リボンつきの翼
第十七話「決別の蒼い空」
作者 ファルクラムさん
1
メリア大陸からこのユージア大戦に参戦した傭兵部隊には、独自の整備班もついてきていた。彼等は皆、北メリア共和国軍でも腕利きの整備士である。それゆえに、傭兵達からの信頼も厚かった。なかでも、整備班長のソフィ・エレ・ラグ曹長は、メリア大陸でも確実に五本の指に入る整備士で、彼女の腕に掛かれば、スクラップ寸前の戦闘機でも、一晩経てば空戦に使えると言われているほどである。そんな彼等であるから、新旧取り混ぜた編成をしている傭兵部隊の戦闘機でも、滞りなく整備する事ができる訳である。
そんなソフィ達は今、傭兵部隊の戦闘機をハンガーから引っ張り出して整備をやっている最中だった。
「ん、これで良し、っと。」
そう言うと、ソフィは配電盤の蓋を閉めた。
すでに日は西の空に傾きかけていた。
彼女は今、隊長であるレイ・ラブロック・村雲中尉の愛機である、スホーイS−37Aベルクトの整備を行っていた。ベルクトは何と言ってもエルジア軍の最新鋭機であり、なおかつ少数生産で終わった機体である為、純正部品が手に入らない。つまり壊れたが最後、代替の利く部品を探して走り回らねばならない羽目になる。さらに、もともと特殊戦闘機として開発されたベルクトは、構造も複雑である。当然、整備にも細心の注意を払う必要があった。そんな訳で、傭兵部隊の中でもベルクトの整備を行えるのはソフィただ1人である。
「中尉、調子どうですか?」
ソフィは、上を振り仰いでコックピットに座っているレイに話し掛けた。レイはその特徴である、自己主張するように所々刎ね赤い長髪を揺らして、コックピットから顔を出した。
「ああ、上出来だ。これで次の出撃には万全の状態で出れる。」
そう言うとレイはコックピットから這い出し、ラダーに足を掛けて地上に降り立った。
「次の作戦と言いますと、やっぱり……」
「ああ。」
ソフィの言葉に、レイは頷く。
「ストーンヘンジを攻撃する事になるだろうな。」
そこでレイは、フッと笑う。
「皮肉な物だな。かつて人類を救った大砲を、今度は人間の手で破壊する事になるんだからな。」
「そうですね。」
ソフィが頷いた時ときだった。滑走路上の埃を舞い上げるように、一陣の風が吹いた。
「…………」
その風を肌で感じた時、レイは僅かに自分が鳥肌を当てた事に気付いた。
「どうしたんですか中尉?」
風によって乱れた髪を直しながら、ソフィはレイを見上げるようにして尋ねた。
そのレイの顔は、まるで何かの予感を感じ取っているかのように僅かに緊張の顔が見て取れる。
「もうすぐ春だってのに、嫌な風が吹いていやがる。」
「え?」
ソフィは不思議そうな顔で、レイを見る。
「何も起こらなければ良いがな。」
そう言うと赤髪の豹は目を細めて、日が傾きかけた空を睨み付けた。
2
「あ〜あ、どうしてこんな事になっちゃったんだろう?」
ベットの上であぐらを掻いた上杉衛空軍少尉は、少し大きめの枕を抱きかかえた格好で、渋面をを作っている。
ここはロスカナスの北東2キロほどの地点にあるラセツ空軍基地である。かつてロスカナス防衛戦の際にも、首都を守る最後の砦として奮戦し、稼動可能戦闘機が無くなるまで戦い続け、首都陥落と前後してエルジア軍に降伏した基地である。
彼女が悩んでいる事は、兄である上杉葵空軍大尉についてだった。先日衛は、ついに葵の性格が変わってしまった理由を突き止め、その事を面と向かって葵にぶつけてみたのだ。しかし、それに対する葵の反応は、衛を驚かせるには充分すぎる物だった。激怒した葵と衛は、口論寸前まで激発してしまった。しかもその後、葵は衛に真相を話した張本人である鎌田信悟少佐を殴り飛ばすと言う事までやってしまっている。(もっとも、この事は衛は知らない)
「仕方ないじゃない。人間誰にだって知られたくない事くらいあるわよ。お兄様にとって、彩村中佐のことが、一番知られたくなかった事なんでしょう。」
そう言ったのは上杉咲耶空軍中尉である。ちなみにここは彼女の部屋である。今ここには、衛と咲耶以外に、千影と春歌も来ていた。
「ボクがもう少し、あにぃの気持ちを考えていたら、こんな事には…………」
そう言って衛は肩を落とす。そんな衛の肩を、春歌がそっと抱きしめる。
「お気になさる事はありませんよ衛さん。兄君様とていつまでも怒っている訳ではないはずです。その内機嫌を直されて、いつものように振る舞ってくれます。そうしたらまた、兄君様を遊びに誘ってみてはいかがですか?」
「そうよ衛、だから、元気出しなさい。それに、もしお兄様がいつまでもあんたを怒っているようだったら、あたしの方からもお兄様に言ってあげるから。」
「…………うん。」
春歌と咲耶の慰めに、衛は僅かに頷く。そこで、それまで黙っていた千影が口を開いた。
「しかし……一つだけ……分からない事があるのだが……」
「「「?」」」
千影の言葉に、三人は一斉に彼女を見る。
「なぜ兄くんは……衛君にだけ……この事を話さなかったのだろう?」
「そう言えば……」
「……そうですわね。」
「…………」
千影の言葉は、四人の間に微妙な空気の変調を呼び起こす。
「あねぇ達は、全員知ってたの?」
「わたくしは、北方戦線時代に兄君様から直接聞きました。」
「あたしはノースポイントにいた頃、お兄様を食事に誘ってその時に聞いたわ。その場に鈴凛もいたから、あの子も知ってるはずよ。」
「千影あねぇは?」
衛は最後に残った千影に、話し掛ける。
「知ってるも何も……私は……彩村中佐に会った事があるからね。……このロスカナスで……」
「そっか……あねぇは、あにぃと同じで、南方戦線の頃、少年飛行隊にいたんだっけ。」
「ああ……直接、指導を受けたよ。」
衛は考え込む。
「それじゃあ、ますますわかんないよ。どうしてボクにだけ教えてくれなかったんだろう?」
衛の溜め息交じりの言葉に、一同は考え込む。しかし誰一人として、その答えを持ち合わせた者は存在しなかった。
