Click here to visit our sponsor
▽BACK▽  ▽OTHER▽  ▽NEXT▽

リボンつきの翼
第一話二人っきりの最終防衛ライン

作者 ファルクラムさん


 1

 2004年2月。ISAFの最終防衛ラインを突破したエルジア帝国陸軍は、ロスカナスに総攻撃を開始した。
 それに対してISAFも可能な限りの防戦を試みた。しかし、陸軍はロスカナスに立てこもり市街戦を展開、空軍も後方の特設基地から援護を行った。
 しかし、多勢に無勢の言葉どおり、同年3月には抵抗していた最後の部隊が降伏、ロスカナスは陥落した。これに伴い、ISAF上層部は大陸撤退を決定、北方の島国ノースポイントへの撤退を決定した。
 しかし、撤退するISAFをエルジア軍は黙って見ているような事はなかった。
 大陸東海岸に追い込まれたISAF陸軍に対し、TU−95を主力とする重爆撃機隊を派遣し爆弾の雨を降らした。さらに、撤退を援護するISAF海軍に対し、大陸最強を謳われるエイギル艦隊を派遣、半分以上を海の藻屑にした。
 最終的に撤退に成功したのは全軍の6割に過ぎなかった。
 それから2年の月日が流れた2006年9月、舞台はノースポイントから幕を上げる。

 ノースポイントの南にニューフィールド島という島がある。その島の北西部に、アレンフォート飛行場が存在する。
 そのアレンフォート飛行場に、1機の大型戦闘機が降り立った。
 スホーイ27フランカー。
全長21メートル、全幅14メートル、全高6メートル、最高速度マッハ2・3。エルジアで開発されISAFで採用された、数奇な戦闘機である。機首部から無駄な突起を省いた、流線型のボディーが、見るものを惹きつけて止まない。そのフランカーの尾翼には、青く染め上げたメビウスの輪が描かれている。
エンジンを止めたフランカーのコックピットから、一人の少年が降りてきた。
この鋭い目つきと鼻まで掛かる程度に伸びた黒髪が、野生の狼を連想させる少年こそ現在19歳の上杉葵である。
 ロスカナス陥落から2年の月日が流れ、幾多の戦場を駆け抜けてきた葵は、心身ともに一人の戦士に成長すると同時に、どこか見るものに冷たい印象を与えるようになった。
 コックピットを下りた葵は、ヘルメットを肩に担いで待機所に向かおうとした。そのときだった。
「あにぃ!」
 突然聞き覚えのある声で呼ばれ、葵は振り返った。
 そこには、茶色い髪をボーイッシュに切りそろえた、一見すると少年とも見て取れる少女が立っていた。
「・・・・・・衛?」
 葵が少女の名を呼ぶと、少女は笑顔を浮かべて葵に抱きついてきた。
「やっぱりあにぃだ!帰ってきたんだ!」
 葵は飛びついてきた、衛と呼んだ少女を抱きとめた。彼女の名は上杉衛(うえすぎまもる)葵にとって七番目の妹、という事は上杉家七女にあたる。現在は少年飛行隊に所属し、階級は准尉である。
「・・・・・・久しぶり。大きくなったな、衛。」
「だって、あにぃがノースポイントを出て行ってからもう1年になるんだよ。ボクももう14歳になったし。」
「そうか・・・・・・もう1年になるのか。」

 この1年間、葵はISAFの北部方面軍を支援するために、アルトーラ国のセントアーク基地に出向していた。
 その間に葵が上げた戦果は、撃墜した敵機16機、撃破した地上物12箇所、自己損失0パーセントを誇り、名実ともにISAFの次代を担うエースパイロットに成長していた。
「あにぃもこっちの配備になったの?」
「ああ。今日からここに配属になった。」
「じゃあ、ボクと一緒だね。」
「お前と?」
 葵は不思議そうな顔で衛を見る。
「うん。ボクも今日からこの基地に配属される事になったんだ。」
「そうか。お前と一緒に戦うのは初めてだな。よろしくな。」
「うん。がんばろうね!」
 そう言うと、衛は葵に飛びついた。
「そうだ。鈴凛あねぇにも教えてあげようよ。」
「え?鈴凛もいるのか?」
「うん。こっちだよ!」
 そう言うと、衛は葵の手を引っ張って走り出した。

