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トラブルエッグ─二人の花穂─

作・葉坂沙希也さん


  「ただいまぁ」
   花穂は玄関を元気よく開けた。しかし、返事はない。今日はチアの練習もなく、一番に帰ってくるの
  が自分だと分かっていたので花穂は別段不思議には思わなかった。
  「のど渇いたから何か飲もっかな」
   自分の部屋に帰る前に、花穂は台所に入ると冷蔵庫を開けた。
   中にはいろいろな種類のジュースが入っている。兄と妹12人が暮らす家だ、需要は多岐にわたる。
  「んー、何にしようかな」
   扉の棚にあるジュースを見ながらも、花穂の視線はなぜか上にある卵を置く場所に移った。
  「なんだろ、これ?」
   卵は以前買ってきたものが置いてあるのだろう、冷蔵庫番の白雪と春歌が整理しているので花穂そこ
  のところはよく知らなかったが、そこには数個かの卵に混じって一つだけ花穂の目を引くものがあった。
   かすかに赤味のかかった卵。
   しかし、こんな卵が市販されているところを花穂は見たことがない。赤い卵はあるにはあるが、しか
  し市販されているものよりもっとはっきりとした赤色だった。
   のどの渇きも忘れて、花穂はその卵を手に取った。
  「冷たくない……」
   今まで冷蔵庫に入っていたはずなのに、その赤い卵は冷たさを感じさせなかった。いや、むしろぬく
  もりさえ感じる。何より、この卵を持っていると、なぜかほっとしてしまう。不思議な感じのするその
  卵を、花穂は両手で大事そうに包んだ。
  「冷蔵庫になんか入れてたら、かわいそうだよね」
   どうしてそんな考えに到ったのか、花穂自身にもよく分からなかった。

