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リボンつきの翼
第3話「狼の妹」

作者 ファルクラムさん


 旧フェイスパーク連邦共和国上空を、7、8機の航空機が飛行している。
 かれらは1機の例外もなく、3つの三角形をピラミッド型に積み上げたようなマークを主翼に描いている。
ISAF空軍第407飛行集団所属第3高速戦闘機中隊は現在、エルジア帝国軍の補給路を断ち切るべく、戦場へと向かっていた。今回の彼らの目標は、食料や日用品などを空輸している空中回廊である。
 現在、大陸東岸に位置するコンベース港では、エルジア海軍極東艦隊、通称「エイギル艦隊」が出撃準備をしている。その戦力は航空母艦6隻、戦艦3隻を中心とした合計54隻の大艦隊である。それはエルジア海軍総兵力の半分に当たり、弱体化したISAF海軍の3倍の兵力に当たる。彼らが出撃すればその時点でISAFの敗北は確定する。もはや時間が無かった。焦りを覚えたISAF上層部は、全兵力を使った破壊工作。すなわち、コンベース港に対する通商破壊戦(補給線攻撃)だった。コンベース港に食料を補給している空輸路は複数存在する。スパイ情報からそれらを割り出したISAFは、リグリー地方に対する作戦と同様、同時襲撃作戦を敢行した。

「スカイアイより全機へ!目標を補足、攻撃を開始してください!」
 AWACSとして第3高速戦闘機中隊の後方から追従してくる咲耶が、指示を飛ばす。
「了解!シオンより全機へ、散開して攻撃を開始せよ!」
 第3高速戦闘機中隊隊長の信悟から、全員に命令が伝わった。
 真っ先の飛び出したのは、尾翼に青いメビウスリングを描いたフランカーとファイティングファルコンだった。葵と衛である。
「メビウス1了解。衛、ついて来い。」
「了解、あにぃ!」
 2機は全速で敵編隊に向かう。その時だった。
「!?」
「これって!?」
 2人は目を疑った。レーダには何も映っていない。いや、正確には白く染まり機能していない。
「スカイアイ、こちらメビウス1。レーダーが機能していないぞ。」
「え?そんな・・・・・・」
 咲耶は急いでディスプレイに目を走らせる。
 しかし、目の前のレーダーは正確に機能している。
「お兄様、こっちのレーダーは大丈夫よ!」
「・・・・・・と、言う事は、戦闘機のレーダーのみを潰すような妨害電波を出しているな。」
 そう言うと葵は、中隊長の信悟に通信を入れる。
「メビウス1よりシオン、目視戦闘に切り替えるぞ。」
「シオン了解!全機、攻撃開始!誰でも良い、敵の迎撃網を突破して電子作戦機を叩き落せ!」
「「「「了解!!」」」」
 信悟の命令を受けて、第3高速戦闘機中隊は一斉に攻撃を開始した。対するエルジア空軍は、主力戦闘機のファルクラムではなく、ダッソー・ミラージュ2000を差し向けてきた。エルジア所属のダッソー社が開発した超音速戦闘機である。全長14.3メートル、全幅9メートル、全高5メートル、最高速度マッハ2・2を誇っている。ファルクラムは航続距離が足りないため、長距離の護衛には向かないと考えての処置だろうが、能力的にはファルクラムに大きく劣っている。既に何度もファルクラムと対戦し勝利を収めている葵達にとっては、楽な相手と言えた。
「行くぞ・・・・・・」
 葵は低く呟くと、自分に向かってくるミラージュに目を向ける。自分のフランカーやこれまで相手にしてきたファルクラムに比べて、かなり小型だ。
葵はミラージュの突撃を翼を翻してかわすと、一旦下方に落ち込むように降下する。葵に攻撃をかわされたミラージュのパイロットは、目標を見失ってそのまま離脱する。しかし葵は、その鋭い双眸に自分に牙をむいた、身の程知らずの草食動物を見逃さなかった。
機体を水平に戻すと、すぐに上に目をやる。自分を狙っていたと思しきミラージュが、次の目標を探して旋回しているのが見えた。葵は狼のそれに良く似た瞳を輝かせると、下方から突き上げるようにミラージュに向かった。
 一方のミラージュは、葵の接近にまったく気付いていない。後方下からの接近と言う事が、完全に死角になっていた。パイロットが気付いたのは、葵がサイドワインダーをロックオンした後だった。
「メビウス1、フォックス2」
 翼下のパイロンにつるされたサイドワインダーが、白煙を上げてミラージュに向かった。
 ミラージュのパイロットはとっさにフレアを放出し、さらに機体を全速で旋回させて回避に入る。その甲斐あってか、葵が放ったサイドワインダーは、フレアの熱源に引き寄せられて、そのまま明後日の方向へと突進していった。しかし、そこまでは葵の計算のうちだった。ミラージュは旋回するためにスピードを落としている。その隙に葵はアフターバーナーを全開にして接近した。
 ミラージュのパイロットは頭上から接近してくるフランカーの影に気付いたが、どうする事もできない。
「メビウス1、フォックス3。」
 コールすると同時に葵はトリガーを引いた。毎秒100発を誇る30ミリバルカンの嵐が、ミラージュのコックピットに吸い込まれた。その一撃でパイロットは絶命し、コントロールを失い地面へと落下していった。
「メビウス1、1機撃墜。」
 相も変らぬ無機質な声でコールすると、葵は次の目標を求めて速度を上げた。