3
「退屈な任務だな。」
「そう言うな、これも重要な任務さ。」
トムキャットのパイロットとレーダー要員は、だれた声で会話を交わしている。
彼等は今、ロスカナス北方空域の偵察に出ていた。エルジア帝国軍は、ストーンヘンジ周辺の基地へと後退していた。どうやらストーンヘンジの射程距離を傘に、体勢を立て直す計画のようである。その為、ISAFにしたところで、ロスカナスから北に進撃することができないでいた。
「しかし、やっぱり怖いな。」
「何がだ?」
後席員の言葉に、パイロットは尋ねた。
「我々がこうして飛んでいる間に、ストーンヘンジからズドンと来る、なんてことは無いよな?」
それを聞いてパイロットは笑い出した。
「おいおい、たった1機の戦闘機を打ち落とすために、一発数百万する砲弾を撃つのか?割に合わねえよ。」
「それも、そうだよな。」
後席員はホッとしたように息をつく。
「そうそう、来るとすれば敵の戦闘機くらいだよ。」
「そうだよな。」
後席員が笑顔を浮かべたときだった。突然、レーダーに光点が浮かぶ。
「……おい、ベクター330に反応だぞ。」
「何?」
パイロットがそちらに目を向けた。その視界の端に、光が映る。
「おい、まさか本当にストーンヘンジが撃ってきた訳じゃ……」
「まさか、そんなはずはねえ!!」
確かに、この言葉は正しかった。エルジア軍も、たった1機の戦闘機にストーンヘンジを撃つ事の効率の悪さは理解していた。だからこそ、代わりの刺客を送り込んできたのだ。
彼らの視界に、2機の戦闘機が映った。
「スホーイ37だ!!」
夕日を浴びて接近してくるその機体は、間違いなくエルジア最強の戦闘機、スホーイ37スーパーフランカーだった。ただちに退避に入るトムキャット。しかし、その時には既にスーパーフランカーはトムキャットを射程内に納めていた。スーパーフランカーから放たれたバルカンの一閃は、一撃でトムキャットの主翼を粉砕した。
「灰色の1より黄色の13、招待状の提示は済んだ。」
灰色の1である小野庸介少佐は、後方で本隊の指揮をしている村岡虎太郎少佐にそう伝えた。
「了解、では、招かれざるパーティーに出席するとしよう。」
そう言うと虎太郎は、全員に呼びかける。
「黄色の13より各機へ!これよりロスカナスに突入する。続け!!」
そう言うと、虎太郎は速度を上げて編隊の前に飛び出した。
饗宴の、始まりである。
4
偵察に出たトムキャットが消息を絶った事により、ロスカナスのISAF司令部は大混乱に陥った。ロスカナスを奪回したばかりのISAFは、まだ防衛体勢が確立されていない。つまり、対空車両や対空ミサイルの各所への配備が未完成であり、万全には程遠い状況であった。
騒ぎを聞き付けた河村高士空軍少佐は、いち早くラセツ基地のコントロールルームへと飛び込んだ。
「一体どうなっている!?」
高士は律義に敬礼してくる兵士を無視して、オペレーターに詰め寄った。
「北方空域に偵察に出たF−14が1機、3分前に連絡を絶ちました。その直前に、スホーイ37の存在を報告してきています。恐らく、撃墜されたものと……」
「不意の遭遇戦の可能性はないか?」
もしこれが、単なる出会い頭に起こった不幸な事故ならば、これほどの警戒は必要ない。しかし、次のオペレーターの言葉は、その可能性を否定するには十分だった。
「位置が微妙です。敵の前線基地からもかなり離れており、どちらかと言えばロスカナス寄りの空域でした。」
「…………」
高士は無言のまま身を起こした。
「少佐?」
オペレーターの呼びかけに、高士はゆっくり振り返る。
「ロスカナス近郊にいる全空軍に出撃命令を出せ、私も出る。」
「ハッ!」
オペレーターの声を背に聞きながら、高士は走り出した。走りながら高士は、思考を巡らせる。この時期にエルジア軍が攻勢を掛けて来たと言う事は、間違いなく目的はISAFの足止め。しかも、戦力差を考えれば半端な数の投入は避けるだろう。おそらく、稼動可能な兵力を全て投入してくるはずだ。となれば、
「黄色中隊が、来るな。」
低い声で呟くと、高士は足を速めた。
警報を聞きつけて、各パイロット達も慌てて出撃準備を進めていた。
上杉葵大尉もロッカーからパイロットスーツとヘルメットを取り出して、手早く聞きつけていく。操機手袋をはめ終えると、葵はインターホンを押して内線を繋いだ。
「ハンガー、メビウス1だ。機体の状態は?」
暫くして、返信が帰ってきた。
「稼働率は6割強から7割弱と言った所です。」
それを聞いてから、葵は手早く答える。
「俺のスーパーホーネットにサイドワインダーを積んでエンジンを掛けておいてくれ。2分で行く」
そう言うと、相手の返事を待たずにヘルメットを抱えて部屋を出た。と、そこには彼の妹でありパートナーである衛が立っていた。
「あにぃ……その……待ってた……」
あの久しぶりの兄妹喧嘩以来、ほとんど顔を合わせなかった2人だが、作戦となるとそうも言えなくなる。
「そうか。」
葵は、短く頷くと、時計へと目をやった。
「時間が無い。急ぐぞ。」
「うん!」
そう言うと、2人は走り出した。
いち早く離陸した千影と春歌は、速度を上げてエルジア空軍の正面へと向かう。
これまで同じ小隊でペアを組んできた2人だが、ロスカナス奪回に伴い配置換えが行われ、別のコールサインを使うようになった。
「スカイアイ、こちらナデシコ1状況はどうなってます?」
春歌は新しいコールサインで、咲耶を呼び出す。
それに対して返ってきた咲耶の声は、緊迫に満ちていた。
「こちらスカイアイ、エルジア空軍は高度3000から3群に分かれて接近中、数は、約150ってところね。」
「了解!」
咲耶との通信を切り、春歌は高度を上げに掛かる。その彼女の横には、千影のF/A−18ENスーパーホーネットが併走している。
「120……か……今の私たちには……少々多いかもしれないな。」
「そうですわね。しかし、もうすぐ鎌田少佐達が来ます。それまで持たせれば、何とかなるでしょう。」
