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プラスチック・ラブ
十五→十六歳の星のカケラへ 〜To
my dearest〜
作 牙風=姫里さん
「〜♪」
彼女はかなり上機嫌のようだ。その理由は簡単、単純明快。彼女の誕生日が近づいて来たからである。れっきとした女性の咲耶だが、まだ年齢を気にするほど生きてはいない。彼女は明後日でやっと十六になる。
明後日だけでなく、明日も特別な日だ。部屋で明日につける予定のリップを確かめる。それに続くイヤリングなどの小物類も余すところなく完備されていた。
(よし、完璧ね…!)
彼女は鏡に向かってそう投げ掛ける。喜びの漏れる笑顔、それは航に見せるそれに似ていた。
「あ! お兄様だ!」
咲耶の耳に航のドアを閉めた音が聞こえてきた。咲耶は玄関へと走る。
「…あ、うん。ただいま…」
彼はゆっくりと呟く。その視線は確かに疲れを感じさせていたが、彼女を見ていつものように微笑む。
「御飯にする? お風呂にする?」
同棲まがいの行動が始まってから半年が過ぎた。おぼつかなかったいろいろな事も役割分担も終わり、こんな新婚の夫婦のような会話にも慣れてきた。
約束事の主も色々と決まったのだが、咲耶よりも航の方が約束と言う名の制約が多いのが気になるところだ。
『お酒を飲みすぎない』
『バイトは接待業×』
『手帳の中に自分の写真を入れておく事』
脈絡のないように思える制約だが、その全ては『浮気はするな』と言うものだ。
『お酒を飲みすぎない』=酒の勢いで女の子を口説くかもしれないから。
『バイトは接待業×』=バイト先で女の子に口説かれるかも知れないから。
『手帳の中に自分の写真を入れておく事』=いつでも見ているわよ!
というわけだ。
航はそれを苦笑いしながら全てOKした。
「風呂に入ったら飯にする…」
航は重い足取りで風呂場へ歩いてゆく。
「ああ、お兄様! コート、コート」
「あ、そうか」
航は咲耶にコートを手渡して風呂場のアコーディオンドアを閉めた。
(…何か最近帰って来るのが遅いわね、お兄様)
コートをハンガーに掛けながら思う。少し不満だが、前のように焦る事は無い。航の素直な言葉が彼女をその焦りから解放してくれるからだ。
「あ、そうだ。お兄様の服、出しておかなきゃ…」
タンスを開けようとして鞄が引っかかる。それは旅行用の大きな鞄だった。
「もう、お兄様。玄関に置いてって言ったじゃない」
重い鞄を押すとタンスを開いた。
「…明日か…」
航は用意された服を着ながら呟く。
(でも…何故温泉?)
明日は家族旅行の日だ。咲耶の学校の関係で一泊だけだが、それでも十分旅行と言う事にはなるだろう。
(今度は何考えてんだか、母さんは)
どうせ何かよからぬ事を考えてるのだろうと何故か確信していた。
「ってか、何で咲耶はOKしたんだ? 自分の誕生日に温泉? それでいいのか…?」
(いつもなら『誕生日はお兄様とデートするの!』とか言って一瞬で断るのに…)
確かに咲耶は最初猛烈に反対していた。母の言葉も父の言葉も全く馬の耳に念仏だったのだ。
(だったんだけどな…何か急に態度が変化したんだよな…)
その原因は母の要った悪魔の呪文とは、
≪咲耶と航は同じ部屋ね≫
これである。その後は誰でも分かる通りの流れで…
「!」
単純明快、魂胆見え見えなのだが、電話で囁かれたその言葉に咲耶は少し反応した。
≪温泉! 公認の婚前旅行! 解放気分満喫で航との関係も一気に躍進するかも…≫
「行く!」
一瞬の攻防は完全に母の勝ちだった。咲耶の反応を簡単に見切っていたのだ。航と咲耶の関係を反対するどころか応援する彼女たちは本当に特異だと言える。
(ま、いいか。『あれ』も何とか間に合ったし…温泉でバイト疲れを癒してきましょうかねぇ…)
そんな裏話があるとは露知らず、航はアコーディオンドアを開いた。
「あと何分ぐらいでつく…?」
車の後部座席にいる航が前にいる二人に聞いた。
「さあ、何分ぐらいかしら…?」
「あとちょっとだ」
この場合の「あとちょっと」という言葉が最も当てにならない事を航は分かっている。
「ちゃんと時間に換算して欲しいんだけど…」
