リボンつきの翼
第二話「疑惑のプレリュード」
作者 ファルクラムさん
1
アレンフォート飛行場防衛成功から1週間が過ぎた。その間、旧フェイスパーク連邦共和国リグリー地方を中心に展開したエルジア空軍は、三度にわたってノースポイントの各拠点を襲撃したが、その全てが失敗に終わった。その原因としては、長駆侵攻して来たエルジア軍のパイロット、特に戦闘機のパイロット達が疲労困憊していたこと、ISAF上層部がアレンフォート基地に新型の対空ミサイルを優先的に配備した事、そして、上杉葵に触発された少年飛行隊のパイロット達が奇跡的な奮戦をしたことが大きく作用していた。
とにかくユージア暦2006年10月現在、ISAFはいまだに頑強に抵抗を続けていた。
そして、待ちに待った反撃の機会が、足音を立てて近付こうとしていた。
ノースポイントの各飛行場に、大量の航空機が次々と降り立っていった。大陸に展開した北方方面軍を支援し続けてきた空軍の主力部隊が、再編成をかねてノースポイントに撤退してきたのである。すでに南方方面軍に続いて、北方方面軍の戦線も崩壊寸前となっていた。しかし、ISAFにとって大陸最後の拠点となった、セントアーク基地まで追い詰められた陸軍もまた、頑強に抵抗を続けていた。その支援のためにも、ISAF空軍は急ピッチで再編成を続けていた。
「ただいま戻りました、兄君様。」
「兄くん・・・・・・ただいま。」
撤退してきた味方部隊を出迎えた葵と衛の前に、パイロットスーツを着込んだ二人の少女がやってきた。一人は紅茶色の髪を結い上げているややクールな感じがある。もう一人は黒髪のポニーテールに白い透き通るような肌をしている。
「ああ。無事でよかった。千影。春歌。」
そう言って葵は、二人に笑みを見せた。葵に似てクールな少女のほうは上杉千影(うえすぎちかげ)、黒髪ポニーテールの少女は上杉春歌(うえすぎはるか)千影は上杉家次女、春歌は上杉家三女に当たる、葵の妹である。二人は葵と同じように少年飛行隊を経て、現在は空軍に所属している。
「良かった。あねぇ達が元気そうで。」
衛の言葉に、千影と春歌は微笑を浮かべた。
「衛さんも、元気そうで安心しましたわ。なんと言っても衛さんはわたくしたちのムードメーカーなのですから。」
「やっ、やだなぁ。ボク、別にそんなつもりはないんだけど。」
そう言って、頬をほんのり赤くする衛。
「謙遜する事は・・・・・・ないんだよ。衛くん。」
そう言うと千影も微妙に微笑み、葵に向き直る。
「兄くん・・・・・・実は兄くんが先に帰ってから・・・・・・また・・・・・・新しい魔術を発掘したんだ・・・・・・後で・・・・・・付き合ってくれないか?」
「またか・・・・・・」
葵はクールな顔にややげんなりした表情を浮かべた。千影はオカルト関係に興味があり、自宅や宿舎で実験をやるほどである。その被験者は主に葵が中心だった。
「兄君様、わたくしの長刀の相手もお願いします。」
「・・・・・・お前もか。」
春歌はと言うと幼少の頃からさまざまな稽古事をしており、中でも弓道、剣道、長刀などは相当な腕前である。葵も剣道はやっているのだが、春歌の腕前は葵にすら匹敵する事がある。
「まあ、待て。」
葵は二人を制止しにかかる。取り合えず連日の戦闘に加えてこの二人の相手だけは葵でなくてもか遠慮したい心境だった。幸いと言おうか、今日の葵には逃げ道が用意されている。
「実は昨日、家に電話したんだ。お前達が今日帰ってくるって言ったら、弁当を持って遊びに来ると言っていたぞ。」
葵は冷たい表情に、やや微笑を浮かべる。
「久しぶりに兄妹の大半が揃うんだ。今日はみんなでどこかに行かないか?」
「え?みんなが来るのですか?」
「ふふ・・・・・・確かに・・・・・・みんなと会うのも悪くないね。」
「久しぶりに白雪ちゃんの、料理が食べれるんだね。やったあ!いい加減基地の料理には飽きてきてたんだぁ!」
三人にも異議がないのを確認して、葵はそっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、準備するか。」
葵は三人の背中を押して、基地のほうに行こうとした。その時
「葵!」
突然背後から呼ばれて、葵は振り返った。
そにはパイロットスーツに身を包んだ、20代中ほどの男が立っていた。
やや細面の顔が、抜き身の剣を思わせる。
「信悟。お前もここに来たのか。」
「まあな。」
彼の名前は鎌田信悟大尉。葵とは歳が離れ階級も違うが、かつて一緒に戦った戦友だった。葵はご覧のとおりの人付き合いの悪い性格をしているので、信悟は数少ない友人でもあった。北方戦線時代は、千影、春歌の隊長をしていた。
「聞いたぜ葵。この前は大した活躍だったらしいじゃねえか。」
「大した事じゃない。それに、俺だけの戦果じゃないしな。」
そう言って、葵は衛の頭に手を置く。
「衛や、咲耶もサポートしてくれた。俺一人だと今頃、この基地はやられていたさ。」
「えへへ。」
衛は、照れ笑いを浮かべる。
「そうだ信悟。これから妹たちと会うんだが、お前も一緒に来ないか?」
葵の誘いを、しかし信悟は首を横に振った。
「悪い。俺、隊長に呼ばれてんだ。」
「そうか・・・・・・残念だ。」
「悪いな、今度お前の魅力的な妹さんを紹介してくれ。」
信悟はそう言うと、衛たちに手を振って背中を向けた。
「あにぃ、あの人誰?」
衛は葵を見上げて聞いた。
「ああ。北方戦線での戦友だよ。あの通り気さくな奴だから、衛の遊び相手にもなってくれるかもしれないぞ。」
「じゃあ、今度誘ってみようか。そのときはもちろん、あにぃも来てくれるよね?」
「さて、な?」
そう言って葵は含み笑いをする。
「もう!あにぃ!」
「・・・・・・ふっ、冗談だよ。」
そう言って葵は衛の膨れた頬を、人差し指で弾いた。
2
その日の昼、アレンフォート基地に五人の少女が初老の男性に伴われてやってきた。
「お兄ちゃん!」
「にいさま!」
「おにいちゃま!」
「兄や〜」
「おにいたま!」
五人の少女は、それぞれの口調で葵を呼び駆け寄ってくる。
「可憐、白雪、花穂、亞理亞、雛子。」
