リボンつきの翼
第十五話「首都、奪回」
作者 ファルクラムさん
1
「何?葵の過去?」
鎌田信悟空軍少佐は、訝るような声を目の前の人物に投げた。
四月に入り、ISAFは次の作戦の準備を整えつつあった。その作戦とは、コフィンブルク共和国首都、ロスカナス奪回作戦である。現在、ISAFの前線と、ロスカナスの間にはエルジア軍が築いた、長大なタンゴ要塞線が存在している。天然の要害を改造したこの要塞群は、ロスカナス奪回を目指すISAFにとっては避けて通れぬ道であった。
そんな訳で信悟も、多忙な日々を送っていたわっけだが、そんな中での珍客に、いささかならず戸惑いを覚えていた。その珍客と言うのが、今、彼の目の前にいる、部下であり親友の妹である、上杉衛少尉だった。
衛が信悟を尋ねてきた理由と言うのが、「過去に、兄、葵に何があったのか?なぜ、あんなふうに性格が変わってしまったのか?」であった。
「うん。」
衛は上目遣いで、信悟を見る。
「少佐なら、何か知ってると思って。」
「葵は、何て言ってるんだ?」
「それが、『いつか必ず話す』って……」
それを聞いて、信悟は溜め息をついた。
「その、『いつか』まで待てないのか?」
「前に聞いた時も、同じように言われたんです。それからずっと待ってるのに、あにぃは話してくれないんです。それでボク、気になっちゃって…………」
そこで衛は、顔を上げる。
「教えてください!少佐なら分かるでしょう!!」
「…………」
「このままじゃボク、気になって戦いに集中できません。」
衛の言葉に、信悟は心の中で溜め息をついた。
『やれやれ、葵の奴にも困ったもんだ。』
信悟は、葵がクールに振る舞っている理由を知っていた。何しろ、信悟が葵に始めて会ったのは、南方戦線時代であったからだ。
信悟はもう一度大きく溜め息をつくと、雑務の手を止めて立ち上がった。
「まあ、座れよ。」
信悟は衛をソファーに座らせると、ティーポットに入った紅茶を2つのカップに入れて、一方を衛に渡した。
「俺が初めて葵に会ったのは、陥落寸前のロスカナスだった。」
信悟は自分も衛の向かいに腰掛け、話し始めた。
「当時、既にエルジア軍はコフィンブルクの北部国境を突破して、ロスカナスに迫っていた。その頃の葵はまだ少年飛行隊の所属で、訓練を受けている身だったよ。」
信悟は紅茶を一口啜って、衛を見た。
「その時、少年飛行隊の教官をしていたのは、彩村命って人だった。当時は確か大尉だったな。」
「彩村、命……」
衛にとっては、初めて聞く名前だった。
信悟は構わず続けた。
「人気があったぞ、彼女。空戦の腕は一級品、しかも相当な美人だったからな。」
「少佐も、好きだったの?」
「俺か?」
衛の質問に、信悟はフッと笑う。
「さあな、忘れちまった。そんな昔の事。」
そう言ってはぐらかすと、信悟は先を続けた。それを見て衛は、信悟もまた命が好きだった1人なのだろうと判断したが、あえてその事には触れないでおいた。
「だがな、多分、葵の奴は好きだったと思うぞ。彩村さんの事。」
「え?」
衛は思わず、顔を上げて信悟の顔を見た。
「その頃のあいつ、何かいっつもニコニコしてて、日々楽しい事でいっぱいだって感じだったからな。」
「そう……なんだ。」
衛は声のトーンを落として答えた。その様子を、信悟は訝りながら眺める。
『はは〜、こいつは、』
信悟はさも可笑しそうに微笑する。しかし衛は、その事に気付いていない。信悟は構わず続けた。
「そんな時だった。あの作戦が立案されたのは。」
「あの作戦?」
キョトンとした衛に、信悟は静かに告げた。
「ストーンヘンジ攻撃作戦。」
衛ははっとした。彼女も、初期の教養課程でこの作戦の事は知っていた。そしてそれがが、黄色中隊の参戦で攻撃隊全滅という無残な結末に終わった事も。
「その作戦で制空隊隊長に任命されたのが、彩村さんだった。」
もう衛は、兄の身に何が起こったのか理解できた。大切な人を奪われた哀しみ。それが葵の心を凍らせた原因である事は明白だった。信悟もそれが分かっており、結果までは話そうとしなかった。
「後で知った事なんだが、攻撃隊メンバーのリストの中には葵の名前もあったって話だ。」
「あにぃも?」
「ああ。だが、彩村さんが司令部に談判して葵の名前を削除させたって話だ。」
「……そうだったんだ。」
衛は紅茶が入ったままのカップを、黙って見詰める。
「それからだよ。葵が他人に冷たく振る舞うようになったのは。理由を聞いたら、『空で戦うなら、つねにクールでいなければならない』だってさ。それでよく意見対立して、喧嘩になった事もあったな。」
しかし衛は、もはや信悟の言葉を聞いてはいなかった。代わりに、別の事を考えていた。
『そうか、それであの時……』
衛は、前回フェイスパークでストーンヘンジの砲撃を受けた時の事を思い出した。あの時葵は、「もう2度と、俺の手の届かない所で大事な人が死ぬのは嫌だ」と言った。あの言葉は、命の事を指していたのだ。
「あにぃ……」
衛は、信悟に気付かれないようにそっと呟いた。
2
7番目の妹が自分の過去を詮索している頃、上杉葵空軍大尉は飛行総隊長の河村高士空軍少佐の執務室にいた。
高士は先日、コモナ諸島に進出してきた軍司令部の会議に出席したのだ。その会議の議題と言うのは、過去、ロスカナス撤退戦時に奪われた、いくつかの機体の設計図についてだった。技術開発研究所は、この件に関して事実を否定しているが、コモナ諸島でのB−2、バンカーショット作戦でのA−10など、嫌疑は濃厚だった。
「どうだった?」