 どうやらエルジア軍は、ISAFのレーダー周波数を割り出して妨害しているらしく、右往左往するISAFを尻目に、整然と編隊を組んで向かってくる。
「なめたまねしやがって!」
 信悟のストライクイーグルは、1機のミラージュに追尾されていた。ミラージュはそのまま背後からミサイルを撃ってくる。
「チィ!」
 レーダーが利かないため、ギリギリまで引き付けてかわすという芸当はできない。信悟はとっさにフレアを放出する。フレアの熱源に引き寄せられたミサイルは、その場で自爆した。
「こっちの番だ!」
 叫ぶと信悟は背後についたミラージュに対し、ハイGバレルロールに入った。
「ぐぅ・・・・・・・」
 すさまじいGが信悟の体を締め付ける。しかし鍛え抜かれた信悟の肉体はそれに耐え抜いた。勢いあまったミラージュは、ストライクイーグルをオーバーシュートする。
 その隙に信悟はミラージュの背後に回りこんだ。
「シオン、フォックス3!」
 信悟が放った20ミリバルカンは、そのままミラージュのデルタ翼を叩き折り、撃墜した。

「ナイトメア1、フォックス2。」
 ホーネットを操る千影は、コールすると同時にサイドワインダーを発射した。
 千影と春歌からなるナイトメア小隊も、第3高速戦闘機中隊に配属されていた。
 千影が放ったサイドワインダーは目標に向かって直進すると、狙いたがわず目標としたミラージュを粉砕した。
「お見事です、姉君様。」
 後方の警戒位置についていた春歌が、姉の腕を賞賛する。
「大した事ではないよ春歌君・・・・・・あのミサイルには・・・・・・人工生命が・・・・・・詰まれているからね・・・・・・私は・・・・・・ただ放つだけ・・・・・・あとは魔弾の如く・・・・・・自分から目標に向かっていく。」
「そっ、そうですか?」
 オカルト関係に興味がある千影は、時折こうした発言をする。どこまでが本気で、どこからが冗談なのかは誰にも分からない。
「それより・・・・・・次の目標を・・・・・・」
「あっ、はい!」
 春歌は慌てて辺りを見回す。
「どうやら、近くに敵はいないようです。ここは一気に突破して・・・・・・」
「待ってくれないか・・・・・・」
 春歌の台詞を途中で遮って、千影はスッと目を閉じる。
「姉君・・・・・・」
「シッ・・・・・・」
 何事か理解できない春歌を制して、千影は耳を澄ます。
「・・・・・・・・・・・・こっちだ。」
 そう言うと千影はホーネットを反転させる。
「え?姉君様、どうなさったのですか?」
「着いてくれば・・・・・・分かるよ。」
そう言うと千影は、アフターバーナーを吹かせた。

