リボンつきの翼
第十三話「今、反撃の時」
作者 ファルクラムさん
1
かつて…………
かつて我々は、彼の地を追い出された…………
理不尽な暴力によって…………
大切な物を奪われ…………
大切な人を奪われ…………
住み慣れた土地を追われて…………
東へと、逃げた…………
多くの者が協力し…………
力の限り、戦った…………
それでも彼等には、勝てなかった…………
そして我々は、追い詰められた…………
多くの者が、絶望した…………
無数の屍の山が、築かれた…………
誰もが、死を覚悟した…………
それでも、諦めない者達がいた…………
そして、我々は帰ってきた…………
かつて、追い出された彼の地へ…………
そう、雌伏の時は終わった…………
今、反撃の時は……来たのだ…………
2
コモナ諸島宇宙基地に設置された各飛行場に集結されたISAF空軍は、全部で340機。すでに全機が出撃準備を終え、滑走路狭しと駐機されていた。
すでに、海軍の主力艦隊に護衛された揚陸艦隊は、旧コフィンブルク共和国シールズブリッジ地方の海岸に接近している。そこは、ストーンヘンジからの射程外であり、かつ大兵力が展開し易いと言う好条件が揃っている為、今回の作戦に選ばれた。
しかし、それは同時にエルジア帝国軍の迎撃も行い易い事を意味していた。その為、作戦立案は入念に進められた。
第1次攻撃は海軍空母機動部隊の艦載機による空襲によって制空権を確保、さらに戦艦ヴァルキリーを主力とした打撃部隊が海岸に接近し、エルジア軍の防御陣地を攻撃、同時に海兵隊が上陸を敢行。その間に海軍航空隊は空軍と交代、海岸の制空に当たると共に、打撃部隊が叩き損ねた陣地を叩く。
作戦名、「バンカーショット」
この作戦に、ISAFは第一波として海兵隊を主力とした6万の兵力を繰り出している。さらに第2波以降、25万の兵力投入を予定していた。
2ヶ月前のロブナ海岸会戦の結果、すでに戦線が崩壊寸前のアルトーラ方面軍と違い、エルジア軍コフィンブルク駐留軍はほとんどが無傷で残っている。さらにISAFの行く手には、広大なスコーフィールド高原が横たわっている。エルジア軍はこの自然の要害に手を加え、「タンゴ要塞線」と言う巨大な防御陣地を形勢している。これは、スコーフィールド高原の複雑な地形を活かした要塞で、高地に開いた密林や岩山が、押し寄せる敵軍の平面侵攻を不可能にしている。さらに、比較的突破が容易な高地西部にも、イスタス要塞を初めとする強固な要塞が多数存在していた。このタンゴ線には、30万を越えるエルジア陸軍が眦を上げてISAF待ち構えている。その為長期戦はISAFにとって不利である。可能な限りの大兵力を一度に叩き付けて、一気に突破を図るのだ。
「衛。」
愛機の点検をしていた衛に、葵が話し掛けた。
その瞬間、衛の肩がビクッと跳ね上がる。
「なっ、なに、あにぃ?」
衛は少し頬を赤く染めながら、振り返る。
あの、2人で海に行った日以来、葵と衛は妙にお互いを避けるような仕草が多くなった。葵の方は出撃準備の調整で忙しかった事もあるが、例え兄が忙しくても、顔を見せに来る事をかかさない衛も、まったくと言って良いほど顔を出さなかった。一度だけ、愛機の整備点検が終わった事を報告に来たが、その時も報告だけして帰ってしまった。
また私生活上においても、その兆候はあった。
例えば先日仕官食堂で2人はバッタリ顔を合わせてしまった。葵はようやく全ての仕事を終え、食事を取るべく足を運んだのだ。対して衛は、何人かの友人と一緒に食事を取ろうとしていた。そんな所で2人は鉢合わせた。普段の衛なら、例え友だととの約束があっても、こういう場合は葵と一緒に食べようとするのだが、この日は兄を避けて、友達と一緒に食事をした。しかし終始上の空で、とても今食べてるものの味が分かっている様には見えなかった。一方の葵は、一見何ともない様に見受けられたが、その日注文したのは紅茶一杯のみ。後から来た富永紀人中尉などは、葵はすでに食事を終えて、食後の紅茶を楽しんでいるのだと勘違いしたくらいだった。
そんな2人は、出撃を前にしてようやく会話らしい会話を交わそうとしていた。
「いや……あのな……」
話し掛けておいて、葵も口篭もる。
やがて、思い出したように口を開いた。
「調子は、良いか?」
「うっ、うん。大丈夫。」
「そうか。」
葵は普段の調子で頷く。
しかし、そこで会話は途切れてしまい、ふたたび重苦しい雰囲気が2人を包む。
それを破ったのは、衛の方だった。
「あのさ、あにぃ。」
「何だ?」
「あの洞窟での事だけど…………」
帰る間際に拠った海岸の洞窟、そこで2人は不思議な夢を見た。今より成長した2人が、どこかの町で夫婦として幸せに暮らしている。それが、奉られた海神像の前だった事もあり、2人の頭にひどく引っかかっていた。
「あれは……集団幻覚だと言ったはずだ…………」
「そうかな……」
「ああ…………だから、今は作戦に集中しろ。」
その言葉は、衛だけでなく葵自身にも言い聞かせた言葉だった。その証拠に、葵の言葉には普段のようなクールさが感じられない。
「うん。分かった。」
衛も、力強く頷いた。
そんな2人の耳に、出撃を告げるサイレンが響いてきた。
