リボンつきの翼
第二十三話「口に出す勇気」
作者 ファルクラムさん
1
「スカイアイより各機へ、間もなく目標をレーダーで捕らえるわ。準備して!!」
咲耶の声に、飛翔するISAF空軍の各パイロットは、緊張して表情を引き締める。
現在、現地時間において午前二時。辺りは闇色一色に染められている。そしてISAF空軍各機の眼下には、一面の雪原が広がっている。
ここは、アルトーラ国北部にあるアイスクリーク地方。比較的温暖なユージア大陸にあって、唯一、1年中雪と氷に閉ざされた世界である。
ユージア暦2007年9月11日、ISAFは同地において、第2次大陸上陸作戦を敢行した。上陸した兵力は10万。制空権確保の失敗から苦戦を強いられた先の上陸作戦、バンカーショット作戦の苦い教訓を生かすべく、今回はエルジア帝国軍の盲点を突いてまったく予期し得ない場所での上陸作戦を敢行、さらに海軍の艦隊やノースポイント本土から多数の航空機が出撃して、上陸部隊上空に傘を差していた。
一方、それに対するエルジア軍の動きは、完全に出遅れたものとなった。当初エルジア軍上層部は、ISAFの再度の攻勢をアルトーラ方面から仕掛けてくると言うところまでは予期していたものの、それはセンナ半島北端にある都市、セントアークへ上陸し、同地に駐留している部隊と合流し攻勢に出るものと予想していた。そこでエルジア帝国アルトーラ方面軍は、支配下にあるポートエドワーズにて篭城の構えを見せていたのだ。しかしISAFはその裏をかき、エルジア軍が構築した戦線の遥か後方に上陸、エルジア本国とポートエドワーズの連絡線を断ち切りに掛かったのだ。
慌てたのはエルジア軍上層部である。このままではポートエドワーズに駐留するアルトーラ方面軍が壊滅の危機に立たされてしまう。それを回避する為にエルジア軍部は、ISAFの上陸部隊に対して、弾道ミサイルによる攻撃を仕掛ける決断をした。
今度はISAFが焦る番だった。上陸したばかりの部隊は当然無防備である。当然、弾道ミサイルを迎撃できるだけの装備も力も無かった。しかも未確認情報ながら、エルジア軍は保管していた核弾頭を使用目的で運び出したと言う情報が舞い込んできた。
もはや一刻の猶予も無かった。ロスカナスに駐留している空軍上層部は、ストームナイツを中心とした部隊の出撃を命じ、弾道ミサイルの迎撃に当たらせる事にした。
「レーダーに感!!数は16!!速度、マッハ1・4!!約30秒ですれ違う!!」
咲耶の声が、全員の耳を打つ。
今回出撃した空軍機は、約80機。現状ですぐに出撃できる最大限の数である。それでも、どこから飛んでくるか分からない弾道ミサイルに対しては、充分とは言えない数であったが、どうにか捉える事に成功したようだ。
「アドラーより各機へ!!何としてもミサイルをこの場で撃ち落とすんだ!!ここで撃墜できなければ、次に現われるのは上陸部隊の頭上だ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
高士の声に、全員が緊張に満たされた声を上げる。
それが聞こえたかのように、闇の彼方からミサイルが放つ不気味な炎が見えてくる。間違いなく、エルジア軍が放った弾道ミサイルだ、レーダー網をすり抜ける為に低空を飛んでいる。ここで発見できたのは僥倖に近いだろう。
編隊を組む空軍機の中には、葵と衛の姿もあった。2人とも今回から、共に最新鋭戦闘機X−02での出撃となっている。当初は葵を専属パイロットにして、同時に完成した2号機は高士か信悟辺りにと言う要望が技術開発研究所から出されていたが、X−02はその高性能が災いして、小隊行動を取る場合、他の機体では追随が難しいと言う事が判明した。そこで、葵と同じ小隊を組んでいる衛にそのお鉢が回ってきたのだ。
