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リボンつきの翼
第二十七話「ゼロコンマ五秒の勝機」

作者 ファルクラムさん


1

 それは、サンサルバジオンを奪回し、久しぶりに鞠絵と四葉の二人と夕食を共にしていたときのことだった。
「黄色中隊と会ったことがある?」
 皿に盛られたシチューに口をつけながら、葵が言った。その視線の先には鞠絵の姿がある。
「はい。うちのお店の常連さんでしたので、レジスタンス活動の標的に・・・・・・」
「・・・・・・」
 葵はシチューを掬う手を、ピタリと止める。
 鞠絵と四葉がレジスタンス活動に身を投じていたことは、もうだいぶ前から知っている。しかしそれでも、その事実は今なお葵の心を締め付けて止まない。
「・・・・・・そう、か」
 葵はスプーンを置くと、喉の奥から搾り出すように言った
「兄チャマ。」
 そんな葵に、四葉が今にも泣きそうな目を向ける。
「兄チャマお願いです。黄色中隊の人達と戦わないでください。」
「・・・・・・」
「四葉たちにとって、兄チャマはとても大切な存在です。でも、虎太郎さん達もとっても大切な存在なんです。どちらかがいなくなっちゃうなんて、四葉は嫌です。」
「・・・・・・四葉。」
 葵は伏せ目がちの顔を四葉に向けた。
 この世には、見ないで済むなら見ない方が、聞かなくて済むなら聞かない方が、そして知らなくて済むなら知らない方が良い世界が確かに存在する。だが、鞠絵と四葉はその世界を、見て、聞いて、知ってしまった。敵と呼べる存在の中にも尊敬に値する者達がいるという事を。
 この娘達は優しい。優しいが故に、兄と、黄色中隊という壁に挟まれ、その重圧に抗うことができずに押し潰されようとしている。だが葵にも、黄色中隊の面々にも、この二人を重圧から救ってやることはできない。その資格はとうの昔に喪失している。それを行うには、両者ともあまりにも業を重ねすぎた。葵も、黄色中隊も、互いの敵を多く殺している。もはや、どちらかが滅びる以外に、因果の糸を断ち切る術は無かった。

2

 黄昏の空を切り裂いて、八機の戦闘機が退廃の都の上で向かい合う。独特の風切り音は、まるで八本の弦から放たれるレクイエムのようだ。
 片や、独立国家連合軍ISAFが誇るストームナイツメンバー。その生き残りである三人と、彼等が信頼を置く傭兵隊長。上杉葵、上杉衛、上杉千影、レイ・ラブロック・村雲の四名。
 片や、精強を誇ったエルジア帝国空軍最強最後の飛行集団、黄色中隊の精鋭メンバー。村岡虎太郎、斉藤賢、藤原一矢、藤原瞬矢の四名。
 四対四。
 互いの条件に不利は無い。残るは自身が磨き上げた腕と、いかに流れ行く運を掴み取るか、である。
 両者の間が徐々に接近する。
 固唾を呑んで見守るISAF空軍のパイロット達。既に、この空域にエルジア空軍機の姿は無い。制空権は完全にISAFの物だった。
 だが、それでも黄色中隊の四人に退却の意思は無かった。まるで何かに突き動かされるかのように、向かっていく。それは、任務や命令と言った柵を越えた物。あえて言うならばそれは、「宿命」なのかもしれなかった。ユージア大戦初期からエルジア軍の前線で戦い続け、今、その有終を飾ろうとしている彼等自身の宿命。
 一歩も引かずに向かい合うストームナイツと黄色中隊。
 緊迫が場を支配し、静寂がマルスを伴って戦場に降り立つ。
 張り詰めた空気は人々から言葉を奪い去り、ただ開幕のベルのみを待ち続ける。
 誇り高き戦の女神は、気高き戦士達の宴を黙して見守る。
 やがて、両者の距離が200を切った瞬間、
「「ブレイク!!アンド、コンバットオープン!!」」
 葵と虎太郎の口がほぼ同時に、同じ形で動く。
 次の瞬間、張り詰めた静寂は過去の物となり、止まっていた時間は音を立てて流れ始める。
 決戦が、始まった。

「黄色の・・・・・・2。」
 ストームナイトと黄色中隊は戦闘開始と同時に散開、それぞれの目標に向かって愛機を駆る。
 自身の前に立ちはだかった者を見て、千影は低く呟いた。その声音には、明らかにそれと分かるほど剣呑な空気が織り交ぜられている。
 千影の脳裏には、サンサルバジオン奪回戦時の情景が思い出される。
 あの時も、千影の前に立ちはだかったのは斉藤だった。その時は千影が破れ、屈辱的な撤退を強いられる事となった。
 その時の悔しさが、千影の胸に蘇る。
「今度は・・・・・・負けない。私が・・・・・・勝つ!!」

「うわ!?」
 自身に向かってきた黄色の7を、衛は翼を翻して回避する。
 これまでに体験したことのないような、強烈なプレッシャー衛の全身に襲い掛かる。
 衛とて、これまで幾多の戦場を駆け抜けてきたエースである。そこらの相手に引けを取るわけがない。しかし今、初めて相対した黄色の7は、その衛すら圧倒して見せた。
「クッ!!」
 衛は唇をきつく噛み締めると、操縦桿を倒して黄色の7に向かう。
 そんな衛の様子は、瞬矢の目でも確認できた。
「こいつ・・・・・・リボン付き?・・・・・・いや、片割れの方か。」
 瞬矢は僅かな動きの違いから、葵と衛を見分けていた。
 同時に、自分に向かってくる異形のW字翼の戦闘機に対し、警戒心を強める。
 この戦闘機の恐ろしさは知っている。加えて相手はあのリボン付きがパートナーと認めたほどの人物だ。油断は出来ない。
「行くぞ!!」
 吼えると同時に、瞬矢は衛に襲い掛かった。

 衛と瞬矢が戦端を開く様は、一矢の目にも確認できた。
 しかし、弟を助けに行くことは、今の一矢にはできない。なぜなら、緋色の豹が牙を振りたてて、一矢の四肢を噛み裂かんと踊りかかってきているからだ。
「チィ!?」
 一矢は僅かに翼を振ることで、レイの攻撃を回避する。
「よそ見してる場合じゃないぜ!」
 レイは不敵に言い放ちながら、ベルクトを反転させる。
 それに対し、はじめの奇襲を回避した一矢も体勢を立て直してレイに向かう。
 二機の戦闘機はアフターバーナーを吹かすことで超音速の壁を破ると、そのままの勢いですれ違う。
「クッ!?」
「チッ!?」
 両者は互いに相手を威嚇しながらすれ違うと、再び反転に入った。