「フフ……そうだね。」
2人は、高度3000メートルで、水平飛行に入った。
機載レーダーにも、既に接近するエルジア空軍の影が映っている。
「スパローの一斉発射……その後に……突入……良いね?」
「了解ですわ!!」
そう言うと2人は、エルジア軍が向かってくる方向を睨みつける。既に日は落ち、辺りは暗くなっている。赤外線を通さねば、ほとんど何も見えない状態だ。
そんな中、ヘッドアップディスプレイに、接近する航空機の反応が浮かび上がった。2人はの殺気が、一瞬膨れ上がる。しかし次の瞬間、思わず息を呑んだ。
「多いな……」
接近する航空機の反応が、余りにも多い。ヘッドアップディスプレイからはみ出しそうなほどだ。しかし、2人はひるむ事無く大軍の前に立ちはだかる。
「ナイトメア1、フォックス1。」
「ナデシコ1、フォックス1!」
翼から切り離されたスパローは、落下しながらブースターに点火。ロックオンした敵機に向かって伸びていく。しかし、命中前にスパローの接近を察知したエルジア空軍は、命中前にECMを作動させる。目標を見失ったスパローは、迷走した挙げ句に自爆する。
思わず唇を噛む千影と春歌。しかし、悔しがっている暇はない。既に敵は至近まで接近しているのだ。
「来ます!!」
春歌が叫んだ瞬間、エルジア空軍の大編隊が2人の視界一杯に広がった。
「クッ!」
とっさに機体を翻す2人。寸瞬の間を置いて、バルカンの奔流が先程まで2人がいた空間を駆け抜けていった。2人の頭上を、無数の怪鳥が群れを成して駆け抜けていく。
「……行かせない。」
千影は低く呟くと、FCSを短距離ミサイルモードに切り替えると、旋回して1機の戦闘機の背後に回りこむ。しかし次の瞬間、千影は自分の目を疑った。
「……これは!?」
「まさか!?」
春歌も敵の存在に気付いたらしく、声を上げる。
鳥の嘴のような細い機首から、緩やかな流線型を描き膨らむボディ。双発エンジンの上の2枚の垂直尾翼、主翼前のカナード。間違いなくそれは、
「スホーイ……37……」
エルジア空軍最強の戦闘機が、2人の目の前を飛んでいる。それも、1機や2機ではない。敵編隊のすべてがスホーイ37スーパーフランカーなのである。
「そんな……馬鹿な……」
普段冷静な千影ですら、目の前の光景は目を疑いたくなるものだった。しかし、それは決して夢なのではなく、怪鳥達は自慢の爪を光らせて二人に向かってくる。だが千影達は、一つ間違っていた。この機体はスホーイ37ではなく、正確にはスホーイ35と言い、スーパーフランカーの前身となった機体である。その外見はスーパーフランカーと寸分の違いもない。ただスホーイ35にはスーパーフランカーと違って、ベクタードスラスターが装備されていないと言う違いがあった。エルジア空軍上層部は、ISAFの新型機に後れを取り始めたミグ29ファルクラムの代わりに、この機体を主力戦闘機に添えて来たのだ。
「……来るか!」
千影は背後に回りこんだスホーイ35を、鋭いまなざしで睨みつける。千影のスーパーホーネットをロックオンしたスホーイ35は、すかさずアーチャーを放ってきた。
「クッ!」
千影はとっさにフレアを放出し、同時に機体を翻して下方に退避する。千影のスーパーホーネットに向かってきたアーチャーは、フレアの熱に引き寄せられ、むなしく自爆する。それを確認した千影はFCSをガンモードにすると、ただちに反撃に転じる。機首を引き上げて反転すると、上方からスホーイ35を臨む形に遷移する。それと同時に、ロックオンゲージがスホーイ35を捉える。
「…………もらった。」
必中の意思を込めて放たれた20ミリバルカンはしかし、スホーイ35の強烈なダッシュ力の前にかわされてしまう。
「……馬鹿な。」
これまで幾度と無く戦ってきたせいか、対ファルクラムの癖が抜けきっていないようだ。その為、タイミングがワンテンポずれてしまったようだ。
「クッ!?」
すぐにロールさせて機体を起こすと、ロールして水平飛行に入りスホーイ35を追撃する。
「今度こそ……」
千影は呟くと、FCSを短距離ミサイルにセットする。そこですかさず、ロックオンゲージがスホーイ35を捉えた。しかし次の瞬間、コックピット内が警報に満たされている事に気付いた。
「!?」
とっさに千影は翼を翻す。その頭上を、アーチャーが白煙を引いて駆け抜けていった。
さしもの千影の背中にも、冷たい汗が流れる。気付くのが後少し遅ければ、千影は火炎地獄に叩き落とされていた事だろう。千影はアフターバーナーを全開まで振り絞り、一旦その場を逃れる事にする。その視界の端に、奮戦する春歌のスーパーホーネットが映った。向こうも敵機に囲まれ、油断の許されぬ状況だった。
春歌は、後方から3機のスホーイ35に追撃されていた。デルタ編隊を組んだスホーイ35は、機体を左右に振りながら逃げる春歌に対して、絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。
「クッ!?」
春歌は巧みに機体を横滑りさせて、銃撃を躱し切る。そのコックピットの横では、閃光が連なって駆け抜けていった。
それを見届けた春歌は、スティックを引き上げてズーム上昇に入る。3機のスホーイ35も、それを追いながら銃撃を仕掛けてくるが旋回中であり、射点が合わない。その隙に春歌はループを行い、1機のスホーイ35の背後を捉える。
「ナデシコ1、フォックス2!!」
春歌はコールすると同時に、サイドワインダーを放った。
しかしその直後、頭上で影が躍った。
「ハッ!?」
考えるよりも先に体が反応し、春歌はスティックを横倒しにする。それに伴い機体も横倒しになった直後、銃撃が駆け抜けていった。
「……強い。」
