2004/08/22
2004.8.11更新 なんとなく朝夕の風に夏の終わりを予感させるようになってきたが、過日の猛暑の最中、町内の知人から怒りのメールが届いた。 あたかも我が周りでも喧々轟々怨嗟の声に満ちており、その内容に相違がないので、許可を得てその意図するところの一部分を紹介したい。
"今までは、志摩市についてはなんとなくそういうものかなと思っていましたが、ごみ袋が3月一杯で使えなくなることが明らかにされました。確認したところ確かに8月号の広報浜島に載っておりましたが、良く見なければ見落としてしまいそうな書き方です。浜島町のごみ袋代は今よりも安くなるので内心は良かったと思っていましたが、今回のお知らせ記事の発表に驚いてしまった次第です。 ご存知のようについ最近まで浜島の法事にその印としてごみ袋が使われていました。各家庭には貯まりにたまっていると思います。私の家には1年使っても使い切れないほどの量が貯まっております。これが3月一杯で使用禁止となることの意味がわからないので解っていたら説明ください。 もし先で使われなくなるなら、せめて志摩市になる前に町で引き取ってくれるのが当たり前でないでしょうか。それよりもなぜ従来のものを使えなくする訳がわかりません。半年間使えるものが期限を切って使えなくするには、それなりのきちんとした説明責任が生じると思います。 下がった価値を元と同じ価値で交換して欲しいとまでは望みませんが、使えなくなると言うことにはどう考えても納得出来ません。住民サービスを建前にして合併をしたはずが、まるで住民を無視したやり方に思えてきました。今持っているごみ袋は町民の財産そのものです。これを押し付けて販売してきたのは行政そのものであなたもその一員でした。それを一方的に「交換・買い取り等は行いません」てどういうことなのでしょうか。 交換・買い取りが出来ないのであればその理由を説明すべきだと思います。 分別のお願いの放送には熱心でも、このことについての周知など一つもしないわけはどうしたことでしょうか。 一方的な発表を広報の片隅に載せて誤魔化し、志摩市に責任をなすりつけていくような合併に思えてきたのですが、それでも良かったと言い切れますか。" 以下略
それぞれの立つ位置によって、考え方の違いに当惑したこともあるが、退職後の生活を通じて、ようやく住民の目線に慣れ親しむことが出来るようになり、改めて考えさせられることの多いのがこの種、生活密着型のことである。 合併のことはさておき、この措置について今の自分が、行政の立場で考えられることは、5町の負担の公平化の早期実現を目指すために、値段の安い大王町や磯部町のごみ袋の買占めを阻止することでないかとの理由しか思いつかず、そのことを正直に述べたが、これとて自分自身すら納得さられるものでない。 なぜなら、新料金の設定によって負担の軽減される町の住民はまだしも、負担の増につながる大王町や磯部町の住民にとっては、この措置により二重の負担増となりかねない。 低料金からやむなく高料金に移行せざるを得ない場合でも、追加料金を収めることにより公平は保たれる。それよりも、ごみ処理は当面旧町単位で行うであろうし、料金の不均一期間がいささか延びたとしても大事の前の小事に過ぎない。 これより派生する財政負担よりも、リサイクルの大儀の方がはるかに大きい。
各家庭はもとより、各町にも死蔵してしまうことになるごみ袋の価値を、ごみとしないことが大切でなかろうか。 無駄を排除しよう、資源の有効利用を図ろうとして始まったリサイクル運動に逆行する決定には違和感を覚える。 今まで培った合併への努力を、こんなことで台無しにしてしまわないことを念願したい。
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