「あとちょっとだ!」
父はそう言い張る。母は何も答えなかった。後ろを向こうともしない。
(つまりわかんない…と)
彼らの行動に適当に見限りをつけると隣に座る咲耶の方を向いた。
「そういえば咲耶は…?」
先ほどから反応がないのをやっと母が気がついた。やっと後ろの様子を覗う。
「寝てる。例によって昨日寝れなかったみたいだからさ…」
「そういうところは変わらないのよね…この子は」
母は最期の単語で航に視線を合わせた。それが何を意味するかは航が一番良く分かっている。どんな暗示があるか、ちゃんと分かっていた。
『あなたを好きだって所もね』
彼女はそう言いたいのであろう。
母の視線を受けて、航は再び咲耶を見た。彼女は雪の降る場所に行くには少し薄めの服装でいつものように優しい笑みを見せていた。
(この顔にいつもやられるんだよな…)
航は過去のこの笑みと一緒に起こした彼女の行動を思い出して微笑む。それは苦笑いではなかった。いつも彼を巻き込み、惑わせ、冷静さを失わせてしまうにもかかわらず、だ。
(それでも…ずっと一緒にいるんだ…)
彼は前に言った言葉を思い出す。
見ていてやるからいい女になりなさいな
オレも頑張っていい男になるからさ
(言われたからには咲耶はいい女になる為に駆け出すんだろうな…)
彼女の決意は薄くつけられた薄いピンクのリップからも明らかあった。決して背伸びをせず、その場にある自分の魅力を引き立てる色…
(んじゃ、オレは何をすればいいんだ…?)
言ってはみたものの、その手段があまり見つからない。不意に前にいる父に目をやった。
「母さん、この道だね?」
「え? 違いますよ。その信号の後ろの…」
「あ、それか?」
「そうそう…」
夫婦のやりとりの中に父はいた。
(何か…違うよな…)
航は父に対してそう思う。何気にひどい事を言った事に彼は気が付いているのだろうか。
(自分なりにいい男とやらになるしかないんだろうな…)
航が結論を出した時、車体が大きく揺れた。その衝撃で咲耶が航の肩に倒れてくる。
「おっと…父さん、安全運転で御願いしたんだけどな…」
「おお、すまんすまん」
父は軽く返した。
「ったく…」
咲耶と『する寸前』で邪魔されて以来、航は父に対してかなり冷たいが、それは仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
「…おにい…さま…」
咲耶の口が開く。それはおぼろげで、弱々しかった。
「…また寝言か?」
苦笑いをしながら航は横に丸めてあったコートを彼女に掛けた。
(変わらないな…お前は…)
「……違うか…」
(変わらないから…好きなのかもな……)
「何か言った?」
母が話し掛けてくるが航はその時、もう目を閉じていた。優しい、朗らかな笑みを見せながら…
そして彼らは温泉のある民宿にたどり着いた。
「…何で迷うかな…」
航はぼそりと呟いた。航の予想通り『あとちょっと』は二時間あまりで、しかもかなり迷ったので着く時間が予定より二時間ほど遅れていた。
「そんな事知るか。オレは母さんの指示に従っただけだ」
「何? 私のせいなんですか?」
口論が始まろうとするが、航は適当に流す事にした。
「咲耶、寒くないか…?」
薄着だった彼女にコートを差し出しておいたが、彼女を気遣う事を彼は忘れない。
「大丈夫よ、お兄様」
航のコートを羽織った咲耶は白い息を吐きながらそう笑みを浮かべた。
「大体、お前は薄着過ぎなんだ。もう少し露出度の低い服をだな……」
「!」
航の言葉にピクリと反応する。
「お兄様……それって…心配してくれてるの?」
それと共に裏打ちのある期待によって瞳が輝く。
「あ……っと」
戸惑う航を見て咲耶が抱きついた。航もいつもなら冷静に言葉を返すのだが、両親の手前、いつもの調子を出す事もできない。
「お、おい! こんな場所で…!」
「愛に場所は関係ないのよ!」
(…本当に変わってないな…オイ)
彼女の言葉に苦笑いどころではなくなった航は次の行動に戸惑った。
「え〜っと…」
おろおろとする航の瞳に光が転写された。それは巧妙の光ではなく、現実に起こった光である。
(…フ、フラッシュ?)