「さあ、出撃だ。」
葵は衛の頭を軽くポンッと叩くと、自分の機体に足を向ける。その横顔は、先程とは違った意味で複雑な表情をしていた。
『帰るんだ……彩村教官が死んだ国に……』
そう、かつて、故彩村命空軍中佐は、コフィンブルクから飛び立ち、そして帰ってこなかった。その事が、葵に複雑な影を落としていた。
3
今回の作戦で、海軍は戦艦1隻、正規空母2隻、軽空母1隻、イージス艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦12隻、合計22隻の艦隊を投入していた。これは、ISAF海軍が現状で繰り出す事のできる全戦力であった。
海軍はこの艦隊を二分し、上空から地上支援を行う機動部隊と、砲撃による支援を行う打撃部隊に別れていた。
そして、その内の一隊、打撃部隊が、海岸線に接近していた。
「艦長、砲撃地点まで、後3分です!」
報告を聞いて、戦艦ヴァルキリー艦長、山神燦緒ISAF海軍中佐は頷いた。
「ご苦労、全艦に砲撃準備を下令してくれ。」
「了解!」
現在、戦場上空は雨が降り、視界が極端に悪くなっている。この空が、この作戦の正否を暗示しているのか、あるいは、ISAFの未来を暗示しているのかは分からなかった。が、その為に黙視による照準ができなくなっているのは確かだ。また、制空権が確保されていないので、弾着観測用のハリアーを飛ばす訳にも行かない。その為、先日コモナ諸島から発射された偵察衛星「プロミスト1」から送られてきた画像を解析し、目標を選定するのだ。
水際に展開したエルジア軍は、ヘイル、クラウン、カランダの3個所の海岸に別れて布陣している。そこを叩くのだ。
燦緒の上空で、ジェット機が通過した時の轟音が鳴り響いていった。
「味方の航空隊か。」
機動部隊に所属する航空機が、制空権を確保する為に海岸線に向かっているのだ。
原子力空母バハムート、フェニックス、そして軽空母セントアークに搭載された航空機は合計で220機。そのうち150機が最新鋭機F/A−18ENスーパーホーネットで固められていた。
その時、ヴァルキリーはゆっくりと右に回頭を始めた。
それに合わせて、燦緒も艦長シートから立ち上がる。
「全艦、序列に従い砲撃準備せよ!」
「了解!!」
燦緒の命令を受けて、打撃部隊の各艦が移動を始める。
先導役を務める駆逐艦を先頭に、ヴァルキリーが続き、続いて砲戦型巡洋艦2隻がヴァルキリーに付き従う。イージス艦1隻と残りの駆逐艦隊は、周囲を回りながら、陸地からの対艦ミサイルと潜水艦に対する警戒を行う。
その間にもヴァルキリーと2隻の巡洋艦は、主砲塔を旋回させて砲撃準備を着々と進めていく。
「データ、偵察衛星プロミスト1より受信!!」
「射撃データ、入力!!」
「主砲、クラスター砲弾、装填!!」
「目標、カランダビーチのエルジア軍防御陣地!!」
「方位、右舷90度、仰角最大!!」
一拍置いて、オペレーターが燦緒に向き直る。
「戦艦ヴァルキリー、砲撃準備完了!!」
「巡洋艦デスティニー、砲撃準備完了!!」
「巡洋艦シャインスター、砲撃準備完了!!」
燦緒は、組んでいた腕をゆっくりと解くと、優雅な手つきで振り上げ、空を切るような速さで振り下ろした。
「撃ち方、始め!!」
次の瞬間、大音響と共にヴァルキリーは9本の聖剣を抜き放った。
放たれた重量1トンに達する9発の砲弾は、放物線を描いて目標となったヘイルビーチへと向かう。
そこには、約2万のエルジア陸軍が布陣していた。その頭上から、クラスター砲弾から放たれた小爆弾が一斉に降り注いだ。
それはまさに、地獄のような光景だった。
生身で塹壕に篭っていた者は、例外無く爆弾が炸裂した時の衝撃に吹き飛ばされ、手足を、あるいは胴体、首を吹き飛ばされる。ミサイルが主流になっている時代でも、戦艦の主砲は地上最強の通常兵器として君臨し続けている。上陸作戦において、これ以上の支援砲火は存在しない。
さらにきっかり10秒後、次の砲弾が降り注いだ。最新型の自動装填砲を採用しているヴァルキリーの自発装填速度は速い。巡洋艦並の発射感覚で主砲を撃つ事ができた。
子爆弾をスプリンクラーのように振りまくクラスター砲弾には、戦車の装甲と言えど無きに等しい。
さらに、2次被害として起こる火災が辛うじて生きている者達の命を奪っていく。
ヘイルビーチに布陣していたエルジア陸軍は、炎の中を逃げ回り始めた。
しかしエルジア軍の本隊は、背後の丘陵地帯を利用した地下陣地に篭り、徹底抗戦の構えを崩していない。
打撃部隊が撃ち放つ砲弾の下をくぐりぬけながら、揚陸艦隊が海岸に向かっている。
その間に、航空部隊が海岸上空へ進入した。
それに合わせるように、エルジア空軍も姿を現した。その数は約200機。ISAF海軍航空隊とほぼ同数だった。
「攻撃開始だ。制空権を確保しろ!!」
指揮官の声と共に、海軍航空隊は突撃を開始した。
エルジア空軍も、一斉に散開するとISAF側を包囲するように行動を開始した。
エルジア側の主力機は、従来通りのミグ29ファルクラムであった。