 千影VS斉藤、衛VS瞬矢、レイVS一矢。
 それぞれが、それぞれの相手に向かっていく。
 そんな中葵はついに、宿敵黄色の13、村岡虎太郎エルジア空軍中佐と向かい合った。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 二人は無言のまま旋回しつつ、互いを見やる。
 やがて葵は、何かを決心したかのように、マイクの周波数を操作した。
「・・・・・・聞こえるか、黄色の13。」
「!?」
 葵が呼び出したチャンネルは、エルジア軍の公用チャンネルだった。
 突然の呼びかけに驚く虎太郎。そんな虎太郎に構わず、葵は先を続ける。
「俺はISAF空軍所属、コールサイン、メビウス1。あんた達が言う所の、『リボン付き』だ。」
「・・・・・・」
 無言のまま、葵の言葉を聞く虎太郎。やがて、重々しくその口を開いた。
「・・・・・・何の用だ?」
「戦う前に、あんたに礼が言いたかった。」
「礼?」
 虎太郎は首を傾げた。心当たりが思いつかない。相手は初対面の人間だ。もちろん、戦場では何度も顔を合わせているが、直接言葉を交わすのは今回が初めてだ。その疑問に答えが出る前に、答えの方が虎太郎の鼓膜に飛び込んできた。
「あんたは妹を助けてくれた。」
「妹?」
 虎太郎はなおも首を傾げる。
「ああ。俺の名前は上杉葵。鞠絵と四葉の兄だ。」
「何っ!?」
 思わず声を上げる虎太郎。戦場でもほとんど動揺したことのない自分だが、今、その胸には明らかな戸惑いが走っていた。確かに四葉と鞠絵から、兄がいるという話は聞いていたが、それがまさかISAF空軍のエースで、しかも立花操や小野庸介の仇であるリボン付きだとは、思いもよらなかった。
「お前が・・・・・・あの二人の?」
「ああ。」
 虎太郎の言葉に、葵はそっけなく頷く。それを聞いて、虎太郎は自身の胸にこみ上げる可笑しさを止められなかった。
「はっ、ははは。」
「・・・・・・・・・・・・」
 虎太郎の乾いた笑いを、葵は黙って聞き入る。
「面白いものだな、運命って言うのは。何気ない日常、まったく関係ない赤の他人。だが、何かしらどこかで繋がっている。」
 そこまで言って、虎太郎の顔に不敵な光が戻る。
「そう、まるでメビウスの輪のように、どこまで行っても、いずれは同じ場所に戻ってくる。」
 虎太郎のその言葉に、葵も表情を引き締める。言葉の端端に微量に滲み出る、猛虎の殺気を鋭敏に感じ取ったからだ。
「・・・・・・あいにく、運命を語れるほどに人生を悟り切ってる訳じゃないんでな。今、目の前にあんたがいる。そして俺がいる。それで良いんじゃないか?」
 そう言いつつ、葵はX−02を反転させる。
「・・・・・・・・・・・・ああ。」
 頷きながら、虎太郎もスーパーフランカーの機首を葵のX−02に向ける。
「それぐらい単純な方が、分かりやすくて良いかもな。」
 話はここまで、次の瞬間、リボン付きの狼と天空の猛虎は同時に動いた。

 千影はアフターバーナーを吹かす。その表情には、これまでこの少女が誰にも見せたことがないほどの激情が見て取れる。
 そんな主の激情に答えるかのように、F−22ラプターは一気に加速してバルカンの射程内に斉藤のスーパーフランカーを捉える。
 と、次の瞬間、斉藤のスーパーフランカーは、一瞬のうちに千影の視界から消えうせる。
「なっ!?」
 目を剥く千影。
 その千影の耳に、耳障りな警告音が鳴り響いた。
「クッ!?」
 とっさに回避行動を取る千影。それを待っていたかのように、頭上から弾丸の嵐が降り注ぐ。
「あらら、外しちゃったか。」
 退避に掛かる千影のラプターを見送りながら、斉藤はいつもの惚けた調子で呟く。
 千影が攻撃に移る一瞬の隙を突いて機体をループさせ、攻撃を回避すると同時に反撃に転じた斉藤であったが、寸前で察知した千影に回避されてしまった。
「ま、いいんだけどね。」
 斉藤は変わらぬ調子で呟くと、機体を引き起こして千影を追撃する。
 一方で千影は、斉藤が追撃してくるのをバックミラーで確認すると、機体を横倒しにして右旋回に入る。それを追って斉藤も旋回してくる。
「逃がさないよ。」
 斉藤は薄く笑うと同時に、30ミリバルカンを放つ。
「クッ・・・・・・」
 千影は軽く舌を打つと、さらに操縦桿を引いて旋回半径を狭める。
 Gメーターが急速に上がり、千影の意識を現世から引き剥がそうとする。その強力な圧力に抗いながら、千影は必死にラプターを操って斉藤の攻撃をかわす。
「やるねえ。」
 口笛を吹きながら千影を見やる斉藤。さすがにあれほど強引な急旋回についていく事は出来ない。
 対して、千影のほうは斉藤を振り切ることには成功したものの、そのダメージも大きい。ブラックアウト寸前の急旋回だった為、思考が一時的にストップしている。しかし、戦闘中の思考停止は死に直結する。千影は必死に頭を振って意識を手繰り寄せると、斉藤のスーパーフランカーを探す。
 斉藤は千影の後方で旋回しつつ、もう一度背後に回ろうとしていた。
「・・・・・・やらせない。」
 千影は低く呟くと、自身もラプターを旋回させて斉藤に向かう。
 ヘッドオンで向かい合う千影と斉藤。
 両者は目が合った、と思った瞬間同時にトリガーを引いた。
 撃ち出される20ミリと30ミリの弾丸。
 しかしヘッドオンである為、両者共に相手を捉えることなくすれ違う。
 すれ違う一瞬、千影はスーパーフランカーのコックピットを睨み付ける。
 その瞬間、ヘルメット越しにではあるが、相手と目が合った。
「まいったね。」
 千影の視線を受けて、斉藤は苦笑する。どうにも、睨み付けられたときに殺気のようなものを感じた気がしたのは、気のせいではないだろう。
 自分はあちらのパイロットに何か恨みでも買ったのだろうか?心当たりなら・・・・・・ありすぎて、どれの事だか分からない。
『しかし、まあ・・・・・・』
 斉藤は心の中で呟く。
『久々に、本気で戦ってみますか。』
 そう呟くと同時に、斉藤はゆっくりと目を閉じた。そして、カッと見開くと同時にアフターバーナーを全開、千影の背後を取るように機動する。
「なっ!?」
 千影は一瞬目を見張る。今までどこか肩透かしを食らったような戦い方をしていた黄色の2が、突然鋭い動きをし始めたからだ。そして、あっという間に背後に回りこまれる。
「クッ!?」
 千影が気付いたときには、既に斉藤はバルカンの射程に入っていた。
 とっさに機体を傾けて高度を落とす。間一髪のところで30ミリ弾は頭上を掠めていった。
 斉藤は普段、昼行灯のように過ごしていた。そんな彼が、なぜエルジア最強とまで謳われた黄色中隊の副隊長にまでなれたのか?その答えがここにあった。これこそが斉藤の真の姿。惚けているようで、その本性は破壊的な男なのである。この事実を知っているのは、虎太郎の他にはウィスキー回廊会戦で戦死した灰色の1、小野庸介のみだった。
 高度を落とした千影に対し、斉藤も高度を下げて速度を稼ぎ、これを追撃すると、容赦なくバルカンを浴びせてくる。
 後方上と言う優位な位置を取られ、千影は斉藤の攻撃を回避するので精一杯になる。
 加えて空戦性能ではラプターはスーパーフランカーに僅かに及ばない。
 千影は、チラリとバックミラーを見やる。斉藤は相変わらず千影の背後について攻撃する体勢を取っている。と、再びスーパーフランカーの翼の付け根が光る。
「っ!?」
 千影はとっさに機体を旋回させる。それを追うようにして弾丸が、たった今まで千影がいた空間をなぎ払う。
 千影の背中に冷たい汗が流れ落ちる。今のは危なかった。後一歩反応が遅ければ、千影は斉藤が繰り出した炎の槍に貫かれていたことだろう。
 しかし、まだ気を抜くことは許されない。今だ自分が不利と言う状況に変化はないのだ。
 斉藤は再び距離を詰めて、千影を狙う体勢を取る。その照準機には、平たい外観のラプターが大写しになっている。
 と、千影は機体を横滑りさせて、斉藤の攻撃を回避しに掛かる。
 それに対して斉藤は、ニヤリと笑った。これまでの彼からは想像もできない、凄惨な笑みだ。
「・・・・・・逃がさない。」
 斉藤は底冷えする声と共に、千影を追い詰める。
 まるで蛭のように張り付き、千影の血を一滴残らず吸い尽くさんとしているかのようだ。
 その照準機が、再び千影を捉える。
「もらった!!」
「っ!?」
 トリガーを引く斉藤。しかしそれよりも一瞬早く、千影は操縦桿を引いて僅かに機首を立てると、そのままハイGバレルロールに入った。
「なにっ!?」
 今度は斉藤が驚愕する。
 あの一瞬で、これほど複雑な起動を行うとは予想できなかった。
 逆に上を取った千影は、ここぞとばかりに反撃に転じる。彼我の実力差から言って反撃のチャンスはそうあるとは思えない。これが最後のチャンスだ。
 千影の視界の中に、斉藤のスーパーフランカーの背部が見える。
 絶対に、外さない。
「もらった!!」
 低い、それでいて鋭い叫びと共に千影はトリガーを引く。
 放たれた弾丸は、重力に従い落下しながら、確実にスーパーフランカーを捉えた。そしてその装甲を食い破ると、内部で跳ね回り内側から破壊していく。そして、一拍おいて斉藤のスーパーフランカーは炎に包まれた。
「なはは・・・・・・」
 斉藤は力無く笑う。その表情は、先程までの悪鬼のそれではなく、いつもの昼行灯の物に戻っていた。
「強いな・・・・・・あんた。敵わないよ・・・・・・」
 次の瞬間、斉藤の体は炎に飲み込まれた。