  「ただいまですの」
   次に帰ってきたのは白雪だった。今日の料理当番である白雪は少々早目に帰ってきたのだ。今日は冷
  蔵庫の中身を整理するために魚のムニエルにしようと決めていた。卵は今朝見た限りではちょうどあっ
  たはずだ。
   白雪は自然な手つきで冷蔵庫を開けた。
  「……あら、卵は?」
   一つだけ、冷蔵庫から卵がなくなっていた。あの、ちょっと珍しい赤い色をした卵だ。市販されてい
  た普通の赤い卵のパックの中にその卵は紛れ込んでいた。白雪はそれを珍しいからという理由だけで選
  んで買ってきた。もしかしたら黄身が二つ入っているかもしれない、何となくだけど。
   だから印象に残っていたのだ。
  「誰か食べてしまわれたのかしら?」
   白雪はちょっとがっかりしてため息をついた。
  「どうしたの、白雪ちゃん」
   花穂はもう帰ってきていたようだ。
  「花穂ちゃん、この中にあった赤い卵知りま……」
   白雪は振り返り質問したが、その質問の答えを花穂はすでに持っていた。花穂はその卵をハンカチで
  包み、両手で大事そうに持っていたのだ。
  「その卵は?」
   白雪が聞くと、花穂は嬉しそうに頷いた。
  「いいでしょ、冷蔵庫の中に入ってたんだよ」
  「あの、それは……」
   なぜか花穂がその卵のことを気に入っているようなので、白雪は少々ためらいがちに、
  「今日、ムニエルにしようと思っていたんですのよ」
   そう言うと、花穂は非難の声をあげた。
  「なんで。かわいそうだよ」
   そう言われて、白雪は困ってしまった。花穂が今まで卵を食べるのはかわいそうだなんて言ったこと
  はない。それが、今になって急にそんなことを言い出したのだ。
  「それがないと今日の料理が作れませんわ」
   それはちょっと嘘だった。別にまた買ってこればいい。けど、白雪はその卵を使って料理をするのを
  楽しみにしていたのだ。花穂を説得できればそっちのほうがいい。けど、花穂は断固として反対した。
  「じゃあ花穂、今日の晩ごはんいらない」
  「そんなこと言われましても……」
   花穂がここまでかたくなな態度をとるとは、正直白雪には信じられなかった。
  「でも、その卵はどうするつもりですの?」
   そこまで思い入れる理由が分からない。白雪が聞くと、花穂は言った。
  「大丈夫だよ、ちゃんと育てるから」
  「育てる!?」
   白雪の想像を大きく越える言葉が花穂の口から出てきた。
  「市販されてる卵は、温めてもヒナは産まれませんのに」
   花穂が知らないとも思えないが、白雪は一応告げた。
  「……どうかしたのかい?」
   そこに、千影が入ってきた。どうやら今帰ってきたようで、かばんを持ったままだ。
  「あ、千影ねえさま。花穂ちゃんが卵を返してくれないんですの」
  「卵……?」
   密かに眉をひそめ、千影は花穂の方を見た。その瞬間、千影の表情が険しくなる。
  「あの卵は……どこで?」
   その表情の意味が分からず、白雪は再び困惑する。
  「別に、スーパーで買ってきただけですの」
  「…………ずいぶんと……厄介な買い物をしたね」
   千影はそれだけ言うと、花穂の方に向き直った。
  「さあ……その卵を返すんだ。…………まだ間に合う」
  「ど、どういうことですの?」
   とことん訳が分からない。白雪はただおろおろして千影に聞いた。
  「あの卵は……人の感情を食べて成長する魔族の…………卵だよ……」
  「えーっ!!」
   白雪はあまりの事態に絶叫した。なんでそんなものがスーパーで売っているのか。
   花穂は千影の言葉にも反発する。
  「いやだよ。この卵は花穂が育てるんだから」
  「もう…………魔力にあてられているようだね……」
   花穂はもう魔族の支配下にいると千影は判断し、強硬手段に出ることにした。ショックのさめやらな
  い白雪に近づき、千影は彼女に耳打ちをした。
  「花穂くんを……取り押さえるんだ。………ただし、卵は割らないように……」
  「で、でも……」
  「早くしないと……取り返しがつかない…………」
  「わ、分かりましたわ」
   白雪は頷き、花穂にゆっくりと近づいていく。それにあわせて、花穂も後退していくが、すぐに部屋
  の隅に追い込まれた。千影も白雪の後につく。
  「……さあ……卵を渡すんだ」
  「いやだよ」
   部屋の隅に追い詰められても、花穂はしっかりと卵を抱えたままだった。仕方なく、千影が無理やり
  奪おうとしたときだった。
  「どうしたの、みんな?」
   突然の声が割り込んだ。千影と白雪の注意がそちらに向く。
   その隙を見計らって、花穂は二人の間をすり抜けた。そして、さっき声をかけた可憐がいる廊下へと
  続く扉に逃げ込もうとする。
  「ねえさま、花穂ちゃんを捕まえて!!」
  「えっ!?」
   白雪が叫ぶが、可憐には何のことだか理解できず、ただ立ち尽くしていた。
  「お姉ちゃま、どいて!!」
   花穂も白雪と同じように叫ぶが、同じことだった。
  「きゃっ!」
   可憐は走ってくる花穂をよけることができず、激しくぶつかってしまった。二人はほぼ同時にしりも
  ちをついた。そのとき、花穂の手から卵が放れた。宙に放たれた卵がくるくると回転し、
  「しまった!!」
   千影が声をあげたときには既に卵は割れていた。
  「いたたたっ……」
   可憐が打ち付けたおしりをさすりながら立ち上がる。一方の花穂はぼーっと周りを見渡していた。
  「ねえ、何があったの?」
   可憐が千影のほうを見ると、千影と白雪は同じ場所を見つめていた。その視線を追い、可憐は振り返
  る。
   割れた卵から、一本の白い煙が立っていた。その煙は、まるで空中に透明なケースがあるかのように、
  何かを形作っていった。
  「ねぇ、これって……」
   可憐は声を震わせた。その姿が、誰かに似ていたからだ。そう、それは花穂そのものだった。
  「…………下がって」
   千影が可憐の前に出る。白雪はボーっとしているままの花穂をその煙から引き離した。
  「実体化する前に……手を打てばいい……」
   そう千影が言ったときだった。煙はその言葉を理解したのか、花穂だった形を崩し、煙突から風にな
  びいているかのように、開いていた玄関に流れた。
  「待て……」
    千影はすかさず後を追った。だが──
  「うえーん、痛いよぉ」
   千影が見たのは玄関先で実体化し、何もないところで転んでいた花穂の姿だった。
  「…………もとが花穂くんで……助かったようだね……」
   千影はほっと一息ついた。