葵は鋭い視線を、高士に投げる。彼も、会議の結果が気になっていたのだ。
それに対して、高士は大きく溜め息をついて話し始めた。
「事態は、思っていたより深刻だ。」
「ほう?」
葵は短く呟いて、先を促す。
「設計図が強奪されたのはA−10、B−2の他にも、F−15Cイーグル、F−16ファイティングファルコン、AV−8ハリアーだ。」
「…………」
葵は無言のまま、高士の言葉を聞いていた。
そんな葵の前で、高士は小さく溜め息をついた。
「厄介な事になった物だな。これらの機体を元に、エルジアが新型戦闘機を作り出してくる事が十二分に考えられる。今の我々に、果たして勝ち目はあるのか。」
「それで、この件に関しての責任者の処遇は?」
「関係者は全員更迭、まあ、この処置は当然と考えるべきか。」
「しかし、そのお陰でISAFの技術開発力は一時的にしろ停滞する事になる」
「ああ、しかも、クビになった奴にとってこの件はそれで終わりだが、残された者は後始末を行わねばならない。迷惑な話だ。」
高士は、大きく溜め息をついた。
「血の雨が、降るな。」
「ああ。」
3
2007年4月6日、コフィンブルク共和国シルバーブリッジ地方を征圧したISAFは、その進路を北に向け、大陸奥地へと侵攻する構えを見せた。
彼等の当初の目的は、首都ロスカナスの解放、そしてそこを前線とし、第2次ストーンヘンジ攻撃作戦を行うのだ。その為に、タンゴ要塞線を突破する必要がある事は既に述べた。
当初ISAF、イスタス要塞などの強固な陣地が存在する正面は避け、迂回して一旦級フェイスパーク連邦共和国に入った後、側面から突破、ロスカナス近隣に雪崩れ込むと言う作戦を考えていた。しかし、いくつかの理由からその案は放棄せざるを得なかった。その一つ目の理由が、山脈の標高だった。1度フェイスパークに入ってしまえば、ロスカナスとの間にワイアポロ山脈の東側の尾根が横たわる事になる。当然、エルジア軍はこの方面も要塞化しており、突破には多大な犠牲と困難が要求される事は火を見るより明らかだった。さらにイスタス要塞には、空軍基地や海軍の潜水艦基地まで確認されており、放置すればいずれ、ISAFの後方撹乱に出てくる事が予想された。以上の点から踏まえて、ISAFは強固なイスタス要塞に正面から攻撃を仕掛ける事となった。
幸いと言おうか、イスタス要塞には他の場所に見られるような地下要塞は少なく、空爆による無力化は充分可能とみられていた。これも、イスタス要塞正面突破が採用された要因の1つである。
ISAF空軍は、この作戦に第1波70機、第2波120機の投入を予定していた。
とにかく、可及的速やかに要塞を無力化し、陸軍をなるべく無傷で進撃させる事が目的だった。
「スカイアイより各機へ、」
後方からAWACSとして追随する咲耶の声が、パイロット達の耳に入ってくる。
「今回の作戦の最終確認をします。攻撃目標は大きく分けて3つ、サイオン飛行場、潜水艦基地、補給基地です。まず、要塞南東の山岳地帯にサイオン飛行場があります。ここにイスタス要塞の全航空兵力が存在していると思われますので、まずはここを全力で叩いてください。次に、要塞の南西にある補給基地を叩いてください。その後、後続の第2次攻撃隊が潜水艦基地を叩きます。」
「「「「了解!!」」」」
各パイロットが、一斉に応答する。
それを聞いてから、咲耶はもう一言付け加える。
「それから、ここは既にストーンヘンジの射程距離内です。砲撃があると思いますので、充分気を付けてください。」
それを聞いて、一同の背筋に冷たい物が走る。中にはフェイスパークでの悪夢を思い出している者もいる事だろう。
そう、このタンゴ要塞線はすでにストーンヘンジの射程距離内に入っているのだ。今頃は、大陸中央から自分達に対して照準を付けている事だろう。
そんな不安を斬り捨てるように、真紅に塗装された高士のスホーイ27フランカーが編隊の前に出た。
「アドラーより各機へ、聞いた通りだ。十分に注意し、作戦に従って行動せよ!!」
そう言うと、高士はスティックを倒してサイオン飛行場に機首を向けた。その他の機体も、高士に倣って進路を変更する。
しかし1隊だけ、追随しない部隊があった。
その部隊は、おおむね古い機種で編制された部隊で、それぞれの機体カラーもまちまちだった。
先日合流した、メリア大陸から来た傭兵部隊である。
「アドラーよりハンズクロス。」
高士は、隊長のレイ・ラブロック・村雲中尉を呼び出す。
「どうした、なぜついてこない?」
「すまないが隊長。」
答えたレイの声は、挑発するような響きを湛えている。
「さっきの作戦だと、どうしても時間に無駄ができちまう。悪いが俺達は、先に補給基地の方を叩かせてもらう。」
「何?」
高士は傭兵部隊の方に目を向ける。その視線の先では、自分達とは違う方向に機首を向ける傭兵部隊の航空機があった。
「…………全機、進路そのまま。」
「隊長!!よろしいのですか!あんな連中に勝手な事をさせて!?」
「そうです!作戦にも支障が出る恐れがあります!!」
高士の命令に、隊員の何人かが抗議の声を上げる。他の者もその隊員と同意見らしく、口々に不満の声を寄せてくる。
「静まれ!」
そんな隊員達を、高士は一喝する。
「向こうは向こうに任せておけば良い。我々は当初の予定通り、サイオン飛行場を無力化し、制空権を確保する。」
その命令に、不満を上げていた隊員達も不承不承ながら従う。
そんな彼等の視界に、いくつかの岩山が寄り添うようにして点在している様が見えてきた。