 衛と瞬矢は、海上上空で死闘を繰り広げていた。
 遠く視界の先では、破壊された戦艦グリフィスが上げる断末魔の炎がユラユラと揺れている。
 そんな中で、衛は瞬矢のスーパーフランカーに向かい合うと、FCSで中距離ミサイルを選択する。
「メビウス2、フォックス3!!」
 衛がコールすると同時に、ボディの下からアムラームが発射される。
 放たれたアムラームは、まっしぐらに瞬矢に向かう。
 それに対し瞬矢は不敵に笑う。
「そんなもん!!」
 瞬矢は衛の放ったアムラームを十分に引き付けると、翼を翻してかわす。
「えっ、え!?」
 動揺した衛は、再度アムラームを放つ。
 音速で突き進むアムラーム。しかし今度もアムラームは瞬矢に回避され、虚しく明後日の方向に飛んでいった。
「クッ!!」
 もうアムラームを撃つには距離が詰まりすぎている。衛は翼を翻して高度を落としつつ、速度を稼ぎに掛かる。
「逃がさねえぜ!!」
 瞬矢は吼えつつ、衛を追撃する。そして、お返しとばかりにアーチャーを放ってくる。
「っ!?」
 コックピットに鳴り響く耳障りな警告音を聞きながら、衛はフレアを放出して回避運動に入る。
 フレアの擬似熱源に引き寄せられたアーチャーは、その役目を果たすことなく自爆に追いやられる。しかし、それを見ても瞬矢は表情を動かさない。この程度の事、やってもらわなくてはつまらないというものだ。
 一方で衛は、機首を起こしつつ上方から迫る瞬矢のスーパーフランカーを睨み付ける。高速で迫ってくるそれは、急接近して衛に銃撃を浴びせる。
「っ!?」
 衛は機体を傾け、その銃撃をやり過ごす。
 外れた銃弾は海面に突き刺さり、魚が跳ねたような波紋を列状に並べる。
 瞬矢は機体を水平に起こすと、守の背後に回りこもうとする。
 それを見た衛は、とっさにアフターバーナーを吹かす。
 主の危機に、]−02はその自慢の加速力を如何なく発揮し、瞬矢のスーパーフランカーを引き離す。
「チッ!?」
 これには瞬矢も舌打ちする。いかにエルジア最強の性能を誇るスーパーフランカーでも、これを真似することは出来ない。その視界の先で、衛のX−02が反転上昇していく。その為、急激な加速で得たスピードも一時的に落ちている。
「今だ!!」
 瞬矢は叫ぶと同時にアフターバーナーを吹かして、一気に衛との距離を詰める。
 衛も、距離を詰めてくるスーパーフランカーに気付くと、アフターバーナーを吹かして急速上昇を掛ける。しかしその前に、瞬矢はバルカンの射程内に衛を捉える。
「死ねェ!!」
 叫ぶと同時に、バルカンのトリガーに力をこめる。
 しかし次の瞬間、瞬矢は目を見開いた。
 上昇するかと思われたX−02が突如反転して、自身に機首を向けたのだ。
 度肝を抜かれる瞬矢。その一瞬の隙に衛はバルカンを放った。
「なっ!?」
 とっさに機首を落とし、機体を沈み込ませる事で、衛の攻撃を回避する瞬矢。
「何て奴だ。」
 瞬矢通り過ぎながら、バックミラーで背後を確認する。そのミラーの中で、]−02が反転して向かってくるのが見える。衛の反撃開始だった。
 旋回を終えると、衛はアフターバーナーを吹かして瞬矢のスーパーフランカーを追撃する。
「クッ!?」
 瞬矢は一気に高度を下げると、海面スレスレまで降下する。
 それを追って、衛も降下する。
 二機の戦闘機が超音速で駆け抜けた衝撃により、海面はへこみ、まるで二頭の竜が海面下で暴れているかのように、水柱がのたうつ。
 そんな水飛沫が飛び交う視界不良の中で、衛は瞬矢のスーパーフランカーに照準を合わせる。
「もらった!!」
 気合と共にバルカンを放つ衛。しかし、弾丸が届く一瞬前に瞬矢は機体を跳ね上げて衛の攻撃を回避する。
「いつまでも調子こいてんじゃねえ!!」
 跳ね上げた勢いそのまま、瞬矢は反転して衛に逆撃を掛ける。
「クッ!」
 それに対して衛は、とっさにアフターバーナーを全開まで押し上げ、さらに加速することで瞬矢の攻撃を回避する。
 しっかし、X−02の限界加速は、衛の体に強烈なまでにプレッシャーを掛ける。
「グッ・・・・・・」
 思わず息を呑む衛。高性能機のスペックが完全に災いした。プレッシャーは衛の細い体を締め付ける。衛の手が操縦桿から離れる。それと同時に、反転してきた瞬矢が背後から迫る。
 瞬矢の目からも、衛の]−02の動きが緩慢になったのが見て取れた。
「終わりだな。」
 瞬矢はニヤリと笑う。勝利はもはや目前だ。自分が黄色中隊に入隊して以来、これほど心躍る戦いはなかった。そんな意味で、目の前にいる敵に感謝したい心境だった。
「あばよ。」
 瞬矢は呟く。
 しかし、瞬矢が気付いていない事実がたった一つ存在した。それは、今戦っている相手がただの人ではないということ。それは少女の姿をした狼の化身。あどけない笑顔の裏側には鋭い牙を研ぎ澄まし、つねに獲物の隙を伺っていると言うことだった。
 瞬矢は渾身の気合をこめてバルカンを放つ。
 しかし次の瞬間、衛の]−02は瞬矢の視界から幻のように掻き消える。
「何っ!?」
 思わず目を見張る瞬矢。次の瞬間、視界の上の方で光が一瞬照り返った。
 目を上に向ける瞬矢。
 衛は間髪いれずにバルカンを斉射する。
「チッ!?」
 舌打ちしつつ、ロールして衛の攻撃を回避する瞬矢。その瞬矢を追って、衛も水平飛行に入る。
 一気に加速して距離を置こうとする瞬矢。しかし既にその時、狼はその牙の内に獲物を捕らえていた。
 瞬矢のコックピットに突如、耳障りな警告音が鳴り響く。ロックオン警報だ。
「しまった!?」
 次の瞬間、衛の目が光る。
「これで、終わりだよ!!」
 叫ぶと同時に衛は、ウェッポンラックを開いてサイドワインダーを放つ。
 距離はそれ程無い。放たれた白銀の槍は、閃光となって瞬矢のスーパーフランカーを貫いた。
「がっ・・・・・・はっ・・・・・・」
 爆風でバランスを崩すスーパーフランカー。自身も破片を浴びて負傷し、瞬矢は口から血を吐く。
「兄・・・・・・貴。悪ィ・・・・・・」
 次の瞬間、瞬矢のスーパーフランカーはコントロールを失い海面に突っ込んだ。