 衛は葵の手を引っ張って来たのは、戦闘機の整備を行う格納庫だった。
 その中では、少年飛行隊で使われているF−5EタイガーUや、F−4EファントムUの整備が行われていた。
 そんな中、他の整備士達に混じって、ひときわ小さな体の整備士が油にまみれた作業着を着て整備にいそしんでいるものがいた。
「あねぇ!」
 衛はその整備士に向かって声を掛けた。
 呼ばれたその整備士は、顔を上げた。
「どしたの衛?」
 そして衛の横に立っている人物を見て、驚きの顔を見せた。
「あっ、アニキ!」
 彼女の名は上杉鈴凛。上杉家四女で、ISAF技術准尉としてアレンフォート基地整備隊に所属していた。
「うわぁー久しぶりじゃんアニキ!元気にしてた?」
 そう言って鈴凛は、葵に駆け寄る。
「ああ、鈴凛も元気そうだな。」
「あったりまえじゃん。なんたってアニキが来るって聞いて、夕べは眠れなかったんだから。」
「え?あねぇ知ってたの?」
 驚きの声を上げる衛。それを見て、鈴凛は妹にニカッ微笑む。
「まあね。おやっさんが教えてくれたんだ。」
「僕にも教えてくれればよかったじゃん。」
 そう言って、口を尖らせる衛。
「あれ、言ってなかったけ?」
「・・・・・・聞いてないよ。」
 鈴凛は少し考えてから、愛想笑いを浮かべる。
「ごめんごめん。そういえば言ってなかった。」
「・・・・・・・・・・・・」
 呆れてものも言えない衛。
 しかしすぐに機嫌を直すと、葵の腕にしがみつく。
「まあいいや。ねえ、あにぃ。これから暇でしょ。だったらボクと遊びに行こうよ。」
「いいね。アニキ、あたしも!ついでにまた資金援助してよ!」
 そう言って鈴凛は、衛とは反対の腕にしがみつく。
「ちょっと待て、俺は司令部に着任の報告をしなければいけないんだ。遊んではいられないぞ。」
「いいじゃんアニキ、報告なんていつでもできるよ。」
「行こうよあにぃ。」
 二人の妹に両側から抱きつかれ、やや辟易する葵。しかし端から見ると、うらやましい状況に見えてしまう。
 そこへ、救いの神がゆらりと現れた。
「こらこら、葵がこまっとるだろ。大概にしてやれ。」
 やや初老のその男性は、鈴凛と同じ油にまみれた作業着を着ている。
 葵はその男性に向かって敬礼した。
「お久しぶりです、望月少佐。」
 この男性は望月と言い、アレンフォート基地で整備長をしている。葵もノースポイントにいたとき世話になった相手である。
「久しぶりだな葵。なかなかな活躍だったそうだな。」
「恐れ入ります。」
 葵はそっけない口調で言うと、頭を下げる。
「それより鈴凛。」
「はい?」
「なに、おやっさん?」
「お前は早く、少年飛行隊のタイガーを仕上げてしまえ。」
「ええ〜、後じゃだめ?」
「だめじゃ。先にやってしまえ。」
「う〜・・・・・・分かった。」
 望月は鈴凛にとって上官に当たる。軍隊では上官の命令には従う義務があるのだ。
 鈴凛は仕方なく格納庫に歩いていった。
 それを見届けてから望月は、衛に向き直る。
「衛は?もう訓練終わったのか?」
「うん、今日の訓練はもう終わったんだ。」
 そう言って衛は笑みを浮かべる。
「とっ、言うわけであにぃ、遊びに行こうよ!」
「だから人の話をちゃんと聞け。俺はこれから報告に行かなきゃ行けないんだよ。」
「じゃあ、その後でいいから。」
「その後か・・・・・・」
「いいじゃないか。」
 考えあぐねている葵に、望月が言った。
「久しぶりに会ったんだ。時間くらい作ってやれ。」
「・・・・・・そうですね。」

 2

 報告を終えた葵を連れて、衛は基地の旧滑走路に連れてきた。
 かつては軽戦闘機の発着に使われていたのだが、数年前の拡張に伴い使われなくなったため、今は荒れ放題だった。しかし手頃な広さを持ったアスファルトのスペースは、運動を行うのに適していた。