コモナ諸島航空戦において、スーパーホーネットとF−2Nバイパーゼロを相手に一敗地にまみれた機体である。これを機にエルジア本国では新型機の開発、量産が始まっているが、まだ前線に配備されるほどには量産が進んでいない。そこで今回はやむなく、ファルクラムの使用となったのだ。
「来やがったか。」
灰色の1、小野庸介エルジア空軍少佐はそう言うと、猛禽のように目を光らせる。
彼には、雨雲の向こうから迫る、ISAF海軍航空隊がしっかりと見えていた。
先日のコモナ諸島航空戦では、ISAF新型機の思わぬ性能で、不覚を取った。しかし今回は違う。敵の性能はほぼ把握した。これなら不覚は取らないはずだ。
「行くぞ。」
低く呟くとエンジン出力を上げて、突撃する。
彼の眼下には、3機編隊を組んだスーパーホーネットがいる。
庸介は一旦ロールを撃つと、スプリットSの要領で降下し、1機のスーパーホーネットの背後に回り込んだ。
ロックオンに気付いたスーパーホーネットは、ブレイクして回避しようとする。
「遅い!」
庸介は叫ぶと同時にアーチャーを放った。
翼下から白煙を上げて放たれたアーチャーは、回避に掛かったスーパーホーネットの主翼を叩き折り、海面へと叩き込む。
遼機の悲劇を知った残りの2機が、復讐を挑むべく、庸介のファルクラムに向かってくる。
左右後方からの挟撃である。これには、さしもの庸介も苦戦を強いられるかと思われた。
しかし庸介は、2機のスーパーホーネットの動きをバックミラーで確認すると口の端に笑みを浮かべ、そのままハイGバレルロールに入った。
海軍パイロット達の視界から、庸介のファルクラムが消え失せる。
「「何!?」」
2人はほぼ同時に、同じ疑問詞を放つ。
しかし次の瞬間、右側の1機が炎を上げて吹き飛ぶ。
それを見て、強硬に刈られたもう1機のパイロットは、慌てて急降下で高度を下げ退避に掛かるが、それを予期していた庸介は、余裕を持ってついていく。
「灰色の1、フォックス3!!」
庸介の放ったバルカンは、スーパーホーネットのノズルを吹き飛ばした。
カランダビーチへの砲撃を終えたISAF海軍打撃部隊は、次の目標地点、クラウンビーチへと向かっていた。
「艦長、航空部隊が苦戦している模様です。」
その報告を聞いて、CIC要員達はうめき声を漏らす。
しかしただ1人、燦緒のみは艦長シートに腰掛けてで足を組んだまま、平然とした表情でその報告を聞いている。
「だろうな。」
まるで、こうなる事が分かりきっていたかのような台詞を言った。
「艦長?」
そんな燦緒に、一同は怪訝な顔を向ける。
それに対して、燦緒は自分の意見を披露してみせる。
「うちの海軍航空隊は、開戦初期でエイギル艦隊に破れて以来、ろくな実戦を積んでいない。唯一の実戦参加は、昨年末のコンベース港襲撃だけだ。対してエルジア空軍は開戦以来破竹の進撃を続けているから、実戦経験も豊富だ。その差は歴然だろう。」
そこまで言ってから燦緒は、ギリッと歯を鳴らす。
「今まで航空作戦の大半を空軍に任せてきたつけが回ってきたな。今後、エルジア海軍の残存部隊と戦う場合、この差が出なければ良いが。」
しかし目下の所、それ以上の脅威が迫っていた。
既に海兵隊の上陸作戦は始まっている。制空権が取れない以上、彼等が空からの攻撃にさらされてしまう。
「これは、少々まずいか……」
「大丈夫なんじゃないの?」
そんな燦緒の危惧に、陽気に答える声があった。
燦緒が振り返ると、そこには赤い髪を右側で一本に結んだ女性が、ポテトチップを片手に、CICの床に座っていた。
「眞深!?」
燦緒の妹、山神眞深大尉の突然の登場に、さしもの燦緒も少々度肝を抜かれた。
「どうしてお前がここにいる!?しかも、艦橋で物を食べるな!それから『あんちゃん』はやめろ!」
「まあまあ、細かい事は気にしないでよ、あんちゃん。ハリアーの出撃が無いって聞いてさ、暇で暇でしょうがないから艦橋で見物でもしようかと思ってさ。」
「お前な……」
燦緒は呆れ顔で、妹を見る。
「それよりさ、さっきの話だけど。」
眞深はポテトチップを頬張りながら、話を元に戻す。
「うちのパイロット連中が役に立たないならさ、役に立つ連中に任せれば良いじゃん。」
「役に立つ連中?」
「そ。」
そう言うと、眞深は時計に目をやった。
「そろそろ、来るんじゃない?」
「それは、空軍と言う事か?」
「そう言う事。」
そんな彼等の耳に、後方からジェット機の大群が近付く音が聞こえてきた。
4
「スカイアイより各機へ、海軍航空隊は制空権奪取に失敗したみたいよ!」
咲耶の声が、ISAF空軍のパイロット全員の耳に響き渡る。
それを受けて、新総隊長の河村高士少佐の真紅のフランカーが編隊の前に出た。
「アドラーより各機へ、聞いた通りだ。しかも悪い事に、すでに海兵隊は上陸を始めている。速やかに制空権を奪取しろ!」
「「「「了解!!」」」」
高士の命令を受けて、各機は一斉に散開し、担当の海岸へ向かう。
すでに、第一次攻撃隊として制空に当たった海軍航空隊から、エルジア空軍の情報は得ていた。
すでに、戦艦ヴァルキリー以下打撃部隊が前進し艦砲射撃を加えてはいるが、エルジア軍クラウンビーチ防衛部隊はヘイルビーチと同様、後方の丘陵地帯に地下防御陣地を形成し、上陸して来た海兵隊を迎え撃っている。