いやな予感に当てられてそちらを向くと得意げな母親の手にカメラがある。
「…何してる…?」
一応訊いてみた。
「いや何。ちょっとシャッターチャンスだったものだから」
にんまりと笑われ、確かに自分の母親であると言う以前に父の嫁をやれる人物だと確信する。
「そ、それ、現像するつもりか!?」
「当然。写真は現像するものよ」
そして咲耶の母親だと確信する…
「オレ、一枚!」
横から父が茶々を入れる。
「ちょッ、父さん!」
「あ、私も!」
抱きついているの咲耶が声を上げた。
「咲耶まで…」
反論する気がなくなる。
(ああ…疲れる……本当に疲れる…まずい、このメンバーはまずい)
がっくりと肩を落とした。このコンビネーションは彼の調子を狂わせる。
もしかしたら自分は咲耶から離れる為ではなく、このメンバーから切り離される為に家を出たのではないだろうかとふと思った。
(それにしても…どんどん母さんが父さんの毒気に当てられてる気がするのは気のせいか…?)
気のせいだと思いたい願望が現実を直視させようとしなかった。しかし過去が彼の中に思い出される。
「オレ…咲耶と一緒にいたんだ」
咲耶が彼の家に住むと言い張った時に母に言った場面で彼女の言った言葉は…
「…そういうわけね、やっぱり」
「やっぱり?」
「バレバレ。だから一人暮らしなんて言い出したんじゃないの?」
母はため息をついて椅子に座った。
「…全部お見通し…ですか?」
何となく敬語で話してしまう。
「咲耶の気持ち考えて反対したんだけど…あんたの意思は堅いしね…」
「…」
(オレは手の上で這いずり回ってたわけね…)
やり切れない衝動に駆られる。あれだけ苦しんだ自分は何だったのだろう。
「と思ったら咲耶は笑みで送り出すし。あんたの事ふっきったのかと思ったけどそれにしては毎日電話が来るし、毎週日曜はあんたのところに出かけていくし…バレバレもいいところ」
「さいですか…」
航は苦笑いを隠せなかった…
(昔から凄まじい人だったけど…あれに父さんの行動が混ざるとなると…)
「…早く入ろう……」
航は先に予想される彼女の猛攻に耐える事を思うとやる気がなくなりながらも奮起の為にそう言った。しかし言葉の力はかなり弱めである。
「あ、待って、お兄様!」
咲耶を引き離すと航は民宿の扉を開けた。
「ハイ、鍵」
「は?」
てっきり四人一部屋かと思っていた航は間抜けな声を上げる。
「これは…?」
「そういえばあんたじゃ信用できないわね。咲耶に渡しておくわ」
(咲耶に…?)
嫌な予感が立ち込める。
「母さん…? もしかして…二部屋取っちゃったりしてるわけ…?」
「当然」
またもやこちらを向かずに咲耶に鍵を手渡す。その奥の顔が悪魔の笑みである事ぐらい、簡単に予想できた。というよりも、咲耶の反応で簡単に理解した。
「…そうでございますか」
(…何でオレも気が付かないかな…)
苦笑いを超えた虚無感が彼を襲ったが、彼は大騒ぎをするのを押さえた。どうせ彼が不満を言えば咲耶が泣くのだ。結局咲耶に勝てるはずが無い。それが分かって彼らはこうしたイヤガラセに近い好意を押し付けてくる。
「どうかしたか、航?」
父が軽く肩を叩く。顔を見ずともにやりと笑っているのが分かる。
「別に…」
航はその場に座り込みたい衝動に駆られながらも荷物を担ぎ上げた…
(…どういう両親何だかな…本当に)
何となく正座で航は机をまたいで向こう側にいる咲耶を眺めた。
(普通こんな状況を望んで作るか…? そりゃ、お互いの両親に申し訳が…って事は無いんだけど…)
確かにお互いの両親といっても片親は死んでしまっているわけでもう一方もいやというほど良く知ってる。
「お兄様? どうしたの?」
「いや…」
(そうだ。別にいつもと変わらない。あの異常なメンバーから抜け出しただけじゃないか…!)
