千の影が舞う秋に
第二話 「終わりなどない」
作 葉坂沙希也さん
「と言うわけで第7回ボーリング大会!!」
「5回だぞ?」
「和久ぁぁぁぁ!」
あちこちでピンが倒れる音が響く中、石谷大介は隣に座る青年に泣きついた。その様子をやれやれと言った感じで杉森秀一郎が横目で見ていた。
泣きつかれた青年、遠樹和久もどこか呆れ返っていた。
「お前なぁ、そのくらいで……」
「和久、お前は分かってない。秀ちゃんは俺のミスを75日は噂し続けるんだ」
「誰が秀ちゃんだ?」
「兄君さまのことではないでしょうか?」
と、そこに澄んだ声が割って入った。3人がその声の方を見るとそこにはボーリングをこれからするとはとても思えない格好をした少女が立っていた。和服姿、それが好奇の視線を集めていることに少女は特に気を留めた様子はなかった。
その声が聞こえた途端、秀一郎の態度がいきなりギクシャクしたものになった。
「あ、いや……うん、まあ、そうなんだろう、けど」
「どうかなさいました?」
心底心配そうにする少女に、秀一郎はそっぽを向いた。
「な、なんでもないよ」
「春歌ちゃん、そいつ照れてるんだよ」
「大介、お前……」
反論しようとする秀一郎だったが、いつもの力強さがなかった。
「秀ちゃんは女の子とろくに話もできないからなぁ」
それに畳み掛けるように大介は言う。形勢逆転に喜んでいるらしく、秀一郎からすれば憎たらしいぐらいの微笑みを浮かべていた。
「そのくらいにしとけよ。春歌ちゃん、鈴凛ちゃんと千影は?」
和久はそう言って二人の間に入る。大介と秀一郎が言い合って和久が仲裁する、彼らの関係はそんな感じだった。
「鈴凛さんはジュースを買いに行かれましたわ。千影さんはトイレと言ってました」
「そうか、ありがとう」
そんな二人を尻目にまた言い合っている大介と秀一郎を横目で見がなら、彼は自分の弟のことを考えていた。
秀一郎の妹、春歌がドイツからはるばるやってきたのでみんなで歓迎しようということになった。それに大介の妹の鈴凛もちょうどいいタイミングで遊びに来たらしい。鈴凛はときどき大介の下宿先に押しかけてくる。人数はたくさんいた方がいいだろうと思って弟の進也も誘ったのだが、千影も行くと知って進也は断ったのだ。進也は千影のことを姉だとは思っていないらしい。喧嘩でもしたのだろうかと思っていたのだが、そんな様子でもなかった。
千影は確かに不可解なところもあるが、そこまで毛嫌いする理由にもならないと和久は思っている。
──今度よく話さないとな。
千影と進也の仲裁も、自分の役割なんだろう。
和久の視界に千影と鈴凛の姿が入ってきたので、彼はボーリングの方に集中することにした。
「アニキ、私が勝ったら援助してもらうからね」
「そんな金ねぇよ」
「ボーリングする余裕があるのに?」
「ボーリングする余裕はあるの」
始まる直前、石谷兄妹の会話を聞いて和久は苦笑していた。
「何がおかしいんだい………兄くん……」
不審に思ったのか、隣に座る千影が尋ねてきた。
「いや、秀一郎には負けるのに鈴凛ちゃんには負けないんだなって思っただけさ」
「誰にでも……得手不得手はあるものさ……」
「千影のボーリングの腕はどうかな?」
「初めてだが……兄くんに負けるつもりはないよ……」
2ゲームの内、初めは個人戦。次は兄妹でペアを組んで戦うことにした。ちなみに兄妹戦で負けた兄は他の妹の分まで昼飯をおごることになった。
「うおぉ、2ゲーム目は負けてもいいけど1ゲーム目は勝つ!」
「ちょっとアニキ、それどういう意味?」
「だってそっちの方が出費がすくなそうじゃん」
率直にして切実な意見だった。それを聞いた鈴凛は明らかに演技といった感じで泣き崩れた。
「ううっ、アニキ。おこづかいという名の兄妹のスキンシップさえ拒むのね……」
「さて第1投!」
「アニキ、ボケ殺し反則!!」
などという兄妹漫才を、笑っている兄妹とそれどころではない兄妹がいた。
「つまり、ス、スペアって、いうのはね……」