丘陵地帯に築かれたトーチカから放たれる重砲の威力は凄まじく、海兵隊は陸地を目の前にして、その命を散らす者が少なくなかった。
もちろん、それらのトーチカに対して、打撃部隊も砲撃を加えるが、その数は無数にあり、また、地上砲撃用のクラスター砲弾では、分厚いベトンで形成されたトーチカに対して、充分な効果が得られないでいる。せいぜい、いくつか穴を潰す程度の物だった。しかもエルジア軍の陣地は地下通路で繋がっており、例え1つが潰されても、他の陣地に移動しての交戦が可能だった。これを潰す方法は2つ、1つは艦砲の砲弾を榴散弾に替え、山ごと焼き払う。もう1つは、航空機による精密爆撃で、ピンポイントで潰していく。である。
前者の方法の場合、確実性に欠け、後者の場合は、手間が掛かった。そこで、2つの作戦を合わせる事になった。すなわち、戦艦の艦砲射撃でだいたいのトーチカを潰し、その後、航空機の攻撃で残ったトーチカを破壊すると言う事になった。
「メビウス1、敵機確認。」
葵は低い声で、遼機に警告を送る。その視界の先には、雨雲から滲み出るように、ファルクラムの編隊が溢れ出てくる。
葵を含むクラウンビーチ攻撃部隊は、総隊長である高士に直率された150機である。当初の予定では、海軍航空隊の手によって既に制空権が確保されている事が前提だったので、部隊のうちの100機が対地装備を施されていた。
藤岡の死後、高士や、副隊長になった鎌田信悟少佐の手で空軍の部隊も改変されていた。そんな中で高士は、葵を自身が直率する第1大隊の副隊長に任命していた。もちろん、そのパートナーとして衛も引き抜いている。その結果、第1大隊は、事実上ISAF空軍最強部隊となった。
「行くぞ、衛。」
「了解!!」
2人は言葉を掛け合うと、エンジン出力を上げてファルクラムに向かう。
「メビウス1、フォックス1。」
葵は射程に入ると、スパローを放つ。
降りしきる雨を切り裂いて、スパローがファルクラムに向かう。
目標となったファルクラムは、ロックオン警報に気付いて急速回避を試みるが、電子の目は魔眼の如く、ファルクラムを捉えて離さなかった。
そのまま火球に転じるファルクラム。
それが皮切りであったかのように、一斉にスパローを放つISAF空軍、本来ならエルジア空軍もミサイルで応酬したい所だが、先の海軍航空隊相手に中距離ミサイルを使いきっている機体が多く、その反撃もまばらにならざるを得なかった。
ただちにECMで対抗するエルジア空軍、しかし、電波妨害の壁を突き破って、確実に何機かは目標に到達した。
編隊の中で、まるで虫食いが起こったように火球が起こる。
それを見て、高士は命じる。
「全機、コンバットオープン!!」
「「「「了解!!」」」」
命令を受けて散開するクラウンビーチ攻撃部隊。
その中で先陣を切るのは、やはり葵と衛のメビウス小隊だった。
2人はそれぞれに目標を定めると、そのままドッグファイトに入る。
葵は上方から捻り込むような機動で、1機のファルクラムの背後につく。
それに対してファルクラムは、ただちにバレルロールに入って、回避を試みる。
しかし葵はそのバレルロールに、正確に追随して行き、照準レティクルにファルクラムを捉える。
「メビウス1、フォックス3。」
コールすると共に、葵はバルカンを放つ。
その一撃は、ロール中のファルクラムのコックピットを叩き割り、パイロットを殺傷する。
主を失ったファルクラムは、そのまま海面へと向かっていく。
「メビウス1、スプラッシュ1。」
低い声で、撃墜をコールする葵。
しかし敵機の最後を見届けている余裕は無い。すぐに、次の相手が葵のスーパーホーネットの背後から迫っていた。
「フン。」
葵は鼻で笑うと、機体速度を上げて上昇に入る。急激に高度を上げる事によって急減速するのだ。フルスロットルで突っ込んできたファルクラムは、葵のスーパーホーネットを一瞬で見失い、それだけでオーバーシュートした。
その間に葵は機首を下に向けて、追撃体勢に入る。
コックピットに鳴り響くロックオン警報に気付いたファルクラムのパイロットは、慌てて離脱すべく降下機動に入るが、その時には既に、狼の瞳が彼の背中を捕らえていた。
「メビウス1、フォックス2。」
撃ち放たれたサイドワインダーは、ファルクラムの排気炎に引き寄せられてそのまま直撃、ファルクラムを粉砕した。
「メビウス1、スプラッシュ2。」
面白くなさそうな声で、2機目をコールする葵。
そこで、辺りを見回した。
戦場上空は、既に乱戦の様を呈している。
数においてISAFは上回っているのだが、攻者三倍の法則が示す通り、攻める側は守る側の3倍の兵力を必要とする。これは、空中においても適用されるようだ。
今回、ISAFのシールズブリッジ侵攻は、事前にエルジア軍に察知されており、エルジア軍は早期の部隊展開が可能であった。その為、進出してきた空軍も、周辺基地から発進する事によって、航続力、パイロットの疲労等を補う事が可能だった。対して、ISAF空軍はコモナ諸島からの長駆遠征であり、また、得意の低空侵入もできなかった為、数において劣勢のエルジア軍に対し思わぬ苦戦を強いられる事になったのだ。また、制空装備の機体が少ない事も、災いしていた。葵自身、翼下のパイロンには対地支援用の他連装ロケット弾を装備している。対空装備は翼端のパイロンに装備したサイドワインダー2発のみである。