 千影は群がってくるミラージュを全速力でやり過ごし、敵編隊の中央部にたどり着いた。
「・・・・・・見つけた。」
 千影の目に、旅客機の背中に円盤をくっつけたような機体が飛び込んできた。間違いなく敵の電波管制機だ。向こうも千影の存在に気付いたらしく、必死に逃走を図っている。そこへ、ようやく防衛網を突破した春歌が追いついてきた。
「待ってください姉君様・・・・・・お一人で突撃するのは無謀ですわ・・・・・・」
 肩で息をしながら、春歌は姉をたしなめる。それを無視して、千影は自分の見つけた獲物を見つめる。
「春歌君・・・・・・いたよ・・・・・・」
「え?」
 春歌は前方に目を走らせる。
「あれは敵の電波管制機!あれを落とせば皆様も戦えますわ!」
「その通り・・・・・・春歌君・・・・・・バックアップを。」
「了解です!」
 千影はスロットルを上げて電波管制機に迫る。電波管制機も必死で逃走しようとするが、戦闘機と大型機では機動性に雲泥の差がある。
「・・・・・・むだだよ・・・・・・私の目からは・・・・・・逃れられない・・・・・・」
 そう言うと、照準機を電波管制機に合わせる。
「ナイトメア1、フォックス3。」
 クールな声で告げると、千影はトリガーを引いた。流星雨のような20ミリバルカンを受けて、電波管制機は煙を吹き始める。しかし、堕ちない。機体が大きいため、一撃では堕ちないのだ。その様子に、千影はやや顔をしかめる。
「むだな努力を……」
千影はエンジンスロットルを上げて、もう一度接近する。
「ナイトメア1、フォックス3!」
 もう一度バルカンを発射する。今度は確実に火を噴いた。
まっ逆さまに堕ちていく電波管制機を見て、千影は通信を入れた。
「こちらナイトメア1・・・・・・レーダー、クリア。」
 千影の言うとおり、先程まで真っ白だったレーダーがしっかりと像を結んでいる。
「よし!全機反撃開始だ!」
「「「「了解!」」」」
 第3高速戦闘機中隊は次々と防衛網を突破して、必死に退避しようとしている輸送機に迫った。
「メビウス1、フォックス1。」
「2、フォックス1!」
 真っ先に突破した葵と衛が、立て続けにスパローを放つ。鈍重な輸送機は、マッハのスピードで向かってくるミサイルを回避する事ができず、次々と炎を吹き上げる。他の仲間も次々とスパローを放ち、輸送機を叩き落していく。エルジア軍に輸送機は、ものの10分もしないうちに全滅した。

 事件は、エルジア軍が撤退に掛かった頃に起こった。
 衛は、撤退に掛かったミラージュの1機を追尾していた。
「もらったよ!」
 しかし、そのミラージュは盛んに機体を振って、衛にロックオンを許さない。
「まいったな・・・・・・」
 なかなかロックオンできないことに、衛は焦りを感じていた。
「どうしようかな・・・・・・」
 敵は逃げる事に躍起になっている。もはやこれ以上脅威とはなりえないと感じた。
「いいや・・・・・・逃がしちゃおう。」
 衛には何となく、必死になる敵の気持ちが分かるような気がした。同じ立場だったら、衛も必死になって逃げ回るはずだ。衛は追撃をあきらめて、機体を水平に戻した。
 その時、追撃に躍起になっている味方のファルコン1機が、ミラージュの前に躍り出てしまった。
「あっ、危ない!」
 衛が叫んだ時は既に遅く、ミラージュのバルカンがファルコンのボディーに吸い込まれていた。
「ああ!」
 攻撃を喰らったファルコンは、そのまま破片をきらめかせて落下していった。
「・・・・・・ボクの・・・・・・ボクのせいだ・・・・・・ボクが・・・・・・ためらわなかったら・・・・・」
 その時、衛を追い越すように現れたフランカーが、たった今ファルコンを落としたミラージュにバルカンを浴びせ粉砕した。
「・・・・・・あにぃ・・・・・・」
 フランカーの尾翼に描かれている青いメビウスリングを見て、衛は呟いた。
 この日行われた同時襲撃作戦によりエルジア軍の空中輸送路は大打撃を受け、以後エイギル艦隊は食糧補給を現地調達に頼らざるを得なくなった。

