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 ゴールデンウィーク中のある日、兄は遠く離れた場所で療養をしている鞠絵のもとを訪れた。
 二人は裏の高原に散歩に出かけたのはいいものの、何の弾みか二人は突然パラレルワールドに迷い込んでしまう。
 それから二人は見知らぬ男女に案内をされ、霧の立ち込める不思議な小さな町にやってきた。

 ……結局二人はこの街を歩いてみることにしたのだが……。

 一体この霧の向こうには何があるのだろうか…………。


L'amour et la liberte(後編)

作者 神風電波隊さん


「改めて見てみると、結構綺麗な町並みだよね。少し昔の日本もこんな感じの町並みだったんだろうね……」
「そうですね……。 ……でも、相変わらず凄い霧ですね……」
「ああ……」

 それにしても、本当に凄い霧で、遠くの方は殆ど見ることが出来ない。しかし、生活に支障が出るほどのものではなく、ぼんやりとかかっている程度である。それに、煉瓦造りの西洋風の建物に霧がかかっている風景はどこか幻想的ともいえる。
 そして二人が歩道を歩いていると、道の向こうからガタガタという音が聞こえてきた。

「……あっ、また馬車か……」
「そうみたいですね」

 風景が一昔の西洋風ならば乗り物も、と言わんばかりに時代を彷彿とさせるものが多い。特によく見かけるのが馬車であり、見かけた数は余裕で二桁を突破している。そんな風景を見ていると、思わず自分達はタイムスリップしてしまったような感覚に陥ってしまう。……もしかしたら、あながち間違いではないのかもしれないが。
 それから暫くして、ふたりはとある店の前へやって来た。

「ここは洋菓子店……でしょうか?」
「そうだね。ガラスケースの中に色々なケーキがあるし……。ねぇ、ちょっと入ってみる? それに、何だか妙におなかが空いちゃって……」
「はい、分かりました」

 二人が店の扉を開けると、客が入った事を知らせるベルがカランカランと音を立てた。それに続いて店員らしき人の「いらっしゃいませ」と言う明るい声。そしてその声に誘われるかのようにショーケースを覗き込んでみる。そこには色とりどりのクッキーやケーキなどが数十種類も取り揃えてられており、思わずまじまじと眺めてしまう。

「何か気に入ったものはありましたか?」

 店員がそう声をかけてきた。……しかし、これだけ沢山品数があれば迷うのは当たり前だ。

「いえ……、それがなかなか……」
「そうですか。じっくり選んでくださいね」
「はい」

 再び二人はショーケースに向き直る。……が、鞠絵がはっとしたように言った。

「……でも、仮に買ってもどこで食べます?」

 それもそうだ。まだこの町の構造も分かっていないし、勿論知り合いと呼べる人間がいるはずもなく、家で食べると言うのも無理な話だ。二人は思わず頭を悩ませる。……と、今度は店員が、

「……でしたら、この奥でどうですか?」

 そう言ってくい、と首を店の奥のほうへ振る。

「店の奥?」
「ええ。ここは普通に販売をしているだけでなく、喫茶店のようにこの店で食べることも出来ますから」
「そうだったんだ……。じゃあ、そうしようか、鞠絵」
「そうですね。……では」

 二人がそう言うと店員は別の男性の店員を呼び出す。そして今度はその店員が二人を窓際の相席に案内する。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 彼はそう言うと素早く去っていった。そして暫く二人は悩んだ後、ウェイトレスを呼び寄せて注文を伝える。改めて二人は窓の外の風景を眺めてみる。外は相変わらずの霧だが、そんな風景もいいな、とも思える。

「霧、全然晴れませんね……」
「そうだね……。ここはそういう気候なのかな……」
「さぁ……」
「……あっ、そう言えば兄上様……」
「うん、何?」
「わたくし、先程から行ってみたい場所があったのですが……」
「えっ? どこに?」
「あの、本屋……、なのですけど……」

