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リボンつきの翼
第十六話「偽りの心」

作者 ファルクラムさん


旧独立都市国家サンサルバジオンの、バー「スカイキッズ」の一室に、上杉鞠絵と上杉四葉の姉妹は、スカイキッズの店長にしてこの管区のレジスタンス指揮官を務めている、中田に呼び出されていた。
「さて、」
中田は2人を前にして、身を乗り出した。
「2人とも既に知っていると思うが、先日、ついにISAFがロスカナスを奪回した。これに伴い、コフィンブルク共和国は再建され、同時に南方方面のエルジア軍は後退を余儀なくされた。」
「でも、これ以上の進撃は難しいでしょうね。」
鞠絵が地図を指しながら、説明する。
「ロスカナスは既にストーンヘンジの射程距離内のはずです。無理に進撃したら犠牲が多く出る事になります。」
鞠絵の言葉に、中田は頷いた。
「そうだ。そこで軍の方針としては早期にストーンヘンジを破壊し、地上軍の道を確保してから進撃する方針となった。」
中田の説明を、2人は神妙に聞いている。
「そこで、今後我々レジスタンスの活動は、大幅に強化される事になる。すでに、エルジアの支配力の弱まったフェイスパーク、アルトーラの両国では我々同様地下組織の活動が活発化し、各地で抵抗を続けているとの事だ。さらに、これは噂だが、ストーンヘンジ破壊に呼応した、アルトーラ国に第二次上陸作戦を実行するって話もある。」
「全ては、ストーンヘンジを破壊できるか否かに掛かってる、そう言う事ですね。」
「そうだ。そして、四葉、」
「はい。」
突然名前を呼ばれて、四葉は顔を上げる。
「これからのお前の使命は重大だ。場合によっては、お前は我々レジスタンスの、数少ない剣になってもらわねばならないかも知れん。そこで、」
そこまで言って中田は、着ている上着の中から、何かを取り出した。
「これを、お前に渡しておく。」
「「これは!?」」
四葉と鞠絵は、同時に声を上げた。それは、黒光りする拳銃、ハンドガンであった。
「実弾は既に入っている。撃ち方は前に教えたはずだが、実際に撃った事はないから、使う時は充分に気を付けろ。」
「待ってください!!」
そう言って立ち上がったのは、鞠絵だった。
「四葉ちゃんはまだ15歳なんですよ!!そんな子にこんな危ない物を持たせるなんて!!」
普段から大人しく、控えめな態度を取る事が多い鞠絵の激発に、四葉と中田は思わずのけぞる。大切な妹に、危ない事をさせたくない為に鞠絵は必死である。
鞠絵は中田に、静かに告げる。
「どうしてもとおっしゃるのなら、その銃はわたくしが預からせていただきます。」
「だめだ。」
しかし中田は、にべもなく鞠絵の申し出を断った。
「なぜですか!?」
鞠絵はその眼鏡の奥で、愛らしい大きな瞳を釣り上げて中田を見ている。それに対して中田は、あくまでも冷静に鞠絵を諭す。
「落ち着け。理由は二つある。一つは、ここ半年間の間、黄色中隊と接触の強かった我々の攻撃目標は、当然奴等の基地と言う事になる。」
そこで中田は、四葉の顔を見ながら続ける。
「この半年間、四葉には諜報活動を兼ねて連中の基地に頻繁に出入りしてもらっていたから、当然、連中の四葉に対する警戒心も薄れている事だろう。行動の際、この要素は大きい。連中に怪しまれず破壊工作ができるからな。これがまず一つ、もう一つは、鞠絵、」
中田は鞠絵の顔を見る。
「お前の体だ。いくら完治したとは言え、幼い頃から病弱だったお前の体力は、四葉のそれよりも非常に低い。これでは、万が一破壊工作に失敗した場合、逃げ切る可能性は四葉より低いと言う事になる。」
「それは……」
まさか自分の体の事をいわれるとは思っても見なかった鞠絵は、思わず絶句する。確かに中田の言う通り、鞠絵の体力は四葉のそれより大きく劣っている。加えて、鞠絵は運動が苦手であった。当然、走るのも遅い。これでは、万が一エルジア兵に追われた時、逃げ切る事はできないだろう。
「大丈夫デスよ姉チャマ。」
それまで黙っていた四葉が口を開いた。その声に、鞠絵はハッとして顔を上げる。その視界に飛び込んできたのは、四葉の優しげな微笑みだった。
「これは四葉のお仕事なのデス。」
「お仕事?」
「イエス。四葉には四葉にしかできない仕事がありマス。反対に、姉チャマには姉チャマにしかできない仕事があります。言わば、役割分担デス。」
「四葉ちゃん。……でも!」
なおも妹を引き止めようとする鞠絵。しかし四葉は不退転の意思を示すかのように、ニッコリ微笑む。
「四葉なら大丈夫です。それに、兄チャマと早く会う為なら、四葉は戦う事を怖がったりはしまセン。」
その言葉に、鞠絵は四葉を反意させる事は不可能だと悟った。
「…………分かりました。そこまで言うのなら、わたくしも止めません。でも…………」
そう言うと鞠絵はゆっくりと立ち上がり、四葉に歩み寄った。
「姉チャ……」
四葉が何かを言う前に、鞠絵は四葉をそっと抱きしめた。
「決して、死んじゃ駄目ですよ。みんな揃って兄上様に会うまでは。」
「…………姉チャマ。」
四葉も、鞠絵の体を抱き返す。
2人はまるで、そうしていないと互いの体から熱が奪われ消えてしまうと思っているかのように、しっかりと抱き合った。