  「なんだか、花穂そっくりだね……」
   どことなくうつろな瞳で、花穂本人は言った。
   何も縛るものがなかったので、千影は庭にあった衛の跳び縄を拝借し、呪符をつけて卵から産まれた
  花穂を縛った。
  「さて……これからどうするかだが……」
   千影は白雪と可憐と花穂、そして亞里亞をつれて帰ってきた春歌をリビングに集めた。
  「この魔族は……あまり一般的ではないからね……退魔の方法を記憶していない…………。というより
  も……ぜひコレクションの一つに加えたいところだが…………」
   千影は、ちらっと春歌の視線を盗み見た。その鋭い視線に心の中でため息をつく。
  「とりあえず……花穂くんの方を優先しないとね……」
   春歌がいなかったら、千影はきっと退魔せずに花穂の感情を元に戻す方法を考えていただろう。手間
  がかかっても花穂が治らないことはない。しかし、それでは春歌は納得しないのだ。
   この前など、兄である勝実に背後霊がどれだけつくか実験していたところ、唐突に春歌が部屋に乗り
  込み、日本刀を振り回して背後霊を次々に切り裂いていったのだ。ドイツの祖母に何を習ってきたのか、
  春歌は除霊術を心得ていた。千影にとって春歌は厄介な相手なのだ。春歌は思いついたらそのまま通し
  てしまうところがある。春歌は花穂のことを案じている。いま、花穂のことを後回しにするのは得策で
  はない。
   そうそう、この家に春歌が来たときが一番大変だった。
    この家は悪霊に満ちていますわっと宣言し、徹底的に除霊して回り始めたのだ。終いには千影自身を
  祓わないといけないと言い出した。その騒ぎは何とか収まったが、それから、千影は少し春歌には遠慮
  している。君子危うきに近寄らずというやつである。
  「……私は……花穂くんを元に戻す方法を調べてくるから…………縄を解かないように見張っておいて
  くれ」
    そう言い残し、千影はその部屋を後にした。春歌がいるから大丈夫だろうという判断だった。
  「じゃあ可憐、花穂ちゃんと亞里亞ちゃんを上に連れてくね」
   花穂はまだ少しボーっとしている。ちなみに亞里亞は花穂が二人いたことにびっくりして泣き出して
  しまっていた。白雪は話が終わったと見るやさっそく台所に向かった。早く準備しないとみんなが帰っ
  てきてしまう。そして、その場には春歌だけが残された。
   ──あまり邪気は感じないけど。
   春歌が抱いた感想はそれだった。千影の呪符の効果なのか、偽物の花穂は大人しくしている。
   ──ちょっとだけなら大丈夫なはずですわ。
   春歌はそう思い、先ほどから我慢していたトイレに向かった。
  「ただいまー」
   そう言って、衛は玄関ではなく、庭からリビングに直接入ってきた。大体衛はこんな感じだ。
  「わっ、花穂ちゃんどうしたの?」
   そして、衛は縛られている花穂を見つけた。慌てて花穂に近づくと、花穂は涙声で言った。
  「衛お姉ちゃま、千影お姉ちゃまに縛られちゃったの……ほどいて」
  「千影ねえ、ひどいことするなぁ……」
   そしてよくよく見ると、花穂を縛っているのは衛の飛び縄だった。
  「もう、ボクの勝手に使うなんて」
  「衛ちゃん、それほどいちゃダメ!!」
   衛が縄を解いてあげたときと、その叫びは同時だった。衛がびっくりして振り返ると、可憐が青い顔
  をして立ち尽くしていた。
  「これがどうかしたの?」
   衛は振り返り、もう解いてしまった飛び縄を可憐に見せた。
  「衛ちゃん、その花穂ちゃんね……」
  「花穂ちゃんがどうかしたの?」
   事態を知らない衛は首をひねった。
  「偽物なの……」
  「偽物?」
   衛が振り返ると、
  「うわっ、なななな、なにこれ!?」
   さっきまで花穂がいた場所で、さっきまで健康的な肌色をした顔も、花穂の制服も、何もかもが真っ
  白になっていた。衛は慌てて引き下がった。
    そして、衛が入ってきた窓に向かって流れていく。
  「ワタクシとしたことが……」
   そこに春歌が入ってきた。慌てて煙を追う。千影の話では煙になるのはほとんど数秒しかないらしい。
  すぐに実体化するからそこを捕らえてしまえばいいのだ。
    庭に出た煙を追って、春歌もスリッパのまま庭に出た。
   煙は家の角を曲がっていった。春歌もその角を曲がるが、しかし──
  「消えた……」
   そんなに二人の距離に差はなかった。次の角に行くにしても姿が見えないのはおかしい。春歌があた
  りを見回すと、そこには見慣れないものがあった。
   『危険』とだけ書かれた看板である。その近くに、なぜか穴が掘ってあった。
  「ふえーん、痛いよぉ……」
  「昨日あれだけ、地下に研究室作るために穴掘るから気をつけてねって言ったのに……」
    春歌がその穴を覗くと、中には泥だらけになっている花穂と鈴凛とメカ鈴凛がいた。穴は早くも3m
  ほどになっていた。
    春歌は大きくため息をついた。何となく、その穴をふさいでやりたい気分にもなったが。

