リボンつきの翼
第五話「ウィンター・ウォー」
作者 ファルクラムさん
1
「メビウス1、フォックス3。」
葵は視界の中にF/A−18Cホーネットを捕らえると、ロックオンする。
「クッ!」
それに対して春歌は必死になって機体をひねり、葵のロックオンをはずそうとする。しかし葵はまるで糸で繋がっているかのように、春歌の背後から離れない。
「諦めろ春歌。」
葵は凍てつくような声で、春歌に告げる。
「どの道、お前では俺から逃れる事は出来ないだろう。」
「そのような事は……ありませんわ!」
いつもならこの上なく頼もしく、自分を勇気づけてくれるはずの葵のフランカーが、今日に限っては死神のように見えてくる。しかし、例え相手が最愛の兄であろうと、この戦い、負ける事は許されない。
「負けませんわ!!」
春歌は速度を保ったままロールしてスティックを軽く引くと、高Gの左急旋回に入る。
マッハの速度で飛ぶ事によって、翼の端から白い雲が生まれていく。
「…………」
それに対して葵は春歌のそれよりも小さい半径で旋回し、再び背後につく。
「何でもかんでもスピードを上げれば良いという物じゃない。」
「クッ!?」
葵の挑発的な言葉に、春歌は顔をしかめる。
しかし、悔しいが葵の言う通り、高いGを掛けた関係で春歌のホーネットは急激な機動ができなくなっている。
仕方なく春歌は機体を水平に戻す。
「どうした、諦めたか?」
葵は嘲笑うような口調で、春歌の背後に接近する。しかし、
「そうは……まいりませんわ!!」
次の瞬間、春歌のホーネットは葵の視界から消え失せた。
「!?」
春歌は機体をロールさせて降下、スプリットS機動に入る。速度を稼いで振り切るつもりのようだ。
「くうっ…………!」
春歌は強烈なGに耐えながらも、何とか機体を引き起こす。ようやく機体を水平に戻した時、背後に葵のフランカーは存在しなかった。
「やりましたわ!」
思わず笑みを浮かべる春歌。しかし、
「甘いな。」
「え?」
頭上から垂直降下してきた葵が、春歌にバルカンをロックオンする。
「スプラッシュナウ。キル、ナイトメア2。」
葵はコールした。すかさず、別の声が春歌の耳に入って来た。
「ナイトメア2、お前は撃墜された!」
それは、地上にいる藤岡中佐の声だった。
先のコンビナート襲撃作戦において、黄色中隊の迎撃により約25パーセントに達する損害を出したISAF空軍第407飛行集団は、隊長である藤岡順二中佐の指導の下、連日の猛訓練に励んでいた。藤岡はもともと訓練の鬼で、「鬼教官」の異名で呼ばれていた。その訓練内容はすさまじく、脱落者が出る事もしばしばだった。しかし実戦下の訓練において、一切の妥協は許されない。全ては生き残る為に必要であると考えるから、藤岡も鬼となるのである。そして現在、第407飛行集団ではいくつかの班に分かれて、小隊規模の空戦訓練が行われていた。今空戦を行っているのは、高士、葵、衛からなるA班と信悟、千影、春歌からなるB班だった。形勢はA班の有利に進んでいる。無理も無い、高士はISAFで第1位の撃墜王だし、葵は高士、藤岡に次いで第3位をキープしている。ちなみに信悟は第4位である。
「行くよ、千影あねえ!」
「フッ……来るのかい……」
衛の気合いの入った声に対し、千影はクールに対応する。
衛のファイティングファルコンと、千影のホーネットが超音速で交差する。
衛はそのまま緩やかに機首を下げて速度を稼ぐと、旋回して千影の背後に回り込んだ。
「メビウス2、フォックス2!」
衛はFCSを短距離ミサイルモードにして、千影を追撃する。それに対して千影は盛んに機体を振って衛にロックオンさせない。
「くっ、この!」
衛は必死になって千影をロックオンしようとするが、千影はまるで背中に目がついているかのように、衛のロックオンをはずしていく。
「こうなったら!」
衛はアフターバーナーを吹かして、一気に距離を詰める。
「メビウス2、フォックス3!」
今度は照準機の真ん中に、ホーネットを収めている。衛は撃墜を確信した。しかし次の瞬間、千影のホーネットは衛の視界から消え失せた。
「え!?」
衛は慌てて辺りを見回す。次の瞬間、千影のホーネットは衛の背後に現れた。
「ナイトメア1、フォックス3」
「あ!」
衛が気付いた時は、既に撃墜をコールされた後だった。