葵は大きく両手を広げて、五人を受け入れた。彼女たちが葵の妹のうちの残り五人、可憐、白雪、花穂、亞理亞、雛子である。
「お帰りなさい、お兄ちゃん。」
五人の中の最年長の可憐が、葵に笑顔を向ける。
「ああ。ただいま可憐。」
「にいさま、お帰りですの。」
「おにいちゃま、お帰りなさい!」
「にいや〜、おかえり〜」
「おにいたま、おかえりなさい!」
白雪、花穂、亞理亞、雛子も、次々と挨拶する。一通り挨拶を終えてから、葵は彼女たちに着いて来た初老の男性に目を向けた。
「お帰りなさいませ葵様。」
「ただいま戻りました、吉田さん。」
彼は吉田と言い、上杉家で長年仕えている執事である。葵たちの父親の代から上杉家におり、葵が安心して家を空けられるのも、彼の存在が大きかった。
咲耶や鈴凛も呼んで葵たちは、基地の一角で可憐たちが持参した弁当を広げ、久方ぶりの家族団欒を始めた。
「おにいたま。はい、あ〜ん。」
妹たちの中で最年少の雛子が、葵の口に玉子焼きを運ぶ。葵は雛子の差し出した玉子焼きを口の中に入れた。
「おにいたま、美味しい?」
「ああ。美味しいよ。」
葵は雛子に微笑んだ。
「にいや〜亞理亞も〜」
そう言って亞理亞も、葵に唐揚を差し出した。
葵はそれも口に運んだ。それを見て亞理亞がうれしそうに微笑んだ。
「ねえアニキ!今度メカ鈴凛にオペレーター機能付けて、アニキの戦闘機のサポートさせたいんだ!だ・か・ら、お小遣い頂戴!!」
メカ鈴凛とは、鈴凛が製作している鈴凛そっくりの人型メカである。鈴凛は葵から小遣いをせびっては、このメカ鈴凛のバージョンアップに精を尽くしていた。
「俺のフランカーは単座戦闘機だからサポートは必要ない。それに、お前にはこの前やっただろ。」
葵は帰ってきた翌日、鈴凛から家を空けていた1年分の資金援助の要請を受けた。その額は半端でなく、普段のゆうに20倍は取られた。北方戦線で稼いだクレジットがなかったら、とても持たないところだった。そのおかげで、取り替えようと思っていた最新型のレーダーが買えなくなってしまった。
「そうよ鈴凛。少しは自重しなさい。」
年長者よろしく、咲耶が割って入った。
「それよりお兄様。今度のデートはどこが良いかしら?1年も会えなかったのだもの、お兄様となら最後まで行っても良いわよ。」
「・・・・・・お前も少しは自重しろ。」
葵は呆れ顔で、トマトの輪切りを口に運んだ。
「ねえ、おにいちゃま。」
そんな葵に、花穂が話かけた。
「どうした花穂?」
「おにいちゃま、もうどこにも行かなくていいの?」
「え?」
花穂の質問に、葵のみならず衛、千影、春歌、鈴凛、咲耶も、顔を見合わせた。
ISAF司令部は現在、大陸逆侵攻作戦を計画中である。つまり葵たちも、いつまでもここにいるわけにはいかないのである。」
「それは・・・・・・」
春歌が口ごもる。
それを見て葵は、そっけなく言った。
「残念だが、少ししたらまた行かなきゃ行けないかもしれない。」
「「「「え?」」」」
一同は一斉に葵を見た。
「みんな、俺たちは、鞠絵と四葉を助けに行くのを忘れちゃいけない。」
「「「「あ!」」」」
遠い敵地で心細い思いをしている二人の妹たちを想い、妹たちは顔を伏せる。
そこへ、姿が見えなかった白雪が、手にフルーツティーを持ってやってきた。
「お待たせですの。姫特性イチゴとバナナとマンゴウとドリアンのミックスフルーツティー、お待たせですの!」
しかし、それを見ても一同の表情は晴れる事はなかった。誰もが、鞠絵と四葉のことが心配なのだった。
「さあ、せっかく白雪が作ってくれたんだ。飲もう。」
葵のその言葉に、妹たちは気を取り直してフルーツティーを手に取った。
「あの、葵様。」
フルーツティーを一口飲んだ葵を、吉田が引きとめた。
「何か?」
「少々、お話があるのですが。」
「何ですか?」
吉田の折りいった口調に、葵は怪訝そうな口調で聞き返した。
「ここでは、ちょっと。」
「・・・・・・そうですか。では、場所を変えましょう。」
葵は妹たちにすぐ戻ると言って、その場を立った。
「で、何ですか、話って?」
格納庫の裏手まで来て、葵は話しかけた。
「実は私、旦那様がなくなってから遺品の整理を行っておりました。」
「膨大な量でしたからね。大変だったでしょう。」
「ええ、まあ。」
そう言って吉田は苦笑する。
葵の家はノースポイント最南端の都市、マリナーシティーにある。郊外の一等地に屋敷を構える、それなりに裕福な家庭だった。
「それもようやく終わった頃、屋根裏部屋から日記帳の入った箱が出てきたのです。」
「日記帳?」
「ええ。」
そこまで言って、吉田は険しい表情をした。
「そこに・・・・・・驚くべき事実が書かれていたのです。」
「・・・・・・・・・・・・」
葵は無言で目を細め、話に聞き入った。
「お兄様、遅いわね。」
咲耶が魚の煮つけを口に運びながら、呟いた。
「そういえば・・・・・・遅いね・・・・・・どこまで行ったのかな?」
帰りの遅い葵たちを心配して、妹たちは不安そうな顔をする。
「衛ねえさま。」
「何?」
白雪に呼ばれて、衛は振り返った。
「お話が長くなりそうなので、にいさまと吉田さんに姫特性のお紅茶を冷めないうちに運んでほしいんですの。」
「うん分かった。じゃあ、探して渡してくるよ。」
衛は紅茶を受け取ると、葵達を探して歩き出した。
「あれ〜、あにぃ達、どこまで行ったのかな?」
両手に一つずつマグカップを持ち、衛は基地内をさ迷い歩いている。
「あれ、どうしたんだ衛?」
そんな衛を見つけた少年飛行隊の友達が話しかけて来た。
「うん、実はあにぃを探してるんだけど、どこかで見なかった?」
「ああ、上杉中尉なら格納庫の裏に歩いていくのを見たぜ。何か、見かけないジィさんも一緒だったな。」
『ジィさん・・・・・・』
衛は心の中で苦笑した。
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない。ありがとう!」
衛は友達に礼を言うと、格納庫に裏手へと急いだ。
「え〜っと、この辺かな?」
格納庫の裏に来た衛は、覗き込むようにして身を乗り出した。その時だった。
