リボンつきの翼
第二十二話「襲撃の銀翼」
作者 ファルクラムさん
1
ユージア暦2007年9月15日。
その日、午前中の訓練任務を終えた上杉葵ISAF空軍少佐は、司令部からの命令で所属基地であるラセツから、コフィンブルク共和国首都ロスカナスへ移動して来ていた。
先のストーンヘンジ攻撃作戦「グーングニル」により、戦争初期からの最大攻撃目標であったストーンヘンジを完全破壊する事に成功したISAF南方方面軍は、ロスカナスを一大補給拠点とし攻勢を開始する構えを見せていた。計画ではロスカナスを進発したISAF地上軍約30万は、北方を走るワイアポロ山脈に反って西進する事になっている。
これに対し、ストーンヘンジと言う傘を失ったエルジア帝国軍は、当初予定されていた大陸中央部での防衛線構築を諦め、その後方にある大陸交通おける最大の要衝、旧独立都市国家サンサルバジオンに兵力を集結させ、徹底抗戦の構えを見せていた。
ラセツ基地から、車で指定された場所に移動する葵は、運転しながら窓の外を眺め入った。
ロスカナスの町は駐留していた地上軍の兵士達で溢れている。ユージア大陸南部最大の商業都市であるロスカナスの活気は衰える事を知らず、エルジア軍占領中では物資の供給部不足から閉店状態であった店舗も、順次営業を再開し、通りは華やかなショーウィンドーで彩られていた。
車を走らせる事15分少々。葵は指定された場所に到着した。
鉄筋コンクリート建てのその建物は全体が白く塗られており、何かを研究する場所のように思えた。しかしその建物の裏手には一本の滑走路が走っており、周囲には厳重な鉄条網が敷かれ、いかにも重要な施設であると言う事を内外に公言しているかのようだった。
車を止めた葵は施設の中に入り受付に官姓名を名乗ると、施設二階にある小部屋へと移された。
そこで指定された椅子に座って、葵は腕組みをする。
『一体、これはどう言う事だ?』
葵には訳が分からなかった。
このまま査問会なり懲罰裁判なりが開催され、現在の地位から引き降ろされるのか?とも考えた。しかし、思い当たる節はない。重度の命令違反をした覚えも無いし、作戦の妨げになるような事をした覚えも無い。唯一身に覚えがあると言えば、副隊長の鎌田信悟中佐を殴り飛ばした件だが、それも信悟に報告の意思が無い以上、上層部の耳に伝わるとは考えにくかった。
となると、ますますここに呼ばれた理由が思い付かない。一体自分はどういった理由で今日、この場に呼ばれたのだろうか?
葵がその理由を考えながら時間を潰していると、ドアがノックされ、受付の女性仕官が入って来た。
「お待たせしました、上杉少佐。部長閣下がお見えです。」
女性仕官がそう言うと、それに続いてやや恰幅の良い中年の男性が入って来た。その体はやや太り気味なような気がするが、それでも昔は軍隊で慣らした事が伺えるほど、表情が引き締まっていた。その胸の階級章は、その人物が准将である事を示していた。
葵は立ちあがると、准将に向かって敬礼する。
准将の方も答礼すると、葵の正面に立った。
「上杉葵空軍少佐だね?」
准将の第一声がそれであった。
「ハッ、お初にお目にかかります、閣下。」
それに対して葵は、低いが張りのある声で答えた。初めて会う人物でも相手は階級が三つも上の人物である。礼を失する事はできない。
葵の答えに准将は「ウムッ」と頷くと、テーブルの上に書類を置いた。
「私はISAF内では、技術開発部の部長と言う役職にある。」
「技術開発部、でありますか?」
「そうだ。技術開発研究所の所長、と言ったら分かり易いか?」
それを聞いて葵は、納得したように頷いた。
技術開発研究所、通称「技研」は、これまで多くの新型兵器を開発し、ISAFを影から支えてきた功労者である。現在空軍の主力戦闘機であるF/A−18ENスーパーホーネットやF−2Nバイパーゼロ、そして先日実戦投入が始まったばかりのF−22ラプターも、この技研が開発したものである。
「今日、空軍のエースパイロットである君を呼んだのは他でもない。君をある人物に会わせる為だ。」
「私を、ですか?」
葵は勘繰った。准将と言う大物が自分の前に登場する事自体、すでに予想の範囲外であると言うのに、その大物がさらに自分に引き合わせたい人物がいると言う。
『一体、誰の事だ?』
まさかと思うが、今度は大将格の人物が出てくるのか、と言う考えも頭に浮かんでくる。
有り得ない話ではない。総司令官が、前線で優秀な戦績を上げた兵士に直に会うと言う話は、時々ある事だ。ましてや葵は、空軍でもトップクラスのエースであり、最精鋭であるストームナイトでもある。有り得ない話ではない。しかしそれはそれで、技研経由で来ると言うのもおかしな話ではある。
准将が部屋の中に招き入れた人物を見て、葵は自分の予想が完全に裏切られた事を悟った。
ISAFの女性用空軍服を着込んだその人物の胸には中尉の階級章がある。また、大きめの瞳と、肩まで伸びないように切り込んだ髪を、軽く内側にカールさせたその人物の顔にも、見覚えがあった。
葵は思わず椅子から立ちあがって呟いた。
「......鈴凛?」
2
葵が技術開発部長に招集されてロスカナスに来ている頃、旧ストーンヘンジ基地北にあるノーム幽谷上空を、二機のスーパーホーネットが飛行していた。
ノーム幽谷はユージア大陸を分断するワイアポロ山脈の中でも、霧の深い谷として有名である。その為、航空機の低空飛行は大変危険とされていた。事実、大戦勃発前はノーム幽谷飛行中の航空機が消息を絶つ事件が相次ぎ、飛行航路上の難所として有名だった。
それを逆手に取ったのが第一次ストーンヘンジ攻撃作戦である。その時ISAF攻撃隊は、この霧を利用して姿を隠し、ストーンヘンジの至近まで接近する事に成功したのだ。
「ナイトメア1より......ナデシコ1。そちらの状況は?」
小隊長の任にある上杉千影大尉は、遼機である妹、上杉春歌大尉に尋ねた。
「こちらも、これと言った異常はありません。レーダーにも反応らしいものはありませんし。」
「......そうか。」
そう言うと千影は再び黙り込んだ。
しかし彼女達はなぜ、航空の難所として名高いノーム幽谷をわざわざ飛行しているのか?その理由は、数時間前にラセツ基地に入ってきた一本の通信から始まった。
ストーンヘンジを破壊された事により、サンサルバジオンまで後退したエルジア帝国軍だが、防備を固める一方で、何やら不穏な動きを見せているという情報が、情報部からもたらされた。その事実を確認する為に上層部は、戦略偵察機の派遣を実施、エルジア軍の内情調査を行った。