春歌は我知らずに呟いていた。これまでのファルクラムが相手なら、多少の性能差があろうと腕でカバーができた。しかし今、スホーイ35を相手に、ストームナイトの自分が苦戦を強いられている事実に、春歌は愕然とした。もちろん、初見参の相手に動揺している部分もあるだろうし、何と言っても今は数が違いすぎる。大半の部隊は既に春歌と千影を素通りしてロスカナスに向かったが、それでも10機近い敵が向かってきていた。
純粋に性能差を見比べれば、スーパーホーネットとスホーイ35は大した差はない。しかし、数と新鋭機出現と言う状況が、千影と春歌を混乱させ、普段の実力を出せないでいる事は確かだ。
「クッ!?」
背後に回り込んだスホーイ35を見て、春歌の顔に緊張が走る。しかし次の瞬間、そのスホーイ35は爆炎を上げて四散した。
「え!?」
驚きの声を上げる春歌のスーパーホーネットの脇に、ノーマルカラーのバイパーゼロが並んだ。しかし、その垂直尾翼に描かれたジョリーロジャーを見て、春歌の表情は笑顔に変わった。
「鎌田少佐!!」
「遅れてすまん。取りあえず無事なようだな。」
相当急いできたのだろう。信悟の息は荒い。その回りでは、信悟が直率してきた中隊がスホーイ35に襲い掛かっていた。
「ロスカナス上空には、高士と傭兵部隊の連中がいる。とりあえずそっちは奴等に任せて、俺達は目の前の敵を相手にするぞ!」
「「了解!!」」
そう言うと3人は、残った敵に機首を向けた。
一方その頃、葵と衛の2人は味方から離れて低空を這うように進んでいた。
「敵機、レーダーで確認!!」
衛の声が、葵の耳に届く。
その声を聞いて、葵は僅かに顔をしかめた。葵自身、先日の事がまだ気に掛かっているのだ。しかし、今はこれ以上余計な事を考えている余裕はない。そう考えて、葵は気を入れ直す。
「メビウス1よりメビウス2、さっき話した通り、俺達は敵の進行方向正面を避け、低空に伏せて一旦やり過ごした後、反転上昇し敵の背後を突く。」
正面から立ちはだかったのでは、袋叩きに遭う可能性が高いと判断しての作戦だった。
「メビウス2、了解!」
衛からは明瞭な声が返ってきた。
それを聞いて葵は思わず苦笑した。普段ならこんな時、自分が冷静でいて、衛の方が何らかの精神的ダメージを負っているはずなのに、今日に限ってはそれが完全に逆転している。それが妙に可笑しかった。
『やはり、あれが原因か…………』
葵は、先日信悟に言われた言葉を思い出していた。
『好きなんだろ、衛の事。妹としてじゃなく、女としてな。』
心の中でその言葉を反芻してから、葵は考え込んだ。
『俺は、衛をどう思っているんだ?』
単なる妹の1人か?共に翼を連ねて戦う戦友か?それとも…………
「馬鹿な!!」
叫んだ後、葵は慌ててマイクのスイッチを確認し、オフになっているのを見て胸を撫で下ろした。
『衛は…………妹だぞ…………それを…………』
そこまで考えた瞬間、衛の警告が耳に入ってきて、我に返った。
「すれ違う!!」
ハッとして上を見た瞬間、無数の戦闘機が頭上を通過していった。
「行くぞ!」
「うん!!」
葵は自分でも滑稽なほど、気負って戦闘開始のベルを鳴らした。幸いだったのは、同じように緊張していた衛が、その事に気付かなかった事である。
2人は急速に上昇を掛け反転すると、エルジア空軍の背後に回りこむと、エンジンスロットルを全開まで押し上げ、追撃を開始する。その視界に、エルジア空軍機が発する噴射炎を捉える。
「行くぞ、メビウス1、フォックス2。」
ロックをかけると同時に、葵はサイドワインダーを放った。それと同時に、衛もサイドワインダーを放つ。
今回葵は時間が無かったこともあり、サイドワインダー4発のみを携行してきただけだったが、重量を減らした分他の部隊より素早い展開ができた。
葵たちの存在に気付かなかったエルジア軍は、完全に奇襲を許した。サイドワインダーが、前を飛んでいたスホーイ35を叩き落した。突如、味方が炎に包まれたことにより、エルジア空軍も葵たちにようやく気付き、一部の部隊が反撃すべく反転していく。
「手を緩めるな、次だ。」
「了解!!」
葵と衛は再びロックをかけると、サイドワインダーを放つ。今度は反転を開始したスホーイ35を直撃し火球へ変える。
しかしそれが限界だった。何機かのスホーイ35がこちらに向かってくる。
『スホーイ37……いや、それにしては機動がおかしい……何だ?』
葵はいち早くスホーイ35の異変に気付いたが、それ以上余計な事を考えている余裕は無かった。7、8機のスホーイ35が葵と衛に向かってきたのだ。
「行くぞ、衛。」
「了解!!」
2人はエンジン出力を上げて、エルジア空軍に向かった。
5
葵たちの防衛線を突破したエルジア軍第一部隊は、ロスカナス上空に迫りつつあった。
空襲警報によりロスカナスには灯火管制が敷かれ、街は暗闇に包まれていた。
そんな中、高士に率いられたISAF空軍はロスカナス上空に展開し、エルジア空軍を迎え撃つ体勢を整えていた。
彼等を管制すべく飛び立った咲耶のレーダーにも、すでに接近するエルジア空軍を捉えていた。
「エルジア空軍、ベクター330より急速接近中!間もなく、射程距離内!!」
咲耶の声に、全員が緊張を高める。続いて、総隊長の高士の声が響いてきた。
「アドラーより各機へ、今回からコール方の一部が変わっているから間違えないように注意しろ!!」
高士が言い終わるのに前後して、エルジア機の放つ噴射炎が見え始める。それと同時に、ロックオンゲージが作動する。
「全機、フォックス3!!(高機動ミサイル発射)」
高士の命令を受けて、ISAF機は一斉に積んできたミサイルを発射した。これは、この程実戦配備された新型空対空ミサイル『アムラーム』である。スパローを凌ぐ性能を誇る。スパローとの最大の差異は、スパローが発射後、命中までロックを掛け続けなければいけないのに対し、アムラームは発射後はミサイルのレーダーが自動的に追尾してくれるのである。
このアムラームの攻撃で、何機かのエルジア機が視界の彼方で炎を吹き上げるのが見えた。しかし大半はアムラームを回避して向かってくる。
「コンバット・オープン!!1機たりとももロスカナスに入れるな!!」
