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髪は女の命?

作 葉坂沙希也さん


 とある土曜日、事件は起きた。
 それを事件と呼ぶべきなのかどうかは分からない。ただ、探偵を気取った少女はそう言い張っていた。
 ただ今回、その少女は事件には関係ない。


「ふふふ、今日はアニキとデート、デート♪」
 部屋には鈴凛の鼻歌が響いていた。
 満面の笑みを浮かべ、鈴凛はベッドに寝転がってごろごろと転がっていた。ベッドにはいろいろ集めてきたのか雑誌が並んでいる。その内容はと言えば、彼女らしく機械のパーツのカタログだったりした。午後から鈴凛は兄とのデートである。本当は一日中連れまわしたいのだけれど、あいにく兄は午前中は学校の部活の集まりに行ってしまっている。
 と、そんな思考に割り込んでくるように部屋のドアがノックされた。
「はーい、誰?」
「私よ、入ってもいい?」
 それは姉の咲耶の声だった。
 この家には鈴凛や咲耶を含めて12人の妹と兄が1人で住んでいる。親は外交官で海外を飛び回っているためにこの家にはあまり帰ってこないのだ。そして彼女達には、1人に1部屋が与えられていた。
「どーぞ」
 鈴凛は扉の方に首をひねるだけで特に咲耶を迎え入れようとはしなかった。別に仲が悪いわけではない、ただいちいち立つのが面倒なだけだ、今はカタログを見て楽しんでいるんだから。
「鈴凛ちゃん、ちょっと今暇かしら?」
 咲耶は扉から顔をちょこんとのぞかせるとそう尋ねた。
「まあ、暇って言えば暇だけど、どうしたの?」
 鈴凛はカタログを読む手を止めて咲耶の方に視線を向けた。
「ちょっと私の部屋まで来てほしいんだけど、いい?」
 遠慮がちに尋ねる咲耶を、鈴凛は何となくらしくないなと思った。鈴凛には咲耶が、どこか何かたくらんでいるような、そんな感情を隠しているように見えた。けれど、それは些細な感覚だったので鈴凛が気にすることはなかった。
「別にいいよ、今から?」
「ええ、早い方がいいから」
「……?」
 鈴凛は何がと聞こうとしたが、その時にはもう咲耶は扉の向こうに姿を消した後だった。

「ねぇ、何か故障したの?」
 廊下を先に行く咲耶を追いかけながら、鈴凛は問い掛けた。鈴凛の部屋と咲耶の部屋は2階では反対側に当たるので多少ではあるが移動に時間がかかるのだ。
「私、午後からアニキと──」
「大丈夫よ、それまでには間に合わせるから」
 最後まで言うことなく、咲耶は背中を向けたまま答えた。
「間に合わせるって?」
 自分が何かをするのかと思っていた鈴凛はちょっと混乱した。発言は咲耶が何かをするように聞こえるからだ。
「さぁ入って入って」
 咲耶の部屋の前に来ると咲耶は鈴凛の腕をつかんで半ば強引に部屋に押し込んだ。
「もう、乱暴なんだから」
 鈴凛が怒って咲耶のほうを向くと、咲耶は部屋の扉に手をかけて──。
 カチャ…
 そんな音が響いた。
「ふふふ、これで逃げられないわよ」
「……な、何?」
 まさか咲耶は自分と兄とのデートを妨害しようとして自分を閉じ込めたんじゃ……そんな考えが鈴凛の脳裏に浮かんだ。
「鈴凛ちゃんは今日、お兄様とのデートなのよね?」
 その考えを裏付けるかのようにそんな言葉を咲耶は言った、妖しい笑みを浮かべて。
「私を閉じ込めようっていうの!?」
 鈴凛が怒鳴ると、咲耶はその笑顔のままに首を横に振った。
「そーんなことしたら私がお兄様に怒られちゃうわ」
「だったら……」
「ふふ、それはね」
 咲耶は含み笑いを浮かべて鈴凛のほうを指差した。鈴凛はそれが微妙に自分からずれていることから背中の方のものを指差していることに気がついた。思わず振り返ると、そこには──。
「ワ、ワンピース?」
「そうよ、鈴凛ちゃんにはあれを着てお兄様とのデートにいってもらうのよ」
 後ろに気をとられているうちに、咲耶がいつのまにか背後に回っていた。
「や、やだ。あんなの恥ずかしいよ」
「おとなしく着ないとこの部屋から出してあげないわよ」
 などと揉めあうこと数分。鈴凛は着るだけだからねという点で妥協した。
 そんな妥協はすぐに無に帰すのだけれど。