「あは、気持ちいいねあにぃ!」
「そうだな。」
 二人は旧滑走路につくと衛はローラーブレードで、葵は1年前の出向以来、衛に預けていた自転車でコースを回り始めた。
 衛は妹たちの中でもスポーツ好きで、小さい頃からこうして葵とともに走り回っていたのだ。
 普段はその狼のような双眸のおかげで、周りに冷たい印象を与え、実生活においても比較的淡白な正確をしている葵だが、妹たちに対しては、他人に対するそれより若干態度を軟化させる事が多い。
「あにぃがいなかったこの1年間、ボク寂しかったんだからね。」
「それはすまなかった。だが、もう当分出向はないだろうから安心しろ。」
「ほんとあにぃ?やったァ!」
 そう叫んで飛び上がる衛を、葵は冷たい双眸にやや微笑を浮かべて見つめた。
「じゃあ、これからもこうしてあにぃと一緒にいられるんだね?」
「訓練がないときならな。」
 それを聞いて、衛の顔にやや影がさす。
「そっか・・・・・・いつでもあにぃと一緒にいられるってわけじゃないんだもんね。」
「衛・・・・・・」
「あ〜あ、いっそのこと、あにぃと一緒の隊になれればいいのに。そしたらあにぃとスケジュールが合うだろうから、一緒にいられる時間も増えるのに。」
 だが、現実の問題としてそれは難しかった。衛が少年飛行隊の所属であるのに対し、葵は正規空軍の所属になる。二つは任務の正確からして違うため、一緒に部隊を組む事はありえなかった。
「仕方ないさ。まあ、一緒の基地にいるんだ。しばらくは普通に会えるだろう。」
「そうだね。」
 そう言うと衛は、いつもの笑顔に戻った。

 そのときだった。
 二人の耳に待機を切り裂くような音が聞こえ、すぐそこにある新滑走路から3機のファントムが離陸していった。
「少年飛行隊・・・・・・お前の同僚だな衛。」
「うん。たぶん哨戒訓練に向かうんだよ。」
 二人は足を止めて、飛び去るファントムの後姿を眺める。
 ふと衛は、思い出したように葵を見上げた。
「そういえばあにぃ。向こうには確かと千影あねぇ春歌あねぇも行ってるはずだよね?」
「ああ。二人とも元気だったぞ。」
 千影と春歌とはやはり葵の妹で、次女と三女に当たる。二人も葵と同じく空軍に所属し、数日前まで一緒に北方戦線支援に当たっていた。
「北方戦線の空軍各部隊にも撤退命令が下ったからな。2、3日中には帰ってくるだろう。」
「そっか。みんな帰ってくるんだ。」
「ああ。このノースポイントで部隊の再編成を行うって話だからな。これから忙しくなるぞ衛。」
「うん。分かってるよあにぃ。」
 そう、自分たちには後がない。それを証明するような事件がその翌日に起こる事を、2人はまだ知らなかった。

 3

 それは、朝焼けとともにやってきた。
 突然基地内から轟音が起こり、火の手が上がる。
「どうした!」
 徹夜で戦闘機の整備をしていた望月が、慌てて格納庫の外に走り出た。
 見ると、白み始めた闇の向こうで煙が上がっているのが見える。
「どうしたんだ!?」
 走ってきた兵士の一人を捕まえて、問いただす。
「エルジア工作員の破壊工作です!レーダーサイトがやられました!」
「なんだと!?」
 望月は絶句した。
 このアレンフォート基地のレーダーサイトは、ノースポイントの南西海上をカバーしている。それが潰されたということは、現在ISAFの南の目が利かなくなっているという事を意味する。
「こいつはまずい事になったぞ。」
 現在エルジア軍は、フェイスパーク連邦共和国のリグリー地方まで進出してきている。
 情報部では、エルジア軍がそこにある飛行場を改修し、重爆撃機の発進基地にしている事を突き止めていた。
「レーダーを破壊したという事は・・・・・・連中、ついに来おったか。」