「瞬矢ァァァァァァァァァァァ!!」
 通信機から聞こえてきた弟の声に、一矢は絶叫を上げる。
 一卵性双生児として産まれた時から、否、生まれる以前から共に過ごしてきたたった一人の弟。それが今、失われた。一矢の瞳から激情がほとばしる。この世で唯一、自身の半身を失ったことにより、怒りが全身を駆け抜けた。
 その怒りの矛先が、自分に向かってくるレイに向けられる。
 レイの方でも、一矢のスーパーフランカーが自分に向かってくる様が見て取れた。
 しかし、その勢いは尋常ではない。一気に間合いを詰めると、即座にバルカンを放ってくる。
「うっ!」
 レイはとっさに機体を傾け、降下することで一矢の攻撃を回避する。
 一矢もそれを追撃しつつ、照準を合わせようとする。
 それに対しレイは、即座に上昇を掛けて一矢の射線から逃れる。
「なめるな、よ!!」
 レイはそのままループを行い、一矢の背後に回りこむ。そしてそのまま照準を合わせると、バルカンを放つ。
 しかし、弾丸が届く一瞬前に、一矢は急旋回を掛けてレイの攻撃をかわす。レイもそれを追って旋回する。
 その様子は、一矢の目からも確認できた。
「来たか。」
 レイは低く呟くと、アフターバーナーを点火して引き離しに掛かる。それを追撃すべく、レイもアフターバーナーを点火する。
 二人の向かう先には、一群のビルが存在した。ファーバンティの旧官庁街だ。その下には隆起した海面が広がり、すでにそこら一帯が放棄されて久しいことを如実に表している。
 二人は迷う事無く、高速でビル郡に突っ込んだ。
「チィ!!」
 目の前に迫ったビルに舌打ちしつつ、何とか回避するレイ。旧官庁街の道は意外に狭く、急激な機動は行えない。
「奴は・・・・・・どこだ!?」
 先に突入したはずの一矢を探すレイ。
 そうしている内に、機体は昔のメインストリート上空に差し掛かった。と言っても、無論そこも海水に漬かり、かつて隆盛を誇った面影は欠片も残っていないのだが。
 と、ベルクトのバックミラーに、捜し求める死神の姿が映った。
「後ろ!!」
 死神は既に、手にした大鎌を振り上げ、レイに向かって振り下ろそうとしていた。
「クッ!!」
 レイはとっさに、僅かに高度を上げる。
 直後、一矢の放った30ミリバルカンは、ベルクトの僅かに下方に逸れて海面を叩く。
「・・・・・・外したか。」
 一矢は底冷えする声と共に、レイのベルクトを睨み付ける。
 レイは珍しく焦りを感じている。右には壁、左にも壁。下は海。前か上にしか逃げ道は無い。そしてその二つの選択肢はどちらもベストとは言い難い。ここで上昇を掛ければ、速度が急速に失われ、最悪的になることになる。前も同様。機動できる空間が限定されている以上、これ以上まっすぐ飛ぶことは自殺以外の何物でもない。残る手は・・・・・・
 レイはそこまで思考すると、即座に実行に移した。エアブレーキを開いてベルクトを急減速させる。
 答は「後ろ」。急減速を掛けて相手をオーバーシュートさせるのだ。
「なっ!?」
 今にも攻撃しようとしていた一矢は、このレイの行動に目を剥いた。それと同時に操縦桿を前倒しにして、迫ってくるベルクトの機体を回避する。
「よし!!」
 まさに狙い通り。レイはそのまま照準を合わせて前方に飛び出した一矢のスーパーフランカーに照準を合わせ、バルカンを発射する。
「くっ!!」
 一矢はその攻撃を回避すると、そのまま機体を急上昇させる。
 それを追って、レイも機体を上昇させる。
 上昇を掛けつつ照準を合わせると、レイは間髪いれずにバルカンを放つ。しかし、照準が曖昧だったせいか、弾丸は虚しく下方に逸れる。
 その間に一矢は、機体を反転させてレイに向き直る。その照準は、確実にレイの機体を捉える。
「もらった!!」
 確信を込めてバルカンを放つ一矢。しかし、距離計算が合わず、弾丸はレイのベルクトが通り過ぎた空間を虚しく突き抜けていった。
 その間に一矢は、機体を起こすとレイの背後に回り込む。しかし、レイは盛んに機体を振って一矢が照準を合わせられないようにする。
「チッ、見苦しいまねを・・・・・・」
 一矢は苛立たしげにレイのベルクトを見やる。
 対してレイの方はと言うと、自分の行動が見苦しいなどとは微塵も思ってはいなかった。レイは傭兵である。死は常に自分の背後から迫り、追い立ててくる。いつ死んでもおかしくない状況下で、戦いに見苦しいも何もあったものではない。要は最後に立っていればそれでいいのだ。
 とは言え、このままではいつか手詰まりになって撃墜されてしまう。そうなる前に手を打つ必要があった。
 そこまで考えたレイは、機体をロールさせて急降下しつつ、バーチカルシザーズに入る。それを見た一矢も、躊躇う事無く自身もシザーズ機動に入り、レイを追撃する。
 もつれ合うように高度を落としていく二機の戦闘機。地表は徐々に視界いっぱいに広がっていく。未熟なパイロットならばその恐怖に負けて操縦桿を引いてしまうところだろう。しかしレイも一矢も歴戦のパイロットである。自機の性能と自身の腕を正確に把握し、限界まで粘る。
「クッ!!」
 地上ギリギリ。さすがに限界を感じた一矢が操縦桿を引き、水平飛行に入る。
 それを追って、レイも操縦桿を引き水平飛行に入ると、アフターバーナーを吹かして一矢を追撃する。
 レイは全速力で追いつくと、照準機の中央に一矢のスーパーフランカーを捉えた。
「今度こそ!!」
 レイは必中の気合を込めて、トリガーを引く。しかし次の瞬間、スーパーフランカーがエアブレーキを開いているのが見えた。
「なっ!?」
 とっさに、急減速してきたスーパーフランカーを回避するレイ。
 まさに、先程レイが使った戦法をそのままやり返されてしまった。その事が、レイの闘争本能を刺激する。
「野郎・・・・・・なめやがって!」
 背後から迫るスーパーフランカーを睨み付けながら、レイは反撃手段の構築に取り掛かる。
 一方で、一矢のほうも徐々に距離を詰め、確実に仕留められる間合いに進入してくる。
「手間掛けさせやがって・・・・・・」
 視界の中で、動きが緩慢になったベルクトが急速に迫ってくる。
「だが、これで終わりだ!!」
 ギラつく目で、レイのベルクトを睨み付ける一矢。しかし次の瞬間、レイは右急旋回に入り、一矢の射線をはずす。
「無駄だあァァ!!」
 もはや正気を失っているとしか思えない叫びと供に、一矢の照準機がレイを捉える。
 だがその瞬間、レイはアフターバーナーを全開まで吹かした。その衝撃で、一矢の軸線が僅かに逸れ、弾丸も逸れる。
「クッ!!」
 僅か数瞬、一矢の注意がレイから逸れる。その数瞬の内にレイは動いた。ほとんど無造作とも言える手付きで操縦桿を捻り、一矢の背後に回り込む。その急旋回は、通常を上回るGが掛かり、レイの体を容赦なく締め付ける。しかしそれに耐えて、レイは照準機を覗き込む。
「うっ・・・・・・」
「もらった!!」
 間髪入れずに、レイはバルカンを放つ。
 放たれた弾丸は次々と一矢のスーパーフランカーに突き刺さり、これを突き崩していく。
 沸き起こる破壊と騒音をその身に受けながら、一矢はゆっくりと目を閉じた。
『瞬矢・・・・・・俺も、そっちへ・・・・・・』
 閉じた視界の中で、光が急速に広がる。その光の中から一本の手が差し出された。一矢は迷う事無くその手を掴む。と、その手は一矢の体を力強く引き寄せると、そのままの勢いで投げ飛ばした。
 次の瞬間、一矢の体は射出座席ごと空中に放り出された。