出撃したISAFの戦略偵察機U−2は海側から大陸を回り込み、問題となっているトゥーインクル諸島に接近した。この地にエルジア軍は、大量の物資を搬入しているというのである。
トゥーインクル諸島は位置的には、エルジア帝国帝都ファーバンティの沖合いに位置している。つまり、前線とは正反対の方角にあるわけだ。ISAFが反撃を開始しストーンヘンジが陥落して各戦線は崩壊状態にあるというこの時期に、そのような物資を集めるなど、誰の目から見ても奇妙な事だった。
事件は、偵察を終えたU−2が帰還の途についた時に起こった。エルジア空軍に発見され攻撃を受けたのである。U−2は何とか高度を上げて振り切ることに成功したものの、右翼のエンジンが被弾して出力低下を着たしてしまったのだ。さらに悪い事に、エルジア空軍の追撃を受けたU−2は、このままではノーム幽谷に迷い込んでしまうらしいとの情報が入ってきたのだ。その為ラセツ基地では、U−2護衛の為に千影と春歌を派遣したのだ。
「それにしても、」
春歌が口を開く。
「偵察機の方は、一体何を見たのでしょう?ここまで執拗に追い掛け回されるのは、尋常とは思えませんわ。」
「さあ......でも......」
「でも?」
春歌は千影の先を促す。
「エルジア軍が......これほど血眼に......追っているんだ......余程......重要な物には違いないだろうね......」
「そうですわね。」
「それより......あまり低空には......近付かないように......この辺は山が多いからね。」
「了解ですわ。」
二人はそう言うと、高度計に気をつけながら慎重に進んでいく。
千影と春歌がノーム幽谷上空を飛行している姿を、より低空から二人の様子を伺う者達があった。
「ほう、ストームナイトが二人か。予想以上の大物が掛かったな。」
指揮官らしい男は、観測班がもたらした写真を見ながら呟いた。その写真は上空を飛ぶ戦闘機を拡大したもので、白い航跡を引きながら飛行する二機のスーパーホーネットが映し出されている。
「どうしますか、隊長?」
傍らに立った副官らしい男が話し掛ける。
それに対して指揮官は、口の端を釣り上げて言った。
「もちろん、作戦通り行く。これほどの大物を見逃す手はあるまい。」
そう言うと指揮官は、部下達を見渡して言った。
「奴等が援軍を呼ぶ前に仕留める。準備しろ!!」
千影と春歌がノーム幽谷の中ほどまで進んだときだった。
「............ちら......AF空軍第......偵察大隊......属......ールサイン「ホークアイ」......ナ......トメア1......聞こえますか!!......繰り返します......こ......らIS......F............」
二人の機体のスピーカーから、途切れ途切れながら声が聞こえてきた。その中には、明らかにこちらを呼び出していると思えるものが含まれている。
「千影お姉様。聞きましたか!?」
春歌の言葉に、千影は頷く。
「ああ......どうやら、当たりが出たようだね......急ごう。」
「はい!!」
二人はそう言って、エンジン出力を上げに掛かる。
その時だった。突然、レーダーにノイズが入り始める。
「!?」
「これは!?」
二人の表情が驚愕に変わる。それと同時に、コックピット内にロックオン警報が鳴り響いた。
「ハッ!?」
「敵か......」
二人が呟くのと、ミサイルが飛んでくるのは同時だった。
3
「久しぶりだね、アニキ。」
「ああ。」
久方ぶりに再開した妹に、葵は微笑を向ける。鈴凛が技研に出向したのは昨年のロブナ海岸会戦直後であるから一年近く前の話である。
そんな葵の表情を見て、鈴凛は訝るような顔をする。
「あれ〜、アニキ、前より随分笑うようになったね?」
「......そうか?」
「何かあった?」
そう言うと鈴凛は、葵の顔を覗き込む。
葵自身、衛との何度かの衝突で心の支えが外れたり、長くわだかまりになっていた彩村命との事が吹っ切れた為、以前より表情が柔らかくなったのだろう。
その時、鈴凛の後ろに立っている准将が咳払いをした。
「上杉中尉。済まないが時間が無い。説明に入ってくれるとありがたいのだが?」
「あっ、そうだった。すいませ〜ん。」
そう言うと鈴凛は、居住まいを正して葵の前に置かれた椅子に座った。その隣には、准将が腰掛ける。
「今日、アニキにわざわざ来てもらったのは、」
そこで鈴凛の目が光る。
「新型戦闘機の実戦テストをアニキに依頼する為だよ。」
やはり。と葵は思った。鈴凛が出てきた時点で、ある程度予想はしていた。
「成る程な。」
葵は頷いて、身を乗り出す。
「それで、その戦闘機と言うのは?」
「うん。」
鈴凛は頷いてから、一枚の写真を葵に渡した。
その写真には、異形とも言える戦闘機が映っていた。
ホーネットに良く似たほっそりした機首から後方に行くに従って、徐々に幅が広がっている。そして何と言っても特徴的なのがその翼。一旦後方に下がった後、途中からもう一度前方に反っている。上から見ると丁度アルファベットの「W」に見える。垂直尾翼は45度の角度が持たされており、水平尾翼は無かった。
全体的にシャープな印象で、どこか研ぎ澄まされた剣を思わせる外観だ。
「これは......」
どこかうめきにも似た声を、葵は上げる
そんな葵の驚愕に満ちた表情を見て、鈴凛と准将は会心の笑みを浮かべ。
実際、葵は驚いていた。どこと無く、傭兵隊長であるレイ・ラブロック・村雲大尉の愛機であるスホーイS−37ベルクトに似ているが、それとも決定的に違う。
その葵の様子を見て、准将が口を開いた。
「前回の戦いから実戦投入が始まったF−22ラプターだが、シュミレーションの結果、エルジア空軍最強の戦闘機、スホーイ37に空戦性能において僅かに及ばないと言う結果が出た。」
准将が話を続けた。
「これは、極度にステルス性能を重視しすぎた結果らしい。もちろん各種性能はラプターの方が上回り、兵器としての総合評価はこちらが上だ。しかしもし、空戦に持ち込まれた場合、こちらが敗北すると言う結果がもたらされた。」
「それが何か問題でも?」
「これが大ありなんだよねえ。」
葵の質問に対し、答えたのは鈴凛だった。
「たしかに、戦法さえ選べば、ラプターでも事は足りるかもしれないよ。けどさアニキ。この事はアニキの方が詳しいと思うけど、エルジア空軍には黄色中隊とか、すごい空戦がうまい連中がいるじゃん。そういう連中相手じゃ、ちょっとラプターじゃ荷が重い訳でさ。」
「そこで我々技研は総力を挙げて、『空戦性能においてスホーイ37を上回る戦闘機』の開発に取り組んだのだ。こうしてできたのがこの機体だ。」