「スプラッシュナウ、キル、メビウス2。」
葵に良く似たクールな声で、千影はコールした。
「あ〜あ、負けちゃった。」
衛は残念そうに肩を落とした。
「フフ……気に病む事はないよ衛君……勝負は……時の運と言うからね。」
「そうだね。」
衛はがっかりした調子で、基地に帰投した。
一方その頃、葵は信悟とのドッグファイトに入っていた。
衛の撃墜で、勝負は振り出しに戻っている。この二人の勝敗が、両チームの雌雄を決すると言っても過言ではない。
ちなみに今回、葵の機体は予備の訓練機を使用している。先の石油コンビナート襲撃の際、黄色の13こと村岡虎太郎少佐と交戦し、片方のエンジンを損傷した葵のフランカーはエンジンの交換が必要である為、現在オーバーホール中だった。
「メビウス1、フォックス1。」
「シオン、フォックス1!」
二人は向かい合って、中距離ミサイルをロックする。しかし、ヘッドオンで安定しない事もあり、結局ロックできずにすれ違う。
葵はすぐさま機体を翻すと、信悟のストライクイーグルを追撃する。
「予想通りの動きだ!」
背後についた葵のフランカーを確認して信悟は軽く唇を湿らせると、そのまま機体を立てて垂直上昇に入る。
「…………無駄だ。」
葵は低く呟くと、信悟を追撃する。それに対して信悟は一定の間上昇すると、今度は逆にスロットルを絞って行く。やがてエンジン出力は弱まり、機体は上昇を止める。当然機体は失速する。これを「テールスライド」と言うのだが、この時上昇時の惰性と地球の引力とが一定の値で釣り合い、戦闘機が空中で一瞬停止すると言う事体が起こる。戦闘機のレーダーとはドップラーレーダーと言い、高速で動いている物を捉えるのには適しているのだが、反対に停止している物体は映し出さないのだ。これを狙った技でもあるのだ。
「クッ!」
葵は一瞬信悟を見失ってしまった。その隙に失速を利用して反転した信悟が、葵の背後についた。
「行くぞ葵!」
信悟は葵の背後につくと、FCSをバルカンモードにする。
「シオン、フォックス3!」
しかし葵は素早くブレイクして、信悟のロックをはずす。
「下だシオン!」
「おう!逃がさないぜ!」
後席の大谷二郎に言われて、信悟はただちに葵を追撃する。
降下機動に入ってスピードの乗った葵のフランカーは、そのまま一気に信悟のストライクイーグルを引き離すと、デッキ高度(訓練時の最低限高度)ギリギリで水平飛行に入る。
「……信悟は……」
葵はレーダーに目を走らせる。ディスプレイは、上空から接近する物体の存在を知らせていた。
「そこか……」
葵は機首を引き上げて上昇に転じる。対して信悟は速度を保ったままで水平飛行に移行し、葵を追撃する。今度は信悟の方がスピードが速い。その距離は見る見るうちに縮まっていった。
しかしそこで葵はスティックを右に倒して大きく旋回すると、低く張り出した雲の中に飛び込み信悟の目を暗ました。
「しまった。あいつどこいった!」
「レーダーでは確認している。すぐ前方にいるぞ!」
「了解!」
大谷に指定されて、新語はエンジンスロットルを上げる。そして雲を抜けた時、目の前には葵のフランカーがいた。
「もらった。シオン、フォックス3!」
「……チッ……」
雲に隠れて距離を取ると言う狙いを外されて葵は軽く舌を打つと、背後のストライクイーグルに目をやった。そして、薄く口に笑みを浮かべる。
『あれを……試すか。』
次の瞬間、葵は大きく機首を引き上げてそのまま水平飛行に入った。
「プガチョフ・コブラ!」
信悟は目をむいた。目の前でやられたのは、これが初めてである。
「この間の戦いで黄色の13に見せられて、多分できると思っていた。」
信悟がオーバーシュートしたのを確認した葵は、姿勢を元に戻して信悟を追撃する。
「メビウス1、フォックス3。」
信悟の背後を取った葵は、バルカンをロックオンした。とっさに回避できない信悟は、葵にロックを許してしまった。
「スプラッシュナウ、キル、シオン。」
葵は淡々とコールした。
結局この日の訓練は先に2機撃墜したA班が断然有利となり、その後ほどなく高士によって千影も撃墜され、A班の勝利に終わった。
2
「あ〜あ。結局負けちゃったよ。」
雪の積もったアスファルトの上を、衛は後頭部で両手を組んで歩いていた。その横には葵が従っている。