 黄色中隊四人のうち、三人までを討ち取った衛、千影、レイの三人はその傷付いた体を空中で寄り添わせる。
「千影あねぇ。大丈夫?」
「何とか・・・・・・ね。」
 さすがの千影も、今回ばかりは息も絶え絶えとばかりに答える。それ程の激闘を、制してきたのだ。
「それより、葵はどうした?」
 レイの言葉に従い、二人は周囲に目を走らせる。
 と、衛の目が彼方に煌く閃光を認めた。
「あっ、あそこ!!」
 衛の声に、千影とレイもそちらに目をやった。

 葵と虎太郎は、たがいに縺れ合うようにしながら黄昏の空を飛翔する。
 狼と虎は互いに一歩も引かずに空中の草原を駆け抜け、牙を突き立てるタイミングを計る。
「くうっ!!」
「チイィ!!」
 超音速のまま並走する二機の戦闘機の中で、互いに睨み合う二人。
 と、葵はスロットルを軽く絞る。それに伴い、X−02は僅かに減速して虎太郎のスーパーフランカーの背後に回り込む。
 間髪入れずにバルカンを放つ葵。
 それに対し虎太郎は、機体を僅かに傾ける事で葵の攻撃を回避する。
 葵は更に攻撃すべく、速度を上げて距離を詰める。
 と、虎太郎は何もない空間に向けてバルカンを短く二連射する。
「何っ!?」
 その意味が分からず、首を傾げる葵。しかし、すぐにその答えが現れた。
 二人が進む先には一軒の廃ビルがある。虎太郎が放った弾丸は、その廃ビルに吸い込まれるように命中し、瓦礫を巻き上げた。
「くっ!?」
 葵は即座に操縦桿を引いて、瓦礫を回避する。
 戦闘機のエアインテークは、言わば強力な掃除機だ。ある程度近付けば人間でも吸い込んでしまう。当然、瓦礫などを吸い込めば内部にあるエンジンが大破してしまう。
 葵の反応が速く、X−02は瓦礫が届く前に急上昇する。
 しかし、急上昇を掛ける葵のX−02の背後に、虎太郎のスーパーフランカーが回りこむ。虎太郎は初めから葵が回避する事を見越して罠を張ったのだ。
「チィ!!」
 葵はとっさにアフターバーナーを全開まで吹かす。一瞬の加速力なら、]−02はスーパーフランカーを上回る。葵は虎太郎の攻撃が届く前に安全圏へと逃れる。
「さすがに、いや、それでこそか・・・・・・」
 自分の作戦が回避されたことに、虎太郎はいつに無く高揚感を感じていた。
 虎太郎もアフターバーナーを吹かすと、葵の]−02を追う。
 一方葵は、一定の距離を持ったところで機体を反転させる。そこで、虎太郎が自分に対して急接近してくるのが見えた。
「チッ。」
 軽く舌打ちすると、FCSの兵装選択で中距離ミサイルを選ぶ。
「フォックス3!!」
 コールと共に放たれたアムラームが、白煙を引いて虎太郎のスーパーフランカーに向かう。
 それに対し虎太郎は、アムラームを充分に引き付けてから翼を翻して回避、そのまま葵の懐に斬り込む。
「無駄だ。」
 所詮、意思を持たぬ従僕ごときでは、この猛虎の毛の一筋も傷付ける事は適わない。
 虎太郎は退避に掛かる葵の]−02に照準を合わせにかかる。
 しかし葵も、虎太郎が攻撃に移る前に機体を捻り、ハイGバレルロールを使って逆撃の態勢に入る。
「これで!!」
 葵は一瞬照準の合ったスーパーフランカーのボディ目掛けて30ミリバルカンを放つ。しかし、タイミングが合わず、弾丸はむなしくスーパーフランカーの後方に逸れる。
 葵はそのまま機体を水平に起こし虎太郎の背後に回り込むと、FCS短距離ミサイルを選択した。同時に]−02のウェッポンラックが開き、内部に納められたサイドワインダーが不気味な輝きを示す。
『今度こそ。』
 葵は必中の意思を乗せて、サイドワインダーを放つ。両機の距離はそれほどあるわけでは無い。確実に命中する距離だ。
 しかし、虎太郎はその攻撃をいともあっさりと回避して見せた。フレア放出と同時にロール、そしてほぼ垂直に降下。これでサイドワインダーは完全に目標を失い空しく自爆する。
 サイドワインダーを振り切った虎太郎は、急上昇を掛けて葵の背後に回り込む。
 照準機の中では、異形の翼を持つ機体が巧みな機動で虎太郎に照準を付けさせないようにしている。
「チッ!!」
 虎太郎は舌打ちした。これでは埒が明かない。
『接近して押さえつけ、ゼロ距離で仕留めるしかない。』
 頭の中で戦法を選択した虎太郎は、アフターバーナーを吹かして]−02に接近する。と、その様子をバックミラーで見ていた葵は、エアブレーキを開くと同時に操縦桿を引き、コンパクトにロールすることで、]−02を振り向かせる。
「クルビットか!?」
 自身の奥の手であり、スーパーフランカーにしか出来ないはずの必殺技を使われ、さすがの虎太郎も驚愕の表情を見せる。それに対して葵は、不敵な笑みを見せる。
「この技は一度見てるからな。たぶん出来ると思った!!」
 そう、あれはコモナ諸島航空戦の折、ストームナイツリーダーであり総飛行隊長であった藤岡順二少将(当時大佐)と戦った際、虎太郎が使った技である。あの時、後一歩と言うところまで虎太郎を追い詰めた藤岡だったが、この技の前に葵が見ている目の前で敗北、帰らぬ人となった。