その日上杉衛少尉は、ある決意を胸に兄の部屋のドアを叩いた。
「どうぞ。」
中から応答があり、衛は緊張の面持ちでノブに手を掛け、右へ回し押し開いた。
部屋の中では彼女の兄、上杉葵空軍大尉が紅茶を片手に何かの書類に目を通している所だった。
衛は部屋の中に足を踏み入れてから、静かにドアを閉めた。
「あにぃ。」
呼びかけられて葵は、書類から目を離した。
「ああ、衛。おはよう。」
葵は書類から目をっはなすと、抑揚の少ない声で衛に応じた。
「……どうしたの、あにぃ?」
葵の様子に、衛は訝りながら尋ねる。それに対して葵は少し不機嫌な顔を衛に向け、そして手に持った書類をよこした。
「何、これ?」
「読んでみれば分かる。」
「?」
衛は自らの疑問を解消する為に、書類に目を落とす。そこにはただ一言、「該当者無し」とのみ書かれていた。
「これは……」
そう言いながら衛は、葵の顔を見る。
「前に家に帰った時、吉田さんに兄妹全員の戸籍調査を頼んだって話しただろ。その回答だ。」
「え、じゃあ……」
衛は驚いた顔で葵を見た。それに対して、葵は無言のまま頷く。
「そうだ。全員の引っ越す前の戸籍は確かに存在する。もっとも、混乱期に引っ越してきた奴もいるから、一概に全部そうとは言えないがな。」
「そう……なんだ。」
 衛は呆然としながらも、少しほっとしたような表情を見せた。
 そんな衛に、葵は向き直る。
「それより、どうしたんだ?」
「え?」
葵の声に、衛は我に返って顔を上げる。
「お前の用事だよ。何かあったのか?」
「えっと……あの、ね……」
ここに来るまでに決意を固めてきた衛だが、葵の話に機先を制されてしまい、完全にタイミングを逸してしまった。その為に、うまく言い出せずにしどろもどろになる。
そんな衛に、葵は訝るような目を向ける。
「どうしたんだ?」
「…………うん。」
衛は大きく息を吸う。そして肺に篭った空気と共にそれを吐き出すまでに、決意を固め直した。
「あにぃ。」
「ん?」
「…………」
言い出しておいて、衛は黙り込む。まるで次の言葉を言えば、葵が消えてなくなってしまうかのように、衛は恐れていた。
しかし意を決し、衛は顔を上げた。
「あにぃは、今でも彩村命さんの事が好きなの!?」
「!?」
その瞬間、衛は自分が禁忌の扉を開いてしまった事に気付いた。そう、それは、決して開けてはならない、開ければ全てに呪いが掛かるパンドラの箱だったのかもしれない。
葵は椅子に座っているにもかかわらず、よろめくような間隔を覚えた。まさか、衛の口からその名前が出てくるとは思っても見なかったからだ。
「あにぃ……」
自分がした事の重大さに恐れるように、衛は恐る恐る葵の顔を覗き込む。それに対して、葵は低い声で口を開いた。
「衛。」
「なっ、何?」
葵はゆっくりと顔を上げて、衛を見据える。
「その話、誰から聞いた?」
「だっ、誰って……」
「言え!誰から聞いた!?」
突然の葵の罵声に、衛はビクッと体を震わせる。しかしすぐに気を持ち直し、しっかりした瞳で葵を見返す。
「言わない。」
「何!?」
葵がいきり立つ。それでも衛はひるまない。
「あにぃはまだ、ボクの質問に答えてないよ。だから、ボクも答えない。」
「…………」
葵は無言のまま、衛を見据える。対して衛も、一歩も退かずに葵と睨み合う。
「…………」
「…………」
2人は無言のまま睨み合う。こうなったら衛も強情であるし、葵にした所で、自分の心にある傷に触れられた訳だから、自分から退く気にはなれないだろう。
2頭の狼が睨み合う様はそのまま1分近く続いたが、先に折れたのは意外にも葵の方だった。
「…………まあ良い。どうせお前にその事を話すような奴は、ここには信悟くらいしかいないからな。あいつに聞けば分かる話だ。」
「!?」
その瞬間、衛の表情に僅かに焦りの色が差したのを、葵は見逃さなかった。
「図星か。」
 それだけ言うと葵は、衛に背を向けた。
「どっ、どこ行くのあにぃ!?」
「…………」
 葵は背を向けたまま、衛に振り返った。
「信悟に会ってくる。」
 それだけ言うと、葵は部屋を出て行った。