当初は、貴重な実験機を衛のような経験の浅い者に使わせる事に難色を示した技研だったが、この1年間で衛の技術は飛躍的に向上しており、特に問題は無いと言う結論が出された。
そして機種転換訓練を終えた葵と衛は、この程初めて同じ機種に乗って出撃したのだ。
出し抜けに、各機のFCSが飛翔するミサイルを捉えた。
間髪入れずに高士が張りのある声で叫ぶ。
「全機、フォックス3!!」
高士の命令が、電波となってISAF空軍に行き渡る。次の瞬間、闇夜を切り裂く白煙と共に、一斉に中距離高機動ミサイル、アムラームが放たれた。尾に引く白煙によって、夜の暗闇が白く染め上げられる。
必中の願いと共に放たれたアムラームは数秒間飛翔すると、やがて内蔵した近接信管が目標対象物である弾道ミサイルを捉え自爆、ミサイルの前面に炎の壁を作り上げる。
その壁に真っ向から突っ込んだミサイルは、次々と炎に絡め取られ、義務を果たす事無く爆砕していった。
しかし、いくつかのミサイルはその炎の壁を突き破って向かってくる。
「2発目だ!!」
第2陣として控えていた葵の隊が前に出る。
X−02は、固定武装であるバルカンの他に、サイドワインダー2発にアムラーム4発を搭載する事ができるのだ。そのうち葵はFCSでアムラームの発射準備をする。
「フォックス3。」
葵の低い声と共に、第2部隊は一斉にアムラームを放った。先程の攻撃で既に半数以上のミサイルを撃墜しているが、全てのミサイルを叩き落とさなければ勝利とは言えない。もし万が一たった1発のミサイルを討ち損じ、それが核弾頭だったとすれば、その時点で上陸部隊は壊滅しISAFの敗北は確定する。
放たれたミサイルは、第1波と同じように弾道ミサイルの前面に炎の壁を作り出す。
アムラームの追尾能力はISAFの追撃を逃れるように低空を進んでいた弾道ミサイルを容赦鳴く刈り取って行く。やがて爆炎が収まった時、その場にミサイルは存在しなかった。
「レーダーに反応無し!!全ミサイル撃墜!!」
咲耶の声を聞いて、一同から安堵の溜め息が漏れる。
「アドラーより各機へ、ご苦労だった。どうにか作戦は成功のようだ。各隊、敵の追撃に注意しつつ撤収を開始せよ。」
「「「「「了解!!」」」」」
高士の命令を受けて、ISAF空軍機は次々と機首を翻していく。
その時だった。
「スカイアイより各機へ!!」
咲耶の緊迫した声が、一同の耳にこだまする。
「1発だけ、低空を這うように飛行しているミサイルがあるわ!!」
「なっ!?」
咲耶の言葉に、高士は絶句した。
「なぜ今まで気付かなかった!?」
怒鳴り声を上げる高士。もちろん高士自身、そんな事を話している暇はない事は理解しているのだが、さしもの高士も、この時ばかりは理論より感情を優先させてしまった。
「申し訳ありません、山裾を縫うように飛行していた為、発見が遅れました!!」
「クッ、と言う事は、遠隔操作を受けているようだな。」
高士は舌打ちする。一度は止まった壊滅へのカウントダウンが再び動き出したのだ。しかも今からその遠隔操作の元を探しても間に合わない事は明白である。
『どうする……今からミサイルを追っても間に合う事は間に合うが、その場合アフターバーナーを全開にして追尾しなければならないから、燃料が決定的に足りなくなる。かと言って、他の部隊は我々よりも更に遠い位置にいる。どうする…………』
こうしている間にも絶望的な加速度で時間は過ぎていく。その先にある物は、「破滅」だ。
「高士。」
迷う高士に、葵から通信が入った。
「俺が行く。X−02のスピードならまだ追いつけるはずだ。」
葵は高士の葛藤を見抜いていたのだ。それに対し高士も、親友にISAFの命運を託す決断を素早く下す。
「頼む。だが気を付けろ。敵がこれほど慎重になっている1発だ。核の可能性もある!!」
「了解、衛、千影、春歌、ついて来い。」
そう言うと葵は、3人を連れて翼を翻す。