航はなんとも悲しい結論を出すと荷物の整理を始めた。
「…あれ? 咲耶ぁ、オレってシャンプー何処に入れたっけ?」
「…」
(あれ?)
反応が無いのに振り向くと彼女は窓から外を眺めていた。その瞳が外の雪の風景に向けられている事ぐらい、航にも分かる。
航は立ち上がり、窓際の咲耶の横に行った。
「いい景色だな…」
航はありがちな言葉を紡ぐ。しかしその言葉が一番その風景に合っている気がした。白い山々と、少し見える木々の残り…それらは確かに美しいと言える。それ以外言いようがない。
「来て…良かったな」
「…うん」
父や母がどんな意図≪陰謀≫でこんな事を企画したのかは知らないが、この場所に来たのはマイナスにはならないだろうなと航は思った。
「…咲耶、これ…」
「?」
彼女が航の方を向こうとした時、ノックがあった。
「二人とも、お風呂行かない?」
「…」
航は言おうとした言葉を引っ込める事にする。
「…どうする? 行く?」
咲耶が先ほどの言葉を気にしていた。
「お兄様、何か言おうとしたんじゃないの?」
「いや…また今度でいいや」
航は鞄の元へと戻り、先ほど咲耶に訊いた言葉を思い出した。
「シャンプーどこに入れたか分かる?」
「んじゃ、また後で」
男組と女組に分かれると航は当然男湯にいた。女組の方から、
「ちぇっ、混浴じゃないのか」
という声が聞こえたが気のせいだろう。
(普通…逆だよなぁ…)
航がそんな事を考えたのも些細な事と言う事にしておこう。
「くうっ…生き返るぅ…!」
「極楽極楽…」
二人、ほとんど同じ部類の言葉を吐く。航は十八でこの言動はまずいと思うのは気のせいだろうか。あえてどちらが航かは言わないでおこう。
「一つ訊きたいんだけどさ…」
「何だ?」
父は訊く態度を見せながら湯船の中で目を閉じた。
「何でオレたちを連れてきたわけ? 本当に咲耶の誕生日だからなのか?」
「咲耶は結構乗り気だし、いいじゃないか」
父は目を瞑ったまま応えた。
「二人で来れば良かったのによ」
「二人じゃ家族旅行にならないだろう?」
あっさりと言葉を返されるが、それは彼の知りたい事ではなかった。
「夫婦旅行にすればいいじゃないか」
「じゃ、二代夫婦旅行って事で」
「!」
(に、二代夫婦?)
ニュアンスだけは掴めるその言葉に少し反応する。その表情を隠す為に湯船からあがろうとした。
「…そんなんで大丈夫か? まだ咲耶としてないんだろ?」
「!!」
激しい水音と共に航が湯船に落ちた。ひょんな言葉に足を滑らせた結果だ。
「あ、おい! ずぶ濡れになっただろうが!」
頭から飛沫を食らった父が髪をかきあげる。
「父さんが莫迦な事言うからだろうがッ!」
温泉から這い出した航がそう叫ぶ。
「ホントの事だろ?」
「…そうだけど……ってそうじゃなくて! 普通、父親はそんな事言わないんだよ!」
「一般の父親になるつもりは無いので」
「そこが論点じゃないだろ…ったく!」
航は再び湯船に浸かった。
「…真面目な話、今更まずいとか思ってたりしないだろうな?」
父が訊いた。
「…思ってないよ」
「ならいいが…前にも言ったが、もしオレたちに義理立てしてるとか言うなら…」
「するか」
航は父の考えを一瞬で罵倒する。
「…誰かさんが邪魔しなきゃ、もうとっくにどうにかなってるよ」
「それ以前にしようと思えばできたと思うがね」