緊張なのかなんなのか、いつもからは考えられないほど呂律が回っていない秀一郎、春歌はそれでも熱心に耳を傾けていた。
和久と千影は落ち着いた様子で大介の投げたボールの行方を見守っていた。
「うん、つまりああいうのをガーターっていって0点なんだ」
「うわぁぁぁぁ、しまったぁぁぁぁぁ」
「アニキ、資金援助に一歩前進だね、ふふふ」
頭を抱えて打ち震えている大介に鈴凛が嬉しそうに声をかけた。
「まだまだこれからだぁ!」
投球フォームに入る鈴凛を指差しながら叫ぶ。そして、
「あはっ、ストライクっ!」
「なぜだぁぁぁぁあぁぁ!」
さらに。
「いぇい、ダブル!」
「くはぁぁ」
「やったぁ、ターキー!」
「そんなぁ……」
精根尽き果てたかのように突っ伏す大介。そんな大介に鈴凛は満面の笑みを浮かべて肩を叩く。
「ほらアニキ、元気出して」
「出せるかぁっ!」
結局1ゲーム目は鈴凛の圧勝。2番が和久、以下、大介、秀一郎、千影、春歌といった順だった。しかし2ゲーム目は1ゲーム目のストライク連発が嘘のようにマークの出ない鈴凛が足を引っ張り、大介鈴凛組が最下位になってしまう。
「りんりぃぃん。俺の生活をそんなに圧迫したいのか……」
「き、気にしない気にしない」
「もう嫌だ……」
流石に同情した和久は2ゲーム目のおごりをなしで言いといってやった。ちなみに秀一郎はそんなことを気にしていられる状態でもなかったのだが。
「ダメだ……」
ベッドに突っ伏した少年は、そんな呟きをもらした。
「漢字が多くて読めない……」
単に少年が読書嫌いなのもあろうが、しかしその内容は少年には確かに難解なものだった。
「鞠絵姉ちゃん、よくこんなの読めるな……」
少年、遠樹進也が手にした本は「Fifth season
-5番目の季節-」と表紙に書かれていた。
もともと鞠絵の部屋にあった本、今は千影の部屋になっていたがそこに戸棚だけはなぜか残っていた。鞠絵はベッドの近くの戸棚に読みかけの本を置くのが習慣になっていた。だからこれは鞠絵が読もうとした本。わらにもすがるような気持ちで進也はその本を読み始めたが、彼の読書嫌いは鞠絵を思う気持ちではカバーしきれなかったらしい。
作者エリケット・ラッセン……聞いたこともない、これは和訳された本なのだろう。パラパラとページをめくり、進也は裏表紙の裏を見た。そこにしおりが挟んであった、よく見ると名前が書いてあった。
『杉森 秀一郎』
そう書かれている。ときどき鞠絵の見舞いに来てくれた、兄の親友。3人の中で一番背が小さいくせに態度だけは大きかった、そんなことだけは覚えていたけれど。
「鞠絵姉ちゃん、あの兄ちゃんに借りたのか……」
お見舞いに来たときに多分持ってきたことがあったのだろう。持ち主なら、そして持ってきたくらいなのだから当然読んだことはあるのだろう。
返しにいくと言う口実で、会いに行こう。進也は兄の部屋にこっそり入って住所を調べることにした。メモとペンを忘れずに持っていく。いま兄の和久はその秀一郎や、千影たちとボーリングに行っている、まだ帰ってくるには時間がかかるだろう。
かずひさと書かれたネームプレート、進也はその扉をゆっくりと開いた。
整頓された部屋、自分の部屋とは大違いだ。片付いているとちょっと物が動いただけでも気付かれてしまうかもしれない、慎重に探さないと……進也はさっと部屋に入ると扉を閉めて勉強机に向かった。近くの壁には緊急連絡網が書かれたプリントが張ってあった。3人は同じクラスだと聞いたことがある、そのプリントに杉森秀一郎の名前を見つけると、進也はさっとメモを取った。電話番号だけでも分かっていれば電話帳の杉森さんをひたすら探してもいい。杉森なんてそう多くないから簡単に見つかるはずだ。
「あった」
クラス名簿。それを手にとると進也はメモを取った。
久杉町……自転車で15分くらいの場所だ。
メモをとり終わった進也が顔をあげると、そこには写真立てがあった。家族の集合写真──進也が4歳のときに死んでしまった父親と、母親、そして幼い進也、和久……千影。
「なんでだよ……」