 クルビットによって]−02を振り向かせた葵は、そのまま照準を合わせに掛かる。
 しかし、虎太郎もすぐに自失から立ち直る。これは元々自分の技だ。別段、特別と言うほどの物でもない。虎太郎は機体をロールさせて葵の攻撃を回避する。
「チッ!!」
 葵は舌打ちしつつ、すれ違うスーパーフランカーを睨み付ける。そのスーパーフランカーは、葵に先んじて旋回し、背後に回り込む。
 葵の背後から照準を合わせようとする虎太郎。しかし、それよりも一瞬早く葵は、翼を閉じてアフターバーナーを全開まで吹かし、安全圏まで逃れる。
「・・・・・・やはり、強い。」
 葵は喘ぐように呟く。その額からは止め処無く冷や汗が流れ出る。
 初めて葵と虎太郎が対戦したのは、コンビナート襲撃戦の時だった。あの時、二人の実力差には天地の開きがあった。葵がいかにテクニックの粋を尽くしても、虎太郎は軽い足取りでそれを上回って見せた。あれから約一年。葵も相当に腕を上げ、今やISAF最強のエースパーロットにまでなった。しかし、それでも虎太郎相手では辛うじて互角の戦いが出来る程度のものでしかない。
 一方で虎太郎は、相手の力量を冷静に分析していた。確かに、コンビナート上空での一騎打ちから比べて、リボン付きは強くなった。この自分とここまで互角に渡り合える人間など、これまで会ったことが無い。よくぞ、短期間でここまでの成長を遂げたものだと感心すらしてしまう。このまま戦闘が長引けば、勝負はどちらに転ぶか分からない。
 腕はほぼ互角。残る要素があるとすれば、
『機体性能・・・・・・か。』
 虎太郎は心の中で呟いた。
『あの機体、可変翼を採用しているようだが、翼を閉じた時の加速力、開いた時の機動力、どちらも驚愕に値する。純粋に性能のみで比べた場合、このスーパーフランカーをあらゆる面で上回っていることは間違いないだろう。』
 虎太郎は知らない事だが、もともとX−02は、黄色中隊のスーパーフランカーに対抗するために、ISAFの技術開発研究所が総力を結集して開発した機体なのだ。当然、虎太郎が分析した通り、あらゆる面においてスーパーフランカーと互角以上の戦いができるようになっている。
 虎太郎は視線を前方に移す。その瞳には、触れれば切れると思えるほど鋭い眼光が湛えられている。
「では、まずその二つを封じるとしよう。」
 そう呟くと、機首を僅かに上げて機体を上昇させる。
 その虎太郎の行動に、葵も気付いた。
「逃がすか。」
 葵も虎太郎を追って]−02を上昇させる。
 と、虎太郎は急反転して葵のほうに向かってくると、バルカンを撃ち掛ける。
「チッ!!」
 葵はその攻撃を、速度を上げることで回避する。
 その隙に虎太郎は、葵の背後に回り込んでくる。滑るように滑らかで、それでいて隙がまったく無い動きだ。しいて言うなら、水が流れるさまに似ている。
「食らえ。」
 照準が合うと同時に、虎太郎はバルカンを放ってくる。それに対し葵は、機体を急旋回させて回避する。虎太郎もそれを追撃してくる。その距離は付かず離れず、一定の距離を保っている。
 虎太郎は、さらに銃撃を加えてくる。
「チッ!!」
 葵は旋回しつつそれをかわすと、機首を少し下げて速度を稼ぎにかかる。
 それを見た虎太郎は、ニヤリとほくそ笑む。そして、自身も機首を下げて速度を上げる。
 その様子をバックミラーで確認した葵は、苛立たしげに舌打ちする。
「しつこいんだよ!!」
 そう言っている間にも」、虎太郎は距離を詰めて銃撃を加えてくる。
 葵はその攻撃を翼を翻し、紙一重でよける。
『まいったな、このままじゃ埒が明かない。』
 葵は焦りを感じていた。虎太郎は葵の背後にピッタリくっついて離れようとしない。このままでは遠からずジリ貧に陥ってしまう。
『仕方が無い。』
 葵は機体をロールさせるとそのまま降下、スプリットSの機動に入る。
 一瞬にして視界から消え失せた]−02を見失ったらしく、虎太郎はそのまま直進する。
「よし。」
 それを確認した葵は、そのまま地上近くまで降下、機首を起こして水平飛行に入る。
『振り切ったか。』
 葵は冷や汗混じりに笑みを浮かべてから、アフターバーナーを吹かそうとする。
 そこで、ハッと気付いた。
 葵の眼下には戦闘を終え、残敵掃討中の味方部隊の姿があった。ここでアフターバーナーを吹かせば、それによって巻き起こる衝撃波が地上を叩き、彼等を襲う事となる。
「っ!!」
 葵は操縦桿を引くと、機体を上昇させる。
 その瞬間、死神が葵の肩を叩いた。
 視界の端に映った機影。目にも鮮やかな黄色の翼をした死神。
 虎太郎は、まさにこの一瞬を狙っていたのだ。葵を地上軍上空に追い込む事で機動力を封じ、焦って機首を上げる瞬間を。
「しまっ・・・・・・」
「終わりだ。」
 虎太郎は低く呟くと同時にバルカンを放った。
 衝撃が、二度、三度と]−02を叩く。
 機体が、不規則に震える。
 破片が、葵の体に突き刺さる。