「まさに、自然の要害、ですわね。」
高士のフランカーの横に、機首、主翼、尾翼の先端部分を桜色に塗装したF/A−18ENスーパーホーネットが並んだ。上杉春歌空軍中尉の機体である。春歌と千影も、第一次攻撃隊に配属されていたのだ。
「これでは、地上部隊の侵攻が困難なはずです。」
「ああ、だが逆に山が多いと言う事は空からの備えは難しいと言う事だ。」
山が多い場合、例え空からの敵に対して対空ミサイルを撃ったとしても、山陰に隠れてかわされる可能性が高いからである。
高士はゆっくりとスピードを上げつつ、編隊の前に進み出る。
「アドラーより各機へ、あの山の山頂がサイオン飛行場になっている。航空機が地上にいるうちに破壊しろ!!」
「「「「了解!!」」」」
そんな彼等の視界に、雲の切れ間から薄っすらと、山頂の飛行場が見えてきた。
高士は一拍置いてから、命令を下した。
「全機、攻撃開始、アタック・オン!!」
高士の命令を受けて、ISAF空軍は一斉に散開し、エンジンスロットルを上げて突入を開始する。
しかしその時、先頭を飛んでいた数機が爆炎を上げて吹き飛ぶ。
「どうした!?」
高士が声を上げる。それに対して、暫くして報告が入った。
「隊長、山の中腹に対空ミサイルが設置されています!!」
それを聞いて、高士は目を吊り上げる。
「全機、まずは中腹の対空ミサイルを潰せ!」
「「「「了解!!」」」」
高士の命令を受けて、ISAF空軍は一斉に降下を始めた。
その頃、サイオン飛行場では、緊急発進が相次いでいた。
「急げ、敵は既にそこまで来ているのだぞ!!」
先頭の機体に乗って叫んでいるのは、大垣高広エルジア空軍大佐だ。彼が率いる銀色中隊も、このイスタス要塞に配備されていた。
「まったく、レーダー班は何をやっていた!大方居眠りでもしていたんだろう!帰ったら全員軍法会議に掛けてやる!!」
コックピットの中でわめきながらも、発進準備はなかなか進まない。
「何をしている!!早く終わらせろこのノロマども!!」
大垣はもう一度コックピットから首を出して叫ぶ。
彼の機体が発進準備を終えたのは、それから1分後の事だった。
「準備のできた機体から発進させろ!それから、敵を深追いせず、例の場所におびき寄せるようにしろ!!」
そう言うと大垣は、愛機であるR−M01ラファールを発進させた。
ミサイル陣地を沈黙させたISAF空軍は、サイオン飛行場に殺到しつつあった。
「隊長……敵が、来る。」
高士のフランカーと併走した千影が、そう伝えてくる。その進路の先では、サイオン飛行場から離陸したエルジア空軍機が向かってくるのが見えた。
「千影、春歌、お前達は攻撃隊を連れてサイオン飛行場に向かえ!私は制空隊を率いて敵を引き付ける!」
「了解ですわ!」
「フッ……了解。」
2人は部隊の半数を引き連れて高度を落としていく。それを追うように、エルジア空軍も高度を落としていくが、その前に高士に率いられた制空隊が立ちはだかる。
「お前達の相手は我々だ。勘違いしないでもらおう。」
静かに告げると、高士はエルジア空軍に機首を向けてエンジン出力を上げた。
エルジア空軍をやり過ごし、一旦低空まで舞い降りた千影たちは、山の合間を縫うように飛行し、サイオン飛行場の麓までやってきた。そこで千影は、マイクのスイッチをおもむろに入れる。
「ナイトメア1より……各機へ……全機上昇……攻撃開始。」
「「「「了解!!」」」」
千影の命令を受けて、攻撃隊は山すそに沿って急上昇を始めた。
サイオン飛行場の滑走路要員達は肝を潰した事だろう。突然山を駆け上がるように、20機以上の戦闘機が躍り出てきたのだから。
千影たちの視界の端で、慌てて逃げていく兵士達が映っている。
「フッ」
千影は妖艶な微笑を浮かべると、ロールして上空で反転を行う。彼女の機体の翼には、1000ポンド爆弾が6発吊るされている。
千影はFCSを2発投下モードにすると、進行方向を微調整して目標に合わせる。彼女の目標は滑走路の先端部分、比較的短めのサイオン飛行場なら、先端部分に大穴を開けてやれば、これ以上エルジア機は離陸できなくなる。それが狙いだった。
目標部分を爆撃ピパーに収める。
急降下する千影のスーパーホーネットに向けて、一斉に対空砲火が吹き上げられる。それに対し千影は、巧みに機体を振って砲撃をかわしていく。
「ナイトメア1、投下。」
コールすると同時に、爆弾投下ボタンを押し込む。
切り離された爆弾は、吸い込まれるように滑走路に向かう。それと同時に、千影は機体を引き起こし、水平飛行に入る。その千影の背後に、火柱が吹き上がった。それと同時に、滑走中のミグ29ファルクラムが爆風を上げて横転した。
千影は高度を上げて、自分の戦果を確認する。滑走路の真ん中から炎が上がっており、もはや修理を施さない限り使用できないのは明白だった。
その千影の視界の隅で、別の攻撃機が地上格納庫に攻撃を仕掛けているのが見えた。
「ナイトメア2よりナイトメア1!」
春歌からの通信に、千影はマイクのスイッチを入れる。
「こちらナイトメア2……どうしたんだい……春歌君?」
「敵は山一つくり貫いて、格納庫にしているようです。」
春歌の指摘した通り、地上格納庫のみならず地下にも格納庫があるらしく、そこに航空機を格納しているらしい。
「まずいですね。このままでは無力化は困難です!」
「いや。」
春歌の焦りの声に対し、千影は冷静に否定する。
「早い話が……他の要塞が陥落するまでの間……この飛行場が……使えないようにすれば良い訳だ……だから、ようは……修理が完了する前に、叩き潰せば良い…………そう、ゼウスの放つ雷のように……一撃で……」
