでにお父さんかな?」
 父はかなりひどい扱われようである。
「きゃっ! 分かってるわね、お母様」
「あんたのせいだろうが!」
 航は苛立ちを隠せない。
「だって、本当に載るなんて夢にも思わなかったんですもの」
「私は思ってたわ、お兄様」
 とまあ、色々と自分勝手な事を言っている(ほざいている?)二人の横で航は軽く毒づく。
(そういうのはオレのアポとってから送ってくれよ…)
 航が今、直面している問題…それは、やはり母親からはじまる。
 以前、彼女が航を写した写真の中の一枚を彼女が『勝手に』雑誌に送ったところ、何故か採用されてしまったのだ。
 『当然』、何も知らされていなかった&その種の事が大嫌いな航は、
「イヤだ!」
 と叫び狂ったのだが、『何故か』彼の意思を無視して話は進んでいて断われる状況ではなかった。航以外でこういう事件を止める人物が家族にいないのはかなりの考えものである。まあ、もう再婚と言えどもかなりの歳月をあの家族の中で過ごしているのだから航も少しあきらめたところがあるのだろうが。
 その上、咲耶に、
「わあ、お兄様が雑誌に載るの? 凄いわ、さすがは私のお兄様ねっ!」
 とまで言われれば、航に断わる術はない。そこまで母の計算であった事は言うまでもないが。
 そして、つい先日そのモデルの仕事が雑誌に載ってしまったのだ。それが今現在の変装の真相である。そして母はその雑誌をにこやかな顔でここへ持ってきた。その顔が航をからかう為の物である事ぐらい、もう彼の予想範囲内にある。
(もうどうでもいいが、採用した奴は目が腐ってたんじゃないのか? 咲耶の方がよっぽどいいと思うんだけどな…)
 航は苦笑いを隠せない。しかし、比べるものの問題である。航は咲耶に比べれば確かに一般的ではあるが、平均以下というわけではない。
 採用した男が言うには、
「外見だけではなく、不思議なオーラが伝わってきた」
 らしいのだが、それもこの家族の怨念のような気さえしてくる。
(それか長年この家族の中にいるせいかも…)
 二つのどちらも当たらない事を思いながら、航は靴を履いた。
「とりあえず、行ってくる」
「結局そのまま?」
 咲耶はサングラスをメガネケースにしまいながら訊く。
「もう諦めた。たぶん誰も見てないよ」
「いいや、見てるかもしれないわよ? コレ、結構有名な雑誌だし」
「あのなぁ、もう少しいい考えができる方にまわしてくれよ!」
「いいたくなるような事いうんだもの」
 そう即答されて航は額にしわを寄せる。
「…行ってくる!」
 航が荒っぽくドアを開けた時、咲耶が呟く。
「行ってらっしゃいのキスは…?」
 その声に航はギクリとし、母はニヤリと笑った。
「! …え〜っと」
「してくれないの?」
 咲耶の呟きが危ない方向へと走るのを予感して航は咲耶の口を塞ぐ。
「いつもは…ムグっ!?」
 予想通り、いろいろと余計な事を口走りそうになった。
「する、するから、もう喋るなっ!」
「照れる事ないのに」
 母の声にギロリと眼光を送ると、掛けてあったコートを投げつける。
「きゃっ!? ちょっと、これじゃ見えないじゃないっ!」
(見せたくないんだよっ!)
 その隙に咲耶に口づけ、航は出発を開始した。




「…ねえ、お母様…」
 咲耶が呟く。すると母は紅茶を飲み干してから軽く反応した。
「ん?」
「お兄様…最近変わった?」
「は?」
 唐突な言葉に母は反応できなかったらしい。
「なんだか最近…」
 咲耶は言葉を飲む。それから先は何故か声にする事ができなかった。
「航は昔から変わってないわよ」
「でも最近ずっと変なの! この雑誌の事とかそういうんじゃなくて…」
 咲耶は声を張り上げる。しかし母は軽く眉を上げただけだった。
「…本当を見せ始めたって事でしょう?」
「? 本当?」
 わからなそうな顔をする咲耶をクスリと笑う。
「…そんなあなただから……航も苦労してるのね」
「お兄様が…?」
「お兄様…か。いつまで航はあなたの『お兄様』なのかしら?」
 咲耶の呟きに母の眼光が変わった。
「航がどれだけあなたを大切に思ってるか分かる?」
「…分かってるわよ」
 航が自分を好きでいてくれる、そう自惚れているわけではない。しかしその自信があるのも確かだった。彼の口づけも甘い言葉も息づかいでさえ、自分しか知らないのだから。
 しかし恐怖がいつもどこかにある。
「じゃ、航がどんな思いで自分を押さえてるか分かる?」
「自分を…押さえて…?」
「…いい女になるんなら、そういうところもちゃんと汲み取って上げなさい」
 母はそれだけ呟くと、椅子から立ち上がる。
「帰るわ、そろそろ家事に戻らなくちゃ」
「…え、あ…うん」
 彼女は虚ろに呟く。
「お邪魔様」
 母はそれ以上何も言わずにドアを閉めた。
 一人になった咲耶はぼうっと虚空を眺める。
(お兄様…)