 鞠絵がそう言うと兄はなるほどね、といった表情をする。確かに彼女は本を読むのが好きで、病室の本棚にも大量の本が敷き詰められているのだ。尚且つ、今回は二人がいる場所の状況がいつもとは違う。なので、彼女が行きたがるのにも納得できた。恐らくここの町ではどのような本があるのかが気になるのだろう。やがて、二人がそんな話に花を咲かせている最中、先程のウェイトレスがトレイにケーキと飲み物を乗せてやって来た。

「モンブランとコーヒーのお客様は?」
「あ、僕です」
「それでは、こちらのレモンパイとミルクティーは……」
「はい、わたくしです」
「では、こちらを……」

 そう言って注文していたものを渡される。その時、突然鞠絵が彼女に話しかけた。

「あの、失礼ですが……」
「はい、何でしょう?」
「この近くに本屋さんはありませんでしょうか……?」

 鞠絵がそう言うと、少し首を傾げてから彼女は言葉を返した。

「……あっ、もしかしてこの町は初めて?」
「えっ? ……ええ、あ、はい……」

 鞠絵は曖昧に返事をする。まぁ、未だに自分達の置かれた状況を完全に信じ切れていないのかもしれない。ウェイトレスはそんな鞠絵を笑顔で見つめ、少し悩んでから再度言葉を返す。

「そうね……、……あっ、そう言えば最近新しく出来た書店なら割と近くにあるけど……」
「そうなんですか? もしご迷惑ではなければ教えていただけないでしょうか……」
「ええ、全然構わないわよ。じゃあ、え〜っと……、あっ、ちょっと待ってて」
「……あっ、はい……?」

 ウェイトレスはそう言うとカウンターの方へ向かい、すぐに戻ってくる。

「一体どうしたんです?」
「ちょっとメモ用紙とペンをね。地図、書いてあげるわね」

 そう言って彼女は仕事中にもかかわらずのんきに鼻歌なんかを交えながら地図を描いてゆく。二人は仕事中なので結構です、と止めたのだが、今はあんまり忙しくないから等と言って彼女は地図を描き続ける。そしてそれは一分弱で完成し、はい、と鞠絵に手渡された。それから彼女は再び仕事に戻っていった。

「人のいいウェイトレスさんでしたね」
「そうだな。……っと、早くケーキをいただこうか」
「……あっ、はい」

 それから話を暫くしながら二人は店での時間を過ごす。そして店を出たのは十分ほどしてからのことだった。

 ………
 ……
 …

「えっと……あっ、ここだね」
「はい」

 やって来たのは周りの町並みに合わせた煉瓦造りの建物で、窓も格子状になっており、趣のある結構大きな建物だ。店へ入るとまた来客を知らせるベルが鳴る。

「……へぇ〜〜……」
「まぁ……」

 店内に入ると二人は少し驚いた。本棚は木製で雰囲気があるものの、そこに並べられている本は以外にも二人が住んでいる世界と大差ないのである。パラレルワールドでも似たようなところはあるらしいが、まさかこんなところに共通点があるとは……。とりあえず二人は店内を歩き回ってみる。……すると、とある本棚のところで鞠絵が足を止める。

「ここは……小説のコーナー、か……」
「ええ」

 そして鞠絵は一つ一つタイトルを確認してゆく。

「でも、本当に鞠絵は本を読むのが好きなんだね」
「はい。わたくしはあまり外に出ることが出来ませんから……。そしたらいつの間にか本を読むことが多くなって……」
「……そっか」

 まずいことを言ってしまったな……、と兄は思った。またしても兄は、自分があまり外に出ることが出来ない、と言う鞠絵が気にしていることに突っ込んでしまったのだ。兄はそのことに極力触れないように話を続けた。

「……確かに鞠絵の部屋には凄い量の本があったよね……」
「凄い量……でしょうか? ……まぁ、他の人にはそう思えるのかもしれませんね」
「そうだよ。僕なんか一生かかったってあれだけの本を読むかどうか……」
「うふふ……、兄上様ったら……」
「ははは……」