そう言ってから准将は、凄みのある笑みを浮かべた。
「正式名称『X−02』。我々が創り出す、最強、最後の機体だ。」
「X−02......」
葵は感嘆に満ちた表情で、呟いた。そしてまるで引き込まれるかのような目付きで、X−02のシルエットを見やっている。
その葵の表情を見ながら、准将は鈴凛を見て先を続けた。
「彼女には、最も重要となる基礎設計の部分を担当してもらい、その後も開発部の意見役としてがんばってもらった。」
「苦労したんだから。」
そう言うと鈴凛は、少し照れたように笑う。
その顔を見て葵も、二人に気付かれないように微笑を浮かべた。今の鈴凛の表情は、彼女が大掛かりな開発研究を完成させた後に見せる独特の達成感を秘めたものだった。葵自身、鈴凛のそんな表情を見た事はあまりない。
「じゃあ、続いて性能の解説に移るね。」
鈴凛はそう言って、次の書類を出した。
4
ラセツ基地では、ハンガーから機体が引きずり出され、慌ただしく大空へと駆けて行く。
千影達からの通信で、ノーム幽谷にエルジア空軍が待ち伏せていた事を知った空軍は、急遽増援の派遣を指示してきた。
しかし、いち早くノーム幽谷に到着した部隊は、敵の姿を見る間もなく全滅。続く第二陣も壊滅するに至り、総飛行隊長である河村高士中佐は、ついにストームナイツを中心とした部隊の派遣を決定した。
そのラセツ基地の滑走路で、二機のバイパーゼロが離陸体勢に入っている。一機はノーマルカラーの機体に、テイルマークがジョリーロジャーの機体。飛行副隊長、鎌田信悟中佐の機体である。そしてもう一機は白いボディーに赤いラインを入れ、テイルマークには青いメビウスリングを使っている。こちらは上杉衛中尉の機体である。
葵が技研に呼び出された為、衛は一時的に信悟の指揮下に預けられて出撃する事になったのだ。
「シオンよりメビウス2、準備は良いか?」
「はい。オールグリーンです!!」
信悟の質問に、衛は間髪入れずに答える。二人の姉が危機とあって、衛もはやる気持ちを押さえ切れずにいる。
そんな衛に、信悟はたしなめるような口調で諭す。
「衛、焦る気持ちは分かるが、少し落ち着け。情報通りなら千影と春歌はまだ無事だ。今無事なら、そう簡単にやられる二人じゃない。」
「はっ、はい!!」
そう言われて落ち着ける衛ではない。
そんな2人の機体に、総隊長の河村高士中佐から通信が入る。
「アドラーよりシオン、メビウス2へ。こちらも準備出来次第、大谷と富永を連れて駆けつける。それまで無理せずに、千影と春歌を救出したらとにかく逃げる事を考えるんだ。」
「「了解!!」」
二人が返事をすると同時に、離陸許可が降りた。
『待っててね。あねぇ達。すぐ行くから!!』
衛は心の中で呟きながら、機体のエンジン出力をマックスまで上げた。
一方、ノーム幽谷で交戦を続ける千影と春歌は、エルジア空軍が敷いた重包囲陣から抜け出せずにいた。エルジア空軍は霧の多いノーム幽谷の特色を利用して、この地に多数のVTOL機を配置して待ち構えていたのだ。さらにエルジア空軍は、ISAF機の目を潰す為に、幽谷内に多数のバルーンを飛ばし。それに電波妨害装置を搭載してレーダーを麻痺させていた。増援としてやってきたISAF機が手も無く捻られたのは、このバルーンと霧に目を奪われ、敵機の接近に気付かなかった為だ。
「これでは、この前と同じですわ!!」
春歌は顔をしかめて呟いた。「この前」と言うのは、ロスカナス奪回直前に行われたタンゴ要塞線攻略戦でのことを言っている。あの時もエルジア空軍は岩場の低空に千影達を誘い込み、VTOL機で包囲してきた。今回は、あの時よりも確実性が高い作戦を選んできたようだ。垂直離着陸できるVTOL機ならば、滑走路は必要ない。このような辺境に身を隠すには最適の機体であった。
「くっ、これで!!」
春歌は呟くと同時にスティックを操作し、機体を捻り込ませながら一機のAV−8ハリアーの背後に回りこむ。
かつて、ISAFでも使用されていた小柄な機体が、春歌の視界いっぱいに広がる。
「もらいましたわ!!」
春歌が気合と共にバルカンを放とうとしたときだった。コックピット内がロックオン警報に包まれる。
「クッ!?」
春歌はとっさにフレアを放出しながら回避する。一拍置いて別のハリアーが放ったアーチャーがフレアに引かれて自爆する。
「ちっ、外したか!!」
エルジア空軍大佐大垣高広は退避にかかる春歌のスーパーホーネットを見て、忌々しげに呟いた。
今回の作戦も、タンゴ要塞線の時と同じように大垣自らが立案、運営をしていた。しかも今回は幽谷の霧を利用した作戦である。さらに、この空域周辺には百機のハリアーが配備してある。この前のようにISAFが危機を察知して救援に駆けつけたとしても、撃退は充分に可能であった。事実既に、20機近いISAF機を叩き落していた。
「いいか!!こいつらを絶対に逃がすなよ!!それから、偵察機を撃墜しに行った部隊からの連絡はまだか!?」
「ハッ、それが、もう一人のストームナイトが護衛についており、現在苦戦中です!!」
報告を聞いて、大垣は顔を真っ赤にした。
「馬鹿者!!たった1人の相手に何を手間取っている!!私もそちらに行く。確実に仕留めろ!!」
「ハッ!!」
その頃千影は、包囲網を敷いて挑んでくるエルジア空軍相手に奮戦を続けていた。
何しろ相手は、文字通り四方八方から湧いてくるのだ。いかに千影でも、苦戦は免れ得ない。だが、そんな状況の中でも千影は、既に三機のハリアーを撃ち落していた。そして今、さらに一機を追撃中である。
千影の視界の中で、ハリアーは機体を揺らしながら必死に射線から逃れようとする。
しかし千影は、悪魔の如き正確さでハリアーの背後を捉える。
「もらった。」
千影は呟くと同時にトリガーを引いた。直撃を受けたハリアーは、爆炎を上げて砕け散る。
撃墜を確認した千影は、次の目標に視線を走らせる。
そんな千影の背後から、新たなハリアーが迫る。
「クッ!?」
千影は素早くスティックを倒し、退避に掛かる。
しかしその時、
「!?」
千影はあるものの存在に気付き、蹴り付けるようにエンジン出力を上げた。
千影の一瞬の隙を突き迂回したハリアーが2機、U−2に接近していたのだ。
「......やらせない!」
千影はフルスロットルでハリアーに追い付く。ダッシュ力、最高速度共に、スーパーホーネットはハリアーを大きく上回っている。追い付くのはさほど難しくない。
千影は追い付くと、照準もそこそこに見越しでバルカンを発射する。
千影の射撃は弾幕のような効果をもたらし、1機のハリアーを絡め取った。
尾翼部分を吹き飛ばされたハリアーは、バランスを失って地表に落下していく。