 飛行副隊長の任にある鎌田信悟少佐は仕官食堂で食事を終えて、席を立ったところだった。
 周りには、同じように食事をしている士官達がいる。
 食べ終えた食器の乗ったトレーを返した信悟は、特に用事があるわけではないのでその足で食堂を出ようとした。
 その時、信悟の行く手に立ち塞がるように立つ人物がいることに気付いた。
「……葵?」
「…………」
 親友の登場に、いささか戸惑う信悟。それに対して葵は無言のまま信悟に歩み寄る。
 とっ
 次の瞬間、電光のようなスピードで葵は信悟を殴り飛ばした。
 人一人分の質量が宙に舞い上がり、そして床に倒れこんだ。
 傍で見ていた士官達が、慌てて駆け寄る。
 その前に、葵は倒れた信悟に歩み寄る。
「なぜだ?」
「……何?」
 信悟は口の端についた血を拭いながら、葵を見上げる。そんな信悟を見下ろしながら、葵は続ける。
「なぜ、衛に、彩村教官のことを話した?」
「葵……」
「答えろ信悟!!」
 叫ぶと同時に、葵は信悟の胸倉をつかむ。それを見て、士官達が一斉に葵を押さえに掛かる。
「やめて下さい大尉!!」
「一体どうしたんですか!?」
 数人掛かりで葵を押さえつけに掛かる。しかしそれでも葵は止まらず、なおも信悟に喰らい付こうとする。
 さらに数人が飛びついて、ようやく葵の動きが止まる。しかしその瞳は、なおも殺気を込めて信悟を睨みつけている。その様は、まさに鎖に縛られた獣である。
 そんな葵に対し、信悟はゆっくりと立ち上がる。
「…………放してやれ。」
「「「「え?」」」」
 信悟の意外な言葉に、士官達は自分の耳を失う。そんな士官達に、信悟はもう一度言う。
「放してやれ。」
「しかし少佐!」
 士官達の抗議に、信悟は黙って首を横に振る。
「良いんだ。」
 信悟の言葉に、士官達は一応警戒しながらも葵を解放する。葵のほうも、これ以上暴れる気は無く、大人しく肩を落としている。しかしその眼光は、今だに鋭く信悟を射ている。
「答えろ信悟……なぜ、衛に彩村教官の事を話した?」
「…………じれったいんだよ。」
「何?」
 信悟の言葉に、葵は眉を吊り上げる。それに構わず信悟は続ける。
「見ていてじれったいんだよ、お前は。」
「どういう事だ?」
 葵は信悟に詰め寄る。しかし次の瞬間、信悟の口から飛び出た言葉は、無形の槍となって葵の胸を貫いた。
「好きなんだろ、衛の事。妹としてじゃなく、女としてな。」
「!?」
 葵は絶句し、数瞬の間を置いて再び導火線に火をつけた。
「信悟テメェ!!言って良い事と悪い事の区別もつかねえのか!?」
 再び激発する葵。しかし今度は殴りかかる前に他の者が止めに入る。
 そんな葵を、信悟は冷ややかな目で見つめる。
「じゃあ聞くが、何で、衛にだけは彩村中佐のことを話さなかったんだ?」
「それは…………」
 そう、命の事と、それに伴う葵の心境の変化の事は、兄妹の中で軍に入っている者は全員知っている。後から入ってきた咲耶や、技術開発研究所に出向している鈴凛ですら知っていることである。で、あるのに、葵は衛だけには話していなかった。
「教えてやろうか?」
 そんな葵を真っ直ぐ見据えて、信悟は口を開く。
「お前は衛に言わなかったんじゃない。言えなかったんだ。もう少し突っ込んで言えば、言いたくなかったんだ。昔好きだった女の事を、今、好きな女にはな。」
「だっ、だからって…………衛は、俺の妹だぞ。」
 反論を試みる葵。しかしその声には、先程の様な鋭さは無い。
「そう言って……誤魔化したいんだろ。自分の気持ちを。そこが、じれったいんだよ。」
「…………」
 もはや葵は反論する事はできなかった。無論、信悟の言葉を受け入れる気はまったく無い。しかし自分の心の中で、反論できずにいる何かがあることには、はっきりと気付いていた。
 その時、
「あにぃ……」
 その声に葵だけでなく、信悟や他の士官たちもギョッとして振り返った。
 そこには野戦服を着た衛が、心配そうな表情で葵を見ていた。
「衛……お前、何でここに?いつからそこにいた?」
「あにぃが少佐に会ってくるって言うから、心配になって……来たのはたった今だけど……」
 そこで衛は、信悟の顔が晴れている事に気付いた。
「少佐、その顔!」
 衛はキッとした顔で、葵を睨む。
「あにぃ、まさか!!」
 次の瞬間、信悟は乾いた笑い声を立て、衛の頭に手を置いて髪をくしゃくしゃにする。
「心配すんな衛。これはな、今転んで机の角にぶつけたんだ。大した事じゃないよ。」
「ほんと、あにぃ?」
「あっ、ああ……」
 取り合えず葵は、信悟の言葉に、適当に口を合わせておく。
 それを聞いて、取り合えず衛は安心した表情をする。しかし、やはり先程の事を気にしているのか、葵とは目をあわせようとしない。
 信悟は葵に近づくと、そっと耳打ちした。
「今回の件は、俺とお前の仲で不問にしておいてやる。しかし、衛に話した件は、俺は謝るつもりは無いからな。」
「…………」
 それに対して葵は、無言のまま信悟を見送った。