 乾いた音と共に、葵は衛の頬を張り飛ばした。
「あっ、あにぃ・・・・・・」
 衛は赤くなった頬を押さえ、葵を見上げた。それに対して葵は、冷たい目で衛を見下ろす。その目は、衛たちが一度も見た事の無い兄の眼だった。それは誰も知るはずの無い、葵が敵に対したときに使う目つきだった。普段はクールにしていても衛たちにだけは優しい葵が、殺気のこもった目を衛に向けていた。
「兄君様!」
「兄くん、いけない。」
 そんな葵の前に、千影と春歌が割って入った。その様はまるで、凶暴な肉食獣からわが子を守らんとする草食獣のようにも見えた。しかし、
「どいていろ。」
 まるで声そのものが体に突き刺さるような感触に、二人は思わず域を飲んで立ち尽くした。それだけ今の葵は冷たい殺気で包まれていた。
「衛・・・・・・」
「はっ、はい!」
 声にも、冷気が宿っているように、衛を打つ。
「お前は一体、何をしているんだ?」
「え?」
 葵の質問の意味が分からず、衛は戸惑う。そんな衛にかまわず、葵は言葉を続ける。
「お前には、戦う気があるのか?」
「・・・・・・あにぃ・・・・・・それは・・・・・・」
「・・・・・・戦う気が無いなら、戦闘機のパイロットなんかやめろ。邪魔だ。」
 それだけ言うと、葵は衛に背を向けた。
「・・・・・・・・・・・・あにぃ・・・・・・」
 衛は歩き去る葵の姿を、呆然と眺めているしかなかった。

 アレンフォート基地の一角に体育館がある。軍人と言っても常に戦っているわけではない。普段はこういった場所で運動をし、体をなまらせないように鍛えているのだ。衛も良く暇な時間にここで体を動かす事が多い。しかし今、衛はその体育館の端で膝を抱えて座っている。
「は〜・・・・・・」
 衛は大きくため息をついた。
 葵に叩かれ腫れた頬は、まだズキズキと痛む。しかしそれ以上に、心の傷がうずいていた。自分のせいで一人のパイロットを死なせてしまった。そして、その事で葵に怒られてしまった。そんな自分がひどく情けなくて惨めに思えたのだ。そんな衛の脳裏に、葵の言葉が流れてくる。

『・・・・・・戦う気が無いのなら、戦闘機のパイロットなんかやめろ。邪魔だ。』

「・・・・・・・・・・・・」
 衛は抱えた膝に顔をうずめて、嗚咽を漏らす。
「・・・・・・ボク・・・・・・どうしたらいいんだろう・・・・・・」
 本当に自分はパイロットを辞めるべきなのだろうか。しかしもし、本当に自分がパイロットに向いていないのなら、兄達の足を引っ張りたくないと言う気持ちもまたあった。その時だった。
「衛さん。」
 突然呼びかけられて顔を上げると、そこには長刀を持った春歌が立っていた。稽古着袴姿のところを見ると、おそらく今まで長刀の稽古をしていたのだろう。
「春歌あねぇ・・・・・・」
「あらあら、泣いていたのですね。」
「ちっ、違うよ!」
 衛は恥ずかしくて、慌てて顔を伏せる。
 春歌はニッコリ微笑むと、懐からハンカチを取り出し衛の目に浮かんだ涙を拭き取った。
「さあ、これで大丈夫。」
 そう言って、春歌はニッコリ微笑んだ。その表情を見て、衛はこらえていた物が一斉に吹き出した。
 たった今拭いてもらった涙が、再び溢れ出した。
「うっ・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁん!」
 衛はとうとう春歌の胸にすがり付いて泣き出した。そんな衛を、春歌は小さい子をあやすようによしよしと頭をなでてやった。