「成る程、そうですわね。」
2人はそのように会話を交わすと、次の目標に機首を向けた。
一方その頃、補給基地攻撃に向かった傭兵部隊も、目標に取り付き、攻撃を開始していた。
イスタス要塞の補給基地は、山と山の間にある小さな谷間に作られており、その中央を川が流れ、丁度、基地の横に船が着けられるようになっていた。
レイのスホーイS−37Aベルクトを先頭に、傭兵部隊は山間を縫いながら飛行し、目標となった補給基地へと迫る。
「隊長、今の所、航空機も対空ミサイルも上がってきません。隊長の読み通りです!!」
部下の1人の報告を聞いて、レイは口の端に凄みのある笑みを浮かべた。
山頂部分には対空ミサイルが設置されていると踏んだレイは、一度低空まで舞い下りて、山と山の切れ間から突入する作戦を考えたのだ。常識で言えば、そんな狭い所を超音速の戦闘機が、しかも低空を飛ぶとは考えにくい。その思考の隙を突いたのだ。
「ハンズクロスより全機へ!敵はまだ気付いた様子はない!!このまま低空を維持しながら敵の懐に飛び込め!!」
「「「「了解!!」」」」
部下の応答を聞いて、レイはベルクトをさらに加速させる。
複雑に曲がりくねった山裾がレイ達の行く手を阻もうと立ちふさがるが、レイ達はまるで一本の水流のように連なりながら、それらのカーブを縫って行く。
やがて視界が開け、目の前にエルジア軍の補給基地が姿を現した。それを見いてレイは、マイクのスイッチを入れる。
「ハンズクロスより各機へ!散開して……」
レイは命令の途中で言葉を止め、とっさに機体を翻した。一拍の間を置いて、高射砲の対空榴散弾が、レイのベルクトがいた空間で炸裂する。
「今頃になって気付いたか!」
後方では同じような光景が繰り返され、後続していた味方に高射砲が襲い掛かっていた。
「だがな、もう遅いんだよ!!」
吼えるように叫ぶと、もう一度マイクのスイッチを入れる。
「ハンズクロスより全機へ!散開して攻撃体勢に入れ。攻撃終了後は山頂を低空で飛びぬけろ!!」
レイの命令を受けて、傭兵部隊は一斉に散開する。
その内の一隊が編隊を組んで、燃料貯蔵庫に迫る。そして低空をフライパスすると同時に2発ずつ爆弾を叩き落とした。
数瞬の間を置いて燃料貯蔵庫の一角から火の手が上がり、火柱が踊った。炎はそのまま他のタンクにも燃え移り、連鎖反応的に誘爆を引き起こしていった。
それが引き金となり、次々と攻撃を開始する傭兵部隊のパイロット達。
そんな中でレイは、基地の横に停泊中の輸送船に目を付けた。どうやら物資を陸揚げ中だったらしく、地上に荷物が散乱している。
レイは機体を微調整して進路を合わせると、FCSを爆弾投下モードにする。
水平飛行に入ったレイのベルクトに対して、盛んに対空砲火を撃ちかけてくるが、レイはエンジン出力を最大まで上げ、加速する事によって対空砲弾が炸裂する前に振り切る。その為、対空砲火は、レイのベルクトの遥か後方で虚しく花を咲かせるのみだった、
レイは爆撃照準用ピパーを輸送船に合わせる。ベルクトの底部が開き、中から1000ポンド爆弾4発が現れる。ステルス性を考慮したベルクトは、このように兵装を内部に搭載できるようになっているのだ。
ベルクトの前進翼が、まるで翼を広げた大鷲のように、目標となった輸送船に陰を差す。次の瞬間、レイは目をカッと見開いた。
「……食らえ!!」
叫ぶと同時に、レイは投下ボタンを押した。
慣性がついた爆弾は、そのまま前方に押し出されるように投下され、レイのベルクトが目標上空を通過すると同時に、輸送船に突き刺さり、そのまま外装を突き破って内部で炸裂した。
次の瞬間、輸送船は内部から膨張し弾け飛んだ。それに伴い、回りに散乱していた物資の山にも燃え広がり、辺りの地面は火の海と化した。
それをバックミラーで確認し、レイは会心の笑みをを浮かべる。
回りを見回すと仲間の傭兵達も攻撃に成功し、次々とこの山岳地帯から脱出しているのが見て取れた。
レイは一度補給基地上空を大きく旋回してから、山頂を抜けて脱出するコースに入った。
どうやら山頂の対空ミサイルは先に脱出した味方が潰しておいてくれたらしく、レイの脱出は比較的スムーズに行った。
「全員無事か?」
合流ポイントについてから、レイは言った。直ちに各隊の小隊長が点呼を取る。
「隊長、脱落者はいません。」
「よし、では……」
レイが次の命令を発しようとした時だった。
「スカイアイより各機へ!!」
咲耶の声が、全員の耳に飛び込む。
「ストーンヘンジの砲撃を確認!ただちに高度を600メートル以下まで落として!!」
それを聞いて、空軍側のパイロット達は慌てて高度を落としに掛かる。
しかし、いまだにストーンヘンジの攻撃を食らった事の無い傭兵部隊のパイロット達は、今一つピンと来てない様子だ。
「ほう、噂の奴が来って訳か。」
「何だ、こんな所まで届くのか?」
「600メートル?山の間を飛べって事か?」
口々に勝手な事を言っている。無理もあるまい。大陸の中央から端まで射程があり。しかもほぼ正確な照準が行える大砲など、例えブリーフィングで説明を受けていたたとしても、すぐに理解できる代物ではない。
そんな中、1機だけ降下して高度を落としている機体がある。黒いボディーに白いラインの入った前進翼の機体、レイのベルクトである。
「隊長!!」
そんなレイの行動に、戸惑いを覚える傭兵達。しかし、レイは構わず言った。
「スカイアイに言われた通りにしろ!」