 パイロットスーツに手早く着替えた葵は、急いで滑走路に走った。
 上空には既に、スクランブル発進した少年飛行隊のタイガーとファントムが先行しているはずだ。しかし、実戦経験のない彼らに敵を排除する力はない。しかも悪い事に、空軍の主力部隊はいまだに大陸にいる。つまりこのアレンフォートは現在、空軍基地としては張子の虎なのである。

 滑走路には既に、葵のフランカーが発進準備を整えて待機していた。
 ISAF側のフランカーは、スパローやサイドワインダーと言った、ISAFが標準的に装備している兵器を使えるように改造を受けていた。
「頼むぞ葵。」
 フランカーの横に立っていた望月が、期待を込めていった。
「地上のレーダーは破壊されたが、上空には既にAWACS(空中管制機)が上がっている。離陸後はそちらの指揮に従ってくれ。」
「了解。」
 葵は静かに答えて、フランカーのタラップに足を掛けようとしたとき、背後から声を掛けられた。
「あにぃ!」
 振り返るとパイロットスーツに着替えた衛が、ヘルメット片手にこちらに走ってきている。
「・・・・・・衛。」
「あにぃ、ボクも行くよ!」
衛は元気よく言う。しかし、
「足手まといだ。来るな。」
葵は突き放すように言った。
「どうして!」
「お前には実戦経験がない。新米を連れて行くくらいなら、俺一人のほうがましだ。」
 普段、最低限自分たちに対しては優しさを見せる兄が、今日は氷のように冷たい目をしている。それが衛をひるませた。
「そんな・・・・・・あにぃ。」
 葵はそんな衛を無視して、愛機に乗り込もうとする。
「待て葵。」
 その葵を、望月が呼び止めた。
「衛を連れて行ってやれ。」
「しかし少佐・・・・・・それは・・・・・・」
「連れて行ってやれ。お前が守ってやれば済む話だろう。」
「・・・・・・」
 望月には葵の想いが分かっていた。彼は衛を危険な目に合わせたくないのだ。葵と違って、衛は空軍の所属ではなく少年飛行隊の所属である。後方支援が目的の少年飛行隊のパイロット達は実戦経験がない。先ほど言ったとおり、衛もその例外ではない。葵はそんな衛を危険にさらしたくないのだ。
「・・・・・・あにぃ・・・・・・」
 衛は哀願するような目で、葵を見上げる。
「・・・・・・分かった、連れて行こう。ただし、お前は俺のバックアップに徹する事。指示するまで自衛以上の攻撃はするな。いいな。」
「うん。分かったよ!」
 衛は元気良くうなずくと、自分の愛機へと走った。
 葵も愛機に飛び乗ると、キャノピーを閉めてエンジンを始動する。
「アレンフォートコントロール。こちらメビウス1。離陸を許可されたし。」
「了解メビウス1、クリアフォーテイクオフ(離陸を許可する)!」
 管制官の指示に従い、葵は離陸を開始した。
 すさまじいGと共に、フランカーは地上を離れた。
 すぐに衛のタイガーUも離陸してくる。
「衛、聞こえるか?」
「うん。聞こえるよあにぃ!」
「お前のコールサインはメビウス2だ。いいな。」
「了解、あにぃ!」
 衛の返事を聞いてから、葵は先行しているAWACSを呼び出す。
「スカイアイ、こちらメビウス1。たった今アレンフォートを離陸した。状況を知らせてくれ。」
 少しして、スカイアイから返信があった。
「メビウス1、こちらスカイアイ!敵進行部隊がニューフィールド島南方海上上空より接近中!現在、少年飛行隊第一小隊と第三小隊が応戦していますが、苦戦中です。まもなく防衛ラインが突破されます!」
「・・・・・・?」
 スピーカーから流れてきたのは、若い女性の声だった。葵はその声に何か引っかかるものを感じたような気がしたが、今はそんな事を気にしている場合ではないため、とりあえず無視する事にした。
 事態はかなり深刻といえる。早く行かなければ、あたら若い命が失われる事になる。
「了解スカイアイ・・・・・・」
 一呼吸おいて、葵は凍てつくような声で言った。
「2分で行く。」
 フランカーの尾翼に描かれたメビウスの輪が、陽光を浴びて鋭くきらめいた。

