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ある探偵の日々〜とある日のポストメール〜 作・葉坂沙希也さん
朝の新聞をとったりするのは兄の仕事だったが、昼間に来る手紙などは四葉がとることになっていた。 なんでも、いつ起爆装置入りの手紙が送られてくるか分からないから、らしい。 どうやって見分けるんだと勇一が聞くと、四葉は名探偵だからお茶の子さいさいデスと胸を張って答えてくれた。 まあ、そんなもの来るわけがないので勇一は黙っていたが。 そんなある日、四葉は手紙受けにあった手紙をまず覗き込んだ。 「これはいらないDM。これはママの……ん?」 1通だけ、見ただけでは誰宛なのか分からない、ピンク色の封筒があった。 「爆発するかもしれないから慎重に……デス」 慎重といっても、ゆっくりと触ることしかできなかったが、四葉の隣にはきちんと消火器が用意されていた。 いつ爆発してもいいようにだ。ちょんちょんと触れてみる。反応はない。あくまで慎重に、四葉は封筒を取り出した。 「ふー、どうやら不発弾のようデス」 そもそも、あまりにも薄っぺらいこの封筒に起爆装置が入っているとは普通考えにくいのだが、四葉によると そう言う思い込みが命取りらしかった。 「……兄チャマ宛。こんな危ないものを送りつけてくるなんて、いったい誰デスか?」 爆発しなかったのだから危ないものではないような気がしないでもないが、四葉にとってその封筒が不審物であることには 変わりなかった。 ピンクの封筒の表には兄の名前が書いてある。 四葉が裏側を見ると、そこにはこう書かれていた。 「永井……可憐? 知らない名前デス」 しかし、差出人は女性らしい。 「と見せかけておいて実はマッチョさんに違いないデス」 見せかけるのは勝手だが、どこからマッチョを連想したのか? 「というのは軽いジョークデス。でも、兄チャマに女の人から手紙がくるなんて初めてデス」 四葉はとりあえず家に入ると、コタツのスイッチをつけて入った。最近はすっかりお気に入りである。 「……やっぱりこれはあれしかないデス」 少々元気なく、四葉はその言葉を紡ぎだした。 ──ラブレター。 それ以外ない。しかし、確認する術はない。開封すればそのあとが残ってしまう。 「そうデス、新しい封筒に宛名書きをワープロ印刷すればばっちりデス!!」 幸い自分用のパソコンは持っていないが、ワープロぐらいなら家ので使ってもいいことになっている。 ゆっくりとコタツから出ようとした四葉は、再びコタツの中に入った。 「ダメデス……。消印のない封筒なんてアヤシサ千万デス」 ピンクの封筒を両手に持ち、グデーとコタツに突っ伏す四葉。どうもコタツに入ると推理力が鈍るらしい。 「気になるけど、勝手に覗いたら怒られるし……」 以前同じ事をして、勇一にはこっぴどく叱られた。あと、勝手に部屋に入ることも禁じられた。 自分はただ秘密を探ろうとしただけなのに。 まあ、今考えるべきは気づかれないで中身を見る方法……。 「そうデス、兄チャマが開けてから見ればいいんデスっ」 問題は開封後、証拠隠滅を図られる可能性があるということだ。 「兄チャマが見てるところを強引に奪うとか…………名探偵っぽくないデス」 もっと華麗に中身を見なければならない。それが名探偵に課せられた使命なのだ。 「水につけたら透けたりしないかな?」 言ってみただけで、やるだけ無駄なのは分かっている。 「やっぱり証拠隠滅を阻止するしかないデス」 そう結論を出した四葉は勢いよくコタツから飛び出すと、さっそく準備に入った。 そして階段を駆け上がろうとした四葉の足はぴたっと止まった。 「……何を準備すればいいのデスカ?」 名探偵への道は、少なくとも地球から太陽ぐらい遠い。 「ただいま」 ワンパターン的に四葉が帰ってきてから1時間後に勇一は帰ってきた。 「四葉はまだ帰ってないのか……」 そうは言っても四葉の場合、家にいても靴を隠すことがあるので断定はできない。 しかし、勇一がリビングの入り口に置いてある手紙の仕分け箱に目をやると、きちんと仕分けされていた。 