父はもうあの時の事を責められても回避する方法を思い付いていたらしい。
「…咲耶が耐えられなかったよ、あの日まではね」
「は? そんなに激しいのを…」
「そうじゃないねえよ!」
咄嗟に言った言葉はやはり親への誠意は感じられなかった。
「心の問題だ」
航は呟く。
「…そうか。オマエも考え合っての事なわけだな?」
「当然だ。男が同棲してて何もしないなんて訳ありに決まってるだろ?」
「…そうだな」
父はそれだけ言うと湯船を出た。
ところ変わって女湯。
「んで、どうなってるの? そっちは」
「…どうって?」
咲耶はまとめた髪を気にしていた。いつものようにちゃんとまとめているかどうか微妙に気になる。
「航との事」
「…少しは進展してるかって?」
咲耶は伏せた瞳でそう訊き返した。
「その通り」
「…知ってるくせに…」
「まだ進展無し…か。何やってるのかしら、あの子は」
と、こちらも何故か一般的な母親からは見られない言動が飛び出す。本当に似たもの夫婦である。とても再婚とは思えない。
「でも、焦ってないわ。焦らないって決めたの」
咲耶は航の言葉を信じていた。
焦らなくていいよ
オレは咲耶が好きだから
彼らしい優しい言葉…それは彼女を安心させるに足りた。それは優しいだけではなく、彼女に信じる勇気を与える力があった。
「…といいつつも少しは気にしてるんでしょう?」
意味あり気な視線を含んだ瞳が咲耶を映した。
「…まあ、少しは……ね」
咲耶は半分顔を沈めた。ため息がぶくぶくと音を立てて立ち上る。気にしないとは言いつつも進展への願望が途絶えたわけではない。
「航があなたに興味ないって事はなさそうだし…身体もこんなにいいのに…」
「ちょっ、変なとこ触らないでッ!」
咲耶が母に距離をとった。湯船に小さな波ができる。
「フフッ…」
母は笑っていた。航の母親だと思わせるような笑みで…
「一つ…訊きたかったんだけど…」
「ん?」
母は笑みを止めた。
「何で許してくれたの? 私たちの事……」
「何? 怒って欲しかった? ダメだって断固反対して欲しかった?」
「そうじゃ…無いけど…」
咲耶が返答に窮するのを見て、母は再び笑い出した。
「私たちって再婚でしょう? だからあなたたちは血が繋がってない…赤の他人にもなりえる…」
咲耶は黙って母の言葉を訊いていた。久しぶりに再婚と言う言葉を口に出した母は何か新鮮な気がした。
「だから今は本当の意味で『家族』じゃないのかもしれない。だけど…」
母は咲耶の頬に触れた。
「あなたたちが一緒にいればそれで家族でしょう?」
「お母様…」
咲耶の呟きに母の調子がいつもに戻る。
「それにあなたたちが結婚しても私たちが親だっていう事は変わらないしね」
「け、結婚…」
その単語に咲耶は声を漏らした。
「え? 何、自信ないの?」
「あ、あるわよ! お兄様は私と結ばれる運命なんだからッ!」
ガッツポーズと共に咲耶が立ち上がった。
「その前にHが先だけどね」
「う…」
鋭い突っ込みに咲耶は撃沈した。
「お! 来たぞ」
風呂場前の休憩所で待っていた男組の一人が女組に気がついた。
「長風呂だよな…」
航はジュースの缶を投げる。軽やかな音を立てて缶はごみ箱に吸い込まれた。
航たちもかなり長風呂をしたにもかかわらず、缶ジュースを一本飲み干す時間があるのは異常である。