「落ち着きました?」
 しばらくして、ようやく泣き止んだ衛にジュースを差し出して、春歌が言った。
「うん。ごめんあねぇ。なんだか、カッコ悪いトコ見られちゃったね。」
「そんな事ありませんわ。むしろ少し安心しました。」
「え?安心したって何が?」
 衛の質問に、春歌は微笑を浮かべて答えた。
「普段から男っぽい事ばかりしている衛さんの、とても可愛らしい一面が見れた事です。」
 それを聞いて、衛は耳まで真っ赤になった。
「もう!あねぇの意地悪。」
 そう言って衛は頬を膨らませる。そんな妹の姿を、春歌はニッコリ微笑んで見つめた。
「ねえ、あねぇ。」
 落ち着いた後、衛はおもむろに話しかけた。
「あにぃの事なんだけど・・・・・・」
「兄君様が、何か?」
「・・・・・・うん・・・・・・一年半前、あにぃが帰ってきたとき、あにぃの雰囲気が前と変わっていたよね。どうしてなの?」
「それは・・・・・・」
 春歌は口ごもった。姉が理由を知っていると感じた衛は、畳み掛けるように質問を続ける。
「お願い、教えて!どうしてあにぃは変わっちゃったの!?」
「・・・・・・・・・・・・」
 しかし春歌はそれに答えずスッと立ち上がる。
「あねぇ!」
「・・・・・・衛さん。その件はわたくしの口からは何も言えません。しかし、たった一ついえることは、この戦争では既に、多くの悲しみが生まれている、と言う事です。」
 それだけ言うと春歌は、衛を残して歩き去った。

「お前の気持ちは分かるけどな葵。あれは少しやりすぎだと思うぞ。」
 信悟はグラスになみなみ注がれたウィスキーを口に運びながら、傍らの葵に話しかけた。
 ここはアレンフォート基地のPX(バー)である。非番の信悟は、葵と高士を誘って飲みに来ていた。
「衛はパイロットとしての腕は良い。俺から見ても合格ラインを十二分に上回ってると思う。しかし、彼女はまだ14歳の子供だ。あそこまでする必要は無いんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
 信悟の言葉を、葵はブランデー片手に聞き流す。
「確かに子供には躾が必要だが、いきなりパイロットを辞めろはないと思うぞ?」
「どうかな?」
 高士が口を開いた。
「技術やテクニックだけでは戦争には生き残れない。それは我々が既に大陸で経験してきたはずだ。」
 高士は葵を見る。
「葵もそうだ・・・・・・君はあの作戦で大切な人を失っているのだからな。」
「・・・・・・高士・・・・・・」
「だがな高士。今の俺たちは崖っぷちにいるんだ。遊ばせておく戦力なんて無いはずだぜ。」
「中途半端な戦力を出して失うよりは、少数精鋭でいったほうがいいだろう。」
 その時、今まで黙って聞いていた葵が静かにグラスを置いた。
「葵?」
「・・・・・・あいつは・・・・・・俺の妹。それだけだ。」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
 それだけ言うと葵は、グラスに残ったブランデーを飲み干した。
「狼の妹は、狼・・・・・・か」
 高士はサングラスに隠れた目を葵に向ける。
「全ては・・・・・・次の作戦で、だな。」
「ああ・・・・・・このまま潰れるか、それともこれを糧にさらに高みを目指せるか・・・・・・」
「・・・・・・お前は、どう思っているんだ葵?」
 信悟の問いに、葵はフッと笑う。
「さあな・・・・・・だが、兄の立場としては、このままで終わって欲しくない。」
 それを聞いて、信悟と高士は安心したように微笑を浮かべた。