「チッ!」
葵は突っ込んできたファルクラムを軽くかわしながら、舌打ちする。
先日のコモナ諸島航空戦よりも有利な条件が揃っていると言うのに、なかなか戦線を突破できない事に苛立っていた。
そこへ、高士から通信が入る。
「アドラーよりメビウス1、聞こえるか?」
葵はマイクのスイッチを入れて答える。
「こちらメビウス1、聞こえる。」
「すぐにクラウンビーチ上空に向かってくれ。敵のヘリが出現して、海兵隊が苦戦している。」
「メビウス1、了解。」
葵は高士との通信を斬ると、衛を呼び出す。
「メビウス1よりメビウス2。」
しかし、葵の呼び掛けに対して、衛の返事は返ってこない。
「メビウス2、衛?」
もう1度呼びかけるが、やはり返事はない。どうやらはぐれてしまったらしい。
仕方無しに、咲耶を呼び出す事にした。
「スカイアイ、こちらメビウス1、応答せよ。」
ややあって、咲耶からの通信があった。
「こちらスカイアイ、どうしたのお兄様?」
「衛を見失った。そっちで把握してないか?」
「ちょっと待ってね。」
咲耶はレーダーディスプレイに目を走らせる。
「お兄様、衛はクラウンビーチとカランダビーチの間付近にいるみたいよ。」
「分かった。」
咲耶の言葉を聞くと、葵は機首をそちらに向ける。
「気をつけて、どうやらそっちには、灰色中隊がいるみたいだから。」
「分かった。」
葵は低く返事をすると、アフターバーナーを吹かした。
高士に頼まれた仕事もある。衛と合流したらすぐにクラウンビーチに戻らねばならない。
しかしこの時葵は、確実にこれまでと変わってきている自分自身に気付いていなかった。
「メビウス2よりメビウス1、あにぃ、返事してよ!!」
衛は何度もマイクに向かって呼びかけるが、帰ってくるのは雑音混じりの音だけだ。
「…………困ったなあ。」
衛は溜め息混じりに呟くと、マイクのスイッチを切った。
この辺りには味方の上陸ポイントはなく、海面を見ても上陸用舟艇は見当たらない。さらに、上空を見ても何機かの戦闘機が、互いに排気炎を上げながら交戦しているだけだ。
つまり、今の衛は偶然にも、戦場の中にあって一瞬の静寂した空間にいる訳だ。
1人になると、いろいろな事を考えてしまう物だ。
今の衛の頭に浮かんだ事は、当然、先日の海での出来事だった。
「あれって、一体何だったんだろう?」
成長した自分、成長した兄、夫婦となった2人、そして、
そこまで考えて、衛の顔は急速に赤くなる。
「あは、まさか、ね……」
そう言いつつも、衛の頭からは自分と葵が唇を重ねるシーンが離れない。
考えて見れば、戦場でこのような事を考えるなど不謹慎極まりない事だが、今の衛にそれを言ったとしても耳には入らないだろう。
「そう言えば…………」
最近の連戦で、つい忘れていた事が、衛の頭をかすめた。
「兄妹のうち、誰か1人の血が繋がっていないんだ。」
事実であるなら哀しい事である。
衛は、これまで、兄妹達と一緒に暮らしてきた思い出を、何よりも大切に思っていた。そして、それが終わる事など有り得ないと思っていた。
しかし事実が分かれば、嫌でも終焉は来る。
「そして、その1人は、ボクかもしれないんだ。」
そう呟く衛の目に、薄らと涙が滲む。
衛はヘルメットのバイザーを上げて、目をこすった。
「だめだ。あにぃが言ったように、今は戦闘に集中しよう。」
そう呟くと、衛はバイザーを下ろし、バイパーゼロを反転させる。
しかし、まさに反転した瞬間、バイパーゼロの機載レーダーが、不吉な光点を映し出した。
「これは……」
衛がその正体を言い当てる前に、それらの光点は攻撃態勢に入った。
「クッ!」
衛はとっさにアフターバーナーを吹かして退避に掛かる。しかし、充分に機速のついている敵は、徐々に衛に追いついてくる。その数は4機である。
「灰色、中隊……」
バックミラーを見た衛は、愕然と呟く。
僅か1個小隊とは言え、エルジア空軍の精鋭中隊相手に1人で戦わねばならないのだ。
「…………」
衛は、覚悟を決めた。
自分も、栄えあるストームナイトの1人だ。このくらいの敵を倒せなければ、戦死した藤岡に合わせる顔が無い。
「行くよ!!」
叫ぶと共に、衛はスロットルを全開にした。
5
一方その頃、カランダビーチに向かった千影と春歌は、思わぬ敵に苦戦を強いられていた。
敵の対空砲陣地を爆撃する為に高度を落とした瞬間、地上からのミサイル攻撃で味方が2、3機叩き落とされたのだ。
「これは一体!?」
自身も爆撃の為に高度を落としていた春歌は、慌てて安全高度まで、愛機をを上昇させる。
その春歌の目の前で、また1機、味方のバイパーゼロが地上からの対空ミサイルに叩き落とされた。
この付近には対空ミサイル車両がいないと踏んで、低空飛行をしていた矢先の出来事だった。
「春歌君……あれだ。」
傍によってきた千影が、地上を指し示す。
そこには、退避に掛かるエルジア陸軍の歩兵達が存在した。
「スティンガーミサイルを使ったようですね……」