「ごめんなさい、待った? お兄様」
そういう彼女の姿が航の瞳に飛び込んでくる。
「……き」
両親二人の前だった事を思い出し、無意識に言おうとした言葉を飲み込む。
「?」
「あ…いや、何でもない」
航は決して風呂のせいではない赤い顔を背けた。その行動によって二名は察しがついたらしい。その証拠に顔を見合わせ、その行動に笑みを交わした。
「もしかして…綺麗って言おうとしたのか、オマエ?」
「………」
父が口火を切る。
「え?」
咲耶は背けた顔を下から覗き込んだ。
「そう思ってくれたの? お兄様」
「…思ってしまいました」
確かに航がいいそうになった言葉が一番彼女に似合っていた。美人系の顔、湯上りでほのかに立ち昇る湯気にまぎれる桜色の肌、そしてそれに掛けられた浴衣…その全てが彼の中に言葉を走らせた。
「フフフッ…お兄様も素敵よ」
彼女は満面笑みを浮かべて彼の手を取って歩き出した。
「お、おい」
「行きましょう、お兄様!」
引っ張られると言うよりも引きずられる感じで航は部屋に引き込まれた。
「ふう…食べた食べた…」
食事が終わり、航が後ろに転がった。
「こちら、お下げしても…?」
「あ、はい。お願いします」
咲耶が適当に食器をまとめた。
「あ、いいんですよ」
女将は食器をまとめると、食器を下げていった。
「ふとん敷くのに邪魔になるかな…?」
「少し外に出てましょうよ、お兄様」
「…湯冷めしそうだな…」
彼らは鍵をしめ、廊下を歩き出した。
「咲耶もあと四時間で十六か…」
航がしみじみと呟く。幼い頃、二歳の頃からずっと見てきた咲耶の成長に航は父親のような気分になる。
「うん。大人になったでしょう?」
咲耶は前に回っていつもの自信たっぷりの態度を見せた。
「…どうかねぇ」
「もう、お兄様!」
少し怒った彼女の笑みに航は昔を投影する。
(癖とか、怒り方とかは全然変わってないのに…)
こんなに愛しいのは何でだろう…
青年の中で彼女への愛しさが波紋のように広がっていった。いつのまにか航は咲耶を見て微笑んでいた。
「何よ、お兄様。どうかした?」
「…いや。綺麗だなと思って」
「え…?」
航の呟きに咲耶は頬を染めた。
「星がね」
「! もう! お兄様!」
彼女は航をぽかぽかと叩く。航はそれを笑いながら受け止めた。
「悪かった、悪かったって」
自分でも少しからかい過ぎたと思いながらも言葉に反省の色はない。
「もう! 知らないっ!」
そっぽを向いてしまった咲耶を軽く引き寄せ、瞳を星に向けた。
「でも、綺麗じゃないか?」
「…そう、だけど……でも」
少し不満げな咲耶の言葉に航は彼女の性格を思い出す。
「…星に妬くなよ?」
「!? そ、そんなわけないじゃない、お兄様! 変な事言わないでよッ」
彼女の露骨な慌て方に航は見透かした視線を彼女に送った。
(図☆か…何だかな、もう)
そう思い、少し苦笑する。
「オレは星に恋するほど乙女チックじゃありませんて」
航は咲耶の頭を撫でた。
「…」
大人しくなった咲耶を見て、再び過去の彼女が重なる。
(こういうところも変わってないな…)
変わらない彼女、変わって行く彼女…その全てが彼の愛しい彼女だ。愛しさの衝動に負けて航は彼女の意思も訊かぬまま、抱き寄せ、口づける。
「…お兄様?」
唇が離れると顔を火照らせた咲耶が訊いた。
(彼女がいなくなったらオレはどうするだろう?)