高士の命令を受けて、ISAF空軍は先人出力を上げて突撃を始めた。
高士の真紅のフランカーはそんな中、先頭を切って飛び出した。
そんな高士に葵や千影達と同種の驚愕が襲った。
「スホーイ37だと!?」
やはり高士の目にも初見参のスホーイ35は、スーパーフランカーに見えてしまう。
しかし、高士も藤岡亡き後のISAF空軍総隊長であり、栄光あるストームナイトの1人である。ここで退く事は許されない。
「行くぞ!」
短い気合と共に高士はロールをうつと、スプリットSの要領で反転してスホーイ35の背後に回り込む。その視界の先に、背中をさらすスホーイ35が映った。
「アドラー、フォックス2!」
高士は間髪入れずにサイドワインダーを発射する。狙われたと知ったスホーイ35は必死に逃げようとするっが、その努力も空しくサイドワインダーは高士の槍となってスホーイ35を差し抜いた。
敵の死に哀悼の意を表するまもなく、高士は次の目標に向かう。
次の目標は、高士の視界の少し下の所を飛んでいるスホーイ35と定められた。向こうは高士の存在に気付いていないらしく、進路、速度共に、そのままで飛んでいる。
高士はロールをして視界を逆転させると、機首をやや下げてスホーイ35を狙う。
「フォッ……食らえ!!」
いつもの調子で「フォックス3」と言いかけて、高士は苦笑しながらトリガーを引く。30ミリバルカンの奔流は、一撃でスホーイ35を粉砕してのけた。
それを見て高士は会心の笑みを浮かべる。しかし次の瞬間、その笑みは焦りに変わった。
いつの間にか高士のフランカーの背後に、1機の戦闘機が回り込んでいる。しかもその主翼は黄色く塗装されており、機首部分には「013」と書かれている。
「黄色の13!?」
高士は叫ぶと同時に、機体を捻り込んで高度を落としに掛かる。しかし、黄色の13こと村岡虎太郎空軍少佐は、余裕を持って高士についてくる。
「黄色の13、フォックス2!!」
虎太郎はコールすると同時に、アーチャーを放った。
「!?」
高士はフレアを放出すると、捻り込んだ状態からさらにスプリットSを行う。タイミング的にも高度的にも、事故らずに躱し切れる可能性は低かった。
虎太郎の放ったアーチャーは、狙い違わず高士のフランカーに向かってくる。
「だめか!?」
しかし、そう叫んだ瞬間、アーチャーはフレアに突っ込んで自爆する。
「クッ!」
それを確認すると、高士は力いっぱいスティックを引いて上昇に入ろうとする。高度はほとんど無い。どう考えても地面に突っ込んでしまう。しかし高士は、僅かに残った可能性を信じてスティックを引く。やがて真紅のフランカーは、地面に落ちた砂埃を巻き上げながら上昇に転じた。
「あれで生き残るか……リボン付き意外にも面白い人間がISAFにはいるようだな。」
そう言うと、虎太郎は不敵に笑う。
そんな虎太郎の視界に、異形の戦闘機が突っ込んでくるのが見えた。
「何!?」
その驚くべき加速性能に、さしもの虎太郎も第一撃はかわすのが精一杯だった。
「かわしたか!?」
それを見て、ベルクトを操るレイは舌打ちした。そうしながらも、レイは冷静に相手を観察する。
「ほう……」
レイは低い声で頷くと、口の端に笑みを浮かべる。
「あれが、噂の黄色の13ってっ奴か。」
黄色の13の事は、「リボン付き」である葵の名と一緒に、メリア大陸まで聞こえてきていた。その黄色の13に出会えた事で、レイの闘争本能に火がついた。
「俺はついてる。『リボン付き』に『黄色の13』、この2人と戦う機会を得られたんだからな!」
レイはすでに、イスタス要塞攻略戦で銀色の1事、大垣高広を撃墜し自信を高めていた。
機首をめぐらして虎太郎のスーパーフランカーに向かうレイ。それに対して虎太郎も、まっすぐレイに向かってくる。レイはすれ違うと機首を引き起こして虎太郎の背後に回りこみ、照準機の中にスーパーフランカーを押し込む。
「喰らえ!!」
しかしレイがトリガーを引く前に、虎太郎は機体を横滑りさせてレイの照準から逃れる。
「クソッ!!」
レイは舌打ちすると、照準をかけなおす。しかし今度は、虎太郎のスーパーフランカーはバレルロールに入る。レイが気付いたとき、虎太郎のスーパーフランカーはレイのベルクトの背後に回りこんでいた。
「もらった!!」
短い気合と共に、虎太郎は30ミリバルカンを発射する。
「クッ!!」
レイは間一髪のところで急旋回に入り、虎太郎の攻撃を回避する。そして、そのまま背後を取りに行く。それに気付いた虎太郎もスティックを急激に倒し、レイに背後を取らせない。すさまじいまでのGが、2人の体を押しつぶさんとする。我慢比べである、どちらがどれだけGに耐えられるか?それによって勝敗は決する。
「!!」
締め付けるようなGの中、レイはさらにスティックを急激に倒す。さらに機首を内側に向けるベルクト。そしてついに、レイは虎太郎の背後を取った。
「もらったぞ!!」
レイは勝利の確信を持って、トリガーを引く。しかし虎太郎は一瞬早く機体を水平に戻すと、インメルマンターンに入る。それを追って、レイも上昇に入る。
「逃がすか!!」
しかし次の瞬間、虎太郎はエアブレーキを開く。
「なっ、インメルマンターンじゃない!?」
次の瞬間、エアブレーキを開いた虎太郎のスーパーフランカーは、レイのベルクトの後ろに回りこむ。そして虎太郎は、失速反転する前にエンジン出力を上げ、姿勢を保つ。
「まずい!?」
レイが機体を翻して反転するのと、虎太郎がバルカンを放つのは同時だった。
虎太郎の攻撃は、ベルクトの右垂直尾翼の先端を掠めただけにとどまった。しかし、その一撃はレイを驚愕させるには充分だった。
「馬鹿な……奴は葵よりも……俺よりも……強い!!」
レイが言い終わる前に、虎太郎は機首を翻して向かってくる。
「チイ!!」
レイは機首を下に下げ、急降下に入る。速度を稼ぐ事が目的である。そのレイに向かって、虎太郎はアーチャーを放ってきた。