千影と春歌の機体は、今回からF−22ラプターに変わっている。加速性能と空戦能力こそX−02劣るが、スーパークルーズが可能である為、編隊飛行が可能となっている。
4機2種類の戦闘機は、破滅をもたらす槍を破壊すべく加速した。
「メビウス1よりスカイアイ、咲耶、ミサイルの位置は?」
「お兄様達の所から、ベクター030方向にターンして!それで2分後に進路が交差するわ!!」
「了解。」
葵が答えると同時に、X−02の翼を閉じてスーパークルーズモードに移行させた。
最後の1発は咲耶が言った通り山の相間を縫いながら、レーダーの目を掻い潜って飛翔している。
「いいか、もうチャンスはそれ程無い。一撃で決めるぞ。」
「わかったよあにぃ!!」
「まかせて、兄くん。」
「了解ですわ!!」
命令を下す葵も、それに答える衛、千影、春歌の3人の声も一様に震えている。
4人はフル加速しつつ、徐々にミサイルとの距離を詰めていく。
「全機、フォックス3!」
FCSがミサイルをロックすると、間髪入れず葵が命令を下す。それに合わせて、4人は一斉にアムラームを放った。
『当たれ……』
『当たれ……』
4人は必中の気合を、ミサイルに込める。
振り下ろされた剣の如く、弾道ミサイルに向かうアムラーム。しかし、結果は非情だった。放たれたミサイルは全て、操者の手によって回避されたのだ。
「クッ!?」
葵は軽く唇をかむと、アフターバーナーを全開まで吹かした。
『幸い奴は、回避行動の為に速度が落ちてこちらとの距離が詰まっている。今なら行ける!!』
自機のスピード、ミサイルのスピード、両者の距離、ロックオンにかかる時間、自分のミサイルのスピード、こちらの攻撃が当たるまでの時間、それらをおおよそで計算した葵は、一気にX−02を加速させた。
「あにぃ!!」
そんな葵の行動に衛達は呆気に取られるが、今は構っている暇はなかった。まさにワンチャンスである。
「頼むぞ。」
心境を声に出して言ってから、葵はサイドワインダーをロックオンする。それと同時に、エアインテーク後部に偽装して設置されたウェッポンラックが開く。
「フォックス2!!」
葵のコールと共に、ウェッポンラックからサイドワインダーが放たれた。
「今度は外さない。」
弾道ミサイルは葵の存在に気付いたのか加速しようとしているが、軽量な分サイドワインダーの方が加速が速い。
やがて、弾道ミサイルの排気炎を捉えたサイドワインダーは、ISAF将兵全員の願いを込められた槍となって、弾道ミサイルに向かう。そして、狙いをすましたように弾道ミサイルを撃ち落とした。
次の瞬間、辺りに立ち込める漆黒の闇を、人工的に作り出された太陽が照らし出した。
「クッ!!」
葵はとっさにスピードを下げて翼を開くと、低空に逃げてバランスを維持した。
同時に爆発時のノイズで、各機のレーダーから葵のX−02が消失する。
「あにぃ!!」
衛は居ても立っても要られずに、機体を前に進める。
「待て、衛!!」
そんな衛を、鎌田信悟空軍中佐が止めに入る。爆発の規模から言って、核には違いない。そんな中に飛び込んでいくなど、自殺行為に他ならない。
しかし、今の衛を止める事は恐らくはこの地上の何者にも敵わないだろう。
「止めないでよ!!」
衛は叩き付けるように言うと、X−02を加速させた。
その時だった。
「衛、俺は無事だ。」
ややノイズ混じりながら、はっきりとした葵の声が一同の耳に届いた。やがて、今だ冷めぬ巨大な閃光の中から、W字の翼を持ったシャープの戦闘機が滲み出るように現われた。
「あにぃ!!」
思わず声を上げる衛。そんな衛の声を聞いて、葵は微笑を浮かべた。核の爆発を持ってしても、この狼を殺す事はできないようだ。
「見ての通りだ。目標は破壊した。」
葵はいつもと同じように、低い声で任務の完了を告げた。
「ご苦労。」