千影は確認する事ももどかしく、ヨーイングで機体を横滑りさせてもう1機のハリアーに狙いを定める。
「っ!」
千影は照準を合わせると、バルカンを発射する。
撃ち出された20ミリバルカンは、ハリアーの主翼をかみ砕く。翼を失ったハリアーはそのままスパイラルダウンに掛かり、落下していった。
「............次は。」
千影は次の得物を捜し求める。
そんな千影にU−2から通信が入る。
「ホークアイよりナイトメア1!もう良い!君達だけでも撤退してくれ!!このままでっは、君達まで撃墜されてしまう!!」
「............」
ホークアイの言葉に、千影は黙り込む。そんな千影に、ホークアイは続けて言った。
「君達にはまだ成すべき事がある!これから苦しくなる戦いで、必ずや君達の力は必要になるはずだ!!だから頼む。我々を置いて撤退してくれ!!」
「そんな事......できるはず無い。」
千影は、静かに言い放った。
「ここで逃げてしまえば......きっと兄くんは......私達を許さない......だから......逃げる訳には......いかない。」
「しかし!!」
ホークアイが言葉を続けようとした時、新たなハリアーが四機、千影達に向かってくるのが見えた。
千影は迷う事無く、そちらに機首を向ける。しかし、その額からは冷や汗が流れ出ている。
「4機......か......少し......きついかもね。」
千影はスッと目を閉じる。
『でも......これで良いよね......兄くん......』
千影はそう呟いて、瞼を開いた。
次の瞬間、千影に向かってきていた4機のハリアーの内、2機が一瞬で砕け散った。
「クッ!!」
とっさに千影は残った2機の内の1機に照準を合わせると、すれ違い様に一撃加え、撃ち落とす。
状況を不利に感じた最後の1機は、千影に背を向けて逃走に入った。
「これは......」
とっさに状況が呑み込めず、千影は辺りを見まわす。
そんな千影に目に、霧を裂いて2機のバイパーゼロが飛んでくるのが見えた。
「あねぇ!!」
妹からの通信に、千影は珍しく顔をほころばせる。
「衛君......来て......くれたのかい?」
「うん。間に合って良かった!!」
衛は声を弾ませている。相当急いできたのだろう。
そんな衛のバイパーゼロの横に、信悟の機体が並んだ。
「千影!春歌の方には高士達が行った。直に増援も来る!!俺達は、急いで幽谷を抜けるぞ!!」
「ナイトメア1......了解!!」
待ち焦がれた援軍に、千影は辛うじて体勢を立て直した。
衛達の来援は、すぐに大垣の下にも寄せられた。
「隊長、敵の増援、五機確認!!いずれもストームナイトです!!」
その報告を聞いて大垣は、呆気に取られた表情をした後、すぐに笑みを見せた。
「ほう、これでストームナイトが7人か。ISAFも随分大盤振る舞いをしたものだな。」
そう言ってから、マイクのスイッチを入れる。
「待機中の全部隊に告ぐ、直ちに作戦を開始!!ISAF機を谷から出すな!!」
そう言ってから大垣は、不気味な笑みを湛える。
「さて......7人のストームナイトは、70機のハリアー相手にどこまで戦えるかな?」
5
葵は無言のまま、渡されたX−02の資料に目を通している。
「どう、アニキ。何か質問ある?」
「............」
鈴凛の質問にも、葵は答えずに資料から目を離さない。
聞けば聞くほど、凄まじい性能を秘めた戦闘機である。これまで葵が乗ってきた機体で、これ程の性能を持った機体はなかった。もちろんカタログスペック通りの性能を、戦闘中に出せればの話ではあるが。
「どうかな、少佐。」
准将が口を開いた。
「この機体のパイロット、引き受けてくれまいか?」
「............」
准将の言葉にも、葵は黙っている。それを見て、准将は言葉を続ける。
「空戦性能は間違いなく、スーパーホーネットやバイパーゼロ、ラプターを上回る。君の腕ならば、間違いなくその性能を100パーセント、いや、120パーセント引き出せるだろう。」
葵はゆっくりと顔を上げ、言った。
「お引き受けしましょう。」
そう言った葵の瞳には、いつものような鋭い獣のような光はなく、まるで純粋に戦う事のみを目的としている戦士のようだった。
「やったねアニキ!!」
葵の答えを聞いて、鈴凛は刎ねるように椅子から立ちあがると、葵の首に飛びついた。
「やっぱりアニキ!!あたしとの約束、守ってくれたんだ!!」
「おいおい、閣下の前で失礼だろう?」
葵は鈴凛を受け止めながら、苦笑する。
そんな2人の様子に、准将の顔にも笑顔が浮かぶ。
「いやいや、気にする事はないぞ少佐。中尉も、久しぶりに君に会えて嬉しいのだろう。」
「はあ。」
准将の言葉に頷いて、葵も微笑を浮かべる。
その様子を見て、准将は言った。
「私には2人の子供がいてな。上は男の子で、下は女の子だ。君達のように、いつまでも仲良く育ってくれればと思うよ。」
准将がそう言った時だった。突然扉が開き、1人の仕官が息を乱しながら入って来た。
「お話し中失礼いたします!!」
仕官はそう言うと、手にした電文に目をやった。
「ラセツ空軍基地より入電です!!『ノーム幽谷上空において、銀色中隊を中心としたエルジア空軍と交戦、現在苦戦中。新型機受領の上杉少佐は、ただちに援護に向かわれたし。』以上です!!」
それを聞いた3人の表情は、一瞬にして強ばった。
葵はすぐに准将に振りかえって言った。
「准将。お聞きの通りです。すぐにX−02に補給と装弾をお願いします。」
それを聞いて、准将はやや困った顔をする。
「しかし少佐。X−02は試験運用こそ終えているが、各種実戦上におけるテストが成されていない。そのような機体で出るのは危険だ。それに君自身、まだ機種転換が済んでいない。ここは一度、ラセツまで戻って君の機体で出るべきではないかね?」
准将はそう言う。しかし葵は、そんな准将に詰め寄った。
「前線では、慣れていないから戦えないなどと言う言葉を吐く事はできません。いざと言う時に即応できる体勢を常に整えておく必要があります。それに、ここから基地まで戻って準備したのでは、戦闘が終わってしまいます。行かせてください。」
そう言い切った葵の眼光からは、既に殺気が満ち溢れている。その事を准将も感じたのだろう。一つ大きく息を吐くと重々しく言った。
「分かった。すぐに準備させよう。」
葵がパイロットスーツに着替えて滑走路に出ると、既にX−02は格納庫から引き出され駐機されていた。その周りには多数の整備員達が駆け回り、発進準備を進めていた。