自分にはどうしようもない現実、鞠絵の姿はそこにはなく、千影が当たり前のように写っている。
やりどころのない怒り、それを机に叩きつけた。
机が鈍い音を立てる。進也は写真を睨みつけた。
「姉ちゃん…………絶対に元に戻すからな」
決意を固め、進也は部屋を飛び出した。自分の部屋に戻って鞠絵が読んでいた本をバッグに詰め込む。
めざすは久杉町、そこで何が待っているかなど分かるはずもないけれど……。
秀一郎は難しい顔をして歩いていた。
「兄君さま、どうかなさいました?」
「いや、なんでもない……」
彼の思考は今オーバーヒート気味になっていた。
『僕は女の子と歩いてるのか……いや落ち着け、春歌は妹だ……一緒に歩いていたとして何の問題が……いやしかし周りから兄妹などとわかるはずないじゃないか……こんなところを誰かに見られでもしたら……だいたいなんで突然ドイツから妹がやってくるんだ……ヒトラーか、ヒトラーの陰謀なのか……』
「兄君さま……ワタクシ、何かお気に障ることをいたしましたか?」
思考をさえぎって春歌の声がする。隣に歩く春歌は暗い表情で俯いていた。
「ち、違う。と、とんでもない!」
慌てて否定すると、春歌に笑顔が戻った。
「よかった。先ほどから浮かない顔をしていらっしゃったので、何事かと思ってしまいましたわ」
──まあ、君のおかげで浮かないよ。
言えるはずのないセリフを飲み込んで、秀一郎は作り笑いを浮かべた。
「今晩は兄君さまにとっておきのおもてなしをさせていただきますわ」
「な、何言って──」
「この春歌、ドイツからはるばる兄君さまにお仕えするためにやってきたのです。遠慮なさらなくても結構ですわ」
「つ、仕えるって……」
妹は兄に仕えるものじゃない、そう言っても春歌は聞かないだろう。知り合ってまだ数日だったが、そのくらいのことは分かった。
果てしなく長い道のりの末、ようやく自宅まで帰ってきた。ほっとする秀一郎、早く帰って自分の部屋に篭ってしまいたかった。
と、玄関の前に見慣れない自転車が置いてあるのに気がついた。
「誰か来てるのか?」
名前を探すと、シールにマジックで書かれていた。
──遠樹進也、和久の弟か。
和久が進也を連れてきたことなどない。何かあったのだろうか?
「さ、参りましょう、兄君さま」
「は、はい」
そんな思考も一気に霧散した。
家に入ると、リビングで進也が居心地悪そうに座っていた。
「秀一郎、和久君の弟さんが本を返しに来たって言ったから待ってもらってたわよ」
台所から母親が顔を出した。
「ああ、分かったよ」
簡単な返事をし、秀一郎は進也の方に顔を向けた。
「進也君だったよね、僕の部屋に行こうか」
とにかく春歌と離れたかった。これ以上は息が詰まりそうになってしまう。
「そうか、千影ちゃんに貸していたのを返しにきてくれてんだな」
「うん……そうだよ」
事実が歪んでしまっている、進也はそれを訂正しようとしたが意味のないことだと思いとどまった。どうせ何を言っているんだと言われるのがオチだ、そんなことに慣れてしまっている自分はそこに確かにいた。
「でも、どうして君が? 別に和久とは学校で会うのに」
「え?」
考えもしなかった質問に進也は慌てる。しかし脳のどこが働いたのか、とっさに言い訳は口をつく。
「早い方がいいだろうって、頼まれたんだ」
「そうか、ありがとう」
それで納得したらしく、秀一郎は微笑んだ。
「それで、その本どんな話、なんです?」
無理して敬語を使おうとして舌を噛みそうになる。秀一郎に対して怒らせると怖いということを兄から聞いたことがある進也は秀一郎を怒らせちゃいけないという一心だった。
しかし、秀一郎は子供には優しい方だった。
「読んだのかい……分からなかっただろう?」
「うん、全然」
それだけは自信を持って言った。
その様子に、秀一郎は苦笑する。
「確かに、ラッセンの作品は小学生には難しいだろうね。一応ラッセンはノーベル文学賞をとってるんだ、知らないかい?」
進也は黙って頷いた。
「まあ、習ってなきゃ分からないか。興味があるならあらすじだけでも教えてあげるけど」