 思わずお互いに苦笑する。そして再び鞠絵は本のタイトルに目を通す。

「これは持っておりますし、これもですね……。あっ、これはまだ持っていませんね……」

 鞠絵は幾つもの本のところを指差しては『持っている』と言う。中には兄の知っている本もあったが、いずれも読んだことは無い作品ばかりだ。……と、

「……あら?」
「ん?」

 鞠絵がとある本を指差してぴたりと動きを止めた。気になる本でもあったのだろうか。

「どうしたの、鞠絵。何か気になる本でもあった?」
「あ、はい……。どうも見慣れない本があって……」

 鞠絵はその本を本棚から取り出すと表紙、裏表紙を確認する。そしてその本にはカバーがかけられていない。鞠絵は思わずぱらぱらと本のページをめくっていた。文字を目で追う彼女の表情はとても真剣で、全く声をかける気持ちにはなれない。……そして数分してからぱたん、と本を閉じた。

「どう、その本?」
「ええ、何だかとても面白そうな話です……」
「そっか。……じゃあ、僕がその本、買ってあげるよ」
「……えっ、いいのですか、兄上様!」
「うん。全然構わないよ。ほら、その本貸して。……そうだ、値段にもよるけど他にも欲しいのがあったら言ってよ。出来る限り買ってあげるから」
「そ、そんな……。兄上様に悪いです!」
「ううん、全然そんなこと無いよ。鞠絵とはあまり会えないんだからさ、こういう時にくらい兄らしいことをさせてよ。……ね」

 兄がそう言うと、鞠絵は少し頬を赤くして頷いた。

「……あ、ありがとうございます……、兄上様……♪」

 それから二人は暫く店内を歩き回り、最終的に三冊の本を購入し、店を出た。

「本当にありがとうございます、兄上様」
「だからいいって。……それよりもほら、行こうか」
「……はいっ!」
「じゃあ……」
「……あ、あのっ……」
「ん?」

 突然、鞠絵が焦るように声を出した。しかもよく見ると顔が少し赤い。一体どうしたというのだろう。

「どうかした? 鞠絵」
「あ、あの……」

 鞠絵は言葉を詰まらせて辺りをきょろきょろと見渡す。そして小さく息をついて、

「あの……、わたくしと、……手を繋いで……頂けませんか……?」

 と、そう言った。兄はそんな鞠絵を苦笑しながら見てから、すっと手を差し出した。

「そんなの全然構わないよ。……ほら」
「……あっ……」

 自分で言っておきながら、鞠絵は手を繋ぐのを躊躇ってしまう。……それでも少しの間差し出された兄の手を眺めたのち、ようやくのことで自分からその手を掴んだ。鞠絵の顔の赤みは更に増していた。そして再び二人は歩き出す。……今度は手をしっかりと繋ぎながら。


 …………


 ………


 ……


 …


 それからどれ程の時間が経ったのだろうか。いつの間にかこちらの町になじんでしまった二人は喫茶店や本屋の他、公園、美術館など町の色々な場所を巡り歩いた。でもやはり、楽しい時間ほど早く過ぎ去ってゆくもの。いつの間にか日は沈みかけ、西の空が橙色に染まりかけていた。

「……不思議なもんだね、鞠絵。僕達が最初にここに来たときなんか何が何だか分からない状態だったのに……」
「ええ……。いつの間にかわたくし達ってこの町にすっかり馴染んでしまっていますものね……。どうしてでしょうね?」
「さぁ……。でも、不思議と馴染みやすいんだよね、この雰囲気が」
「そうかもしれませんね……」

 確かに兄の言う通りなのかもしれない。この町は現代の都会と違って慌しい雰囲気が全く無く、どこかゆっくりと時間が流れているようにさえ感じる。でも、時間の流れはあくまでもとの町と同じなのである。だからこそ二人はもう帰ろう、そう考え始めていた。
 ……その時。

「やぁ、お二人さん」
「「……えっ?」」

 突然の声に振り向くと、こちらに来てから最初に会った、あの仲の良さそうな兄妹がこちらに向かって歩いてきていた。

「ああ、あなた方はあの時の……」
「ええ。……それで、こちらの様子はどうです?」
「はい。とても景色も雰囲気も素敵ですし、気分も良いです」
「そうですか。それか良かったです」