「しっかし重いデスね。」
四葉は腰のウェストポーチに入れた、ハンドガンを煩わしげに触る。比較的小型の銃だが、それでも実弾が入れば結構な重さになる。
四葉は今、黄色中隊の基地に来ていた。いつものスパイ活動をする為である。
今や顔なじみとなった基地要員達に挨拶を交わしながら、目当ての人々を探す。
「変デスね…………」
しかし今日に限っては、どこか基地に様子が普段と違う事に気付き、四葉は不審に思う。
しばらく見ていると、ある事に気付いた。
「むう、何でこんなに人がいるのでショウ?」
そう、今日の基地は大分、人が多いのだ。恐らく普段と比べれば二倍近くはいるだろう。
「これはミステリーですね、さっそくチェキしなくては。」
そう言うと、四葉は手近な物陰に隠れて様子を伺う。
四葉の存在に気付いた様子もなく、兵士達が忙しなく走り回っている。
「むう、一体これはどう言う事でしょう?」
「作戦が近くてな。他の基地の連中がここに集まってるんだ。」
「なるほどチェキほど。」
そう言うと、四葉は聞いた事をメモしようとする。
「で、君は何をやってるんだ、小さなスパイ君。」
「チェキ!?」
その声が自分に向けられた者だと気付き、四葉は慌てて振り返った。
「『お前は完全に包囲されてる。直ちに武装を解除し、抵抗を放棄せよ。』ってな。」
そこには、髪を金色に染めた猛禽を思わせる青年と、同じような表情ながら、髪の色は普通に黒い青年が立っていた。
「瞬矢さん、一矢さん……」
「よっ!」
そう言うと双子の弟、藤原瞬矢エルジア空軍中尉は片手を上げて挨拶する。兄の藤原一矢空軍中尉は相変わらず表情を動かさずに、四葉を見ている。
「悪いな四葉。」
瞬矢はそう言うと、四葉の頭に手を置く。
「今日はこれから会議なんだ。だから、お前と遊んでやれねえんだよ。」
「会議、何かの作戦デスか?」
「ん……まあ、そんな所だ。」
四葉の質問に対し、瞬矢は曖昧な答えを返す。それを制するように、一矢が瞬矢の肩に手を置いた。
「それ以上は止めておけ。相手が子供とは言え、軍機に触れる。」
「分かってるって。そんじゃ四葉。悪いけど、適当に暇潰しててくれ。」
そう言うと、瞬矢は四葉に背を向けた。しかし、一矢はそのまま四葉を見ている。
「あっ、あの、何デスか?」
「おい兄貴、置いてくぞ!」
「ああ。すぐ行くから先に行っててくれ。」
そう言うと一矢は、戸惑っている四葉に向き直る。
「なの、何デスか一矢さん?」
「…………」
四葉は額に冷や汗が滲む思いだった。もしや自分の立場がばれたのでは?そんな思いが駆け巡る。
そこでようやく、一矢が口を開いた。
「上杉。」
「はい、何でショウ?」
四葉は、なるべく動揺を悟られないようにする。しかし、次に一矢が言った言葉には、さすがに血の気の引く思いだった。
「なぜお前は、俺達の事をそんなに知りたがるんだ?」
「えっと……それはデスね……」
 四葉はとっさに良い言い訳が思いつかず、口ごもる。そんな四葉に、一矢は畳み掛けるように言葉をつむぐ。
「お前、まさかとは思うが、俺達を探ってるわけじゃ、無いよな。」
その言葉に、四葉の顔は引き攣る。しかし次の瞬間、一矢は力を抜くようにフッと笑う。
「まさか、な。いや、忘れてくれ。お前のような小さい子が、敵のスパイな訳無いしな。今日の俺はどうかしてる。」
 そう言うと、一矢は四葉に背を向けた。
「帰り、気を付けろよ。」
それだけ言うと、一矢は行ってしまった。それを確認すると四葉は足から力が抜け、その場にへたり込んだ。
「あっ、危なかったデス。」
なんとか危機を脱した四葉は、それ以上怪しまれないうちに今日は家路につく事にした。取りあえず重要な作戦会議がある事を掴んだ訳であるから、まったくの手ぶらと言う訳ではない。これ以上は、自分の身を危険に晒すだけであると言う判断だった。
 運命とはまさに、皮肉の輪廻と言って良い。もしこの時、一矢が四葉の正体に気付いていたら、これから起こる歴史は、大きく様変わりをしていた事は間違いなかったことだろう。