「そんな馬鹿な話があるか!!」
「ひゃっ!」
突然の怒鳴り声に、衛は首をすくめた。あまりに大きな声だったので、それが兄の声だと気付くのに少し掛かった。普段クールな葵だけに、ここまで声を荒げる事自体珍しい。
『・・・・・・あにぃ?』
興味半分で衛は、物陰からそうっと首を出して覗いてみた。
そこでは、葵と吉田が向かい合って、なにやら言い合っていた。
「・・・・・・しかし葵様、旦那様がわざわざ日記帳に嘘を書くとは思えません。」
吉田が沈痛な表情で言った。
『何の話してるんだろ?』
衛は、なをも聞き入る。
「日記帳にはこうありました。『・・・・・・私は、罪と知りつつもこの子を連れて帰らずにいられなかった。多くの難民達の中で、この子だけが助かって言い道理はない。しかし、ここで私に出会えた事は、この子にとってわずかに残された幸運であり、最後の希望である事だけは間違いない。せめてこれからのこの子の人生に亡くなった両親の分の幸せも降りてくる事を、切に願うしだいである。』、と・・・・・・」
「そんな馬鹿な・・・・・・」
「葵様・・・・・・」
「念のため聞きますが、その日記帳には名前までは書いてなかったんですね?」
「はい。」
葵は少し考えてから言った。
「では、しばらくの間妹達にはこの事を伏せて置いてください。自分達の中に血の繋がってないものがいると知ったら、きっとあいつらはショックを受けると思いますので。」
「承知しました・・・・・・」
吉田は葵に対し頭を垂れた。
「しかし・・・・・・まさかこんな事になるなんて・・・・・・」
葵は現実から目をそむけるように、視線をそらした。その時、建物の影から食器が割れる鈍い音がした。
「「!?」」
葵と吉田はとっさに音がしたほうに目を向け、そこに立っていた人物を見て絶句した。
「衛・・・・・・」
「衛様・・・・・・」
衛は落としてしまったカップにも気付かず、呆然とした目で葵を見る。
「・・・・・・あにぃ・・・・・・今の話・・・・・・」
「・・・・・・聞いていたのか。」
衛はおぼつかない足取りで葵に歩み寄る。
「・・・・・・今の話・・・・・・本当なの?・・・・・・誰かが兄妹じゃないなんて・・・・・・」
「衛・・・・・・」
「ボク嫌だよ!誰か一人が違う家の子だったなんて!」
「落ち着け衛!」
葵は衛の肩をつかんで顔を引き寄せる。
「あくまでもその可能性があると言うだけだ!」
「でも!でも!」
「考えても見ろ、あの女ったらしで大陸中で子供を作ってた親父に、自分の子供以外の子供を育てる甲斐性があったと思うか?」
「それは・・・・・・」
「断言しても良い。これ以上兄弟が増える事はあっても、減る事はない。」
何かが違う気がするが、とりあえず衛を落ち着かせる効果はあったようだ。
「そう・・・・・・だよね。ボク、何考えてたんだろ。あはは・・・・・・」
衛は力なく笑う。とても気にしていないようには見えない。
「衛・・・・・・」
「じゃあ・・・・・・ボク、みんなのところに戻るね、それじゃあ・・・・・・」
そう言って衛は踵を返す。
「あっ、衛!」
葵に呼び止められて、衛は振り返って笑った。
「分かってるよ。今の事、みんなには内緒にしておくから。」
そう言うと、衛は二人に背を向けて歩き去った。
「・・・・・・衛・・・・・・」
3
10月下旬に入って、再編成を終えたISAF空軍は反撃準備を完了し、出撃のときをいまや遅しと待っていた。現在、ISAFとエルジア帝国軍は、海を挟んでにらみ合っている。
旧フェイスパーク連邦共和国にリグリー地方まで前進したエルジア軍は、ノースポイントに対する戦略爆撃を継続していたが、空軍の撤退に成功したISAFはそれらを全て撃退する事に成功していた。しかし、いつまでも防戦に徹しているわけには行かない。大陸東部に位置するコンベース港には、大陸最強艦隊と噂されるエルジア海軍のエイギル艦隊が停泊している。彼らの攻撃によって制海権を失ったISAFに、エイギル艦隊を止める手段はない。つまりエイギル艦隊が出撃したが最後、その時点でISAFの敗北は確定するのである。時間はエルジアの味方だった。唯一の救いはエイギル艦隊が本国からの長い遠征のせいで物資が不足し、さらにクルー達が疲れ切っていることだった。補給が完了しクルーの休養が完了するまで、エイギル艦隊は出撃しては来ないだろう。その間に何としても反撃の機会を見出すのだ。そうして10月28日、ついに待ちに待った反撃のときが来た。
フェイスパーク国内に展開したエルジア空軍に対し、一斉攻撃を掛けるのだ。とくに最前線であるリグリー飛行場は、最も多くの重爆撃機が展開し、ISAFにとってもっとも危険な存在と言えた。まさしく、喉元に突きつけられた刃と言える。主な飛行場は全部で5つ、それらをいちいち潰していたのではタイムアップとなってしまう。ここは戦力の分散を覚悟の上で、それらを同時に叩く必要があった。すなわち、5点同時襲撃である。
アレンフォート飛行場に駐留している葵達も「第407飛行集団」として再編成され、この作戦に参加する事になった。
アレンフォート基地の滑走路に並んだ航空機は全部で36機。そのうち制空隊20機、攻撃隊16機となっている。
今回、葵と衛からなるメビウス小隊は制空隊に組み込まれていた。本来なら少年飛行隊の衛は実戦には参加しないのだが、人手不足のISAFとしては、初陣を終え、既に3機の敵を撃墜している衛の所属を空軍に組み替え、実戦に参加させる決定をした。
パイロットスーツに着替えた葵は、既に出撃準備を整えて待っている愛機の元へ歩いてきた。そこで、ある物に気付いて顔を上げた。
フランカーの後ろに見慣れない機体が駐機されている。鋭い両刃の剣先を切り取ったようなその機体は、F−16ファイティングファルコンである。全長15メートル、全幅10メートル、全高5メートル、最高速度マッハ2。開発当初世界最高の性能を持つとさえ言われたF−15イーグルの双発エンジンを、単発にしてコストダウンを図った軽戦闘機である。大量配備しやすいと言う理由から、イーグルよりも重宝されている機体である。
「あにぃ!」