 相手兄妹の兄は嬉しそうにそう言い、妹の方も嬉しそうな表情を見せる。……でも、二人は相手に言わなければならないことがあった。

「……でも、やはり……」

 兄がそう言いかけると途端に相手の兄妹は表情を曇らせた。そしてこちらの言いたいことを察したかの様に「そうですか……」と寂しそうに呟いた。でもこれは仕方の無いことなのだ。

「はい。ここも良い所だと言うのは分かります。……でもここはわたくし達のいるべき場所ではありません……」
「……そうですね……」
「はい……」

 相手二人は暫く黙っていたが、意を決したかのように言った。

「では、分かりました。……でも、その前にこの町の町長に会って頂けないでしょうか?」
「えっ? 町長?」
「はい」

 二人は少し悩んだが、あまり時間をとらせない、と言う相手方の条件に同意し、町長に会いに行くことにした。
 ……数分ほど歩くと、目の前に大きな建物が現れた。思わず二人は立ち止まって呆然としてしまうが、そんなことは関係無しに相手兄妹は進んでいくので、慌てて彼らを追いかけた。……そして建物中に入り、絵や彫刻などの飾られた長い廊下を少し歩くと、相手の二人が突然立ち止まる。どうやらここが町長のいる部屋らしい。

「少々お待ちください」

 そう言い残すと二人は先に部屋に入る。それからまもなく再び扉が開かれ、妹の方が「それでは、どうぞ」と声をかけてきたのですぐに部屋へと入る。その部屋はやはり年代を感じさせるもので、木製の本棚に難しそうな本が数百冊と並べられており、絵画や鎧等も飾られている。……そして窓際にはこれまた木製の大きな机があり、その所に年齢は5〜60歳と思われる一人の男性が座っていた。

「君達が、別の世界から来た方々かね……?」
「あ、はい……」
「え、ええ……」
「まぁまぁ、そんな硬くならずに楽になさい」
「はい……」

 暫く町長は黙って二人を眺めていた。逆に二人は何も言い出すことが出来ずに、ただ立ったまま待つことしか出来なかった。……そして、小さく息を吐くとようやくのことで町長が話を切り出してきた。

「この町は……気に入っていただけたかね……?」
「あ、はい……。なんと言いますか、この町のゆっくりとした雰囲気がいいです。それに、町並みも綺麗ですし……」

 兄がそう言うと、町長は目を細めて微笑んだ。町長と言えども、生真面目で堅苦しい雰囲気は感じられず、むしろ気のいい一人のおじさん……そんな感じだ。

「そうかそうか……。良い印象を持っていただけたようで光栄だよ。……ところでお二人さん?」
「「はい?」」
「この町に来てから二人は気付いたことはなかったかね?」

 そう言われて二人はいろいろと考えを巡らせる。気付いたことと言えば幾つかある。それはこの町の古い西洋風の町並みだったり、いつになっても晴れる気配の無い霧などが挙げられる。……でも、一番気になったのが、

「そうですね……。一番気になったのはこの町には男女のペアがとても多い……ということでしょうか……」
「ほう……」
「それに、何だかその方々は誰もが仲がとても良さそうで……」

 二人がそう言うと町長はうんうんと首を縦に振った。そして町長は意外な言葉を言い放った。

「やはり気付きましたね。……因みにこの町の男女のペアの方々は皆さんが恋人だったり夫婦だったりするのですよ」
「……えっ? そうなんですか!?」
「ええ。……あと、一人でいる人にも恋人や妻、夫がいたりするんですよ」
「そうなのですか……」
「はい」
「「…………」」

 確かにこの町の男女ペアは非常に仲が良さそうだと言うのは簡単に気付いた。だが、町の全員がそういう関係だったとは予想がついていなかっただけに驚きを隠せず、思わず絶句してしまう。