「多分、ね。」
千影も、目を細めて散って行く歩兵達を見据える。
スティンガーミサイルとは、歩兵用の小型対空ミサイルの事である。小型と言っても馬鹿にはできない。低空飛行中の航空機を落とすには充分な威力を持っていた。本人の知らないうちに懐にもぐりこみ、致命的な一撃を加える。まさに、スティンガー(さそり)と言ったところである。
一瞬、春歌の心に黒い誘惑が湧き出る。
『このまま降下してバルカンで薙ぎ払えば……』
しかし、すぐに頭を振ってその考えを追い払う。
『だめですわ。無抵抗の人をバルカンで殺すなど……』
それは、戦闘機のパイロットして最もやってはいけない行為の1つだ。実際の話、戦争で人を殺しているのだから、恥ずべき行為には当たらないのだが、無抵抗の人間を殺すと言う行為が、生理的な嫌悪感を呼び起こさせていた。
「急降下で一撃離脱……良いね?」
「分かりましたわ。」
千影の提案に、春歌は頷く。
2人は高度を上げつつ、眼下の対空砲陣地に狙いを定める。
千影はロールしつつ、降下機動に入ろうとする。しかしその時、1機のファルクラムが千影の背後に回る。
「クッ。」
千影はバックミラーに映った、ファルクラムに舌打ちする。千影をロックオンしたファルクラムは、容赦なくバルカンを放ってくる。
千影は高度を下げて振り切りに掛かるが、それを予期していたファルクラムは、そのまま追撃しつつ、バルカンを放ってくる。
「姉上様!今行きますわ!!」
それを見ていた春歌が、エンジン出力を上げてファルクラムの背後につく。
照準レティクルの中央にファルクラムの機体を捕らえた春歌は、迷うことなくトリガーに力を込める。
「ナイトメア2、フォックス3!!」
放たれた20ミリバルカンは、ファルクラムの右側の尾翼2枚を1撃で粉砕し、撃墜した。
危機を脱した千影のスーパーホーネットが、春歌の横に並ぶ。
「助かったよ、春歌君。」
「お役に立てて光栄ですわ。」
春歌はそう言って笑顔を浮かべる。
「しかし……」
千影は辺りを見回す。
花に集まる蜂の如く、したい寄ってきたエルジア空軍の攻撃で、味方が徐々に押し戻されている。しかも、運良く戦線を突破した部隊も、エルジア陸軍の張り巡らした濃密な対空砲火の前に攻めあぐねている。
やはり、初期段階で制空権を取れなかったことが痛い。対地装備を施した機体は、エルジア空軍に対して苦戦を強いられていた。
「仕方が無い。海軍の砲撃が収まるまで……しばらく攻撃は控えるとしよう。」
「そうですわね。」
2人はそう言うと、高度を上げに掛かる。
6
戦局は、全体的に見てエルジア軍有利に進んでいた。
複雑なスケジュールで組まれた作戦は、たった1箇所ズレが起きるだけで、作戦全体が破綻してしまう事がある。今回のISAFが良い例だった。
攻撃第1波となる予定であった海軍攻撃隊が海岸上空の制空権確保に失敗し、それに続いて攻撃を予定していた空軍は攻めあぐねている。しかも悪い事に、海兵隊の上陸は既に始まっている。
状況は最悪と言えた。
灰色中隊4機相手に、衛は奮戦を続けていた。
「やるな、あのF−2。」
衛の奮戦を見ていた庸介は、感心した様に呟く。精鋭と言って良い彼の部下3人を相手に、ここまで奮戦しているのだから、上出来以上と言って良いだろう。しかし、いつまでもこの1機に関わっている訳にも行かない。今は味方が有利とは言え、ISAFの方が数が多いのだ。いつ、逆転されないとも限らない。
「さがれ!そいつの相手は俺がする!!」
庸介は部下を下がれせると、自身が衛のバイパーゼロの前に躍り出た。
一方の衛も、庸介の接近に気付いた。
「灰色の1!!」
疲れた気力を奮い起こし、上昇を始める。衛にとっては、リグリー基地襲撃以来の遭遇だ。あの時、まだまだ未熟だった自分は、操縦ミスから不覚を取る所だった。しかし、今はあの時とは違う。自分も腕を上げ、ストームナイトの1人に数えられるまでになった。
「行くよ!!」
衛はスロットルを全開にして、突っ込んだ。
対して庸介は、機首を上に向けた状態でエンジンを絞り、そのまま期待を沈みこませた。そこへ、庸介の射線に衛のバイパーゼロが突っ込んできた。
「食らえ!!」
トリガーを引く庸介。しかし衛は、一瞬早く期待をロールさせて庸介の攻撃をかわしきる。
「危なかった。」
衛の背中に、冷や汗が滲み出る。しかし、危機はまだ去っていない。体勢を戻した庸介のファルクラムが、衛の背後に迫る。
「灰色の1、フォックス3!!」
バルカンの閃光が、コックピットのすぐ脇を駆け抜けて行く。
「クッ!」
衛はブレイクして振り切ろうとするが、庸介は執拗に追ってくる。まるで衛の次の行動が読めるかのように、徐々に間合いを詰めてくる。
「これで、どうだ!!」
衛はエアブレーキを開き、急減速を掛けた。しかし、
「甘い!!」
庸介もそれを完全に読み切り、自身も急減速を掛けて衛の逆転を許さなかった。そしてそのまま、照準機に衛のバイパーゼロを収めた。
「死ね!!」
死神が、衛に対して鎌を振り上げる。
『駄目だ……』
衛は一瞬死を覚悟する。
しかしその時彼女の守護獣が、牙を振り立てて現れた。
「ブレイクしろ、早く!!」
「あにぃ!!」