「しかし隊長!!」
1人の傭兵が抗議の声を上げるが、レイはそれに覆いかぶせるように言った。
「良いから早くしろ!何だか分からんが、まずい予感がする!!」
レイに言われて、仕方なく傭兵部隊も高度を落としに掛かる。
その直後だった。独特の風斬り音と共に、巨大な砲弾がスコーフィールド高原目掛けて突き進んできた。
「何だ!?」
退避に掛かっていた傭兵の1人が声を上げる。次の瞬間、その傭兵は一瞬にして機体ごと分解され、大気の粒子となって飛び散った。さらに回りにいた数機の戦闘機も、巻き添えを食って消滅する。
同時に砲弾炸裂の衝撃波が、爆風となってジャングルの樹木を薙ぎ払う。当然、回りを飛んでいた機体も、木の葉のようにバランスを失って吹き飛ばされるが、そこは歴戦のパイロット達、すぐにバランスを取り戻し、水平飛行に入った。
「なっ!?」
それを見ていた傭兵部隊のパイロット達は、レイも含めて我が目を疑った。たった今まで、一緒に飛んでいた仲間が、一瞬にして蒸発し、大気と同化してしまったのであるから、当然であろう。
「馬鹿な……」
レイは、思わずうめいた。彼自身、目の前で起こった事が信じられない心境だった。
しかし事実だった。たった一発の砲弾で、数人のパイロットの命が一遍に失われてしまった。しかも、その砲弾は大陸中央部から放たれた物である。
「これが、ストーンヘンジの威力なのか……」
レイは、呆然とした声で呟いていた。
しかし、呆けてばかりもいられない。今の砲撃でISAFが混乱したと見越して、エルジア軍が反撃に出てくる事は十分考えられるからだ。
「全機集合、味方と合流するぞ!!」
残念だが、こちらの行動範囲外にいる以上反撃の手段はない。ここはスカイアイの情報を信じ、砲撃が来たらかわすという方法を取るしかなかった。
集合を終えた傭兵部隊は、一斉に進路を東に取り、味方との合流を目指した。
4
サイオン飛行場の無力化に成功したISAF空軍だったが、すでに離陸を終えた部隊相手に、少々苦戦を強いられていた。
と言うのも、その中には精鋭銀色中隊がおり、ISAFの攻撃に対し、巧みな反撃を繰り返しているのだ。しかも彼等は、何か意図があるかのように深追いを避け、こちらが向かっていけばすかさず翼を翻して退避し、逆にこちらが退こうとすれば、反転して反撃に出ると言う行為を繰り返していた。
「彼等は、一体何を考えているのでしょう?」
突っ込んできたファルクラムの攻撃をかわしながら、春歌は頭に浮かんだ疑問を千影に告げる。
それに対して千影は、しばらく考えた後口を開いた。
「分からない……しかし……何か……嫌な予感がする……」
「嫌な予感?」
千影の言葉を反芻し、春歌はゴクリと生唾を飲み込む。この姉の「予感」が、よく的中する事は春歌も知っている。知っているだけに、緊張が高まる。
現在千影達は10機ほどの味方と共に、逃げる銀色中隊を追撃して、サイオン飛行場の北にある岩山地帯に差し掛かっていた。ここはイスタス要塞の中でも特に入り組んでおり、どこにミサイル陣地や対空ミサイルを担いだ歩兵がいないとも限らない状況だった。
「とにかく……警戒を……密に……」
「了解ですわ!!」
しかしその時、彼女たちは大垣が張巡らした罠の中に、既に飛び込んでいる事に気付いていなかった。
「間抜けどもめ。」
自分達を追って岩山に突入してきたISAF空軍を見て、大垣はほくそえんだ。既に罠は完成し、今にも飛び掛かる準備はできている。
「最初の得物にしては少々少ないが、まあ、良しとするか。」
そう言うと、大垣はマイクのスイッチを入れた。
「銀色の1より各機へ、得物は罠に掛かった。狩りを始めよう。」
次の瞬間、眼下のジャングルが一斉にざわめいた。その直後、突然千影達の目の前に、5機の戦闘機が現れた。
「!?」
千影はとっさに、機体を捻り込み衝突を回避する。結果的にその判断は正しかった。なぜなら、それらの機体は一斉にミサイルを放ってきたからである。
そのミサイルで、後続していたバイパーゼロ1機とスーパーホーネット2機が粉砕される。
ISAF機を撃墜したものの正体は、ヤコブレフ38フォージャー。エルジア帝国のヤコブレフ社がハリアーに対抗して開発したYTOL(垂直離着陸)戦闘機で、全長15・94メートル、全幅7・94メートル、全高4・5メートル、最高速度マッハ1となっている。そして最大の特徴は、ハリアー同様、このように滑走路が無い場所でも使用できるということだった。
「これは一体!?」
なんとか攻撃をかわした春歌が叫ぶ。
「……罠だ。」
それに対して、千影は冷静に状況を分析する。
「どうやら……私たちは……嵌められたようだね……」
エルジア軍はあらかじめこの地点にフォージャーを配置し、ISAFをおびき寄せて包囲しようと考えたのだ。
「とにかく……接近戦は……不利だ……」
「そうですわね。一気に抜けましょう!!」
垂直離着陸や空中静止まで可能なフォージャーやハリアーは、恐ろしく旋回性能が良い。通常の機体では太刀打ちできないのだ。
「ナイトメア1より……各機へ……一気にこの地点を抜ける……」
「「「「了解!!」」」」
千影の命令に従い、ISAF空軍の各機はエンジン出力を上げて脱出に掛かる。フォージャーは旋回性能は良いが、速度がそれ程出ない。簡単に振り切れるはずだ。
しかし脱出を図ろうとする千影達の前に、再びフォージャー達が舞い上がってきた。
「クッ!」
千影は思わずうめき声をもらす。
エルジア軍はかなり用意周到に、ISAFを待ち構えていたようだ。