「クッ!!」
レイは急降下しながら、フレアを射出する。タイミングが良かった事もあり、アーチャーは自爆する。
しかし息をつく間もなく、虎太郎はレイのベルクトを追撃してくる。
「奴は強敵だ。ここで倒す必要がある。」
虎太郎にも、自分の相手が強敵だある事が分かっていた。だからこそ、倒せるうちに倒しておく必要があると思ったのだ。
虎太郎はレイのベルクトを射点に収める。しかし次の瞬間、虎太郎の頭上で真紅の猛禽が舞った。
とっさに機体を翻す虎太郎。その横を、高士のフランカーが駆け抜けていった。一度は離脱した高士だが、すぐに引き返してきたのだ。
「…………ここまでか。」
二対一では勝ち目が無いと踏んだ虎太郎は、エンジン出力を上げて退避に入った。
それを確認した高士は、レイのベルクトと並走する。
「どうやら、無事なようだな。」
「まあな、今回は助かったぜ隊長さん。」
それを聞いて、高士はフッと笑う。
「来たばかりで死なれても困るからな。」
「違いない。」
そう言うと二人は、次の目標に向かった。
6
高士達が上空で奮戦するのを嘲笑うかのように、エルジア空軍第二部隊は超低空からレーダー網を回避し、ロスカナス上空に進入を果たしていた。
「灰色の1より各機へ、迎撃機無し、予定通り攻撃をを開始せよ!!」
庸介の命令を受けて、第二部隊の各機は一斉に速度を上げて目標に向かう。狙うは、ロスカナス郊外に集中しているISAF陸軍部隊である。
庸介と灰色中隊の機体はこれまで使っていたミグ29ファルクラムから、スーパーフランカーに変わっていた。
「良い機体だ。」
新鋭機の感覚を楽しみながら、庸介は微笑を浮かべる。
「この機体が後半年、せめてコンベース港防空戦の時に俺の中隊にあったら…………」
その時点であったなら、コンベース港でエイギル艦隊が壊滅することもなかっただろうし、リボン付きにここまで苦戦させられる事も無かったはずだ。
「その借りを、今から返してやる!!」
庸介は後方に目を向けた。そこにはエルジア軍の最新鋭戦闘機が飛んでいる。
しかし何と、その機体は紛れも無くISAFの主力戦闘機、F−15イーグルだった。いや、イーグルには無かったはずの主翼前の小翼―カナードがついてる上、噴射口の形も普通のイーグルとは違う。
これこそが、奪った設計図からエルジア軍が開発した新型機、F−15アクティブだった。フランカーに匹敵する機動性を持つイーグルに、カナードとベクタードスラスターを取り付け機動性を更に引き上げた強力な機体である。まさに、ISAFにとっては悪夢に等しい機体と言えた。
庸介達の存在に気付いたISAF空軍の一部が、こちらに向かってくる。それに対して、庸介が直率する二個中隊が上昇を掛けて迎え撃つ構えを見せる。
ISAF空軍のパイロット達は、自分達に向かってくるF−15アクティブを見て、驚愕を通り越し、仰天した。
「なっ、何だあれは!?」
「なぜ、イーグルが!?」
口々に声を上げている隙に、F−15アクティブは次々とISAF機に取り付いていく。
「はっ、速い!?」
気がついた時には既にF−15アクティブによって、そのパイロットは撃墜されていた。
さらにその周辺でも、F−15アクティブが次々と戦果を上げていった。
その驚きはISAF空軍のみならず、エルジア空軍側にも波及していた。
「予想以上だな。」
自身も向かって来たスーパーホーネットを2機撃墜しながら、庸介はF−15アクティブの性能に舌を巻いていた。彼自身当初、敵の開発した兵器を使う事に抵抗があったのだが、実用性の高い兵器は彼としても大歓迎である。
「よし、一気にISAFを叩くぞ!!」
攻撃隊が放った炎を下に見ながら、庸介は大きく叫んだ。
7
防衛線を突破された葵と衛は、戻ってきた信悟達と合流し、全速力でロスカナス上空に引き返していた。
「急げ!既に攻撃は開始されている!!」
後続するISAF機に向かって、信悟は焦りの声を上げる。彼等はエンジン出力を全開にして、味方を救援に向かっている。
「少佐……このままでは……燃料が足りなくなるが?」
「かまわん!」
千影の警告を、信悟は一言で撥ね付ける。
それから信悟は、葵を呼び出す。
「シオンより、メビウス1!!」
「…………何だ?」
ややあって、葵は低い声で応答した。
「約束しろ、この戦いが終わったら、衛に全ての事を話せ!」
「……こんな時に何を言っている?」
こんな緊迫した状況下で突然その話を振られ、葵は不審な目を信悟のバイパーゼロに向ける。それに対して信悟は、酸素マスクの内側で不敵な笑みを浮かべた。
「こんな時じゃないと、お前は逃げるだろ?」
「…………」
信悟の言う通りだった。もし信悟と一対一の状況でそんな事を言われたら、葵は忘れた振りをして逃げるだろう。しかし今、回りには衛の他にも、千影、春歌を始め、10機以上の味方がいる。言い訳できる状況ではなかった。
「嵌めたな、信悟。」
葵は恨みがましい目を向けるが、信悟はそれをサラリと受け流す。
「何とでも言え、あんな事されて黙っていたんじゃ、俺に得がないだろ?」
「あんな事」と言うのが、先日食堂で殴り飛ばした事なのは語るまでもないだろう。
「…………分かった。」
葵は不承不承と頷いた。どうにも断れる状況ではない。そんな葵の様子に、当の衛はキョトンとしている。
「あにぃ、『あんな事』って?」
「…………気にするな。」
葵にはそう答えるしかなかった。葵にとって幸いなのは、丁度良く交戦空域に到達した事だ。
「シオンより各機へ、交戦開始!!」
信悟の命令を受けて、葵達は一斉に散開した。
葵と衛は、地上軍攻撃中の部隊を発見し、直ちに降下機動に入った。
「メビウス1、エンゲージ。」
葵は機首を軽く下げた状態で速度を稼ぐと、地上攻撃中のスホーイ35に狙いを定める。翼には、2発のサイドワインダーが残っている。FCSでその内の一発を選択する。
「メビウス1、フォックス2!」