 その日、黄色中隊の基地には、ユージア大陸中央部に展開した空軍各中隊の隊長が集まっていた。もちろんそれだけの面子が宴会目的で集まるはずは無く、ロスカナスに進出したISAFに対する作戦についてだった。
 その中には黄色中隊の面々や、灰色の1である小野庸介少佐もいた。その他にも、十数人の中隊長達が自分の席に座っている。
 そんな彼等を前にして、黄色の13、村岡虎太郎少佐は作戦書類を手に壇上に立った。
「みんな、良く集まってくれた。取り合えず礼を言っとく。」
 冗談交じりの虎太郎の第一声に、あちこちから失笑が漏れる。
 それに追笑しながら、虎太郎は続ける。
「今回お前らに集まってもらったのは他でもない。先日、ロスカナスにまで進出したISAFに対する作戦についてだ。」
 一呼吸置いてから、虎太郎は言い放った。
「叩き潰す。」
 それを聞いて、ある者は低い笑みを浮かべ、ある者は口笛を吹き鳴らす。また、ある者は手元の資料を真剣な顔で覗き込む。
 しかし全員に一貫して言える事は、誰一人として不安な表情を浮かべているものがいないと言う事だ。
 それらを見て、虎太郎は先を続ける。
「今回は空軍だけの作戦となる。もちろん、俺たちだけで敵を完全に叩き潰す事は不可能だ。しかし、この作戦の趣旨は敵の足止めにある。それだけなら俺たちだけで充分可能だ。」
 一同は虎太郎の説明を黙って聞き入っている。それを確認して、虎太郎は先を続ける。
「攻撃隊は三つに分ける。第一部隊は囮を兼ねた空戦部隊、これには部隊の大半を投入する。こいつの指揮は俺が直接取る。」
「待ってください。」
 赤の1が手を上げた。
「総指揮官が囮部隊の指揮を取れば、作戦全体の指揮に支障が出る恐れがあるのでは?」
「囮には全力を帰す必要がある。それには俺が指揮を取るべきだろう。」
「それは……そうですが……」
「それに……」
 虎太郎はそこでニヤリと笑う。
「お前達なら、総指揮官がいなくても、充分に任務をこなせるだろう。」
 それを聞いて、一同は納得した表情を浮かべる。
「続けるぞ、主攻撃部隊は第二部隊だ。これは、囮が敵を引き付けている間にロスカナス上空に低空から侵入する。目標は敵の地上部隊、主に戦車等の野戦装備を中心に叩いてくれ。この部隊の指揮は、」
 虎太郎は、庸介を見る。
「庸介、お前に任せる。」
「ちょっと待てよ。」
そう言って立ち上がったのは、当の庸介だった。
「お前が囮で危険な目にあってる時に、俺に安全な囮部隊を指揮しろと言うのか?」
この言葉は、虎太郎との友情が言わせた言葉だった。虎太郎を危険な目に合わせて、自分が安全な任務に就く事は、庸介の武人としての心が許さなかった。
それに対して、虎太郎はニヤリと笑う。
「勘違いするな。俺はお前に楽をさせようとは思っていない。この部隊は低空から侵攻する以上、高度な編隊飛行技術が要求される。そんな事ができるのは、この中ではお前だけだと思うから任せるんだ。また、途中で奇襲の前提が崩れ、ISAFに発見されたとしても、お前なら充分に応戦が可能だろう。」
「…………」
それを聞いては、庸介としても引き下がらざるをを得ない。それを見て、虎太郎は先を続ける。
「最後に第3部隊だが、これは帝都ファーバンティから出撃する事になる重爆撃機部隊だ。TU−160ブラックジャック6機がロスカナス上空から爆弾を降らせる。敵はそれまでの戦闘で、防空戦闘機の大半を上げて、燃料、弾薬共に消耗しているだろうから、ブラックジャックを撃墜する事はできない。と言う訳だ。」
ブラックジャックとは、エルジア軍が開発した超音速爆撃機で、高々度をマッハ1・6で飛べる為、事実上これを迎撃する事は不可能とされていた。