再びミサイルを放ってくるフォージャー。それに対し千影は、ギリギリまで引き付けて、ミサイルを躱し切る。
「こっちの……番だ。」
千影は機体速度を落として1機のフォージャーに照準を付け、ロックオンする。
「ナイトメア1、フォックス3。」
低いコールと共に、千影はバルカンを発射する。
閃光の直撃を受けたフォージャーは、炎を上げて砕け散り、ジャングルにその残骸をさらす。
「今のうちに……」
千影の短い命令に従い、ISAF空軍は包囲網を脱出に掛かる。
その背後から、追撃してくるフォージャーが、アーチャーを放ってくるが、それらは千影達が放ったアーチャーに赤外線シーカーをごまかされ、虚しく空中に爆炎を上げるに留まった。
「何とか、振り切ったみたいですわね。」
春歌が、溜め息をつきながら言う。
しかし、それを聞いても千影は黙って前方を凝視している。
「春歌君……」
「はい?」
千影の呼びかけに、春歌は答える。
「どうやら敵は……相当……執念深いようだね。」
「は?」
千影の言葉に、春歌が疑問符を投げかけた瞬間だった。三度、彼女たちの前方にフォージャーが4機、姿を現す。
「そんな!!」
「……そう言う事だよ。」
千影は言いながらアフターバーナーを点火し、突破しに掛かる。これ以上戦っては、不利になる一方である。ここは、やはり当初の方針通りスピードに物を言わせて振り切る方が良い。
千影はフルスロットルのまま機体を傾け、脇道に逸れるようにして進路を変える。
フォージャーは追撃に掛かろうとするが、スーパーホーネットのダッシュ力の前にあっという間に後方に置いていかれる。
この瞬間、千影は敵を振り切った事を確信した。後はこのまま高度を上げて脱出すれば、
そこまで考えた時だった。四度、眼下から垂直離着陸機が姿を現した。しかも今度はフォージャーではなく、ISAFの正式採用機ハリアーである。これにはさすがの千影も、虚を突かれた格好になった。
とっさに高度をギリギリまで下げてハリアーをやり過ごす千影。
どうやらエルジア軍は、この岩山の各所にVTOL機を配置し、ISAFをおびき寄せたようだ。その罠に、千影達は嵌まってしまった事になる。そんな千影達の前に、さらにフォージャーとハリアーが現われ、行く手をふさいでくる。これではきりがない。しかも、下手に高度を上げれば、速度が落ちた所で下から狙い撃ちされかねない。さらに背後からもフォージャーが迫り、千影達を狭い通路の中に押し込めようとしていた。
「……兄くん……」
第二次攻撃隊に所属している兄に、千影はそっと呼び掛ける。
「どうやら私は……兄くんより先に……来世に旅立つ事になりそうだよ……」
千影はそう呟きながらもエンジン出力を上げ、生への努力を怠ろうとしない。味方は既に千影と春歌の他には、5,6機ほどまで撃ち減らされている。対して、彼女たちを包囲しているエルジア空軍は15、6機。しかも、VTOL機お得意のドッグファイトが仕掛けられる程まで、距離を詰められている。無傷で脱出できる可能性は低かった。
それでも、生存の可能性があるなら諦める訳には行かない。彼女たちもまた、狼の妹なのである。
その時、包囲していたハリアー隊の、一角が崩れた。
「これは……」
春歌が驚きの声を上げると同時に、スピーカーから声が響いてきた。
「この隙に脱出しろ!!」
その声と共に、千影達の視界に無秩序な機体カラーを纏った戦闘機の群が飛び込んできた。レイ率いる傭兵部隊である。その先頭には、特徴的な前進翼を装備した、レイのベルクトがいる。
包囲網の外から襲い掛かった傭兵部隊は、積んできたミサイルを一斉に放ち、ハリアーやフォージャーを駆逐していく。
「ハンズクロスより空軍諸君へ、この蝿どもはこちらで引き受ける。早く脱出しろ!」
「ナイトメア1、了解……感謝する。」
千影はそう告げると、開いた包囲網の穴を通って脱出に成功する。後ろを見ると、春歌達も次々と脱出してきている。そのさらに後ろでは、突然の乱入者に右往左往しながら墜落していくエルジア軍機が見えていた。
「大体良いようだな。」
眼下の残骸の群を確認してレイは呟く。すでにハリアーとフォージャーのうち8割は撃墜し、残りも敵わないと見て逃げ散っていた。
「よし、帰るぞ!」
そう言って、レイがベルクトを反転させようとした時だった。
「隊長、上です!!」
部下からの報告にレイはとっさに翼を翻し、機首を下に向ける事によって面積を減少させ、襲撃者の一撃をしのいだ。
「よくもやってくれたな!!」
当の襲撃者である銀色の1、大垣高広大佐は、復讐の念に満たされた両眼で、異形の戦闘機を見据える。
「よくもこの私の苦心の策を、貴様等の薄汚い手口で汚してくれたな!!」
大垣は機首を引き起こし、レイのベルクトに照準を合わせる。
そのまま、怒りに任せてバルカンを放った。
「チッ!」
レイは瞬間的にアフターバーナーを吹かし、ダッシュする事で大垣の攻撃を回避する。
大垣はレイのベルクトを追って上昇する。
「食らえ、銀色の1、フォックス3!!」
再び大垣のラファールから、バルカンが撃ち放たれる。
それに対してレイは、機体を素早く旋回させて回避する。
「まだまだ!!」
大垣は得物を貪るハイエナのように、ベルクトにバルカンを放ってくる。
レイは機体を振りながら、巧みに大垣の攻撃を回避していく。
そのいたぶるような攻撃によって、大垣はレイを追い詰めていく。
「ほらほら、どうしたどうした!足元がふらついてるぞ!!」
まるで人が死ぬのが楽しくてたまらないかのように、大垣はレイを追い詰めて行く。