「……どうしたした? 突然黙り込んでしまって……」

 町長のその言葉にはっとした兄はすかさず言葉を返した。

「では、僕達のような兄妹はここにはいないのでしょうか?」

 兄がそう言うと、またしても二人の予想だにしていない言葉が返ってきた。

「ええ、勿論兄妹はいますよ。……でも、そういう血縁関係などこの町では無意味ですから……」
「……? ……あの、それは一体どういうことでしょうか……」
「ですから、この町では婚姻が血縁関係によって妨げられることは無い……即ち、兄妹であろうとどんな関係であろうと結ばれることが可能なんです」
「「……えぇっ!?」」

 流石にこの事実には仰天した。そもそも、自分達の世界での常識では血縁関係で特別な関係になることは本末転倒である。……でも町長曰く、この世界ではそんなことは一切関係ないのだという。今までの常識が180度ひっくり返されてしまっただけにショックも大きい。そして、その後に町長が言った言葉に二人は困惑してしまうこととなる。

「……私には分かりますよ。あなた方の心がお互いにとても強い絆で結ばれていることが……」
「心が……?」
「絆で……?」

 思わず顔を見合わせてしまう。町長は更に言葉を続けた。

「あなた方は、……あ、どこからかは分かりませんが、とにかくあなた方は突然開いてしまったゲートに飲み込まれてここに来てしまったのですよね?」
「あ、はい……」

 それは初めてここに来た時、あの仲の良さそうな兄妹に聞かされた話だ。それに凄まじい濃霧がゲートの開く兆しだとか何とか……。

「……確かにあのゲートが突然開いて別の世界の人間をこちらの世界に運んでしまうことは時々あります。……しかし、あのゲートはそう簡単に開くものではないんですよ」
「……そうなのですか?」
「ええ。因みにこの世界に運ばれてくる人間は決まって男女の二人組みなんですよ。……それも、本当にお互いの仲がいい方々ばかりがね……」
「……まさか、それって……」

 二人は思わずはっとする。二人にはこの先町長が言おうとすることが想像できたのだ。恐らくは……。
 そして町長は二人の真意を察したかのように首を縦に振る。

「ええ。決まって夫婦や恋人達と言ったそういう方々ばかりが運ばれてくるんですよ。……そして……、」
「「……そして?」」
「……兄妹でありながらも、お互いの事を愛してしまった方々も……」
「「え……」」
「……あなた方も……、そうではないのですか?」
「「……っ!?」」

 その言葉に絶句する。つまり、彼が言いたいのは二人がお互いを兄妹として以上に好きになっているのでは、と言うことだ。二人の頭の中は真っ白になる。

「どうなんですか……?」

 町長は二人の答えを求めているようだ。実際、二人はお互いの事をどう思っているのだろう。兄は考える。

(……確かに鞠絵は僕にとって本当に大切な存在だよ。でも、鞠絵を妹以上として今まで扱ったことはあったのかな……? うーん……、少しずつ考えてみよう……。 そもそも、ずっと鞠絵は僕にとって大切な家族の一人だった。勿論、今だってそうだけど。……でも、いつの日か突然重い病気を患ってからはあの病院で療養生活を送ることになってしまった。だからこそ僕は出来る限り兄としての役目を鞠絵に対してしてあげたかった。……そう言えば、休日の友達の誘いを鞠絵の見舞いに行くからと言って断る時、いつも「お前って本当にシスコンだよな〜〜」なんて言われてるな……。だけどやっぱり鞠絵は大切な僕の家族であり妹だから、そう思ってた。……だけど、本当はどうなんだろう……? もしかして僕は鞠絵をそれ以上の関係として見ていたのか……? まさか……)

 鞠絵も考える。

(確かにわたくしは兄上様を慕っています……。兄上様はわたくしが倒れた日も病院でずっと傍にいてくれましたし、それからもずっと機会が出来ればわたくしに会いに来て下さいました。兄上様の方だって自分のことがある筈なのに、それでも何も文句も言わず、むしろ私と会う事を喜んでさえくれました……。そんな兄上様の行為から、正直、わたくしは兄上様を兄上様以上として見かけたこともあります。……でもわたくしにだって分かります。それはあくまで兄上様が兄上様としてわたしにしてくれていること……。だからわたくしはあくまで兄妹として兄上様のことが大切なんだって……。 ……だけど、本当はどうなんでしょう……?)