思わず葵は息を呑んだ。これまで葵が乗って来たどの機体よりもシャープで、優美な機体がそこに存在する。
X−02には元々、固定武装は本来20ミリバルカンが予定されていたが、鈴凛の機転で葵専用に30ミリバルカンに換装されていた。
葵が機体の傍まで行くと、鈴凛はチェックしていた配電盤を閉め、葵に駆け寄った。
「調整は終わったよ。アニキ。」
「そうか。」
葵は短く答えた。既に心は戦闘体勢に入っているようだ。
「でも。」
鈴凛は、ややうつむき加減で葵を見る。
「あたしは心配だよ。」
「何がだ?」
葵は鈴凛に振り向いた。そんな葵に、鈴凛は言葉を続ける。
「さっき准将が言ってたじゃん。この機体は最終チェックがまだなんだよ。それにアニキだって機種転換どころか、乗る事事態はじめてじゃない。ぶつけ本番じゃ危険すぎるよ!!」
そう言う鈴凛に対し葵は薄く微笑すると、彼女の頭に手を置く。
「鈴凛。」
「何?」
鈴凛が見上げた葵の顔には、不安や恐れは感じられず。穏やかな笑顔で鈴凛を見詰めている。
「自分の仕事を信じろ。そして、」
「そして?」
「俺を信じろ。」
「......アニキ。」
葵の言葉に、鈴凛はやや顔を赤くする。
その時、整備兵の一人が走ってきて、葵に告げた。
「上杉少佐。発進準備完了、いつでも行けます!!」
「ご苦労。」
葵は頷いてから、もう一度鈴凛を見た。
「じゃあ、行って来る。」
「うん。」
鈴凛が頷くのを見て、葵はX−02のコックピットに乗り込みキャノピーを閉めた。既にエンジンの火は入っている。
葵は酸素マスクを取り付けてヘルメットのバイザーを下ろすと、一度鈴凛の方を見た。その顔はまだ少し、不安が残っていると言った感じだ。
そんな鈴凛に、葵は軽く親指を立てて見せる。すると鈴凛もそれに答えるように親指を立てた。
それを見てから葵は前方に視線を移し、スティックをなじませるように握る。初めて触れるはずなのに、懐かしさを感じる温もりが手に伝わる。
葵はゆっくりとスロットルを押し上げる。それに伴い、X−02は滑るような滑らかさで前へ進む。
その様子を鈴凛達が固唾を飲んで見守る。
『アニキ......がんばって。』
鈴凛が祈るような気持ちを受けて、加速するX−02。
やがて、充分に機速のついたX−02は、まるで浮き上がるような優雅さで蒼天に舞いあがった。
葵は低速を維持したまま、ロスカナス市街地上空を飛行する。鈴凛からの説明でX−02はラプター同様スーパークルーズ、すなわち超音速巡航が可能だと言う事を聞かされてはいるが、それを市街地上空で行えば地上に重大な被害をもたらしてしまう事になる。その為葵は、市街地上空では低速で飛行していたのだ。
そんな葵のX−02に詰まれているレーダーが、前方に反応を捉えたのは、離陸から2分後の事だった。
「ん?」
よほどの速度で向かってきているであろうその機体は、やがて葵の肉眼でも確認できた。
「メビウス1、聞こえるか?」
X−02の通信機に通信が入ったのは、それからすぐの事だった。それに対して葵も、すぐに答える。
「こちらメビウス1、聞こえる。」
「こちらハンズクロスだ。」
相手は傭兵隊長のレイ・ラブロック・村雲大尉だった。やがて反転したレイの愛機ベルクトは、高度を修正して葵のX−02に並んだ。
「俺も行くぞ。」
「それは構わんが……」
葵は前方から視線を外さずに尋ねる。
「なぜ、今頃になって出撃する気になった?行くつもりがあるなら、信悟達と一緒に出るはずだろう?」
「まあな。」
葵の質問に対し、レイはフッと笑う。
「実はな。お前が新型機で出るって聞いたんで、そいつが見たくて待っていたんだよ。」
そう言うとレイは、X−02の機体を眺め渡す。
「そいつが新型機か?妙な形をしているな。」
「…………」
レイの言葉には応えず、葵はエンジン出力を上げに掛かる。
「話している時間は無い。来るなら好きにしろ。」
そう言うと葵はアフターバーナーを点火した。
次の瞬間、葵はこれまでに感じた事の無いGによって、シートに締め付けられた。
「グッ。」
思わず息を呑む葵。それは、今までの常識を遥かに上回る加速力だった。その証拠に、レイのベルクトはあっという間に後方に取り残される。
「おっ、おい!!」
レイも慌てて後を追おうとするが、その差は見る間に開いていく。
「何て機体を造ったんだ、あいつは!!」
この機体の製作者の一人である鈴凛に対し、葵は初めて畏怖にも似た感嘆を覚えた。
しかし、驚くのはまだ早かった。
時速が700キロを越えた瞬間、X−02はその恐るべき姿をさらけ出した。
主翼の先端部分、つまり前方に反っている部分が内側に折りたたまれ、垂直尾翼が横倒しになり、水平尾翼に変わる。
「これは!?」
その様子を見ていた葵は、思わず息を呑んだ。
これこそが鈴凛最大の自信作「可変前進翼」だった。空戦時には翼を開いて機動性を確保し、巡航時には可能な限り空気抵抗を減らすために翼を閉じるのだ。
葵を乗せたX−02は、戦場に向けて比類ない加速力を示した。
6
ノーム幽谷上空の戦いは、徐々にエルジア側優位に傾いていた。
当初こそ、出撃可能なストームナイト全員を投入したISAF空軍がエルジア空軍の虚を衝き、空戦を有利に進めていた。しかし、霧と電波妨害を目くらましにして撹乱作戦を取ってくるエルジア空軍の前に翻弄され、徐々にストームナイト達を圧倒し始めていた。
高士の真紅のフランカーは、2機のハリアーに追尾されていた。
「クッ、しつこい奴らめ!!」
バックミラーで、両側から迫ってくるハリアーを確認しながら、高士は舌打ちする。どうやらこの2機はミサイルを撃ちつくしているらしく、先程からバルカンによる攻撃しかしてこない事が唯一の救いと言えた。
「チィ!!」
高士は舌打ちするとスティックを大きく引き、急上昇を掛ける。馬力の差を利用して引き離そうと言うのだ。
その作戦は成功し、あっという間に高士はハリアーを引き離す。
「よし。」
高士は安全を確認し、水平飛行に入る。しかし次の瞬間、またしても別のハリアーが背後に回りこもうとしているのが見えた。
「クッ!!」
既にそのハリアーは高士のフランカーの真後ろに付け、照準を合わせている。
それに対し高士は、とっさにエアブレーキを開き減速する。急上昇の後にエアブレーキを開くのは失速の危険性があるのだが、高士はその限界をギリギリで見極めやってのけた。
急減速したフランカーをオーバーシュートするハリアー。ハリアーのパイロットは慌てて自身も減速をかけるが、その瞬間には既に高士は照準を終えていた。
「喰らえ!!」
高士はすかさずバルカンを放ち、急減速をかけようとするハリアーを地上に叩き落す。
「きりの無い話だな。」