  「まあ、これを見越して穴を掘ってたんだけどね」
   事情を聞かされた鈴凛は大げさに胸を張った。
   今度は衛の了承を得て、縛りつけてある。もはや逃げられることはないだろう。あと帰ってきていな
  いのは、先ほど雛子を連れて咲耶が帰ってきているので、四葉と鞠絵、そして兄の勝実である。ちなみ
  に勝実は病院へ鞠絵の付き添いで行っているので、帰ってくるのは一緒だろう。
  「……だいたい集まってるようだね…………」
   ほぼ全員が集まっているのを確認し、千影は部屋に入ってきた。ここにいないのは花穂の部屋にいる
  本物の花穂と付き添いの可憐だ。
  「その……花穂くんを元に戻す方法は分かったよ……」
   千影にしては珍しく、ためらった。
  「どうすればいいの?」
    咲耶が尋ねるが、千影は大きくため息をつくだけだった。
  「何か問題でも……?」
   今度は春歌が尋ねる。千影は仕方なく口を割った。
  「……その………口移しだ……」
  「口移しぃぃぃぃぃぃ!!」
   この場にいる全員の声がはもった。千影はその大絶叫にこめかみを押さえながら答える。
  「そこの偽物と……上にいる本物の花穂くんとね…………」
  「……で、誰がするの?」
    鈴凛がそう聞く。自分は嫌だという感情を込めつつも、依頼料5千円と書かれたプラカードを肩から
  ぶら下げていた。
  「……兄くんが…………適任者であることは否めないんだが……」
    千影は一瞬5000円札を出そうとも考えたが、とりあえず鈴凛を無視して話を進めた。
  「……あにぃが、花穂ちゃんと?」
  「ちょっと、他に方法はないの!?」
   その姿を想像したのか、咲耶は千影に詰め寄った。千影は重く首を横に振る。
  「そ、そうですわ。花穂ちゃんが直接──」
  「すべてを吸い込まれて……終わりだよ」
  「バニラとかはどう──」
  「花穂くんの行動が……ネコ化してもいいと言うなら…………それでも構わないが」
   白雪が思いつきをあげていくが、すべて千影に撃破された。
  「まあ……姉妹である私達でも……………大丈夫だとは思うが」
    千影がそう言うと、妹達は鈴凛を除いて即座にミーティングを始めた。
  「春歌、千影、いくら出せる?」
  「1000円ぐらいなら」
  「……私もそのくらいだね」
  「……私と千影と春歌で3000円ね」
  「ボク……500円でいい?」
  「……あとは鞠絵と可憐と白雪から500円が妥当ってところかしら」
  「姫がですの?」
  「責任払いよ」
   そして全員が頷いた。
  「話はついたわ、鈴凛。キスしてもらいましょうか?」
   咲耶が代表して言う。
  「……マジ?」
   まさか本当に払うとは思っていなかった鈴凛は、顔を引きつらせながら一歩──
  「か、体が動かない……」
   一歩引こうとしたが、金縛りにあったかのように体が動かなかった。
  「…………鈴凛くん……君の影は押さえたからね」
  「ひ、卑怯よ!!」
  「……これは……当然の取引だよ」
    心底楽しんでいるようにしか思えない笑みを浮かべ、千影は鈴凛に歩み寄った。
  「大丈夫。命までは……取りはしない」
  「そーゆー問題じゃないっ!!」
   そのとき、インターホンの音が響いた。