「ほら、かわいいでしょ?」
「…………」
 そのワンピースを着せられた鈴凛はふてくされていた。
 着せられた服は可憐が着ているようなピンク色の、フリルがついたワンピースだったのだ。
「なんでこんなの着なきゃいけないのって顔ね?」
「さっきから嫌って言ってるじゃん」
 女の子って感じの服に、鈴凛はどうにも落ち着かなかった。目の前の鏡には、なんだか自分じゃないみたいな自分がいた。ふくれっつらだけが自分であるかのようだった。
 それでも咲耶は容赦しなかった。
「いいじゃない、この際徹底してコーディネートしてあげるわ」
「えー、まだ何かするの!?」
 抗議し立ち上がろうとする鈴凛を咲耶は肩を押さえておしとどめた。
「ふふふ、これをつけるのよ」
「そんなのやだって言ってるじゃん」
 咲耶が取り出したものを鏡越しに見た鈴凛は、これで何度目になるのか分からない文句をつけた。けれどそれと同じくらい咲耶はこの言葉を繰り返す。
「つけないと部屋から出さないわよ」
「アネキさっきからそればっかじゃない」
 渋々といった感じで鈴凛は椅子に座りなおす。
「なんで私にこんな格好させるわけ?」
 咲耶が取り出したものはウィッグだった。まあ簡単に言えばかつらのような物だ。
 鈴凛の髪の色に合わせたものを選んでゆく咲耶。
 その数はなんというか小さな専門店といった感じだった。
「何でそんなにあるの?」
「え、ちょっとモニタ……」
「モニター?」
 しまったと言った感じで口に手を当てる咲耶を見て、鈴凛はにんまりとした笑みを浮かべる。
「モニターってことはお金が入るよねぇ?」
「うっ、まあ入るには入るけど……」
「私にも取り分があって当然だよね?」
 このままではまずい、咲耶は必死に頭を働かせてごまかす作戦を考える。しかし相手は鈴凛、おそらく妹の中でも最も多く金銭交渉をこなしてきただろう。取り分を守るのは無理と判断した咲耶は、とりあえずモニターの仕事だけはこなすことにした。
 ──はぁ、このお金でおしゃれなバックを買おうと思ってたのにな。
「半々って所で手を打たない?」
「でもこれつけるの私だよ?」
 椅子に座ったまま首をひねって咲耶を見つめる鈴凛。咲耶は相手の手ごわさを改めて実感する。しかし、切り札は咲耶にあった。
「……じゃあこのモニターは衛ちゃんにでもお願いしようかな?」
「わっ、半々でいいです。ぜひやらせてください」
「そう? 実は変身前と変身後で写真をとらないといけないのよね。こんな子がこんな風にって、それでもいいの?」
 流石に鈴凛も悟っただろう、咲耶がモニターに選ぶのは誰でもいいのだ。鈴凛が嫌なら他の子に頼めばいい。しかし実際のところ、下ろした時も含めて髪が長い千影や春歌や可憐に頼んでも意味がないし、衛は鈴凛以上に渋るだろう。だから実は咲耶は鈴凛にモニターをしてもらう以外になかったが、そんなことをいって自分を不利に追い込むことなどない。
「ううっ……モニター代っていくら?」
 余裕の笑みを浮かべる咲耶に対し、鈴凛は再び苦渋に満ちた顔をした。咲耶はそんな鈴凛にそっと耳打ちした。
「………やる」
 それを聞き、鈴凛は仕方ないと言った感じでため息をついた。
「ふふ、じゃあ張り切っていきましょうね」
「はいはい……」
 いまいち納得のいかない鈴凛だった。