どうやら、帰ってきたことは帰ってきたらしい。そのあとどこかに行ったのか、隠れているかが分からないが。 「俺宛は……永井可憐?」 勇一は確かに一瞬顔をしかめた。2階からそっと様子を見ていた四葉はそれを敏感に察知する。 ──身に覚えがないのデスか? だが、勇一はため息をつきながら階段を上がってきた。四葉は自分の部屋に隠れ、そっと扉を閉じた。 部屋は階段に近いほうが四葉、奥が勇一の部屋になっているので、隠れるのは楽にできる。 四葉は自分の部屋に入ると扉に耳を押し当てて聞き耳を立てた。そのとき、冗談きついなと言う勇一の声が聞こえた。 「……冗談なのかな?」 クラスメートのいたずら? 永井幸也という人物が勇一の友達にいたような気もしたが、残念ながらその人は男の人だ。 それに、いたずらにしてはリアリティーがない。 実はママからなのだろうか? いや、あんな筆跡はしていない。 なんにしても、あれは女の人からの手紙には違いないのだが。 兄の部屋の様子を探ろうと四葉が扉を開けようと思ったそのとき、勇一はすぐに部屋から出てきた。 階段を下りる音を確認して、四葉は下の様子をうかがった。テレビがついている気配だ。どうやらまたコタツに入っているらしい。 すぐには上がってこないだろう、四葉はそう判断して勇一の部屋を覗くことにした。 まずは机。あれだけすぐに部屋から出てきたのだ、それほど手の込んだ隠し場所にはないだろう。 机にはなかったが、封筒はゴミ箱に捨ててあった。これは、それほどこの手紙が勇一にとって重要ではなかったという証拠だ。 大切なものは、封筒ごととっておくだろう。 しかし、ゴミ箱に同じ文字で書かれたような紙はない。捨てたばかりで、ゴミ箱の中にはほとんど何も残っていない。 あるのはこんな手紙だけだ。 『昨日、三毛猫が鳴いていた。野ざらしになって、飽きるまで。 にじんだ、茶色の、まぶたが、放そうとしないんだ、きっと。 見かけたら、残さず話してくれ。恋人が、遠い場所で、頑張ってるから。 ただ、いつも、世界のはじめは、つながっている。だ、と、よ』 詩のようだ。けど、詩にしてはちょっと不自然だ。それに、これは女の人の文字ではない。 殴り書きされていて、男の人のような文字に見える。一応、これは勇一の文字でもない。 しかし、ゴミ箱にはこれとあの封筒しか残っていない。ということは、封筒の中身はこの手紙の可能性がある。 文字が一致しないことろをみると、組織の可能性もある。 「これは大事件デスっ」 とりあえず四葉はこの意味不明な詩をメモしておく。そしてそっと部屋を出た。幸い、勇一とはちあうことはなかった。 四葉が階下をうかがうと、なにやら勇一の話し声が聞こえてきた。電話だろうか? ちなみに勇一は携帯電話の類を持っていない。ほとんど使いもしないのに基本使用料を払うのが嫌らしい。 定量制なら使うのかと聞いても、首をひねっていたが。 何かのヒントになるかもしれない、四葉はそっと下りていく。見つかったらそれでいい、今帰ってきたと言えばいいのだ。 「で、なんであんなもん送ったんだ?」 口調はちょっと呆れ気味だ。 「なんで喜ぶんだよ…………そりゃそうだけども……で、なんて書いたんだ…………お、お前そんなこと書いたのかよ……… いや、書かれてあることは認めないでもないが………おい、勝手に切るなよ」 そこで会話が終わってしまう。何の参考にもなりゃしない。しかし、手紙の内容を勇一が分かってないとはどういうことだろう。 ──暗号デスっ!! きっとそこには麻薬の隠し場所が書かれているに違いないのだ。 四葉は慎重に階段を上がると自室に入り、先程の詩のページを広げた。 『昨日、三毛猫が鳴いていた。野ざらしになって、飽きるまで。 にじんだ、茶色の、まぶたが、放そうとしないんだ、きっと。 見かけたら、残さず話してくれ。恋人が、遠い場所で、頑張ってるから。 ただ、いつも、世界のはじめは、つながっている。だ、と、よ』 妙なのは最後の「だ、と、よ」である。ここにヒントがあるに違いない。 「だとよ……並べ替えかな?」 だよと、とよだ、とだよ、よとだ、よだと。 