高士は既に、5機のハリアーを叩き落している。しかし落としても落としても霧の中から沸いてくるハリアーにいささかならずうんざりしていた。
そして、そう言っている間にも新たなハリアーが高士のフランカーに接近してくるのが見えた。
高士は深く溜め息を付くと、新たな目標に向けて翼を翻した。
衛はようやくの思いで1機のハリアーを撃墜していた。
その額からは冷や汗が流れ、やや息も上がっている。
やはり霧で視界を奪われ、電波妨害でレーダーを不能にさせらたのが痛かった。
しかもハリアーに対して有効な一撃離脱戦法も、こう視界が悪くては思うようにできない。
その衛に対し、今度は2機のハリアーが向かってくる。
「クッ。」
それを確認した衛は、軽く唇をかむとスティックを引いて急上昇に入る。もちろん、それを追って3機は、そのまま厚く垂れ込めた雲の中に突っ込む。衛はエンジン出力に劣るハリアーを引き離してそのまま上昇を続け、やがて、雲の上に出た。
当然、雲の上には太陽があり、霧は無い。
「これで、条件は五分だよ!!」
呟くと同時に衛は機体をループさせて反転する。
それを待っていたかのように、2機のハリアーも顔を出した。
その瞬間、衛は獲物を狙う猛禽さながらに降下して、1機にハリアーに狙いを定めた。
「もらった!!」
気合と共に、衛はトリガーを引く。一瞬放たれた弾丸は、そのままハリアーのコックピットを粉砕した。
主を失ったハリアーは、そのまま機首を下げてふらふらと地上に向かっていく。
味方の悲劇を見たもう1機のハリアーのパイロットは、出力を上げて退避にかかる。
一方衛は、急降下の勢いで一旦雲の中に突っ込んでしまい、ハリアーの位置を見失ってしまった。しかし衛は、完璧な未来予測で、ハリアーの現在の位置を把握していた。
体勢を立て直して衛はスティックを引き、急上昇を掛ける。やがて雲を抜けたとき、そこには狙い通り退避にかかって背中を向けているハリアーがいた。
「ビンゴ!!」
ロックオンすると同時に衛は、サイドワインダーを放った。
ハリアーの排気炎を捉えたサイドワインダーは、胴体に命中し、その太いボディーを叩き折った。
「よし、次!!」
衛は先行する味方と合流すべく、速度を上げた。
「くそ、しぶとい奴等だ!!」
大垣は忌々しげに舌打ちする。彼の下に入ってくる報告は、全て味方の撃墜を示す物ばかりであった。反対に7人のストームナイト達は全員健在である。このままでは本命である偵察機も取り逃がしかねない。
「しかしまあ、それも長くは続くまい。」
大垣は独り言のように呟いた。彼の言う通り、ストームナイト達の動きは時を追うごとに鈍くなってきている。ここで待機中のハリアー全機を持って一斉攻撃を掛ければ、連中は抵抗できないまま落ちていくだろう。
大垣が総攻撃の命令を下そうとしたその時だった。
「隊長!!」
隊員の1人から通信が入った。
「ベクター120より高速接近する物体があります!!数は2!!」
「何!?」
千影、信悟、富永、大谷、の4人は、全力で退避中のU−2を守りながら、群がる蜂のように襲い来るハリアーの群と戦っている。
「このままじゃ、持ちそうも無いな。」
信悟が、額から汗を流しながら呟く。
既に彼等だけで、20機以上のハリアーを撃退しているが、ハリアーの群はまるで味方の屍を乗り越えるかのように次々と霧の中から湧き出してくる。
「今日が、我々の命日になるのかな?」
呟くように言う大谷の息も荒い。
既に彼等は限界だった。
「富永、味方はまだか!?」
信悟は祈るような気持ちで、問い掛ける。しかし、それに対して帰ってきた返事は、彼等の淡い願望を打ち砕くには充分だった。
「駄目です。どの部隊もこの霧と、敵部隊に進路を塞がれて、こちらの救援に来る余裕が無いようです!」
「クッ!!」
舌打ちする信悟。
そんな彼等をよそに千影は、1人前に出る。
「止めろ千影!!袋叩きにあうぞ!!」
信悟の静止に、千影は黙って首を振る。
「このままでは……偵察機も私達もやられてしまう……それなら……任務を優先した方が良い。」
「…………千影。」
千影の言葉は、信悟達すら圧倒するだけの響きを持っていた。彼女は、自分を盾にしてでもあくまでU−2を逃がす気なのだ。
それに対して信悟は目をつぶって、フッと笑った。
「そうだな。例えここで俺達が倒れても、まだ葵がいる。それに多少気に食わないがレイ達もいる。あいつらがいれば、ISAFは負けないだろう。」
そう言うと信悟は、瞼を開いた。
「行くぞ、千影、富永、大谷!!ストームナイトの意地を、エルジアの連中に見せてやれ!!」
「「「了解!!」」」
信悟の命令を聞くと同時に、4人は一斉に、群がるエルジア空軍に機首を向けた。
その時だった。
分厚く垂れ込める霧を貫いて、銀色の閃光が下方から駆け上がってきた。
光はそのまま、出会い頭にハリアー1機をサイドワインダーで叩き落とす。
「何!?」
その光景を目の前で見ていた千影達は、一様に目を剥く。そして、駆け抜けた光を追って上を向いた。
そこには、異形の翼を持った戦闘機がいた。しかしそのスピードは尋常ではない。まるで弾丸か何かが飛翔しているようだ。
「……間に合ったね……兄くん。」
千影は、口元に微笑を湛えながら呟いた。その言葉を聞いて、信悟達が驚きの声を上げる。
「まさか、葵だって言うのか!?」
それに答えるかのように、目の前の機体から通信が入った。
「待たせたな。みんな。」
葵独特の低い声を聞いて、一同の顔に笑みが浮かぶ。
「葵、来てくれたのか!?」
「積もる話は後だ。」
信悟の言葉を遮って、葵はX−02を旋回させつつエルジア空軍を見据える。
「まずは、あの蝿供を落とすぞ。」
「……おう!!」
葵の言葉に、信悟は頷く。
その時、葵のX−02の横に、もう1機の戦闘機が並んだ。レイのベルクトである。
「おい、俺を忘れるなよ。」
最新鋭機であるベルクトを持ってしても、X−02にはついてくるがやっとだったようで、レイの額にはやや汗が滲んでいる。しかしその眼光は相変わらず鋭く、エルジア空軍を睨み付けている。
レイの声を聞いて、葵は口元に微笑を浮かべる。
「行くぞ、反撃開始だ。」
葵は、静かに最終ラウンドのベルを鳴らした。
一番に飛び出したのは、レイだった。
そのレイのベルクトに対し、4機のハリアーが向かってくる。
「……ほう。」
レイは口元に、それと分かるほど凄みのある笑みを浮かべる。
「この俺に対して、たった4機とは。」
そう呟いてから真顔に戻るとレイは、そのうちの1機に照準を合わせる。
「くらいな!!」
レイは射程距離ギリギリに入った瞬間、トリガーを引きバルカンを発射する。