葵がコールと同時に放ったサイドワインダーは、白煙を引いて飛んでいき、狙い違わずスホーイ35を地上へと叩き落とした。
葵が相手にしている敵は、どうやら初めから地上軍の攻撃を目的にしてきたらしい。その証拠に、民間施設への被害は極力避けている節がある。しかし、それはあくまでも正確に目標を破壊しての話だ。外れ弾が時折民間施設に落ちる事は避けられないし、撃墜した機体も町の中に落ちてしまう。
「…………負けたな。」
葵は低い声で呟いた。ロスカナス上空に敵を入れてしまった時点で、この戦いはISAFの負けだったのだ。それでも、諦めない。諦める訳には行かない。
「メビウス1、フォックス2。」
葵は、今度はF−15アクティブに狙いを定めて、サイドワインダーを放った。既に各種の通信を統合して、エルジア空軍がイーグルをベースにした新型機を繰り出してきている事は察知していた。
サイドワインダーに気付いたF−15アクティブは、フレアを放出して回避を試みるが、その前に葵の繰り出した強烈な牙は、F−15アクティブの重厚なボディーを噛み砕いた。
しかし次の瞬間、スーパーホーネットのコックピット内が警報に見舞われた。「ロックされてる」と感じた瞬間には、葵はスティックを倒しロールを行い、スプリットSに入っていた。
降下機動を取りながら、葵は相手に目を向ける。闇夜にも鮮やかな灰色の翼に「001」の数字。
「灰色の1!」
「リボン付きか!?」
葵と庸介は、同時に相手を認識した。それと同時に葵は上昇しながら、庸介は降下しながらドッグファイトに入る。
葵の武器は既に30ミリバルカンしか残っていない。対して庸介はバルカンの他にもアーチャーが一発残っている。
「くらえ!!」
庸介はロックすると同時に、葵のスーパーホーネットにアーチャーを放つ。対して葵は、高Gの急旋回に入ってアーチャーを回避する。それと同時に葵は、庸介のスーパーフランカーの背後に回り込む。しかし、
「これまでの俺と思うな!!」
叫ぶと同時に、庸介はベクタードスラスターを作動させ、機首を引き上げてクルビットに入り、機体を振り向かせる。
「!?」
2機の戦闘機は、ヘッドオンの状態で向かい合う。
しかし葵はとっさに機体を翻して軸線をずらす。その一瞬後には、葵がいた空間に銃弾が駆け抜けた。
冷や汗をかくまもなく、葵は次の行動を起こした。機首を引き起こして高度を稼ぐと、次いで機首を下げ、降下する形で庸介のスーパーホーネットに向かう。
「くらえ。」
短く呟くと同時に、葵はトリガーを引き30ミリバルカンを放つ。それと同時に、庸介もバルカンを放つ。
2機の戦闘機はバルカンを放ちながらすれ違う。
「チィ!?」
「クッ!!」
2人はすれ違うと同時に、互いに視線を走らせる。
庸介はクルビットでいち早く機体を振り向かせると、葵のスーパーホーネットの背後に回った。照準機の中央にスーパーホーネットを捉えた庸介は、トリガーに指を掛ける。しかし次の瞬間、葵はエアブレーキを開いて急減速し、庸介をオーバーシュートさせると同時に背後に回りこむ。
照準を合わせると、すかさず葵はバルカンを発射する。しかし命中直前に、庸介は機体を翻して回避した。
「危ねえ……」
辛うじて回避した庸介は、冷や汗交じりの呟きを漏らした。まさに紙一重、あと一瞬遅かったら、庸介の体は30ミリバルカンに粉砕されていた事だろう。
これ以上の交戦は不利と考えた庸介は、降下機動に入りながらエンジンスロットルを全開にして離脱に掛かる。初動が遅れたため、葵は追撃を掛けることができない。それを見て、庸介はフッと息を抜いた。
「さて……」
庸介はスティックを軽く引いて水平飛行に入ると、時計に目を走らせる。
「そろそろか……」
そう言うと、庸介はニヤリと笑った。
8
ロスカナス上空は、既に乱戦の様を呈していた。
ISAF空軍は、エルジア空軍が繰り出してきた新型機に思わぬ苦戦を強いられていたそれはまるで、コモナ諸島航空戦直後の両軍の立場が、そっくりとは行かないまでも、入れ替わった感がある。
衛は、この日4機目の戦果を上げていた。
「ふう……」
衛はバイザーを上げて、一息つく。既に回りに敵はいない。多くのエルジア機は目的を終え、帰還コースに入っていた。しかし衛の眼下は、既に火の海と化していた。
「…………」
これで、ISAFの作戦は確実に遅延を来たすだろう。完全なる敗北である。
「メビウス2よりスカイアイ!」
衛は取り合えず、咲耶を呼び出す。
「あねぇ、何か他に目標は無い?」
「そうねえ……」
咲耶はレーダーに目を走らせる。
「取り合えず、近場に適当なのはいないわね。今のうちに基地に戻って補給しておいたら?」
「うん、そうだね。」
そう言って、衛が機首を巡らそうとしたときだった。
「ちょっと待って!!」
「え?」
突然の咲耶の声に、衛は手を止める。
「どうしたの!?」
「大変!!高度二万で急速接近する機体があるわ!!」
「え……それって……」
「間違いないわ、エルジア軍の重爆撃機よ!!」
「そんな!こんな時に……」
衛の言うとおり、タイミングは最悪と言えた。ISAF空軍は大半が中、低高度で戦っており、高高度まで上がるまでには、相当な時間が掛かる。また、よしんば上がれたとしても、高高度は大気の密度が低く戦闘機が所定の性能を発揮できない上に、アフターバーナーも使えないため、スピードも出ない。加えて、今回エルジア空軍が繰り出してきた機体はTu−160ブラックジャック。マッハ1・6を叩き出す事のできる、エルジア空軍自慢の超音速重爆撃機である。
「…………」
衛はきつく唇をかみ締めた。しかしどうする事もできない。衛たちと敵との間には、m永遠とも言える壁が存在した。
そんな衛たちの目の前で、高度2万メートルの破壊神は悠々と破壊の槌を振り上げた。
9
結局ロスカナス防空戦は、ISAFの惨敗に終わった。エルジア空軍は戦車等の野戦装備に攻撃を集中した為、人的被害は最小限に抑えられた。しかし快進撃を続けるISAFにとって、今回の敗北は冷水を浴びせられたようなものだ。最後の重爆撃機の攻撃は、どちらかと言えば、味方の撤退を援護するために、ISAFの混乱を狙ったようなものだった。