ファルコンを眺めていた葵の背後から、衛が声を掛けた。
「衛、このファルコン、お前のか?」
「うん。そうだよ。」
そう言って衛も、自分の愛機を見上げた。
「本当は、あにぃと同じフランカーが欲しかったんだけど。ボクのクレジットじゃまだ買えなくてさ。」
「そうか。」
衛も空軍の所属になったため、新しい機体を手に入れることができるようになったのだ。
「でもさ、テイルマークはあにぃとおそろいにしたんだ!」
「え?」
葵はファルコンの垂直尾翼に目をやる。
そこには確かに葵のと同じ、青色のメビウスリングが描かれていた。
そのメビウスリングを見て、葵は微笑した。
「また、頼むぞ。」
「うん!」
ISAFの反撃が開始された。
4
旧フェイスパーク連邦共和国リグリー地方は、のどかな田園風景が続いていた。
そんな中で異様なほど、それこそ言葉どおり取って付けたように、一箇所だけ近代的な建物が立ち並んでいる場所があった。そこが、エルジア軍のリグリー基地であった。元々は民間航空機の飛行場だったが、エルジア軍が接収し改修、軍用飛行場として使用していた。
「あれ?」
レーダーを見ていたオペレーターが、不審な声を上げた。
「どうした?」
「いや、レーダーが・・・・・・」
見ると普段なら基地周辺の上空を監視しているレーダー用のディスプレイは、何も映らず黒い画面になっている。
「変電所で何かあったかな?」
リグリー基地の電力は、近くにある変電所でまかなわれている。そこで何かがあったらしく、レーダーが掛からなくなったらしい。
「自力発電に切り替えろ。」
「了解」
ただちに自力発電に切り替えられ、レーダーが回復する。
その瞬間、その場にいた全員が絶句した。
レーダーには無数の光点が映し出されている。
「こっ、これは・・・・・・・・・・・・敵だ!」
司令室の中は大混乱になった。
「敵襲ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「スカイアイより全機へ!交戦を許可する!」
後方からスカイアイこと、咲耶の指示が全機に飛ぶと同時に、第407飛行集団は戦闘体勢に入った。
変電所をあらかじめ爆撃して、電力供給源を絶ったISAF空軍第407飛行集団は、自力発電に切り替わる若干の間を利用して、低空からリグリー基地に接近したのだ。
「こちらストーンウォール!」
編隊の先頭を行く戦闘機から、全機に通信が入った。
彼は藤岡順二中佐と言い、第407飛行集団の団長、つまり葵達の上官に当たる。ISAF空軍の中でただ一人残った「ストームナイツ勲章」を持つ天空の騎士である。
彼の機体は艦上戦闘機F−14Aトムキャット。全長19メートル、全幅19・5メートル、全高4・8メートル、最高速度マッハ2・3。航空母艦での運用を目的に作られた機体で、あらゆる高度域で空戦性能を確保するために、主翼に可変機構を取り入れた機体である。低速では開いた状態、高速では閉じた状態にする事で、高い格闘性能を持たせた戦闘機である。その画期的な機能のおかげで、いまだに高い人気を誇っていた。
本来なら海軍機のトムキャットを空軍のパイロットが使う事はありえないのだが、エイギル艦隊との戦いで空母の大半を失ったISAF海軍は、飛行機はあってもそれを乗せるべき空母が存在しないという状況になっていた。その為、余った航空機を空軍に貸与する「海空軍機種統合計画」が持ち上がり空軍のパイロットでも、海軍機を使用することができるようになったのだ。
「制空隊は先行して門番を排除しろ、攻撃隊は突撃隊形を作って俺に続け!」
「「「「了解!!」」」」
命令を受けて制空隊は前に出た。
「メビウス1よりメビウス2、衛、行くぞ。」
葵は静かに告げた。
「了解、あにぃ!」
葵のフランカーと衛のファルコンが、スロットルを上げる。
その先にはスクランブル発進したエルジア軍のミグ29ファルクラムがこちらに向かってきているのが見えた。
葵はFCSを中距離ミサイルモードにして、ファルクラムとヘッドオンで向かい合う。
ロックオンゲージは接近するファルクラムを捉える。
「メビウス1、フォックス1。」
「メビウス2、フォックス1!」
葵がスパローを放つと同時に、横に並んだ衛もスパローを放った。
一旦沈み込んだスパローは、白煙を上げて目標のファルクラムに向かう。
しかし命中前にファルクラムはチャフを放出し、スパローを回避する。
「・・・・・・チッ。」
葵は軽く舌打ちし、そのままドッグファイトに入るべく高度を上げる。
「行くぞ衛!」
「了解!」
葵と衛はスピードを上げてファルクラムとすれ違うと、機首を起こしてドッグファイトに入った。
「・・・・・・フン・・・・・・」
葵はつまらなそうに鼻を鳴らし、ファルクラムの背後につく。
背後に回られたと知ったファルクラムは、何とか振り切ろうと上昇しながら反転する、インメルマンターンと呼ばれる機動に入る。これを使えば敵機を下に見る事ができるわけだから、状況を知る事もできるわけだし、隙があれば逆転する事もできる。
しかし、葵にその程度の技は通用しなかった。
葵は上昇にかかるファルクラムの背後にぴったりと張り付き、常に死角の位置を保ち続けた。反転を終えて背面飛行に入ったファルクラムのパイロットは、下方に葵のフランカーがいない事に気付き、不振そうに辺りを見回した。やがて、葵が自分を見失って、オーバーシュートしたのだろうと判断したパイロットは、機体を水平に戻した。次の瞬間、葵は背後から獲物に飛びつく狼さながら、ファルクラムに襲い掛かった。
「メビウス1、フォックス3。」
静かに告げると同時に、葵はバルカンを発射した。輪郭が目視可能なほどの至近距離で放たれた、30ミリバルカンという名の牙は、一撃でファルクラムのエンジンを噛み砕き、そのまま炎のかなたに追いやった。おそらくファルクラムのパイロットは自分の身に何が起きたのかも知らないうちに、冥府の門をくぐった事だろう。
「メビウス1、1機撃墜。」
1機撃墜して旋回する葵の視界に、さらにもう1機のファルクラムが飛び込んできた。
「よくもやってくれたな!」