「あにぃ!!」
 それを見ていた衛が、絶叫する。
 彼女の見ている前で、葵の、愛する人が乗る機体が、急速に力を失い高度を落としていく。
「あにぃ!!あにぃ!!返事してあにぃ!!」
 半狂乱になって叫ぶ衛。
 やがて、その口からは思っても見ない言葉が紡ぎ出された。

 その声は、葵の耳にも届いていた。しかし、もうそれに答えるだけの力は、葵には残されていない。
『まも・・・・・・る・・・・・・』
 やがて、葵の意識は急速に深い闇の中へと落ちていった。




















『ふ〜ん。諦めるんだ?』

「っ!?」
 何かに呼ばれた気がして、葵は目を覚ました。
 目を開けると、痛いほどまばゆい光が視界を満たし、葵はとっさに目を細める。
 やがて、視力が光に慣れてくると、自分の目の前に人影があることに気付いた。
 葵はゆっくりと視線をその人影の顔へと移し、そして驚愕した。
 それは、かつて葵がこの世で最も尊敬し、憧れ、そして葵にパイロットとしての技術を教え込んだ師。そして、葵を残し、逝った人物。
「彩村・・・・・・教官・・・・・・」
 死んだはずの彩村命が、葵の目の前に立っている。
「なっ・・・・・・何で?」
 葵は、自分が今、ひどく間抜けな顔をしているだろうと思った。
 それを肯定するように、命はクスリと笑った。
『さて、何ででしょう?』
 質問に質問で返す。大人の癖に子供の自分より子供っぽい仕草。間違いなく葵の記憶の中にいる彩村命、その人だ。
 その命の声に、葵は自嘲気味に笑った。
「そうか・・・・・・そうだよな。当たり前か。」
 自分は死んだんだ。だから、目の前に命がいる。至極、当然の回答だ。
「あんたが、俺を迎えに来てくれるとはな。」
 葵は顔を上げて命を見る。
「さあ、連れてってくれよ。」
 そう言って葵は、命に向かって踏み出そうとした。と、
『ば〜か。』
・・・・・・・・・・・・
「は?」
 葵はポカンと口を開けたまま、命を凝視する。
 そんな葵に、命は呆れたように口を開いた。
『あんたって、こんなに弱虫だったんだ。知らなかった。』
「なっ!?」
 あまりの言い草に、葵は一瞬言葉の意味が分からなかった。
 そんな葵を無視して、命は言葉を続ける。
『ど〜してあたしはこんな馬鹿に期待なんか持っちゃったんだろ?我ながらアホらしくなってくるわ。』
「・・・・・・・・・・・・」
『ま、良いんだけどね。これ以上腑抜けに期待するほどあたしも馬鹿じゃないし。』
「・・・・・・・・・・・・」
『死にたいならさっさと死ねば?もっとも、あたしはあんたみたいな甘ちゃんのお守りなんかご免こうむるけどね。』
「・・・・・・・・・・・・せいよ。」
『ん、何か言った?』
 命の言葉に、葵はキッと顔を上げた。
「うるせえっつったんだよ!!人が黙って聞いてりゃ、ゴチャゴチャゴチャゴチャ勝手なことばっかほざきやがって!!良いから死人は死人らしく黙って寝てろ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
 葵の啖呵に、それまで言葉を紡いでいた命の口がピタッと止まる。そんな命を、葵も無言で睨み付ける。
 やがて、命はフッと笑った。それに伴い葵も呆気に取られたように緊張を解く。
『それで良い。』
「え?」
 葵は訳が分からず、命を見返す。
『あんたにこっち側は似合わないわ。葵。』
「・・・・・・・・・・・・」
『あんたにはまだ、やるべきことがある。守らなきゃいけない人がいる。そうでしょう?』
「・・・・・・ああ。」
 葵は頷く。そうだ。自分はまだ、倒れるわけにはいかない。
 命はゆっくりと腕を伸ばし、葵の背後を指し示した。
『さあ、行きなさい葵。戦いの、空へ。』
 葵はフッと笑った。
「まったく。死んでも説教くさいな。あんたは。」
 そう言うと葵は踵を返し、ゆっくりと歩き出した。