衛は朝起きると、日課である早朝ランニングに出かけた。
ラセツ基地は陸軍部隊がいない事もあり、今回の敵の目標からはずされ、被害はゼロだった。しかし、士気の低下に歯止めは掛けられず、消沈したムードが基地全体を支配していた。
衛は10分ほど中庭を走ってから、基地外周を回るコースに出た。
しかしそこで、衛は信じられない物を見た。
「あにぃ……」
そこには、「早起き」と言う言葉に何らの美徳も感じていないはずの兄、葵が衛を待ち構えるようにして立っていた。それだけでも驚きだと言うのに、衛がさらに驚かせたのは、葵がパイロットスーツを着て、脇にヘルメットを抱えると言う、完全装備だったことだ。
衛が驚いている目の前で、葵はゆっくりと歩み寄った。
「衛、ちょっと付き合え。」
「え、付き合えって……」
衛はキョトンとした顔で、葵を見る。しかし葵は、それを意に介さず、衛に背を向けた。
「滑走路で待ってる。」
それだけ言うと、葵は歩き去った。
「…………あにぃ?」
そんな葵の背中を、衛は不思議そうな目で見詰めていた。
衛がパイロットスーツに着替えて滑走路に来ると、葵が戦闘機の前で待っていた。その戦闘機はスーパーホーネットのF型、平たく言えばE型を複座にした機体である。
「来たか。じゃあ、行こう。」
そう言うと、葵はラダーに足を掛ける。
「ちょっ、ちょっと待ってよあにぃ!一体どうしたの急に!!」
「……ついてくれば分かる。」
それだけ言うと、葵はコックピットに滑り込んだ。それを見て衛も、仕方なくラダーを上って後席につく。
衛が乗った事を確認すると、葵はキャノピーを閉めて機体をスタートさせた。
そしてゆっくりと滑り出し、2人を乗せたスーパーホーネットは大空へ舞い上がった。
「きれいだな…………」
バイザーを上げて酸素マスクを外した葵は、そう呟いた。その言葉通り、ロスカナス上空は雲一つない快晴に恵まれ、果てしなく蒼い空が、どこまでも続いていた。
「どうしたの、あにぃ?」
普段の葵からは、決して聞けないような言葉を聞いて、衛はますます不審な顔つきになる。
そんな衛の言葉に、葵はフッと笑った。
「この空を昔……よく彩村教官と一緒に飛んだよ。」
「え?」
突然彩村命の名前が出って来た事で、衛はハッとする。それに構わず葵は続けた。
「最初に会った頃は、随分と口やかましいおばさんだと思った。実際の話、人の粗ばっかり見つけて指摘するから、教えられる側の人間にとっては、うるさいだけの存在だったよ。」
「…………」
衛は、葵の話を黙って聞き入っている。
「でもな、ある時気付いたんだ。戦況が悪化するに連れて、戦死者の数も増えていった。教官はそんな中で、僅かでも俺達に生き残る可能性をくれたんだ。ストーンヘンジ攻撃作戦に俺を連れて行ってくれなかった時、俺は教官に抗議しに行った。でも、今ならその時の教官の気持ちも分かる気がする。」
「あにぃはさ……」
「ん?」
衛の声に、葵は首を僅かに振り向かせる。
「あにぃは、彩村さんの事が好きだったの?」
「…………ああ。」
葵は僅かにためらった後、頷いた。
「一回だけ、デートをOKしてもらった事がある。でもその時は結局、教官に振り回されただけで終わってしまったよ。映画見て、食事して、買い物に付き合わされて、帰りに寄った喫茶店じゃ、結局補習授業みたいな事やらされる羽目になったよ。」
それを聞いて、衛も思わず笑みを浮かべる。
「でも、それでも楽しかった。毎日が、とても充実していた気がする。」
「…………」
「でもな衛。楽しい時間ってのは、いつも急ぎ足で過ぎ去っていく物なんだ。ストーンヘンジ攻撃作戦に飛び立ったきり、教官は2度と、俺の前に帰ってこなかった。」
「…………」
「泣いたよ。一晩中な。その時、俺の中で何かが変わったんだ。泣いているだけでは、時は止まったまま動かない。肝心なのは、次に何をするかと言う事なんだ。」
「あにぃ……」
「だから今、俺は、教官に対する想いに、決別する。」
「だめだよ!!」
衛は思わず声を上げた。
「あにぃが彩村さんの事を忘れちゃったら、誰が彩村さんの事を思い出してあげるの!?それじゃ、彩村さんが可哀相だよ!!」
「……勘違いするな。」
「え?」
葵の言葉に、衛はキョトンとする。
「決別とは、必ずしも忘れ去る事じゃない。自分の中の、その人への想いを断ち切り、そして安心させる。それも、決別だ。」
「あにぃ……」
「だから俺は今。彩村命と言う女性に、決別する。」
そう言うと葵はスティックを引き、スーパーホーネットを急上昇させる。
上り始めた太陽に照らされ、翼が、一瞬煌いた。
第十七話「決別の蒼い空」 おわり
あとがき
どうもこんにちは、ファルクラムです。今回の話を思い付いたのは、エース04をプレイしていて、どうにもエルジア軍が弱すぎるような気がしたためでした。いくら負けに入った軍とは言え、もう少し奮戦してもらわない事には、私的には盛り上がりに欠けるなあとの思いから、今回の執筆に及びました。
それと、今回から武器使用時のコールを変えてみました。具体的にはこれまではフォックス3=バルカンだったのを、高機動ミサイル発射に変えました。なぜ、そんなややこしい事をするのかと、疑問をお持ちでしょうが、これは、航空自衛隊と米軍との間で違いがあるからです。これまで使用していたコール方は、航空自衛隊の物だった訳です。これは、航空自衛隊にはアムラームに相当するミサイルが存在しない為と思われます。やはり、これから書いていくに当たって、アムラームを登場させる必要があると感じた為、ややこしいのを承知の上で強行しました。どうか、そこいら辺をご理解いただきたく存じます。
それでは、今回はこれで。
ファルクラム
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