そう言って、高士は葵をねぎらった。
この日、ISAFの第2次上陸作戦の成功によって、ポートエドワーズにあったエルジア帝国アルトーラ方面軍は事実上本国への帰還ルートを失い、同時に前進を開始したISAFセントアーク駐留部隊の前に、全面降伏を余儀なくされた。セントアーク駐留軍の総数は4万に届かず、事実上エルジア軍は3倍以上の戦力を保持している訳だが、退路が断たれた上に補給の望みが無くなった事で兵士達の士気は地の底まで落ちてしまっては、組織的な作戦行動は不可能だった。これにより、ユージアの大陸国家で唯一エルジアに抵抗を続けていたアルトーラは、解放されたのだった。
それと同時に、コフィンブルク共和国首都、ロスカナスに駐留していた南部方面軍も進軍を開始した。両部隊の目標は、旧独立都市国家サンサルバジオン。ついに、開戦直後の状況まで寄りを戻す事にISAFは成功したのだった。
2
戦争とは二つの大きな勢力のぶつかり合いである。
当然、勝って士気が上がる側があれば、負けて落ちる側もいる訳である。
それはここ、旧サンサルバジオン郊外にある黄色中隊基地も同様であった。
「大陸最強を誇った黄色中隊も、その一角が落ちたか。」
整備員達の作業状況を窓越しに眺めながら呟いたのは、エルジア空軍総飛行隊長で銀色中隊隊長の大垣高広大佐だった。
ストーンヘンジの陥落により、次の戦場になるのはこのサンサルバジオンである事は間違いない。その防衛戦力展開の為、サンサルバジオンに来ていたのだ。
「油断したな。」
「油断?」
話を黙って聞いていた黄色の13―村岡虎太郎中佐は、顔を上げて大垣を見る。
「そうだろう?」
大垣は肩を竦めて言った。
「何と言っても、ユージア最強を誇るエルジア帝国空軍の中でもトップの人材を揃えた、まさに最強の中の最強である黄色中隊が、油断していたとは言え高々寄せ集めに過ぎないISAF空軍ごときに遅れを取るはずが無いだろう?」
「…………」
「それとも貴様は、我がエルジア空軍が、遙に劣るISAF空軍に実力で破れたとでも言いたいのかね?それこそ出来損ないのジョークだ。まったく笑えないよ。」
そう言って大垣は、口元を歪ませる。
それに対して虎太郎は、座っていたソファーからユラリと立ち上がった。
「……そうだな。冗談でも笑える物じゃない。」
「その通り。エルジア軍は常に最強の存在であらねばならないのだ。そうでなければ、大陸制覇など、」
大垣は最後まで言う事ができなかった。言葉の途中で虎太郎が大垣の襟首を掴み、壁に押し付けたのだ。
「いつまで寝言をほざいているんだ貴様は?」
そう言った虎太郎の目には、静かに燃え盛る炎が滲んでいる。
「貴様、上官に、グッ!?」
大垣が何か言う前に、虎太郎はその首を更に締め上げる。
「いい加減に気付け。ISAFは強い。恐らく、地球上のどの軍隊よりも強いだろう。」
そう言ってから虎太郎は、大垣を解放する。
首を緩められた大垣は、そのまま壁に寄りかかってへたり込んだ。
「それに対して俺達は、緒戦の快進撃に奢り、相手の戦力を正当に評価する事を忘れてしまっていた。それが今日の現状だ。海軍はエイギル艦隊の壊滅で戦力の六割を失い、陸軍はタンゴ線が陥落しアルトーラ方面軍も全面降伏。空軍も度重なる消耗戦で多くの熟練パイロットを失っている。極めつけがストーンヘンジの陥落だ。この現状を見て、まだISAFが弱いなどと言えるのか!?」
虎太郎の怒声に、大垣はたじろく。
そんな大垣の鼻先に、虎太郎は一枚の紙切れを突き出した。
「これは?」
「……ISAFの領域で発行されている新聞の切り抜きだ。」
そこには、一人のパイロットを称える記事が載っている。ストーンヘンジ攻撃隊を指揮したメビウス1と呼ばれるパイロットを賞賛している。
「…………称えるに値する。味方が勇敢であるように、敵にも勇敢な奴はいると言う事だ。」