「それじゃあ、言ってくるデス。」
 デイパックに愛用の探偵七つ道具を詰め込んで四葉が言った。
「気をつけてくださいね四葉ちゃん」
「くれぐれも勘付かれるなよ。」
 その姿を、鞠絵と中田が見送る。四葉はこれから、先日知り合ったエルジア空軍の最強部隊、黄色中隊の基地に向かうのだ。もちろん、レジスタンス活動の一環として、情報収集に向かうのだ。エルジア空軍の活動はISAFとしても喉から手が出るほど欲しい。そのチャンスが思いがけず向こうから転がり込んできたのだ。これを利用しない手は無い。
「大丈夫です。この名探偵上杉四葉に任せるデス!」
 そう言うと四葉は、手土産を入れたバスケットを持って玄関から出て行った。
「・・・・・・大丈夫かな、あいつ?」
 中田が不安そうな声で鞠絵に聞いた。
「さあ?」
 これには鞠絵も苦笑しながら、首を傾げざるを得なかった。四葉は名探偵を自称するだけあって、非常に好奇心の強い女の子なのだが、こう言っては何だがどこか抜けているところがあるのだ。兄、葵に対する諜報活動、彼女の言うところのチェキも、いつも肝心なところでドジることが多かった。
「まあ・・・・・・大丈夫でしょう・・・・・・多分・・・・・・」
 鞠絵のその言葉に、足元にいたミカエルが不安そうに鼻を鳴らした。

 黄色中隊の基地は、サンサルバジオン郊外にある工事途中の高速道路を回想して使われていた。この道路の着工式のとき市長が自慢げに演説していたが、今となってはどうでもいいことだ。掩退壕には途中まで掘られたトンネルが使われていた。
「こんにちわデス!」
 基地の門をくぐると、四葉は元気良く挨拶した。その声に、門のそばにいた金髪の青年が顔を上げた。
「おう、四葉じゃねえか!」
 そう言って四葉を歓迎したのは、黄色の7こと、藤原瞬矢中尉だった。この間酔った陸兵に啖呵を切った青年だ。
「ご招待に預かり、早速来てしまったデス。」
「おう。大歓迎だ。さあ来いよ。」
 そう言うと瞬矢は、四葉を基地内に招きいれた。
「おーいみんな!四葉が来たぜ!」
 瞬矢の声に招かれて、10人ほどのパイロット達が集まってきた。
「ようこそ、エルジア最強部隊の基地へ!」
「違う違う。それを言うなら、ユージア最強部隊だろ!」
「そうだぜ、まったく!」
「おお!可愛いじゃん!」
「誰だよ、『まだガキだ』って言ったの?」
「どうだ、俺と付き合わねえか?」
 皆、口々に四葉に話かける。
「あの・・・・・・え〜っと・・・・・・」
 その雰囲気の、大抵の事では物怖じしない四葉が圧倒されてしまった。
「みんな、それくらいにしとけば。」
 そこへ、救いの主が人垣の後方から現れた。
まるでモーゼの故事のように人垣が左右に分かれると、そこには呆れ顔をした、細身で髪の長い褐色の肌をした女性が立っていた。
「四葉ちゃんが困ってるでしょうが。」
 その女性は、ゆっくりと四葉に近付いてきた。
「ようこそ四葉ちゃん。隊長と副隊長はちょっと急用で空けてるけど、他のみんなはいるからゆっくりしていってね。」
 黄色の4である立花操中尉は、そう言って四葉に微笑んだ。
「はいデス。」
 返事をして四葉は、持ってきたバスケットを開けた。
「これ、お土産です。姉チャマとマスターが作ったピザデス。みんなで食べてくださいデス。」
「ほんとに?どうもありがとう!」
 操は四葉からバスケットを受け取った。
「あの〜・・・・・・」
「何?」
 ピザを口に運ぶ手を止めて、操は四葉を見た。
「そう言えば、一矢さんは?」
「兄貴なら、例の所だろうな。」
 瞬矢の思い出したような言葉に、四葉は振り返った。
「兄貴に何か用なのか?」
「はい。この間助けてもらったお礼がしたいのデス。」
 そう言うと、四葉はニッコリ微笑んだ。