葵の言葉に、衛はとっさに下方にブレイクする。
「させるか!!」
庸介も、すぐに衛を追撃しようとする。しかしその時、視界正面から突っ込んでくるスーパーホーネットに気付いた。
「何っ!?」
葵は、衛のバイパーゼロを隠れみのにして、ヘッドオンから接近していたのだ。
「メビウス1、フォックス3!」
コールすると同時に、葵はトリガーを引いた。30ミリ弾が庸介のファルクラムに向かうが、ヘッドオンで安定しない事もあり、照準はそれて虚しく空に散っていった。
葵と庸介は、互いに一定の距離を取ると、緩やかな水平旋回に入る。
「リボン付き!片割れを助けに来たか!!」
すぐに交戦体勢に入ろうとして、すぐに思いとどまった。時間が迫っている。これ以上の交戦は不可能だった。
「仕方ない。引き上げるぞ!」
愛機の燃料も、乏しくなってきている。やはり、物量の差が出始めていた。
彼を含む4機は、一斉に翼を翻した。
それを確認して、葵は衛のバイパーゼロに近付いた。
「大丈夫か、衛?」
「うん、ありがとう、あにぃ。」
衛は息を整えながら、答えた。それを聞いて、葵は頷く。
「しかし、お前も腕を上げたな。灰色の1相手にあそこまで善戦するとは。」
「でも、負けちゃったし。」
衛は残念そうに呟く。それを聞いて、葵は苦笑する。
「でも、お前は生きている。これは、立派な勝利だ。」
クールな中にも、暖かみのある口調で葵は言って聞かせた。
「あにぃ……」
衛は、嬉しそうに頬を赤くした。
「さて行くぞ。いい加減高士が焦れているだろう。」
「うん!!」
そう言うと、2人は機首をクラウンビーチの方角に向けた。
7
時を追うごとに、戦況はISAF有利に傾き出した。
それまで天空の覇者よろしく、制空権を支配していたエルジア空軍のミグ29ファルクラムが、燃料切れを起こし始め、1機、また1機と戦場離脱を始めたのだ。それに伴い、ISAF空軍は戦線を突破、既に海軍打撃部隊の砲撃で多数の防御陣地を潰された、ヘイル、クラウンの両海岸に殺到した。そして、次々と手持ちの兵装を切り離していく。
さらに戦艦ヴァルキリー以下打撃部隊は、エルジア軍最後の抵抗拠点、カランダビーチへと接近していた。
葵と衛がクラウンビーチ上空に入った時、既に問題のエルジア軍戦闘ヘリは駆逐され、味方は残存のトーチカに攻撃を開始していた。
「遅いぞ葵、衛!!」
高士からの通信が、2人に入る。
「制空権は既に確保した。2人も残敵掃討に入ってくれ!」
「分かった。」
「了解!!」
命令を受けて2人は、海岸線から少し離れた丘陵地帯に向かう。
そこら一帯はヴァルキリーの砲撃で焼け野原になっているが、それでもいくつかのトーチカは稼動し、今なお海兵隊に向けて砲撃を続けている。
「メビウス1よりメビウス2、散開して、個別に攻撃するぞ。」
既に、上空にエルジア軍機はほとんど存在しない。バックアップ無しでも充分と判断しての決定だった。
「うん、分かったよ。それじゃあ、後でね。」
そう言うと、後方監視位置から衛のバイパーゼロが離れていった。
「…………」
それを見ていた葵は、ふと、一抹の寂しさを感じている自分に気付いた。
しかしすぐに気を入れ直した。今は戦闘中なのだ。目の前の戦いに集中すべきである。
葵の視界に、健在のトーチカが映る。
「食らえ。」
低い声で告げると、葵はロケット弾を放った。他連装ロケット弾が、砲撃を続けるトーチカに飛び込み、そのまま粉砕する。
それを確認した葵は、次の目標に向けて機首を巡らした。
そんな葵の眼下で、上陸を果たした海兵隊が、次々とエルジア軍陣地を攻略していく様が見えた。
そんな彼等の頭上から、さらに巨弾が降り注いでくる。
「クッ」
葵は素早く反転し、そのトーチカに機首を向けてロケット弾を放った。
コンクリートで形成されたトーチカが、衝撃で吹き飛ぶ。
それを見ていた海兵隊の兵士達が、葵に対して手を振っているのが見えた。
その海兵達に手を振り返す余裕も無く、葵は次の目標に向かう。
そんな葵の耳に、北の方から轟音が響いてきた。打撃部隊が、カランダビーチに砲撃を開始したのだ。それに合わせるように、北の空が赤く染まっていく。
それを見て葵は、口の端に笑みを浮かべる。
「…………どうやらこれで……」
「終わったな」と続けようとした時だった。咲耶の声が耳に響いてきた。
「スカイアイより各機へ、ビーチの敵は大体一掃、後は海軍に任せても大丈夫そうよ。けど、東からエルジア軍の第2次攻撃隊が接近中。手の空いている人は、至急迎撃に回って!!」
咲耶の声を聞いて、葵は直ちに機首を東に向けた。
そこへ、高士のフランカーと、衛のバイパーゼロが近付いてきた。
「葵、交戦は可能か?」
「見て分かるだろ。」
「……成る程な。」
葵は機首を敵の方に向けている。これ以上の説明は必要なかった。
「そうか、では、行くぞ。」
高士の言葉に合わせて、衛は葵の監視位置についた。
「行こう、あにぃ!」
「ああ。」
葵も頷くと、エンジン出力を上げた。
エルジア編隊が見えてくるに連れ、葵は目を疑った。
少し太目の胴体に、大振りの直翼、外付けされたエンジンポッド。どう見ても、A−10サンダーボルトだ。
「あにぃ、あれ!」
衛も敵の存在に気付き、声を上げる。