正面から弾丸を喰らったハリアーは、まるで壁にぶつかったように機首から押しつぶされ、そのまま炎に包まれた。
レイは爆炎を左に見ながら、機首をやや下げて降下機動を取りつつ速度を稼ぐ。それに対してハリアー3機は、上昇をかけて高度を確保しにかかる。
「馬鹿め、下に逃げればそれ以上重力を使った機動が行えなくなるぞ!!」
「それしか手が無いのさ。連中は目を塞がれた状態だからな。スピードを上げて逃げるしかないわけだ。」
「そう言うことだ。しかしこちらにはレーダーがある。どこに逃げても追いつくことができるのさ!!」
ハリアーのパイロット達は、口々にレイの行動を嘲笑する。
しかしその時には既に、緋色の豹は自らの獲物に爪を掛けていた。
出し抜けに、1機のハリアーがミサイルを受けて吹き飛ぶ。
「「何っ!?」」
突然の襲撃に、残る2機のパイロットと後席員達は驚きの声を上げる。
慌てふためく2機のハリアーを頭上に見ながら、レイは霧の中で不敵に笑う。
「馬鹿め。お前らの優位性は既に崩れてんだよ!」
そう叫ぶと同時にレイは、2発目のサイドワインダーを放った。
「衛、あんたの方に1機向かったわ。河村中佐のほうには2機向かってます。千影、暇なら鎌田少佐の援護に向かって。」
戦場の後方で待機したE―767の中で、上杉咲耶空軍大尉が矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
既に、戦場上空がエルジア軍によって電波管制されている事を知ったISAF上層部は、葵たちに先行させてAWACSである咲耶を出撃させていた。そして、丁度ノーム幽谷手前の空域で、スーパークルーズで飛行して来た葵達と合流できたのだ。
AWACSである咲耶の下には、戦闘機に搭載されているものよりも数倍強力なレーダーがあるので、この程度の電波干渉は物の内に入らなかった。
「村雲大尉、残る1機は上昇を掛けて逃走を図るようです。でも、ベルクトの推力なら充分追いつけるわ!!」
「おう、分かった!!」
レイの返事を聞いて、咲耶はクスリと笑う。
「見てなさいよ、エルジア軍。戦っているのはお兄様たちだけじゃないのよ。」
そう言った咲矢の目の前でまた、エルジア軍機を示す光点が消える。
「私は、9人目のストームナイトよ。」
咲耶の指示を受けて、レイは急上昇を掛けつつ逃げるハリアーを追っていた。
咲耶が言った通り、ベルクトとハリアーでは推力に差がある。その為、レイは見る間にハリアーに追い付いて行く。
「この!!舐めるなよ、逆翼野郎!!」
叫びざまにハリアーのパイロットはスティックを引き、機体を振り向かせに掛かる。推力で振り切れないなら、ドッグファイトを仕掛けて返り討ちにしようと言う判断だった。
「死にやがれ!!」
そう言って、バルカンを発射しようとした。しかし、その場にレイのベルクトの姿は無かった。
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるハリアーのパイロット。次の瞬間、天空から突き降ろされる光速の槍の如く、30ミリバルカンがハリアーのボディーを数回に渡って貫き、爆砕した。
「機体性能に頼りすぎなんだよ。あの世で学習し直してきな。」
落ちて行く炎を見ながら、レイは呟くように言った。
あらかじめハリアーがドッグファイトで来る事を読んでいたレイは、垂直に急上昇して同じ軌道で戻ってくる、「バーチカルリバース」と言う技を使って、待ち構えていたのだ。
レイはふと、コックピットから外の霧に目を向けた。
「良いな。戦機はこちらに傾いているようだ。」
そう呟くと、次の目標に向けて異形の翼を翻した。
「馬鹿な、何だ奴は!?なぜあんな機動ができる!?」
一部のエルジアパイロット達の間で、悲鳴に近い叫びが上がっていた。そしてそれらは皆、葵のX−02を相手にした者達から上がっていた。
無防備に近い状態で飛んでいるX−02の背後から、1機のハリアーが迫る。
「もらったぞ、化け物!!」
そう言ってトリガーを引こうとした瞬間、きわめてコンパクトな機動で反転したかと思うと、葵のX−02はあっという間にハリアーの背後に回りこんだ。
「......甘いな。」
囁くような言葉と共に、葵は30ミリバルカンを一瞬放ちハリアーを粉砕する。その旋回性能は、機動性において比類ないハリアーすら圧倒している。
葵はさらに、降下機動に入って退避に掛かっているハリアーを追う。
機体性能や重量の差もあり、葵はあっという間にハリアーに追いついていく。
そんな葵のX−02の背後から、別のハリアーが迫る。
「馬鹿め、6時方向ががら空きだぞ!!」
ハリアーのパイロットはX−02を捉えると同時に、バルカンのトリガーを引く。
高速度で放たれた閃光が、X−02のエンジンノズルに迫る。
しかし次の瞬間、またもX−02は幻のように掻き消える。
次の瞬間、ハリアーの右後方に背面飛行で出現した葵のX−02は、横殴りの雨のように銃撃を食らわせる。この攻撃でハリアーは、風に吹かれたぼろ屑のように横転すると、そのまま爆発四散した。
しかしエルジア空軍も、伊達に大多数の航空機を持って攻撃を仕掛けてきたわけではない。葵に息付く暇を与えず、今度は3機のハリアーが葵を包囲しに掛かる。
「もらった!!」
「落ちろ悪魔め!!」
3機のハリアーのパイロット達は、一斉にバルカンを放とうとする。
しかし次の瞬間、葵は急激に機首を立てて急減速すると、そのまま重力に任せて機体を落下させる。
目標を失ったハリアー3機の攻撃は、虚しく空を切った。
それを見届けた葵は、逆に下方から突き上げるようにバルカンを放ち1機撃墜する。
「まだまだ!!」
葵はさらに、バルカンを放ちながら機体を横滑りさせる。
するとホースの水のように弾丸はのたうつような軌道を描き、残り2機のハリアーを噛み砕いた。
「……すごい。」
葵は溜め息にも似た感嘆を上げた。ここに来るまでにマッハ1・6のスーパークルーズで飛行してきたかと思えば、ドッグファイトに入ってからは、機動性においてハリアーすら凌いでいる。
葵はこの新型機に、恐怖にも似た感情を覚えていた。それと同時に、この機体を作った鈴凛の顔を思い浮かべ、知らずの内に口元に微笑を浮かべた。
「まったく......すごいな、お前は。」
そう呟くと、次の目標に向けて翼を開いた。
状況は、刻一刻とISAF有利に傾いていた。
葵とレイの登場は、萎え掛けていたストームナイト達の気力を、もう一度立て直したようだ。加えて、後方から咲耶が的確な指示を飛ばし、ストームナイツの目の役割を果たしている。