目の前で仲間を殺されたパイロットは、血走った目で葵のフランカーを睨みつける。エンジンを全開にしたファルクラムが高速で向かってくると、そのまま短距離ミサイルを発射した。フランカーの排気炎が発する熱源を探知したミサイルが、白煙を引いて向かってくる。
「くっ・・・・・・」
葵はミサイルを直前まで引き付けると、命中寸前で翼を翻し回避に成功した。葵はそのまま降下機動に入る。
「逃がさん!」
ファルクラムのパイロットも、逃げる葵を追って降下を始める。
「・・・・・・・・・・・・」
葵は背後から追ってくるファルクラムを確認すると、さらにスロットルを押し込む。ジェット後流を叩きつけられたファルクラムは、機体が激しくぶれる。
「ちい!」
耐え切れなくなったファルクラムのパイロットは、操縦桿を引いて上昇し、衝撃から逃れる。葵はその瞬間を逃さなかった。素早く機首を引き起こすとエンジン出力を上げ、退避するファルクラムの背後に回る。
「メビウス1、フォックス2。」
バルカンの射程まで入っている余裕はないと感じた葵は、迷わずサイドワインダーを放った。突き上げられる槍のごとく上昇したサイドワインダーは、ファルクラムのエンジンを粉砕し、撃墜した。
「メビウス1、2機目。」
コールしてから、葵は衛のファルコンに目をやった。
衛もまた、ファルクラムと交戦中だった。
「えい!・・・・・・この!」
掛け声と共に旋回を繰り返す衛。ファイティングファルコンは軽戦闘機ゆえに機動性が高く、なおかつ衛がこの間まで乗っていたタイガーUに比べると、段違いの出力を誇っていた。その性能を生かして、衛はたくみにファルクラムの背後に回りこもうとする。しかしファルクラムも、フランカーには及ばないが、ドッグファイトを重視して作られた機体である。そうそうなことでは背後につかせてくれない。
「よし、それなら!」
衛は一旦ループから抜け出すと、わざとファルクラムに背中を見せた。
「衛!」
普段冷静な葵も、このときは血の気を失った。
「馬鹿め!」
ファルクラムのパイロットは軽く舌なめずりして、衛の背後についた。
「死ね!」
衛のファルコンをロックオンしたファルクラムのパイロットは、トリガーに掛かった人差し指に力を込める。しかし、
「今だ!」
衛はエアブレーキを開いて急減速する。
「うおぉ!?」
突然の衛の急減速に驚いたファルクラムのパイロットは、とっさに操縦桿を倒して衝突を回避した。
しかし、当然のごとくオーバーシュートしてしまい、先程とは逆に衛に背後を取られている。
「メビウス2、フォックス3!」
コールすると同時に衛は、ファルクラムの斜め上方からバルカンを浴びせた。主翼に吸い込まれた弾丸は翼を叩き折り、ファルクラムはスパイラルダウンになって落ちていった。
「メビウス2、1機撃墜!」
衛は元気良くコールした。それを見て葵は、誰にも気付かれないようにそっと息をついた。どうやら葵の七番目の妹は、葵自身が気づかないうちに成長していたようだ。
制空隊がエルジア空軍を引き付けている間に、攻撃隊はリグリー基地上空に侵入を果たしていた。
「シオンより全機へ!」
攻撃隊を束ねる鎌田信悟大尉から、指揮下にある15機の攻撃隊に通信が入った。
「各自、散開して攻撃態勢に入れ。第一目標は重爆撃機がある格納庫だ!幸運を祈る!」
「「「「了解!!」」」」
信悟の命令を受けて、攻撃隊は散開した。
「ナイトメア1よりナイトメア2・・・・・・春歌くん、行くよ。」
「了解です、姉君様!」
千影と春歌で構成されたナイトメア小隊も、攻撃隊に加わっていた。
彼女達の乗る機体はF/A−18Cホーネット。全長17メートル、全幅11・4メートル、全高4.6メートル、最高速度マッハ1.8を誇る艦上戦闘機である。F/Aとは、戦闘攻撃機と言う意味を持っており、1機で制空と攻撃を行う事ができる、マルチロールファイターを表していた。
2機のホーネットは、翼下のパイロンに1000ポンド爆弾を合計4発装備している。 二人の目標は、基地の北側にある大型格納庫である。リグリー基地は元々民間用だったわけだから、地下格納庫はそれほど広くない。十中八九、間違いなくそこには重爆撃機が収められているはずだ。
見ると二人の前には、1機のF−15Eストライクイーグルが先行している。その尾翼には交差した2本の剣が描かれていた。開発当初、史上最高の空戦性能を備えたとさえ言われたF−15イーグルに、地上攻撃性能を付け加えたこの戦闘攻撃機は、ストーンヘイジ攻撃作戦にも用いられた名機である。
「奇遇だな、同じ目標を選んだか。」
スピーカーから聞こえてきた声は、信悟のものだった。
「隊長・・・・・・」
北方戦線時代、信悟は二人の上官であった。ゆえに癖は分かっている。
「呼吸を合わせるぞ。一撃でしとめるんだ!」
「了解ですわ!」
「了解・・・・・・」
3機の戦闘攻撃機は、目標の格納庫上空に接近する。
「しくじるなよタフ!」
信悟は後席の大谷二郎大尉に、軽口交じりで話しかけた。
「誰に物を言ってるんだシオン?」
信悟と二郎はペアを組んで既に二年になる。信悟もこのパートナーの腕がどれほどのものか熟知していた。
「頼むぜ相棒!」
「任せろ!」
爆撃用の照準機を睨んだ二郎の目に、格納庫の巨体が映りこむ。後方から追従する千影と春歌の目にも、同じ光景が見えているはずだ。
「シオン、投下!」
「ナイトメア1、投下!」
「2、投下!」
三人はコールすると同時に、投下ボタンを押した。投下する爆弾は各機2発ずつ。ガコンという音と共に、合計6発の爆弾は目標となった格納庫に吸い込まれていった。一拍おいて、格納庫が内部から膨れ上がるようにして、炎を上げ四散した。
「よし!」
「まっ、当然だな。」
「ふっ・・・・・・」
「やりましたわ!」
4者それぞれの表情で、笑みを浮かべる。
しかしエルジア軍も、彼らの行動を黙って見ているつもりはなかった。激しく炎上する格納庫を飛び越え、1機のファルクラムが躍り出た。そのファルクラムはそのまま、千影のホーネットの背後につく。
「千影!」
叫ぶと同時に、信悟はファルクラムの背後に回りこもうとする。
「・・・・・・くっ」