「ああ、あれも、この間のB−2と同じ、奪われた設計図から作られたんだろう。」
そう言うと、葵は歯をギリッと鳴らす。
「衛、高士、敵の数はそれ程多くない。一気に片をつけるぞ。」
「了解だ。」
「分かったよ、あにぃ!」
そう言うと、3人は散開してそれぞれの目標に向かった。
その後の展開は、一方的な物であった。
地上攻撃においては強力な性能を示すサンダーボルトも、遙に軽快な運送性能を誇る戦闘機に襲われては、まさに荒鷲の前のアヒルと言った感じだった。
エルジア空軍制空隊を突破したISAF空軍は、それまでの苦戦の鬱憤を一挙に晴らすかのように、逃げ惑うサンダーボルトの群に襲い掛かった。
危機を察知したエルジア軍のサンダーボルト隊は、会敵を直前にして慌てて退避に掛かるが、その時は既に遅く、復讐に息上がるISAF空軍が、雑草を刈り取るかのような攻撃で、サンダーボルト隊を攻撃、全滅に追い遣った。
エルジア軍の防衛線を頑強にしていた空軍が撤退すると、残ったのはISAF海軍の砲撃でガタガタになった陸軍のみであった。そして、それも程なく、前進を開始したISAF海兵隊の攻撃の前に壊滅、残った部隊も降伏、あるいは撤退の憂き目に遭った。
数日後、シルバーブリッジ地方に展開していたエルジア軍はロスカナス方面への撤退を開始した。ISAFの北上に伴い、補給線が遮断される事を、エルジア軍上層部が恐れた結果だった。
かつて理不尽にも追い出された大陸に、ISAFの勇士達は帰還を果たしたのだった。
「終わったな。」
戦闘が終了し、ヴァルキリーの艦橋に上がってきた燦緒が、ゆっくりと呟いた。
その視界の先には、黒煙を上げる3つの海岸が存在した。
「これから、忙しくなるぞ。」
燦緒は、後ろに立っている眞深に、振り返らずに話し掛けた。
「おそらく近い将来、エルジア海軍の残存艦隊が攻めてくる。そいつらと戦えるのは、僕達だけだ。」
「そだね。」
頷くと、眞深は食べ終わったポテトチップの袋を、無造作にポケットに押し込んだ。
8
旧独立都市国家サンサルバジオンのバー、スカイキッズには、今やお得意様と化した黄色中隊の面々が姿を現していた。
「オーダー、こちらでよろしいでしょうか?」
頼まれた料理を運んできた上杉鞠絵が、笑顔で、黄色の13こと村岡虎太郎少佐に話しかけた。
「ああ、すまんな。」
そう言って料理を受け取ると、虎太郎は仲間達との会話に入っていった。
今回の話のネタは、当然、先日上陸を果たしたISAFに集中した。
「いやー、とうとう戻ってきたって感じだな。ま〜た忙しくなるよ。」
中隊副隊長の斎藤賢大尉が、ひどくだるい声で言う。
「隊長、今回はISAFも、万全の体勢を整えてくるでしょうね。」
立花操中尉の言葉に、虎太郎は頷く。
「ああ。まず狙うのは、ロスカナスの解放とストーンヘンジの早期無力化。この2つが成れば、ISAFは大陸内での足場を確保する事になる。上層部としては、その前にもう一度ISAFを海に追い落としたい所だろう。」
そう言ってから、グラスに注がれたウィスキーを口に運ぶ。
「まあ、俺としては、例のリボン付きと早く戦いたい心境なんだがな。」
「『リボン付き』って何デスか?」
彼等の会話を横から聞いていた上杉四葉が、口を挟んだ。
「ああ、ISAFの凄腕パイロットの1人さ。こいつの1人せいで、うちの空軍は大打撃を受けている。」
「へえ、凄い人もいるんデスね。」
虎太郎の言葉に、四葉は感心したように頷く。
「ついこの間なんか、一矢が不覚を取ったくらいだからな。」
「一矢さんが!?」
四葉は一矢に振り向いた。当の藤原一矢中尉は、口に運んだパスタをくわえたまま、四葉を見上げている。
「大丈夫なんですか、一矢さん!?」
「……何がだ?」
話を聞いていなかったらしく、一矢は四葉に聞き返してくる。
「だから、撃墜されたって……」
「何の話だ?」
「ホワッツ?」
それを見ていた操が、呆れたように口を開いた。
「あのね、四葉ちゃん。藤原中尉は別に撃墜された訳じゃないのよ。」
それを聞いて、四葉は笑顔を浮かべる。
「な〜んだ、それを早く言ってくださいよ。」
それを聞いて、一同は笑い出した。
そんな中、虎太郎は1人、成長を続ける強敵の事を考えていた
『リボン付きか。…………もう少し強くなったら、俺の前に現れる事が、できるかもな。』
天空の覇者、黄色の13は、そう心の中で呟き、そう遠くない未来に想いを馳せていた。
その強敵が、まさか今、目の前で笑っている少女の兄だとは、当の四葉も、虎太郎も、まだ気付いていなかった。
第十三話「今、反撃の時」 終わり
あとがき
どうもこんにちは、ファルクラムです。いよいよ、大陸反抗作戦が始まりました。上陸作戦に当たり、山神兄妹を再登場させてみましたが、いかがでしたでしょうか?
しかし、3話立て続けに書くと、さすがに疲れてきます。と、言う訳なので、2、3日休んでから、執筆を再開したいと思います。それでは、また。
ファルクラム
ファルクラムさんへの感想はこちら
nymausht@cna.ne.jp
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