『本当』のお兄様って何?
何を見落としていたのだろう。
何故お母様が気がついて自分は気がつけないの?
もう二人で暮らし始めてもう一年が経つのに何故気付けなかったの?
何でお兄様の全てを捕まえる事なんてできないの?
二人で住むこの部屋はプラスチックの箱のように透き通って見渡せる。
周りからなら見えるけど、中にいるとその大きさもわからない。
だからいつもぶつかってしまう、透明な壁に。
いつもそこで傷ついて、そして…いつもお兄様が引き上げてくれる。
お兄様はどこにいるの?
『本当』のお兄様って何?
もしかして『本当』は私の事が嫌いなの?
そんな事ないよね?
…ないわよね…?

 言葉は流れてゆく、彼女の心を通して彼方へと。
 咲耶は航の姿が載っている雑誌を開いた。
 これを初めて見た時、何故か不思議な違和感があった。いつも見慣れているはずの航の姿が違って見えた。ただカメラマンの腕のせいとか、雑誌の印刷の具合とかそういうわけではない。何かいつも見ている感じとは違った印象が彼女の中に溶け込んだ。
(何で…?)
 その時は深く考えなかった。しかし、今はその言が深く心に引っかかる。
「訊きに行こう」
 咲耶は呟く。即断実行が彼女の精神だ。航が関わるとそれはより顕著に現れる。
(怖いけど…大丈夫)
 彼女は右薬指に光る指輪を握る。これが今の彼女の支えなのかもしれない。
「お兄様…」
 そう呟くと、鍵を持って家を飛び出した。

                  *

いや…たぶん本当は君の為だけじゃないってわかってる。
オレは…オレの本当を『見せない』んじゃない、『見られたくない』んだ。
オレの『本当』を見た君はどんな顔をするだろう?
もしこの研ぎ澄まされてしまった感情が君に理解されなかったら?
拒絶されてしまったら?
「そんな事あるわけない、そんなわけない…」
震えた声で何度も呟いた。
呟くだけで胸が張り裂けそうなほど不安が湧いた。
こんな利己的な自分だって本当は見せたくない。
…でも…たぶん今言っても君は分からない。
ただ混乱させるだけだと思う。
オレはただそれが怖い…
だって…
君がなくなったらオレにはもう何もない。
君が呟いた事がある。
「お兄様がいなきゃダメなの」
それはこっちの科白だ。
君がいなくなったらオレはどうなる?
オレが愛していると君に呟くのは本当に君が愛しいからだけじゃない。
自分がいる事を確かめたいからだ。
君の存在だけがたぶん、この世界にとどめてくれる。
君がいなくなったら…
こんなバカな事が頭を回る。
だから…最近君とに口づけが怖い…