千影は、軽く奥歯をかんだ。
普段ならドッグファイトに入るところだが、今は分が悪い。爆撃を終えた直後でスピードが上がってないのだ。
「姉君様!」
春歌もとっさに反転しようとする。
しかし信悟と春歌が割って入る前に、ファルクラムの背後に1機のフランカーが現れサイドワインダーを発射した。白煙を引いて飛ぶサイドワインダーは、今にも千影のホーネットを攻撃しようとしていたファルクラムのエンジンを貫いた。コントロールを失ったファルクラムは、そのまま機首を下げて墜落軌道に入った。パイロットは何とか脱出したが、もはや当面の脅威とならないのは明白である。フランカーは、そのまま千影のホーネットの横に並ぶ。
「兄くん・・・・・・」
しかし、尾翼のマークは葵のメビウスリングではなく、翼を広げた鷲である。
「葵じゃなくて残念だったか?」
フランカーから通信が入った。
「河村大尉・・・・・・」
千影は救い主の名を呼んだ。
千影を救ったのは、制空隊隊長を務めている河村高士(かわむらたかし)大尉であった。総撃墜数は30機以上を数え、その実力は葵や信悟ですら適わないほどだ。
「攻撃中は、後方の警戒を常に怠るな。と、教えたはずだがな。」
「そうですね・・・・・・すいません。」
千影は、素直に頭を下げる。
「それくらいにしておいてやれよ高士。」
二人の間に、信悟が割って入った。高士と信悟は、互いの腕を認め合った戦友であった。
「説教なら生き残ってからでもできるだろ。」
それを聞いて、高士はため息をついた。
「それもそうだな。よし、攻撃続行だ。お前達の背中は私が守る!背後を気にせず攻撃に集中しろ!」
「「「了解!」」」
レーダーディスプレイを見つめる咲耶の目には、既にエルジア軍のシンボルマークはなくISAF一色に塗りつぶされていた。
「この戦い、お兄様たちの勝ちのようね。」
咲耶は安堵交じりの笑みを漏らした。これで当面は、ISAF司令部のあるノースポイントが攻撃を受ける心配はなくなるだろう。咲耶の目には見えないが、爆撃を受けたリグリー基地もそこかしこから煙を噴き上げ既に機能を停止しているのは明白だった。
「さて、それじゃあ・・・・・・」
咲耶は手元にあるマイクを取った。
「スカイアイより全機へ!リグリー基地は機能を停止!攻撃は終了・・・・・・おつかれさまで・・・・・・・・・・・・」
そこまで言って、咲耶は言葉を止めた。通信を聞いていた全員が、不審な顔をする。
「・・・・・・こちらメビウス1、スカイアイ、咲耶、どうした?」
葵が、咲耶に通信を入れる。
「スカイアイより全機へ!ベクター120より新手が接近中!数は16機!」
咲耶の声に、全員に緊張が走った。
「アドラーより制空隊全機へ!」
ただちに高士が命令を下す。
「戦闘力の残っている機体は、新手に向かえ!」
「「「「了解!」」」」
葵と衛も反転し、新手へと向かう。
「やれるか、衛?」
「うん、大丈夫だよ!」
元気の良い答えを聞いて、葵はフッと笑った。その葵のフランカーの隣に、1機のストライクイーグルが並んだ。
「信悟か。」
真横のストライクイーグルを見て葵は、親友の名を呼んだ。
「付き合うぜ葵。俺もまだ戦える。」
「・・・・・・フッ」
3機の戦闘機は、機首をそろえて敵に向かった。
「ひどいやられようだな。」
エルジア空軍第3飛行大隊所属灰色中隊隊長、小野庸介空軍少佐は、吹き上がる煙で見えなくなっているリグリー基地を見下ろして言った。リグリー地方の基地が襲撃されていると聞いて庸介は、配下の中隊を率いて駆けつけたのだが、完全に間に合わなかった。
「隊長、10機ほどの敵がこちらに向かって来ています!」
「よし、各機、適当に交戦して離脱しろ。深追いはするな!」
「「「「了解!」」」」
基地が救えなかった以上、ここにとどまる意味はなかった。16機のファルクラムは散開すると、交戦体勢に入った。
「・・・・・・行くぞ。」
葵は静かに告げてFCSは短距離ミサイルモードにすると、1機のファルクラムに背後から取り付く。
ロックオンゲージがファルクラムを捕らえる。
「メビウス1、フォックス2。」
葵は翼端のパイロンに一発だけ残ったサイドワインダーを放った。突き出された白い槍のごとく、サイドワインダーはファルクラムに向かう。しかし命中直前にファルクラムは、翼を翻しサイドワインダーをかわした。
「!?」
葵は目を見張った。完全なタイミングで放ったはずのサイドワインダーが、あっさりとかわされてしまった。
「・・・・・・チッ」
もうミサイルはない。葵はスピードを上げて、ファルクラムの背後につく。しかしファルクラムは降下してスプリットS機動に入ると、そのまま葵を振り切る。
「馬鹿な・・・・・・」
葵は呻いた。まさかこうもあっさり振り切られてしまうとは思わなかった。
「くっ・・・・・・」
葵は唇をかむと、すぐに追撃に入る。降下しながら逃げるファルクラムに対し、葵は上方から覆いかぶさるようにして襲い掛かった。照準機の中央にファルクラムを捕らえる。
「もらった・・・・・・」
葵はトリガーに掛かる指に力を掛ける。
次の瞬間、ファルクラムは急減速して葵をオーバーシュートさせる。しかし、
「・・・・・・予測のうちだ。」
これあるを予期していた葵は、すぐさまバレルロールに入った。大きくロールをしながら、葵はひねり込むようにしてファルクラムの上方に出た。その一瞬、葵はファルクラムをロックオンした。
「メビウス1、フォックス3。」
放たれた30ミリバルカンは狙いたがわずファルクラムを捉え、そのボディーを叩き折った。
「・・・・・・」
額に汗をかいていた。敵は相当な手練のようだ。
「・・・・・・衛は・・・・・・」
葵は急いで衛を探した。
衛もファルクラムと交戦中だった。
「くっ、なんだよこいつ!?」
振り切っても振り切ってもピッタリと背後についてくるファルクラムに、衛は焦りを感じていた。それもそのはず、それは敵の隊長、灰色の1こと小野庸介だった。
「よく頑張ったな。しかし、それもこれまでだ。」
必死に機体を振って逃げようとする衛のファルコンを見て、口の端に笑みを浮かべた。ヘッドアップディスプレイの中でファルコンは機体を左右に揺らして、かろうじてロックオンから逃れている。