しっくりくるのは「とよだ」くらいか。 「これはヒントじゃないデス…………四葉を惑わすためのフェイクデスっ」 あっさりと見切りをつけ、四葉は次のヒントを求める。 次に気になる点、それは句読点の多さだ。2行目以降読点の数が多い。 「ってことは……」 暗号を解読していく四葉の表情いっぱいに戸惑いが広がった。 「……どういうこと?」 まったく、余計なものをしてくれたと思う。 まだ四葉は帰ってきていないだろう。勘でしかなかったが。はやくあの手紙を処分しないと、四葉のことだから 部屋をあさってでも調べたがるだろう。 「……もしかして」 あの手紙の仕分けをしたのが四葉なら、きっと中身を気にしているだろう。外面上は女の子からの手紙なのだから。 可憐の兄である幸也が四葉のために書いた暗号文は、思いっきり四葉の興味を引くようにできていた。 可憐にわざわざ封筒の宛名を書かせる徹底ぶりだ。ならば、四葉は帰ってきて、部屋にこもっていたのかもしれない。 「……ったく」 やっぱり余計なことだ。 勇一は階段を駆け上がると、部屋から出てくる四葉にはちあった。 「あ、兄チャマ……」 むしろ四葉がタイミングを合わせてきたのかもしれないが。その四葉はノートを手に俯いていた。 「どうした?」 もしかしたら手遅れだったのかも、勇一は心の底でそう思っていた。 「その……ごめんなさいっ」 俯いたまま、さらに四葉は頭を下げた。 「どうしたんだよ?」 「あの、兄チャマに来た手紙、お部屋に入って読んじゃったの」 涙声だった。俯いていて分からなかったが、今落ち着いて見ると、四葉が小さな肩先を揺らしていた。 「女の人からだったから、気になって……」 自分の言葉を待たず、四葉が蚊の鳴くような声で言った。 「それで、兄チャマが電話してるの聞いて……ひくっ……手紙が暗号で、書かれてることは兄チャマ認めるとか言ってたし……」 ひどく小さく、愛しく思えた。 四葉は暗号を解読してしまったのだろう。 「これ……ホント? 今でもホントなの」 そして、勇一に四葉はノートを差し出してきた。 そこにはあの手紙の原文に、いろいろ線が引っ張ってある。しかし、最終的にはこうなっていた。 『キミの兄チャマはキミのことが大切だとよ』 幸也が言っていたとおりの文章だ。 「でも、兄チャマの部屋に入っちゃったし……。だから……」 「……バカ」 勇一はゆっくりと四葉を包み込んだ。 「兄……チャマ……」 「そんなことで嫌いになんかなるもんか」 互いの鼓動が、すごく近い。同じ音を奏でているのを、四葉は感じていた。 「大事だよ、なによりもさ……」 疑っていた。自分のことはどう思われているのだろう。確証がほしくて、四葉は兄の周りを、兄自身を調べまわったのだ。 そして、四葉は暗号を解いた、勇一が内容を認めるという文章を見つけるために。 『世界のはじめはつながっている』、句読点で区切られた文章の始めだけをつなげていけばいいのだ。 そして解いた文章は、四葉が最も知りたい文章だった。 「……ホントに?」 「正解だよ、探偵さん」 「ぐすっ……わぁぁぁぁぁん」 それだけで、何よりも嬉しかった。 だからと言って、四葉が兄の追跡を止めるわけもなく、勇一はなんども部屋には入るなと言いつけた。 「兄チャマの秘密は、全部全部ぜーんぶ、この名探偵四葉が暴いちゃうモン。 兄チャマ、チェキよ」 (とある日のポストメール・終わり)
あとがき 四葉っていうと迷探偵ぶりが前面に押し出されているわけですが、 やっぱりたまにはちゃんとした推理をさせてやりたいと思いました。 もしかして暗号解いちゃったりすると面白さ半減だったかも。 暗号自体は適当ですからね、それに四葉が解けなきゃ困るし。 四葉は兄の秘密を知りたいっていうのもあるでしょけど、 兄が自分のことをどう思ってるのかを知りたくて、 でも探偵マニアだからあんなストーカーまがいの方法取っちゃうんじゃないかなと、 ふと思ってみました。 とりあえず幸也君はいたずら好きということで。
葉坂沙希也様への感想はこちら hasakasakiya@hotmail.com back top next