 …………

 ………

 ……

 …


 数分間二人は考え込んだ。そして最終的に二人は、

『分かりません……』

 ……そう、答えを出したのだった。

「……そう、ですか……。もし、お二人がそういう関係なのであれば、是非ともこちらの町に住んでみては、とお誘いしていたところなのですがね……」
「「すみません……」」

 二人はそう謝る事しかできなかった。仮にもし二人がそういう関係であったとしても、絶対にこちらの世界にとどまる事を拒んだであろう。元の世界には自分達の家族、そして僕には学校の友人、先生、鞠絵には病院の友達や医師、看護婦さん達がいる。そんな大切な存在を捨ててまでこちらにいることは出来ない。自分達のいるべき場所はここではない。元のあの世界こそが自分達が本当にいなければならない場所なのだ……。
 二人は思わず頭を下げた。そして二人が再び頭を上げると……、

「「……えっ!?」」

 目の前の光景に目を疑った。なんと、いる場所は家の中だというのに突然大量の霧が立ち上ってきたのだ。

「……あ、あのっ!? こ、これは一体……!」
「ここに居られることが出来ないのであれば、長居は無用でしょう……」
「そ、それは一体…………、…………っ!?」

 その時、兄を不思議な感覚が襲った。それは眠たい様な、気だるい様な、今まで感じたことの無い……いや、この町に来る直前、あの霧の中で感じたものと全く同じ感覚であった。そしてそれは鞠絵にも襲いかかり、二人の意識は急速に遠のいていったのだった……。




 ………………



 ……………



 …………



 ………



 ……



 …




「…………!」

 微かに何かが聞こえてくる……。一体何だ……?

「……ッ! ワンワンワンッ!!」

 ……犬? 犬の鳴き声?

「……! ……ちゃん! お兄さん!」

 それから少し遅れてから別の声が聞こえてきた。今度は女の人の声だ。

「こんなところで一体どうしたの? 早く起きて、二人とも!」
「ワンワンッ! ワワワワワンッ!」

 その声に二人はゆっくりと目を覚ます。……すると、目の前にいたのはかなり焦った表情をした病院の看護婦さんと、鞠絵の飼っている愛犬、ミカエルだ。……どうやら、いつの間にか『元の世界』に戻ってきていたらしい。看護婦さんは二人が目を覚ましたのを確認すると安堵の息をついた。

「……あの、看護婦さん。……僕達、一体……?」

 兄がそう問いかけると看護婦さんはすぐに説明をしてくれた。……なんでも、二人が散歩に出かけたのはいいが、いつもなら帰ってくる時間になってもずっと帰ってこないので、心配になって探しに来たのだと言う。

「……でも、この場所って確かにさっき調べていたはずなんだけど……」

 看護婦さんはそういって首をかしげる。何でも僕達を探し始めてから鞠絵の行きそうな場所をくまなく探し回ったそうが、なかなか見つからなかった。……しかし、つい先ほど突然ミカエルが走り出してここまでやって来て、そこに二人の姿があったと言う。恐らく、二人がこの場から離れている内に『向こうの世界』から『元の世界』に戻ってきたのだろう。
 二人はゆっくりと立ち上がった。どうやら怪我や調子の悪いところは無いようだ。

「……でも、一体今までどうしてたの?」
「……えっと、そ、それは……」

 まさか、『さっきまでパラレルワールドに飛ばされていたんです』なんて言える訳が無い。結局は自分達でもいったい何があったのかわからない、と曖昧に返事をしたのだった。看護婦さんはそのことは深く追求しようとはしなかった。それよりも二人の元気そうな様子にもう一度安堵の息をつく。