 戦場は一方的な殺戮劇によって彩られていた。
 出撃した少年飛行隊は6機。その内容はタイガーU3機にファントムU3機。それに対してエルジア軍はミグ29ファルクラム8機にTU−95爆撃機6機。いずれもエルジア軍の精鋭部隊である。
 少年飛行隊は良く奮戦していた。実戦経験がないにもかかわらず、彼等は日頃の訓練の成果を存分に発揮し、ファルクラム1機と爆撃機2機を撃墜していた。
 しかしその代償も大きく、彼等のうち既に4機が撃ち落されていた。
 残ったファントム2機が、必死になって逃げ回っていた。
「イーグル2!後方に敵機よ!早く逃げて!」
 スカイアイが長く伸ばしたツインテールを揺らしながら、必死で叫ぶ。
 イーグル2と呼ばれたファントムの背後から、ファルクラムの幅広い機影が迫る。
「くっ、やられてたまるか!」
 イーグル2はアフターバーナーを全開まで吹かすと、そのまま降下機動に入る。高度を捨ててスピードを稼ぎ、敵を振り切るつもりなのだ。
 ファルクラムのパイロットも突然のファントムUの加速に対応できず、あっという間に引き離されて見失ってしまった。
「やった!どんなもんだ!」
 イーグル2は得意げにガッツポーズをとる。まだ10代の彼は、エルジア軍のベテランを出し抜いた事で、思わず顔に笑みを浮かべていた。
 しかし、その笑みはすぐに恐怖で凍りついた。
 振り切ったはずのファルクラムが、すぐ後方にぴったりついてきているのだ。
 ファントムはスピードこそ速いものの既に旧式化が進んでいる戦闘機で、前線ではもはやその姿は見られない。対してファルクラムはエルジア軍の主力戦闘機として、いまだに一線で活躍しているのである。当然あらゆる面でファントムを上回っていた。
 ファルクラムが発射したバルカンが、イーグル2のファントムを貫いた。
「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 イーグル2の叫びと共に、ファントムは火達磨と化して海面へ落ちていった。
「イーグル2、脱出して!イーグル2!」
 スカイアイの叫びもむなしく、イーグル2は脱出できずに海面に飛沫を上げて突入した。
「くっ・・・・・・」
 スカイアイはきつく唇をかんだ。少年飛行隊のパイロットは皆、彼女よりも年若い者たちばかりである。そんな彼らが命をすり減らしていく。それが彼女には耐えられなかった。その頬に一筋の涙がこぼれる。
 しかし、悲しんでいる場合ではない。もう1機の味方。それを何としても無事に基地に届けるのだ。
 スカイアイは涙をぬぐって叫んだ。
「イーグル1!早く逃げて!早く!」
 イーグル1のファントムの背後にも、ファルクラムが迫っている。
「うっ、うわぁ!」
 慌てたイーグル1は必死になって操縦桿を倒し、旋回して振り切ろうとする。
 しかしエンジン出力に違いがありすぎる上に、機動力は圧倒的にファルクラムの方が勝っている。旋回を続ければ、ファントムのほうが先に限界が来てしまう。かと言って推力でもファルクラムの方が勝っているため、エンジンを全開にして振り切る事も難しい。そして、何より腕の差。エルジア軍のベテランパイロットと少年飛行隊のパイロットでは、致命的とも言える力の差が存在した。
 ファルクラムが放ったバルカンが、ファントムの翼端を掠める。
「うっ、うわあ!」
 その一撃でイーグル1はパニックに陥った。
「死にたくない!死にたくない!」
操縦桿をめちゃくちゃに操り、機体を旋回させて振り切ろうとする。
 下手な旋回を続けた事により推力を失い、ファントムの動きは著しく鈍った。
「いやだ・・・・・・まだ死にたくないよ・・・・・・」
 ファルクラムのパイロットは、もはやほとんど動かなくなったファントムに冷静に照準を定める。
「未熟だな。」
 そう呟くと、下卑た笑いを口に端に浮かべる。
「さあ。おねんねの時間だぜ。」
 そう言って、トリガーに掛けた指に力を込めた。
 次の瞬間、下から突き上げるような衝撃が起こり、ファルクラムは木っ端微塵に吹き飛んだ。
「・・・・・・え?」
 イーグル1は後ろに目をやった。
 自分を殺そうとしていたファルクラムは、爆炎を上げて落下していく。
「一体・・・・・・何が・・・・・・」
 その問いに答えるように、打ち放たれた矢のごとく雲を突き破って駆け上がってきた戦闘機があった。
 流線型のボディーが、戦場に似つかわしくない幻想的な光景を表している。
「フランカー・・・・・・」
 イーグル1はポツリと呟いた。
「イーグル1、聞こえるか?」
 スピーカーから葵の声が響いてきた。
「きっ、聞こえます上杉中尉!」
 助かったうれしさから、声を上ずらせて答えるイーグル1。
 レーダーとは、下方を見るには適していない。それを見越して葵は、低空から高速で接近したのだ。
「後は俺がやる。下がってろ。」
「了解!」
 イーグル1のファントムが飛び去るのを確認し、葵は敵に向き直った。
「衛、用意はいいな?」
「うん。あにぃの後方についたよ!」
 衛の返事を聞いて、葵は頷く。
「よし・・・・・・いくぞ!」