会議を終えて滑走路に出た虎太郎の下に、立花操中尉がやって来た。
「隊長。」
呼ばれて、虎太郎は振り返った。
「どうした?」
「…………いえ、少し風に当たろうかと思いましたら、隊長の姿が見えましたので…………」
「…………そうか。」
そう言うと、虎太郎は再び視線を元に戻した。
その先には3種類の戦闘機が、翼を連ねて駐機してある。
「なあ、立花。」
「はい?」
虎太郎は、3機の戦闘機のうちの1機を差した。
「あれを見たら、ISAFの連中、肝を潰すだろうな。」
それを聞いて、操は思わず笑いを止める事ができなかった。
「確かに……まさかこのような形で逆襲を食らうとは思わないでしょう。」
「だがな、」
そこで虎太郎は笑うのを止め、真剣な表情になる。
「『あいつ』には、その程度では勝てんだろうな。」
操は即座に、虎太郎が言う『あいつ』だ、リボン付きを差していると理解した。
しかし操は、一瞬の逡巡の後に言った。
「大丈夫ですよ。」
「…………」
「隊長の背中は、私が守りますから。」
「…………」
その言葉に対して、虎太郎は無言のまま操の肩を抱き寄せた。

雷鳴が、ロスカナスに迫っていた。

第十六話「偽りの心」 おわり

あとがき

え〜と、なんだか長くなりそうなので、ここらで一旦切る事にします。次回をお楽しみに!

追伸とおわび
今まで、メールを送っていただいた方で、返事が来ていないと言う方がいらっしゃるかと存じます。本当に申し訳ありません。リボンつきの翼を書き始めた頃、まだパソコンに慣れてなくて、メール送信をミスった事が何度かありました。本当に申し訳ありませんでした。最近ではそう言う事はないので、もし、最近私にメールを送って返事がきていないと言う方がいらっしゃいましたら、どこかで引っかかっている可能性が高いです。とにかく、申し訳ありませんでした。

ファルクラム

 


ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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