虎太郎の静かな言葉に、大垣は返す言葉が無かった。
虎太郎と大垣が会談を行っている頃、黄色の6こと藤原一矢大尉は一人、バー「スカイキッズ」を訪れていた。
夕方開店のスカイキッズは扉を開けても閑散としており、その中では鞠絵が一人で本を読んでいた。タイトルは分からないが、おそらく彼女が良く読んでいる恋愛小説の類だろう。
一矢が中に足を踏む込むと、鞠絵の足元で眠っていたミカエルが首を持ち上げた。それによって鞠絵も、一矢の存在に気付き顔を綻ばせる。
「あら、一矢さん。こんにちは。」
「ああ。」
それに対して一矢も、微笑を浮かべて応じる。
そんな一矢の足元にミカエルが擦り寄ってくると、匂いをかぐようにその鼻先を一矢の足に押し付ける。
「四葉は?」
そんなミカエルの頭を撫でながら、一矢は鞠絵に尋ねた。
「四葉ちゃんなら、二階にいます。呼んできましょうか?」
「いや。自分で行くよ。」
そう言って鞠絵に笑い掛けると、一矢は奥の階段に向かった。
一矢が四葉の部屋に入ると、四葉は机に突っ伏したまま眠りこけていた。
その様子に、一矢は思わず苦笑を漏らした。
机の上にはやり掛けの勉強道具が並べられている。恐らく勉強を始めたのは良いが、飽きて眠ってしまったのだろう。
一矢は四葉を起こさないようにそっと近付くと机の上を覗き込んだ。そこには数学の問題集が広げられていた。
一矢はその内の一つを取ると、目を通してみる。そして苦笑混じりの溜め息を付いた。
「上杉……問題、間違えてるぞ。」
そう言うと一矢は、四葉の顔を覗き込む。
その寝顔は年齢に相応しくあどけなさに満ちていた。
「なあ、上杉……」
そんな四葉の寝顔に、一矢は静かに語り掛ける。
「あの時お前は……あそこで何をしていたんだ?」
一矢の脳裏には、あのストーンヘンジが陥落した日の事が浮かぶ。あの時四葉は、レジスタンスに破壊された故立花操中佐(戦死により二階級特進)の機体の傍にいた。もし一矢がとっさにかばわなければ、爆発に巻き込まれていたことだろう。
しかしなぜ、あの時四葉はそこにいたのか?
「…………上杉……お前は一体、何者なんだ?」
四葉は一矢の質問に答えずに、静かな寝息を立てていた。
3
「でも良かったね、あにぃ。放射能が体の中から検出されなくて。」
「ああ、そうだな。」
衛の言葉に頷くと、葵は手に持った紅茶を口に運んだ。
ここは、ロスカナスにあるカフェテリア。非番の日に衛は、葵を連れ出してロスカナスの街に繰り出したのだ。
先程衛が言った通り、葵はアイスクリークでの迎撃戦から生還するとすぐに、精密検査を受けるよう指示を受けた。生還できたとは言え、核爆発を間近で食らったのだ。体に影響が出る可能性があったからだ。
それから数日間の検査の後、葵が「異常無し」の書類と共に医務室を追い出されるのを待っていたかのように、衛からのお誘いがあった。今、ロスカナスで流行している映画を見に行かないか?と言うのである。
これまで長らく拘束されていた事に対する憂さ晴らしと、何より衛と一緒に遊びに行ける事から、葵は二つ返事でその誘いを了承した。
カップの中の紅茶を半分ほど飲み干すと、葵は腕時計に目を落とした。
「さて、始まるまでもう少し時間があるようだが、どうする?」
「あ、じゃあボク、少しスポーツ用品店を見に行きたいんだけど良いかな?」
「ああ。じゃあ俺はその間に、高士達から頼まれていた物を買ってくる事にする。」
葵は今日、非番なので外出すると言ったら、高士達から買い物を頼まれたのだ。
「分かった。じゃあ、映画館の前で待ち合わせって事で良いかな?」
「ああ。」
葵が頷くのを確認すると、衛は席から立ちあがって駆け出した。
余程見たい品物があるのだろう。衛の背中はすぐに雑踏に紛れて見えなくなった。
それを見送って葵は、やや自嘲気味に笑った。