「そうがっかりするな衛。」
「え?」
衛は組んだ腕を解いて、葵を見た。
「お前の技量は初陣の時より確実に上がっている。このまま続ければ、腕のいいパイロットになれる。」
「ホント!?」
衛は顔を輝かせる。しかし、その顔はすぐにまた、元のくもり模様に戻ってしまった。
「でもさあ。やっぱりあにぃ達に比べれば、まだまだって気がするよ。すごいよね。あにぃなんか、とうとうコブラまで使えるようになっちゃったんだから。」
「あれはたまたまうまくいっただけだ。もし失敗したら俺はあの時点で信悟に負けていただろう。それに、俺とお前との差は、単に経験の差だけだ。俺達は大陸戦線から戦ってきてるんだ。」
葵は立ち止まって、衛を見る。
「この半年でかなり成長しているお前だ。もう2、3ヶ月すれば、ISAFでも有数のエースパイロットになれるだろう。それに、あと少しで技研(技術開発研究所)で製作中の新型機がロールアウトするはずだ。それまで決して焦るな。」
「うん。分かったよあにぃ!」
そう言うと衛は、雪の中を駆け出した。
「そう言えばさあ!」
衛が思い出したように葵を見た。
「あにぃがノースポイントに帰ってきてから、初めての冬だよねえ。」
「そうだな。」
衛は屈み込むと、何かを始める。
「?」
葵は怪訝そうな顔付きでそれを見ている。やがて衛は、両手に雪玉を抱えて立ち上がった。
「あにぃ。雪合戦やろう!」
「え?」
葵は一瞬呆気に取られた。その葵目掛けて、衛の剛速球が唸る。
「クッ!」
フランカーの30ミリバルカンより速いのではないかと思える剛速球を、葵は身をひねってかわした。しかし次の瞬間体勢を崩れた葵の顔面に、衛の第二弾が炸裂した。
「やったね!」
衛はガッツポーズを作って喜ぶ。
「…………」
それに対して葵は、無言のままゆらりと立ち上がる。
「あっ、あにぃ?」
表情が見えない為、衛には葵が怒っているようにも見える。
「……衛。」
「なっ、何、あにぃ?」
「よくもやってくれたな。」
次の瞬間、葵も手にした雪玉を衛に投げつけた。その玉もまた、衛の顔面にクリーンヒットした。
「つっ、めた〜い……よ〜し!」
衛は反撃とばかりに、衛は雪玉を葵に投げつける。葵も衛の攻撃をかわしながら、雪玉を投げつける。
しばらく応酬が続いた時の事だった。衛が投げた雪玉のうちの一つが…………
「きゃあ!」
偶然その場を通りかかった咲耶を直撃した。
「あ……」
「咲耶あねぇ……」
二人の動きが一瞬止まった。
「…………フッ。」
咲耶は、前髪についた雪を優雅に払ってから、満面の笑顔を衛に向ける。
「衛ちゃ〜ん。これはどういうことかしら?」
しかし、その目は笑っていない。
「あっ……あの……えっと〜……」
その剣幕に押されて、衛は後ずさる。その間に咲耶は動いていた。
「お兄様、加勢するわ。」
「助かる。」
「わ〜ん、2人掛かりなんてずるいよ!」
そんな衛の訴えを無視して、葵と咲耶は衛に集中攻撃を加え始める。
「わっ!いっ、痛い!痛いってば!」
いかに衛が俊敏だろうと、2対1では分が悪い。衛の顔と言わず手と言わず頭と言わず、次々と雪玉が命中する。たまらず衛は頭を抱えて逃げ回る。
しかし、葵と咲耶は攻撃の手をゆるめず、なげ続ける。
「うわ〜〜〜〜〜ん誰か助けてえ!!」
半泣きになりながら、衛は逃げ回る。
そこへ、衛に対する救いの神が颯爽と……
「うわっ!」
「きゃあ!」
……訂正、いささかならず颯爽とは程遠い登場をした。
「しっ……信悟……」
「春歌……」
両者に雪玉を当てた、葵と咲耶の動きがフリーズする。
「……いい度胸だな、葵。」
「咲耶姉君様、何かわたくしに怨みでも?」
そう言うと、信悟と春歌は衛に加勢する。
「よくがんばったぞ衛!」
「あとはわたくし達に任せなさい!」
「あの……え〜っと……」
事体の変化についていけず、衛は自分の頬を掻く。しかしこれで形勢は逆転し、今度は葵達が劣勢に立たされる。
しかし、そこはISAFで苦労してきた2人、即座に反撃を開始する。
「面白い、信悟、ここらで俺達の決着を付けるとしよう。」
「面白え、返り討ちにしてやる!」
「春歌、覚悟はいいんでしょうね!?」
「ご心配には及びませんわ。姉君様こそ、風邪のおクスリを用意した方がよろしいですよ。」