しかし、大垣が追っているのは、ただ逃げる事しか知らない無力な草食動物ではない。鋭い牙と爪を持つ豹である。
「俺を、舐めるな。」
レイは低い声で呟くと、軽く機首を上げ、そのままハイGバレルロールに入った。
その様に、大垣は度肝を抜かれる。
「はっ、速い!!」
一瞬にして視界から消え去った異形の戦闘機に、汗がどっと噴き出る。その瞬間には既に彼の背後では緋色の豹が、爪を振り立てていた。
「食らいな!!」
叫ぶと同時に、レイは30ミリバルカンを放った。
その一撃が、大垣のラファールの右主翼を半分削り取った。
「ばっ、馬鹿な!!」
急に言う事を聞かなくなった愛機に、焦りを感じる大垣。彼のラファールは、バランスを失い、徐々に高度を落としていく。
「クッ!!」
大垣は素早く愛機に見切りを付けると、脱出レバーを引いてベイルアウト(脱出)する。
持ち上げられるような衝撃と共に、射出座席ごと大垣は空中に放り出され、一瞬の間を置いてパラシュートが開き空中に釣り上げられた。
「おのれ……」
大垣は、恨みの篭った目をレイのベルクトに向ける。
「よくも高貴なるこの私を撃墜してくれたな!!その罪、万死に値する!!」
大垣の視線の先で、レイのベルクトは機首を南に向けて去っていく所だった。
「必ずや……必ずやこの恨み、晴らしてくれるぞ!!」
大垣の声は、ジャングルの中に響き渡った。
その頭上を、ストーンヘンジの砲撃音が虚しく駆け抜けていった。
5
第一次攻撃隊の攻撃により、既に壊滅寸前となったイスタス要塞に対し、止めとも言うべき第二次攻撃隊が殺到したのは、この日の午後3時を回った頃であった。既に要塞は6割が壊滅し、残る拠点は、北西に位置している潜水艦基地のみだった。この潜水艦基地はタンゴ線に流れる大河を利用して作られ、他と同様に山間に、山の斜面をくり貫いて潜水艦ドックとしていた。
第二次攻撃隊を指揮しているのは、副隊長の鎌田信悟少佐、彼は攻撃担当で、制空隊を指揮しているのは上杉葵大尉だった。
「シオンよりメビウス1、攻撃終了まで敵を近づけないでくれ!」
「メビウス1、了解。」
信悟の要請に低い声で応じると、葵は攻撃隊の前に出て制空に当たる。この時間になると、イスタス要塞陥落の危機を聞きつけた周辺基地の部隊が応援に駆けつけ、残る潜水艦基地の制空に当たっていた。
「メビウス1よりメビウス2、行くぞ衛。」
「…………」
葵のコールに対して、衛はなぜか沈黙を保っている。
「どうした衛?」
「あっ、ごっ、ごめんあにぃ!!」
ようや自分が呼ばれている事に気付いた衛は、慌てて答える。
そんな衛の様子に、葵は首をかしげる。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「ううん、何でもない。何でもないよ!!」
葵はそんな衛の態度に訝りながらも、今は任務に集中する事にする。
「……そうか、なら、行くぞ。」
「了解!!」
そう言うと、2人は愛機のエンジン出力を上げた。
それでも衛は、胸に大きなわだかまりがあった。その理由は、出撃前に信悟から聞いた葵の過去についてである。
『あにぃは……彩村命さんのことが好きだったんだ。……今も、好きなのかな?…………だから……ボク達に冷たい態度を取っているのかな?』
そんな疑問が、衛の中でグルグルと駆け巡る。それでも葵は、衛達には比較的優しいのだが、過去の葵を知っている衛にとっては、それでも冷たいように見えてしまう。
しかし、その間にも敵は迫ってくる。
『止めよう。今は戦いに集中するんだ。』
心の中で呟くと衛はFCSを中距離ミサイルモードにし、向かってくるファルクラムに対しロックオンする。ロックオンゲージが、ロックした事を告げる赤に変わる。
「メビウス2、フォックス1!!」
コールすると同時に、翼下のパイロンからスパローが切り離され、ファルクラムに向けて突撃していく。暫くしてから、視界の先で小さな爆発が起こった。
「よし!!」
自分の戦果を確認して、衛はガッツポーズを取る。
しかし、勝利を喜んでいる余裕は無い。すぐに他の敵機が突っ込んでくる。
「行くぞ、衛!!」
「了解、あにぃ!!」
衛は葵に応じると、アフターバーナーを吹かして突撃する。
一旦ファルクラムをやり過ごすと、速度を落として急旋回する。その視界の先では、いまだ旋回中のファルクラムが映った。
「よし!」
衛は軽く下を湿らすと、そのままファルクラムの背後に回り込む。
「メビウス2、フォックス2!!」
コールすると同時に、今度はサイドワインダーを放った。
ファルクラムの熱源を捉えたサイドワインダーは、一瞬の後にはファルクラムを粉砕していた。
「メビウス2、スプラッシュ2!」
衛は2機目の爆炎を横目に、次の目標に向かう。
「…………あ…………」
その時ふと、視界の半分が青い空で満たされた。
「…………奇麗だな。」
思わず呟き、その光景に見入る衛。
「この空を……昔のあにぃは飛んでいたんだ……」
そう思うと、衛は少しおかしな感覚にとらわれるような気がした。
しかし戦争と言う鎖が、再び衛を現実の世界に引き戻す。
背後からファルクラムが迫り、衛のバイパーゼロにロックオンしようとしていた。
「クッ!?」
衛はとっさにエアブレーキを開き、急減速を掛ける。その途端、バイパーゼロは空気抵抗で速度を落とし、背後から迫っていたファルクラムはオーバーシュートする。その瞬間、衛の目は光った。
「メビウス2、フォックス2!!」
白煙を上げて放たれたサイドワインダーは、オーバーシュートして右往左往しているファルクラムのノズルを粉砕し、眼下のジャングルに叩き落とした。