 一方のエルジア軍も、戦闘態勢を整えていた。
「敵の新手だ。フランカー1機にF−5E1機だ。」
「たった2機かよ。楽勝だな!」
 叫ぶと同時にエルジア軍のパイロット達は、一斉に中距離ミサイルを放った。
「衛、チャフを!」
「了解あにぃ!」
 二人はチャフを射出して、回避を試みる。
 チャフのアルミ箔によって反応を狂わされたミサイルが、次々と葵たちを見失い試算していった。
「そうこなくっちゃな!俺がしとめてやる!」
 葵達が回避に成功したのを見て、ファルクラムが1機、編隊から離れて先行する。
 そのファルクラムは旋回すると、そのまま葵の背後についた。
「あっけねえな。もう終わりかよ。赤の4フォックス3!」
 そう言うと赤の4はバルカンを放った。
 しかし次の瞬間、葵のフランカーは赤の4の視界から消え去った。
「何!」
 当然、赤の4が放ったバルカンはむなしく空を切る。
「どっ、どこに行った!?」
 葵を見失った赤の4は、慌てて周囲を見回す。
 次の瞬間、上方に回った葵のフランカーが赤の4のファルクラムをロックオンする。
 流線型のフォルムの、優美な大型戦闘機によって、一瞬日が遮られた。
「しまっ!」
 気付いたときにはもう遅かった。
「メビウス1、フォックス3。」
 葵は迷うことなくトリガーを引く。
奔流のようなバルカンを一連射浴びせられ、赤の4のファルクラムは吹き飛んだ。
「メビウス1、1機撃墜。」
 葵は淡々と自分の戦果を告げると、次の目標に眼を向ける。
 葵を強敵と認めたのだろう。残ったエルジア軍5機は、一気に掛かってくる。
「あにぃ。来るよ!」
「ああ。分かってる。ドッグファイトに入るぞ。」
「了解、あにぃ!」
 二人は声を掛け合うとスロットルを上げ、敵に向かう。
 5機のファルクラムは、葵を包囲するように展開する。
「行くぞ衛。」
「了解、あにぃ!」
 2機の戦闘機はファルクラム編隊を切り裂くように飛び抜けると、素早く旋回して編隊の背後に回る。
「はっ、速い!」
 背後に回られた事に気付いたファルクラム編隊もブレイクして旋回しようとするが、その動きは葵にとって止まっていると思えるほど遅かった。
 葵はFCSを短距離ミサイルモードにすると、手前のファルクラムをロックオンする。
「メビウス1、フォックス2。」
 静かに告げると、葵はサイドワインダーを放った。
 放たれたサイドワインダーは、ファルクラムの排気炎が発する熱を感知し、追尾を始める
「ふっ、フレアを!」
 ファルクラムのパイロットは、とっさにフレアを放出して逃れようとするが、その行動は遅きに失した。
 フレアがミサイルの熱源をごまかす前に、サイドワインダーはファルクラムの機体を貫いた。
「青の1がやられた!」
「奴は只者じゃないぞ。複数で掛かれ!」
 隊長からの命令を受けて、残った4機は2機ずつに別れ、2方向から葵に接近する。
「・・・・・・そう来たか。」
 葵は不敵に眺めると、何事もないように飛行を続ける。
 4機のファルクラムは、後方から葵のフランカーを挟み撃ちにする。
「「「「もらった!」」」」
 4人は同時に叫んで、バルカンを発射した。
 しかし葵は、機体をロールさせた。そして浮き上がった機体の機首をそのまま逆立ちさせると、1機のファルクラムに照準を合わせる。
「フォックス3。」
「うわァァァァァァァァァァァァ!」
 上方からの一撃はファルクラムのコックピットを直撃し、絶叫と共にパイロットを叩き潰した。
 パイロットを失ったファルクラムは、そのまま海面に向けて突進していった。
「あにぃ、後方から1機接近!」
 一難去ってまた一難、衛の声に葵はとっさに後ろに目をやる。
 攻撃が終わった瞬間を狙っていたのだろう。後方から1機のファルクラムが迫ってくる。
「・・・・・・フッ。」
 葵は不敵に笑うと、そのままハイGバレルロールに入った。
 樽の内面をなぞるような機動をとるこの技によって、追尾していたファルクラムは葵を見失ってしまった。
「しまった!」
 次の瞬間背後に回った葵の攻撃で、ファルクラムは翼を叩き折られてスパイラルダウンに掛かり、そのまま海面へと落下していった。
「メビウス1、こちらスカイアイ!」
 スカイアイから葵に緊迫した声で通信が入った。
「敵の重爆撃機が基地に迫っているわ。急いで!」
『この声は・・・・・・そうか・・・・・・』
 スカイアイの言葉を聴いて、葵は先ほど自分が感じた違和感の正体に気づいた。しかし、今はとりあえず任務に集中する。
「メビウス1、了解。衛!」
 葵は直ぐに衛を呼び出した。
「ここは俺が防ぐ。お前は重爆撃機を追ってくれ!」
「了解、あにぃ!」
 後方監視位置についていた衛のタイガーUが、スロットルを上げて元来た道を戻り始めた。
 それを追って、残った2機のファルクラムが追尾する。
「そうは・・・・・・いくか!」
 フルブーストで追いついた葵は、そのまま2機の前にたちはだかった。