「くっ・・・・・・」
衛は無理を承知の上で、ジンキング(強引な振り切り)に入る。
「くぅ〜・・・・・・」
激しいGに、衛の顔は苦痛にゆがむ。しかし次の瞬間、衛の頭に唐突にある言葉が浮かんだ。
「・・・・・・兄妹のうちの誰か一人、血の繋がってない奴がいるなんて・・・・・・」
『そうだ・・・・・・それはひょっとしたら、ボクかもしれないんだ・・・・・・』
今まで考えもしなかった想いに、衛の顔が不安にゆがむ。
『もし・・・・・・それがボクだったら・・・・・・もしボクがあにぃの妹じゃなかったら・・・・・・』
そんな考えが衛の頭を駆け巡る。
その時、衛は自分の体に掛かる強烈なGに気付いた。
「え!?」
とっさに計器に目をやった。メーターが6Gを指している。同時に衛の視界が黒く染まっていく。
「ブラックアウト!」
それは航空機が急速に旋回した場合体中の血液が足元に下がり、視界が黒く染まる事である。水の入ったバケツを思いっきり回したとき、中の水がこぼれないと言う現象が起きる。それと原理は同じである。ちなみに逆はレッドアウトと言い、血が頭に上り視界が赤く染まるのである。
『あ・・・・・・にぃ・・・・・・』
衛はゆっくりと気を失った。
ファルコンの動きが鈍ったのを見て、庸介は怪訝な顔になった。しかし、好機には違いない。
「もらった!」
ふらふらと飛行するだけの飛行機をロックオンするなど、箸の上げ下げより簡単である。
しかし衛をロックオンした庸介の前に、葵のフランカーが立ちはだかった。
「衛!」
葵は庸介のファルクラムに向けて、30ミリバルカンを放った。
「ちぃ!」
庸介はとっさに機体をひねって、葵の攻撃をかわした。その双眸に、フランカーの尾翼に描かれたメビウスリングが移りこむ。しかし、庸介の目にはそれは別の物に映った。
「青いリボン・・・・・・」
確かに見ようによっては、メビウスリングは八の字に結んだリボンに見えなくもない。
「くっ!」
庸介は再度エンゲージする為に、操縦桿を引いて上昇を始めた。その隙に、葵は衛のファルコンに併走した。
「衛!衛!しっかりしろ!」
必死に呼びかける葵。やがて、必死の呼びかけが通じたのか、衛はゆっくりと目を開けた。
「あ・・・・・・にぃ?」
薄らと開けた目に、光が差し込んでくる。
「あにぃ・・・・・・ボク・・・・・・」
「良かった。無事なようだな。」
葵はホッと息をついた。しかしその葵のフランカーの背後に、庸介のファルクラムが取り付いた。
「逃がさねえぞリボン付き!」
庸介は葵のフランカーにロックオンした。狙いは完璧。確実に撃墜できると、庸介は確認した。しかし、
「もらった!」
その時別のフランカーが、庸介に襲い掛かった。
「ちぃ!」
庸介は唇をかんで、再度翼を翻す。葵と衛をかばって立ちはだかったのは、高士のフランカーだった。
「アドラーよりメビウス1!葵、お前は衛を連れて下がれ!」
「・・・・・・メビウス1、了解。頼む。」
この場を高士に任せて、葵は衛を連れてその場を離脱する。
「さて、」
ISAFが誇るトップエースパイロットは、庸介のファルクラムに目をやった。
「どけ!邪魔だ!」
庸介は高士のフランカーに、突っかかる。それに対して、高士は口の端に軽く笑みを浮かべる。
「面白い。」
高士は機体をロールさせて庸介の突込みをかわすと、そのままファルクラムの背後についた。
「アドラー、フォックス3!」
高士はファルクラムに向けて30ミリバルカンを発射した。
「くぅ!」
庸介は軸点をずらして、かわしにかかる。高士の攻撃は、ファルクラムの尾翼の一部を破損させる。
「ちい!」
自分の不利を悟った庸介はそのままスロットルを全開まで押し上げ、離脱にかかった。
高士はすぐに追撃しようとしたが、既に庸介のファルクラムは遠くに飛び去っていた。それと同時に、灰色中隊の生き残りも離脱を始めた。ファルクラムは航続距離の短い機体である。その為、灰色中隊はもう燃料がなかったのだろう。
灰色中隊との二次戦闘で、制空隊は3機の戦闘機を失った。対して戦果は葵の1機撃墜のみ。完全な敗北だった。しかし、当初の目的は達したため、407飛行集団の士気は高かった。
「スカイアイより全機へ!」
咲耶の高揚した声が、スピーカーから流れてくる。
「敵の増援は撤退!私達の勝利よ!」
それを聞いて、407飛行集団全員から歓声が上がった。
「ねえ、あにぃ・・・・・・」
アレンフォートに戻った衛は、真っ先に葵の所へ行き尋ねた。
「どうした、衛?」
「・・・・・・もし・・・・・・もしだよ・・・・・・」
「ああ。」
葵は神妙な顔の衛の言葉に聞き入る。
「もし、本当にボク達のうちの一人が、兄妹じゃなかったら・・・・・・・・・・・・どうしよう。」
「・・・・・・・・・・・・」
「もしも・・・・・・本当に・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
葵は衛の言葉に背を向けて歩き出した。
「あにぃ!」
葵は少しだけ振り返っていった。
「その事は・・・・・・伏せておけと言ったはずだ。」
「でも!」
葵はフッと笑って言った。
「これだけは言っておくぞ。たとえ、誰か一人が兄妹でなかったとしても、何かが変わる訳がない。」
「え?」
「お前達が俺の妹であることに、変わりはないんだからな。」
それだけ言うと、葵は衛に背を向けて歩き出した。
「あにぃ・・・・・・」
衛は不安そうな顔を打ち消して笑顔を浮かべると、駆け足で葵の後を追った。
5
ISAF空軍によるリグリー基地空襲から、3日たった。
エルジア軍の占領下にあるサンサルバジオン。その一角にあるバー、スカイキッズは、今日もエルジア兵相手に営業していた。
「あ〜あ、つまらないデス。」
ウェイトレス服に身を包んだ上杉四葉が、ため息交じりに呟いた。
「あんまり動きがないから、退屈デス。」
「遊んでいる暇はありませんよ四葉ちゃん。」
四葉の三つ上の姉に当たる、上杉鞠絵がたしなめるように言った。
