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トラブルエッグ3 ─暴走、四葉+花穂─

作・葉坂沙希也さん


   異変は同時に起こった。
  「行かなきゃ……」
   チェス盤を片付けていた鈴凛は、花穂のつぶやきをかろうじて聞くことができた。
  「どうかしたの、花穂?」
   鈴凛が振り返ると、花穂はメカ鈴凛の電源を切っていた。
  「ちょっと、なんで花穂が!!」
   メカ鈴凛は鈴凛の最高傑作だ。誰にでも電源が切れるような設定にはなっていない。それを花穂は簡単に切ってしまった。
   兄の勝実も、姉の咲耶や千影にも知られていない解除法を、どうして花穂が知っているのか。
   いや、そんなことよりも今問題なのはどうして電源を切ったかということだ。しかし、その答えを鈴凛が知ることはなかった。
  「お姉ちゃま、ごめんなさい」
   電光石火、花穂は鈴凛の懐に入り込んだ。そして、くずおれる鈴凛。
  「……なんで?」
    苦しそうにうめきながら、鈴凛はフローリングの床に倒れこんだ。
  「……お姉ちゃま、花穂は花穂を完成させるの」
   無表情で、花穂は倒れた鈴凛を見やると部屋を出ていった。

   リビングではどうやって四葉を説得するか活発な意見交換がなされていた。千影の説明は実際とは少々違っていた。
   今、偽物の花穂が本物の花穂から吸い取った感情は四葉に移行している。よって、ここで勝実が偽物にキスしようとも、
   実際には何の変わりもない。魔物が花穂の姿をとってしまった以上、もう花穂以外からは感情を吸うことはできない。
   しかし、それを言っては四葉を脅迫する材料には少々足りない。だから千影は嘘をついた。
   一応、他の妹にはそのことを後から説明した。
  「鈴凛だったら楽だったのに」
   さらりと咲耶がいうが、特に反論はでない。
  「みんなが知ってるお兄ちゃんの秘密を教えてあげるっていうのは?」
  「ねえさま、にいさまのどんな秘密をお持ちですの?」
  「ふふ、ひ、み、つ」
   何気に頬を赤らめている可憐。何があったのか疑いたくなってしまうが、今は一応それどころではない。
  「……どうしても……キスしてくれないのかい?」
   その後ろでは、千影が説得を何度も試みていた。
  「ううぅ、でも四葉恥ずかしいよぉ」
  「四葉おねえたま、なんだか花穂おねえたまみたいだね」
    当の四葉はうつむいてもじもじしていた。千影はその様子を見てため息をついた。
  「ちょっと……みんなで説得してくれないか。私は……本物の花穂を連れてくるよ」
   意見も聞かず、千影はリビングを出ていった。
  「もう、仕方ないわね」
   今度は咲耶がため息をつくと、四葉のもとにしゃがんだ。
  「いい、別にキスすることは全然恥ずかしいことじゃないの。それにみんなに見せろなんていってるわけじゃないのよ」
   今の四葉は四葉というよりは花穂だ。それなりの対処法は、長女の咲耶は分かっているつもりだ。
  「……ほんと?」
  「ほんとよ。あなたがすることは正しいことなのよ」
   しかし、四葉はうつむいたままで、ぽつぽつと呟いた。
  「でも……あとで写真ばら撒いたり……スクープよって言ってお兄ちゃまにばらしたりしない?」
   微妙に四葉思考が残っているようだ。
  「誰にも言わないよ、ねっ」
   可憐が頷き、振り返った。後ろにいた春歌たちも一様に頷く。
  「おねえたまがんばってー!!」
  「姉や、お願い……」
   いまいち状況の分かっていなさそうな2人だったが、勝実が他の妹とキスするのはなんとなくずるい気がしているのだろう。
  「四葉さん、誰にも言いませんから、恥ずかしがらないでください」
  「そうですわ、姫はそんなことすぐに忘れちゃいますわ」
   鞠絵と白雪も言葉をかけてやる。その言葉を聞いてか聞かずか、四葉は大きく息を吸い込んだ。
  「……キスする」
   そして勢いをつけて立ち上がった。
  「でも、ほんとのほんとに誰にも言わないでね」
   四葉が不安げに周りを見渡すと、そこにはみなの笑顔があった。
  「話は……ついたかい……」
   ちょうどいいタイミングで千影が花穂を連れてきた。相変わらず花穂はボーっとしている。
  「ううっ、やっぱり恥ずかしいよぉ」