「う、うん」
「じゃあ本をこっちにくれないか、最近読んでないからね」
鞄に入れたままの本を取り出すと進也は秀一郎に手渡した。
「Fifth seasonか、久しぶりだな」
受け取った本をパラパラとめくる。
「どこまで読んだんだい?」
顔をあげる秀一郎に、進也は苦笑を浮かべた。
「……あの、5ページくらい」
「そうか、じゃあ全部説明した方がいいだろうね」
同じような苦笑をして、秀一郎は目次をめくった。
「Fifth
seasonは4章の話になっている。内容はちょっとファンタジーが入った恋愛ものだね」
そういえば目次すら見てなかった。挿絵のある周辺を見ただけで全く何が言いたいのか分からなくなって挫折したのだ。
「第1章、春の歌は響き。第2章、鈴の音の凛として。第3章、千の影が舞う秋に。第4章、白き雪は降れり。これらは順番に春夏秋冬の物語になっているんだ。主人公はドイツの青年、彼はある少女に恋をする。彼女と話すきっかけを作ろうとしていたところに、Fifth
season、5番目の季節に巻き込まれていくんだ」
「ちょっと見せて」
進也は急いで秀一郎の手から本をとった。目次を見ると確かにそこに書いてあった、『第3章 千の影が舞う秋に』と。
……千、影??
偶然かもしれない、しかし進也は覚えている。鞠絵があの光の中に消えたとき、かすかに戸棚にあったこの本が見えた。この本が光を放っていたのかもしれない。そんなバカなことありえないが、すでに自分はありえない状況にいる。ならばありえるのかもしれない。
「読んでみる気があるなら、君に貸すよ」
「え、あ、えっと」
借りても読まないだろう。しかし、もしかしたらこの本がこの状態を打開する鍵になるのかもしれない。
そう考えた進也はしばらくこの本を持っていることにする。
「読むのに凄く時間がかかるかもしれないんですけど」
「いいよ、僕が持っていてもあまり読まないだろうからね」
「兄君さま、お茶をお持ちしました」
と、ドアをノックする音が聞こえた。同時に着物姿の少女が入ってきた。進也もさっき挨拶を交わした春歌という少女だった。
途端に硬直する秀一郎。進也はその様子を首を傾げて見ていた。
「は、は、春歌さ、ん。あ、ありが、とう。そこに、置いてくれれば、いい、から」
「兄君さま、春歌と呼んでくだされば結構ですわ」
「ぼ、僕も、そう思う、よ」
「では、ここに置いておきますね」
「ええ、結構です」
最後など声が裏返っていたが、春歌は気にした様子もなく部屋を出ていった。それを確認した途端、秀一郎はまるで殺人鬼が去っていったかのようにほっとした表情でため息をついた。全身の力が抜けきってしまったかのように体を机に預ける。
進也はと言うと、あまりの豹変ぶりに声も出せないでいた。
「意外そうな顔をしてるね」
横目でそう言う秀一郎に、進也は慌てた。まだ状況を理解できない彼に、すぐに会話の受け答えをする余裕はなかった。
「え、あ……」
「いいんだ、自分でも分かっているから」
落ち着きを取り戻すように、秀一郎はお茶を飲んだ。
「昔女の子に泣かれたことがあってね、それ以来女の子に何を言っても泣かれるような気がして……会話にならない。もともと女の子は苦手だったけど」
どうぞ、そう言って秀一郎は進也にお茶と羊羹を差し出した。進也が羊羹を口に運ぶのを確認して、秀一郎は続けた。
「バカらしいとは、分かっているけどね。僕の普通は、大介や和久といるときくらいだよ」
「あの、はるかって、どういう漢字で書くんです?」
唐突な質問だった。
進也には予感があった。そしてその予感は的中してしまう。
「ああ、春夏秋冬の春に、歌うだよ」
秀一郎はその唐突な質問に答えた、話題が変わったことをどこかで喜んでいるのかもしれない。
「やっぱり……」
第1章、春の歌は響き……第3章、千の影が舞う秋に……。このタイトルを示すように、春歌と千影がいるのではないか。それが進也の予感だった。だとすれば、第2章、鈴の音の凛として……第4章、白き雪は降れり……この名前を持った人間が現われるのかもしれない。