「でも、いつまでもこんなところにいては、兄チャマをチェキできないデス。」
チェキとは「チェック・イット」の略であると考えられ、主に諜報活動を表している。小さい頃から探偵という職業に憧れている四葉は、しきりに兄をチェキしたがっているのだが、現在の四葉と葵の間には、厚さ数千キロにも及ぶ壁が存在した。
「仕方がないからミカエルをチェキするデス!」
そう言うと四葉は手にした虫眼鏡を、足元に横たわっているゴールデンレトリバー犬に向けた。このセントバーナードは鞠絵の愛犬で、名前はミカエル。鞠絵と四葉の留学の際にも着いて来たのだ。
虫眼鏡を向けられたミカエルは、不思議そうな顔で四葉を見上げると、その頬を嘗め回した。
「みっ、ミカエル、くすぐったいデス!」
ミカエルにじゃれ付かれて、四葉ははしゃぐ。その時、スカイキッズの店長の中田が、二人を呼んだ。
「12番テーブル、オーダーあがったよ!」
「はっ、はい!今行きま〜す!」
鞠絵は立ち上がると、店内へと向かった。
鞠絵は出来上がった料理を持って、12番のテーブルに向かった。
「お待たせしました。」
そう言って鞠絵は、湯気の立つ料理をテーブルに置いた。その時鞠絵は、こみ上げるものがあり思わず咳き込んだ。鞠絵は小さい頃に胸を患い、完治はしたのだが、いまだにその後遺症が残っているのだ。
「もっ、申し訳ありません!」
ずり落ちた眼鏡を掛けなおして、鞠絵は深々と頭を下げた。
「ちょっと待てェ!」
エルジア兵は、鞠絵の腕をつかんだ。
「俺たちの食う料理に、わざとつばをいれやがったな!」
かなり酔っていると見えるそのエルジア兵は、鞠絵に言いがかりを付けてくる。
「そっ、そのようなことは・・・・・・申し訳ありません!」
鞠絵はもう一度頭を下げる。しかしエルジア兵は、聞く耳持たなかった。
「い〜や、ゆるさねぇ!だいたいお前ら市民は俺たちに対する尊敬の念ってのがねえ!日々俺たちが体を張って治安維持に勤めているってのに、それを敬う態度が見られねぇんだよ!」
そう言うとそのエルジア兵は、鞠絵を抱き寄せる。
「少しは酒に付き合いな!」
「あっ、あの、でも、私はまだ未成年・・・・・・」
「いいから付き合えって!」
「そうそう。少しくらいなら構わないって!」
「感謝の気持ちは態度で示せよ!」
他のエルジア兵も、鞠絵の周りに集まりだす。
「いっ、いや!やめて・・・・・・やめてください!」
鞠絵は必死で抵抗するが、少女の細腕では鍛え抜かれた兵士の腕から逃れるすべはない。
「姉チャマ!」
奥から四葉が飛び出してきて、兵士に取り付く。
「やめるデス!姉チャマを離すデス!」
「うるせい!」
兵士は腕をなぎ払って、四葉を振りほどいた。
「きゃあ!」
四葉は転倒して尻餅をつく。
「四葉ちゃん!」
鞠絵は妹に駆け寄ろうとするが、兵士達がそれを許さない。
「おおっと。お前はこっちで酒の相手だ。」
「やめて・・・・・・やめてください!」
その時だった。
「・・・・・・やめておけ。」
鞠絵を抱いている男の肩を、がっしりした手がつかんだ。
エルジア兵たちは一斉に振り返った。
そこには、空軍のジャケットに身を包んだ、一人の男が立っている。
男はエルジア兵の手首をつかむと、そのままねじ上げた。
「いててててててててててて!」
「ここは食事をする場所だ。女を買うところではない。」
少佐の階級を付けたその男は静かに告げると、エルジア兵を仲間のほうに突き返した。
エルジア兵たちは、慌てて仲間御支える。
「大丈夫か?」
その隙にその少佐は、鞠絵を抱き起こした。
「はっ、はい・・・・・・」
鞠絵は、助け起こしてくれた男を仰ぎ見た。
引き締まったやせた肉体が、舞い降りた猛禽を思わせる。
「鳥野郎の分際で俺たちに逆らおうってのか!?」
エルジア兵はいきり立って少佐を見た。その時、
「ほう・・・・・・逆らってもらおうじゃねえか!」
少佐の背後から、張りのある声がした。
見ると少佐の背後に、同じように空軍のジャケットを着込んだ10数人の者達が立っていた。
「俺たちが黄色中隊と知って、なお喧嘩を売る度胸があるなら、な。」
髪を金髪に染めたその男は、中尉の階級章を付けている。その中尉の言葉を聴いて、エルジア兵たちの血の気が引いていった。
「黄色中隊・・・・・・」
「あの・・・・・・空軍最強部隊の・・・・・・」
エルジア兵たちがひるんだ隙に、別の男が倒れている四葉に駆け寄った。
「・・・・・・大丈夫か?」
その男は、髪の色以外先ほどの中尉と寸分たがわぬ顔をしていた。
「はっ、はいデス・・・・・・」
四葉はその男の顔をボウッと眺めていた。
そうしているうちに、少佐はエルジア兵たちに近寄った。
完全におびえきっているエルジア兵たちはそれを見て、後ずさる。それを見て少佐は吐き捨てるように言った。
「・・・・・・失せろ・・・・・・」
それを聞いてエルジア兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
それを見てエルジア空軍第1飛行大隊第2飛行中隊、通称黄色中隊隊長村岡虎太郎少佐は、まだ肩で息をしている鞠絵を見下ろして言った。
「・・・・・・もう大丈夫だ。」
そう言って、手を差し伸べる。
「はっ、はい。ありがとうございます!」
そう言って、鞠絵は少佐の手を取った。
それが上杉姉妹とエルジア空軍最強部隊、黄色中隊との出会いだった。
第二話「疑惑のプレリュード」 終わり
あとがき
皆さんこんにちは、ファルクラムです。
話は徐々に佳境に入っていきます。
さてエース04ではサンサルバジオンでの少年少女と黄色中隊との交流を、四葉、鞠絵に置き換えてみました。この二人のミスマッチも意外と面白いと思って出してみました。しかし、四葉がスパイ・・・・・・まさに天職(?)と思いませんか?このサンサルバジオン居残り組みが、今後どのように活躍していくのか、ご期待ください。
ファルクラム
ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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