   いざ本人を目の前にするとやはりそんな感情がぶり返してくるようだ。
  「台所の陰にでも隠れればいいじゃない」
   咲耶は花穂の手を取ると四葉とともに台所に連れて行った。
  「じゃあ、がんばってね」
   咲耶はそう言い残し、台所に花穂と四葉を置き去りにした。

  「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
   咲耶が台所を出て数瞬、いきなり四葉の断末魔の叫びが聞こえた。
  「もう、どうしたのよ」
   別に大したことないだろうという感じの咲耶は、のんきに構えて台所に入った。
   事実、台所では花穂がうつむいて、四葉はこの世の終わりのように自分自身を抱きこんで震えていた。他には何もない。
  「もう終わりデス、四葉はアブノーマルな世界への扉を開いてしまったのデス……」
   どうやら四葉は自分を取り戻したようだ。ということはキスしたということなのだろう。咲耶はそう結論して花穂のほうを見た。
  「花穂、気分はどう?」
   声をかけられた花穂は、おろおろしながら咲耶を見上げた。
  「お姉ちゃま、今の……」
  「花穂、世の中には深く追求してはいけないこともあるのよ」
   花穂も自分を取り戻したのだろう。四葉とキスしてしまったことに驚いているらしい。
  「ま、とにかく解決ね。お兄様に何してもらおうかしら」
   咲耶は早くも何をお願いするかに思いをめぐらせていた。
  「お姉ちゃま、花穂とりあえずお部屋に戻ってるね」
  「分かったわ」
   花穂の顔も見ずに、咲耶は適当に返事した。
  「どうやら……無事に終わったようだね」
   台所をでていく花穂と入れ違いに、千影が入ってきた。
  「ううぅ、もう四葉は戻れないの……。兄チャマ、ごめんなさい」
   何気に涙を流している四葉は無視して、千影は咲耶に近づいた。
  「咲耶くん……しばらく花穂くんから……目を離さないでおいてくれないか?」
  「やだぁもう、お兄様ッたら」
  「……咲耶くん?」
  「ああ、これから四葉はこのことをネタに脅迫されつづけるの。そしていつか殺人をしてしまうのデス」
  「そ、そんなこと……お兄様ッたらせっかちね」
   千影はため息をつくと台所を出た。妄想中の咲耶に言葉が届かないことなど、経験上悟っていたことだ。
   仕方なく千影は台所を出た。
   すると、玄関の扉が開いて切羽詰った表情の衛が駆け込んできた。
  「大変だよ!!」
  「衛くん……どうしたんだい?」
  「千影ねぇ、ごめんなさい。あにぃが逃げちゃったんだ!!」
  「兄くんが……」
    家を出るときでさえ、勝実はだだをこねて家を離れたがらなかったのだ。
   家を離れるにつれて不安になって、また戻ってきてしまったのだろう。
  「やれやれ……」
   それだけ言い、千影は2階へ続く階段を見上げた。上には鈴凛がいるからまだ大丈夫だろうが、
   一応花穂の様子を見ておくに越したことはない。まだ、何か忘れている気がするのだ。
  「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
   突然、男のものと思われる悲鳴が上がった。
  「……兄くん」
  「あにぃ!!」
   千影と衛は急いで階段を駆け上がった。この声は勝実のものだ、間違いない。
   なぜ2階にいるのかは謎だったが、今はそんなことはどうでもいい。
   階段を上がると、勝実が花穂と鞠絵の相部屋の前の床にへたり込んでいた。
  「か、か、か……」
   よほど動転しているのか、勝実はなかなか口が思うように動かない。
  「あにぃ、どうしたの!?」
  「か、か、花穂が……」
   おそるおそる震える指先を部屋の奥にむける勝実。その指の先には、
  「……ふ、2人いる」
  「……どういうことだ?」
    花穂が二人立っていた。千影ですら、その現実にはすぐに答えを出せない。
   しかし、その奥で気を失っている鈴凛を見て、千影は納得した。
  「私がキスさせたのは……偽物と言うことか」
   ちょうどその時、下で兄の叫びを聞いたほかの妹達が駆けつけてきた。
  「一体何があったんですか?」
   鞠絵の問いに、千影は無言であごをふる。鞠絵たちが覗くと、そこには花穂が2人と、気絶した鈴凛の姿があった。
  「これは一体?」