「……変わるもんね」
 鈴凛は鏡の中の自分を、どことなく他人のように眺めていた。
 あれこれとウィッグを試した。三つ編みをつけてみたり、なぜか千影ヘアがあったりしたが、結局はおとなしい感じのストレートなロングに決まった。
「気分はお嬢様……ってとこかな」
「そろそろお兄様が帰ってくる頃ね」
 咲耶が壁掛け時計を眺めて呟いた。鈴凛は咲耶の方を見た。
「そうだ、早く写真撮ってよね」
「せっかくだからお兄様に撮ってもらいましょうよ」
「ええっ、アニキにこんな姿見せたくないよ」
 そう、兄は写真部に入っている。今日は近く合宿を行うのでそれの打ち合わせのために集まりがあったのだ。
「お兄様に褒めてもらえたらモニターとして大成功だと思わない?」
「だって、そんな、写真撮るのなんて誰でもいいじゃない」
 微笑む咲耶に、鈴凛はあせあせとするばかり。服を脱いでしまいたかったがそうするとモニターにならない、まだ肝心の写真がないからだ。それに、こんなかわいらしい姿を兄に見せたくはなかった。恥ずかしくてもう逃げ出したいのに。
「その姿でデートしろなんて言わないわよ。ただちょっと変身した鈴凛ちゃんをお兄様に見てもらいたいだけなんだから」
「……取り分7:3くらいならいいよ」
 しばし考え、鈴凛はそんな条件を出した。
「せめて6:4ね。それ以上は譲れないわ」
「……6:4でいいわよ。ちゃちゃっと撮ってもらって着替えちゃうからね」
 そう鈴凛が宣言したとき、玄関から兄が帰ってきた声が聞こえた。

「お兄様、ちょっと撮ってもらいたいものがあるんだけど」
 帰ってきてすぐ2階に上がってきた兄を咲耶は引きとめた。
「いや、俺これから飯食って鈴凛と買い物に行くんだけど」
「すぐ終わるから、ちょっとだけ、ね?」
 そう言って咲耶は今度は兄を自分の部屋に連れて行く。
「いい、お兄様、素直な感想を聞かせてね」
 扉の前に兄を立たせて、咲耶は中が見えないように扉を開いて中を覗いた。そして何かひそひそと話をするとまた兄のほうに向き返った。
「じゃあお兄様、中に入って」
「何なんだ、もったいぶって?」
 そして兄が咲耶の部屋に入った途端、彼は困惑の表情をそのまま固めてしまった。
「………………鈴…凛?」
 目の前にいたのは、いつもの快活な妹ではなかった。美しい、それでいて清楚な、そんな印象を与える女性として……立っていた。
「………やっぱり、変だよね?」
 鈴凛は顔を赤らめてうつむいてしまった。
「そんなことないわよ。お兄様どう、鈴凛ちゃん?」
 兄の隣にいる咲耶が聞いてくる。兄は、一瞬戸惑ったものの、言われた通り素直な感想を言うことにした。
「……うん………かわいいよ」
「ほらぁ、よかったじゃない鈴凛ちゃん」
 鈴凛は顔を少しあげて兄の表情を盗み見た。冗談で言っているようには見えない……けど。
「ほんとにほんと?」
「こんなことで嘘ついても、仕方ないだろ」
「だって…………似合ってないでしょ?」
 鈴凛は兄をちゃんと見ることができなかった。普段自分がしない姿を見られて、顔が赤くなっているのも自分で分かっていた。
「髪を伸ばした鈴凛もかわいいよ」
「写真……早く」
 鈴凛はくちびるをきゅっと噛み締めると、兄を見た。
「やっぱり恥ずかしいからさ」
「はいはい」
 兄は苦笑を漏らして、持ったままの鞄からカメラを取り出した。
「ほら、顔あげて」
 いつのまにかうつむいてしまった鈴凛に言葉をかける。
「アニキ……」
「ん?」
 呟く細い声。
「私、もうちょっと女の子らしくした方がいい?」
「何言ってんだよ、女の子だろ?」
「そ、そういう意味じゃなくて」
「自然にしてればいいんだよ……じゃ、撮るよ」
 かくして、シャッターは落とされた。
 真っ赤になった鈴凛は、いつまでも写真の中で微笑んでいた。

「鈴凛、行くぞ」
「アニキ待ってよ」
 玄関で待っていた兄の呼び声に、鈴凛は慌てて降りてきた。
「いつものコース?」
 兄の問いかけに、鈴凛は腕を取った。
「もちろん」
 元気な笑みを浮かべて、鈴凛はそのまま駆け出した。
「もー、今日はいろんなもの買ってもらうから、覚悟してね」
 兄は財布が空になるのを覚悟しながら、鈴凛と一緒に駆け出した。(終わり)

 

 


 あとがき

 シスパラチャットでショートの子がロングになったらみたいな話になりました。
 まあ、そのとき眠かったのでうろ覚えなんですけど。
 それで書くって話になったんで、いい加減に書きました。
 鈴凛のロング挿絵希望!


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hasakasakiya@hotmail.com
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