                  *

「よう、モデル君」
 何度そんな声を掛けられたかしれない。
(くそぉー! 母さん、恨んでやる!)
 大学内でも振り返る人間が何人いた事かわからない。
「あの人…もしかしてあの雑誌に載ってた人じゃない?」
このあたりのささやき声も航にとってはいい迷惑だ。
 とりあえず授業は聞き終わったが、何となく部屋から出られずにその場にずっと座っていた。最終の授業だったので次の授業は始まる事もない。学校職員から見ればいい迷惑であるが。
「…」
 航は虚空を眺めていた。
(ずっとこんな事をしてても仕方ない。もう人もいないだろ)
 立ち上がると荷物を持って教室を出た。
 夕日の光を照り返している石畳を抜けて、広場に出ると見当たるのは数人だけだった。
(一安心…っと)
 そう考え、歩き出した時、後ろから呼びかけられる。
「あの…雑誌に出てた人ですよね?」
「!」
 心の中で肩をがっくりと落としながらも、一応振り向いておく。
「あ、やっぱり」
(甘かった…)
 そう呟きたくなったがやめておいた。
「何か?」
 こういう時どう対応するべきなのか、航はまだ良く分かっていない。これが今の彼にできる精一杯の対応だった。
「あの…握手してもらっていいですか?」
 女性は少し俯いて応えた。見れば耳まで赤くなっている。精一杯の勇気を振り絞っての行動なのだろう。
「いい…ですけど…」
(モデルに握手? 写真とかならわかるが握手? 訳がわからん)
 航にとってそれは意味不明な行動だったらしいが、軽く手を差し出した。
「きゃああ! ありがとうございますっ!」
 彼女は手をきゅっと握る。
「…」
 航は咲耶とは違う手の感触に不思議な感覚だった。
(あいつに初めて会った時…握手したな)
 不意に思い出した。咲耶に初めて出会った日の事を。
 その時、彼女は三歳で物心ついたばかりだった。父親の影に隠れている咲耶に手を差し出したのを覚えている。
『今日から僕がお兄ちゃんだよ』
 航はそう呟いた。その時自分ができる精一杯の笑みで警戒させまいと必死になったのを覚えている。
 その時にぎり返して来た小さな彼女の手の感触を彼はまだ忘れてはいない。
(あれから…もう…十三年)
 彼女との思い出だけが彼の中にある。彼の人生のほとんどは彼女との記憶で構成されている。心だけではなく、記憶までも咲耶に作られたものと言えるかもしれない。
(…で…)
「…」
 現実に戻ってきた航はまだ握られている手をどうにかするべきと考えた。
「…」
 相手も相手でどうすればいいのか、分からないらしい。
(ったく…)
「んじゃ、もう行きますね」
「えっ、あ、はい」
 すっと手を戻す。気配りはしたつもりだが、これで良かったのか不安はある。彼女の反応を見れば、悪くはなかったのではないだろうか。
「こ、これからも頑張ってください」
「え……はい」
(これから…? これからもやれと?)
 航はそう毒づきたくなるがやめておく。母親にはめられて出しただけだからとは言えない。
「じゃあっ!」
 彼女は振り向いて足早に立ち去ろうとした。
「気をつけて…って…おいっ!」
「きゃっ!」
 道の段差に引っかかり、転びそうになった。が、航が抱き寄せる形で助ける。
 そんな彼らの後ろに一人の少女の瞳があった事を航は気が付いていなかった…




 咲耶は先ほどの即断により、大学の校門で航を待っていた。さすがに中には入れず、校門の隅で大人しく待つつもりならしい。
「まだかな…お兄様」
 今日は一時限だけだと言っていたのにこれだけ遅いのはおかしい。それとも先に帰ってしまったのだろうか。
「…」
(お母様の言った言葉…本当かな?)
 暇な時間は余計な事を考えてしまう。

本当を見せ始めたって事でしょ?

(本当って何? お兄様は何を隠しているの?)
 咲耶は思う。航の事で自分が知らない事などないと思っていたのに。
(何で隠してたの?)
 理由など思いつけもしない。そこはかとない恐怖が彼女を見ていた。

 オマエガ 見テキタ 航ハ 『ニセモノ』ダ…

 少女の中の恐怖が呟く。
 少女は自分の体を抱いた。別に寒いわけではない。ただ…怖い…
(お兄様…)
 彼女は待つ事を断念する。焦りが彼女をそうさせた。
(早く答えを聞きたい…!)
 その気持ちが彼女を走らせた。
 校舎の吹き抜けを抜けて舗装された道を駆ける。高い靴を履いてきたので足が痛いが、そんな事を気にしてはいられない。
 小奇麗な道や校舎の周りにはもう人が少ししかいなかった。たとえ前の神社のように人が大勢でも航を見つける自信はあるが、見つけやすいに越した事はない。
(どこにいるの? お兄様…)
 切れる息も彼女の気持ちを曲げる事はできない。
 そんな中、彼らしい後ろ姿を見つけた。
「! お兄さ……ま…?」
 叫んだ先の視界に航が見も知らぬ女性を抱いている情景が焼き付いていた。
(ウソ…)
 それはもう、言葉にすらならない。
「咲耶!?」
 航が振り向いた。それと一緒に胸に会った女性を突き飛ばす。
「! きゃっ」
 先ほどの抱き止めの意味もなく、女性はその場に倒れてしまった。
「…お兄様の…バカ」
 呟きと共にあとずさるのを見て、航は次の行動を予期した。
「ちょっ、待て! 咲耶っ!!」
 航の予感は的中し、咲耶は再び来た道を走り始める。
 先程よりも速く舗装された道を駆けて、校門を走り抜けた。しかしそのあたりで航も追い付き、咲耶を止める。
「ハァ…ハァ…待てって…言ってる…だ…っ!」
 日ごろ運動が少ないせいか、言葉が思うように話す事ができないが、一応言葉は伝わったようだ。
「放して!」
 振りほどこうとするが、航が手放すはずがない。
「聞けって! あれは…っ」
「お兄様の本当って何!?」
「えっ…――――?」
 咲耶の声に一瞬、言葉を失った。心を見抜かれた気がしてしまったからだ。昔は良くあった事だが、最近は少ない。それは彼女が変わったからか、航が変わったからかはわからないが。
 彼女は航のその一瞬を見落とさなかった。咲耶は航の手を振り払って航から少し距離をとる。
「そんなに信用できない…? 私の事」
 航の鏡に彼女の濡れた瞳が映る。
「っ! ちがうっ!」
 叫んでみる、目の前が白くなりそうな予感の中で。それが彼女にとっての意味をなす事でない事ぐらい、わかっていた。
「…やっぱり…」
「!」
 驚いた顔を見せた航に対して、咲耶が困った笑みを見せる。
「お兄様のウソついてる顔ぐらい…わかる」
「ウソ、なんか…」
 言い訳しようとする航の声は弱かった。切れる言葉は決して走った為だけではない。
「そんなに…コドモかなぁ…」
 彼女の瞳から涙がこぼれる。
「オレは…っ!」
「聞きたくないっ!」
 航の声も聞かずに走りだす。航も追いかけようとするが、信号は赤に変わってしまった。
「咲耶!」
 小さくなっていく彼女に叫んだ。その声が届く事がないとわかりながら…
「オレの言い分なんか…聞くはず…ないよな……」
 青年の呟きを、少女は知らない。