   実を言うと、四葉はそのとき既に家に帰ってきていた。こっそり帰ってきて、いつのまに帰ってたの
  と言われるのが快感なのだ。大体は屋根裏に潜み、勝実の部屋に行くのが日課と化していたが、今日は
  状況が違った。
  「むー、みんなして花穂チャマを取り囲んで、何をする気デスか?」
   リビングに集結している妹達。その中心には飛び縄で縛られている花穂の姿があった。
  「はっ、まさかみんなに危ない趣味が……」
   あくまでひそひそと独り言をしながら、四葉は天井裏からみんなの様子を観察していた。しかし、様
  子はかろうじて分かるものの、会話までは聞こえない。みんなで一斉に叫んだ口移しという言葉以外、
  はっきりと聞き取れるものはなかった。
  「ああ、やっぱりアブノーマルな世界へご招待するに違いないわっ」
   それ以外の状況が四葉には想像できない。とりあえずメモ帳には口移しと書いておいた。
  すると突然鈴凛を除いてみんなが集まった。
  「…………最初の犠牲者は鈴凛姉チャマ……」
    四葉にはプラカードは見えない。真上から覗いているのだから当然のことだが。
  「じゃあなんで花穂チャマを縛ってるんデスか?」
   分からない。いったいみんなは何をしようとしているのか。
  「うー、でもここは我慢よっ」
   今飛び出していったら、自分が生け贄にされるかもしれない。いまは何が起きるのかを見極めるとき
  なのだ。そのとき、インターホンが家中に鳴り響いた。みんなの注意が玄関に向く。花穂を助けるため
  には、チャンスだった。
   ──ど、どど、どうしよ。

  「お兄様、お帰りなさい」
   兄、勝実は家に帰ってくるとまずリビングに向かう癖がある。いまリビングに向かわせるわけには行
  かない。
  「……珍しいな、みんなでお出迎えなんて」
   言われて咲耶は自分の後ろを見る。するとなぜか、あの場にいた全員が玄関にきてしまっていた。
   ──ちょっと、誰か花穂を何とかしなさいよ。
   あくまで妹間ブロックサインで伝える。
  「花穂さんがどうかしたんですか?」
   しかし、そのサインは当然鞠絵の知るところである。事情を知らない鞠絵は素直に聞き返した。
  「そーいや、花穂と可憐と四葉がいないな」
   まだ、ちょっとした疑問のようにしか思っていないようだ。
   ──鈴凛、千影、GO。
   咲耶は鞠絵に見られても問題ない程度のサインを送る。さすがにこれだけでは分からないのか、鞠絵
  は何も言ってこなかった。それとも、何か事情があることを察してくれたのかもしれない。それを受け、
  鈴凛と千影はその場を離れた。
  「お、お兄様。ゆっくりと立ち話でもしません?」
  「ゆっくり立ち話は嫌だなぁ」
   率直な感想を述べ、勝実は靴を脱ぐと自分用のスリッパをはいた。
  「兄君さま、ちょっと味見に付き合っていただけませんか?」
   春歌が勝実をつかみ、台所に向かわせる。
  「そうですわ、今日はとってもおいしくできましたのよ」
   春歌の反対側の腕を白雪が抱く。
  「……できてるなら味見しなくてもいいんじゃないか?」
   そう言って勝実はリビングに向かおうとする。そのときだった──
  「いやああぁぁぁぁぁぁ!!」
   突然の悲鳴が上がった。
  「この声は……四葉かっ!!」
   勝実は二人を引き離すとリビングに駆け込んだ。
  「どうしたっ、四葉!!」
   勢いよく駆け込んだものの、勝実はその場で立ち止まってしまった。
   飛び縄で縛られている花穂。
   天井から芋虫状態になってぶら下がっている四葉。
   なぜかほっとしている鈴凛に、いつものように冷笑を浮かべる千影。
    それは勝実の予想していた事態を大きく裏切った。
  「……何してんだ、四葉?」
   ただ呆然として、勝実はそう聞いた。すると突然、四葉のすすり泣く声が響いた。
  「おい、どうしたんだよ!?」
   まさか泣かれるとは思ってなかった勝実は芋虫状態の四葉に近寄った。
   その横で、千影は咲耶にそっとサインを送った。
   勇者誕生、と。                          (続く)




あとがき なぜか続きます。 いやね、構想はこんなんじゃなかったんですけど、どこから狂い始めたんでしょうか。 っていうか花穂の話じゃなかったのか? いろいろ波乱含みのトラブルエッグ、きっと次こそは花穂を出す。 いや、出したいなぁ。

葉坂沙希也様への感想はこちら hasakasakiya@hotmail.com back top next