 急いで舞い戻った衛の前に、2機ペアをを組んだTU−95爆撃機4機が、今にもアレンフォート基地に攻撃を仕掛けようとしていた。
「やらせないよ!」
 衛は叫ぶと同時に、猟犬さながらに飛び掛った。
 タイガーUは軽戦闘機であるから、エンジン出力は小さくスピードも遅めなのだが、それでも鈍重な重爆撃機よりは速い。
「メビウス2、フォックス1!」
 衛は射点につくと同時に、スパローを放った。
 衛が放ったスパローは、一旦沈み込むように落下すると、一秒後にロケットを噴射して目標に突進を始めた。
スパローの直撃を食らった最後尾のTU−95が、翼を叩き折られ墜落する。
「次!」
 衛は機体を横滑りさせると、すぐ脇のTU−95に照準を掛ける。
今度は距離が近すぎるため、スパローは使えない。FCSを短距離ミサイルモードに切り替えた。
「メビウス2、フォックス2!」
 熱源を探知したサイドワインダーは、必死に逃れようとするTU−95を叩き落す。
「よし!」
 衛の顔に笑顔が浮かぶ。しかし、すぐにその笑顔が焦りに変わる。
「まずい!」
 残った二機の爆撃機は既に基地の上空に差し掛かり、爆弾槽を開いて攻撃態勢に入ろうとしている。
「くっ!」
 衛はアフターバーナーを全開まで吹かし、追いつこうとする。
「メビウス2、フォックス1!」
 翼下に吊られたもう一発のスパローが、気合を込めて放たれた。
 必殺の思いを込めて放たれた衛の一撃は、狙いたがわずTU−95貫いた。
 しかし、間に合わない。もう1機のTU−95が、爆撃を開始した。
「ああ!」
 あの下には鈴凛が、整備長が、沢山の友達がいる。
「だめェェェェェェェェェェェェェ!」
 その時、衛の頭上に一瞬影がよぎった。
 次の瞬間TU−95が翼を叩き折られて、錐揉み状になって落下していった。
「え?」
 衛は涙を溜めた目で、その爆炎を見つめた。
「何とか、間に合ったな。」
「あにぃ!」
 葵のフランカーが、衛のタイガーUの横に並んだ。
「良くやったな衛。」
「えへへ。」
 葵にほめられて、衛は涙を浮かべながら微笑を浮かべる。
「それに・・・・・・咲耶もな。」
「え?」
 衛は驚いたように目を見開いた。
 そんな二人の耳に、聞き覚えのある声が響いてきた。
「あら、気付いていたのお兄様。」
 その声は葵のすぐ下の妹、すなわち上杉家長女、上杉咲耶空軍少尉である。彼女がスカイアイだった。
「咲耶あねぇ!スカイアイは咲耶あねぇだったの!?」
 驚いた声を上げる衛。
「そっ、お兄様や千影たちが頑張ってるのに、長女の私が家で遊んでいるわけにはいかないでしょ。だから、管制官の試験を受けて見事合格したってわけ。まっ、人手不足だったってこともあるんだろうけどね。」
「なるほどな。まっ、詳しい事は降りてからだ。」
「了解あにぃ!」
「分かったわお兄様!」