  「……っていうかどうしてお兄ちゃんがここにいるの?」
   いまさら気がついたかのように可憐がつっこむが、誰にも相手にされなかった。
  「花穂ちゃん……」
  「入ってこないで……」
    衛が部屋に入ろうとするが、花穂はそれを止めた。それが本物なのか偽物なのかは分からない。
  「花穂は花穂を完成させるの」
  「花穂さん?」
   訳も分からず、みなは花穂の話を聞くしかなかった。
  「花穂ね、ドジでとろくて、お兄ちゃまの役にちっとも立てなくて……」
   かすかに花穂の表情がかげる。
  「だから、応援することしかできなくて……」
   表情に、花穂らしい明るさはなかった。そんな顔を、ひとすじ、光るものが伝っていく。
  「けど、ほんとはもっとお兄ちゃまの近くにいたいの。頑張ってるお兄ちゃまが、大好きだから……」
  「……花穂ちゃん」
   再び衛が部屋に入ろうとする。しかし、それを止めたのは勝実だった。
  「事態はよく分からないけど、今は花穂の話を聞いてやってくれ」
   いつもの勝実だった。いや、普段よりも真剣な眼差しだった。衛はその瞳を見て、一歩踏み出した足を引いた。
   引かざるを得なかった。こんな真剣な兄を見たのは、はじめてに近かった。
  「だから、花穂はずっと頑張ってたんだよ。けど、やっぱりドジだから……」
   花穂が2人ならんでいる。1人は無表情だった。1人はとても小さな存在だった。
  「だから花穂をあげるの。そしたら、花穂のドジも治るんだって……もっとお兄ちゃまの役に立てるんだって」
  「……そういうことか」
   千影が合点のいった表情を見せる。
  「忘れていたよ……その魔族は感情と引き換えにその者の願いを叶えてくれる」
  「ふざけんなっ!!」
    勝実は突然立ち上がった。その行動に、場がシンとなる。当たり前だ、勝実がここまで怒りを表したことなどなかった。
  「お、おにいたま……」
  「くすん……兄やが怖いです」
   雛子も、亞里亞もびくびくしていた。それほどに、勝実の表情は鬼気迫るものがあった。
  「花穂、俺はそんなことされたって嬉しくなんかないぞっ!!」
  「お、お兄ちゃま……」
   花穂の顔がどんどん青ざめていく。兄のためにしていたことなのに……。どうして、そんな言葉で花穂の顔が埋められていった。
  「感情がなくなるってことがどういうことか分かってんのか!! 花穂が花穂じゃなくなるってことだぞ。
  そんなもん、死んでるのと同じじゃないか」
  「で、でも……」
  「でもじゃない!! とっとと戻って来い」
  「……もう、手遅れだよ」
   花穂と花穂が唇を重ねる。その一瞬前に、勝実は飛び出していた。なぜかは分からなかった。
   しかし、そうしなければ花穂は帰ってこないような気がした。そして、泣いていた方の花穂を抱きかかえて床を転がった。
  「千影、言え!! どうすれば花穂はもとに戻る!?」
   千影はため息をついた。結局こうなってしまうらしい。
  「みんな……構わないかな?」
   一応確認のために振り返る。みな、しぶしぶ頷いた。
  「偽物にキスして……本物にキスすればいい」
  「どっちが偽物なんだ?」
   2人は双子よりもそっくりだった。と言うよりも、偽物と言っても花穂そのものなのだ。
   見分けがつくわけがない。千影も首を振る。
  「……こうなってしまった以上………分からない」
   沈黙は一瞬で、再び千影は口を開く。
  「ただ……間違えたら……花穂はともに戻らないよ」
   見当がつかない訳ではない。本物は今も無表情を保っている方の花穂だろう。
   四葉とキスしたのは偽物なのだから、今感情を保っているほうが偽物。しかし、それは推論でしかない。
   あの魔族は花穂と多少なりとも一緒にいたのだ。それを勝実に見つかった。その瞬間に一時的に感情を返したかもしれない。
   奪うことは直接でないといけないが、返す場合は離れていても返せる。
   花穂の心をしばったままなら、再びキスしてしまえば問題ない。自分が本物の振りをしていれば、うまくいくかもしれない。
   その程度の計算は立てているだろう。問題はそれを実行したかどうか。
  「……見れば分かることだよ」
   勝実は、自分の腕の中にいた花穂にそっと唇を近づけていった。
   ──そっちでいいのかい……兄くん!?