衛と自分は兄妹ではない。それが分かってもなお、衛は自分の事を兄と呼んでくれる。
『それに比べて俺は……』
葵は、自分が情けなかった。それと同時に、衛の純粋さが羨ましかった。
自分は衛を妹としてではなく、既に一人の女として見ている。だが、その事を衛に伝えるだけの勇気が、どうしても持てなかった。
4
買い物は予想以上に時間が掛かった。
相変わらず報告書の作成に手間取ってる高士や信悟は、外出できずに消耗し尽くした生活必需品の買い付けを葵に押し付けたのだ。
「…………」
葵は、両手に一杯になった消耗品の山を見比べた。そして無言のまま、その山を鞄の中に無理矢理押し込んだ。中身がどうなろうと知った事ではない。
「さて、」
取りあえず頼まれていた物は買い終えた。後は、衛との約束通り映画館に行くだけだ。
と、その時、葵は通りの向こう側、軒並み並んだショーウィンドーを覗き込む人影に気付いた。
「……衛?」
後ろ姿からでも、それが衛だと言う事ははっきり分かる。しかしそこは、衛が行ったスポーツ用品店ではなく、洋服を扱っている店のようだ。そしてショーウィンドーには、清楚な感じの白いワンピースが飾られている。パイロットをしている葵は格段に目が良いので、そのワンピースの細部まで見る事ができた。
全体的に白で統一されており、胸元と袖にだけピンクのリボンが結ばれていた。また、襟の部分には可愛らしくフリルがついている。
やがて衛は一つ溜め息をつくと、映画館の方向に向かって歩き出した。
「?」
そんな衛の様子を、葵は不思議そうな目で見送る。
『どうしたんだ、あいつ?』
葵は急いで店を出ると、歩道を渡って問題のショーウィンドーの前に立った。
そこには、先程見た通りのワンピースが飾られている。
「……衛の奴、これを見てたのか?」
葵は見上げるようにして、ワンピースを見上げる。先程見ただけでは分からなかったが、所々のデザインも精巧で、ミドルティーンの少女達に人気がありそうなデザインだった。しかしどう考えてもスポーティーな衛の趣味には合っていないように思える。
「…………」
葵は暫く考えてから、店のドアを開けた。
5
映画館前で待ち合わせた葵と衛は、かねてからの計画通り映画館で映画を見る事になった。
その映画はロスカナスで、今一番の人気を誇る映画だった。
生まれた時から仲良く暮らしてきた兄と妹が、ふとしたきっかけで実は血が繋がっていない事が発覚する。二人は当然戸惑い、いつしか疎遠になっていく。それまでの仲の良さがまるで偽りであったかのように、すれ違うようになる二人。しかし、それでも自分達にとってお互いが大切な存在だと気付いた時、二人は互いに手を取り、永遠の絆を誓い合うのだった。
映画を見終わった頃には既に日が落ち、ロスカナスの町は夜の装いに変わっていた。
映画を見終わった人たちは、皆一様に笑顔を浮かべ、その余韻に浸っていた。しかし、葵と衛だけは、うつむいたまま帰途についていた。
「…………良い、映画だったね。あにぃ……」
「…………ああ。」
ポツリと漏らした衛の言葉に、葵は短い返事で返す。
そして二人は、再び黙り込んだ。
その時二人の脳裏には、今見て来た映画の事が浮かんでいた。
兄妹であって兄妹ではない二人。まさにそれは、今の葵と衛その物と言えた。
その事が、まるで粘着質のように、二人の心にこびりついていた。
とっ、
「そうだ。」
息苦しい沈黙を破るため、葵は思い出したように口を開いた。
「お前に、渡す物があったんだ。」
「え?」
突然の葵の言葉に戸惑う衛。そんな衛の目の前で、葵は鞄の中から箱を取り出した。そのパッケージには、昼間に衛がショーウィンドー越しに眺めていた純白のワンピースが描かれていた。
「あにぃ……これ……」
衛は戸惑いながら、ワンピースと葵の顔を見比べる。
「さっき、お前がずっとそれを見ているのを見掛けてな。」