「良かったわ……、二人の身に何も無いようで……」
「ええ、そうですね……」
「ワンッ! ワンワワワン!!」

 ……今度はミカエルが嬉しそうに鞠絵に飛びついた。鞠絵も嬉しそうだ。

「ごめんね、迷惑をかけちゃって……。本当に心配してくれていたのよね……。ありがとう……」

 ミカエルは鞠絵の顔をぺろぺろと舐め回し、鞠絵はくすぐったそうに目を細める。その時、バサッ、と鞠絵の手元から何かが落ちた。看護婦さんがそれを手にとって何かを確かめてみる。

「……あらっ? 鞠絵ちゃん、外に本を持っていったの?」
「「……えっ? 本?」」

 看護婦の言葉に二人が驚いて慌てて鞠絵が落とした紙袋の中を見てみる。……そこには何と、あの町の本屋で購入した三冊の本が入っていたのだ。二人はその事実に驚きを隠せない。しかし、看護婦さんがそんな二人を見て不思議そうな表情をしたので、慌ててその場をごまかしたのだった……。看護婦さんの頭には終始『?』マークが浮かんでいたが、気にしないことにしよう。

 ……そして……、

 …………
 ………
 ……
 …

「……じゃあ、僕はもう戻るから……」
「はい。……本当はもっと兄上様といたいのですが、私がわがままばかり言うわけにはいきませんから、仕方がありませんね……」
「ごめんね。でも、また機会が会ったら必ず来るから」
「はい、楽しみにしています」

 ……そして帰り際の兄の目にあるものが映った。

「?? どうかしましたか、兄上様?」
「……いや、……その……、」

 そう言ってあの本に見つめる。

 ……あの本は確かに向こうの世界で買ったもの。でも、現にそれがこの場にもある。……と言う事は、間違いなくさっきまで二人がいたあの世界は間違いなく実在しており、夢などではなかった。目を覚ました時は、さっきまでのは夢だったのか、と思っていたが、どうやらそれはありえなさそうだ。実際、向こうでの体験も生々しいほど感覚に残っている。
 思わず本を手にとってしげしげと眺めてみる。すると、何かがページの隙間から落ちてきた。僕はそれを手にとって見てみる。どうやらそれは二枚の栞の様だが……、

「……っ!?」

 直後、兄はそれを見て硬直してしまった。その栞には二人が向こうの世界に行っていたという事の最後の証拠があったのだ。

「……あ、兄上様? どうしたんですか?」
「……こ、これ見てよ……」
「それは栞……ですか? …………あっ!!」

 そこにはそれぞれに二文ずつで、

『私達はこちらの世界から応援していますよ。 恋人のように仲のよく、とても強い絆で結ばれたあなた方を……。』

 ……そう、書かれていた……。





 一体、あの町は何だったのだろう……。

 霧に霞む、恋人達の住む町の正体は……。

 ……しかし、それを知る術はもう無い。

 それに、もう二度とあの場所に行けることは無い……、不思議とそんな確信があった。

 手元に残された三冊の本と二枚の栞……。

 ……君達は一体あの町の何を知っている……?



〜終わり〜




 後書き:神風電波隊隊員ASTEROID_the_SILENCE
 しつこいかもしれませんが、『V』、『YOU CAN'T DO IT』に続きこれも過去に書いた作品の改訂版です。決してネタが思いつかないわけではありません。決して。
 ……それにしても、過去作品の改定と言うのは以外に面白いものです。書いている間ずっと、過去の自分と対談をしながら、……そんな風にしながら書いているような錯覚に陥りました。

 さて、この話は今年の鞠絵の誕生日SSとして書き直そうかとも思っていたのですが、その頃は同人やら合作やらマルチシナリオSSの作成やらでいっぱいいっぱいになっており、結局それを断念しました。

 最後に、ここまで読んでくれた皆様、誠にありがとうございました。



 〜追伸〜

 因みにこの話のタイトル『L'amour et la liberte』ですが、これはフランス語で、直訳すると『愛と自由』と言う意味になります。


神風電波隊さんへの感想はこちら
kamikazegemini@hotmail.com

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