けどそれと、鞠絵が消えた理由とどんな関係があるのか、まだわかるはずもなかった。それに、本当に偶然かもしれないし。
「この本、借りてきます」
「ああ、いつ返しに来てくれてもいいから、なくさないでな」
よく分からない、分からないが……まだ何かが起きるはずだ。
進也は確信めいた気持ちを持って秀一郎の部屋を後にした。
それを鋭い目付きで見つめる春歌の存在に、進也は気がついていなかった。そしてその春歌は、手にした携帯電話のボタンを操作していく。
「鈴凛さんですか……ええ、こちらを出発されました……私達の名前には気が付かれたようです……はい、わかりました………」
電話を切った春歌はしばらくその場に立っていたが、思い出したかのように手を叩いた。
秀一郎の部屋に湯飲みを取りに行くという口実を思い立ったのだ。
「兄君さまったら照れてしまって……この春歌が必ずお守りいたしますわ、ポッ」
廊下で一人身をくねらせる春歌だった。
春歌がよからぬ妄想に身をくねらせているとも知らずに、秀一郎は机に向かっていた。
小さなメモ帳には、『春の歌は響き』『鈴の音の凛として』『千の影が舞う秋に』『白き雪は降れり』と走り書きされていた。そして、春と歌、鈴と凛、千と影に丸がうたれていた。
「……偶然だ」
進也に聞かれて気がつく。春歌、鈴凛、千影……。
いや、たまたま3人の妹の名前が章のタイトルと一致しただけ。それ以外の意味などあるはずもない。ラッセンはフランス人、日本人の名前など知っているはずもない。
「大丈夫だ、まだ4章がいない」
暗に他の3人の一致を認めている自分にはっとする。
「何か、起こっているのか?」
そう言えば、和久から聞いたことがあった、進也が千影のことを姉ではないといっていることに。しかし、確かに秀一郎には和久が妹の千影のことを話しているという記憶がある。
──考えすぎか。
釈然としないが、そう思うしかない。
しかしなんだろう、この胸騒ぎは。
──進也君は何かつかんでいるのかもしれないな。
「兄君さま、湯飲みのお片付けに参りましたわ」
「ど、どうぞ」
そんな考えも長くは続かなかった。
しかし、心の片隅には思う……早くこの状態を何とかしたいと。好意なのは分かるが、少々酷だ。
「……エリケット・ラッセン、か」
千影は部屋の片隅に置いてある水晶に、その視線を向けていた。
水晶には自転車をこいで家に向かっている弟の姿が映っていた。
「進也くん………君は愛する者を、救えるのかな……」
苦笑を浮かべる千影。しかしそれは、姉のしての表情なのかもしれなかった。
「早くしないと…………5番目の季節が、来てしまうよ……」
その日の夕方、こんなニュースが流れた。
『ノーベル文学賞受賞者エリケット・ラッセン、明日来日』
そして……とある飛行機の中。
「老体に長旅は酷でしょう?」
「まだ、若いつもりだが?」
ビジネスクラスのシートに、まるで親子のような二人組が座っていた。
「もうすぐ日本ですね、ラッセンさん」
「ああ、分かっているよ」
老人は答えたが、すぐに瞳を閉じてしまった。
「少し寝かしてもらおうか」
「ええ、お疲れのようですしね」
連れの人物なのだろうか、いたわりの言葉を添える。
しかしその表情に、いたわりとは裏腹のものが潜んでいることをラッセンと呼ばれた老人が知ることはなかった。
そして誰の望みとも無関係に、明日は来る。 (続く)
あとがき
長らくお待たせしました、第2話のお届けです。
あまりドラマが進んでいないような急展開のような謎の展開です……。
書いてて思ったのですが、この話の季節はいつなんだろうなぁと。
まあタイトルがタイトルだし秋ってことにしておこう、それらしい描写0だけど……。
では次回「そこには何もない」をお楽しみに。
葉坂沙希也さんへの感想はこちら
hasakasakiya@hotmail.com
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