   止めてくれと叫びたくなるのは自分だけではないだろう、千影は心の隅でそう思う。
   他の妹達も、複雑な心境で勝実が花穂にキスするのを見ていた。
  「で、本物にもう一回キスすればいいんだな?」
   誰も、何も言わなかった。勝実が2回も他の子とキスするのを見なければならないのだ。
   いや、別に見なければいけないわけではない。しかし、見たくないのに、それでも目を離すことができない。
   本当は見たいのかもしれなかったが、今は自分の気持ちが分かったところでどうしようもない。
   勝実は無表情のまま立ち尽くす花穂を軽く引き寄せた。
  「花穂……自分自身のこと、嫌いか?」
   花穂は勝実の腕の中で、うつむいていた。
  「自分がドジだって、そんなに思いつめてたのか?」
   花穂は何も言わなかった。他のみんなも何も言わず成り行きを見守っている。
  「ドジだってなんだって、頑張って前に進もうとする花穂が……一番好きなんだけどな」
  「おにい……ちゃま」
   うつむいた花穂の言葉が響いた。
  「花穂が頑張ってるから、俺も頑張れるんだよ」
  「ほんと……?」
  「だから、もうこんなことすんなよ」
   ゆっくりと、勝実と花穂の距離がなくなっていった。
   やわらかくて、あたたかくて──
   花穂という証を、勝実は返してやった。
   花穂に変化があった。
  「すん……ぐすっ……」
    すすり泣く声が、不意にこもった。
  「わあぁん、お兄ちゃまぁ、ごめんなさいっ……」
   胸のなかの花穂を、勝実はそっと抱いてやった。
   一方、もう一人の花穂は音も立てず消えていった。しかし──
  「……あの、また卵が」
   鞠絵が言い、指差す先にはまた赤い卵が残っていた。
  『卵を奪って割る→偽物が出る→勝実とキス』
   以上の公式を立てた、可憐、衛、白雪、千影に春歌が卵に殺到した。
  「あの卵は可憐のよ」
  「ボクのだよ」
  「もともとこれは姫が買ってきたものですのよ」
  「……勝手なことは……させないよ」
  「ワタクシがいただきますわ」
    雛子と鞠絵と亞里亞はそれをあ然として見ていたが、それは余談である。それぞれの思惑をはらみ、赤い卵に手を伸ばした。
   わずかだが、可憐の手が早い。
  「ん、なんだこれ?」
   しかし、卵を取ったのは勝実だった。
  「えっ!!」
   事態の急転についていけず、可憐は床に大きく転んだ。それにつられるように、その後を追った4人も転倒していく。
   そして、最後に転んだ白雪の手が勝実の手をはじいた。
  「あっ!」
   もう遅かった。勝実の手を離れた卵は大きな弧を描き、床に落ちて割れた。
   再び、卵から煙が立ち込める。
  「わぁ、おにいたまが二人いるよ」
   雛子が無邪気な声をあげる。そう、魔族は勝実の姿をとって復活してしまったのだ。
  「……予定外だが……これもいいだろう」
   千影は立ち上がると即刻偽物の身動きを呪符で封じた。
   その後、勝実とのキス2回分の権利をかけ、たっぷり2時間かけてジャンケンが行われたのは言うまでもない。

  (終わり)



あとがき うう、やっと書きあがりました。 これを書き始めたのはいつだったのでしょう。 結局花穂メインだったのかなぁ? それはともかく、最近千影と春歌のキャラが分からなくなってきました。うう、どうでもいい? 次回作の予定は今のところありません。でも、まあ、またなんかすると思います。 ちょっと短めでした。 葉坂沙希也様への感想はこちら hasakasakiya@hotmail.com back top next