「っ!?」
 葵は目を覚ました。
 何が、どうなった?視界がぼうっとする。思考が混濁してうまく働かない。
 高度は?速度は?燃料は?残弾は?
・・・・・・・・・・・・分からない。全て分からない。
 でも、二つだけ分かる。まだ生きてる。そして飛んでる。それだけ分かれば十分。
 そんな葵の耳に、愛しい人の声が飛び込んできた。
「葵!!しっかりしてよ葵!!」
 ほんの数秒前に聞いたばかりなのに、衛の声がとても懐かしく感じる。
「・・・・・・衛。」
 そんな衛に、葵は優しく語り掛けた。
「あ・・・・・・葵?」
 葵は、フッと微笑む。
「心配掛けたな。もう大丈夫だ。」
「葵・・・・・・」
 衛は、涙交じりの声を発する。そんな衛に、葵は言った。
「俺の事、名前で呼んでくれたんだな。」
「え?」
 そこまで言われて衛は、ようやく自分が兄を名前で呼んでいることに気付いた。
「これは・・・・・・その・・・・・・」
 とたんに耳まで赤面する衛。
 そんな恋人の様子に微笑みつつ、葵は空に目を向けた。
「・・・・・・さあ・・・・・・終わらせようか。」
 葵の視界の中に、急速に接近してくる虎太郎のスーパーフランカーが映る。

 そのコックピットの中で、虎太郎は不敵な笑みを見せていた。
「ほう・・・・・・まだ死に切れなかったか。」
 宿敵の復活に、虎太郎は軽い高揚感を見出す。まだ、自分は戦える。この飽く無き戦争の時代の中で、自分が認めたたった一人のライバルと。
「行くぞ!!」
 一声吼えると、猛虎は傷だらけの狼に襲い掛かった。
 それに対し、葵は操縦桿を倒して機体を旋回させる。つい数分前まで、比類ない機動性を示していた]−02は、まるで別の機体であるかのように緩慢なスピードで旋回する。先程と比べれば天空を舞う鳥と、地を這う亀ほどの差がある。そんな葵の背後に、虎太郎は易々と回り込んだ。
「多少計算は狂ったが、どうやら結果は同じだったようだな。」
 照準機の中で、]−02のテールノズルが急速に拡大されていく。
 虎太郎は、迷う事無くトリガーを引いた。
 と、葵は機首を大きく引き上げたかと思うと、そのまま不規則なバランスで機首を返し、そのまま虎太郎の攻撃をやり過ごしてしまった。
「なっ!?」
 虎太郎は目を剥いた。動きが、まったく予想できなかったのだ。まるで柳が風に吹かれてなびく様に、ごく自然に攻撃が裁かれてしまった。
「クッ・・・・・・」
 虎太郎は機首を返し、再び葵に向かう。相手が相手だけにまぐれや偶然の類ではないと思う。だが、それでも最後に勝つのは自分だ。
 一方で、葵も、再びこちらに向かってくる虎太郎のスーパーフランカーを確認していた。
 そんな葵の脳に、再び命の声が響いてくる。
『行ける?』
「ああ。」
 迷う事無く、葵は頷く。
 その間にも、虎太郎は接近してくる。
『気を付けて葵。恐らくチャンスは後一回。それを逃せばあんたは負けるわ。』
 葵は、無言のまま頷く。
 そんな葵を、虎太郎は射程内に納めた。
 次の瞬間、葵は機首を大きく持ち上げた。

 その様子は、虎太郎の視界からも見えた。
「悪いが、この俺に二度同じ技は通用しない!!」
 照準機が、]−02の背部を捉える。
「これで終わりだ!!」
 トリガーに掛けた指に力を込める。
 次の瞬間、視界を満たしていた]−02が、突然フッと姿を消した。
「なっ!?」
 さすがの虎太郎も言葉を失った。

 虎太郎がトリガーを引こうとした瞬間、葵はエンジンの出力を絞って機体を自由落下させたのだ。
 ほとんど賭けだった。既にエンジンは死に掛けている。再び飛べるという保証は無い。だが、命が言った通り、チャンスは後一回。ならば、その一回のチャンスに全ての運を注ぎ込むのみ。
 視界の中に、駆け抜けるスーパーフランカーが映る。相対速度差から考えて、その間僅か一秒足らず。しかし、葵の目にはまるでスローモーションのようにそれが映っていた。
「うっ、うわァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 獣のような雄叫びと共に、葵はバルカンを斉射した。
弾丸が、突き上げるように虎太郎の機体を貫く。弾丸は意思を持って機体の中で跳ね回り、内側から食い千切っていった。

「・・・・・・負けたな・・・・・・完敗だ。」
 既に、回復不能なダメージを受けた愛機の中で、虎太郎は満足げに呟いた。
 悔しさは無い。自分は死力を尽くして戦った。まさに、一片の悔い無しといった感じである。
 そんな虎太郎の視界が、急速に光に満たされた。
 やがてその耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
『満足しましたか?』
 聞き違えようが無いその声に、虎太郎は頷く。
「ああ。生涯の最後にこれほどの戦いができたんだ。俺は幸せ者だよ。」
 虎太郎の言葉に、声の主も微笑む。
『さあ、行きましょう隊長。みんなも待ってます。案内は、私がしますから。』
 その言葉に、虎太郎も微笑んだ。
「ああ、頼む・・・・・・立花・・・・・・」

 葵の視界の先で、虎太郎のスーパーフランカーが爆炎を上げて四散した。
「・・・・・・・・・・・・」
 その炎を、葵は無言のまま見つめた。そんな葵に、命が語り掛けた。
『葵、あたし、もう行くね。』
「・・・・・・ああ。」
 葵は虚空を見上げた。そこには、先程幻想の中で見た命の姿がくっきりと浮かんでいる。
「最後の最後まで、世話になったな。」
『ううん。』
 命は、ゆっくりと首を横に振る。
『あたしも、嬉しかったから。』
「え?」
 命の言葉に、葵はキョトンとする。
『大人になったあんたに会えて、あたしも嬉しかった。』
「教官・・・・・・」
 やがて、ゆっくりと命の姿が薄れていく。
『じゃあね葵。あんまり、衛ちゃんを泣かせるんじゃないわよ。』
「あんたに言われなくても分かってるよ。」
 葵は苦笑混じりに応じる。
 そんな葵の言葉に、命も微笑する。
『それじゃあ、今度こそお別れよ。メビウスの輪が再び交わったとき、また会いましょう。』
「ああ・・・・・・またな。」
『うん・・・・・・また』
 笑顔で頷くと命は、まるで蒼空に溶け込むようにゆっくりと消えて行った。
 それに入れ替わるようにして、葵の耳に仲間達の声が飛び込んで来る。
「やったな葵!!」
 レイが
「兄くん、お帰り。」
 千影が
 葵に向かってくる。
 そして、
「葵!!」
 最も愛しい人が聞こえてくる。声の調子から分かる、きっと泣き笑いの顔をしているのだろう。
『衛。』
 葵は心の中で小さく呟いてから、ゆっくりと機首を回した。

第二十七話「ゼロコンマ五秒の勝機」   おわり

 


ファルクラムさんへの感想はこちら
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