 独立都市国家サンサルバジオン
 中世風の建築物が立ち並ぶこの都市は、ストーンヘイジを管理していると言うただ一点のみで開戦と同時にエルジアの軍靴に踏みにじられた。今ではエネルギーの供給を絶たれ、市民が苦しい生活を強いられていた。

 そのサンサルバジオンの一角に、「スカイキッズ」と言う看板を掲げたバーが存在した。
 占領に伴い店じまいをする所が増える中で、このスカイキッズのみは変わらず営業をしていた。
「オーダー上がったデス!」
「ご注文、以上でよろしいでしょうか?」
 その店から、元気な声と静かな声が一種類ずつ聞こえてくる。
 元気な声の少女は、短い髪をツインテールにしている。
 静かな声の少女は黒髪を三つ編みにし、メガネを掛けている。
 ツインテールの少女は上杉四葉(うえすぎよつば)、三つ編みの少女は上杉鞠絵(うえすぎまりえ)と言う。四葉は上杉家八女、鞠絵は上杉家五女、ともに葵の妹である。
 この二人はサンサルバジオンに短期留学をしていたのだが、その際にエルジアとの戦争が始まってしまい、逃げ遅れてしまったのである。このスカイキッズの店長は、二人の下宿先の大家だった。
 スカイキッズの制服であるウェイトレス服を着て、二人は働いている。
「姉チャマ、大丈夫デスか?少し休んだほうがいいデス。」
 四葉は体の弱い姉を気遣って、声を掛ける。
 それに対して、鞠絵も妹に笑顔を見せる。
「わたくしは大丈夫ですよ四葉ちゃん。それより四葉ちゃんのほうこそ、朝から一生懸命働いているんですから、少し休んでもいいんですよ。」
「四葉は大丈夫デス。それに、本来の仕事もしなければいけないデス。」
「四葉ちゃん、それは・・・・・・」
 鞠絵は人差し指を唇に当てた。
 二人の本来の仕事、それは占領軍相手の情報収集活動であった。
 スカイキッズの店長は、エルジア軍に対する地下抵抗組織、レジスタンスのリーダーをしているのだ。もちろんゲリラ組織であるレジスタンスのリーダーは彼一人ではないが、スカイキッズ周辺の地域を取り仕切っているのが、ここの店長である。そんな中で四葉は情報収集員、鞠絵は他の地域、及びISAF司令部との連絡を取る連絡要員に任命されていた。もちろん隙があれば破壊工作に転じる事も考えている。
「さ、閉店までもう少しです。がんばりましょう。」
「はいデス。」
 そう言うと二人は、店の中に戻って行った。

リボンつきの翼 第一話 「二人っきりの最終防衛ライン」
                               終わり

 あとがき

 みんさんこんにちはファルクラムです。第一話となりますが、なかなか難しいものですね。次回はもう少しうまく書きたいと思いますので、どうぞご期待ください。
それでは、これで。
                          ファルクラム

 


ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
▽BACK▽  ▽OTHER▽  ▽NEXT▽