そう言って葵は、衛の顔を覗き込む。
「迷惑……だったか?」
「ううん!!」
葵の視線に、衛は慌てて首を振る。
「ありがとう、あにぃ!!」
そう言ってから、衛は少し俯く。
その衛の様子に気付いた葵は、訝るように話し掛けた。
「どうした、衛?」
「……うん。でもさ、この服、ボクに似合うかな?だってボク、男の子みたいだし。こんな女の子の服は……」
「そんな事はないさ。お前にはその服に似合うだけの可愛さがある。」
衛の言葉を遮って葵は言った。
その葵の言葉に、衛は微笑を浮かべた。
「あにぃ…………」
「だから、俺は……」
言いかけて、葵は口篭もる。
「え、何?」
先を促すように尋ねる衛。
「俺は……」
視線を逸らす葵。しかし意を決したように顔を上げた。
「俺は、お前が!!」
葵がそこまで口を開いた時だった。
一台の車が突っ込んでくるのが見えた。
「危ない!!」
葵はとっさに、衛の体を抱き寄せてかばう。
葵の手に、衛の柔らかい、ほっそりした体の感触が伝わった。
二人の顔が、意外なほど急接近する。
葵と衛は、互いの顔が赤く染まっていくの分かった。
「…………」
葵はゆっくりと、そして優しく、衛の体を抱きしめる。
「あにぃ?」
戸惑う衛は、葵の顔を見上げた。その葵の表情は、決意の色で染められていた。
「衛……」
葵はもう一度、ゆっくりと口を開く。
「俺は、お前が…………好きだ。」
「え?」
とっさに、葵の言葉を疑う衛。
それに対して葵は、今度はしっかりとした口調で言った。
「俺はお前を愛してる。妹としてじゃなく、一人の女として、お前が好きだ。」
「…………」
「ずっと前から、多分ノースポイントで、お前と再会した時から気付いていたんだ。でも、お前は妹だし、許されないと思っていた。」
「…………」
「でも、お前が妹でないって事が分かって……」
「…………」
「俺はもう、自分の心を偽って生きていく事に耐えられそうもない。」
葵は衛を抱く手に力を込めて、もう一度言った。
「衛、お前が好きだ。愛してる。」
「…………あにぃ。」
衛は口を開くと、ゆっくりと葵との間に手を差し込み、兄の体を離す。
「ボクも……あにぃの事、好きだよ。」
「……衛。」
「でも、ボクは……ボクにとってはまだ、あにぃはあにぃのままなんだよ。」
「…………」
葵は何も言わなかった。だが、その顔には失望の色がある。
だが、衛の言葉はまだ続いていた。
「だからあにぃ、もう少し、ボクに考えさせて。」
「え?」
「あにぃが悩んで、苦しんだみたいに、ボクにも苦しむ時間が欲しいんだ。あにぃが苦しんだのに、ボクが苦しまないなんて、おかしいから。」
「衛…………」
葵はスッと衛から視線を逸らした。衛の言う事ももっともだ。突然こんな事を言われれば誰だって動揺する。彼女にも考える時間を与えるべきだ。
「そうか……わかった。俺も、答は急がない事にする。」
「……ごめん、あにぃ。」
衛は、消え入りそうな声で葵に謝る。
その後二人は、宿舎に帰るまで、互いに一言もしゃべらなかった。
第二十三話「口に出す勇気」 おわり
あとがき
どうもこんにちは、ファルクラムです。今回、ようやく葵が衛に告白しました。しかし、衛はすぐにはその想いを受け止めてはくれません。やはり、いろいろと、小説などを読んでいると、衛の兄に対する想いは、「恋人」ではなく「友達」だと思うのです。そんな衛の心境を、今後いかに「恋人」に変換させるかを課題にしたいと思うのですが、もはやストーリーも大詰めを迎えつつあるので、組み立ての方も急ぎたいと思います。
それでは、今回はこれで。
ファルクラム
ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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