考えてみる。いや、考えずとも分かる。たぶん生きてはないだろう。死んでいなくとも今のように生きている感触はないだろう。彼女から伝わってくる温もりがなければもう自分は壊れてしまうのだ。
「…戻ろっか」
「うん」
寄り添って歩く。相手の温もりが雪の冷たい温度から彼らを守っていた。
「オレ…ちゃんと咲耶の事が好きだから…」
彼女でしか受け止められない唐突な言葉はちゃんと咲耶に伝わる。そして応えた。
「私も好き…」
そう呟き、口づけた。
部屋の扉を開く。薄暗い部屋にふとんが敷かれていた…
「…」
「…」
不意に二人の視線が錯綜する。それの意味を二人は無音のまま理解した。
彼が何を求めるか
彼女が何を求めているか
そんな事は言わなくても瞳を交わさなくとも分かっている。お互いの心、体、彼らを支え、紡ぎだすその全てだという事は言葉にする意味すらない。
「…その前に鍵しめてからにしようか」
航が咲耶の頬に口づけながら呟いた。
「うん!」
航はガチャリと内鍵を捻る。カーテンはいつのまにか閉められ、部屋の中にはもう二人しかいなかった。そんな中、航は周囲の闇にまぎれる彼女の瞳を見た。
これで邪魔は来ない。そんな場面が二人の気持ちのように抱き締める強くする。
「…ん…ふ、あ…」
いつもより甘い口づけに耐え切れず、咲耶がふとんの上に崩れ落ちる。航は彼女を追い、はだけた胸に口づけた。
「綺麗だよ…星に負けないくらい……」
「お兄様…」
薄暗い部屋で咲耶の顔の赤みが増した。
「咲耶…」
航の呟きと共に再び彼らの影が闇にまぎれた………
朝、日の光が雪を照らす。溶け出した雪が水となり、朝の寒さに彩られて道路を凍らせていた。
「……ん……あさ…?」
咲耶の言葉に傍らで彼女を見ていた航がいつもの笑みで応える。
「うん。十二月二十日の…ね」
「あ…」
咲耶が思い出したように呟く。
「十六歳の誕生日おめでとう」
航が優しく呟く。優しい瞳が彼女の目に届いた。
「あ…ありがとう、お兄様…」
笑みを受けた咲耶はそう応えた。それ以上に言葉を話したいが胸が詰まりすぎて何も言う事ができない。
「プレゼントは渡したからな。いつか本物をやるから今はそれで、な」
「え?」
咲耶は航の言った言葉が理解できなかった。
「女の子にとって十六歳は…特別だから」
航は浴衣を羽織った。
「ちょっと、温泉行って来る」
「あ、お兄様…」
動こうとした咲耶を航は止める。
「動かなくていいよ。まだ痛いだろ?」
「あ…」
赤面した咲耶を見て額に軽く口づけると部屋を出て行った。
「…行っちゃった…」
その言葉に不満はなかった。確かに一緒にいたい気持ちもあるが、昨日の痛みと彼の優しさだけが強く、不意にふとんをかぶる。
(私…昨日お兄様と……)
顔の赤みと共に幸せな気持ちが込み上げる。顔の火照りを冷まそうと両手で顔に触れたた時、顔に確かな金属の感触があった。
(あれ…? 私…昨日指輪してた…?)
ふとんを剥ぎ、右手の薬指を見るとそこには見た事のない指輪がはめられていた。
「…?」
不意にはずしてみる。内側に彫られた文字に気が付いた。
To my dearest from KOU
文字はそう彫られていた。
「あ…」
彼女は理解する。プレゼント、本物、十六歳…それに共通するもの、それが彼女の右腕の薬指にはめられている。
(本物って…結婚指輪…?)
彼の優しい言葉が咲耶の中で何度も響いた。
どうでもいい話だがこの後、帰りの車の中で全てお見通しの両親二人に航が色々と責められたのは言うまでもない。
「来年もまた来ようか?」
自分を茶化す親共を前席に押し込むと航が咲耶に言った。
「…うん。今度は二人で、ね?」
咲耶の指に指輪が輝いていた…
あとがき
読み返してあまりにも姫里の小説らしくて泣きました牙風=姫里です。( ̄▽ ̄)
題名も長いしね…ケッケッケ(壊
今回からこのシリーズは『プラスチック・ラブ』って事になってます。
命名は九朗様です。(キャー! ありがとー!ヽ(´―`)ノ
もし、『ワシが決めたかったぁ!』と思った方いたら、スミマセン。
このシリーズを書く事を決定したのは彼のおかげ(せい?)なので。
何にしても航×咲耶シリーズではあまりにも色気なさ過ぎと思ったわけです。(笑
どうでもいいが、うちの咲耶って襲われる(笑)時、マニアックな格好してるな…
制服、制服、浴衣…
この後はバ●ーガールとか●イド服とかナー●とか……?(ヲイヲイ
……決して姫里の趣味ではないので。
戯言はともかく、書き終わってしまいそうな『プラ・ラブ』ですが、もう少し続くのでご容赦ください。
もし、メールくれたらのびるかもですぜ、旦那。(←打算的
四作目から感想を出しても…とか思わず、じゃんじゃん行きましょう♪(←打算的
それでは〜♪12/12 Himesato
牙風=姫里さんへの感想はこちら
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