こうなると、葵達に死角は無くなる。ストームナイトは皆、一騎当千の強者達である。1対多数の戦闘でも、それぞれが戦い方を心得ているのだ。さらにストームナイツに戦力を集中すれば、今度は外周部で苦戦していたほかのISAF機が群がってくる。
「くそっ、くそっ!くそっ!!」
ハリアーのコックピットの中で、大垣は悪態の嵐をついている。彼に届く情報は、時を追うごとに悪化していた。
『なぜだ......なぜこうも、「勝利」は私の手の中から零れていくのだ!?』
そんな大垣に追い討ちを掛けるように、最悪の報告が舞い込む。
「大変です隊長!!敵の戦闘機が1機、戦線を突破してこちらに向かってきます!!恐ろしいスピードです!!」
その声に、大垣は顔を上げた。
その瞬間深い霧を切り裂いて、身軽な狼のように葵のX−02が踊り出る。
「なっ、何だ奴は!?」
X−02にはまだメビウスリングが描かれていないので、大垣はそれがリボン付きだとは思わなかった。しかし一目で、相手がただ者でない事だけは理解できた。
「おのれ!!」
もはや破れかぶれとばかりに、大垣は葵のX−02に突撃する。
しかし葵は冷静に機体をロールさせると、降下機動を取る事によって大垣の第一撃をやり過ごす。そして、そのまま機体を振り向かせると、慌てふためく大垣の背後から降下によって稼いだ速度を活かして急追する。
「終わりだ、銀色の1。」
葵は照準レティクルにハリアーを捉え、トリガーを引いた。
と、次の瞬間、大垣は機体をその場で空中静止させる事によって減速し、葵の照準を外した。
「チッ!?」
そのままオーバーシュートする葵。大垣はその隙に、藁をもすがる思いでスティックを操作した。
「いっ、今の内に……」
葵がオーバーシュートした一瞬の隙を突いて低空まで舞い下りる。さすがに視界不良による地面激突の危険性を恐れてか、葵も追撃しては来なかった。
「銀色の1より各機へ!!全機撤退!!撤退だ!!」
その命令を発した時には既に、出撃したハリアーのうち実に8割が失われていた。
今まで戦っていたハリアー達が、一斉に機首を翻して西に向かって逃走していく。その状況は、葵達からも確認する事ができた。
「…………勝ったな。」
X−02のコックピットで、葵は低く呟いた。
そんな葵の下に、衛のバイパーゼロが寄ってきた。
「あにぃ!!」
衛の元気な声を聞いて葵は思わず笑みをこぼすと、酸素マスクを外してバイザーを上げ、衛に目を向けた。
「よくがんばったな、衛。」
「あにぃ......」
衛は少し照れたようにはにかむと、X−02に目を向けた。
「あにぃ、それが新型機なの?」
「ん?ああ。X−02って言うらしい。性能は、さっき見せた通りだ。」
答える葵に、衛は羨望の眼差しを向ける。
「いいなあ、あにぃ、そんなカッコイイ戦闘機もらって。」
衛のぼやきにも似た口調を聞いて、葵は僅かに苦笑する。
「馬鹿な事言ってないで帰るぞ。こっちもロスカナスから全力で飛ばしてきたから、さすがに疲れた。」
「うん。そうだね。」
そう言うと2人は、互いに寄り添うように翼を翻した。
7
ノーム幽谷航空戦は、エルジア空軍に大打撃を与え、さらに最大の目的である偵察機U−2の救出が成功した事から、戦術、戦略両面共にISAFの大勝利となった。
しかしISAF上層部は、手放しでその勝利を喜ぶ気にはなれなかった。U―2が持ち帰った情報に、戦慄にも似た感覚を覚えたためであった。
「メガリス」
ストーンヘンジに変わるエルジア帝国軍の最終兵器である。
残念ながらその詳細は「機密」と言う名の鋼鉄のベールに覆われ、葵達が窺い知る事はできなかった。しかしその事がかえって疑念や憶測を呼び、噂が一人歩きする結果となった。
「何なんだ、まったく。」
葵は心の中の疑念を、言葉にして大気中に吐き出した。
今葵がいる場所はラセツ基地第2滑走路である。そしてその格好はパイロットスーツを着てヘルメットを抱えると言う完全装備だった。
これと言うのも、昨夜届いた一通のメールが原因だった。
『上杉葵空軍少佐殿
明朝1000までに、完全装備の上でラセツ基地第2滑走路まで来られたし』
「まるで果たし状見たいな文面だな。」
葵がそう呟いた時だった。
「悪かったね、果たし状みたいで。」
背中からの声に、葵は振り返る。
そこには、先日から整備班に復帰した鈴凛の姿があった。しかし葵が驚かせたのは、鈴凛が葵と同じ完全装備だった事だった。
「鈴凛お前、その格好……」
「ああ、これ?」
鈴凛はそう言って、自分の格好を見る。
「衛に借りたの。サイズ近くて助かったよ。でも、ちょっと胸きついんだよね。」
「そうじゃない。」
葵は鈴凛に詰め寄る。
「何でそんな格好しているのか聞いてるんだ。」
「あれ〜、アニキ忘れちゃったの?」
「何を?」
「あたしとの約束。」
「……」
『あのね、りんね、おおきくなったら、ひこうきをつくるんだあ。』
『じゃあ、僕はパイロットになってその飛行機を操縦してあげるよ。』
子供の頃の一幕が、一瞬にして葵の脳裏に蘇る。
『そうだった……』
葵は感慨深げに心の中で呟くと、唇の端を吊り上げて笑う。
「アニキ、何が可笑しいの?」
「あっ、いや。」
言ってから葵は真顔に戻る。
「約束……だったな。」
「うん」
「うわ〜〜!!」
葵が操縦する機体の後席に座った鈴凛が感嘆の声を上げた。
抜けるような蒼い空、手を伸ばせば触れそうなほど近くにある純白の雲、そして全てを優しく照らす太陽。
鈴凛が夢に描いていた光景が、そこにあった。
「どうだ、鈴凛。感想は?」
「もう、最っ高!!」
鈴凛は感動で上擦った声で答えた。
2人が乗った機体は、訓練と実験用に作られた複座のX−02であった。訓練用と言っても、性能は実用機と変わりなく、実弾を積めば戦闘も可能だった。X−02は葵用の1号機とこの訓練機の他に、もう1機作られていた。
「アニキ。」
「ん?」
鈴凛は、シート越しに葵の肩に抱きつく。
「ありがとう。つれて来てくれて。」
「…………いや。」
葵は少し照れたように答えると、それを誤魔化すように緩やかにX−02を旋回させた。
第二十二話「襲撃の銀翼」 おわり
あとがき
どうもこんにちは、ファルクラムです。この度、ようやく鈴凛を再登場させる事ができました。彼女が作る戦闘機は最後の最後まで悩み、何度もリメイクしましたが、結局エース04オリジナル期待であるX−02を採用しました。実機を期待されていた方には、まことに申し訳ありません。
それでは、今回はこの辺で。
ファルクラム
ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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