三対二であるにもかかわらず、戦況は拮抗している。元々ここにいる五人は、体力に自信のある連中であるから、当然の如く、攻撃は激しい物になる。
このまま両者の体力が尽きるまで、雪玉の応酬は続くかと思われた。
しかし、そこが人生の面白い所。すなわち、「2度ある事は3度ある」のである。
「アニキィ!面白いアイディアが浮かんだから、資金援助……わあ!」
事情を知らず、葵達に正面から接近した鈴凛は、衛達が放った雪玉の集中砲火を食らってしまった。
「ふっ……ふっふっふ……この鈴凛ちゃんを怒らせたらどうなるか、思い知らせてやるわ!」
そう言うと鈴凛は、左腕に付けた腕時計型マイクに向かって叫んだ。
「雪上戦闘用メカ鈴凛、発進!!」
約1分後、空中からバーニアを吹かして、鈴凛と等身大の少女が降り立った。彼女が噂のメカ鈴凛である。
「お呼びですか、マスター?」
「うん呼んだ呼んだ。あいつらやっつけて!」
「了解、マスター。」
メカ鈴凛は、地上から雪を吸い上げると体内で雪玉を作り、マシンガン並みの勢いで撃ち出した。
「わ〜!」
「うお!」
「きゃっ!」
衛、信悟、春歌の3人、たまらず逃げ出す。
「どうだ!思い知ったか!!」
「くっ、やられる訳には参りませんわ!」
春歌は踏みとどまって、反撃を開始する。それにつられて信悟と衛も、必死に応戦を開始する。
「負けてられるかよ!!」
「ボクだって!!」
三人は、必死に反撃を繰り返す。
しかしその火力は歴然としている。所詮は、人力とハイテク機器の差である。
このあま葵達の勝かと思われた。
「わあ!」
「くっそう!!」
「あ〜れ〜!!」
メカ鈴凛の集中攻撃を食らった三人は、そのまま雪玉に埋まって行く。
「行け!止めだ!」
「了解マスター。」
メカ鈴凛は、出力を上げて攻撃を繰り返す。
しかし、何事も度が過ぎれば不幸を呼ぶだけである。
偶然その場を通りかかった千影に、両チームは知らず知らずの内に集中砲火を掛けていた。
「…………フッ。」
下半身を雪に埋もれさせながら、千影はあくまでもクールに手を高く掲げた。
「雪精よ、我望むは、凍てつく回廊。汝等が得し力を、我が手に宿し、千条の槍と化せ!」
次の瞬間、一同を猛吹雪が襲った。
「うっ!」
「わあァァァ!」
「キャア!」
「うわ〜!!」
「あ〜れ〜」
「たすけて〜〜〜〜〜!!」
「機能不能、機能不能。」
七人はそれぞれ悲鳴を上げて吹き飛ぶ。事体はこのまま、千影の1人勝ちかと思われた。
その時
「何やっとるか貴様等〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!」
あまりの騒ぎに、様子を見に来た藤岡の一喝に、一同の動きはフリーズした。
「いったいこれはなんの騒ぎだ!?」
一同を睨み付けて、藤岡は怒鳴った。
「葵、信悟、これはいったいどう言う事か説明しろ!!」
「いや……それが……」
「雪合戦を……しているつもりだったんだが……」
2人は視線を逸らして答える。
「ほう、雪合戦か。」
藤岡は意味ありげに笑った。
「そんなに雪遊びがしたいのなら、好きなだけさせてやる。」
そう言って藤岡は、ニヤリと笑った。
その笑顔に、全員は思わず顔を青くした。
その後一同は揺りしきる猛吹雪の中、滑走路の雪かきをやらされる羽目になった。
「わ〜〜〜〜ん!!!!終わらないよ〜〜〜〜!!!!」by衛
第五話「ウィンター・ウォー」 おわり
あとがき
こんにちは、ファルクラムです。今回は初めてエース04に無い設定を書いてみましたが、うまくできたでしょうか。実はファルクラムの文章には、プライベートを書くのが苦手と言う致命的な欠陥があったりするのです。今後の活動で、解消していけたらいいなあと思っております。
追伸
前回の付録でイーグルの値段を間違えて掲載してしまいました。1機1億と書きましたが、本当は100億です。目玉が飛び出ますね。何でこんなに高いんでしょう?とにかく、申し訳ありませんでした。この場をお借りしてお詫び申し上げます。
ファルクラム
ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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