その衛に、息をつかせないかのように、今度は2機のファルクラムが向かってくる。その2機は互いに翼を並べ、並列射撃を仕掛けてくる。
「…………」
それに対して衛は、機首を引き起こしながらロールを行う。
ファルクラムのパイロットは度肝を抜かれた事だろう。突然目の前の相手が減速したのだから、このままでは衝突してしまうと思い、とっさに機首をそらして回避する。その瞬間、衛は機体を水平に戻し、右側に退避中の1機を追撃する。
狙われてると感じたファルクラムのパイロットは、慌てて退避に掛かろうとするが、その時には既に狼の妹が、彼を牙の間合いに捉えていた。
「メビウス2、フォックス3!!」
衛がトリガーを引く事によって、閃光のように撃ち放たれたバルカンがファルクラムの主翼を叩き折り、撃墜する。
その時ふと、衛の頭に天恵のように閃く物があった。それは、彼女が出撃前から悩んでいた事の、まさに答えのように思えた。
「そうだ。あにぃが彩村命さんの事をどう思っているか、あにぃに直接聞いてみれば良いんだ。あにぃなら、きっとちゃんと答えてくれる。」
そう呟く衛の顔には、悩みが無くなったものの特徴である、晴れ晴れした表情があった。
そんな衛の耳に、爆弾が地面に叩き付けられる音が聞こえてきた。信悟に率いられた攻撃隊が敵の防御陣を突破し、潜水艦基地に攻撃を開始した音だった。
「シオン、投下!!」
信悟はコールすると同時に投下ボタンを押し、翼下に吊るした100ポンド爆弾を投下する。
眼下では、危機を察知した大型の潜水艦が全速で退避に掛かっている。しかしそのスピードは、呆れるほどに遅い。恐らくISAFの襲来を察知して、慌てて出航準備を始めたのだろう。しかもここは海ではなく川、航行はできても、さすがに潜行はできないようだ。
信悟はそれを見てニヤリと笑う。その信悟の視界で、直撃を受けた潜水艦が爆炎を上げているのが見えた。
「撃沈、確認!」
信悟は戦果を確認すると、狭い峡谷内で水平飛行に入る。信悟の攻撃で炎上した潜水艦は、峡谷を縫って流れる大河の中央で停止している。やがて沈む事になるだろうが、その際川を塞ぐ形になる。これで潜水艦を撤去しない限り、この基地は使えなくなった。
信悟以外の攻撃隊も次々と舞い下り、運んできた荷物を投下していく。中にはドッグの入り口に向かって対艦ミサイルを撃ち込んでいる者さえいる。
その時、信悟のバイパーゼロのコックピット内が、ロックオン警報に満たされる。
「クッ!!」
信悟達を追ってエルジア空軍の一部が、潜水艦基地上空に進入してきていた。その内の1機が信悟を捉えたのだ。
信悟の背中を取ったファルクラムは、容赦なくアーチャーを放ってくる。
「チィ!!」
信悟はスロットルを全開まで上げると、一気に水面近くまで降下し、次いで急上昇する。
勢い余ったアーチャーは、そのまま水面へと突っ込む。
しくじった事を悟ったファルクラムのパイロットが、再度止めを刺すべく接近してくる。
「調子に乗るなよ!!」
叫ぶと同時に信悟はスティックを引き、急上昇に転じる。
頭上の方向に、ファルクラムの優美な機体が映る。しかし次の瞬間、その優美な機影が一瞬膨らんだかと思うと、炎を上げて爆散した。
「何?」
信悟は驚きに満ちた眼差しを、残骸と化したファルクラムに向けた。その爆炎を乗り越えて、1機のスーパーホーネットが現われる。
「こちらはまかせろ信悟。」
スーパーホーネットを操縦する葵から、信悟に通信が入った。
「お前は攻撃に専念しろ。」
それを聞いて、信悟はニヤリと笑う。
「オッケー、シオン了解!!みんな、聞いての通りだ!背中はメビウス1に任せて、俺達は潜水艦を1隻残らず叩き沈めろ!」
「「「「了解!!」」」」
この日の戦闘で、イスタス要塞はその機能の大半を喪失、翌未明から始まったISAF
陸軍の総攻撃の前に、あえなく陥落した。すでに防御上の要衝は全て叩き潰されており、組織的な防衛戦ができなかったのだ。しかも、補給基地を前日に破壊されており、長期自給体制が崩壊していた事も大きかった。
これに伴い、エルジア軍はその前線をロスカナス近郊に移し徹底抗戦の構えを見せたが、その体勢が整わないうちにISAFの電撃的な進撃に遭い、「利、我にあらず」として戦わずに撤退を余儀なくされたのであった。その翌日、ISAFはロスカナスに入城、首都奪回を高らかに宣言した。
西暦2007年4月15日、ISAFはコフィンブルク共和国首都、ロスカナスを奪回。彼等は、再びこの地に立ったのだった。ロスカナス陥落より、実に3年ぶりの事だった。
第十五話「首都、奪回」 おわり
あとがき
どうもこんにちは、ファルクラムです。さて、本編を読んだ方はお気づきとは思いますが、今回は主人公である葵よりも、他のキャラを目立たせてみましたが、いかがでしたでしょうか?私的にこういった事は初めての試みですが、やはり戦争と言うのは、主人公1人だけでやっているわけではありませんので、「主人公が戦ってる横で、他の人はどのように戦っているか」と言う事も考えた為に、このような物語になってしまいました。
さて、次回はオリジナルバトルストーリー第二弾と行きたいと思いますので、どうかご期待ください。それでは、今回はこれで。
ファルクラム
ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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