 瞬矢に言われた場所に、四葉はピザの残りを持ってやってきた。
 そこは基地の近くにある小さな池だった。そこで釣り糸をたらし、日がな読書を楽しむの黄色の6である藤原一矢中尉の休日の楽しみ方だった。仲間内では少々暗いと言われるが、そんな事は気にしてはいない。
 四葉がその場所に来たとき、一矢は釣竿の脇で寝そべって本を読みふけっていた。四葉は少しだけ微笑すると、そうっと一矢の背後から近付いた。しかし、
「・・・・・・上杉四葉か・・・・・・」
「チェキ!?」
 自分は完全に気配を消して近付いたのに、一矢はあっさりと気付いてしまった。
「どっ、どうして分かったデスか?」
 一矢はその質問には答えず身を起こすと、四葉に振り返った。
「どうした、俺に何か用か?」
「この間のお礼に来たデス。」
「・・・・・・そうか。」
 そう言うと一矢はつまらなそうに、また本に目を落とす。
「はいデス。」
 四葉は持ってきたピザを、一矢に差し出した。
「・・・・・・・・・・・・」
 一矢はそのピザに一瞥すると、黙ってそれを受け取り口に運んだ。
「どうデスか?」
「・・・・・・うまい。」
 一矢は本から目を放さずに答えた。
「良かったデス。」
 そう言って、四葉は微笑んだ。一矢はそんな四葉に一瞥をくれると、本に視線を戻して言葉をつむいだ。
「この間の事なら気にする必要は無かったんだぞ。俺は当然の事をしただけだ。」
「そうはいかないデス。『受けた恩はきちんと返せ』って兄チャマが言っていたデス。」
「兄チャマ?・・・・・・お前には兄がいるのか。」
「はいです。とっても優しい兄チャマです。」
「・・・・・・そうか。」
 その時だった。基地の方向から、サイレンが聞こえてきた。
「どうしたデスか!?」
「・・・・・・・・・・・・」
 驚く四葉を無視して、一矢は釣り道具を手早くたたみ始めた。
「上杉。」
「はいデス。」
 一矢に呼ばれて四葉は振り返る。
「これから少々忙しくなる。お前は家に帰っていろ。」
「あっ!一矢さん!」
 それだけ告げると一矢は、驚く四葉を置き去りにして走り出した。
「どうしたんでしょう?」
 四葉は怪訝そうに首をかしげると、口の端に笑みを浮かべ、基地の近くにある草むらの陰に隠れていた。しばらくすると空を切り裂く音と共に、5機のスホーイ37スーパーフランカーが飛び立っていった。
「・・・・・・・・・・・・」
 スーパーフランカーが見えなくなるのを確認してから、四葉はデイバックから携帯電話を取り出しメール機能を起動した。
『クレイフォーよりアントワネット、親鳥は飛び立った。繰り返す親鳥は飛び立った。狩場の位置は不明なり。』
 暗号化した文章を、スカイキッズにあるコンピューターに送る。この場合クレイフォーは四葉、アントワネットは鞠絵、親鳥は黄色中隊、狩場は目的地を現している。つまり組み立てれば「黄色中隊出撃、目的は不明」となるのだ。
 この暗号電はスカイキッズにいる鞠絵の手で、ただちにノースポイントのISAF司令部へと転送された。

第3話「狼の妹」 おわり

あとがき

こんにちは、ファルクラムです。話が軌道に載ってきた事もあり、これからは戦闘パートとプライベートパートを分けていきたいと思います。決して、サボっている訳ではありませんのであしからず。それでは、また。

ファルクラム

 


ファルクラムさんへの感想はこちら
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