 航は家の扉の前で少し戸惑っていた。もし帰っていたら、どんな顔をしてやればいいかわからない。
「…ふう…」
 大きな深呼吸をすると、ドアノブを捻る。すると軽く回った。
(帰ってきてる…か…)
 航は居間でコートを脱ぐと、真っ先に彼女の部屋へと向かった。
「咲耶…?」
 扉をノックする。躊躇したが、話し合いはするべきである。
「…」
 返事はない。
「…開けるぞ」
 扉を開いた。そこには机、椅子、タンス、ベッド…彼女が揃えたモノがたたずんでいた。
「いない…」
 そこに彼女の姿はない。
 もう一度よく見回してみた。狭い部屋を視線が一周する。しかし彼女の姿はどこにも見当たらない。
「…まだ…帰ってないのか…」
(…鍵は閉め忘れただけか…めずらしい)
 航はぱたりと力なくドアを閉めると自分の部屋へ向かった。
 自分のベッドに寝転がると、航は見慣れた天井を見ながら心中で声を呟く。

―――咲耶は知らない。
まだ気付いてはいない。
オレの心がどんどん自分に向いていっている事を。

「好き」

咲耶が呟く言葉だけが不安から解放してくれる事を…
彼女のぬくもりも―――…




「…あ…」
 いつのまにか眠いっていた事に気がついて航は跳ね起きた。そして真っ先に考えつくのは…
「咲耶…帰ってきてるだろ」
 時計を見る。するともう十時を回っていた。確かにこの時間に十六歳の女の子が外を歩き回ってるとは思えない。
 再び先ほどのようにノックをしてみる。沈黙の家の中にノックの音が響く。
「…」
(まさか…)
 反応がないのを見て、何も言わずに扉を開ける。
「帰って…きてない」
 航の瞳に再び心配の色が映る。心に不安が響く。
(あの、バカ…!)
 航は部屋へと駆け込むと鍵をとって玄関へ走った。
「とりあえずしらみつぶしにさがしてみるか」
 言葉に余裕はなかった。焦りが彼を支配していた。
 しかし玄関横に置かれた紙が目に入った時、何故かそれを手にとった。
「?」
何故か惹かれた。それはたぶん彼女の書いた文字だったからだろう。
「え…?」
そして航の動きは固まった。まるでゼンマイが切れた人形のように。
 航は何度もそれを見返す事はなかった。ただ二列のその文字たちを読み返す勇気がなかった。言葉に出す事などできるはずもない。
 手紙はこう呟いていた…

お兄様へ…
家に戻ります。
咲耶

 航はそれからしばらく何もせず、呆然と手紙を見つめていた…




今日が別に特別な日だったわけじゃない。
日曜日よりも他のどんな休日よりも普通の日。
そう、オレ以外の人間には関係のないふつうの土曜日だったはずだった…
そしてオレもそうなるはずだった。
でもそうなる事はない。
この日をオレはずっと忘れないだろう…
今日はプラスチックの箱が割れた日…
そう…今日は…

君が消えた日……――――…


→世界で一番優しいキスを…-Plastic Love<後編>-

 

3/13 Himesato


牙風=姫里さんへの感想はこちら
ga_to_dabun@hotmail.com
▽BACK▽  ▽OTHER▽  ▽NEXT▽